中編 あなたの姉に生まれて良かった
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子爵家に戻ったアイネは、父親へ早々に今日の出来事を報告した。
「潮時かもしれんな」
「ええ。私もそう思います。トワーズ卿は、とてもこの家の役に立つ方ではありません」
「それに、トワーズとの関係はお前との婚約期間中にほとんど形となった。いまさら、あの男を婿にするメリットが我が家にも王都にも王家にもない」
子爵家は王都の代官とはいえ、五百年を越える王家の臣下。その昔、王を守り死んだ騎士と、王都を守るため死んだ騎士の妻の間に生まれた男子を当時の国王が後見し男爵家としたのが始まりの家だ。
『尊厳王』の時代には王都の開発の責任者となり、王の右腕として小さいながらも堅牢な王都を建設する役目を果たし、「子爵」となった。それ以来、ずっと王都の代官を務める家柄である。
先代は今の子爵の母であり、爵位を継ぐ以前は先代国王の母である王太后陛下のお気に入りの女官としてまだ年若い国王の政務を補佐する陛下の側近として働いたこともある。
また、現在の国王と子爵の関係は幼馴染であり側近でもある。そこには、アイネの祖母である女子爵が爵位をついだ後も頻繁に王太后陛下に呼び寄せられ、幼い王太子が女子爵に淡い恋心をもっていた……等という話もあったりする。なので、国王陛下は幼い頃からよく知る先代子爵のことを実の親よりも恐れ、また信頼しているとも言う。
戦争好き、狩猟好き、女好きは先代王と相容れないが、唯一建築好きだけは共通している。とはいえ、先代は別荘となる城館や要塞を整備する事が好きであったが、今代は王都を始め都市を整備し、また街道や河川の整備を進んで行い、より豊かな王国を目指しているという点が異なると言える。
「トワーズは色々苦労している街だから、陛下も配慮されているんだ」
トワーズは百年戦争以前は、王都の外殻都市として繁栄し、貿易と農業産品の加工・積み出しなどで富裕な街であった。堅牢な街壁、幾つかの歴史ある修道院を有している。修道院は、寄進が無ければ成り立たないので、寄進がたくさん集まる豊かな街であったことが推測される。
その後、百年戦争の際、連合王国に数度包囲、王都が連合王国に占領された十五年間は、トワーズも占領されていた。また、その包囲により街壁が破壊され、同じ時期に『枯黒病』の流行もあり、人口一万を数えた当時からすれば、百年以上経つ今においても人口は最盛期の半分程度となっている。
ロマンデとの境目であるゆえに、貿易・関税・防衛拠点として栄えた街である。それが今の時代、全くなくなってしまっている。
王が免状を与えた都市とはいえ、自治を許す代わりの『あがり』が入らないのでは王家も困ってしまうのだ。先立つものが大切。
ということで、王都の再開発計画にからめ、外部からの資材の搬入や職人・商人の滞在場所として、王都近郊の都市の中でその拠点として選ばれたのが衰退著しい『トワーズ』であった。
つまり、再開発計画にことよせ、トワーズを救済するという王家の目論見があったわけだ。その際、王家の重要な臣下である子爵家にトワーズの都市貴族の家から婿を入れ、その関係性を良くしようという王家の提案でこの婚約は成立している。
勝手に解消できるものではないし、その理由が当人同士の問題ではなく、第三者に対する『いじめ』といった言いがかりに近い問題であるから、そんな理由で婚約破棄が成立するわけがない。
「阿呆でよかったな」
子爵の言う通り。王命である婚約であるから、早急に婚約解消をすることもできず、トワーズ伯の心証も悪くなる。
相手の言いがかり、それも決闘裁判でこちらの正統性が担保されるのであれば、面倒が無くて相手の瑕疵で婚約解消となるので悪くない。
「トワーズ伯爵は人格者ですし、上の兄弟の方達もそれなりに優秀だと聞いておりますのに」
「甘やかしたようだな。適当な婚約者が決まらなければ、王都かトワーズで騎士の仕事をさせるつもりだったとか」
子供の頃から落ち着きがなく、親や使用人・家庭教師の話も正しく理解出来ないアンベセシルの事を、阿呆でも体が丈夫ならよいと剣術や馬術の鍛錬だけで良しとしていた親の過失でもあるだろう。
だが、騎士も今の時代集団行動。さらに、ある程度部隊運用も任される指揮官の役割を果たす事になる。話を聞かない多動な馬鹿では、少なくとも王都の騎士団で正騎士にはなれない。
戦争大好き先王の時代、王家の肝いりで『騎士学校』が設立され、軍の指揮官としての教育が施されている。阿呆では入校できず、卒業しなければ正規の騎士になれないのだから、話を聞かない男は剣が多少使えても役に立つとは言えない。
「それで、レイピアでの決闘裁判だと言ったな」
「はい。相手も剣には自信があるようですし、レイピアは、切裂くことに特化した剣ですので、大怪我はしにくいようです」
「だが、アイネ。もし万が一……」
家付き娘とはいえ、体に傷でもできればそれは相手を選ぶ婚姻になりかねない。瑕疵物件として、良い縁に恵まれなくなるかもしれない。
だが、子爵家の女性には、魔力に恵まれた子供が生まれやすい。また、その素養に恵まれている。最初の男爵の妻は、ランドル伯の庶子である『姫』であり、王国の男爵家に嫁いだ後、その後見人の一人であった『灰の魔術師』と呼ばれる宮廷魔術師と共に、王国の魔術の発展に大いに影響を与えたという。
アイネも魔力量は先代子爵である祖母をすでに凌駕しているのだが、制御が甘く、端的に言えば燃費がわるい。反面、魔力が駄々洩れになる事により、身体強化を行うと、体に魔力の鎧をまとった状態となってしまう。
「ほら、こんな感じ」
「お、おい!」
懐剣を取り出し、テーブルの上において左手に向け振り降ろす。
GAINN!!!
切っ先は一切体に差し込まれる事が無く、その直前で留められている。
「流石に大砲はむりかもしれないけれど、弓矢や槍なんかなら全く大丈夫。騎士の間で言われている私の仇名、『生体魔導騎士』だから」
『魔導騎士』というのは、錬金術師の中で魔力による稼働を前提とする器具を作成する『魔導師』が作成する『魔導鎧』を着用した王国独自の防衛兵器である。身体強化した重装騎士並の防御力と攻撃力を持ち、その稼働時間は数倍に達するとされる。
数千の軍が攻め寄せたとしても、十数体の魔導騎士で対応できるとされる部隊だ。ただし、使用後のメンテナンスに専用の器具が必要であり、遠征などに使用することができず、要塞などに配備することになる防衛用の装備である。騎士の技術と魔導鎧を稼働させる魔力量が必要とされ、王国の騎士の中でも花形とされている。
生身でその能力を再現するのがアイネというわけだ。既にワンマンアーミー。
「そういえばアイネ、既に耳にしているかもしれないが、ニース辺境伯家の子弟が王都に来るそうだ。独身、婚約者無し、お前も年齢が近い。そろそろ、王国の南部の統治も見直す時期だと、陛下に相談を受けている。考えてもらえるだろうか」
ニース辺境伯家は、先代・先々代が行った法国における帝国との戦争の際に、王国へと帰順した小国の現在の名称だ。当時は、『ニース公国』であり、帝国の爵位を得ていた。元は伯爵家であり、王国における公爵位が実質王家とその親族のみに許されていることから、『辺境伯』を名乗ることにした経緯があるのだが、実質、小国の王である。
独自の『海軍』を有し、また、法国・帝国・神国との独自の外交ルートと交易も行う半独立国であると言える。長らく辺境伯を務めた先代が息子に爵位を譲り領内も安定したという事で、跡を継いだ息子の三男を代表に、王都とも交易路を開削するつもりのようだ。
先代辺境伯の妻は、その当時王都の社交界の花とされた姉妹の姉で、妹ともども結婚後はニースに移り住んでいる。三男の後見をするため、先代夫妻が王都に戻るのではないかとも噂されている。
「海軍……海賊……海賊狩り……」
「ああ。三男は、聖エゼル海軍の指揮官らしい。船にも詳しいと聞くな」
「内海でシーフード三昧?」
「いや、三男は暫く王都でコネクション作りをするからな。まあ、長い目でみれば、お前の人脈が役に立つだろうし、内海周辺の情報も王都に伝わりやすくなる。よい関係が築けそうだと思わないか」
アイネは、「どんな男でもあの阿呆よりずっとまし」と思いつつ、笑顔で父親の意見に同意した。
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「姉さん、少し耳にしたのだけれど」
アイネの三歳年下の妹。同じような外見なのだが、幼くまだ女らしさを感じる年齢ではない。いつも一人で書庫に籠ったり、なにやら薬師の真似ごとをしている変わったところのある少女である。
「めずらしいね、妹ちゃんが私に話しかけて来るなんて」
「その……決闘するって聞いたのだけれど。本当なの?」
既に、王宮にアイネとトワーズ卿の決闘裁判を行う話は伝わっており、国王陛下も「いいんでない」と不問に付すことにしたようだ。そして、決闘裁判の会場は……
「なんか、高等法院が用意してくれるみたい。まあ、ただの決闘騒ぎじゃなくって、正式な裁判扱いにするんだってさ」
「そう……相変わらずの自信ね」
「負ける要素無いからね。それに、あんなでたらめ赦したら、王都の社交界全体の問題だし、よくわからない人が首ツッコむと痛い目に合うって告知の意味もあるから、ショウガナイヨね☆」
妹は幼く、また、社交の場に母親も連れださない為、その辺りの理解が十分できていないようだが、子爵家の娘として姉がやるべき事を為しているのだと理解している。
「もちろんだよ!! お姉ちゃんすっごくヤル気出てきた!!」
「その……怪我しても、大丈夫なように薬……用意していくわね」
「妹ちゃんの薬なら、つばでも治るから!!」
唾つけときゃ治るって、貧民じゃないんだからと言いつつ、妹は去っていく。
アイネはとてもヤル気が満ちてくるのを感じた。妹愛健在也。
さて、剣は短めのレイピア。レイピアは切っ先にだけ刃のある決闘用のものもある。平服用の護身の武器であり、戦場でもそれを用いて相手を攻撃するというよりは、身分を示す者である場合が少なくない。
帯剣は貴族の特権となっており、街中で剣を持てるのは貴族だけなのが多くの街では当然とされる。帯剣自体身分を問わず禁止している街もなくはないが、特権を奪うまでに至っているところは少なく「お願い」のようなものだ。
平服なら、十分に斬りつけられて手傷を負わせることで戦意を削ぐ程度の能力を有するレイピア。決闘は「血を流させた方の勝利」とされるため、脚や腹、腕などにかすり傷でも出血すれば立会人が勝負を止めることになる。
「さて、こんなもので大丈夫かな」
アイネが手にしたレイピアは「タウンソード」と呼ばれる短めのもの。馬上で騎士が差すのであれば、1mを越える剣も問題ないのだが、帯剣して歩くことは難しい。背負って持ち運んでもいいが、咄嗟に身を守るには長すぎるのだ。
なので、せいぜい7-80cmほどのものを帯剣する。もっと小振りで短く軽いものを「ファッション」として身につける貴族もいる。身分を示し、最低限の自衛が可能な大きさにしている。重さは半分ほどになる、おもちゃのような剣とも言える。
アイネのそれは、そこまでちゃちではない。特に手を守る護拳は『籠』と呼ばれるほどしっかり手を覆う形をしており、小手を装備する騎士の剣のシンプルな護拳とは大きく異なる。
「ここ、ハート形に加工したりできないかな」
余計なことしか考えていないアイネ。確かに目立つだろう。どこに持っていこうというのか。男装して仮面舞踏会……が、自己主張の激しい部位があるのでそれは難しいだろう。
トワーズ伯と子爵家の間の婚約破棄は『解消』という穏便な形でまとまった。とはいえ、非はトワーズ側にあるため、今後の交渉では王都に配慮するケースが増えるだろう。直接的な金銭などでの賠償を行うことはないが、「貸し」という形で補填してもらうことになるかもしれない。とにもかくにも、決闘裁判という方法で今後に遺恨を残さないようにすることは、悪いことではないと両家では納得することにした。
決闘で金属や革の甲冑は身につけることはないが、鎧下の類は身につけることになる。厚手の布の首までの長袖シャツとタイツのような下履き。それにキルティングの胴衣を着る。手袋を付けることもあるが、決闘なので今回は省略することになる。
キルティングの胴衣もその下の鎧下も平民の兵士であれば十分な装備になる程度の最低限の能力がある。槍や矢でもなければ簡単に切裂く事は出来ない。裁断特化のレイピアと言えども、簡単にはいかない……
んじゃないかな。
実際、手首を切りに行くことがおおいようだ。傷つけば剣が握れなくなり、致命傷にならずに済む。指が欠けたくらいで人は死なない。ただ、ひどく痛むだろうが。
決闘の場所は、全国三部会が開かれた事もある大会議場を使用。中央の円形の平場を闘技スペースに、周囲の雛段席を観客用へと充てる。
見学できる者は、婚約破棄騒ぎの有った場に同席した社交場の面々。そして、両家の親族に、トワーズの参事会の面々。そして……
「頑張りなさい」
「アイネちゃ~ん!! がんばってねぇ~」
お忍びで街の貴族のような装いをしているが、王妃様は金髪碧眼美女で独特の口調で丸わかり。ちなみに、王様だけなら多分バレていない。
奥の入口から、漆黒の装いに身を固めたトワーズ卿アンベセシルが現れる。法国では、漆黒の衣装がシックとされ、流行していると言うが、恐らくその流れだろう。
レイピアは腰に吊るすにはどうかと思われるギリギリの長さであり、水平に腰に吊っている。あれは、介添人が鞘を抜いてくれなければならないだろう。従者がいるから、こんな長い剣でもOKという貴族の自己主張の詰まった剣、それがレイピアだ。
「アイネよ、今なら素直に非を認めれば、痛い目を見ずに済む。意地を張らず、負けを認めよ!!」
鞘を外させながら剣を持ち、こちらに切っ先を向けつつポーズを決めて脅しに入るアンベセシル。
「トワーズ卿。既に婚約は解消されておりますわ。この場では『アイネ』などと呼び捨てにされるのは至極不快です。今後はご遠慮くださいませ」
「何を、子爵令嬢如きが」
口調を変えて、アイネはアンベセシルを小馬鹿にする口調で窘める。
「何を言ってるのかな君は。伯爵って言っても、君は爵位継がないし、そもそもトワーズ伯爵はあの街の参事会の長が名乗る名目上の名前じゃない。確かに、伯爵として宮廷では扱われるけど、君の家系が伯爵家ってわけじゃないよね」
「!!!!」
流石、阿呆の子。本人と連れのマルールだけが「え、え」と戸惑っている。マルールもトワーズの住人なら常識なんじゃないだろうか。貴族の家ではあるが、いわゆる『領主』ではないのだ。参事会を構成する貴族家の中で、もっとも有力な参事が『伯爵』位を賜り、参事会を通して統治をする。なので、子どもたちには爵位が引き継がれるものではない。
爵位が必要なのは、宮廷での行事等での席次などで『伯爵』としての立ち居振る舞いが要求されたり、『終身年金』が王家より支給されたりすることになる。名誉職である意味合いが強い。
「トワーズ卿。あなたは、もう少し社会について肉体で学んだ方が良さそうですわね」
「……どういう意味だ」
「自分の考えが正しいかどうかは、世間が決めるのですのよ。社交界であったり、王家や王宮、大法院、都市の参事会、少なくともそれと照らし合わせて自分に非が無いかどうか、一度立ち止まって考えることをお勧めしますわ」
アイネの衣装は、白い上下の鎧下に薄い青色の胴衣。そして、黄色い糸で刺繍が施してある。王家の青よりは薄く、水色と呼ばれる白と青の中間の色。
「白百合の騎士」
誰かがそうつぶやくのが聞こえる。百合は王家の紋章にも使われる花であり、剣をイメージしたデザインであるものも少なくない。これが、他の者であれば不敬だとされるだろうが、アイネが身につける分には「ああ。王家も応援してるんだな」としか思われないし、口に出して睨まれる者もこの場にはいない。
「ねえさん!!」
いつも雪のように白い顔色を更に蒼くして、アイネの妹が両の手を胸の前で組んで、祈るような姿勢で応援しているのが視界に入る。
これで、アイネの気分はMAX高まる。
「やっぱり、いつもカッコいい姉でいたいじゃない、可愛い妹ちゃんの前ならさ。だから……」
声に出さない声でアイネは「死んで」と口を動かした。
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