短編 ヘタレオークとマジメ?エルフ
夜の森の中、月明かりが金に輝く髪を照らす。尖った耳、美しい相貌。森の住民であるエルフの女性だ。だが、その表情から思い浮かぶ感情は怯えと焦り。靴が脱げ小石が足を傷付けるのにも関わらず必死に走り、優雅さの欠片も無く逃げ続ける。
「ひっ!」
だが、遂に足がもつれた彼女は転び、その時に足を挫いたのか這うように進む彼女の鼻に悪臭が届いた。生ゴミと家畜を混ぜ合わせた鼻が曲がる様な吐き気を催す悪臭の発生源は彼女を追い掛けていた存在。醜い豚の頭に肥え太った肉体、唯一の服は薄汚れたボロ布。
”オーク”、多くの作品で他種族の美女美少女を陵辱する存在といえばゴブリンや盗賊、そしてオークだろう。その布の一部は盛り上がり今から何をする気なのか嫌でも伝わって来る。それはオークに追われているエルフがもっとも感じている事であり岩まで追い詰められた彼女は身を庇うように腕で自分を抱き締め、無情にもオークの太く短い指が服を掴み、一気に破った。露わになる白い肌。体臭以上の悪臭を放つ口が涎を垂らしながら彼女の顔に近付き、そのまま一回り以上違う矮躯に醜い体が覆い被さる。
……それから始まったのは無残な陵辱。一切の尊厳を奪われ性欲のはけ口となり、やがて恐怖と屈辱の表情は快楽へと変わって行き、そしてオークの巣に連れ込まれた彼女は……。
「もう無理っす! 自分、雑魚敵を志望していたのに!」
乱暴に叩き付けられたジョッキからビールが飛び散る。少し薄汚れた居酒屋の店内で綺麗に身形を整えたオークが泣きそうな声で叫んでいた。その体からは悪臭は一切せず、口臭もミントの香り。先程の性欲の権化の様な怪物の見た目は何処かへ消え去り、悲哀に満ちた社畜の空気を纏っていた。
「他のお客さんの迷惑でしょう。静かにしなさい、オク山」
「ですけれど、先輩! 自分はエロゲーじゃなくってRPG志望だったんですよ!」
そんな彼を叱るb厳しい声の主は先程オークに陵辱されていたエルフ。スーツを着ており、陵辱の果てに快楽に溺れたエルフならぬエロフの雰囲気は一切無し。泣きそうなオークをピシャリと叱る彼女の前には空ジョッキの山。既にオークの五倍は飲んでいるが素面同然で平然としていた。
「それに貴方はエロゲー部門のホープよ。ゴブ野さんなんて”ゴブリンがゴブリン以外に欲情するか!”って何時も酒の席で言っているじゃない。副作用がキツいけれど速攻で元気になる薬とか同じ種族に見える催眠術とか使わなくて良いのって貴重な人材よ?」
「要は特殊性癖って事ですよね。それでも演技とはいえ陵辱とか来るんですよ、良心に」
「それ、陵辱対象代表(私調べ)のエルフに言う?」
「すいません……」
これまでの会話からお分かりだろうが、この世界はゲームの世界であり、その舞台裏。とある弱小ゲームメーカーの作品に登場するキャラクター達の仕事終わりを描いた物語である。
「いや、それは良いんですよ。我慢すれば耐えられますし、自分、オークなんで体は頑丈っすし、腹上死とかはしないんでしょうけれど、汚い腰布巻いて臭い臭いがする液体振り掛けて……綺麗好きなので苦痛っす」
「仕方無いわ。”そのオークは小綺麗な服装で香水の匂いを漂わせて”とかテキストで表示されたらギャグじゃない。誇り高いエルフが陵辱の果てに尊厳を奪われ完全に堕ちるってのがユーザーの好みだってのが制作者の考えなんだから。仕事よ、仕事」
「ですが役作りの為にダイエット出来ないのはキッツイすね。……健康診断で要注意でした」
オークは腹の肉を掴んでプニプニと動かして深い溜め息を吐き出す。どの世界も健康が気掛かりなのだろう。だが、そんな彼の悲哀をエルフは鼻で笑った。
「甘いわね。私なんて尿酸値が記録更新よ。何時痛風になっても不思議じゃないって怒られたもの。ビール大ジョッキで! それとスナズリの唐揚げ三皿」
「だったらビール飲んだら駄目でしょう!? 飲まなくちゃやってられないのは分かりますけれど……」
「そうね、ヤってられないわ。私、明日はショタの筆降ろしって設定でショタ歴うん十年の大先輩の相手よ。緊張して飲むしかないわ」
「酒残して画面に出たら駄目ですからね?」
「当然じゃない。ほら、サラダだけじゃなくて肉も食べなさい。トンカツ食え、トンカツ。って、共食いか」
「それってオークハラスメントですからね。ほら、大手の方でミノタウロスがミノハラで上司を訴えたそうじゃないですか。”日焼けサロンに行ったらローストビーフになるな”って言われて。……大手のRPG部門らしいですね。俺も何時かRPGに……」
「あら、聞いていないの? ウチ、イラストとCGの動きは高いけれど、脚本と致命的なバグの多さのせいでRPGは暫く開発されないわよ」
「うぇっ!? マジっす…か……」
オークはエルフから知らされた事実にショックを受けた様子で口をアングリと開け、そのままテーブルに突っ伏して顔を上げなくなった。
「あっ、潰れた。相変わらず弱いわね。支払い割り勘なのにどうするのよ」
尚、テーブルの上からして八割は彼女が飲み食いした物である。割り勘や連帯責任は時として理不尽で不平等な物なのだ。酒が飲めない人にとっての友人同士の飲み会や真面目な者にとって度を過ぎてはしゃぐ同級生と一緒の学校行事。
「それにもう一人は中々来ないし、限度額ギリギリですがカードで……あっ、漸く来た」
財布の中を確かめて立て替えるにしてもギリギリ、帰りにコンビニで酒とツマミを買い求めるには心許ない事に不機嫌そうになった時、引き戸を開ける音がして暖簾を潜って入って来る者が居た。彼女の反応からして一緒に飲む予定だったのだろう。真っ直ぐ二人のテーブルに向かって来る。
「お待たせ。ちょっと長引いちゃって」
フリルだらけのピンクのドレスに宝石細工がされたステッキ、足には可愛らしいハイヒール。動いていると偶にパンチラ。例えるなら少女向けアニメに出て来る魔法少女。そんな衣装を着た……中年男性だ。
「最近忙しくないかしら? RPG部門所属の時は此処までじゃなかったわ」
「そりゃあ前の僕は”序盤で頼りになるけれど、バグ技で仲間に加えたら装備とか魔法の影響で役に立たないNPC”や”大器晩成型だけれど装備が貧弱で結局使われない魔女見習い”とかだったからね」
だが、そんな格好の男性を前にしても彼女は平然としながらイスを引き、座った彼は運ばれてきたお絞りで顔を拭く。但し平然としているのは彼女と店員だけであり、他の客は異様な物を見る目を向けていた、当然である。
「矢っ張り衣装のまま来たのが悪かったか。自前だから良いと思ったんだけれど、姿も変えるべきだった? せっかく女の子に変身出来るんだしさ」
「自分の今のジャンル理解している? ”TS魔法少女陵辱物”のヒロインじゃない。飲酒して良い姿じゃないわよ。イメージが悪いでしょう。中年男性がフリフリドレスでパンチラするのはセーフ。女子児童の飲酒シーンはアウト。常識よ」
「それもそうか! よーし! 明日は触手攻めだけだし、今日は飲むぞー!」
「あら、羨ましい。私なんて大御所のショタ相手の後で、残機が減ると服も脱げていくアクションゲームよ。……確か切れ痔じゃなかった?」
「触手は粘液でヌルヌルしている上に赤いから平気さ。それにもう直ぐ父親になるんだし、弱気では居られないよ。子供が誇れる父になる為にも張り切って最高の表情でダブルピースをしてみせるさ」
「そう、頑張りなさい。応援しているわ」
これがゲーム世界の舞台裏の日常茶飯事……なのかも知れない。
「……目が覚めたけれど口出ししにくい」
尚、一応注意事項として、作品内に登場したゲームの情報は現実の作品とは一切関係無い完全なるフィクションです。ご了承下さい。
「そういえば最近ブラウザゲームの方にも出たんだけれど、後少しって時に読み込みの為に固まった時は焦ったわよ」
「あっ、それ分かる」