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騎士さま陥落

ククルクルルが魔核を起動させて数日、山の別荘にはアズゼンたち魔獣が集まっていた。

その量があまりに多いので中に入りきることは不可能、としてウッドデッキにククルクルルたちも出ることで話し合いの場を設けていた。


「アズゼン討伐のために人間たちが騎士を派遣している。 無論、余は己が部下を殺されることを座して待つような真似はせん。 アズゼンらはしばし安全な場に隠れているがよい」

「ああ、ククルクルル様ぁ! 僕を守ってくれるんですねえ!」

「当然であろう、そなたは今となっては唯一の余の直臣。 かつてのように人間に脅かされる必要などないのだ」


全力で媚を売っているアズゼンを信じられないものを見るような眼で見ているキースに、ユーカリが「アズゼンはククルクルル様に逆らえないんですよ」と小声で耳打ちをしていた。

ユーカリがいうにはククルクルルの魔核により魔獣となったアズゼンはククルクルルに逆らえば体が破裂して死ぬのだという。


「魔核……理論上の存在ではなかったんですね」


上位の魔物がか狩られ、多くの龍が地上にいなくなった今となっては龍種のみが保有していたという魔核は魔術研究を行うごく一部の間で語り継がれるものでしかなかった。

それが現実に存在し、かつ自分の主もまた魔核を保有しているという事実にキースは打ち震えた。


「ええ、今となっては動いている魔核を保有してるのはククルクルル様とアズゼンだけかもしれませんね」

「ドートシア帝国の神殿には魔核の標本が残っている、と聞いたことはありますが……この国の魔術学園では理論上のものであり、かつての魔物が使った魔術の一種を誤認したのだろう、という学説が一般的でしたよ」

「あ、そういえばキースさんはもともと学士様だったんですよね」

「追放を受けた時点で学位もなにも剥奪されていますよ」


驚いたように自分を見上げてくるユーカリにキースは申し訳なさそうに笑い、自分の頬を指でかいた。


王立魔術学園の学士として論文をいくつか発表していたのは事実だった。

けれど、今日の魔術というのは一切の攻撃性や理論の解明による新魔術の開拓を許してくれない。

日常の生活に今ある魔術をどう役立てるか、ということだけが魔術師に許される研究であり、それを一歩でも踏み外せばすぐに追放処分を受けることになる。

元をただせば追放処分がこれほどまで厳罰になったのも2年前に追放魔術師が魔術で村を滅ぼした、という痛ましい事件が起きたせいなのだから仕方ないのだ。

まだ民衆の心の底には魔術師への恐れが根深く残り、国に正式に認可されていない魔術師は次々に処分を受けているはずだ。

キースは自分の身に追放処分が下されたときのことを今でも覚えている。

命乞いをするように叫んでいた声を殺すため、口に布を入れられ、鎖で縛ったまま麻酔もなしに両手首と首に刺青を入れられ、着の身着のまま首都から放り出された。

何かを持つこともできない、話しかけることもできない……そもそも追放処分の刺青を受けた人間を受け入れてくれる人などいる筈が無い。

それでも哀れみをかけて筵をくれた人や、時折小銭を投げてくれる人がいたおかげで死なずに済んでいたが、どれほど心が軋んでいたか分からなかった。


「私はククルクルル様に与えていただいたものしか、今は持っていません」


改めて自分の手を握るとキースは微笑みを浮かべ、自分よりもはるかに大きい体躯をしたアズゼンを撫でているククルクルルを見つめた。

ユーカリもまた人間に過ぎないキースの中にすら魔王への忠誠心があることに満足げに微笑んだ。


アズゼン討伐のため、地方まできたもののアズゼンの目撃情報はある日を境にぷっつりと消えていた。

ある資産家の別荘のある方角に向かったが、今は別荘には資産家は来ておらず管理人も置いていない、とのことで無人の別荘より周辺の村に出る可能性を考えて警戒していたが出てくる気配はまるでなかった。

農村にはアズゼンの襲撃から生き延びた、という人間もいたので話を聞いてみると100体近くの魔物の群れを引き連れて村を襲撃。

しかし、ほとんど被害も出さないうちにアズゼンは村を去ったという。

その際に犠牲者はほとんどなく、ただ村の宿屋を手伝いに来ていた青年が1人、行方不明になったという話があるだけだった。


「奴は何をしているんだ?」

「もしかしたら魔王復活の噂を聞きつけて、ククルクルルを探しているのでは」

「いや、ククルクルルがもし本当に復活したならば村など通り道と同じだ。 アズゼンがわざわざ訪れるはずがない」


部下たちの言葉を聞きながらも納得できないことばかりでルドルフは眉間に皺をよせていた。

悩む様すらも絵になる色男ぶりに滞在している村の娘たちは遠目からルドルフを見てうっとりとしていたが、ルドルフは要約決心したとばかりに顔を上げた。


「別荘へ向かうぞ。 アズゼンの痕跡が残っている可能性が高い」

「し、しかし山道を行くとなると障害物が多く、騎兵では」

「半数を歩兵に、私を含む先見隊は騎馬にて直線で別荘へ向かう。 残りの騎兵は歩兵と共に行動をするよう」

「承知いたしました!」


危険は承知の上。

しかし、ここでアズゼンを討伐できなければ更に被害を受ける民が増える。

騎士ならばたとえ敵わないと分かっている相手であろうとも戦い、手傷を負わせ、次の勝利のための布石とならねばならない。

手綱を握る手に力を籠めると、ルドルフは馬の腹を蹴り、別荘があるという山へと向けて駈けていった。


キースは半ば生きた心地がしない状態で大きな鍋でポタージュスープを煮込み、暖炉で肉を刺した串をあぶっていた。

別荘のリビングに強引に押し込まれたアズゼンのための食事の準備をククルクルルから頼まれてしまった。

このまま料理を運んで行って、自分事アズゼンに食べられてしまうのではないか、という考えがどうしてもよぎってしまう。

ククルクルルがキースもまた自分の部下だ、と言ってくれたから食べられないとは思うが、どうしても根底にあるアズゼンへの恐怖で冷や汗がにじんでくる。

ぐ、と息を飲みこんでから別荘にあった大きな盆の上に串焼きを次々に並べ、アズゼンの前へと運んで行った。


「ど、どうぞ、アズゼンさん」

「ああん? てめえ、追放魔術師らしいなあ?」


ぎろりと赤い6つの目が動いて一斉にキースを見据える。

恐怖に喉が引きつるのを感じながらも、がくがくと膝が震えて逃げられずキースはその目を見つめた。

前に自警団たちから殴られていた時とは恐怖の質が違う。

心臓を直に掴まれているような恐怖心に息が自然と浅くなっていく。


「いいか、ククルクルル様がなんと言おうが、人間は弱っちい、くそ雑魚種族に過ぎねえ! テメエも魔術が使えるからっていい気になってるんじゃねえぞ!」


びりびりと肌が震えるほどの大声で言われ、キースは目の前の魔物を見つめたまま、内心で呟いた。


小物だ。


「俺様はククルクルル様の魔核を移植された魔獣! つまり、俺様とくそ雑魚魔術師のお前とじゃあまるで格が違うのよ!」


いい気になって話しているので邪魔をする気はないが、アズゼンは小物だ。

キースは話を聞きながら徐々に恐怖心に強張っていた顔が真顔になっていくのを感じた。

アズゼンは声高にいかに自分が強く恐ろしい魔獣であるかを語ってくれているが、要約すれば「だから自分に攻撃するな」ということであり遥かに実力差もあり弱いキースに対して怯えているのだ。

キースは現代では少ない攻撃魔術の使い手、それが300年前の魔物からすれば魔法王トバルハバルのようなとんでも魔術師と重なっているらしく、口でいうよりキースをくそ雑魚扱いできないのだ。

キースはひとまず、下手に逆らわなければアズゼンは自分と戦おうとはしないだろう、と確信して息をついた。


「はい! もちろんです、アズゼンさんはククルクルル様の第一の部下。 第二はユーカリさん。 僕はもっとずっと下の小間使いです!」

「分かってりゃいいんだよ! がははははは!」


高らかに笑う声によって別荘の壁が揺れるのを感じながら、キースは「小物でよかった」と数年ぶりの爽やかな笑顔を浮かべていた。


今朝からククルクルルとユーカリはアズゼンの連れてきた魔物たちが無事に隠れていられるように岩山の方に向かっていた。

アズゼンが同行していなければいくら魔物の群れとはいえ人里付近によらない限りは警戒されないだろう、という理由でアズゼンは残されたのだが、その相手に自分1人残されたときはキースも生贄かと疑ってしまった。

しかし、今となってはククルクルルがアズゼンはキースに手を出さない、ということを理解して残したのだと分かりキースは息をついた。


(ククルクルル様、僕は貴方のお戻りまでしっかりとアズゼンさんのお相手をしておきます!)


キース・マクレガン(28)は、人生で初めての恋心を魔王に捧げていた。


「うわ~! ククルクルル様の言う通りじゃないですか、やべー状態ですよ、これは!」


ユーカリは地上から遥か離れた地点から山を見下ろして自分の口元に手をやった。

見下ろした山の麓にはびっしりと騎士たちが居並び、今から山狩りをするという姿勢が整っていた。

おそらく騎士たちがぶつかってもアズゼンならば生き延びられるだろうが、こんなことでようやく手に入れた最高戦力を消耗したくない。

ユーカリにとっては弱い魔物が無駄に殺されない、というククルクルルの魔物の国計画はまさに夢だ。

その夢をかなえるためにアズゼンもまた必要な存在であることをユーカリは理解している。


そう、たとえ早漏でもククルクルル様の大事なペットだし、私やキースだけだとどう考えても騎士には勝てないから! あと、精は意外においしかったし!


合流後、ちゃっかりやることをやっていたことはククルクルルには内緒だが、とにかく現状を伝えねばとユーカリは急いでククルクルルの元へと戻った。


「ククルクルル様! 仰る通り、騎士たちが山の麓に集まっています。 方角はこっちとは反対ですが、山狩りされたら別荘内にいるアズゼンとキースはすぐ見つかりますよ」

「馬のいななきが聞こえたのでよもや、と思ったがな」


アズゼン討伐の騎士たちもそうだが、キースも追放処分を受けた魔術師であり現在はお尋ね者だ。

見つかれば共に命を狙われる、そう考えてククルクルルは自分の爪を見つめた。


前回、街で実際に騎士と戦ってみた感触として、自分はいまだこの体躯のサイズ感に慣れていない。

元の巨龍であったククルクルルは戦う、という感覚すらなく、通行に邪魔な人間をひきつぶしていたようなものだ。

それが、この意思疎通器官であった体は実際に腕を動かし、爪を当てねばいけない。

走る速度もかつてよりよほど遅く、移動距離も短い。

果たして自分が騎士たちを殺しきれるのか、と悩んだのちに顔を上げた。


「ユーカリ、騎士の鎧は魔術への抵抗はあるか?」

「え、ええ、教会の祝福を受けてますから、多分並みの魔術なら弾かれちゃいますよ」

「それでは馬はどうだ、馬具の類も祝福を受けるか?」

「流石にそれはないでしょう。 上級魔族討伐ならまだしも、今回のアズゼン討伐部隊はかき集めてきたって噂ですし、魔獣は高濃度の魔力を持ちませんから、想定されないはずですよ」

「ならば馬にチャームをかけろ」

「はい!?」

「騎士の馬は必ず去勢していない牡馬でなくてはならん。 つまり、お前と余とでこの騎士どもの馬にチャームをかけて回るぞ!」


ククルクルルから下された命令にユーカリは表情を引きつらせた。

先ほど上空から見上げた限り、騎士の数は1000人近くいたように思うが、それらすべての馬にチャームを?

魔力が持たない、とユーカリが止めるよりも先にククルクルルは山の中へと走っていった。


「あ~! もう! ククルクルル様の作戦ですからね!」


途中で魔力が切れたらククルクルルだけ抱いて逃げよう、と決めながらユーカリは急いで山の上空へと向かっていった。


ルドルフの元には隊列が急に乱れた、という報せが飛び込んでいた。

後続するはずの部隊で複数の馬が突如として暴れ、騎士を振り落とすものまで出始めている、という内容だ。

確かに騎士が騎乗するべき馬は本来扱いが難しい去勢されていない牡馬に限られているが、騎士たちはみな子供のころからそうした馬に乗るための訓練を受け続けている。

それが隊列を乱すほどの騒動になるなど理解が追い付かなかった。


「隊列が乱れているのは麓にいる部隊だけか?」

「そ、それがすでに山の中に入っている部隊でも同様で、今は歩兵たちが馬を抑え込んでいる有様です」

「なんだと? 山の中に幻惑系の魔術トラップでも仕掛けてあったというのか?」

「いえ、我々も周囲を探りましたがトラップの類はどこにもなく……」


アズゼン討伐、という大役を任されているというのにこのままでは部下が無駄死にするだけではないか。

ルドルフは強い義務感から歯ぎしりをしていた。

もしも、この山中に本当にアズゼンがいればいつ出てきてもおかしくないというのに、このような混乱状況に陥っては態勢を立て直すより他にない、その思いが腹の内に熱を生んでいた。


「やむを得ない、ここは状況を中断し、改めて山狩りを行うより、他に……!」


部下へと命令を下そうとした瞬間、大きく馬が跳ねた。

何か見つけたのか、と戸惑うよりも先にルドルフは馬の首を抑え込み動きを制しようとしたが、あまりにも跳ね回ることに舌打ちをした。


「なんだ、唐突に!」

「攻撃を受けたのか!?」

「ルドルフ様をお守りせよ!」


他の騎士たちが自分達の馬も暴れだす可能性を考えて馬から降りる中、ルドルフは暴れて駈けだそうとする馬の手綱を懸命に引っ張った。

暴れ狂う馬はとうとう前足を大きく持ち上げ、ルドルフの体を地面へと叩き落し、その場で大きく跳ね上がろうとした。


「まずい――!」


このままでは馬が自分の上へと、そう判断したルドルフは咄嗟に自分の頭を守ろうと両腕を持ち上げたが、痛みは襲ってこなかった。

ざわめく周囲と予想していた衝撃が来なかったことに驚きながらルドルフが顔を上げると、そこにはいつぞや殺したはずの魔物が立っていた。

魔物は片腕で馬の上体をとめると、軽々と馬をどかした。


「ふむ、発情した馬とはかように猛り狂うものであったか」


まるで何かを観察するかのように鷹揚な口調で語るその横顔、異形の角と黒い目に浮かぶ深紅の瞳にルドルフは声を失っていた。

死体を確認したわけではなかったが、確かに殺した手ごたえはあったはずの魔物だ。

それが何故、ここに立っているのか。

部下たちもまた同じ気持ちを共有しているのか剣を引き抜いて構えていた。


「そう殺気立つな。 余とてこの場で暴れられたいわけではない」


複数の騎士に囲まれ剣を突き付けられているという絶体絶命の場においても魔物は平然としていた。

まるで、自分が死なないという何か確約でもされているかのような超然とした態度に取り囲んでいる騎士たちの側が緊張感で満ちていた。

魔物はルドルフへと深紅の眼差しを向けると、緩やかに唇を釣り上げた。


「余はお前を気に入っているぞ、ルドルフ。 ゆえに命を拾ったのだ」

「よくもぬけぬけと、馬を暴れさせたのはお前だろう!」

「……そうだな、貴様らを混乱させられれば重畳と思ったが、どうにもそれ以上に暴れだしたな」


自分のしたことをまだ理解できていないかのように語る魔物にルドルフは歯噛みした。

ルドルフは手で部下たちを下がらせると自ら武器を引き抜き、魔物へと向けた。


「前にも言ったが、人に害をなす魔物は処分する決まりだ」


淡々と語るその口調に楽し気な笑みを浮かべて魔物は頷いた。

死を受け入れている、というよりも自分はここで死なない、という確証を得ているかのような反応にルドルフは一気に地面を蹴って切り込んだ。

魔物は背後へと飛びのくが、結局はそれだけでありルドルフが再度剣を振りぬくと、今度はたたらをふんでよろめいた。

前回は街の中であったが、山中という不安定な足場での戦闘になじみがないのだろう。


「そこだ――!」

「チャーム!」


ルドルフが真横に振りぬいた刃が首を薙ぐ直前、魔物の指から放たれた微弱な魔力がルドルフの額へとぶつかった。

その瞬間、ルドルフの剣が止まった。


「る、ルドルフ様?」


魔物に剣を突き立てたまま硬直したルドルフを前にして部下が声を上げていた。


うまくいったか、とククルクルルは息をついた。

よもや慣れぬ体とはいえ自分の首に剣を立ててくるとは、とルドルフの腕前に素直に関心しすら覚えていた。


(騎士の鎧に祝福があるということは、騎士自身には魔力をはじくことができないのだろう)


その推測が当たったらしい、と感じながらククルクルルは自分の首から剣をどけた。

見る間に肉が再生していく光景にルドルフの背後に控えていた騎士たちが息を飲んだのが分かった。

さて、これでルドルフは自分の虜となったのだからとククルクルルは上機嫌で口を開いた。


「ルドルフよ、部下を引き連れてこの山を下りよ」

「嫌だ」


即答された言葉にククルクルルは目を見開きルドルフの顔を見据えた。

まさか自分のチャームが効かなかったか、と唇を噛んだが、ルドルフの表情を見て効いてはいるらしいことを理解した。

都の乙女が一目見れば恋に落ちると噂する整った顔を乙女のように赤らめて、澄んだ緑の瞳は欲に潤みながら真っすぐにククルクルルを見据えている。

心なしか吐息にまでも熱がこもっているかのような感覚がして、ククルクルルは自分の背中を汗が伝い落ちていくのを感じていた。


「る、ルドルフ……?」

「ああ、愛しい人よ、どうして貴方と離れることなんてできるものか! この身が裂けようとも、私は貴方を手放しなどしない!」


いうが早いかルドルフの両腕はククルクルルの体をしっかと抱きしめ、銀色の髪に指を差し込んで頬を寄せてきた。

ククルクルルは一挙に嫌な予感が走ってきて、両腕でルドルフの体を突き放そうとしたが、強引に抱きすくめられると今度は腕が伸ばせなかった。

人間に近い今のククルクルルの肉体では一度抑え込まれると肉体のバネを使うような動きを取ることが困難である、と今初めて学ばされた。


「私の可愛い人、あんなに熱烈な口づけをしておいて離れろなど、どうしてそんな連れないことを言うんだい?」

「ち、違うぞ、余がお前に口付けたのは欲求のためではない! 余は余に立ち向かう勇士こそ好ましく思ったのであって」

「ああ、どうして愛する君を傷つけられるだろうか、愛しい君……こんなにも焦がれる私の胸の内をほんの少しだって分かってはくれないのか?」

「分かるわけがなかろう! 余は(おのこ)である!」


ククルクルルは自分に押し付けられているルドルフの下半身がほんのり熱を帯びだしているのは自分の勘違いだと必死に言い聞かせながら身をひねった。

そして突如のルドルフの変貌に唖然としていた騎士たちもようやく正気に戻ったのか、慌ててルドルフの肩を掴み、ククルクルルから引き離そうとしていた。


「何をする! 何故、私が愛する人といることを邪魔するんだ!」

「ひ、ひぃ……!」

「ああ! 待ってくれ、愛しい人!」


人生で初の恐怖を味わいながらククルクルルが駆け出すと、ルドルフは部下たちに引っ張られているのをものともせずに山の中に駆け出し始めた。

ククルクルルの方は山肌を転がり落ちるようにして降りるのを、ルドルフは軽やかに走っていく。

そして、その様を見かけた他の部隊のものたちは、ルドルフが山中で見かけた魔物を今にも仕留めようとしているのだと勘違いし、声援まで送り始めていた。


「は、ぁ、はあ……くそ、くそ! 何故、余の体躯はかように矮小であるか!」


かつての巨躯を懐かしんで歯ぎしりしながらククルクルルはようやっとユーカリと分かれた側の麓までたどり着いて、息を切らしていた。

ルドルフの方はどこで部下を落としてきたのか、ぴんぴんとした様子でククルクルルと向かいあっていた。


「ええい、余を愛するというならば今すぐに離れよ!」

「ああ、連れないことを言わないでおくれ、可愛い人」

「誰が可愛いか! 余は魔王ククルクルルなるぞ!」


高らかに宣言し、胸を張るククルクルルを見ながら、ルドルフは非常にほがらかな笑顔を浮かべて、ククルクルルの体を抱きしめた。

ククルクルルは思いきり体をひねり、ルドルフを引き離そうとしたが、その勢いを利用するようにして逆にルドルフによって下敷きにされる形で押し倒された。


「ククルクルル……今までは恐怖の象徴であったけれど、今日からその名前は愛の象徴になるのだね」


潤んだ目で自分を見下ろしてくるルドルフこそが、いまのククルクルルにとっては恐怖の象徴であった。

チャームをちゃんと撃たなかったせいか? などと自己反省をして冷や汗を浮かべる中、ルドルフの唇がククルクルルの唇へと重なった。


「むぐー!?」


血の味のしないキスはククルクルルにとって初めてのものであった。

口内をまさぐるように入り込んでくる舌の感触に噛み切ってやろうと牙を突き立てようとした瞬間、ククルクルルは自分の太ももの辺りに不自然なでっぱりが押し当てられていることを感じ、声にならない絶叫をした。

幸いにして魔核による魔力増幅でいくらか増強された魔力をすべて一時的な筋力強化にあてがうと、ククルクルルはルドルフを突き飛ばし、再度逃走のために走り始めた。


「ひ、ひっ、な、何故、余が人間風情相手に……かような憂き目にあっているのだ!」

「待ってくれ、ククルクルル! 私の魂の恋人よ!」

「余はお前の恋人ではないわ!」


あくまでも自分の性対象は男ではない、と主張しながらククルクルルは木を抜くとルドルフへと思いきり振りかぶった。

ルドルフは即座に剣を引き抜くや、その大木へと剣を薙ぎ払い、衝撃を持ってククルクルルの攻撃を止めた。

ククルクルルはその反応に笑みを浮かべた。

いくらチャームを受けていようとも攻撃に対する反射は適切そのもの。

ルドルフが芯から腐ったわけではない、と判断してククルクルルは笑っていた。


「ああ……やっと笑ってくれたね、愛しい人」

「……はあ?」


自分が笑みを浮かべた、ということにときめきを隠せない顔をしてルドルフは両目を輝かせていた。

まずい、興味を持っていることが相手に伝わってしまったのは悪手だったのではないか?

今更過ぎる後悔をして後ずさるククルクルルを前にしながら、ルドルフは笑顔を浮かべて木を切断した。


「ククルクルルは乱暴な男の方が好きなのかな?」

「余の好みは女である!」


笑いながら剣を構えてくるルドルフにより一層の危機を生み出してしまったことを悟りククルクルルは後ずさった。

その後、木を引っこ抜いては投げつけて逃亡するククルクルルをユーカリが回収し、空に逃げたことと、隊長であるルドルフが山の中で行方不明になったことで山狩りの騎士たちは別荘に向かわず、ルドルフを探すことになった。

そして、騎士たちは自らの隊長ルドルフが魔物の男に恋する呪いをかけられたことで、その呪いを解くために最寄りの教会へと向かい一気に山から退いていった。

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