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魔王の核

「ひいいいい! アズゼン!」


村の中でククルクルルを探して走り回っていたキースは悲鳴を上げて後ずさり、アズゼンの肩にククルクルルが乗っていることに顎が外れるほど驚いた。

現存する最古の脅威、未だ人類が討伐できない恐怖の象徴と呼ばれるアズゼンがククルクルルに絶対服従であり、しかもククルクルルが「生きろ」と命じたために今日まで生きてきたのだ、という話を聞かされてはキースも流石に絶句した。

せっかく取り戻した声が出なくなるほどの衝撃を受けるキースにククルクルルは穏やかな目を向けた。


「余が再び君臨するにあたり、今回は国を作ろうと考えている」

「国、ですか?」


キースの知る限り、ククルクルルは魔物たちを率い、魔王として君臨していたが国というひとつの社会を作ることはしなかった。

というのも魔物たちの世界というのは強さこそが秩序であり、暴力こそが魔物たちの関係を維持するものであった。

ククルクルルは巨大すぎる体躯のために剣も槍もその一切が痛みを与えることすらできず、逆に身じろぎひとつで簡単に他を圧倒できるせいで他の魔物が逆らう意思すら持たなかった。

しかし、お互いがいつ暴力をふるうか分からないために魔物はそのほとんどが集落以上の規模で過ごすことがない、というのが現在の常識だ。


「国を、と言いますがその為には準備が山ほどあります。 例えば、魔物たちの社会構造などを理解して暴力を振るわないように法律を作っていくなど」

「何を言っている。 そんなものもうあるではないか」

「え?」


ある、とはどういうことだ。

魔物の国などキースは聞いたことがない。

ククルクルルはにこやかに微笑むと、こともなげに言ってアズゼンの頭を撫でた。


「この国をもらえばよい」

「ええ――!?」


その発言にはキースだけでなく魔獣たちまでも大声を上げて驚いた。

人間の国を奪って魔物の国に作り替える、などということは魔物が家畜におちて300年、いまや誰も考えることのない夢物語だった。


辺境の農村に最強の魔獣アズゼンが出た、という報告が出て一週間後、ククルクルル一行はカスタービュの村から移動し、ヘパトの街にいた。

ヘパトは近隣の農村でできた作物の合流地であると同時に物流の要所の1つに数えられているらしく、珍しい果物や色鮮やかな染め物、陶器の器などが市場に並んでいた。


「ヘパトの大バザーですよ、この辺りでは一番ものが集まる場所ですし、欲しいものなら大抵買えます」


そう語るユーカリは先ほど市場で買ったばかりの花柄のワンピースを揺らして機嫌よさそうに笑っている。

ククルクルルはその様子を不思議な感覚で見ていた。


「何故、わざわざ人間が作ったものを着るのだ。 魔物のなかにも衣服を作れるものくらいいただろう」

「獲物が人間だからそれに近い方が都合がいいんですよ。 それに~魔物の作る服って、体にあってればいいってだけでなめした革や毛皮、木の皮みたいなレベルでしょう? 人間の街だとさらさらの布もしっとりした布もあるんですよ」


そういってワンピースの裾をユーカリが広げるので、試しに手の先で触ってみて、なるほど、とククルクルルは頷いた。

元の巨躯では服など着たことがないので意識したことはなかったが、様々な選択肢があるのならそれを試してみたいというのも気持ちの上では理解できた。


「しかし、人間というのは珍妙だ。 かつては殺すものとしか思わなかったが、こうして観察してみれば寿命は短い、肉体は脆弱、知性も低いというのにこれほど多くのものを生み出していくとは」

「不完全な生き物だから補うものが欲しいんでしょうね」

「なるほど、弱いからこその視点ということか」


改めて感心したような口調で言っていると、市場の突き当りから続くこの街のメインストリートの方から大きな歓声があがった。

まるで祭りか何かのように子供たちは声をあげ、女たちが花びらを振りまいているのが見えた。


「あれはなんだ、祭りか?」

「ええ? こんな時期に祭りだなんて聞いたことありませんけど」


そういいながら不思議そうにしていると、串焼きの肉を売っている店主が顔を覗かせて笑った。


「アズゼンが出た、ていうんで首都から騎士様がお見えになったんだよ。 中には国王陛下の甥のルドルフ様もおいでだとか……ご立派な方で民衆の味方なのさ」


うんうん、としみじみと語る店主の口調にはどこまでも敬服したような感情が込められていた。

しかし、ユーカリはアズゼン討伐に騎士が来ている、ということに青ざめていた。

目覚めたばかりの今のククルクルルにはかつてのような圧倒的な力は存在していない。

騎士のような戦いのプロを相手にすれば単なる力自慢程度の力しか持たないククルクルルでは……。


「ククル様! すぐにここから離れ、ていない!」


すぐ隣にいたククルクルルへと視線を向けたが、ユーカリが視線を向けるよりも先にククルクルルは通りに向かって駆け出していた。

可愛い自分の部下は殺させない、そんな魔王としての感情のままに。


ルドルフは白馬に跨ったまま騎士たちの先頭を進んでいた。

本来ならばすぐにでもアズゼン討伐へ向かうべきなのだが、進軍というのはただ進めばいいというものではない。

城から100人の部下を引き連れ、道すがら各部隊から王の勅命の元に1個連隊規模までの人員をかき集めてきたが、目的地に近づくほどに兵糧もやるべきことも増えていく。

宿屋に泊まることで食料と馬の世話は任せるといっても、騎士が携える神聖武具の手入れは各地の教会で改めて祝福を行ってもらわねばならない。

第一、ただ馬を走らせているだけでは馬は山ひとつ越えれば血反吐を吐いて死んでしまうのだから適切な休憩や街で馬を変えるなどして進まねば進軍速度が余計に落ちてしまう。

そして、アズゼン出没の報せによって民がおびえていることもルドルフには放置できなかった。

中央から遠い土地になるほど普段は騎士たちが少なく、自警団を統率したり街で傭兵を雇うことでしか外部の脅威から身を守ることが出来ない民たちは凶暴な魔獣に怯え切っていた。

そこでルドルフは街につくごとにあえて「国王が騎士を派遣し、魔獣を倒してくれる」と人々に理解させるため簡易的なパレードをしてきた。


それはこのヘパトの街でも同様だった。

つい最近、街道の近くで魔物を引き連れたアズゼンの姿が目撃された、ということもあり住民はルドルフたち騎士が訪れたことを歓迎してくれていた。

花びらの舞い散る通りをまっすぐに馬で進んで街の中央にある領主の城へと向かっていたところ、不意に通りの前へと飛び出してきた人物がいた。

背丈からみてまだ子供のようにも思えるが、馬を止めるために手綱を引っ張り、ルドルフは青年を見下ろした。


「そんなところにいては危険だ。 道を譲ってくれないか」

「……」


沈黙を貫いたまま青年は顔をあげた。

その顔は美しく整っていたが、黒い目の内に浮かぶ深紅の瞳孔が真っすぐにルドルフを見つめていた。


「魔物か? 貴様、誰の前を遮っているか理解しているか! そのお方は我が国の筆頭騎士ルドルフ様だぞ!」

「よせ、アズゼン討伐の前に余計な騒ぎを起こすな」


ルドルフが傍らの騎士が声を張り上げるのを止めようと右手を上げると青年は僅かに息を飲んだ。

自分が立ちはだかった相手が何者かを知り恐れているのだろう。


「安心するといい、私は君に危害をくわえるつもりはない」

「チャーム!」


突然に青年は自分の顔の前に指を突き出すと、その指の先端から魔力をルドルフの胸目掛けて発射した。

しかし、その微弱な魔力はルドルフの鎧にはじかれるや消え去っていった。


「なに!」

「……どうやら、そちらには穏やかに退く意思がないようだ」


実害がなかったとはいえ人間に攻撃をしかけることは一切許されていない。

溜め息をひとつこぼすと、ルドルフは馬から降りると腰にはいた剣を引き抜いた。

周囲の空気もまた冷たく張り詰めていく。


「恨みはないが、危険性を持つ魔物を排除するのも騎士の役目だ」


ルドルフはごく当然のこととして静かに告げると、目の前にいる魔物へと襲い掛かった。

魔物は即座に背後へと飛んだが、マントが切れたことでその姿が露わになった。

絹のような白銀に輝く髪は黒い紐で一つにまとめられて揺れ、額からは2本の角が伸びた異形の風貌でありながら、どこか目を離せなくなる美しさがそこにはあった。

魔物は真っすぐにルドルフへ視線を向けると、その唇に笑みを浮かべた。


「よい眼差しをしている」


そう告げると共に自らの爪で打ちかかってきた魔物を剣で打ち払い、ルドルフは息を吐き出した。

膂力はそれなりにあるが動きは雑だ。 戦いになれていない未熟な動きをしている。

それに最初に放った魔術にしてもごく弱いもので、目の前の魔物は到底強いとは言えない。

だというのに、ルドルフは自分の背中に冷たい汗が流れるのを自覚していた。

踏み込み剣を振るえば魔物はその腕で受けとめ、血を流しながら反対の腕で爪を振り下ろしてくる。


「く!」

「人間! お前の名前を言ってみよ、余が覚えてやろう!」

「は、いいだろう、私の名はルドルフ・グレン・フロース・ベルメイユ! この国を守る騎士だ!」


そう高らかに声を上げると同時に魔物の右肩から袈裟懸けに剣を振り下ろした。

魔物は信じられない、とでもいうように目を見開き、自分の身から溢れる血を見つめていた。

周囲では勝利を確信した歓声が上がっていたが、ルドルフだけは一切油断ができないと強く、目の前の魔物を見つめていた。

魔物は切り開かれた自分の傷口に手をやると、何故か笑った。


「よい! これが痛みなるものか! 斬られれば痛い、とはこういうことか! よいぞ、人間……いいや、ルドルフよ! お前は生きるべき人間である!」


唐突に魔物は高笑いして、まるで自分こそがこの場の決定権を持っているとでもいように叫んだ。

血まみれの体もふらつく足も魔物の敗北を明確に示しているというのに、魔物は寧ろそれを愉快がって笑っていた。

ルドルフは恐怖心に駆られるかのように足を踏み込むと、今度は魔物の腹へと剣を突き立て、手首をひねった。

魔物の口からは勢いよく血があふれ出ていた。


「人に害成すものは、すべて塵に帰るがいい!」


血を吐き出し、震える腕を突き出し、もはや絶命を待つより他にない魔物へと視線を向けルドルフは呪うように吐き捨てた。

魔物は一度血の塊を吐き出すと、宙に延ばしていた腕を折り曲げ、ルドルフの頭を掴んだ。


「っ、しま……!」


油断した。 こいつは相打ちを狙っていたのか、そう戸惑うよりも先に、ルドルフの唇へと血に濡れた魔物の唇が重ねられた。

何をされているのか、ルドルフが呆然としている内に、魔物の体が離れた。


「ひぃぃぃいい! に、逃げますからね!」


騎士と切り結び、惨敗した挙句その男の唇にキスをしているククルクルルの体を羽交い絞めにして、ユーカリは懸命に翼で飛び上がった。

周囲の全員がルドルフ勝利の空気に浮かれている間にパレードの見物客の間を縫って、ククルクルルの背後に回りこんでいたのだ。


「ひ、ひ、や、やだ、こんな、騎士たちがこんなにいるなんて」


宙に浮かんだとはいっても重傷のククルクルルを抱えての飛行は高く飛び上がることも素早く移動することもできず、ユーカリは涙を滲ませながら懸命に騎士たちの追撃を回避する方法を考えていた。

ルドルフは先ほどのククルクルルからのキスのショックから未だ立ち直れていないのか追撃の中に居なかったが、他の騎士たちの中にはクロスボウを構えているものまでいる。

とにかく今すぐにどこかに隠れてククルクルルの手当てをしなければならないのに、両腕を血が伝っていく感触に青ざめながらユーカリは奥歯を噛み締めた。

直後、背後で落雷と爆発音が聞こえた。


「な、なんだ!」

「落雷? まさか、攻撃魔術か!?」

「く、手負いの魔物よりも魔術師を探せ! 民を守るのだ!」


騎士たちがそれぞれに反応し、統率が乱れたその瞬間にユーカリは高く飛び上がり、そのままこの街で一番大きな領主の館の屋根の上へと身をひそめた。

息が上がっているし両腕も翼も痛かったが、それよりも先ほどから移動中に全く動かなかったククルクルルが気になった。

屋根の上へと下ろしたククルクルルはごく小さな呼吸を繰り返し、目を伏せていた。

今のククルクルルの肉体はサキュバスの血が表に出たものであり、武器の攻撃が効いてしまうことを改めて実感しながらユーカリはククルクルルの手を握った。

ククルクルルの手は巨大な爪が生えているが人間のものに近い形をしており、脈も弱いながらに確認できた。

ユーカリは魔王の傷を確認するため、血まみれの服を押し開き、そして声を失った。


先ほど抱き上げた時には未だに血を流していた傷跡が、ユーカリの目の前で塞がっていくのだ。

肉が瞬きする間に伸びて、傷の間を埋めていく。

どういうことだ、こんな異常な回復力はサキュバスの身にはないはずだ。

呆然とするユーカリを前に、意識が戻ってきたらしいククルクルルが目を開いて笑みを浮かべた。


「ユーカリよ、キースを拾って離れよ。 余はしばし休憩次第、戻る」

「いけません! ククルクルル様より人間を守ることなど私にはできません!」

「ユーカリ」


静かな口調でククルクルルは再度ユーカリの名前を呼んだ。

ユーカリは既に両目に涙をためて震えていたが、その表情を前にしながらククルクルルは落ち着いて体を起こした。

傷口はもはや筋程度のものになっていたが、失った血の多さにユーカリは悲鳴をあげかけていた。


「キース、ルドルフ……2名の精を糧に余の魔核がようやっと起動を始めた」

「え……?」

「ん? サキュバスには魔核は伝わっていないか?」

「し、知ってます、子供のころ聞きました」


魔核。 本来は龍種しか持ち合わせない器官ではあるが体内を巡る魔力を増幅する作用を持っている。

かつて巨大な肉体に無数の魔核を持っていたククルクルルは呼吸するごとに魔力が倍増する、とまで言われていたことは伝説として聞いていた。

だからこそ元はただの獣に過ぎなかったアズゼンが魔核を得たことと長い時間によって増幅された魔力で自己強化をし続け、最強の魔獣となっているのだ。


「まさか、ククルクルル様は今まで魔核が動いてなかったのですか?」

「うむ。 どうにも、蘇ったはいいがほとんど魔核が起動しておらず魔力が足りぬありさまであった。 先ほどやっと魔核が動いたので自らの身を癒している」


そう告げると血まみれになった服を脱ぎ捨てて、ククルクルルは立ち上がっていた。

白磁の肌の上に傷跡はもうなく、ただ血糊だけが残っていた。


「キースを救ってやれ。 奴は余を守るために魔術を放った。 主君として守るが道理であろう」

「はい! セックスですね!」

「違う」


自分の目元をぬぐい、元気に声を出すユーカリを冷静に否定しながらククルクルルはまだ街を走り回っている騎士たちの姿を屋根の上から見下ろした。

いつの時代になろうとも自分に立ち向かう者はみな気に入ってしまう。


「アズゼンとキースは余の配下、守るのは当然の事」


ようやく動き出した魔核のおかげでククルクルルは自分の中が熱で満たされてくる感覚を味わう。

かつて龍の身であったころにはこの何十倍の感覚を常に感じていたが、今はどうやら魔核は1つしかないらしく、増えていく魔力量はたかが知れている。


「ふむ、この程度では肉体の変質や強化はいささか厳しいか」


自分の中に満ちていく魔力は確かにそれなりにあるのだが、翼を生やしたり爆発的な力を生み出すにはまだ足りないか、と考えてから溜め息をひとつついた。


「仕方ない、サキュバスらしく人間を使うとしよう」


そう小さく呟くとククルクルルは屋根に上がるために用意されていた小さな扉を開いて領主の館の中に入っていった。

屋敷の中は広々としており白い壁には肖像画や風景画の類が飾られている。

ちょうどよく掃除の為に歩いてきたらしいメイドを見つけると、ククルクルルは指を突き出した。


「ひ、魔物……!」

「チャーム!」


悲鳴をあげようと身をすくめた娘は魔力が胸に当たるなり、急に頬を赤らめ、自分の手を口元にあててもじもじと震えて目をそらしだした。

やっとチャームが使えるようになった感動を噛み締めながら、ククルクルルはメイドへと近寄ると、その顔を見下ろした。


「余は外へと出たい。 他者に見られぬよう出る手伝いをせよ」

「は、はい……承知しました」


実に聞き分けのよいメイドの反応にうんうんと頷きながら、ククルクルルはメイドに言われるまま洗濯ものを入れるカートの中に身を隠し、そのまま中庭から領主の屋敷を脱出することに成功した。

その際にシーツを一枚貰い、肩からかけた状態でメイドに礼をいうと、ただそれだけでメイドは頬を真っ赤にして卒倒してしまった。

どうやらチャームという魔法は思いのほか強い効果を出すらしい、と考えながらククルクルルは山の中にある別荘へと戻っていった。

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