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魔王、街へ行く

「いいですか、サキュバスというものはとにかく人間の男の精が必要なんです。 童貞の聖職者(エリート)なんてめちゃくちゃ美味しいですが、とりあえず棒がついてれば子供でもおじいさんでも何なら犬でも可!」

「血を飲むとかではダメなのか……」


遠縁の親戚にあたる少女ユーカリの口から次々に破廉恥なワードが飛び出してくる現状に魔王ククルクルルは呆然とした表情を浮かべて話を聞いていた。

一度、石の下敷きになった騎士が生きていないか確認した際にも、「まだ生きてるなら、体千切れてても食べれたんですが」と残念そうにしていたことから、ユーカリが言っている内容が真実なのだろうことを察してククルクルルは頭を抱えた。

ククルクルルは本来父と同じく龍種である。

龍というものは欲も感情も乏しく、半ば自然現象のような存在であり、だからこそ母は「山脈に欲情ししマツリカ」などと底なしの性欲をサキュバスたちに褒めたたえられるているのだ。

つまり、ククルクルルは生前に一切そうした性的欲求を感じたことのない純潔の魔王であった。


「血を飲んで力に変えられるのは吸血鬼ですよ、性質が違います。 もう股を開いて話してしまうとですね、国の男ども全員と寝ればサキュバス種でも国ひとつ滅ぼすことは可能なんですよ」

「何故やらない。 魔物の国を作れば今の家畜扱いよりも待遇が改善されるだろう」

「それだけの精を受け止めきる器が我々サキュバスにはないんです。 それに魔物が国を作れば人間たちは同盟を作って攻めてきて、全員殺されるでしょうね」


そういってユーカリは苦笑を浮かべた。

おそらくはククルクルルが封印された当初には魔物たちが国や都市の形をとったこともあるのだろうが、それらすべてがどうなったかは想像ができた。

ククルクルルは少し考えるように自分の顎を触った。


「私たちサキュバスにはチャームって魔法がありますから相手を魅了して致すのは簡単ですよ」

「チャーム……」

「ククルクルル様も使えるはずですよ! 試しに撃ってみてください!」


さあ、とユーカリは自分の胸に手をやった。

何かは分からないが胸に向かって魔力を打ち出せばいいのだろうか、と考えてククルクルルは眉を寄せた。

呪文も分からない魔術が撃てるのだろうか、という疑問はあったがひとまず人差し指だけを伸ばした状態で魔力を指先に集中させてみた。

なるほど、龍であった頃には感じなかったがこの魔力に熱を込める感覚で打ち出せばいいというのが直観的には分かる。

おそらくはチャームという魔術はサキュバスたちにとって呼吸や歩行ほど当たり前の技術なのだろう。

ククルクルルはそのまま指先から真っすぐにユーカリの胸へチャームの魔術を発射した。


「……え?」


意外そうな顔をしてユーカリは眉根を寄せた。


「なんですかこれ。 ぜんぜんキュンとしないんですけど」

「そんなこと言われても余も困る」


初めて撃ったのだから。

しかしユーカリはサキュバスとしての目線から魔王のチャームがしょぼすぎることに絶句していた。

チャームはサキュバスの基本のき。

この能力があるからこそサキュバスは問答無用で精を集めることができるというのにそれがしょぼいとなるとその他の魔術はお察しものだ。


「こ、こんなしょぼチャームじゃ男たちは元気にククルクルル様を犯さないじゃないですか!」

「余の貞操をなんだと思っている」


この世の終わり、とばかりの表情で自分に詰め寄るユーカリを見てククルクルルは溜め息をついた。


「この身の強化は男に抱かれる以外の方法ではできないのか」

「……効果は薄いですが、キスをするとかでも多少は精を得られますよ。 ていってもこれで得られる精なんてごくわずか……そりゃあ、まあ、トバルハバルみたなとんでもない魔法使いならキスだけでもやべー力を手に入れられそうですけど、それは例外中の例外です」

「余は……(おのこ)である」


もう何度目になるかも分からないククルクルルのか細い声が漏れた。

ユーカリの主張はあくまでも人間の男の精を食らって力をつけろ、というものであり、ククルクルルが男であるだとか性的欲求を催したことがなく同性に抱かれるのは嫌だとかいう主張はあまり聞き入れてくれなかった。


「まあまあ、ひとまず街に行きましょう! ここじゃあ食べられる精もないですし、実際に今の人間を見たら気分が変わるかもしれませんよ」


朗らかに言ってのけるとユーリカはククルクルルの体を抱いて、ふわりと背中の翼で宙に浮かんだ。

大きな蝙蝠の翼が風を巻き起こして上昇していくなか、ククルクルルは自分がいままで収められていた朽ちた神殿の跡を眺めた。


「今の人間も300年前となんら変わるまい」


300年前、人間の増加に伴い領土を求めて魔物たちの森は開拓されていった。

そして魔物もまた増加に伴って人間の里や村を襲っていった。

魔物たちも人間も増えていくからには生きていく土地が、食料が必要で、お互いが生存をかけて殺しあった。

魔物は人間を殺す。 人間は魔物を殺す。

その不文律をククルクルルは復活した今もしっかりと覚えていた。


ユーカリが魔王を連れてきた街はハルスフルトという地方の小さな街だった。 居住区域の近くには大きな畑が連なり、荷車を引いたロバが生活必需品の水や小麦粉を運んでいる。

街の大通りにはいくつか店が並んでいるが、旅人や観光客相手の店というよりは純粋に食材や調味料、衣料品、雑貨の類の店だ。


「ここはいい街ですよ、ほどほどに栄えててほどほどに田舎で。 自警団くらいはあるんで治安も悪くないですし、口やかましい教会もここらじゃいくつかの街を1つの教会で引き受けてるから手薄ですし」


口調だけ聞いていれば観光案内のような気楽さだが、話している内容そのものは侵略する目線といった風だ。

もちろんユーカリにはこの街を脅かすつもりはない。

並みの人間ならばユーカリでも魔力で虜にできるが、万一にも教会や国から騎士を派遣されればそれこそユーカリなど暇つぶしで殺されてもおかしくないような魔物に過ぎないのだから。

しかし、そんなユーカリの説明にククルクルルは特に関心を持たず、通りの端で藁の筵に横たわっている男に目を向けていた。


「あ、ククル様、お腹すきました? あれ食べます?」


ククルクルルが男を見ていることに気付いたユーカリは嬉しそうな表情をして問いかけた。

しかし、それに対してマントのフードを目深にかぶったククルクルルは不満げに鼻を鳴らした。


「違う。 あの男、手首に刺青があるが、あれはなんだ」


言われてユーカリも男の方へ視線をやるとなるほど、男の手首と首筋には濃い青色の刺青が入っていた。

鎖の形をした刺青は男の首筋と手首をぐるりとまきつくように入っており、縁には呪文が刻まれている。


「あれは追放魔術師ですね」

「魔術師? 魔法使いではなく?」

「今はそう呼んでるんですよ。 あの刺青は魔術師が魔術を使えないようにするために施してあって、あれが刻まれた箇所は不随になるんです」


不随になる、とユーカリはこともなげにいったがククルクルルは目を見開いた。


「それではあの男、両腕も声も使えないのか」

「そりゃあ、追放魔術師ですから」


ククルクルルは衝撃を受けたように男をもう一度見た。

男は肘のあたりを地面について筵の上に起き上がると赤子のしゃべるような声を出し、頭を地面へと擦り付けるようにして通りがかる人間へ物乞いをしていた。


「何故、魔術師が追放される。 魔術師ならば貴族相当の扱いを受けるのではないのか」

「魔物との生存戦争が終わってから魔術師の扱いは一転しましたからねえ。 危険な魔術を使える人間は処刑されますよ。 だって、今戦うとしたらそれは人間同士に他なりませんから」


言われた内容にククルクルルはようやく納得できた。

人間は魔物との生存競争に勝利した後も増え続け、今度は同種同士で殺し合いを始める直前なのだ。

だからこそ数が少なく危険性の高い魔術師の類は処刑され、ああして物乞いをしているのだろう。

ククルクルルは一度刺青の男を見返した後にユーカリに案内されるままに酒場を併設した宿へと入っていった。


酒場兼宿屋の中は雑多な賑わいで溢れていた。

酒に酔った農夫たちが互いに笑い話をし、その傍らでは旅人らしき簡素な服装の客が隣あった商人と飲んでいる。

人間の酒場、というものはククルクルルには初めて見る場であったが魔物の宴とそう大差ないように見えた。

種族が単一なので見かけは似たりよったりなものばかりだが、酒を飲んで愉快になるのは人間も魔物も変わらないのだな、と考えながらククルクルルは椅子を引いた。


「すみません、牛乳2つください」

「はいよ、お姉ちゃん」


気軽に注文をするユーカリを見ていると、どうやら彼女はこうやって人間の店を訪れることに慣れているらしい。

それに店主の側も特に偏見や差別意識を持っているようでもない。


「魔物でも受け入れているのか、この店は」

「お金がありますからねえ。 私、娼婦としてそれなりに稼いでおりますから」


むん、と胸を張って誇らしげにするユーカリを見て呆れたようにククルクルルはジト目になった。

人間をたぶらかして貢がせている、というならまだしもごく普通に商売にしている、と言われては魔物が人間の社会に適応しているという無茶苦茶な状況にしか思えなかった。

ククルクルルは自分の前にも牛乳が運ばれてくると、それを見て少し考えるようにした。


「これはなんだ」

「牛乳……ああ、動物の牛の乳ですよ。 おいしいんですよ、サキュバスは皆大好きなんです」


テーブルの縁に手をかけながらククルクルルが鼻を寄せるとほんのわずかに生臭かったが、不思議とその臭いが嫌ではなかった。

思い切ってグラスを手に取り、牛乳を飲み干してしまうとこんどはその柔らかい飲みごたえと、ほんのりした甘さにククルクルルは目を見開いた。


「うまい」

「でしょう?」


復活してから始めて笑顔を見せたククルクルルにユーカリは嬉しそうに笑顔を浮かべ、ククルクルルの口元についた白い跡をハンカチで拭いてやった。


「牛乳じゃ精は取れませんが、お腹は満たされますからね」

「お姉ちゃん、そっちの子もサキュバスかい?」


カウンターで飲んでいた農夫の1人が気さくに声をかけてきた。

人の好さそうな顔は酔っぱらってほんのすこし赤くなっており、フードを被ったままのククルクルルを不思議そうに見ていた。


「娼婦やってんなら相手してくんないかねえ」


ははは、と笑いながら言われた内容にククルクルルは無言でフードを下ろした。

酒場にいた全員がその容貌に注目した。

有無を言わさぬ魔性の美貌、そして異形となる角と黒い目に浮かぶ深紅の瞳。

恐ろしさを感じると同時に惹きつけられずにはいられないその姿に賑わいは収まり、今度は静かに息を飲みこむ音が聞こえた。

しかし、ククルクルルがそれ以上何かするよりも先に、表の通りから物音が聞こえた。

何か重みのあるものが地面を転がる音と耳障りな男の笑い声。


「何の音だ」

「……また自警団の連中かねえ。 表で騒がれると客が入らないんだが」


ククルクルルが発言したことでようやく沈黙は破られた。

店主は少し困ったように頬をかいており、店内の客もいつものこと迷惑ごとだ、というような対応をしていた。

ユーカリも特段気にする風でもなく、静かに牛乳を口にやってにこにこしていた。

違和感があった。


「あ、ククル様! どこに向かわれるんですか!」


唐突に席を立ちあがり表へと走りだしていったククルクルルにユーカリは困惑の色を浮かべた。

すぐに店主へと代金を支払い、店の前に立っているククルクルルの隣に立つと、表の騒ぎの原因はすぐに分かった。


「追放魔術師が通りに顔を出してるんじゃねえよ!」


自警団らしき揃いの上着を着た青年たちが物乞いをしていた男の腹を蹴り飛ばした。

男は筵の上から通りに転がされ、口からは唾液と血が混じったものを吐き出し、言葉にならない声で呻き地面に額を擦り付けていた。

おそらくは許しを請うているのだろう男の背中へ男は手にしていた木製の槍の柄を叩きつけた。

鈍い悲鳴を上げて物乞いは地面に崩れたが、自警団は半笑いに男の頭をけ飛ばしていた。


「あーあ、こんな表通りで物乞いしてるから目をつけられちゃったんですね。 おかわいそうに」


ユーカリは物乞いにいくらかの哀れみを感じてはいたが、それ以上関わるより店に戻ろうとククルクルルの手を引いた。

自警団たちのやり方は憂さ晴らしに過ぎないのだろうけれど、こんな通りに罪人が出てくることも悪いのだ。

秩序を乱した、つけいる隙を与えた、それは弾圧を受けてもしかたないようなことだとユーカリは割り切っていた。

しかし、ククルクルルはユーカリの手を振り払うとそのまま自警団の男たちへ近寄っていった。


「なんだお前……見たことのない魔物だな、種族名はなんだ」


自警団の1人は槍を突き付け詰問した。

だが、ククルクルルはその槍の穂先を爪を用いて切り落とすと、地べたへと這いつくばった物乞いの頭に足をのせている自警団の男を片手で突き飛ばした。

それだけで自警団の男は数メートル背後に吹き飛んで仰向けに倒れた。


「な、なんだ! こ、こんな街中で暴れて、無事で済むと思ってるのか!」


半ば絶叫するように言う自警団の男は無視したままククルクルルは物乞いの男の首筋を掴んで持ち上げた。


「あ、あ……ぅ、あ……」


口からは血が垂れ流れ、長年の不遇からか頬はこけおち、薄汚れていたがその瞳はまだ生きていた。

ククルクルルはそれを認めると、物乞いの男の唇の上に自らの白い唇を押し当てた。


「嘘……!」


ユーカリは信じられないものを目の当たりにして両手を口に当てていた。

しかし、魔王は物乞いの男を自分の背後へと置くと、血で塗れた唇を手の甲で拭いながら笑みを浮かべて自警団の男たちを見据えた。


「余は魔王ククルクルル――種族はサキュバスである!」


そう答えると同時にククルクルルは目の前にいた自警団の男を軽々と持ち上げ、そのまま宙へと投げた。

投げられた男は悲鳴を上げながら露店の屋根の上に直撃し、崩れ落ちた。

折られた槍の先を向けながら最後に残された自警団の男は掠れた悲鳴をあげていた。


「ま、あ、魔王が復活なんてするわけが……」


その膝はがくがくと震えていて今にも逃げ出したいと言っていたが男は無謀にもククルクルルへと向かって突進していった。

ククルクルルは楽し気な笑みを浮かべていた。

たとえ弱者であれど自分を殺さんと立ち向かってくるものは心地よい。

だからこそ殺してやらねばなるまい、と殺意を込めて牙をむき咆哮した瞬間、男の目の前に一条の雷が落ちた。


「ひい! 魔法まで使いやがる!」

「ま、魔王だ! 本物の魔王だ!」


とうとう立ち向かっていた男も最後の理性がはじけたかのように悲鳴をあげ、ククルクルルに背中を向けて逃げ始めた。

まだ意識があったらしい自警団たちもそれぞれが逃げまどい、悲鳴を聞いた周りの人間たちも伝染した恐怖心に一挙に走り出し、通りにはククルクルル、ユーカリ、そして物乞いの男だけが取り残されていた。


「ククルクルル様! いつの間に落雷の呪文なんて高位なものを……」

「余ではない。 邪魔をしたのはこれだ」


駆け寄ってきたユーカリに肩を掴まれて揺さぶられながらククルクルルは自分の背後でようやく起き上がった物乞いの男を見下ろしていた。

男の両手首と首筋の刺青は掠れて消えていた。


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