ククルクルルの復活
手足が重く、目が見えない、口の中までも痺れたように動かない。
けれど自分の魔核が再び脈打っていることを感じてククルクルルは突き出していた腕を折り曲げ、高らかな咆哮を上げ、身をよじった。
全身が引きつれるような激痛を感じた。
生前には感じたこともないその痛みに再び咆哮をあげた。
目の前には人間どもがいる、剣を持ち自分に掴みかかろうとしてくる。
殺してやる、殺してやるとククルクルルが腕を振り上げて爪を突き立てようとしたその瞬間、目の前の人間どもは落下してきた巨大な石によって潰された。
「ククルクルル様……我らが魔王様が、お目覚めになられた」
呆然としたような女の声が聞こえたのでククルクルルが視線を向けると、そこにいたのは自分の叔母カリンカだった。
「カリンカ、何をしている」
意思疎通器官から声をだそうとして、はたとククルクルルは違和感を覚えた。
なんだかどうにも、自分の知覚している肉体がやけに小さいように思えたのだ。
ククルクルルは試しに少しだけ前へと歩みだしてみて、そして絶句した。
見下ろした自分の体躯はあの山脈のごとき龍の体躯ではない、並みの人間程度の大きさしかないあまりに矮小な体躯をしていたのだ。
「わ、私はカリンカの末、ユーカリと申します」
ユーカリと名乗ったサキュバスは花がほころぶように微笑みを浮かべると、ククルクルルの肉体に抱き着いた。
豊満な柔らかい何かが押し当てられる感触と同時にククルクルルは呼吸ができないという感覚を生まれて初めて味わうこととなった。
◆
崩れ落ちてきた石と思ったのは自分の遺骸を保管するため人間が作った神殿のなれの果てであったとユーカリに聞かされなが、ククルクルルは自分の巨大な爪で地面を掘っていた。
「それで、余が眠っていた間に人間が増えたか」
「それはもう爆発的に! 何しろこっちは魔王様が封印されたことで動揺してたそうですし、語り継がれてる話だと集団で行動していた魔物たちも統率がとれなくなって、人間たちに倒されていったそうです」
ユーカリの胸に開いていた穴はククルクルルの復活による魔力の放出で塞がったらしく、ぴんぴんとした様子でククルクルルへとこの300年ほどの動向を話していた。
ククルクルルはユーカリが持ってきていた魔獣の遺骸を埋め終わると、どっかと崩れた石の上に腰を下ろした。
「で、人間どもは魔物を家畜としていると」
「はい、この300年で人間は増えましたし、今は不戦協定も結ばれていますから人間を保護しつつ便利な労働力として用いられていまして、率直に申し上げて魔物はやべー状態にございます」
ククルクルルは話を聞きながら自分の手を見つめた。
穴を掘ったときの感触からして膂力そのものは人間以上ではあるが、封印前のような絶大な力を宿しているようには思えない。
おまけにひどく空腹だ。
「余は何故このように矮小な体躯でよみがえったのだ。 炎すら吹けぬ上に力も弱く、全盛に程遠い……」
「そ、それは分かりませんが……おそらく、あの陰険魔法王のせいですよ」
「トバルハバルか……」
そう呟いてククルクルルは額に手をついた。
正直な話、人間の勇者と祭り上げられていたあの男は嫌いではなかった。
自己の肉体を鍛え、技術を磨き上げ、人間のままに上位の魔物や自分へと挑み、そして勝利するのだと信じるあの眼差しは自分をして心地よいものに思えていた。
だが、トバルハバルは別だ。 陰険、悪質、傲慢と魔法使いの悪いところを盛り込んだ性格の上に技術だけは天才的だから手に負えなかった。
「思うのですが、今のククルクルル様、すっごい美形ですよね」
ユーカリはまじまじとククルクルルの顔を見つめた。
伝説に語り継がれる巨大な龍、欲や感情に薄い山脈や自然現象に近い存在というよりも、今のククルクルルは人間に近い外見をしていた。
額から生えた角や黒い目の中に深紅の瞳孔という姿は異形ではあるが、白銀の長髪を地面まで垂らし、白磁の肌をした鋭い目つきの美少年であった。
口元はきっと真一文字に結ばれ、鼻筋が通った整った顔立ちをしている。
ユーカリはその魅力的な外見にひとつの結論を出した。
「ククルクルル様、サキュバスになっちゃたんじゃないですかね?」
絶句したククルクルルの前でユーカリはにこやかにしていた。
サキュバスという種族は人間の精力を食らい、それによって力を得る種族であるため自然外見は人間の好奇心を誘う美しい外見をしている。
龍種の巨大な体躯を失う代わりにサキュバス種としての美しさを持って復活した魔王をユーカリは遠い親戚としても心の底から喜んでいた。
「それではガンガン! 男とヤって全盛期のお力を取り戻してくださいませ!」
「余は男である!」
サキュバスとして魔王復活の助力を全力で行うと宣言するユーカリと自己の性認識及び性対象への尊厳をかけたククルクルルの声が人間のいない山脈の間にこだました。