眠れぬ夜 五日目
ようこそ、眠れぬお嬢様。
寝不足で肌荒れが気になりますか? それでは今宵はローズヒップティーにいたしましょう。
今日も私は眠れない。
「うー。いたた……」
私はベッドに仰向けになりながら頬をさする。荒廃した大地のようにガサガサ、ニキビもできてしまっている。
心配するように静真が私の顔を覗く。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「うん……。寝不足のせいかな、肌が荒れてて、悲しい……」
家事使用人相手にすっぴんなのはいつものことだけど、メイクを落とすと余計に気になる。
静真はふと思い立ったように「では少々お待ちを」と一旦部屋を出ると、小瓶を手にすぐに戻ってきた。
「お待たせしました、お嬢様。肌にいいとされる精油をお持ちしました。塗らせていただいてもよろしいですか?」
精油……アロマオイルを持ってきてくれたらしい。
たしかに精油にはいろんなパワーがあるっていうよね。
「お願いします」
「はい」
静真は枕元のスツールに腰掛け、白手袋を外すと指先に精油を垂らす。
「え、直接塗るの?」
クリームで薄めたりしなくていいのだろうか。
「はい。これはヘリクリサムという精油で、別名イモーテルとも言いますが、非常に治癒力の高い花から抽出していまして、直接塗ることができるのです。細胞再生作用に優れながらも刺激が弱く、敏感肌の人も使用できます」
静真はそう言いながら、私の頬を指で優しくさすってくれる。
はあ~、なんか癒され――
「う!? 変な匂い」
――癒されると思ったら、鼻から吸い込んだ臭いにむせそうになった。
唯一無二の独特な薬草っぽい匂いが鼻腔に突き刺さる。
「……でも、なんか効きそうな感じ、だね」
「はい。少しだけご辛抱ください」
「うん」
この精油は強力そうだ。
だけど、臭いなあ~。
塗り終わり、静真はてきぱきと片付けると今度はお茶を淹れてくれた。
「お嬢様、お茶が入りました」
枕元に傅き差し出したのは、
「ローズヒップティーにいたしました。肌にとてもいいんですよ」
ルビー色をした液体だった。真ん中にはミントの葉が浮いている。見るからにとてもおいしそう。脇にはおかわり用のティーポットが用意されて、その透明なガラスの中にはハイビスカスとバラの花びらがたくさん浮かんでいた。
期待に胸を膨らませながら、私はこくっと飲む。
……ん……?
なんか……
「えっと、酸味がすごいね……」
予想外にシソとか、梅っぽいというか……。
あまり得意な味ではなかった。
けど、肌にいいなら頑張らなくちゃいけないかな……。
私はごくりごくりと飲み込む。
けど、あまりにも飲みづらくて吐き出しそうになる。
さっき塗ったヘリクリサムもまだ臭いし……。
くさい・まずいのダブルパンチで泣きそう。
そして、
「ローズヒップは、「ビタミンCの爆弾」との呼び名があるほどビタミンCを多く含んでいます。ビタミンCはコラーゲンの生成のときに使われますから、美肌効果が高いのです。また細胞の生まれ変わりを促す成長ホルモンが出るのは、睡眠直後ですので、今飲むのがベストですね」
静真の詳しい解説が始まってしまった。
うんうんと聞き流しながら、まずいのを我慢して飲んでいると。
「お嬢様、はちみつを入れてみるのはいかがです?」
そう言いながら、時實が入ってきた。私の苦笑いに気づいてくれたらしい。
「いいかも。ありがとう、時實」
はちみつが入ると、見た目からのイメージ通りの甘酸っぱい味になった。
とても飲みやすいし、何より、おいしい。
(これなら、好きかも……)
そういえば、肌に残る匂いも、なんだか慣れてきたら悪くなく思えてきた。
精油ってことは、好き好んで香らせる人もいるんだよねきっと。
それさえもわかる気がする。
「ハチミツに含まれている糖は果糖とブドウ糖ですので、虫歯を引き起こす糖とは違って単一では酸を形成する能力が低い糖分と言われています。ですので、そのままお眠りになっても大丈夫ですよ。また、ハチミツにはリン酸カルシウムが含まれていて、リン酸カルシウムには、歯のエナメル質が溶け出すのを、軽減してくれるという作用もあります。虫歯の第1フェーズはエナメル質が溶けることで始まるので、虫歯予防において重要な……」
静真の難しい話を聞いていたら、なんだかうとうとと眠くなってきた。
今日はこのまま、眠れそうだ。