表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/5

眠れぬ夜 一日目

ようこそ、眠れぬお嬢様。

本日のハーブティーは、ラベンダーティーになります。どうぞ……


 今日も私は眠れない。


時實(ときざね)、まだ行かないで」


 私はベッドに横になったまま、執事の時實(ときざね)を呼び止めた。彼は足を止めてゆっくり振り返ると、


「お嬢様、お眠りになりませんと、明日も早いですよ」


 と私の顔を覗き込む。動物に例えるならフクロウが似合うお爺さん。


 こんな夜更けにも白髪は丁寧に整えられていて、物腰は柔らかくて、時間がゆっくり流れているようで、安心して、私は甘える。


「だってまだ眠くないんだもの」


 時實は困ったように白い眉尻を下げる。迷惑しているわけじゃなくて、私の健康を案じてくれているのだと思う。


「かしこまりました。では、温かいラベンダーティーを用意させましょう」


 私が頷くのを確認して、時實は隅っこに控えて立ったままこちらに注意を向けている青年、美原(みはら)静真(しずま)にその旨を伝えた。彼は頷くと、私に向かって一礼し、眼鏡の位置を元に戻して、燕尾服を翻して足早に部屋を出ていった。


 時實が、眠りにいいとされるビターオレンジの花の精油をレモンとブレンドし、焚いてくれる。


 ネロリと呼ばれるこの精油は、優雅だけどほのかに苦くて、庭園の草の中に座り込んでいるようで、なんだか安らぐ。


 扉が開く音がして、静真が戻ってきた。手に持った盆には透明のガラスのティーカップ、そしてその中に無色透明の液体が入っていて、飾り付けのハーブの葉が浮いている。


「ラベンダーティーです。どうぞ」

 ヘッドの脇に跪いて静真に差し出され、私はありがとうと受け取る。


 静真がちょっと緊張したように私を見つめている。つられて私まで緊張しながら一口飲むと、ラベンダーのフローラルハーブの香りがふわっと広がった。


「おいしい……」


 思わず口をついて出た感想に、静真の生真面目な顔がわずかに和らぐ。


 いい香り……。お花のお茶って感じ。


 私は続けて一口、二口と飲んで、火傷しない熱さだったので、そのまますべて飲んでしまった。


「ごちそうさま」


 そう言って静真に手渡す。静真は空のカップを盆の中央に載せるとまた一礼し、片付けるため部屋を出ていった。


 静まる室内、


「眠らなきゃ……ね」


 私は焦る気持ちで目を閉じる。

 だけどなんだか、不安な夜。


「眠れもしない私は、このままうまく生きていけるのかしら」


 なんて、つぶやいてしまう。


 夜はすぐに心細くなるから困る。


 ここまで生きてこられたんだから、きっと生きていけるはずなのに。


「大丈夫ですよ。お嬢様なら、大丈夫……」


 時實の優しいしゃがれ声が耳に届く。枕元のスツールに腰掛けた時實が布団を首元まで掛け直してくれる。


 薄く目を開けようとして、とろんとする。


「そうかな……大丈夫、かな……」


 考えているうちに、うとうとと眠くなってきた。

 掛け布団越しにとんとんと優しいリズムを感じながら、私は眠りに落ちていく。


「時實……や、静真……は、偉いね……こんな……時間まで……」


 私はむにゃむにゃと、何を言っているのかだんだん分からなくなりながら、思いつくままに言葉を紡ぐ。


「ごめんね……わがままな、お嬢様で……」


 最後に耳に届いたのは、静真の入室する音で。

 私は二人に見守られながら、眠りについた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ