1.目覚めは桴の上で
作品の都合上、津波や土砂災害等の表現があります。具合や気分が悪くなる方は、閲覧をお控えくださるようにお願い致します。
ザパーン…、ザパーン…、チャプン…。
まぶしい太陽。抜けるような青い空。何処までも続くエメラルドグリーンの海。
それは、娯楽ならテンションがあがる光景だろう。
しかし、ウチの場合は…。
目覚めるや、桴で漂流 してました。
って、なんじゃぁこりゃあーっ!!?
待って!? なんで!? どうして!?
ウチ、家で寝てたよね? 久しぶりの連休をゲットして昼まで惰眠貪ってやったるわー! って、お風呂入って寝たよね?
[うん、見事な爆睡っぷりだったよね]
ええと、昨日何してたっけ? あれ…? 記憶がないぞ?
自分の名前はー。
[あの~]
うん。中原歩夢、22歳。独身、彼氏無し。
[お~い]
家族は母と弟と、ひとつ年上の叔母のお姉ちゃんとー。
[無視しないで、お願いだからっ]
……。
なんか聞こえてる気がするけど、気のせい。気のせい! ウチは霊感とか霊視とかないから。絶対ないから! お化けとか見えないから!
[お化けじゃないよっ!? わざと? わざとなの!?]
空が青いなー、入道雲と地平線きれいだなー。(棒読み)
[しくしく…]
…なんか泣いてるし。
ごめんなさい。見えない幽霊さん。現実逃避したかったんです。
[…幽霊じゃないもん。神様だもん]
そうか、きっとこれは夢だ。夢ならおやすみなさい。
[夢じゃないからっ! あーもうっ! らちが明かないし!]
キュポン! と、コルク栓を抜いたような音と共に、目の前にあらわれたのは、雪だるまフォルムのしっぽの生えたミイラでした。但し、包帯は豹柄。
「そこは白でしょうがっ!」
と、思わず立ち上がったのがまずかった。
ウチは不安定な桴の上にいる事をすぽーんと忘れていた。
バッジャーンっ!
当然、落ちる訳で。
そしてウチは、泳げない。
体が硬直する。
ガボガボともがくが背中まである髪が喉に、視界に、服に絡みつく。
肺の中の酸素が全て海中へと泡になり浮上する。
沈んでいく自分の体。
全身に伝わる感覚で、これは夢ではなかったのかと思いしる。
苦しい。冷たい。寒い。痛い。
ウチは、この、感覚を、知っている…?
何故? ───刹那、走馬灯の如く記憶が放流する。
酸欠でだんだん意識が霞んでいく最中、土砂の濁流に流される記憶。倒壊した家屋の残骸に打ち付けられ、沈んでいく体。誰かに、自分の名前を叫ばれ、指先が触れ。一瞬視界に入った大きな岩が見えた時、自分の腕を掴んでくれた人を突飛ばした。
『姉ちゃんっ!?』
ガツン、と頭部の衝撃に必死でウチに手を伸ばす人物。流されて行く先に、家ごと流されてその屋根の上に逃げている人たちがこちらに手を伸ばしている。
『生きろ、馬鹿弟』
頭から血が流れ、意識も朦朧とするがウチは精一杯笑った。
最後に見えたのは下流にながされながらも、弟がその人たちに助け出され、羽交い締めされて叫んでいる姿が、段々小さくなってウチの視界も泥水に沈んでいく。
そうか。ウチは───死…。
[せっかく助けたのに、ツッコミいれて死ぬとかやめてくれる? ]
死…んでない?
[ううん、死んだけど生きてる]
ヒョイと、覗きこむ豹柄包帯のミイラ。
その小さな手でウチの手を掴むと、海面に向かって浮上していく。
ミイラって水に濡れても大丈夫なのかと、どうでもいい事を思ったが、豹柄ミイラはウチを桴のそばまで引っ張っていく。
海面に顔が出ると、肺が急激に酸素を取り込み、異物を出そうと噎せる。
「げふっっ! ゴホッッ! わ…っけ、ゲブっッ! わかっ…ないっ!」
[落ち着くまで待ってあげるから、呼吸ととのえて。ゆっくり息吸って、はいて。脳と血液に酸素送って]
体に酸素を取り込まないと、と豹柄ミイラの言う理屈はわかるがウチは苦しいやら、噎せるやら、鼻水と涙と涎が一緒に流れるやらでそれどころではない。
桴につかまるのも覚束ないのにむちゃいうなといいたい。
[…稀にだけど、血液中の酸素が上半身にたまって、えも知れずにポ◯イ的な体型になる場合が…]
「それは嫌じゃあぁっ!! そんなぶよぶよの筋肉いらんわいっ!」
途端に、光輝く自分の体。
そして脳内に響く無機質な音。
[おお~]
豹柄ミイラはペチペチと手を叩いている。
〔イマジネーションスキルを習得しました。イマジネーションスキルを発動します。…成功しました。これにより変身スキルを習得しました。マスターの思考を検索…、完了しました。最優先での身体回復が必要です。スキル回復魔法を習得します。…成功しました。緊急事態の為オートヒールを使用します〕
なんじゃそれっ!?
藤も一度海に浚われ、死にかけた事があります。それ以来トラウマで泳げません。水の中で目も開けられない程です。