どうしてこうなった 2
お久しぶりです。
ようやく試験にも一区切りつき、投稿を再開していけそうです。お待たせしてしまってすいません!
扉の閂を抜いて重たい木の扉を開くと、埃っぽい匂いと共に薄暗い部屋の内装が見える。ここは練兵所の一角にある武器庫だ。武器庫といってもたくさん在庫があるわけではなく、使い古した防具や練習用の木刀などがある。
「まずはこれくらいだな。セラフィーネ、持ってみろ」
ローゼンが壁に立て掛けてある比較的小振りの木刀をセラフィーネに渡す。片手で振るってみるがちょうどいい重さで、セラフィーネは頷いた。
「大丈夫ですわ。ありがとうございます」
「そうか。なら練習をはじめてもいいか?」
「ええ。ご指導ご鞭撻、お願い致しますわ」
丁寧に腰を折ったセラフィーネにローゼンは満足そうに微笑み、ついてこいと言って武器庫を後にする。向かう先は第二訓練所であり、他の訓練所よりも規模が小さいため、新兵の育成に使われる場所である。
父の背中を軽い足取りで追いかけるセラフィーネにローゼンが後ろを振り返りながら、ぼそぼそとため息混じりに問うてくる。
「な、なあセラフィーネ、今からでも考え直さないか?お前なら刺繍も似合うぞ」
「まさか。あ、そうそうお父様。私乗馬にも興味がありますので、また今度にでも教えてくださいな。もう名前は考えていますのよ。ナポレオン三世ですわ」
「ナポ………?いや、………やはり考えを改める気はないのだな。なら、私も持てる技術全てをお前に教えよう」
「感謝しますわ」
着いてみると第二訓練所は想像以上に大きかった。周りは木に囲まているため外からは見えにくい場所となっている。その隅にはベンチがあり、そこにルシアとユーグが仲良く座っている。二人はセラフィーネたちに気づくと、手に持ったティーカップを掲げて笑みを浮かべた。
「いらっしゃーい、セラフィーネちゃん」
「遅いですよー団長!お。お嬢のその剣は昨日団長が手入れしてたやつじゃないですかー。やだなぁうちの団長かわいいー」
ユーグが冗談っぽく頬に手をやり、可愛らしい声をあげる。がたいの良い男だが、綺麗な顔をしているためどこかしっくりくる。少し悔しさを感じながら、セラフィーネはユーグに殴りかかりに行った父をを見ていた。
(うわ、すっごいですわねー。あ、痛そう。あたたたた。うお、きまってますわよ、あれ。関節入りましたわ。
………………もう良いから始めてくれませんかね)
冷めた目で見つめるセラフィーネに、ローゼンが振り替えるまでおよそ二分。ようやく訓練が始まった。
「まあ、最初は基本的な構えだが、口で言うより見た方が早いだろう。セラフィーネ、真似してみろ」
足元で伸びているユーグの腹を蹴りとばして、構えをさせる。
一見簡単そうに見えるが、精錬された形だということには素人のセラフィーネにも分かった。
脇が絞まっており、肩や腕に力が入りすぎていない。切っ先が全くぶれることなく正面に向けられており、それだけでユーグが鍛えぬいていることを示している。下半身も同じように、すぐに踏み込めるような姿勢である。どうやら利き脚に少しばかり多く重心がかかるのは彼の癖のようだ。
ひとしきり観察分析を終えて、セラフィーネも真似してみる。両手で木刀を支えているが、筋力が不十分で震えている。それを支えようと必要以上に力の入った肩に、ローゼンがそっと手を置いた。
「肩に力が入りすぎている。お前の筋力では支えるのは難しいだろうから、今は余計な癖をつけないようにしろ。剣の先はは必ずしも相手に向ける必要はないんだ。このようにな」
そういってローゼンが見せた型には既視感があった。
利き脚の右足を前に出す。前屈みになったまま、両手で左腰に添えられた刀を支えている。すぐにでも抜刀することが可能なその構えはユーグのものとは大きく異なっており、ルシア達が物珍しそうに見ているのが視界に入る。
ぽつりと、セラフィーネの口からこぼれ落ちる。
「侍………」
ローゼンは体を起こしてセラフィーネ達に向き直る。少し気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「いざ見せてみたけれど、俺は型を覚えているだけだからな。教えてやることはできない。もちろん他の奴もそうだ。体を鍛えながら、難しいが自分の型を見つけていく必要がある………」
ローゼンが言葉を続けなかった理由。否、続けられなかったのは、今彼が見せた構えを、セラフィーネが彼以上に忠実に再現したからだった。野性的な輝きを持つ瞳が、さも愉快そうに綻んだ。
腰を落として剣に手をかける。柄がないから生身の刀身をそっと支える形になる。両足は前後に開き、体重は少し左足多めにかける。はらりと顔にかかる銀髪を気にもとめず、真っ直ぐと前方を見つめる瞳は、覗き込んだら吸い込まれてしまいそうなほど、深い色をたたえている。
その時セラフィーネは自らの意識を奥深くに落としていた。だから父が興味深く見つめている視線にも気づかず、記憶にある抜刀術を何度も頭の中で繰り返していた。その集中が途切れたのは、ローゼンがセラフィーネの肩に手を置いた時だった。
「どうやらその方はお前に合っていたようだな」
セラフィーネの頭を撫でながらローゼンが、よかったよかったと嬉しそうに言う。だがその瞳の奥で、セラフィーネが型を知っていた理由を追求するように、鋭い視線がゆらゆらと揺らめいている。
セラフィーネはそれに冷や汗を流しながら、
「何故でしょうか、体が自然に動いたのですわ」
お嬢様スマイルで曖昧に返した。
だがあながち嘘ではない。先程の不思議な感覚───海に沈んでいくような浮遊感───を感じたのは前世と合わせても初めてのことだった。自然と体が動いたのだ。
ローゼンは彼女の答えに渋々ながらも納得した様子だったので、セラフィーネはほっとしたが、次に続いた言葉に再び冷や汗を流すことになるのだった。
「ならば次は実際に切りあってみろ」
「………はい?」
目を丸くするセラフィーネと、満面の笑みを浮かべるローゼン。彼の後ろにはいつの間にかユーグに連れられてきた青年が立っていた。彼の手には木刀が握られており、豆だらけの掌が、彼が剣術を嗜むことを示している。
「いや、構えを習っただけですのに、いきなりですの?」
「教えるにも見ないとわからないだろう。既にできているところを教えても時間が惜しいだけだ。だから始めに模擬戦をさせて浮き彫りになった欠点を直していくのが俺たちのスタイルだ」
助けを求めるようにルシアを見たが、にっこりと微笑んだだけだった。隣のユーグは興味津々といったように瞳を輝かせるだけで、セラフィーネはため息をついて剣を構えた。
諦めて模擬戦を受け入れたセラフィーネに対して、相手の青年は困惑しているようだった。それも当然だとセラフィーネは思う。いきなり戦い相手をしろと言われたあげく、相手は上司の子供でしかも女。どんな悪い冗談かと思うだろう。だがもう相手が構えている以上、やるしかないのだ。上司達の視線に震えながらも、青年は剣を構えた。
そんな青年を、剣を構えたままセラフィーネは分析していく。
(もちろんユーグとお父様にはかなわないようですわね。重心のかけ方が悪くてブレブレですわ。それに腕の筋肉は鍛えているようですが、バランスよく鍛えていないのでたいして意味はないですわね。それにあんなに視線をあちこちにやって、私は目の前にいるのですよ?どこを見ているのか知りませんけど、よほど自信のある方なのかしら?にしても……………隙だらけですわねぇ)
相手の実力が図りきれない以上、こちらから動くのは得策ではないと判断し、セラフィーネは相手が動くのを待った。意外にも早くに青年はセラフィーネに向かって駆け出し始めた。セラフィーネは肌の上を駆け抜ける緊張感に身をこわばらせる。体重をさらにかけ、迎撃の準備を整えた彼女だったが、次の瞬間衝撃の光景を目にすることになった。
…………青年が大きく剣を振り上げたのだ。それはもう、打ち込んでくださいと言わんばかりに、お腹を無防備にして。
「うらぁぁぁぁぁあああ!」
「え」
ちょっと待てと言いかけるよりも先に、目の前にたどり着いた青年に、セラフィーネの体が反射的に反応する。
───どす、と木刀が打ち付けられた鈍い音がなる。
木刀を抜いた状態のまま、セラフィーネは背後で倒れ込む音を聞いた。青年が飛び込んできたとき、セラフィーネも踏み出し、すれ違い様にがら空きの腹に木刀を叩き込んだのだが、それがなんというか、綺麗に決まったのだ。
切っ先を正面に向けた姿勢から、体を起こす。微妙な気持ちで恐る恐る後ろを振り返ると、案の定青年が伸びていた。
風がどこからか吹いてきて、地面の砂を巻き上げる。
セラフィーネは静かに天を仰いだのだった。
…………どうしてこうなった。
───そしてその様子を遠くから見ていた者が一人。
練兵所の近くで木にもたれながら読書をしていたルカである。
大人びた表情が多い彼が珍しく地面に横たわり、体をくの字に曲げて震わせている。
「あひゃひゃひゃひゃ」
目尻に浮かんだ雫を拭いながら起き上がるが、先ほど見た光景を思い出して笑い転げる。
ひとしきり笑い終わった後、肩で息をしながら思い出し笑いをする。
「いや───僕のお姉ちゃん最強かよ」
そしてセラフィーネのなんとも言えない顔を思い出して、また笑い転げるのであった。
セラフィーネ・ラピスリータ8歳。
早々に剣術チートが覚醒したようです。
見ていただきありがとうございます。