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どうしてこうなった 1

 セラフィーネの一人称はわたくしです。ルビ振っていなくてすいません。

 セラフィーネは白銀に輝く刀身を持つ剣を片手に立っていた。

 風がどこからかやって来て、砂を舞い上がる。彼女の目の前には獲物を飛ばされ丸腰になり、尻餅をついて見上げてくるまだ若い一人の騎士。それを見下ろすセラフィーネの肩がわなわなと揺れている。それは武者震いでも、歓喜の震えでもなく。


 (どうしてこうなった……………)


 驚きを通り越して無心の境地に達したような顔で、セラフィーネは晴天の空を見上げたのだった。






 

 遡ること二時間前。

 昨日父ローゼンと約束した通り、昼食を食べてから練兵所に向かおうと支度をしていたセラフィーネのもとに、母ルシアがやって来た。


 「セラフィーネちゃーん!いいもの持ってきたわよ。はい」

 

 そう言ってルシアはセラフィーネに折り畳まれた衣服を手渡す。受け取ってみると滑らかな触り心地で、なかなかいい質のものだろう。その場で広げてみるとそれは、普段のドレスとは比べ物にならないくらい軽く身軽だ。恐らくこの世界のスポーツウェアのようなものだろうか。

 セラフィーネはその瞳をきらきらと輝かせて母を見上げる。


 「お母様。これは…………」

 「うふふ。気に入ってくれたかしら。これはね、お母様が子供の時に使っていたものなのよ。さすがにドレスで運動なんて嫌でしょう?」


 パチン、とすべての人の胸を撃ち抜きそうなウインクをルシアはしてみせる。それを感動のあまり潤ませた瞳で見つめ返して、セラフィーネはもう一度手元に顔を向ける。動きやすそうなデザインで、まさにセラフィーネの要望がすべてかなっている。


 「ありがとうございますわ、お母様。にしてもこのようなデザインの服があるということは、令嬢のなかでも運動は好まれるのです?」

 


 首をかしげたセラフィーネに、ルシアはいたずらっ子のようなあどけない笑みを浮かべた。


 「まさか。これはお母様が特注で作らせたものよ。令嬢なんてみんな汚れるのを嫌う人種で運動しないわ。だけど毎日お茶会なんてお母様には耐えられなかったのよ。だからね、セラフィーネちゃんが剣を習いたいっていってくれたこと、私凄く嬉しいのよ」


 ありがとう、とルシアは笑う。一瞬セラフィーネが胸の辺りを押さえた気がしたが、ルシアは気に止めなかったようで、セラフィーネを着替えさせ始める。なされるがままのセラフィーネは、やはり胸を押さえたまま、


 (今実の母親にきゅんときましたわ。どうましょうどうしましょう)


 なんて事を考えているなんて知らず、ルシアはセラフィーネの着替えを終えた。


 「うん。似合っているわ」


 鏡の前に立って自分の姿を見ると、セラフィーネは顔をほころばせた。薄めで通気性の良さそうな生地の、丈が長くて袖口の広い上と七分丈のズボンが、可愛らしさの残るデザインになっている。一回転するとふわりと広がる裾がどことなくドレスらしさも感じさせる。


 「満足ですわ!大切にします」


 振り替えってルシアに抱きつくと、やんわりと抱き締められる。気持ち良さそうにドレスに頬を擦りよせたセラフィーネの頭を、ルシアは優しく撫でてくれた。


 「思っていた通り可愛いわ!それにポニーテールもいいわね」


 いつもは髪を下ろしているのだが運動するならくくっていた方がいいだろうと思いポニーテールにしてみた。くくるとちょうどうなじにかかるくらいの長さで、ふんわりしているので触るとばねみたいに跳ねる。

 初めてやってみた髪形をほめてもらえたのが嬉しくて、セラフィーネはルシアに抱き着いた。


 「どうかしたの、セラフィーネちゃん」

 「女の子は変化を気付いてもらえるのが嬉しいんですよ。ねー?」

 「ええそうね!可愛いわ!さすが私の娘!」

 

 ふたりできゃー、と女子会みたいなノリではしゃぎながら部屋を出る。

 屋敷から出てしばらく歩くと練兵所に着いた。休憩ができそうな小屋の隣に、東京ドーム一個分は余裕でありそうな障害の何一つない訓練所1がある。他にも様々な土地に合わせた訓練ができるようにと、何個か訓練所があり、傭兵たちが毎日訓練を行っている。

 アティシア王国の数多くある傭兵団のなかでも、特に実力の認められているのが、ここラピスリータの傭兵団である。団長に領主自らが就任している珍しい体制であるのには理由が色々とあるが、簡単にいうとローゼンが一番強い、ということだ。


 (お父様が凄く強いというのはルカから聞きましたが、実際どのくらいなのでしょうね。それにお母様も何らかの武道を嗜んでいる、ということですわよね?)


 セラフィーネは手を繋いだ母を見上げる。

 美しい緋色の艶やかな髪が風を含んで舞い上がっている。整った顔を更に際立たせる印象的な双眸が蒼く輝く。その姿はとても剣を振るうようには見えないのだが…………。


 「ようやくお出ましかい、セラフィーネ」

 「遅れてごめんなさい。お母様が下さったお洋服を着ていたんですの。どうですか。似合いますか?」


 訓練所に足を踏み入れると、騎士の服に着替えたローゼンが既にいた。セラフィーネたちに気づくと素振りをやめて手を振ってくれる。貰った服を見せるためにセラフィーネは、ドレスのスカートの代わりに裾をちょいと摘まんでみせると、ローゼンは何故か険しい顔でルシアを睨んだ。

 

 「どういうことだルシア」

 「───?」

 

 全く心当たりのないセラフィーネが目を丸くしてローゼンを見つめる。そしてローゼンの視線を追ってルシアを向く。ルシアが笑っている。


 「どうもなにも、私が小さい頃に着ていたものよ。可愛いでしょう?」

 「セラフィーネは女の子だぞ。小さい頃からこのような格好をさせて男装癖がついたらどうする。お前じゃあるまいし」

 「これは男装じゃないわよ。確かにズボンだけれども、女性向けに作られたものだからセーフ。それともあなたはセラフィーネちゃんにドレスで剣を握らせるつもり?」

 「う………だ、だがいつもはちゃんとドレスを着させろよ!私はもうあんな思いしたくない!」


  思い出すのも辛そうに頭を抱えて悶えるローゼンにセラフィーネは目を丸くする。そして傍らのルシアのドレスの袖を引くと、ルシアが屈み込んだので、その耳元に口を近づけて問うた。


 「お父様は何かあったのですか?」

 「うふふ。結婚当初にあの人があまりに忙しいから私が男装して商人になりすましたのよ。そして私が欲しいものを直に売り付けてやったらね、あの人買うだけでなく、散々商人の私に、私のどこが可愛いだのたくさんのろけてくれたのよ」


 可愛いでしょう、といたずらっぽく微笑んだルシアを見て、セラフィーネはローゼンに同情する。その可愛い父はあまりの恥ずかしさにまだ向こうで悶えていた。


 「まあ………それは災難ですわねお父様。ところで始めましょうよ」

 「そ、そうだな!あー、セラフィーネのその格好は認めるが、ここでだけにしてくれ」

 「? 何故ですの?」


 分からない、という風に首をかしげたセラフィーネに、ローゼンは言葉を探して瞳をうろうろさせる。


 「あまりに魅力的だからだぜ、嬢ちゃん」


 唐突に、低くて腹を震わせるように響く声が会話に加わった。声のした方向を振り向くと、何人かの傭兵らしき男性がいた。騎士、というほど整った身なりをしているわけではないが、醸し出される雰囲気が彼らが武を嗜んでいることを示している。逞しい筋肉が美しくついた体は、女性ならば歓声を上げるところなのだろうが、生憎とセラフィーネとルシアはローゼンでお腹いっぱいなので喜ぶことはない。

 その現れた傭兵達の中でも一際目を引く、チャラそうな赤髪の男がセラフィーネに、にっと笑いかけている。どうやら声をかけてきたのは彼らしい。


 「程よい肉付きの健康的な体をこんな場所でさらしてちゃ、襲われても文句言えないぜ?何せここは女に餓えた狼の群れだかんな」

 「は、はぁ………」

 「おい、ユーグ。娘の前でそんなこと言うな」

 「え、団長殿。この子がお嬢様ですかい?団長殿に似てなくて別嬪さんですねぇ」


 投げかけられた予想外の言葉に返す言葉もないセラフィーネだったが、ユーグと呼ばれた傭兵は顎に手を添えてセラフィーネをじろじろと見つめてくる。その視線がくすぐったくて身をよじらせると、ローゼンが間に入ってユーグを睨み付けた。


 「じろじろ見るな。それに髪の色は俺と同じだろうが。顔立ちはルシアに少し似ているがな」

 「そう言われてみればそうですねー。まあ安心してくださいよ。ガキ相手じゃ発情しませんから。婚約者もいますし」

 「当然だ!それよりいつになったらその口の悪さは直るんだ」

 「直す気もないんで勘弁を」


 (まさか婚約者がいるとは………失礼ですが、人は見かけによらないのですね。というか、お相手がいらっしゃるなら私を口説いては駄目でしょう!)


 呆れて苦笑いを浮かべたセラフィーネに気付いたルシアが、楽しそうに笑いながらセラフィーネの頭を撫でた。


 「面白い方よねぇ。あれでもちゃーんと強いから安心なさい。

それにしても、彼らとお父様は仲が良いでしょう?」

 「えぇ。少し驚きましたわ。傭兵は主人にもあのように気さくに話しかけるものなのですか?」

 「そんなことないわ。ラピスリータの傭兵団は他のところとは大分雰囲気も違うけれど、あそこまで態度が悪いのはユーグくらいよ。でも、そもそもここの傭兵たちは血の気の多い人が多くてね。お父様みたいに強くないと従わないから、他所よりも扱いづらいかしらね。まあ、その分強いわよー」


 ルシアが袖をまくりあげて力こぶを作り、セラフィーネにウインクを飛ばす。最もセラフィーネにとってはウインクより、母の白い肌に盛り上がる意外なほどの筋肉に軽く面食らっていたが。

 

 「そ、それは期待できますわね。でもその分認めてもらう努力もしなくてはいけませんわ」

 「じゃあ訓練を頑張らなくちゃだめね」

 「はい!………ところであの、お父様はどのくらいお強いのですか?」

 

 非常に聞きづらいこと故、もじもじと上目遣い+小声になったが、これは最もセラフィーネが知りたいことである。ルシアがあら、と驚いた顔をして口元を隠したが、仕方ないだろう。いくらルカにお願いしても、バカにしきったようににやにや笑いかけてくるのだ。


 「聞いたことなかったかしら?あなたのお父様はね、十年前の戦争で英雄と呼ばれていたのよ?」

 

 ルシアの口から飛び出した言葉に、今度はセラフィーネが仰天する番だ。あんぐりと口を開けた。


 「え?………ほ、本当ですの?」


 普段の尻に敷かれているし、そこで部下と言い合いをしているようすからはあまり想像できないのだが、困惑した顔で見上げるセラフィーネをルシアは笑顔で見つめ返した。その瞳の中で揺れる、こちらが火傷してしまいそうな程熱を帯びた光にセラフィーネははっと息を吸い、それが本当のことだと確信する。

 そして非礼を詫びるよう頭を垂れた。

 

 「申し訳ありませんわ。そんなお父様に稽古をつけていただけるありがたみを私は知りませんでしたわ。幸せ者ですのね、私」

 「そうねぇ。もちろん私も教えるわよ?弓なんかはあの人よりも得意なのよ」

 「それも初めて聞きましたわ。というか、お母様たちは全然自分の話をなさりませんわ!もっと聞きたいです!馴れ初めなんか特に詳しく!」

 「あらあら~ それはねぇ………秘密よ♡」


 ぱちん、と再びウインクが飛んでくるのをかわしてルシアに詰め寄った。教えて、と駄々こねるセラフィーネの珍しい姿に、興味深げにこちらを見つめていたローゼンたちだったが、自分の話をしているを理解した彼が飛んでくるのは30秒後のことである。

 その後ろではユーゴたちが手を叩きながら爆笑していた。

 これから大事な試験があるので三ヶ月ほど投稿ができなくなると思います。終わり次第どんどん投稿していきたいと思っていますので、よろしくお願いします!



 12月17日一部編集しました。

 12月30日脱字修正しました。


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