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令嬢、交渉する。

12月23日 一部訂正しました。

8月15日 図鑑のくだりを変更しました。今後の展開も考えていたのですが筆が止まってしまい、しばらく離れていました。すこしストーリーを考えていたのと変えようと思いますので、この次の話を消させていただきます。本業の片手間に執筆しているので更新周期に波があり、急に書かなくなることもありますが、ぼちぼち付き合ってください。

 「おはようございますわ、ルカ」


 ちょいとドレスの裾を摘まみ、洗練された淑女の礼をする。木に背もたれて本を読んでいた少年───ルカは、セラフィーネを見てぱちりと瞬きをしてからふわりと笑った。


 「おはよう、セラ。今日はいつもと違うドレスなんだね。結構似合ってるよ」

 「本当ですの?いつもは辛口なルカが言うのだから自信もっていいですね!」


 よかった、と安心したように胸を撫で下ろしながら嬉しそうに笑う。あどけない笑顔だが、いつもと違うドレスが大人びた雰囲気を与える。彼女の聡明な一面が滲み出てくるようで、それが今日のセラフィーネを特別に美しく仕上げている。

 セラフィーネとルカは双子の兄弟で、セラフィーネが姉だ。二人は顔の造形は瓜二つだが、性格はあまり似ていない。セラフィーネは基本行動的で、頭を使うよりも先に体が動くタイプだ。対するルカはとても頭がよく、運動は全くと言っていいほど出来ない。よく似た者同士は気が合うことも多いが、お互いの出来ないところを埋めあえるような関係は貴重だ。二人はそんな関係であった。


 「………なんか雰囲気変わった?」


 座ったまま首をかしげて見上げてくるルカ。

 ぎくり、とセラフィーネが身を強ばらせると、ルカの黄色の瞳がすうっと細められる。


 「わかった。また食堂でつまみ食いしたんでしょ?つい食べ過ぎてごまかせられなくなったから隠蔽に協力しろ、と」

 「なわけないでしょう!?」


 令嬢らしからぬ声を張り上げたセラフィーネに、ルカはにやりと黒い笑みを浮かべた。


 「ふーん。なんか悪いものでも食べたみたいだけど、まあいいや。朝食だから呼びに来てくれたんでしょ?ありがとう」


 そう言って本を閉じるとすたすたと歩き出してしまう。慌てて追いかけるが、セラフィーネの顔は険しい。


 (えぇぇぇ………なにあれ、うちの弟コワイ。私は前世の年齢も足したら二十は越えるけど、ルカは八歳児ですわよ?この世界の子供はみんなあんなに大人びているのかしら?)


 指で頭を揉んでぶつぶつと呟きながら後をついて歩くセラフィーネとルカに、すれ違った侍従たちは微笑ましそうに笑って礼をとる。ラピスリータ家は人手不足だが、それを補えるほどの技量が彼らにはある。そんな彼らのことをルカもセラフィーネも大好きだった。


 「ところで何の本を読んでいたのです?」


 ルカが食堂の扉に手を掛けたとき、セラフィーネ聞いた。あぁ、と頷きながらルカが振り返った。


 「あれは歴史書だよ。書庫にあるのを借りてきたんだ」

 「読みたいとも思いませんわね」

 「あはは。今度貸そうか?」

 「だ、か、ら!読みたいとも思わないって言ったでしょう!」

 

 軽くだが、ルカの頭をぽかぽかと叩き、それを笑いながらルカが受け止める。しばらくやりあってから、ルカは扉を引いた。まばゆい朝の光が差しこむ食堂には既に二人の両親がいて、セラフィーネたちに気がつくと手を振ってくれるので、まずは貴族の礼をして、家族にする簡易な挨拶をする。


 「おはようございますわ、お父様、お母様」

 「おはようございます」


 一般の貴族の家にある細長いテーブルではなく、距離が近いテーブルに、隣り合って座る父と母の向かいに腰かける。全員が揃ったのを確認すると、当主の合図で食べ始める。朝食はパンとミルクスープと、領地で栽培されている果物と、簡易だった。

 ラピスリータ家当主───ローゼンは、いつも最近起きた出来事を話す。それは町で新しく生まれた子供の名前だったり、王都で流行っている香水のことだったりする。今日はセラフィーネとルカと同い年の王子の話だった。


 「王子様ですか………そう思えばお名前を存じ上げませんわ」

 「えっ」

 「?」


 最悪不敬罪に問われそうな発言をしたセラフィーネにルカと辺境伯夫人───ルシアが目を向いた。


 「何で知らないのさ。この国の王子だよ?僕らの主君だよ?」

 「そう言われても会ったこともないですし、あまり興味も湧きませんわ」

 「ふふ。さすがセラフィーネね。ローゼン様聞きました?この子本当に面白いですわよ」


 ルシアは娘の発言も咎めることなく、笑いながらローゼンに話をふった。ルシアも貴族らしくなく、セラフィーネは彼女に似たところがある。対するローゼンは苦笑いを浮かべながら、


 「お前は少し気を付けろ。ここが辺境だからいいものの、王都ですれば即禁固刑だからな」

 「ならずっとここにいればいいですわね」


 いつまでもお嫁にいかないと宣言した娘に心の内で舞い上がるが、こほんと咳払いをして平然を装う。しかしそんな夫の様子をルシアが見逃すことなどなく。


 「よかったですね、ローゼン様」

 「ぶっ!」


 にやにやと笑いながらローゼンの背中をぽんと叩く様子は、今も男尊女卑の傾向が残る王国では珍しい。しかし領主がこれであれば領民も似るというものだ。ラピスリータ領は職業選択においても女が不利になることはなく───そもそも人手が足りてないので───、差別を禁ずる法と制定されている。

 平静を取り戻したローゼンは布巾で口元を拭きながらセラフィーネを見やった。


 「ところで私に何か頼み事があるのではないか?」

 「えぇ。よく分かりましたね」


 朝起きてすぐに思い付いたことを当てられて面食らう。するとローゼンは、ねだるときのルシアと同じ表情をしていた、と愛しそうに告白した。またのろけ話か………とセラフィーネとルカは顔を見合わせてあきれたように笑う。そのとなりではルシアがむちゃくちゃ嬉しそうだったが。

 セラフィーネは背筋を今一度伸ばして、真っ直ぐ父の顔を見つめる。


 「………実はお父様とお母様にお願いがありますの。

 私自分の力不足に気づきましたわ。ルカみたいに頭は良くないし、長時間机に座ってられないし………。だから、私に剣を教えてください!」


 勢いよく頭を下げる。その拍子に銀髪がはらりと落ちた。それを直すことなく、ローゼンが答えるまで待つ。

 暫く沈黙が落ちた。はりつめた空気の中、息を吸う音。


 「だめだ」

 「いいんじゃないかしら!セラフィーネちゃん!」


 ローゼンに被さって、ルシアが手を叩きながら賛成する。


 「………え?」

 「賛成よ!私も習うべきだと思っていたもの」

 「おい、ルシア」


 一瞬固まっていたローゼンが戻ってくる。焦った様子でルシアを見るが、にっこりと無言の圧力をかけてくる妻になにも言えない。男尊女卑どころか、ラピスリータ家は女性の方が強いらしい。

 期待の眼差しを向けてくるセラフィーネに、頭を抱えながら、


 「はぁ。自分が力不足など八歳児が気づくことではないだろう。私は反対だ。だが、この地に住む限り自衛の手段は持ってもらわねば困る。いずれは習わせるつもりだったから、それが早まっただけのことだ。精進しなさい。………本当は嫌だけど」

 「ありがとうございますわ!お父様、お母様。私頑張ります!」

 「頑張って頂戴。」


 最後に小さく呟かれた言葉を無視したルシアとセラフィーネは、グラスをコツン、と音を鳴らせて乾杯をした。してやったり、とにやりとした笑みをルシアがローゼンに向けて、グラスの中身を一気に飲み干した。

 

 「………楽しそうだな、ルシア。ところでルカも習うか?」

 「勘弁してよ」


 ルカは即答で断った。普通は男子が習うものだが、もう一度言おう。ルカは運動が全く出来ない。その事を知っているローゼンは、元から強要するつもりもなかったのか、そうか、と呟くと微笑んだ。


 「構わない。お前は頭が良いからな。お前はお前の武器で勝てばいいだけだ。それではセラフィーネ、お前の剣を用意する必要もあるから、明日の午後に練兵所に来い」

 「了解ですわ!」


 ちょうど全員食べ終わったので、侍従たちが皿をさげに来る。そのときに夕食のメニューを発表するのが決まりだ。何でも、楽しみは多い方がいいからだそうだ(ルシア)。ルシア付の侍女がセラフィーネによかったですね、と言ったのを聞いて、セラフィーネは母にもう一度感謝する。きっと遠からず掛け合ってくれていただろう。 


 (本当に感謝ですわね。これでようやく剣を習えますわ)


 退室するときには必ず礼をしてから去る。幼い頃から叩き込まれてきたそれを自然に行うと、ルカのところに駆け寄った。


 「よかったね」

 「えぇ。ちゃんとルカを守ってさしあげますから、心配せずに頭使ってくださいね」

 「あは。いいねそれ。あ、そうそう、僕は今日の午前は授業がないからすぐにでもおいでよ」

 「ありがとう。また後で」


 ルカと別れて、自室まで廊下を小走りで走る。途中からスキップに変わるが、食事中のやり取りを聞いていた侍従たちは咎めることなく微笑ましく見守ってくれている。


 (楽しくなりそうですわー!)


 叫びたくなる気持ちと表情筋の緩みを抑えながら、セラフィーネは走ったのだった。



 作中でセラフィーネが疑問に思っていますが、この世界の子供の成長は少し早いです。ルカは例外ですが。

 幼い頃から労働を強いられたり、土地によっては奴隷制度も残っている中、生き抜くのに必死な人もいます。セラフィーネたちとは縁がありませんが、そういう人もいるんです。また、貴族はマナーや教養を求められる立場であるため、必要以上にプレッシャーを感じます。そのため一人立ちしてから変な趣味趣向に走る人もいる、かもしれませんね。

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