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反逆の狼煙は枯草に立つ


 「ユーグ」


 信じていたし、先程屋敷の鳥も見かけたことで援軍が来てくれると期待していたが、目の前で迫る刃を受け止めてくれた傭兵に、セラフィーネは胸が詰まり目の奥が熱さに痛む。自分を見上げてくる少女の赤み出した瞳を見つけて、ユーグは目を伏せる。そして背中に添えられていた細い腕を掴んで引き寄せた。


 「わ」

 

 ぽす、ではなくどちらかというとどす、という鈍い音がして、セラフィーネはユーグの腕の中に抱きしめられた。固い胸板の奥に少しばかり早まった鼓動が聞こえてきて、そっと顔を摺り寄せる。


 「………お嬢。守れなくてすみません」

 「冗談はその殊勝な態度だけにしてくださいまし。あなたはこうして私を守ってくれましたわ」

 「いいえ、守れてなんかいません。本当はお嬢が剣を振るうことなんてあってはならないことです」

 「もう振るっちゃいましたけどね」

 「………」

 「そこで黙り込まれると痛いですわね」


 屈強な傭兵、ではなく大型の子熊はセラフィーネの小柄な体を確かめるように抱きしめなおす。首元に顔を埋められて少しくすぐったいが、我慢してユーグの背中を優しく撫でてやる。


 「にしても抱き着いたりして、婚約者さんに怒られたりしませんわよね?」


 『婚約者』というワードにユーグの体がびくりと固まる。この反応はよく食卓で見かけるものと似ており、ユーグも尻に敷かれてそうだな、と一人思ってくすりと笑ってしまう。それに反応したユーグは拗ねるようにさらに顔を寄せてきて、ぼそ、と聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで呟いた。


 「お嬢はあいつの次に大切なんです。だからお嬢までは抱き着いてもオッケーです」

 「まあ。ちなみにお父様は?」

 「ランキング外です」

 「まあ」


 理解できそうでできない理屈に今だけは頷いてやり、しばらく抱擁を許していたが、そんなのんびりとした空気も黒マントの襲撃者に壊される。


 「もー!いつまでボクのことほっとくの!」


 思いのほか黙って待ってくれていたフウカは頬を膨らませて抗議してくる。セラフィーネは慌ててユーグから体を離して―――ユーグは不服そうだったが―――彼女に向かう。ようやく注目が戻ってきたことにフウカは満足そうに頷いた。


 「あのね、ボクは今とっても喜んでいるんだぁ。だって更に強い相手が来てくれたんだもん!さあさあ続きしよ?」

 「お嬢は行ってください。他にも捕まっている子供たちがいるんでしょう?」

 「えぇ。任せましたわ」


 てっきり2対1の戦いになると思っていたフウカは両手に持った双剣をイライラしたように擦り合わせた。耳障りな音に2人は顔をしかめる。


 「なーんだつっまんないのー!でもでもおじょーさま。そっちにはアルクの他にもたくさんの境界民がいるよ?気を付けてね!………あ、そういえば、アルクに裏切られたんだよねぇ。ねえどんな気持ち?」


 ゆっくりと後ろに離脱しようとしていたセラフィーネの足が止まる。ニヤニヤと下品な笑みを浮かべるフウカに腹が立つが、同時に確信を得る。不敵に笑ったセラフィーネを見てきょとんとする顔に、僅かだが優越感を抱いた。


 「フフッ」

 「?」


 こらえきれずに零れた笑みに、フウカは更に眉間の皺を濃くする。それはユーグも同じで、セラフィーネのことを不思議そうに見つめている。


 「あなたたちってほんと、アルクのことを分かっていませんわねぇ」

 

 肩をすくめたやれやれという演出に、フウカは眉をひそめた。握った双剣に力が込められる。

 セラフィーネはそれを気にせずに大きく息を吸い、


 「アルクが私たちを大好きだってことを!!」


 そう叫ぶや否や、セラフィーネは背を向けて闇が蔓延りだした山道を、反対方向に全速力で駆けだす。

 訝し気な表情だったフウカは、はたと気付いて形の良い口を三日月色に吊り上げた。不気味な赤色が隙間から覗き、腕を振り上げる。


 「―――裏切ったのか!」


 小さくなっていく後姿に、正確無比な軌道で刃が迫る―――ことはなく、放たれてすぐにたくましい腕に撃ち落される。


 「あんたの相手は俺ですぜ!」

 「チッ」


 背後で鳴り出した金属音を背に、セラフィーネは一本道を転がるように走り続ける。

 心配はしていない。ユーグには絶対の信頼があるし、彼が負けるだなんて微塵も思わなかった。

 先程の戦闘の疲労が溜まった足を叱咤して回転させる。すると進行方向から、幼く高い悲鳴が響き渡った。


 「きゃああああああ」

 「―――っユノ!」


 よく知った声にセラフィーネの心拍が跳ね上がる。それと同時に足元の小石に躓きそうになり、脱力している体に活を入れるため、セラフィーネは頬を引っ叩いた。









 ―――境界民キャンプにて。


 アルクは折り畳み式の椅子に腰かけていた。背もたれがあるやつだが執事の時の癖なのか、もたれかからないでいると、そこに同い年で作戦に参加しているロイがやって来た。彼は捕らえた囮の子供たちの監視が任務で、先程から暇そうにしていたのだが、アルクにお茶を持ってきたのだ。ありがとうと受け取ると、ロイが手近な椅子を持って隣に腰かける。


 「お前お嬢様連れてくる役目じゃなかったっけ?」

 「変わってもらった。あんまりあの人の顔を見ていたくないからな」

 「なんだそれ。そんなに嫌な奴なのか?頭が言ってたみたいに」

 「………良い人ではないよ」


 一気に飲み干してしまったコップ片手に、しばらく2人は動き回る先輩の境界民たちを見たり、しるしだらけで真っ赤になった地図を見ていたりしていたが、ロイがアルクの肩に腕を回して体重をかけてきた。


 「なんかさ、任務でも俺らより年下の子を攫うってキツイな。………俺たちがされたことを仕返してるみたいで」


 だんだんと小さくなっていき、最後の方は聞き取るのが難しいくらいの音量だったがアルクはバッチリ聞き取った。首元で俯いている黒髪の同僚を覗き込むと、長い睫毛に守られた金色の瞳が揺れていた。


 「でも、あの時の俺たちよりは年上の子たちだ」

 「まあそうなんだけど………。ほんっとお前は冷たいなぁ!少しは笑え!」


 ロイに頬の肉を摘ままれ好きなように弄ばれるが、大して面白くもないので真顔で見返していると、ロイに苦笑いされてアルクの勝利となった。再び肩を隣り合わせて、ロイは手元のコップを覗き込みながら言う。


 「ほんと、笑わないよなお前。………そういや一緒に任務に就くの久々じゃね?あん時―――フウカの時以来2回目じゃないか?」

 「確かにそうだな。余りにも見かけないから死んだかと思ってた」

 「勝手に殺すな!」


 冗談の強さでアルクの肩をどつくと、ロイは立ち上がってアルクに手を差し出した。


 「ほれ、片付けに行ってやるよ」

 「いや、いい」

 「?」


 立ち上がったアルクにロイが首を傾げる。アルクは慌ただしく動いている他の境界民たちの方へ歩き出し、途中の机にコップを返した。近づいてきたアルクに彼らの内の一人が手を挙げる。


 「おいアルク。お前の代わりに娘の馬車を連れてくるはずの奴がなかなか連れてこないんだ。何か知ってないか―――………ゴフッ」

 「―――っ!?貴様何を!?」


 アルクは血濡れた剣を切り捨てた者の衣服で拭うと、周りを囲む十数の切っ先を冷たい瞳で見つめ返した。


 「来るはずがない。俺が殺したからな」

 「何だとっ」


 怒りに震えて肩は、今にも剣を振りかざしそうだが、アルクは何食わぬ顔で目をそらさない。琥珀色の瞳は色を失っていた。


 「おいアルク!どうゆうことだよ!?―――っ」


 追い付いたロイが背後からアルクの肩に手をかけて振り向かせる。向かい合わせになったアルクの冷たすぎる眼差しに絡み取られ、ロイはそこから動けなかった。

 するとその時、子供たちを乗せていた馬車の天幕が上がり、一人の少女が顔を覗かせた。気絶させて拘束し、目隠しと口にテープをさせていたのに全て外れており、境界民たちは血相を変える。少女は見知らぬ大人たちに囲まれていること、そして唯一の知り合いのアルクが血に濡れており、その足元に血だまりが広がっていることを見つけて息を飲んだ。


 「きゃああああああ」

 「クソッ、騒ぐな!」

 「んんっ」


 近くにいた境界民の一人が少女の口を塞ぐ。それでもなお抵抗する少女はユノといっただろうか。アルクは自分でも驚くほど凪いだ感情で思う。目尻に涙を浮かべた少女はひたすらアルクを見つめていた。

 まるで意識が深層部に沈んでいくような感覚。手足の末端の神経に心当たりがなく、借り物の体みたいだなとアルクは思う。

 とさり、と近くでロイがしゃがみこむ音がして、燕尾服の裾を引かれる。


 「裏切ったのか………?」


 アルクはただ見返すだけだった。





間が空いてしまってすみません。

次回の投稿は27日20時の予定です。

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