生まれ変わった朝
目の前に、その大きな瞳をこぼれんばかりに見開いた少女が立っている。銀髪に黄色の瞳、赤く血色の良い唇を、真っ白な肌の上に黄金比で並べたような、愛らしい顔をした少女だが、このときばかりは口をあんぐりと開けて、間抜けな面を晒していた。
涼はおそるおそる自分の右頬を引っ張ってみる。するとその少女は左頬を引っ張った。涼は鼻を指で押し上げて豚鼻にする。目の前の少女の美貌はそれでも崩れない。渾身の変顔を披露してやろうと右手を目元に、左手を口元に持っていくと、その少女も同じ行動をしているのが目に入った。
「まさかあなた………この清水流最終奥義を知って…?」
その問いに答えず、涼と同じように驚いている少女。その表情は何年も鏡に映っていた憎たらしい顔そっくりで、涼はがっくりと肩を落とした。
───もういい。もう気づいている。
少女は私だ。どんなに小綺麗になっても、紛れもない清水涼だ。
どう考えてもここは日本ではない。なら何故ここにいるのか。恐らく以前の涼は死んだのだろう。認めたくないが、その答えを受け入れると、霧がかっていた記憶が鮮明になっていき、けたたましいクラクションが耳元で鳴り響いた。
「───っ!」
頭に頭痛が走り、思わず目の前の鏡に手をつく。輪郭をなぞるように整えられた横髪がはらりと顔にかかる。顔を上げると近くに整った顔があり、形のいい眉を歪めた顔がこちらを見ていた。
その顔を暫く見つめてから、はぁ、とため息を吐く。
「到底受け入れがたいけれど、現実に起きていること、よね?うわぁー、どうしよう。こんな可愛い子になれるなんて人生勝ち組だけど、死んじゃったのはまだ寂しいなぁ………」
適当に椅子を引いて座り、背中を預けて宙を仰ぐ。目を閉じて目蓋の裏に、日本にいたころの家族や友人の顔を思い浮かべる。
涼が転生した少女はセラフィーネという。今セラフィーネは六歳だから、時空の流れが同じだと考えれば、向こうでも六年以上は経っているのだろう。彼らは悲しんでくれただろうか。これから人生の楽しいことや苦しいことを経験していくはずだったのに、交通事故で呆気なく死んだ自分との別れを。人一倍優しい両親だったから、きっとたくさん泣いてくれたのだろう。いつも一緒にいた悪友たちには怒られてそうだ、と苦笑を浮かべた。
(なんか、思ったより大丈夫かも)
日本に残してきた彼らはもうとっくに涼の死を受け入れているはずだ。なら、記憶を取り戻してすぐにいじいじしていたら、今度こそ悪友たちに殴り飛ばされる。ゆっくりと目蓋を上げると先ほどとは違って、世界が輝いて見えた。背もたれから上半身を離し、鏡に向かい、両の手で頬をぱしん、と叩いた。緩んでいたねじが再びしまったような錯覚。
(───前を向こう。私はここで生きていくんだ)
十七歳の女子高生で、運動が得意で勉強が嫌いな自分はもう死んだ。ここにいるのはただのセラフィーネ・ラピスリータ 八歳。
あの優しくて、ぬるくて、大切だった世界を捨てて、生まれ変わります。
起こられて→怒られて 誤字訂正しました。