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アルクの妙案


 ルカが傭兵所に着いたときには、既にセラフィーネたちが誘拐されたことが伝わっており、皆慌ただしく動いていた。中にはやるせなさから怒鳴り声が聞こえてきて、冷静さを欠いている彼らにルカは近寄った。


 「セラたちの場所は掴めたのかい?」

 「坊っちゃん!無事で良かった!ですが居場所はまだ………」


 ルカに気づいた傭兵たちの顔が晴れる。しかし言葉を濁したところ、もうじき日が暮れてしまうため一刻も早く探し出したいのだが難航しているようだ。


 「お嬢たちを拐っていった馬車の車輪の跡が残っているので追っているところなんですが、もしかしたら罠かもしれないのて捜索隊を幾つかに分けているのです…………」

 

 力なく首を振った彼らに、ルカは心臓が冷えるような感覚を覚える。傭兵たちは精鋭だが数が多いわけではない。捜索には弱いという弱点が今になって露見して、誰もが悔しさに唇を噛み締めた。

 ふと、ルカは敷地内の奇妙なあの小屋を思い出す。


 「そうだ。鳥を使え」

 「鳥ってルシアさんがしつけているあれですか?確かにあれなら!」


 伝書鳩として使うためにしつけていたが、そこまで懐いているのなら捜索にも役立てるかもしれない。今すぐ小屋に行ってルシアに頼もうとしたとき、まるで空気を読んでいたかのように、空を白色が覆った。


 「!」

 

 規律の取れた動きで空を駆けまわる鳥たちは一周した後、一つの木に止まった。鳥たちの飛行を追いかけていたルカたちの視線は自然と木のふもとに立つ人物へ集まる。緋色の髪がなびいて、ルカは微笑んだ。


 「初陣なんだから登場は派手じゃないとね」

 

 そう言ってぱちんと魅力的なウインクを決めたルシア。


 「母上。セラのことは聞いているようですね」

 「えぇ。私の可愛いセラフィーネちゃんに手を出すなんてお母さん怒っちゃう」


 ぷんぷんと擬音が付きそうな怒り方だが如何せん目が笑っていない。訓練でも見せない蜂蜜色の瞳の冷たさに傭兵たちは背筋を伸ばす。

 ルシアは無言で右腕を上げる。すると木に止まり静かに命令を待っていた鳥たちが一斉に羽ばたいた。放射状に赤く染まりだした空を飛んで行く。


 「あの子たちからの連絡を待っていても埒があかないわ。私は既に見つけている馬車の後を追います。ルカはここにいて傭兵たちに指示を出してちょうだい」

 「っ!僕に務まる役目ではありません!」

 「いずれはあなたも兵を率いる将になるのよ。それにお母さんは前線で戦う方が向いているのよ。だからお願い!」


 真剣な表情から一転して茶目っ気たっぷりにお願いポーズをされる。


 「………」

 「おかーさん行きたい!」

 「………仕方ないですね」


 しぶしぶ受け入れると、ルシアは顔を輝かせて傍に置いていた弓を担いだ。


 「本当!?じゃあ心置きなく行ってくるわね母さん!」

 「………行ってらっしゃい。ところで父上はまだ帰られないのですか」


 ルカの質問にルシアは顔を曇らせる。丁度今、ローゼンは領地の視察に行っているところなのだ。屋敷を立ったのが三日前で、帰ってくる予定は明日。しかし鳥を使って電報を送ったためこちらに向かっているところらしい。


 「大丈夫よ。あのお方ならすぐに帰ってくるから。それまで母さんが頑張らないとね!」


 俯いたルカの髪をそっとルシアが撫でる。そのぬくもりに顔を上げると、慈愛に満ちた表情で微笑むルシアと目が合う。もう一度大丈夫、と告げられる。ルカはルシアを見つめ返し、振り返って傭兵たちに頷いて見せる。


 「はい」

 「―――っ!坊ちゃん!ルシアさん!お嬢が見つかりました!」


 駆け込んできた傭兵に、その場にいた全員が振り返る。視線を一身に浴びた彼はその腕に止まらせた鳥を指した。


 「こいつが見つけてくれたようで、居場所を知らせに帰ってきました!」

 「よくやったわボーちゃん!」

 「ボーちゃん………?」

 「今から後を追います。ついてきなさい!」


 ルシアに呼応して傭兵たちが自身の獲物を手にして飛び出した。ルシアが最後に振り返ってルカの心臓の位置をトン、と叩いた。


 「後は任せました」

 「はい!」


 馬に跨り山道へ消えていく傭兵たちを見届け、ルカは残った者たちに振り返る。先程抱いていた不安は覚悟へ変わり、ルカは息を吸い込んだ。


 「残ったもので手分けして付近の民たちの誘導を行ってください。そして捜索に出ていた隊へ電報を!」

 「「「おっす!!!」」」


 THE体育会系な返事を受け、ルカは白く傷の無い掌を握り締めた。


 「セラ………無事で」












 

 「はぁはぁ………っ!」


 山道はだんだんと整備が荒くなっていき、足元に木の根が蔓延り、気を抜くと足を取られそうだ。セラフィーネは既に一度転倒しており、白い衣服の袖が泥と血で滲んでいた。今にも破裂しそうな心臓を無視して足を止めずに走り続ける。もうかなり走っているがアルクの姿は見えてこない。境界民である以上、土地勘があるアルクはともかく、セラフィーネにとってこの道はどっちが前かもわからない迷路だ。このままではアルクどころか他の子どもたちとも合流できない。

 焦りに早くなる鼓動を落ち着かせながら空を見上げる。すると、茜色が濃くなった中に、わずかに黒い影を見つけた。


 「あ、あれは………」


 もしかして、と希望的観測がよぎった瞬間、その影が確実にこちらを見て、鳴いた。


 「っ!お母様!ルカ!」


 屋敷で躾けている鳥が、確認したといわんばかりに大きく旋回して空を戻っていく。おそらくその方角が屋敷の方だろう。少なくとも現在地の屋敷との位置関係が分かったことで、セラフィーネは安堵する。


 (皆も捜索に出てくれているのですから、私も止まってられませんわ!)


 再び己を奮い立たせる。心なしか呼吸が軽く感じる余裕が出て、セラフィーネは周りを見渡した。ふと、山道の左手の木々の中に、枝が折れている木を見つける。なんとなく違和感を感じ目で追っていると、間近に来た時に、折れた枝の断面に刃物の切れ込みを見つけた。セラフィーネは息を飲んで、―――真後ろに飛んだ。


 「―――っ!」


 セラフィーネがいた場所を剣筋が走り抜け、そのうちの一閃が躱し切れなかったセラフィーネの前髪を一房落とした。はらりと舞った銀髪を、何者かが掴む。


 「あーあ、避けられちゃったぁ」

 「っ!あなたは………」


 言葉とは裏腹にどこか跳ねた声色にセラフィーネは構える。突然のマント姿の襲撃者は唯一見える口元を歪ませて笑った。


 「ボク?ボクはねぇ、おじょーさまと戦いに来たんだよぉ」

 「境界民ですか」


 黒マントの襲撃者は、返事の代わりに手にした双剣をセラフィーネに構える。形のいい唇が横に引かれる。


 「さあ、やろお」

 「っ!厄介な!」

 

 一呼吸置かれてから飛び込んできた切っ先に、セラフィーネは腰の刀を引き抜いた。



 



次回は10/6の午後8時更新です。

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