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嘘つき


 覚醒しきらない意識の中で、ガタゴトと全身に響き渡る振動と音を感じた。しばらくその正体を探っていると、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえてセラフィーネは目を開けた。すると視界いっぱいに整った眉を下げて、こちらを心配そうに見つめている執事の姿が。アルクはセラフィーネが目を覚ましたことに安堵した表情を浮かべてほっと息をついた。


 「よかった、意識が戻られて………」


 目の前で気が抜けて座り込んだアルクに、セラフィーネは頭が追い付かずはてなを浮かべる。確かセラフィーネたちは剣を受け取りに行って花を購入した後、ユノたちと遊んでいたはず。そこまで思い出すと、セラフィーネははっとする。


 「そうだわたくし………」

 「はい。あの後私はルカ様と合流して傭兵団の方に伝えてもらうように頼みました。森が騒がしくなったのでセラフィーネ様を探しに行くと倒れているのを見つけて………私もそこからの記憶がありません」

 「そう………ところでここは?」


 落ち着いて辺りを見渡すとどうやら馬車の荷台のようで、屋根付きのため周囲の景色は分からない。アルクに尋ねると、どうやら彼の意識が戻った時には既にここに乗せられ運ばれていたそうだ。いったい誰が、と思いつく可能性を思案しようと口元に手をやろうとした時、セラフィーネは右腕の違和感に気づく。


 「手錠ですか。全く趣味の悪い」


 この手錠はセラフィーネにもアルクにもつけられており、それぞれ右手、左手が封印されている。かなりの質量があるため腕を動かすことが難しく、セラフィーネは諦めて肩から脱力した。


 「とにかくここがどこなのか把握しなくてはいけませんね」


 手錠の長さを考えると、馬車を覆う天幕をめくり外を見ることはできそうだ。右腕に意識を向けながら御者に気づかれないようにそう、と上げる。

 するとセラフィーネが予想していた眩しさは一切なく、遠くに日が沈んでいくのが見える。ユノたちと遊んでいた時で昼過ぎだったから5,6時間ほど過ぎていると考える。しかし嬉しいことに馬車はまだ山道を抜けていないようで、整備された山道を通っているため見つけるのは容易だ。そしておそらく向かう先は屋敷とは真逆の隣接するエス家の領地のほうだろうか。

 御者に気づかれず、さらに他の敵にもばれないように合図を出せないかと、周囲のものを漁りだしたセラフィーネの喉元に、唐突に、一切の気配を感じさせない滑らかさで背後から短剣が突きつけられた。


 「―――動かないでください。セラフィーネ様」


 聞きなれた声に、硬く身を強張らせていたセラフィーネは少し肩の力を抜いた。そしてゆっくりと振り返り、短剣の持ち主と視線を絡める。


 「それがあなたの選んだ道なのね。アルク」


 アルクは唇をかみしめながらも短剣に込めた力は抜かず、しっかりとセラフィーネの瞳を見つめて頷いた。迷いのない返事に、セラフィーネは思わず笑みを溢した。そこには裏切りへの怒りや失望は一切なく、どこか嬉しそうだった。


 「そう。迷いが吹っ切れたようで何よりですわ。でもねアルク、その道は茨道かもしれませんわね」


 一段と低くなった声のトーンに、アルクの全身に緊張が走る。突きつけられている短剣をもろともせずに、セラフィーネはコルセットに仕込んでいた一枚の紙を人差し指と中指に挟んで差し出した。怪訝な顔をしながらも受け取ったアルクは、記された文面を見て眉をしかめる。


 「………ルカ様からですか」

 「えぇ。もう既にルカやお父様たちはあなたが境界民の一員だということをつかんでいますわ」

 「放任主義だなんて、嘘ついたんですね」

 「嘘ではないわ。私はそうだと言っただけじゃない。領民の命を預かっている私たちが揃いも揃ってそんなのだったら守れないでしょう」

 「だったらどうして5年前、俺達を助けてくれなかったんですか」


 怒りを滲ませて自虐的に微笑んだアルクに、セラフィーネは息を飲んだ。後に続く言葉が浮かんでこむ。アルクはセラフィーネの首にあてていた短剣で紙を切り裂くと、風に任せて放った欠片たちは馬車の外へと飛ばされていった。その先をしばらく追っていた視線を、周りの景色へと切り替えてアルクは言った。


 「もう遅いですよ。これから他の攫った子供たちを乗せた馬車と合流して、セラフィーネ様は頭のもとへ連れていかれます。ルカ様は逃しましたが、最悪どちらかだけでいいので」


 その一声でセラフィーネはすべてを悟る。

 境界民の狙いは自分たちで、ほかの子供たちが巻き込まれてしまったこと。そしてアルクはあの後ルカと接触しておらず、生け捕りする必要が無くなったのでルカが危ないということ。

 セラフィーネは悔しさから手錠に繋がれた右手を睨みつける。アルクの手錠はいつの間にか外されていた。

 2人を乗せた馬車は、アルクの言ったとおりに道を逸れていき、少し開けたところで止まった。アルクは動かないで下さいと一言声をかけて御者のところへ行く。天幕の隙間から盗み見ると、どうやら御者はただの商人で、脅されていただけのようだ。アルクが報酬のお金を渡すと、転げそうになりながら走り去っていった。アルクが戻ってきて天幕の隙間から顔を覗かせる。


 「いまから仲間を呼んできます。助かりたいのなら動かずじっと待っとくことですね」

 「口が過ぎますわよ。首を落とされたくないのならとっとと行くことね」


 キッと睨みつけて天幕を荒々しく閉じる。隠れゆくアルクの口元が何か文字をたどったような気がしたが、セラフィーネには分からなかった。それよりも手錠の鍵がないか馬車の積み荷を片っ端からどけていく。5つ並んだ木箱の一つを開けると、セラフィーネが受け取ったばかりの剣が丁寧に横たわっていた。出番が来たことに応えるかのように光るそれの隣に、無防備にも鍵が置いてある。まさかと思い手錠の鍵穴に差し込むと、かちゃりと音がして手錠が外れて落ちる。


 「え………」


 あまりに都合の良すぎる展開にセラフィーネは眉をひそめる。こんな逃げてくださいと言わんばかりの捕縛はどう考えてもおかしい。


 「まさか………」


 ルカは逃したのではなく、逃がした。そしてセラフィーネの拘束を簡単に解いたのは、期待しているから。

 脳裏に去り際にアルクが呟いた言葉が蘇る。


 『後は頼みましたよ』


 「―――っ!ああもう!」


 セラフィーネは舌打ちをすると、木箱の中の刀を取り、馬車から飛び降りた。呼びに行ったはずの仲間など誰一人いない周囲の木ばかりの光景に、再び舌打ちする。


 「アルク、あなたって人は―――っ!」


 セラフィーネは茜色に染まった空の下、アルクが去っていった後を追いかけて駆け出した。




次回は10/2午後8時更新です。

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