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16/22

たとえ明日、世界が終わりになろうとも、私はリンゴの木を植える

八月も最後ですね。外出してもくせ毛が湿気で暴走するだけなので家にいたら肌白くなりました。


 10分ほどオーブンで焼かれたスコーンを取り出すと、程よい焼き加減でいい香りが鼻腔をくすぐった。

 食器棚から綺麗な模様の施された食器を三枚取り出し、スコーンは白い布を底に敷いたバケットに入れる。今回は砂糖を入れていないレシピなので、甘いジャムやクリームをトッピングとして用意する。お気に入りのティーカップに最近ラピスリータ家でブームの紅茶も忘れずに持っていき、最後に厨房の時計の針が3時を指していることを確認し、3時のお茶会へと向かう。

 今日の茶会はホールのテラスで行う。丁度ここからは傭兵団の訓練が見えるのでセラフィーネは好きなのだ。


 「我ながらですが結構うまくいきましたわね」

 「ほとんどアルクの力だけどね」


 誇らしげに鼻をひくひくさせながら言うセラフィーネにすかさず弟からのツッコミが入る。が、忌々し気に睨んだのも一瞬で、すぐに意識は目の前のスコーンへと移る。ナイフで一口サイズに切ると、焼き立て故香りが深くなり、セラフィーネは顔を近づけて思いっきり嗅いだ。


 「うわぁ凄い」

 「今のところ令嬢失格すぎて茶会に出せないんだけど」

 「私もそう思います」

 「五月蠅いわね。ところでアルク、立たないで座りなさい」


 弟と執事のド正論は軽く流して、先ほどから気になっていたアルクを指摘する。しかし主人と同じテーブルに着くのは抵抗があるようで、渋る様子を見せる。以前もルーカスの家に行った時にこんなやり取りをしたなと懐かしくなるが、今回は譲らない。少々ずるいがお嬢様命令を使って座らせた。


 「今だけは主従関係忘れて食べなさい。あなたも一緒に作ったのだから、あなたが食べないのはおかしいですわ」

 「それもそうですね。では、いただきます」


 アルクが一口大に切ったスコーンを口に運ぶのを2人してじっと見つめる。ごくり、と喉ぼとけが動いたのを確認してからアルクを見る。二人分の視線にさらされているアルクは気まずそうにしていたが、一息ついてから口を開いた。


 「とても美味しいです」

 「でしょう!?私たちで作ったものですもの。当たり前ですけど」

 「そうですね。セラフィーネ様が用意してくださったこの紅茶もとても合います。口に残るスコーンの甘みと絡んでどちらの美味しさも引き立ちますね」


 素直に嬉しさをはじけさせるセラフィーネの隣では、一言もしゃべらずルカが黙々と食べている。よっぽど美味しかったのだろうか。作る工程も自分でしたこともあるだろう。皿に取り分けた分をあっという間に平らげたルカが口元を拭きながらふっと笑った。


 「また作ろうか。今度はセラが好きなエクレアでも」

 

 想像以上にお気に召したようで、セラフィーネとアルクは顔を見合して笑った。


 「いきなりエクレアは難しいですよ」

 「とりあえずスコーンをレシピ見ないで作れるくらいになりましょう」

 

 いやいやまずはクッキーとかを作れるようにならないと、とセラフィーネとアルクで応酬が始まる。しばらく傍観していたルカがおかしそうに今度は吹き出した。


 「エクレアは当分先かな。また楽しみが増えたよ」


 ルカが楽しそうに笑うのだから、つられてセラフィーネも笑った。


 「そうですわね。1カ月に一つずつ習得していったらどれぐらいですかね。1年たつまでにはできるかしら」

 「できるんじゃない?なんだかんだ言って僕ら容量良いし」

 「全力で肯定しますわ」


 それからしばらく他愛もない話に花を咲かせていたが、用事を思い出したルカが席を立った。

 残された2人の間にしばし沈黙が訪れる。別に居心地の悪いものではなかったが、なんとなくセラフィーネは以前した話題を思い出した。


 「あんまり約束とかしない方が良かったかしら」

 「え?」


 唐突な導入に困惑した表情を浮かべるアルク。それを横目にセラフィーネは紅茶を飲んだ。


 「だってあなたどこかに行ってしまいそうですもの。きっと何か抱えているのでしょう?」

 「………」


 次のは明確な沈黙。アルクははっとしたような顔をして目を伏せた。

 以前アルクに問われた良い人かという問い。あの時と同じような顔をした目の前の少年は、セラフィーネよりも確かに年上だが、道に迷った子供のような顔をしていた。


 「きっとルカも気づいてますわよ。今日だってどこか浮かない顔をしていましたわね」

 「なのにどうして問い詰めたりしないんですか」


 顔を上げ、今度はきちんと合った目を見つめ返す。


 「助けも求められてませんし、この前俺も頑張ります的なこと言われちゃいましたからね。私は基本放任主義なのですわ」

 「………確かに良い人ではないですね」

 「ふふ。でしょう?」


 初夏の心地よい風が2人の間を駆けていき、セラフィーネの銀色の髪を撫でた。ふと遠くで咲いている琥珀色の花を見つけてアルクの瞳みたいだなと思う。まじまじと見なくとも整った顔立ちをした執事は、急に見つめられたことにさらなる困惑を抱いている。初めて会った時よりもよく変わる表情に思わず笑みがこぼれた。


 「あなたの決断を私は否定しませんし、好きにすればいいですわ。どれだけ大切な人でもその人の選んだことは受け入れなくてはいけないと思うんですの。自由気ままに生きたいのなら」

 「ずいぶんあっさりとした考え方なんですね。本当に8歳ですか?」

 「人は見かけによりませんからねぇ」

 「それ絶対意味違いますよね」


 どちらともなく笑いがこぼれた。くすくすとした笑い声は次第に大きくなり、最終的には目尻に涙を浮かべるくらいまで成長した。セラフィーネがハンカチを取り出そうとする前に、今度はアルクから差し出された。白地に金色の刺繍糸で刺繍が施されたハンカチ。受け取って涙を拭う。


 「にしても不思議です。セラフィーネ様と話していると最終的には泣くまで笑いますよね」

 「カウンセリングでも始めましょうかしら」

 「あはは。常連になりますね、そしたら」


 なごやかな時が流れる。生ぬるい日常がこれで最後だとも知らずに。

 盤上に駒は整った。あとはどちらかが先に動き始めるだけ。そして狼煙はもう上がっている。


 「では訓練があるので行きますわね」

 「私も旦那様から頼まれている仕事がありますので失礼します」


 セラフィーネは席を立つと、アルクに背を向け訓練所の方へ歩き出す。その後ろには使用済みの食器を丁寧に重ねて片していくアルク。

 ふと、1羽の烏がテラスに降り立った。大理石でできた磨き上げられた床に漆黒の羽を落とすとそれは飛び去った。残されたアルクは迷うことなく羽を拾い、胸元のポケットに仕舞う。


 ―――覚悟はとうにできている。



この題名はご存じだと思いますが有名な方の言葉を借りました。いろんな解釈があると思いますが、私は最後の日もいつもと同じように過ごす、という意味で使わせていただきました。自己流だったらすみません。

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