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年上執事の受難<2>


 「アルク~お菓子作りましょ?」

 「………はい?」



 





 この北国にも夏の気配がしてきた日の朝。俺はセラフィーネ様とルカ様に厨房に連れてこられていた。というのもセラフィーネ様を起こしに行ったらすでに着替えを済ましていて───これはいつものこと───、ただでさえ大きい目をきらきらと輝かせながら先程の一言だ。貴族が料理をするだなんて聞いたことないし、頼む相手を間違えていると思う。俺だって一応料理はできるがお菓子作りはほとんどやったことがない。分量が大事だと聞いたことがあるが、セラフィーネ様たちはそこのところ分かっているのだろうか………。


 「えーコホン。今日はスコーンを作りたいと思いまーす」

 「おおー!セラ出来るの?」

 「えぇもちろん。今まで何度も見てきましたわ!」


 ───YouTubeでね。と何やら知らない単語がセラフィーネ様から聞こえてきたがよく分からないのでスルーする。


 「ということはやったことはない、ってこと?」

 「そうですわね」


 まじか。一気に不安になってきたぞ。

 お二人はフィーリングじゃない?なんてお菓子作りで一番言ってはいけない単語を口にしているし。

 止めようかと迷ったが、楽しそうに器具を揃えていくお二人を見たら、そんな気も失せた。


 ───ほんとにただの年下の双子なんだな………。


 認識を改めた今、自分の足元が崩れていくような感覚がする。それまで認めてしまったら何もなくなってしまいそうで首を振って誤魔化した。セラフィーネ様が見ていることも気づかずに。


 「さて、アルク先生!まず何からしたらいいのかしら?」


 包丁を持ったまま腕を上げてこちらを振り向くお二人からそっと刃物を受け取り、料理長からもらったレシピにを読み上げる。


 「まずオーブンを220度で予熱してください。」

 「僕がやる!」


 いつもよりも年相応な表情でオーブンの方にルカ様が向かう。その後ろでセラフィーネ様が敬礼をして見送っているがあれはなんだ………。


 「そ、それで次はベーキングパウダーと薄力粉をふるいにかけてください」

 「ほほー。これですわよね?」


 あらかじめ料理長が小皿に分量分用意してくれている。助かった。

 セラフィーネ様は二つ小皿を手に取り、ふるいを探す。今日厨房に来た時、すれ違いになった料理長に、できるだけ手は出さないでくれと頼まれたのでじっと見守る。馬鹿広い厨房をしばらくうろうろして、お目当てのものを見つけたようで顔を輝かせた。中が見えるガラスの棚の中にあるのをちゃんと見つけてくれたのでほっとする。


 「うんしょ、と………全く紛らわしいですわね」


 ん………?あれって、、、


 「さーふるっちゃいますわよー」

 「違う違う違う!!!それはただのざるーーー!」


 ボウルの上で、ただのざるめがけてベーキングパウダーと薄力粉を入れようとするのを間一髪で阻止する。


 「へっ?」

 「何してるんですか!ふるいの意味わかってますか!?」

 「ろ、ろ過みたいなものでしょう?ほら、ざるの網目をびゅーって通ったらあら不思議」

 「んなわけないでしょう!」


 やばい。本気でやばい方たちだ。セラフィーネ様なんかすっごく綺麗でつぶらな瞳で首をかしげている。謎に予熱に行っただけのルカ様は帰ってこないし。もうルカ様はいいから料理長帰ってきてください。


 「いいですか。ふるいはこれです。ざるの右にあるやつですね」

 「あ!見たことありますわ!何かおかしいと思ったのよね」


 器具を見たら大体わかったようで、あとは任せていいと判断する。

 次は………と振り返るとにこっり笑ったルカ様が立っていた。


 「アルク。僕は何したらいい?」

 「その前に何で汚れてるんですか」


 これかい、と黒くくすんだエプロンをつまんで見せるルカ様。滅多にみることのない無邪気ないたずらっぽい表情が覗いた瞬間嫌な予感がする。


 「オーブンを近くで見たのは初めてだからね。しっかり奥の方まで観察させてもらったよ!」


 全く予想を裏切らない彼に心の中でため息をつく。

 にこにこ楽しそうだからいいが監督不足だと怒られないかひやひやする。


 「では牛乳と生クリーム、卵の2分の1を混ぜてくださ………」

 「あ」


 かしゃ、という耳心地の良い音。だがそれはこの厨房においては歓迎されない。

 おそるおそるルカ様を、ルカ様の手元を見ると案の定握りつぶされた卵。


 「やっちゃた」

 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 俺の盛大なため息に楽しそうな笑い声が返ってくる。


 「ごめんごめん、初めてなんだよ。で、どうやって割るの?」


 隣まで行って一個分無駄にしてしまうが卵を割って見せる。先程片手で握りつぶしていたが、運動音痴のくせに腕力半端ないのか。

 真剣に俺の手元を見ていたルカ様はもう一度挑戦して、見事一発で成功した。


 「流石ですね」

 「まあね。で、次は?」


 何でもないように振舞って先を急かしてくるが、誇らしげに上がった口角は隠しきれていない。あとぴくぴくと動いている耳も。柄になく可愛いな、と思っていると後ろから、


 「ルカは頭を撫でて褒められるのが好きですわよ」

 「うわっ」


 セラフィーネ様の唐突すぎる登場に思わず俺もボウルを落としてしまいそうになる。にや、と笑ったセラフィーネ様が正面に回り込んでほれ、と顎で指図する。その先にいるルカ様は怪訝な顔で見上げてくる。 

 いつぞやの名前呼びを急かされたときみたいに、回避できない空気が流れる。ここは腹をくくることを俺はここにきて一カ月ほどだがもう学んでいる。

 ルカ様との距離を縮めて、頭に手を置いて撫でながら目線を合わせる。


 「お上手でしたよ」

 「//////////っ!何してんだ!!」


 真っ赤にしたルカ様に殴られる。ぷりぷりしたルカ様がセラの入れ知恵かっ、とセラフィーネ様に詰め寄っているが、その様子は子犬が吠えているようで何とも微笑ましい。完全に毒されてきたなと呆れて笑う。


 「誤情報を教えんな!アルクも何笑ってんだ」

 「これは違う笑いです!」

 「あははは」


 一人腹を抱えて笑い転げるセラフィーネ様に、真っ赤な顔で手近なお玉を持って威嚇してくるルカ様、そして同じくツボに入ってしまった俺がカオスな光景を厨房で繰り広げていると、


 ―――チーン


 予熱完了のアラームが鳴った。


 「………続きしましょう」

 「ですわね」





 

時代無視してます。ベーキングパウダーって20世紀の頭に特許がとられたんですって。

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