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蠢く影


 日の暮れた山道。目印として折られた木の枝を見て茂みの中へ入っていく。

 もう5月だが夜はとても冷える。

 熊の足跡を踏んで歩く。頭上は烏が飛び交い、静かな山の中に羽音だけが響いている。ここでは誰も鳴かない。山の主の目に留まらないよう、すべての生物が息をひそめて生活しているのだ。夜は特に。

 一昨日の雨が乾ききらず湿った地面に、歩く度足を取られそうになる。丁寧に仕立て上げられた服の裾に泥がついたことに眉をしかめる。

 不意に、全ての音が消えた。

 遠くに聞こえていた街の声も、葉と葉が擦れ合う音も全て。


 「―――計画は順調か?」


 少ししゃがれた声が腹の底を震わす。

 真っ黒なローブに身を包み、目元だけ露わにした男が木陰に腰かけている。話しかけられるまでそこにいることに気づかないくらい夜に溶け込んでいた。


 「はい」

 「そうか。奴らはどうだったか?平和ボケしてぬるい連中だろう」


 男は鼻で嘲笑う。心底馬鹿にしきった様子で肩をすくめた。


 「………はい」

 「そうだろう。何せ5年前にお前たちのことを見捨てた連中だ。ああ、可哀そうに。憎いだろう?お前たちの苦しみも知らずに幸せに生きているあいつらが。なあ―――アルク」


 一切の光を失った琥珀色の瞳が揺れる。アルクは静かに顔を伏せた。


 「街はずれの牧場に子供たちが遊んでいます。狙うならその時かと。馬車を使って攫ってしまえばすぐに追いつかれないところまで逃げられるでしょう」


 男は卑しく片方の口角だけ吊り上げる。髭をそのままにし、清潔感と引き換えに野生らしさを携えた男の風貌に驚くほど似合う。


 「へぇ………そいつはいいな」


 興奮の混じる声色に、アルクは頭を下げた。よくやったと労いが返ってくる。


 「これで計画は完成した。そうだな………あとは誰を連れていくかだが………」

 「はーい!ボクなんかどお?」


 空気を読まないほど底抜けに明るい声が響いた。アルクの無表情がさらに固まる。


 「―――そうだ、お前がいたな」

 「ふふふふ。面白そうな匂いがするけど、なになに?」


 男と同じく黒色のローブに小柄な体躯を包み、クリーム色のふんわりした髪と翡翠色の双眸が覗く。にい、と横に引かれる唇の隙間から真っ赤な舌が現れて、無意識に背筋が凍る感覚を覚える。

 声を上げるまで一切の気配を悟らせず、そのまま足跡を立てずに男に近づくいた。


 「ふっ。お前が好きそうなことだな」

 「ほんとぉ?じゃあみーんなやっちゃて良いんだよね?」

 「そうだ。簡単だろ?」


 湧き上がる興奮を抑えようともせずくるくると回っていたローブが振り返り、翡翠色の瞳がアルクを捉える。


 「最近見かけないなぁ、っ思ってたけどお仕事頑張ってたんだねぇ。久々にアルクとお仕事できてボク嬉しいなぁ~」


 うふふふふ、と愛らしい笑顔で笑いかけてくる。


 「あぁ」

 「アハッ。どーしよ、楽しみすぎるぅぅ」


 こうびゅってして、逃げるところを背中から切りつけて~アハッどうしちゃおう!?

 腰の短剣を引き抜いてシミュレーションをするローブの背中に、男がガキ、と声をかける。


 「この前の仕事はうまくやったか?」

 「んー?ああ!うちと人身売買人の密会を見ちゃった人の始末のこと?もちろんだよぉ。でも面白いから殺しはしなかった!」

 「………なに勝手なことしてる」


 地を這うような声にトーンが変わった瞬間、辺りの温度が下がった気がする。

 その威圧をまっすぐ受けても不敵な笑みは絶やさず、一言。


 「だって楽しませてくれたから!逃げるのを追っかけるのって楽しいよねぇ。ホラ、頭も言ってたじゃん」


 ニコニコと悪びれず言い放つ。それに頭と呼ばれた男は呆れたようにため息をついた。


 「もういい。作戦決行は一週間後だ。それまでに剣の手入れをしておけ」

 「はーい!」

 「了解です」


 スキップしながら黒いローブが闇に消えていく後ろ姿を追いかけていると、男がアルクの耳元で囁いた。


 「間違ってもガキ2人に情でも湧くんじゃねぇぞ。俺を失望させないでくれよ」


 野生の光をたたえた瞳と、アルクの琥珀色の瞳が合わさる。


 「は、はい………」


 震えている返事に男は笑うと、


 「上出来だ」


 アルクの頭を撫でて去って行った。

 残されたアルクは空を仰ぐ。いつもなら夜空を覆いつくす星も、今日は雲で見えない。それが無性に寂しくて、気づかないうちに声が零れ出ていた。


 「『生きるなら昨日よりももっと楽しく。もっと熱く。もっと馬鹿に』………。そんな生き方、してみたかったなぁ。―――いや、今からでもまだ変われるかな」


 生きるためには何でもしてきた。いつしか生きることが目的となっていた彼の心にひびが入る。それは明確な亀裂となってゆく。

 空を覆っていた雲が、いつしかどこかへ流されていた。



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