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良い人

 

 「おう、ルカ!久しぶりだなぁ」

 

 ノッカーを叩くと出てきたのは白い歯が印象的な好青年だった。年齢は大体5,6歳ほど上の14歳ぐらいだろうか。ルカのことを呼び捨てで呼ぶ人など初めて見たのでセラフィーネは驚いた。対するルカはまったく気にしていない様子で挨拶をしてから家に入る。

 セラフィーネも後に続くが、家の内装を見て思わずほぁ…と感嘆の声を上げた。


 「ん?どうした?」

 「い、いえ………」


 セラフィーネもが―――涼が―――想像する北欧の家っていう感じで感動したのである。

 壁には熊らしき毛皮が飾られており、ラピスリータの特産品の刺繍が施された絨毯が部屋を彩っている。食器にも美しい模様が描かれており、ここがお店なら2時間くらい入れそうだ。


 「それで、今日はどういったご用件で?」

 

 青年―――ルーカス―――に促されて椅子に腰かけると、ココアを出してくれた。ルーカスはアルクにも座るように言ったが、どうやら譲れないらしくルーカスが折れた。


 「以前街に行った時に、境界民の話を聞いた。動きがあるというのは本当なのか?」


 『境界民』。その単語を聞いたルーカスの表情が険しくなる。


 「他領地をよく行き来するお前だ。何か聞いているのだろう?」

 「まあな。噂でしかないが、人身売買をする商人がここらをうろついているらしい。奴らの狙いは知らんが、境界民らしき男と密会しているのを見たやつがいる。そいつは大怪我を負っちまったんだがな」

 

 おぞましい話にセラフィーネが体を震わせる横で、ルカは身を乗り出した。


 「人身売買?5年前に誘拐した子供たちを売り払うのか?」

 「わからねぇ。本当に境界民の奴らが動いているのかも俺は知らねぇ」

 「これは傭兵団が動くべきだな………」


 すでにローゼン達にはこの話題を伝えているが、確証もないまま傭兵団を動かせずにいた。だが5年前のように大きな事件の匂いがする以上動かざるを得ないだろう。


 「ありがとう。父上にも相談してみるよ」

 「こちらこそありがとな。いつも俺たちの話を聞いてくれて助かっているんだぜ。ほんとにお前8歳児か?」

 「もうすぐで9歳だよ」


 年上で頼れるルーカスが相手だと気が緩むようで、セラフィーネはそんなルカが見れただけでも嬉しくかった。

 すると家の玄関の扉が勢いよく開いた。


 「ただいまぁーお兄ちゃん!あれ?誰かいるの?」


 体中に泥を付けたセラフィーネたちと同い年くらいの少女が立っている。一目見ただけでもルーカスと血のつながりがあることが分かるほど、2人は似ていた。


 「お帰りユノ。兄ちゃんの友達のルカとセラフィーネだよ」


 今日が初めてだが名前で呼ばれたことに驚くが、ルーカスは全然気にしないタイプらしい。


 「わっ!お嬢様とお坊ちゃまだ!初めまして」

 「初めまして。セラフィーネですわ」

 「双子の弟のルカです。お兄さんとは仲良くさせてもらっています」


 挨拶をした2人にユノは興味津々のようで、


 「あのさ、お嬢様!ユノと遊ばない?」

 「こら、今お話ししてるんだよ」


 ルーカスが止めに入るがセラフィーネは遊ぶ気満々なので快く応える。


 「いいのですか!?私も遊びたいですわ!」

 「本当!?外にみんないるから一緒に遊ぼう!」

 「嬉しいですわ!………というわけで行ってまいりますわルカ」


 家の中に残るるルーカスとルカに手を振り、アルクを連れて外に出る。ユノが言ったとおり5人の同世代の子供たちがいて、みんなかくれんぼの最中らしいが手招いてくれる。


 「お嬢様も一緒に遊んでくれるって!」

 「お手柔らかにお願いしますわ」


 万が一に備えて動きやすい服できたが思わぬ方向に役立った。意気込んで腕まくりをするセラフィーネに、アルクは本当にするのかという視線を向けてくる。


 「じゃあ行くよー!いーち、にー、さーん………」

 「鬼はリコリスだって!」

 「わかりましたわ!逃げますよ、アルク!」

 「私もですか!?」


 戸惑う執事を置いて走り出す。日ごろの鍛錬のおかげか、ぶっちぎりでセラフィーネが速かった。

 しばらく立ち止まらずに駆けて、手ごろな木の陰に隠れる。振り返ると鬼役のリコリスが走り出したとこらだ。隣の木の陰にアルクが入ってくる。全く息切れしていない様子に感心する。


 「セラフィーネ様はお速いですね」

 「鍛えていますからね。にしても同じところに隠れたら見つかるでしょう」

 「セラフィーネ様を守れないので」


 ド正論で返されてう、と詰まる。

 何と言い返そうか迷っていると、隣でアルクが息を吸い込んだ気配がした。


 「―――セラフィーネ様は………」

 「うん?」


 見上げるとこちらを見つめる琥珀色の瞳と合う。何か言いたげなそれを見つめ返して、じっと先の言葉を待つ。


 「良い人なんですか………?」


 主人にするにしてはあまりに無礼な質問。しかし今更気にする彼女ではないし、苦し気に問うた彼を責める気など微塵もおきない。それよりもその瞳に、否、その瞳の奥で揺れている、縋りつくような光は何なのだろう。その光を追いながら、しばし先程の質問を反芻した。そしてふっと笑う。


 「良い人、ではないですわ。私は自分が良ければそれでいいんです。現にあなたのことをいつも振り回しているでしょう?かつての私は自分本位に振舞って、よく周りの人を傷つけていましたわ。その度に友人に怒られたんですの。………もうずっと前のことですけど」


 遠くで走り回っている子供たちを目で追いながら、思い出していくように語る。じわ、と胸の奥が何とも言えないあたたかさで温くなる。いつしか友人にかけられた言葉を思い出した。


 「『生きるなら昨日よりももっと楽しく。もっと熱く。もっと馬鹿に』」

 「え………?」


 脈絡もない言葉に困惑の声が漏れる。


 「特に『馬鹿に』が大切なんですの。私はこの言葉に救われましたわ。あなたが何に悩んで苦しんでいるのかはわかりませんけど、素直に訪れる物事を受け止めて、一生懸命生きるだけで充分ですわよ。あなたが言う良い人が具体的にどんな人かはさておき、私にとってこの言葉をくれた友人たちが良い人ですわ。だから私は良い人ではないのです」


 ごめんね、と意地悪に舌を出してみると、アルクはポカンとした表情をして、次に笑った。それはそれは今までで一番いい笑顔で笑った。

 

 「あら?なにか役立てたのかしら?」

 「いえ、欲しかった答えはもらえませんでしたが、もっと欲しかった言葉はもらえました」

 「む。わけわかんない人ですわね」


 一度笑い始めたらツボに入ってしまったようで、アルクは腹を抱えて蹲った。その目尻に一粒の雫が浮かんでいるのが見えて、セラフィーネはハンカチで拭ってやる。


 「ありがとうございます。私も………俺も、抗ってみようと思います」


 なんだかすっきりした顔で微笑まれたので、セラフィーネも自然と笑みがこぼれた。


 「よくわからないですがまあ頑張りなさい!」

 「みーつけたっ!」


 良い感じにまとまりそうだったところにリコリスの声が降ってきた。タッチされたことでかくれんぼの最中だったと思い出す。


 「見つかってしまいましたわ」

 「これで全員見つけたからリコリスの勝ちね!」


 どうやら勝者にはお菓子がもらえるというルールが彼らの中にあるようで、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねている。すると家の方からこちらにルカとルーカスが歩いてくるのが見える。


 「楽しめたかい?」

 「えぇ!それでは私はこれで失礼しますわ」


 また遊ぼうねーと大きく手を振ってくれるユノたちに、同じく3人は手を振り返す。

 今日の目的は達成できた。あとは帰るだけなのだがセラフィーネには寄りたいところがあった。


 「帰る前に鍛冶屋に寄りたいんですの」

 「鍛冶屋?」

 「えぇ。屋敷にある剣じゃ私には合わないんですの。だからオーダーメイドを頼もうと思って」


 屋敷のは西洋の刀であり、切れ味よりも重さが重視されている。しかしセラフィーネのスタイルや体格を考慮すると日本刀に似た形状の刀が欲しいのだ。ユーグに相談したところ、それを作れそうな鍛冶屋がいるらしく、行ってみようと思っているのだ。


 「いいよ。ここから遠いの?」

 「いいえ、ここよりもアノンに近いところに住んでいらっしゃる方ですわ」

 「よし行こう」


 セラフィーネたっての希望で寄り道して帰ることになり、その日の帰宅はいつもより遅くなった。しかしセラフィーネの思い描いているような刀を作ってもらえそうなので、上機嫌でベッドに入った。完成が待ち遠しい。


 

終わり方がいつも分からないんです……

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