それは鶯が告げる出会いのような
朝食の最中に父が思い出したように言った。
「言い忘れていたが、今日の昼に新しい使用人の子が来るから屋敷にいておいてくれ」
「へぇ………どんな人なの?」
ルカが珍しく興味を持っている。滅多に使用人が増えることなんてないのでその経緯はセラフィーネも気になる。
「お前たちより1歳年上の少年だよ。身寄りがないらしくてね、数日前に門をたたきに来たんだが断る理由もないし受け入れることにしたんだよ。今のところお前たちについてもらおうと思っている」
「ほんとですの?年の近いこと話すことはあまりありませんので楽しみですわねぇ」
セラフィーネもルカも専属の使用人を持っていないので、新しくやってくる少年が楽しみでワクワクしている。それが表情に出ていたのか、二人を見る両親も笑っていた。
だが、まあ………
(私とルカの執事になるのなら相当大変ですわね~)
ラピスリータのおてんば姫と自由人を同時に相手することになるであろうまだ見ぬ少年に、セラフィーネは静かに心の中で合掌した。
☆
「………にしても暇ですわね」
父がつたえた時間は14時。今はまだ10時なのでまだまだ時間があるのだ。いつもならユーグに訓練に付き合ってもらうが今日は見当たらない。部屋にこもってもすることがないのでぶらぶらしているが、広い辺境伯家の屋敷ではなかなか使用人に出会わない。目的もなく散策し始めて数十分後、中庭に出ると木の下で読書にふける弟を見つけた。
「ルカー構ってくださいましー」
読書を中断する羽目になったルカは、きょろきょろと周りを見渡して、セラフィーネを見つけると端正な顔をめんどくさそうにしかめた。
「………何か用?」
「暇ですの!何を読んでいるのかしら?」
奪い取る形で本を手にし、表紙を目で追う。
「アティシア王国建国物語?これ書庫にはありませんでしたよね?」
「最近業者が来てね。新しく何冊か追加されたんだよ」
そういえば一昨日ぐらいに門が騒がしかったような………。その時は訓練中だったから知らなかったのか、と納得する。
「それで?どんな話なんですの?」
「ありふれた英雄ものさ。王家の祖先がこの場所にかつて領地を構えていた民族を束ねて一つの国にする、っていう物語」
「ふーん………ところでその本は最近のものなんですのね」
背表紙に出版された日付が記されているが、書庫の本たちと違ってずいぶん新しい。
「そうだね。書庫の本が古いのしかないのは、業者が来るのが年に数回で、人や物の行き来がないからだよね。王都の流行がここまで来るのに一年ぐらいタイムラグがあるし」
「それもルカが変えるべきことなんですの?」
以前二人でアノンに行った時。ルカが町民たちと話し合っていたことを思い出した。
ルカはセラフィーネの問いに一瞬はてなを浮かべていたが、すぐに察知しそうだよと頷く。
「覚えててくれたんだ。セラは他に変えるべきこととか、なにか思うことはある?」
8歳児がする質問じゃないだろ!という心の声は仕舞いこんだまま、セラフィーネはうーんとうなる。
(日本と比べちゃうからいっぱいありすぎて困る!なにか………実現できるレベルでいい感じの………何かないかしら………)
「あー、それなら連絡手段とかはどうです?もっと便利で早くできると思うんですの」
「連絡手段?今は定期的に馬車を他領地に出したり、街の中では郵便屋さんがいるけど………」
困惑するルカにひたすら同情する。でも彼女が思い描いているのは日本で知ったことなのだ。時系列的に考えてどこかでは行ってそうだが、この国ではきっと誰も考えたことがないはず!
「た、例えば動物を使うとかは?そう!鳥さんに手紙を運んでもらうんですのよ!」
いまだ困惑した様子のルカに焦りが募る。眉一つ動かさない彼に、ぴよぴよ~なんて手で翼を表現してジャンプを何回かしてみるが………無反応。と思ったらガン無視で話を続けだした。くそ野郎!
「それは、妙案だけど、セラが考えたのかい?」
「え!?も、もももちろん私ですわよ!!」
気のせいか、だんだんと目が険しくなっていく弟。そういえばこの男めちゃくちゃ頭が良かったような………。
「ふーん。………いや、僕には考え付かなかったようなことだから………連絡手段を改善することや、鳥を使うことなんて。だから素直に驚いちゃった」
「そうだったんですのね!いやー私冴えてるぅ!」
いぇーいと無理矢理ハイタッチに持ち込みペースとを取り戻す。まだ納得のいっていない様子だがとにかく目をそらすと、遠くの方に見慣れた赤毛が映った。
「あ!ユーグーーーー!手合わせしてくださいましー」
こちらを振り返った傭兵は「よろこんでーー」と元気に駆けてくる。普段は筋肉馬鹿と罵っているが、今日だけは天使に見える。
怖い弟の追撃を逃れるためユーグと始めた手合わせだったが、だんだんと熱が入り、気づけば時刻は14時手前になっていた。慌てて着替えて―――セラフィーネは一応練習着だった―――屋敷の玄関に向かう彼女の脳裏には、最近もこんなことあったなぁといつぞやの自分、そして夕食にて指摘された失態がよぎっていたのだった。
☆
「お初お目にかかります。本日付でセラフィーネお嬢様とルカお坊ちゃま付きの執事となります、アルクと申します」
程よく日焼けした肌に金髪が映える、健康的な少年がロビーにてお辞儀をセラフィーネたちにしている。
体を起こしたのアルクの頭にぽん、と手をのせたローゼンが「仲良くやれよ。迷惑かけんなよ」と、二人に―――特にセラフィーネに―――熱い視線を送ってくる。
そんなローゼンに、セラフィーネは柔和に微笑みかけながらアルクの手を取る。
「よろしくお願いしますわ!」
アルク少年は無事頑張っていけるのでしょうか………。
新キャラ登場!どんな子にしようかいまだに迷っています………