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♯2

……

  

 ドォン!

  

 オーガが振り下ろした大斧が地面に当たり、地響きを起こした。不運にも直撃を受けた騎士が二人、血しぶきと共に四肢や臓物を飛び散らせている。無惨な光景だ。

  

「クッ……鉄の鎧ごとバラバラじゃないか!なんだよ、あの化け物の力は……!いつもこんな戦いを!?」

  

 遠目にそれを見やりながら、ウィリアムは将軍のもとへ急ぐ。

  

……

  

「ややっ!一般の方!そんなところにいては危険だ!」

  

 運よく、一人の兵士が彼に気づいて駆け寄ってきた。

  

 だが。

  

 ザクッ!

  

「こちらへ……がふっ……!ぁ……?」

  

 突如、その兵士の腹から三叉槍の刃が突き抜けてきた。力が抜け、うつぶせに倒れて絶命する兵士。

  

「グルル……!」

  

 倒れた彼の背後には、緑色のウロコで覆われた身体を持つトカゲの化け物。

  

「……!コイツが別の魔物とやらか……!」

  

 丸腰のウィリアムとトカゲが睨み合う。

 

「殺す……人間……」

  

「……な!英語……?話せるのか!」

  

「グルル……殺す!」

  

 兵士の死体に刺さったままであった槍を引き抜き、トカゲ兵がその切っ先をウィリアムに向けた。

  

 まさに絶対絶命である。

  

……

  

 ヒュッヒュッ……パシッパシッ!

  

 軽く、乾いた音がした。

  

「グルル……!グァオ!」

  

「……なんだ?」

  

 トカゲが吠えながら背後を振り返る。その背中には木製の矢が数本突き刺さっていた。

  

「大丈夫かぁ!?」

  

 少し離れた場所から、二人の弓兵が手を振ってくる。しかし、化け物の堅いウロコの身体に対して、簡素な弓矢では致命的なダメージを与えられてはいない。

  

「すまない!助かった!」

  

「グァァウ!」

  

 のしのしと足音を轟かせながら、弓兵に向かって突進していく。

  

「うぁっ……!?抜刀!抜刀っ!!」

  

 慌てて二人が近接武器に持ち替えた。

 

「グァァ!」

  

「くっ!」

  

 ガキン!!

  

 互いの武器が激突し、鍔迫り合いのような形になる。

 二対一であるにも関わらず、兵士たちはトカゲに押されていた。しかし、ウィリアムには手助けしてやる術がない。

  

 ……だが。

  

「くそぉ!」

  

「おらぁぁぁ!」

  

 火事場の馬鹿力というのだろうか。何とか彼らは化け物を押しのけ、不利な状況を脱した。

  

 その時である。

  

 バシュ!

  

 トカゲの上半身と下半身が真っ二つに切れ、地面に転がり落ちた。

  

「怯むな!その程度でへこたれていては、王国騎士団の名が泣くぞ!」

  

 身の丈以上もある巨大な剣を抱え、馬上から叱責が降り注ぐ。

  

「ち……中将!?」

  

「申し訳ありません!」

  

 兵士が首をたれて跪く。なんと、将軍自らがその大剣でトカゲの化け物を葬ったのだ。

 

「む!そこにおられるのは客人ではないか!」

  

 ウィリアムに気づいた将軍が、馬で駆け寄ってくる。

  

「将軍!礼を言う!アンタは命の恩人だ!」

  

「話は後だ!とにかく乗れ!陛下の大事な客人を失ったとなれば、俺の首一つでは事足りぬ一大事だぞ!」

  

 将軍がウィリアムの腕を取り、自らの後ろに引き上げた。もちろん利き手は大剣でふさがっている為、片手でだ。

  

「おっと……!物騒なもん振り回してるだけあって、すごい力だな!」

  

「はっはっは!戦場に立つ男たるもの、力が無くては話にならんぞ!……この辺りに魔物はもうおらぬな。陣形を固めて移動するぞ!客人、舌を噛まぬようにな!貴様らもついて来い!」

  

「ははっ!」

  

 二人の兵を従えて、将軍が馬の腹を蹴った。

 

……

  

「中将!ご無事で!」

  

「タルティーニ中将が戻られたぞ!隊列を組み直せ!」

  

 街の一角に作られた仮設の本陣。兵士たちが将軍の帰還を喜び、将校らしき男が号令をかけている。

  

「中佐、近況報告」

  

 将軍が馬から降りながら、話しかけている。

 ウィリアムも馬にしがみつきながらズルズルと降りた。

  

「はっ!リザードマン四体、オーガを一体討伐!我が軍の損害は死者二十七名!怪我人十名!一般人の被害者は現在、本陣に残っていたほとんどの兵士を動員して救出、数を確認中であります!」

  

 きをつけ、の姿勢を崩さず中佐が報告した。確かにこの場にいる兵士は少ない。

  

「リザードマンは五体だ。一匹潰しておいた。それより残りのオーガはどうしている?姿が見えないが」

  

「はっ!王宮の西側に第四、第六の歩兵二小隊が展開して迎撃中です!」

  

「移動するつもりだったが、この人数では思うように増援は出せんか……」

 

 騎士団の規模はそこまで大きなものではないらしい。敵の数は不明だが、小隊単位でその迎撃とは、かなり心許ない。

  

「なぜ一般人を急いで王宮に避難させないんだ?結界で安全だと聞いたが」

  

 素人が口を挟むのはいかがなものかと思ったが、ウィリアムが発言した。

  

「うむ。結界とは、おおよその面積を包む術ではない。重要なのはその中にいる人間の数なのだ。増えれば増えるだけ、効力が弱まる」

  

 兵士等がわざわざ王宮から出て戦っているのにも、これで納得がいく。城壁の上から一斉掃射ともいかないのだ。

  

「なるほど……魔物について訊いてもイイか?」

  

「ダメだ。まずは作戦を立てねば。……中佐!近くにいる将校、各隊長、及び副官を召集!兵士には手を休めさせるな」

  

「はっ、中将殿!」

 

……

  

 およそ五分で、緊急のブリーフィングが執り行われた。スピーディーなのはさすがの一言だ。

  

「まず言いたい。貴様らは腰抜けか?」

  

 将軍の言葉に、ウィリアムは耳を疑った。

  

「ここに集まれなかった者らは、獅子奮迅の戦いを繰り広げていることだろう」

  

 将校らが俯く。

  

「此度の魔族の侵入での最大の脅威は何か!」

  

「残る三体のオーガであります!」

  

 一人が答えた。

  

「他には!」

  

「未確認ですが、ミノタウロスが一体出現したとの知らせ!」

  

「そうだ!だが、あまりにも情報が錯乱している。このままでは地団駄を踏むばかりだ!……そこで、やむを得んが、この命令を下す!現時点より王国騎士団は、全兵力を以てオーガの迎撃に向かえ。中佐、貴様が指揮しろ!俺は単騎でミノタウロスの探索を行う。異論は認めん!以上だ!」

  

 有無を言わさぬ物言いで、将軍が騎士団を動かしていく。

 

「お一人で……?将軍!もしミノタウロスがいたとなれば、あなたの身が危険だ!せめて数人だけでも護衛の兵を!」

  

 将軍の身を心配した一人の隊長が言った。ミノタウロスと言うからには凶暴な雄牛の化け物なのだろう、とウィリアムは身震いしている。

  

「異論は認めんと言ったはずだぞ、曹長。それに、この瞬間にもあの憎き化け物に兵や民が殺されているやもしれん。将も兵も民も、同じ一つの命だ。案ずるならばそっちを案ずるがよい」

  

「はっ!」

  

 首を垂れる。

  

「行け!今こそイタリア王国騎士団の力を思い知らせてやれ!この命、民の為に!」

  

「この命、民の為に!」

  

 最後にそう復唱して敬礼し、うなり声を上げながら中佐以下、王国騎士団の精兵達が騎乗して出立した。

 

「さて、客人。まずは貴公を王宮内まで送ろう」

  

「すまない」

  

 先ほどと同じように、馬に二人乗りする。

  

「しかしなぜ城外に?」

  

 馬上に揺られながら、将軍が訊いてきた。

 敵は騎士団が戦っている場所に集まっているようで、二人が移動している辺りには暗い表情の町民らがちらほら見えるだけだ。

  

「好奇心さ。魔物というものを見てみたかった」

  

「アメリカ人が魔物を知らないと、そんな話が信じられるか。むしろ、貴公がアメリカ人かどうかも分からん」

  

「どう思われていようと興味はない。だが魔族を見たのは本当に初めてだ。もっと言えば、アンタらみたいな騎士も見たことないよ。俺が住む世界では騎士も魔族も魔術も、すべてが物語や歴史書、聖書の中だけの話だった」

 

 城門に到着した。

 

  

「おい!開門せよ!」

  

 将軍の声で上から顔を覗かせた門兵が驚いている。

  

「タルティーニ中将!?お一人で動き回られるとは何事ですか!?まさか……全滅!」

  

「違うわ、バカ者!さっさと開門せんか!だいたい、こちらの客人が王宮から出るのにも気づかぬとは!」

  

「客……えぇー!?その男はっ!」

  

 ギィィ……!

  

「アンタ、俺達を騙して城から出たのかっ……!」

  

 門が開いた瞬間に、その兵士がウィリアムに詰め寄ってくる。

  

「なんと、そこまでして魔物が見たかったのか?貴公、よほど腕に自信があるようだな」

  

 将軍がまじまじとウィリアムを見る。

  

「そういうわけではないが……化け物共と初対面だったのは信じてもらえたか」

  

「得物は何だ?今度、手合わせでも願おうか。はっはっは!」

  

 高笑いを残し、将軍は去っていった。

 

……

  

……

  

 王宮内。

  

 聖堂。

  

「ばーっかもんっ!!お主、自分の命を何じゃと思うとるんじゃ!」

  

 大司教の怒鳴り声がよく響く広さだ。

  

「……」

  

 ウィリアムは至近距離で大司教の唾を浴びながら耳を塞いでいる。

  

「ウィリアム!聞いておるのか!お主は国をあげての調査の要となるのじゃぞ!それまでは軽々しく危険地帯に飛び込んだりせぬことじゃ!」

  

「まだ調査団の編成は決定事項ではないだろう……それに、勝手に祀り上げてもらっちゃ困る。アンタらがアメリカに興味を持つように、俺だって目新しい世界を見たい衝動は抑えれないぞ」

  

「ええい!口答えするでない!軟禁されたくないなら、客人らしく大人しくしておらぬか!」

  

「まったく……」

  

 どちらが正しいとも言えないので、ため息をついてタバコをくわえる。

 

 ギィィ。

  

「大司教様」

  

 一人の兵士が入ってきた。

  

「どうした。ベレニーチェの病室では怪我人が入りきらんか」

  

「いえ、戦闘終了の知らせです。聖堂への騎士団員の遺体搬入を許可いただきたい」

  

「うむ……埋葬までの間は仕方あるまい。座席を壁際へ」

  

「ははっ!」

  

 しばらくすると、数人の兵士が聖堂内の席をどけ、いくつもの麻袋を担ぎ込んできた。

 遺体なのは言うまでもない。

  

「……」

  

 辛辣な面持ちでそれを睨む大司教。魔族への怒りがこみ上げているのだろう。

  

「これは、兵士の遺体だけか?一般人のはどうしている」

  

「城下街にもいくつか教会や墓地がある。そちらに」

  

 胸で十字をきり、祈りを捧げる。カトリック教徒であるウィリアムも同じく祈った。

 

「客人。大司教」

  

 いつの間にか将軍の姿があった。

 金色の甲冑には無数の刀傷がついている。激しい戦いだったのが感じられた。

  

「タルティーニか。かなりの損害のようじゃな」

  

 運び込まれた遺体はすでに五十近くになる。

  

「まだ行方不明の兵士が数人おる。ここに並ばなければよいが」

  

「姿が無ければ魔物に食われておるやもしれぬ。誠に酷いことじゃ……して、奴らは?」

  

「空間転移らしき魔術で帰還していった。倒していた魔物の死体は、その頃にはいつものように灰と化した」

  

 魔物は死亡してしばらく経つと消失するらしい。

  

「ベレニーチェは嘆くであろうな」

  

 死体を掃除する手間は省けるだろうが、研究者には痛い。

  

「研究材料か。いつだったか、あの女も生け捕りが欲しいなどと無理な話をしていたな」

 

「おい、ミノタウロスはいたのか?」

  

「いや、客人。俺の目では確認できんかった。しかし、あの化け物がいたら被害はこんなものでは済んでおらんぞ」

  

 オーガ以上の強敵なのは理解出来た。

  

「戦った事が?」

  

「ある。幾度とな。だが、討伐は未だ叶っておらん」

  

「何……!?アンタが出来ないなら、下手すりゃ国が滅ぶじゃないか!そんな強敵が二匹以上現れたら終わりだ!」

  

 王国内で最強の男が倒せない魔物がいれば、当然そうなる。

  

「勝てはしなくとも追い払ってきた。今のところあのクラスの脅威が二体以上侵入してきた事はないが、確かに貴公の言うとおりだ。複数体現れてはひとたまりもない」

  

 あっさりと認めてしまう。

 しかし、有効な戦術も無ければ、解剖研究による弱点の発見も有り得ないのが現状だ。

 

「それが……アンタがアメリカ大陸調査団の編成を反対する理由か」

  

「無論だ。調査団が無意味だとは言わん。だが、こうして国防さえままならない時に、資金や人員を割かれる事に納得いかんのは貴公も理解できよう?」

  

「確かにな……」

  

 これにはウィリアムも返す言葉がない。

 燃える街、斬られる手足、食われる人……何より目の前の死体の山を見て、はるばる旅をする余裕があるとは思えない。

  

「大司教」

  

「んん?」

  

「俺は俺でアメリカへ渡る……と言いたいところだが、この国を見捨ててはおけん。何か力になれればイイんだが。もちろん後々にアメリカ大陸調査団を作るって話が前提だがな」

  

 大した義理は無い。しかし、ウィリアムはそう決断した。

  

「イタリア王国を強固にし、必ずアンタらとアメリカへ渡る」

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