#17
結論から先に言ってしまうと、イタリア国王とネパール国王の会合はトルクメニスタンにて予定が組まれることになり、ウィリアムはそちらの随伴を命じられた。
そして、マルコはFBIと名乗った集団組織の調査のためにしばらくイタリア国内にとどまり、その為に文官と武官、分隊の兵士らで編成された十人ほどのチームの指揮を執る。
またしばらくマルコとは離れてしまう事となったが、これは予測していたことであり、黙って受け入れるしかない。
カンナバーロはウィリアムと一緒に国王へ随伴してトルクメニスタンへ向かう。こちらはマルコの率いる小さなチームの比ではない。一国の王が他国へと出るのだ。総勢百名以上の大集団となる予定である。
二週間ほどの国王が留守の間の国政は右大臣アダムが執り行うので、大きな問題はないはずだ。なにより、国王自身が右大臣と離れられるのを大喜びしているのは誰の目から見ても明らかであった。
そしてこの日、ウィリアムは新しく下ろしたタキシードの正装に身を包んで、玉座の前で片膝をついていた。
「ウィリアム・バレンティノ。貴殿の今回の功績もまた見事なものであった」
「はっ」
「よって、余は今ここに、貴殿に伯爵の位を与える」
「ありがとうございます、陛下」
その他大勢の貴族や大臣らも列席する中、高らかに国王が宣言する。
多少のどよめきはあったが、彼自身も含めて、これは前もって知らされていたことだ。
それはローマに帰還し、ネパール国王との会合が神々の水路を越えた先で執り行われることになりそうだと伝えた折だ。
手柄で言えば前回のパキスタン属国化の方が大きかったはず。それなのになぜ今回なのか。
答えは簡単。国王は余程、アダムから離れたかったに違いない。それこそが大手柄。そんな、茶目っ気たっぷりの綬爵なのだろう。
ただ、ウィリアムを伯爵にしようという考えは前々から国王も持っていたようで、そのきっかけを窺っていたのは事実だ。
それと、マルコにも騎士号である士爵を与えるという話が出たが、家柄がバレンティノ家と別になっては良くないとマルコ自身が辞退している。
士爵ともなれば独立して自身の小さな屋敷や家を構えて住むことになろう。
それよりはウィリアムの舎弟というポジションのままでいたいらしい。
ウィリアムとしてはどちらでもいいじゃないかと思っていたが、マルコ本人としてはすぐに駆け付けられる距離にいてこそ自分の価値があるという。
ロンドンに収監されていた期間を恥じているのもあるが、現世でもスタテンの屋敷に詰めている事がほとんどだったので、マルコのやりたいようにやらせてやる事とする。
それから、カンナバーロの昇進は軍管轄なのでまた別だが、今回は特にそういった話は出ていないらしい。
カンナバーロは昇進より昇給を望んでいたので、それは特別手当と言う形で受け取れたらしく何よりだ。
パラパラとまばらな拍手があった。
ひときわ大きくベレニーチェや大司教が拍手をしてくれているが、それ以外の諸侯の反応はイマイチだ。
拒否や毛嫌いとまでは言わない。しかし、ウィリアムがまだまだ受け入れられていないという事である。
ウィリアム本人も、自身が伯爵などとは畏れ多い好待遇だと思っている。他の諸侯からの目には、それ以上に映ってしまっているに違いない。
特に、家系で代々男爵、子爵、などを受け継いできた者らはつまらないだろう。ぽっと出のウィリアムに追い越されてしまったのだから。
国王に重用され、ウィリアムばかりが活躍しているのは面白くなくて当然だ。
「バレンティノ様、おめでとうございます!」
「あぁ、ありがとう」
その場から下がると、早速ベレニーチェから祝福の言葉を投げかけられた。
「伯爵だなんて、大物貴族の仲間入りですわね」
「過分な御沙汰だとは思うがな。なにより人としては、今までと何も変わらないさ。偉そうにするつもりもない」
ウィリアムに対してあまり良い印象を持っていない貴族に属する諸侯とは違い、ベレニーチェを筆頭に王宮で働く者らは直接ウィリアムとの付き合いもある。
特に彼女や大司教は使者団として共にロンドンまで遠征した仲ではあるが、それ以外の者たちもウィリアムやマルコへの当たりはそう悪くない。
貴族たちもウィリアムの人となりを直接知る機会があれば、少しは態度が変わってくるのかもしれない。
しかし社交の場にはほとんど出ず、外国への遠征ばかりが続いている働き者のウィリアムにそれをしろと言うのは難しい話だ。
そしてウィリアム本人も、貴族たちとの関係で致命的な問題が起きない限りはこのままで良いと思っている。
「少し、よろしいかな。バレンティノ伯」
他にも国王からの話があったがそれも終わり、会が解散、諸侯らが玉座の間から退出する中で声をかけてきた人物がいた。
濃い緑色の貴族服、ぴったりとした黄色のストッキング、エリマキトカゲにも見える小さなひだ襟をつけている老年の男だ。ストッキングやひだ襟は現世でもかなり昔の貴族社会で流行った代物だが、この人物は未だにそれを愛用しているらしい。
老年とはいったが、白髪は禿げ上がらずしっかりと生え揃ったままで、それをオールバックにして固めている。蒼いその目は強い光を帯び、しわがれずに若々しい声も生気に満ちたものである。
「あなたは……」
「ギルランダイオと申す」
「えぇ、お噂はかねがね。ギルランダイオ侯」
公爵、侯爵、伯爵などの上級貴族はローマにいない者も多く、彼も普段は遠く離れた侯爵領にいるはずなのでこうして顔を合わせるのは初めての事である。
反対に子爵、男爵、士爵はウィリアムのように自領を持っていないことも多く、あってもローマにほど近い小さなの領地の運営をしている事が多い。
そしてこの侯爵、ギルランダイオは貴族社会に興味のないウィリアムですら名を聞いたことのある大人物であった。
爵位が上がるほど王からの信頼と責任が増え、ローマから離れた広大な土地を任せてもらえるというわけだ。
普通は王都から近い場所を高位の人物で固めていきそうなものだが、イタリア国王は逆にしている。
ただし、自身はローマに住み、部下に離れた領地運営を任せている上級貴族も当然いるので、本人がどこにいるのかは人それぞれだ。
「久しぶりにローマへ赴いたのだが、中々の青年であると思ってな。少し話してみようと思ったのだ。どうだろう、我が屋敷で一献」
「あまり長居は出来ませんが、それで良ければ」
「うむ、では参ろう」
自領にいることが多いこのギルランダイオ侯も、ローマ滞在用の屋敷くらいは当たり前のように持っている。
何故気に入られたのかは分からない。しかし、今まで全くと言っていいほど貴族との付き合いが無かったウィリアムなので、断っていいものかどうか分からずに二つ返事で了承した。
……
豪華な馬車に揺られて到着した屋敷は、ウィリアムが購入したものよりも大きく、王城から近い場所、つまり一等地に建てられたものだった。別に比べるつもりはないが、やはり何から何まで大物なのだという感情を抱かせる。
「お帰りなさいませ、旦那様」
門の前で当たり前のように出迎えるのは鎧を着た衛兵が四人。
さらに、芝が綺麗に整えられた庭先を通り過ぎ、屋敷の玄関に辿り着くと、頭を下げた状態で待つ家令とメイドが四人。
たまにしか帰ってこないはずのローマの屋敷に、常駐する人間がこれだけいるのも驚きだ。
乗ってきた馬車の御者も然りである。
「さすがはギルランダイオ候のお屋敷だ。非の打ち所がない。これは素直に感動しますね」
「そうかね?建物に興味があるのなら案内させようか」
「いえいえ。こんなに広いと回るだけで時間が来てしまいますよ。それはまたの機会に」
またの機会が訪れるのかどうかは分からないが、屋敷が広いので見学していては時間がかかるというのは本当の事だ。
ローマというのは圧倒的に国王の権力が強い土地なので、他の貴族は目立たない。大臣、大司教のような聖職者も然りである。
しかし、こうして上級貴族と関わってみると、やはり彼らの力も伊達ではないと分かった。地方都市に行けば尚更、その力はローマ市内でいうところの国王に匹敵するのではなかろうか。
ただ、そんな彼らが結束して反乱などを起こさないのは、やはり国王の力、血筋や人徳のなせる業だと言える。
「それもこれも陛下のおかげではあるがね」
「なるほど」
そして、確かに地方の政は貴族に任せてはいるが、あくまでも国王の土地を借りているという形式である。
かなりの範囲で好きなように運営にできるので、ほとんど自身で持っているような感覚になってしまってはいるものの、不手際があれば王の命令ひとつで没収されてしまうのだ。
さらに、その監視は互いの貴族同士に任せてもいる。他の貴族に告発されないよう、誰もが真面目に領地経営をするというわけだ。
そんな仕組みがあるおかげで、国内の貴族に多少の不満があったとしても鳴りを潜めてはいる。
長い廊下を歩き、応接間に通されてようやく腰を下ろしたウィリアムに、ギルランダイオ候から言葉を投げかけられた。
「バレンティノ伯、貴殿は陛下のお気に入りだと聞いた」
「ありがたいことです」
「我らは遠く離れている事が多いものでな。ローマ、そして陛下の最近のご様子などを伺いたい」
ウィリアムは妙だな、と感じる。
まず、ローマや国王の近況であれば海外を飛び回っているウィリアムに訊くのは適当ではない。好青年だと思ったのでただただ話したく、無理やりに作った話題と言うのであれば納得だが。
それが真意であれば、ギルランダイオ候ほどの大物がこうも口下手なのだろうかと思わせる。
そして、「我ら」というのは誰の話だ。人払いしているので候は今一人である。
「最近の陛下のご様子……ですか。残念ながら、私は国外に派遣されている事が多く、あまり有益な情報をお伝えすることが出来ません」
「確かにそれもそうか。では、国外の見聞の話などいかがかな。何か面白い話は無かろうか」
とりあえず正直に返したが、ギルランダイオ候の腹の内が見えない。ただ、瞬時に国外の話でも構わないと言い換えたので、やはり話題は何でもよかったのか。
「その前に一つ、よろしいですか。我らと言われたが、ローマに戻られている貴族の方が他にもおいでで?」
「うむ。他にも数人、戻ってきている者がいるな。なかなか鋭い。実は、陛下の近況と言うよりは、貴殿が思う陛下という人物への評価を聞きたかったのだ」
「陛下を評価するなど、畏れ多いのでは?」
「それも承知の上。やはり、外部からやって来た者と生まれながらにして貴族であった我らとでは見え方も違うはず。客観的に見て、我が国の王がどのような人物であるのかを知りたいと思ってな」
やはり分からない。国王の悪口を引き出してそれを告発し、ウィリアムを伯爵の地位から引きずり落そうとしているのだろうか。
だが、それにしては浅はかな気もする。
「……仕事柄、この世界で様々な王と呼ばれる方々にお会いしてきましたが、我が君はその中でも群を抜いて素晴らしい人物だと思いますよ」
「ほう。他国の王よりも優れている、と?」
「そう捉えて頂いて結構」
若干、ギルランダイオ候の表情はつまらなそうに見える。だがこれはおべんちゃらでもなく、ウィリアムが思う正直な気持ちだ。
確かにどの国の王も立派ではあったが、ウィリアムが個人的に誰が気に入っているかという話になったら間違いなくイタリア国王である。
世話になったという事もあるが、その行動力、思考、人徳、人望は一国のリーダーとして仰ぐにふさわしい。
「左様か。バレンティノ伯は茶と酒であればどちらがよいかね?すぐに準備させよう」
「ありがとうございます。どちらでも構いませんが、選ばせていただけるなら茶をいただければと」
「うむ。おい、誰か」
家令がすぐに駆け付け、二杯の紅茶を準備して持ってきた。説明によるとイギリスの茶葉らしい。
……
「ギルランダイオ候、あまり私は腹芸が得意ではありませんので単刀直入に伺いたい。私に何か求められているように感じるのだが、それは何でしょう。もしや、国王陛下にご不満が?」
腹芸が苦手などというのは完全なる嘘だ。人を欺き、利用するのは昔からウィリアムの仕事の内だった。
しかし、相手の腹が見えない以上、まっすぐな青年を演じることに徹する。
「まさか。私個人としても、陛下は非の打ち所の無い素晴らしい君主であると思っている。貴殿よりも厳しい目で見ようとしているにもかかわらず、だ」
「厳しい目で?」
「うむ。指導者を盲目的に信奉するだけではいけないと思っている。陛下が何か誤った選択をなされた時、アダム以外にも御諫めする者は必要だ。特に、普段は遠くにいる我らでしか気づけないこともあろう」
言っている事は特に間違っていない気がするが、それにウィリアムを巻き込もう、取り込もうというのであれば御免被りたいところだ。
「であれば、私の意見ではお役に立てないかと思いますね。むしろ、候ほどの御方が陛下の落ち度を見つけられないのであれば、どうして私に見つけられましょうか」
「いやいや。謙遜は良くないぞ、バレンティノ伯。それに一つ、陛下も見落としておられる。貴殿の綬爵だ」
「私の?それはどういう……」
貴族たちがウィリアムの成り上がりを快く思っていないことは承知している。当然、国王もそれは分かっているはずだ。
だが、ウィリアムに限っては伯爵でありながらも領地などは与えられていない。自領を割譲される心配もないので、特に諸侯らがおびえる理由はないはずだが。
「面子だよ。何十年と代々受け継いできた爵位が、こうも簡単に飛び越えられていく事。それは我ら貴族にとって耐えがたい羞恥だ」
「……なるほど、嫉妬ですか。候も危機感を抱いておられる、と」
確かに伯爵の次は侯爵だが、別にウィリアムはそんな場所を目指しているわけではない。
「多少はな。だが、他の諸侯は我が比ではない。貴殿への粛清を企んだり、陛下のご乱心を疑う輩まで出てきている。無論、首都から離れている我らにとって、情報のみが伝えられればそうなるとも。だがしかし、こうして本人に会ってみれば、なるほど優れた人物ではないか、となったわけだ」
「粛清とはまた物騒な。つまり、候は私にイタリア国内の全国行脚でもして欲しいのですか?」
「はっはっは!まさか!むしろその逆だよ、バレンティノ伯。こう見えても我が意見はなかなかに諸侯の間で信用されていてな。貴殿の話を持ち帰ってやれば、彼らも納得せざるをえまい」
粛清などと銘打って殺されるのは御免だ。ギルランダイオ候の影響力も嘘ではないはずなので、話を広めてくれるのであれば利用した方が良い。
「候は私を試しておられたのですね。陛下への評価など、先ほどの回答が間違ったものでなければ良いのですが」
「うむ。十分納得出来るものであった。貴殿は出自が不確かではありながらも、忠臣であることは疑いの余地もあるまい。して、その出自についても聞かせてもらいたい。どちらのお生まれかな?」
これは中々痛い質問だが、祖父がイタリア人であり、ウィリアムはイタリア系三世に当たるアメリカ人であることは国王や大司教などの首脳陣は知っている。ギルランダイオ候にもそのまま話す方が良いだろう。
「生まれはアメリカ、ニューヨーク市のスタテンアイランドです。ご存知の通り、流れ者ですよ。ただ、祖父がイタリア人でしてね。この国の血は受け継いでいます」
厳密には今いるこの国ではない。別の世界のこの国だ。
「なるほど……聞いたことのない土地だ。お爺様はどこぞの貴族の出かね?」
「いいえ、滅相もない。それなりに財は築いておりましたが、平民の出ですよ」
「であれば、我らが何も知らないのも当然であるか。やはり、陛下は貴殿を草の根から見出されたというわけだな。どうやって陛下に取り入ったのだ?」
初めはローマの城外をぶらついていて不審者として兵士に捕らえられ、大司教と話した。今となっては懐かしい話だ。
「大司教の紹介です。ローマに立ち寄った折に、私の故郷アメリカの話に興味を待たれましてね。陛下も同じでした」
「ほう。確かに聞き覚えの無い土地であれば興味も持たれよう。お爺様のご商売と言うのは?」
「物売りです。人に車に武器に薬に、様々なものを取り扱っていました。今は既に亡くなりましたが」
聞き覚えが無いのではなく、魔族の国だと認識されたからの興味であったが、特に指摘する理由もない。
そして、祖父や自身の生業はマフィアだという理由もないので、適当にごまかすことにした。車は馬車ではなく自動車、武器は剣でなく銃、薬は薬品ではなく麻薬だが、そこは勝手に勘違いさせておけば良い。
唯一、人身売買はこちらと現世で合法と違法の違いはあれど同じだ。
「そんなに手広くやっておられたか。それで外国へと渡り、さらに財を築かれたのだな」
「概ねそのような感じですね。不勉強ながら教えていただきたいのですが、候の御家柄は数百年単位で続く由緒ある流れなのでしょうか」
「あぁ、その通りだ。我が家は二百年ほど前から王家にお仕えしている」
他の貴族の歴史までは聞かないが、かなり長い間、その地位を保ってきたことになる。諸侯の間で多大な影響力を持つのも納得だ。
「大したものです。私は確かに伯爵の地位を得ましたが、その実は空っぽ。名前ばかりですよ」
「それも解せぬのよ。なぜ、拝領せぬのか」
「必要ありません。陛下もその辺りは良く理解しておられる。こうして全世界飛び回っている身ですので、領地を頂いてもずっと手放しになってしまいますから」
茶を一口。砂糖が微量しか入っておらず、苦みが強い。
「……なので、他の諸侯も悔しい思いはされるでしょうが、『名ばかり伯爵』とでも揶揄していただいて結構。それで彼らの気が静まるのであれば。私は彼らの上に立とうとも、大きな土地や財が欲しいとも思っていません」
「はは、確かにな。そう伝えておこう」
ウィリアムと同じようにギルランダイオ候もカップを傾けて舌を湿らせた。
美味そうに飲んでいるので、この苦みの残る微糖味は彼の好みに家令が合わせた結果なのだろう。
「しかしそうなると貴殿は何を目指し、何を求めているのだ。まさか、何も考えずに陛下のご命令に従っているのみでは無かろう、バレンティノ伯?」
「……魔族との戦争を終結させたいと思っています。この世界の人々に平和を。それが一番の目的でしょうか」
「なんだと。それはまた大きい野望だな」
現世への帰還は伏せた。嘘をついたというよりは、アメリカさえも知らなかったのだから言ったところで正しく伝わらないという判断だ。
高位の人間が知らないのは意外だったが、彼は常日頃からローマにいるわけでもないので、教養には地域でばらつきがあるのだろう。
「野望、ですか?私はその後、人類を指導者になるつもりなどありませんよ。魔族に脅かされない、平和な世界を願っているだけです」
「しかし、それは魔族を全て撃破するという意味であろう。戦争を終結とは言うが、魔族の滅亡を目指すのではないのかね」
「確かに、そういった捉え方をされるのであれば野望という言葉も適切でしょう。あまりに壮大で馬鹿げた夢物語だと笑っていただいても結構。それでも私は魔族との戦争に勝利し、人類の反映を目指します」
完全なる滅亡かというと若干違う。
かつてロンドン郊外で出会った、エルフのクラウディアなど、隠遁生活を送る者もいるからだ。しかし、今この話題を出してもこじれるだけなので棚上げしておく。
「……となると、いずれは魔族の側に攻め込むわけか。それは現実的なのか?我らやその兵も、参陣せねばならんとなるとあまり喜ばしくはないが。きっと諸侯の反発は小さくないぞ」
「それを目指して各国に使者として赴き、友軍を増やしているわけです。候の兵らの参陣要請は私には分かりかねますが、事を起こす頃には全世界の友軍がいますので、我が国からはローマのタルティーニ中将閣下直轄の王国騎士団が動くのではないでしょうか?」
王国騎士団は最高司令官であるタルティーニ中将を中心に、イタリア全土にその兵を置いている。
ただ、ギルランダイオ候くらいの大貴族になれば当然ながら私兵を抱えているので、自らの参陣を国から強要されるのではないかという懸念だ。
「王国騎士団の本隊が、遥か彼方の敵地まで?まさか、陛下もご出陣なさるのか?」
「それはその時の陛下の御心のままに」
イタリア国王は必ず動く。それから、イギリスの新王もだ。
だが、その時の国内外の情勢がそれをどこまで許すかは誰にも分からない。
「王国騎士団に加え、陛下も出られるとなると、我らも少し考え方を変えねばならん」
「それは驚きました。参陣を希望されると?」
「いいや、それほど勇敢ではないとも。だが、国内のどこもかしこも手薄になるのは必至。違うかね?」
なるほど。軍が動き、手薄になった国内の事を心配しているわけか。確かに魔族との戦いに参加しないとあっても、そちらの仕事を任せられる人員は必要だ。
国王からの命令が有ろうと無かろうと、その間の自領の防衛や警備には私兵を投入することになる。
手薄な状態を狙って、魔族の侵入や野盗の蛮行が起きないはずもないのだから。
「そこまでは私も気が回っていませんでした。攻める事ばかりを考えて守りをおろそかにするのは愚者の考えでしたね」
「若い者はそのくらいの勢いがあって良いのだ。守りに入るのはいつの時代も腰が抜けた年寄りの仕事と決まっておる」
「まるで、候ご自身がお若い頃には無茶されていたような口ぶりですね」
「はっはっは!そうかもしれぬな!確かに若い頃は少々羽目を外してしまうことも少なくなかった」
高齢の人間で、昔話が嫌いなものなどおるまい。辛い過去の話であれば変わってくるが、自身が若かった時に無茶をした話など、聞いてもらうだけで愉快で仕方がないのだ。
「何か面白い体験談などあれば是非、お聞かせ願いたいですね」
「ほう。では町娘どもを屋敷に侍らせて、家内にしこたま叱られた話が良いかな」
「下世話な話も嫌いではありませんが、できれば政争か戦か、もしくは魔族退治でも、候の武勇伝の方が好みかもしれません」
「貴殿ほど血気盛んとはいかなんだが、確かに剣を手に野山を駆け回った時代もあった。だが、我が剣は人の血の味を知らぬ。腰にあるだけのお飾りよ。代わりに自領の利益の為、他の諸侯らとの折衝は常だがな」
見た目通りというべきか、武力で名を馳せたわけはないそうだ。参陣に否定的なのも理解できる。
「腕ではなく、知恵で昇り詰めた、といった感じでしょうか。ご立派です」
「いいや、話を聞いておらなんだか?別に我が手腕で成ったわけではない。代々引き継がれた地位を必死で維持しただけにすぎんよ」
失言したつもりはなかったが、候にとっては耳障りだったようだ。ウィリアムが言っている、昇り詰めるとは爵位の事ではなく、諸侯らのご意見番としての当人の存在であったのだが。
「失敬。折衝と仰ったが、それほどまでに他の諸侯との足並みは揃わないものなのでしょうか?」
「誰もかれもが、とは言わんが、自分の事しか考えられぬ者はどこにでもいる。違うかね」
「えぇ」
ウィリアムが頷く。
「……どうだろう、折を見て、貴殿も一度彼らと話してみぬか。国内をぶらつく機会があれば、だが」
「いいえ、それはお断りさせていただきます」
少し迷ったが、やはりウィリアムにとっては国内の有力者との繋がりより、国外との同盟の拡大が重要だ。
内政については国王やこのギルランダイオ候の仕事であると思いたい。
それに、貴族社会での社交は面倒の一言に尽きる。貴族とはまた違うが、王宮内ですら右大臣アダムのような気難しい者もいるくらいなのだから。
「一応、理由を聞いても?」
「今は一日でも早く、先ほど話した平和な世界を実現したいと考えているからです。ローマへの滞在も毎度、次の仕事までの僅かな期間のみですので、地方へ飛ぶ時間的な余裕がありません」
「うむ、それはそうだな。しかし、貴殿のような素晴らしい青年を諸侯らにも紹介したいというこの気持ちは覚えておいてくれると嬉しい」
これはあくまでも予想に過ぎないが、ギルランダイオ候はまた同じ誘いを持ち掛けてきそうな気がする。
国王のお気に入りであるウィリアムと諸侯を結びつけることで、さらに自身の影響力を高める。あるいは、ウィリアムを何らかの集団で旗頭、少なくとも味方にする。
そういったことを考えているのではなかろうかと勘繰ってしまうのは、ウィリアムの性格上、仕方のないことだ。
「では、美味い茶をありがとうございました。次がありますのでこれにて失礼します」
「あぁ。気に入ってくれたのなら嬉しいのだが。一年ほどはローマに滞在する。いつでも茶を飲みに来てくれ」
「はい。候も是非、我が屋敷に遊びにいらして下さい」
一礼し、退室する。家令が屋敷の外まで案内してくれた。
……
「お帰りなさいませ」
自身の屋敷に戻ると、侍女のアーシアが出迎えてくれた。
「あぁ、ただいま。エイハブはいい子にしてるか?」
「えぇ。最近は随分と働き者になってくれて。今は湯船の支度をしてくれています。じきに沸きますので、どうぞお入りください。お疲れでしょう、バレンティノ様」
ウィリアムらが不在の間に、また成長したようだ。まったく、本当に子供というのは一瞬でも目を離すと目まぐるしく大きくなる。身体も、勉学や労働などの能力もだ。
「王宮の方にも行っているのか?」
「えぇ、私があちらでのお勤めがある際には一緒に。週一度か、二週に一度です。変わらず、皆様に可愛がっていただいているようですよ」
「将来有望だな。果ては騎士団長か、左大臣か。エイハブの事を考えると親バカになってしまうよ」
厳密には親子ではなくエイハブは住込みの使用人扱いなのだが、情が湧かないはずがない。
「ふふふ、ベレニーチェ室長も同じことを仰られてましたよ。王宮にいる間はよくエイハブの面倒を見て下さっていて」
「あの娘もまだ若いのにすっかり親心を持ってしまったわけだな。もともとは、エイハブを引き取ったのも彼女の提案だったか」
魔族の侵入によるロンドン市内の激戦区で片腕を失った子供、それがエイハブとの最初の出会いだ。今や義手を本当の腕のように使いこなしてはいるが。
「叔父貴」
廊下をアーシアと歩いていると、舎弟のマルコが一礼した。
「おう、いま帰ったぞ」
「伯爵になられたんですよね。おめでとうございます」
あの場に彼が居なかったのは、自身がウィリアムの綬爵に巻き込まれて士爵にならないためだ。もちろん、辞退した時点でそんなことはあり得ないのだが、気持ちの問題だろう。
「何も変わることなんてないさ。領地や部下を貰うわけじゃない。それより、対FBI用のチームはどうだ?そろそろ動き出すんだろう?」
「はい、既に人員は全部決まりました。ただ、しばらくはローマ王宮に缶詰めですよ。さっさと動きたいんですが、手当たり次第に探し回るわけにもいかないんで」
まずは情報収集、その後に実働となるわけだが、指揮を執るマルコはその段階になっても足を動かすことになるかどうか疑問だ。本人は動きたいようだが。
「さて、俺はひとっ風呂浴びる。メシの時にまた話そう」
「はい、ではどうぞゆっくり」
「お着替えは私が持って来ておきますので、そのままお入りくださいませ」
マルコとアーシアに見送られ、浴場へと入るウィリアム。壁の反対側ではエイハブが薪を入れて火を調節しているようで、カランコロンという音が聞こえる。
「エイハブか?湯加減は良さそうだから浴槽に入らせてもらうぞ」
「あっ!バレンティノ様!?どうぞー!」
当然シャワーではなく、手桶で湯を浴びる形だ。浴槽に入るとは言ったが、中に浸かったりはせずに体や頭を洗ってそのまま浴室を出た。
……
広々とした脱衣所。タキシードや革靴は消え去り、代わりにアーシアが持って来てくれたのであろうローブと下着、スリッパが置かれている。それに着替えて食堂へと向かった。
寝間着で食事とは少々みっともないが、気の知れた三人しかいないので問題ないだろう。来客が無ければこのまま屋敷をうろついていても何の問題もない。
食堂には誰もおらず、料理も並んでいなかった。
ただし、奥にあるキッチンからはカチャカチャと皿に料理を盛り付ける音が聞こえているので、アーシアとそれに合流したであろうエイハブがいるのは分かった。
少し遅れてマルコが、そしてキッチンからアーシアやエイハブが料理を運んできて、四人での晩餐となった。晩餐というには外がまだ少し明るいが、主人であるウィリアムの帰宅に合わせたせいでそうなっている。
「夕飯時に四人揃うのは久しいですね、叔父貴」
「帰国後は今日の綬爵以外にも、しばらく色々とバタついていたからな。そしてまた数日後には次の仕事だ。ゆっくりできる時間というのはあっという間に過ぎてしまうな」
これは何も今に始まったことではない。思い返せば、現世でも悠々自適に過ごしているトニーとは対照的に、ウィリアムは分単位のスケジュールをこなしていた。
兄であるトニーが起こした問題の火消しや、部下の尻ぬぐいも少なくなかった。上からも下からも頼られっぱなしだったわけだ。
ただ、ウィリアムはそれが案外嫌いではなかった。むしろ、暇すぎたら退屈で死んでしまいそうになる。
「さて、いただきましょうか」
アーシアが言う。テーブルには見事な牛のステーキとマッシュポテト、チーズたっぷりのピッツァなど、豪華な料理が並んでいる。
数日前、帰国後の初めての食事も豪勢だったが、今日はマルコの言う通り久々に全員揃っての食事なので、その時と遜色ないほどに気合が入っているようだ。
いただきましょうかと言った割に、アーシアはてきぱきとウィリアム、マルコの皿へと料理を取り分けてくれている。
当たり前のように、自身やエイハブは後回しだ。ウィリアムたちが口をつけて初めて、自分たちの分も取り分ける。
「チームの話だが、問題はあるか?たとえば、未だに俺やお前の事を軽視しているような輩がいたり、とかな」
「いいえ、王宮内で何度も顔を合わせたことのある連中ばかりです。人間的な問題で揉めるって事はなさそうですね」
「人間的なもの以外では?」
何やら含みのある言い方に感じ、さらに問いかける。
「どこから手を付けたらいいか、てことですかね」
「しばらくは王宮から出ないんだろう?ローマ市内で聞き込みをするなり、FBI絡みの事件がないか調べるなりするしかないな。そのあとは、実際に襲われていた村の周辺まで出向くとか、じゃないか」
「はい。自分もそのくらいしか思い当たらないんですが、なかなか地道な草の根活動で気が遠くなりそうですよ」
「それをやらないとスタテンに帰れないと思え。そうすれば自ずと力も湧いてくる。俺の方の仕事、国王お二人の会合もそれが原動力だ」
国内で野盗集団を調べるのと、国同士をつなぐのはどちらが難しいか、わざわざ語るまでもない。
「バレンティノ様、つぎはどこにいくのー?」
「こら、エイハブ。お仕事の話の邪魔をしたらいけません」
エイハブ自身もウィリアムらとイギリスからの長旅を経験した。主人が世界中を飛竜で飛び回っているのもよく理解している。
「そのくらい構わない。次はトルクメニスタンに行くぞ。国王陛下と大勢の兵たちも一緒だ」
「え、じゃあ飛竜はお留守番?」
「そうなるだろうな」
ウィリアムとカンナバーロだけ先行するという話にならない限りは、ゆっくりとした騎乗、あるいは車上での移動となるはずだ。
「え、じゃあさ!じゃあさ!そのあいだは乗ってもいい?」
「こら、エイハブ。またそんな無茶を……!」
「そうだな。さすがに一人じゃ危ないかもしれん。マルコ、在宅時に手が空いてたら一緒に乗せて飛んでやれ。飛竜も喜ぶだろう」
「もちろんです。よかったな、ボウズ」
「うん!よろしくね、おじさん!早く飛びたいなぁ!」
基本的にはマルコもエイハブを名前で呼ぶが、たまにこうやって子ども扱いしてしまうのは中々抜けない。
エイハブの方もそれを嫌がって反抗することもあれば、今回のように気にせず受け入れて無邪気に喜んでいる事もある。
ちなみに、飛竜の操舵はウィリアムと比べてマルコでも全く問題ない。英語を勉強中のカンナバーロでも多少は出来るくらいだ。マルコは当然、母国語なので完璧に英語が話せる。
「叔父貴の方の話ですが、まずはあらためて、伯爵の称号おめでとうございます」
「ありがとう。何度も言うが、俺自身は伯爵だろうと子爵だろうと何も変わりはしない。陛下のお気持ちもありがたいが、あくまでもこれは肩書だけだと思ってくれ」
「私の方からもあらためてお祝いさせてください。おめでとうございます、バレンティノ様」
「あ、え、バレンティノ様。お誕生日おめでとう!」
アーシアとエイハブからもそれぞれ言葉がかけられた。エイハブの方は何やら勘違いしているようだが、気持ちはありがたく受け取っておくとしよう。
「あぁ、二人ともありがとうな。話は変わるが、早速その綬爵のせいでギルランダイオ候に目をつけられてしまったよ」
「ギルランダイオ候?よく知りませんが、侯爵ならお偉いさんですね。何て言われたんですか?」
「特に何も。ただ、俺のことを取り込みたいと考えているように感じた。貴族とはなるだけ関わりたくないんだがな」
「消しますか?」
「馬鹿言え。どんな人物であろうと同国の味方だ。勝手な真似はするな」
冗談です、とマルコが両手を広げておどける。
「ただ、叔父貴をろくでもない事に巻き込もうって腹なら黙ってるわけにはいかないってのは本気ですけどね」
「もし何か企てているにしても、単純に自身の味方を増やしたいだけだろうがな。特に俺は陛下からの覚えが良い。特例に次ぐ特例でとんとん拍子に昇り詰めている分、悪目立ちもするものさ。内実は領地も私兵も持たない名ばかりの伯爵だってのを皆が理解するのは難しいんだろうよ」
「どうあっても伯爵は伯爵。それも国王のお気に入りとあれば、裏では大きい力を持っているって勝手に勘違いされそうですしね」
「そんなことはないのにな」
ウィリアムが肩をすくめる。
おそらく、ウィリアムを味方に引き入れるよりは他の伯爵を一人捕まえた方がよっぽど有用だ。
だが、内実など関係なしにウィリアムのネームバリューは独り歩きしている。
……
数日後、いよいよ国王を長とするトルクメニスタン行きの大旅団が動き出した。
国王直轄の騎士、十二近衛兵。別に騎兵50。歩兵150。使用人70を含むもので、当初の予定よりも大幅に増員されてしまっている。それにウィリアムや他の貴族や役人なども数名である。
当然、それに伴って食料などを含む荷物も増えてしまい、車の数も多い。
戦争に向かう大部隊とまでは言わないが、会談に向かうには少しばかり仰々しい規模だ。
ただ、想定外の中には嬉しいものもあった。
十二近衛を除いた、この中隊規模の兵らを指揮するのはチェザリス大尉だったのだ。
今回率いるのは本来の部下である中隊の者らではないようだが、国王の警護部隊長ともなれば大変栄誉な大抜擢である。タルティーニ中将の計らいであろうか。
ウィリアムの護衛であるカンナバーロ軍曹だけは苦い顔をしていたが。
国王は旅団の中心にある豪華な馬車の中で移動をしている。
ウィリアム達も飛竜は使うことなく、別の馬車を用意されてその中にいた。箱形の馬車は貴族などの要人の為だけに準備されており、十台程度だが、屋根のない荷駄用の馬車は三十近い。
「軍曹、調子はどうだ」
「久々の陸路で安心してはいますが、飛竜になれちまうとやっぱり遅いなって思ってしまいますね。あとは……近くに隊長がいるのが何とも」
ウィリアムの馬車内には二人きりだ。特に装飾もなく、向かい合わせの椅子があるだけのもの。ガラス窓は左右についているので、そこから警護をする兵らの姿も見える。
当然、騎乗しているチェザリス大尉の姿もだ。
「俺の正面に座ってるだけで怒られはしないだろう。今回もお前は俺の護衛なんだからな」
国王の護衛は当然ながら十二近衛だ。白銀に輝くフルプレートを着込み、国王の馬車内に三人、馬車の周りに騎馬で九人と鉄壁である。
国内を移動中、様々な街や村に立ち寄るが、どこへ行っても国王の人気ぶりは凄まじかった。
特に年配の住民らは忠誠心が高いものが多く、軒先に出て跪き、感動のあまりむせび泣いている者もいるほどで、ローマから出てもこれほどに求心力があったとは驚きだ。
学校などの教育の場もなく、情報伝達の手段が乏しいので、地方に行けば国王とはいったい何なのかすら知らない国民も多いと思っていたが、その辺りはしっかりと周知されている。
そして、どんなに貧しいものに対しても、国王は手を挙げて声援に応え、可能であれば言葉も返した。
夜営は主にいずれかの街に近い場所に陣を張って行われる。
寝所はお偉方だけではなく、兵士や従者ら全員に至るまで天幕を準備しており、雨露に濡れながら寝る者は誰一人としていない。
さすがに彼らはウィリアム達と違って個室のテントではなく、タコ部屋ではあるが。
ウィリアムの天幕は個室ではあるものの、カンナバーロの同室だけは許可してある。
円形状のテント内の一番奥、つい立の裏にウィリアムの寝台があり、入り口付近にカンナバーロがごろ寝する為の毛布があると言った形だ。
さすがに交代する相手もいないのに表で見張らせるのは酷なので、このくらいは当然だろう。他の兵らが全体を警邏しているので、カンナバーロを起こしておく理由もない。
「失礼、バレンティノ伯の天幕はこちらでしょうか」
「げっ、隊長」
「お前がいるならここで間違いなさそうだな」
ある晩の夜営時、寝間着に着替えていたところ、天幕の入り口からそんな声が届いた。
「チェザリスか。入れ」
ウィリアムはつい立の裏から姿を見せ、天幕中央にある小さな円卓に座った。
「失礼します。久しぶりにご一緒するのでご挨拶をと。出発時はごたごたしておりましたので、遅れまして申し訳ございません」
真面目なチェザリスらしく、深々と礼をしてウィリアムが手で「お前もかけろ」と勧めた円卓の席へとつく。
カンナバーロはいつも通り、入り口付近で直立不動だ。その顔は明らかに迷惑そうだが、何か言うわけではない。
「構わない。お前も大出世だな、大尉。陛下の警護部隊長とは」
「いえ、バレンティノ伯のご活躍に比べると霞んでしまうほどの些細な出世です。この度は誠におめでとうございます」
「ありがとう。しかし、俺の目的はのし上がる事じゃ無くてな。伯爵になるなんてのは全くの想定外だった。そっちはどうなんだ、これから将官でも目指すのか」
「私も正直なところ、自分の未来について深く考えたことはありません。ですが、こうやって多くの部下を抱えることになった今、中将閣下をお支えできるくらいにはなりたいと考えています」
目指すは王国騎士団の副官、今だとルイジ・ロッシーニ中佐のポジションか。
大将になると言わない辺り、彼の性格がよく出ている。
「きっとお前くらいの優秀な兵士なら何にだってなれるさ。楽しみにしている」
「ありがとうございます。話は変わりますが、エイハブは元気にしていますか?最近は見かけないもので」
エイハブは王宮内にもアーシアと顔を出しているはずだが、そこにチェザリスがいるとも限らないので、しばらく会っていないようだ。
イギリスへの使者団時代には熱心に稽古をつけてあげていたので、気にかかるのも無理はない。
「元気にしているぞ。最近はウチの屋敷に住み込みでアーシアと共に使用人をしてくれている。そのせいで勉学や稽古の時間は減ってしまっているがな」
「であれば、自分の原隊の部下を、休暇時にお屋敷へとやるよう連絡しておきましょうか?座学も運動も教えてやれる者も多いですから」
「そうか。お前の本当の部下というか、元々の部下たちはローマにいるのか。だが、せっかくの休暇を潰してもらうわけにはいかんな。気持ちだけ貰っておくよ」
ここで了承してしまえば、すぐにチェザリスは文を書いてローマに飛脚を走らせるだろう。そうなればあちらにいる部下たちも従わざるを得ない。
いくら彼らの人が良く、快くエイハブの教育に応じてくれようとも、そのために兵士たちの休暇を奪うなんてことは以ての外だ。
万に一つ、どうしてもやりたいという変わり者が出てきたとしても、多額の給金を支払って然るべき内容だ。
もちろんウィリアムはそんなことを渋っているわけではないが。
「そうですか。気が変わりましたら、いつでもおっしゃって下さい」
「あぁ。減ったとは言え、現状でもそういった時間は皆無ではない。数週間に一度、エイハブが王宮に上った時に剣の稽古をつけてくれる兵士もいたはずだ。もちろん研究室の人間もいるから座学もな」
「かしこまりました。では、彼の話はこのくらいにしておきましょう」
久しぶりなせいか、チェザリスもまだ話全体を切り上げたいわけではないようだ。ウィリアムも彼とはゆっくり話したいところであるので助かる。
「話題はかなり変わってしまうんだが、お前は貴族の諸侯について詳しいか?特に、ローマ外の貴族なんだが」
「詳しいというほどではありませんが、何名かお顔を拝見したことくらいはありますね。時に、地方への遠征も訓練には含まれますので」
「ギルランダイオ候の事は?」
「存じておりますが、どうかされましたか?」
訊いてはみたものの、顔を見たことがある程度で得られる情報もほとんどないだろう。
「いや、先日の俺の綬爵の際にお声がけいただいたのでな。どういった人物なのか知っていたら、と思ったまでだ」
「国内では非常に広い影響力をお持ちの方です。お人柄までは分かりませんが、慕っておられる諸侯の方も多いはずですよ」
「実際に話してみたが、人柄は測りかねるという印象だったな。話しかけてきた以上は、何やら俺を味方につけたいのだとは思うが」
「実直な方であれば、何かしら伯との繋がりにメリットを見出されたのかもしれませんね。ただ、黒い噂などは聞きませんので、たとえそうでも伯に不利なお話ではないのでは?」
頭から人を信じる、というのはウィリアムには到底真似できない。しかし、チェザリスの意見は新鮮だった。
「面白い。俺もそう考えられれば楽なんだが、どうにも臆病な性格でな」
「そんな。伯は慎重、というだけです。反対に私も見習うべきなのかもしれません。身分や噂だけを信じて、その人物に裏側など無いものとして捉えるのが危険な場合もあるでしょうから。ギルランダイオ候に関しては好印象という先入観が私にはあり、伯にはない。その違いなのかもしれませんね」
そもそも人伝の噂で好印象を持つということがほとんど無いので、逆立ちしてもウィリアムにそれは当てはまらない。
「それとアマティの様子についても訊きたい。彼が今どうしているか知っているか?」
「アマティ伍長は先月異動になって、自分の中隊に所属しています。十名ほどの弓兵隊の副長です。現在はおそらくローマ内で訓練中ではないでしょうか」
「そうか。彼は優秀だし、部下に置いておくには頼もしいだろう。国境沿いは多少落ち着いているのか?」
アマティはタルティーニ中将自らが率いる国境付近の警備についていたはずだ。それがローマに戻っているのであれば、周囲を脅かしていたドイツ帝国の動きが緩やかになったという事か。
「いいえ。状況はあまり変わっていないそうです。異動は兵員の入れ替えで時々あるようですよ。何ヵ月も兵を釘付けにしてはおけませんから」
なるほど。言われてみれば家に帰りたい者も出てくるだろう。兵を時折、部分的に入れ替えながら目を光らせているわけか。
とはいえ、アマティはそんな泣き言を言う性格ではない。異動は志願ではなく、強制だと思われる。
「軍曹、良かったな。俺の専属でいて」
「えっ。自分ですか?どういう意味でしょう」
「前線に送られて何ヵ月かあっちで過ごす方が良かったら、いつでも言ってくれて構わないからな?」
「勘弁してください!」
入り口に立って二人の会話を聞いているカンナバーロをからかう。
もちろんウィリアムは彼を手放すつもりはないが、強い希望があれば誰かと入れ替えても構わない。絶対に本人は異動の希望など出さないだろうが。
「そうか、俺との仕事は気に入ってるんだな。飛竜の移動のせいであまり好きではないと思っていたが」
「確かにそれはそうですが……克服しましたからもう大丈夫です!これからもお供させてください!」
「わかったわかった。これからもよろしく頼むよ」
その後「今夜は時間がゆっくりあるなら」とウィリアムはチェザリスに酒を振舞ってやった。彼は意外にもそれを断らず、快く杯を傾けてくれた。
カンナバーロも物欲しそうにしていたので同じ卓に座らせて飲ませてやる。
ただし、明日もトルクメニスタンに向けて進むので三人とも深酒は禁物だ。
「これは……イタリアワインではありませんね」
「さすがに分かるか。無銘だが、コイツはフランス製だな。貰った物だが、遠征のお供に持って来ていた」
ボトルにはラベルなど一切貼られていない。しかし、ローマで口にできるのはほとんどが国産品なので、チェザリスでなくともすぐに気づくだろう。
「こんな上等なものを頂いたのですか。フランスにお知り合いがいらっしゃるので?」
「いいや。ヘンリーの伝手だ。気に入ったら注文お待ちしてます、って話でな。これほど美味いなら何本か頼んでおくとしよう」
ウィリアムは仕事柄、外国の食べ物や飲み物を口にする機会もかなり多い。これはさすがヘンリーのおススメ品だけあって、かなり美味だ。
「あの、伯。こいつはもう少し……いただきたいですね」
「おい、軍曹」
カンナバーロが予想通りの言葉を吐いて、チェザリスからキッと睨まれている。
「ううむ。俺もそうしたいところだが、もう空だ。試飲でこれ一本しか無くてな。他のボトルでいいなら空けてやるぞ。いつもの国産品だが」
「えっ!本当ですか!それでもありがたいです!」
「大尉、お前もまだいけるか?ただし、今夜はそれまでにしておこう。明日、警護部隊長が二日酔いとあっては陛下にも部下たちにも示しがつかないだろうからな」
「はっ、仰る通りかと存じます。ではその一本まで頂いてお開きとしましょう」
ウィリアムがそういうのであれば、チェザリスもそれ以上カンナバーロには何も言えない。
その後、一時間ほど会話を楽しみ、就寝となった。
……
国王率いるこの一団は、神々の水路付近へと到達する。いよいよ国境を越えるわけだが、問題がある。当然、この大河だ。
イタリア王国は大河や海に面してはいるものの、海洋国家といえるほどの数の艦船は所持していない。
言ってしまえば、海戦が起きた場合は圧倒的に弱い国なのだ。
ただし、自国を脅かすような軍事力を持つ他の国は欧州にしかないので、仮にそれらと戦う事となってもほとんどは陸戦となるので不要ではある。
しかしながら、この数百にも及ぶ人数を一度に運べるような船がないのは少々厄介だ。トルクメニスタン側に渡る人員は数隻の中型艦船に分乗することとなってしまう。
そして問題というのは、その程度の大きさの船でさえ神々の水路に面する騎士団の詰所には存在しないという事だった。
何十隻という小型船に乗るという手も船の数に限りがあって不可能なため、小型船数隻で何度も往復してようやくあちらへ全員が到達できるという話だった。
「いよいよだな。大アジア大陸へ行くのは初めてだ」
眼前に広がる巨大な河を見ながら、仁王立ちしている国王は少年のように笑っていた。
白い軽装鎧に深紅のマント、金色に輝く王冠の代わりに、立派な真鍮製の兜をかぶっている。国内の移動中は通常の王族服だったが、ここからは国王も完全武装というわけだ。
「はっ。しかし、陛下には最後の便での渡河をお願いしたいと存じます」
ウィリアムはその後ろに控え、片膝をついて頭を下げている。
「安全の為だという話だったか。別にどの便でも構わん。お前に任せる」
「ありがとうございます」
先遣隊を送り、対岸に安全が確保できるまでは国王を動かすわけにはいかない。逆に帰りは国王を最初にイタリアへ渡す事となる。
「それより、二人きりで話がしたくて呼んだのだった」
「どうなさいましたか?」
わざわざ人払いまでしており、ここには国王とウィリアムしかいない。
「伯爵の地位を与えたことについてだ。急な話で驚かせてしまったかと思ってな」
「驚いたのは事実ですが、問題ありませんよ。俺は今まで通りの働きをするまで。むしろ、陛下の方こそウィリアム・バレンティノを優遇し過ぎだと誹られなければ良いのですが」
予測はしていたが、確かに急な話ではあった。せめてウィリアムが英語で交渉可能なアジアでの同盟国が揃ってから、と思っていた。
「そんなことを言う輩がいるのか?」
「いいえ。例えばの話です。陛下には既に返しきれないほどの御恩がありますし、ローマでの扱いはこれ以上ないほど恵まれていると思っています」
「それを言うなら余の方こそ、綬爵はアダムから引き放してくれた恩に報いたまでだ」
国王が悪戯っぽく笑う。あの石頭が四六時中そばにいるおかげで、よほど窮屈な思いをしていたのだろう。
「彼にも彼なりの思いがあるのでしょう。陛下を大事に思えばこその厳しさだと思います。王宮内で唯一、陛下を御諫め出来る貴重な存在でもありますから、大目に見てあげてください。もちろん、あまりに厳しすぎては陛下が気の毒ではありますが……」
「そうなのだ。あれはいつもガミガミとうるさくて敵わん。余が何かやろうとすれば、それが何事であろうともまずは否定から入ってくる。たとえば、酒を楽しもうにも量がどうの、肉を楽しもうとすれば野菜を食えだのとな。まるで母親だ」
一国の王の愚痴にしては少々幼稚過ぎるが、裏を返せばそのレベルでしか注意を受けないということだ。政に関する手腕は右大臣が下手に口を挟めないほどに国王の力量は凄まじい。
「もっと酷いのは立小便にまで口出ししてきてな。余がどこで立小便をしようと知ったことではないとは思わんか?王宮の中庭だぞ。あんな場所、誰も見てなどおらん」
「陛下、そのくらいにしておきましょう」
国王が城内の茂みで立小便はまずいだろうとは思いながら、止まない愚痴を制止する。
「ふふっ。許してくれ、ウィリアム。こんな話は誰も聞いてくれないものでな」
「アダムの諫言が色々と迷惑なのはお察しいたします。それと同時に、彼の優秀さも認めています」
「内政に置いてあれの右に出る者はおらんだろうな。いや、ミラノに左大臣がいたか」
ウィリアムがローマに飛ばされてすぐの頃に一度聞いた話だ。しかし、意外にもその左大臣には一度も会っていない。
ミラノはローマに次ぐイタリア第二の大都市だが、ウィリアムはまだ訪れたことが無い。第三、第四都市のナポリやトリノも同じくだ。
そう考えてみると、海外出張は多い割に国内事情はさっぱりだ。飛竜での移動中たまに寄る村落も小さなものばかりである。
「左大臣殿もやはり優秀なのですね」
「もちろんだ。アダムに負けぬくらいうるさいがな」
両名を側に置いておかないのはそれが理由だろうか。まさかな、とウィリアムは首を振った。
「……出たか」
「えぇ、そのようです」
いくつかの小型船が離岸し、神々の水路の対岸へと向けて漕ぎ出していった。
国王の渡河は最後となっているが、ウィリアムもそれと同じタイミングで別の船に乗ることになっている。
今動いた先陣のなかにはチェザリスが乗っているはずだ。今日の移動はこの大河を渡るだけで、すぐにあちら側に野営陣地を張る手筈となっている。
最近は神々の水路付近での他国との争いは沈静化しているので、襲われるという心配は少ない。ただし、海賊のような輩が出ないとも言い切れないので油断は禁物だ。
それと同じくらいに心配なのは天候か。荒れ方は海ほどではないにしろ、大水で押し流されてはひとたまりもない。
現在は曇天。少しでも雨が降り始めたら移動を中断する必要がある。
旅団の人間すべてがあちらに入国するには、全部で五回ほどの往復になるはずだ。かかる時間的に見ても天候の変化は大いに考えられる。
「陛下は船の揺れにはお強いのですか?小さな船だと中々のものになると思いますが」
「分からん。何事も経験だとは思っているが、船で長い時間揺られるのは初体験だ。ヨーロッパ大陸から出たことが無いのだからな」
ウィリアムは遊びの延長線上でモーターボートなどで水上を走ったこともあるので問題ない。国王も心配だが、カンナバーロも船酔いで辛い思いをするかもしれない。
「大橋でもあれば良かったんですがね」
「この大河に橋か?壮大なことを考えるものだ」
現世では海峡を跨ぐ長大な橋は珍しいものではないが、神々の水路の全幅はそのどれをも凌駕している。夢物語でしかないのは誰の目にも明らかだ。
……
全ての便が対岸に渡るまで、予定通りに丸一日がかかった。
五往復もするのだから、むしろ余裕をもって二日にしておくべきだったかもしれない。
ただ、結局は渡ったその場所で一日休み、そこから首都であるアシガバートを目指すので実質二日を使った。
ネパール国王は先着している事だろう。仲介はトルクメニスタンの大統領が務める手筈となっている。
その会合にはイタリア側から国王以外で唯一、ウィリアム・バレンティノ伯爵だけが出席を許されていた。
ウィリアムが両国王から認められているというよりは、通訳としての仕事を果たすことになるからだ。
他にいる諸侯や騎士らは別室で待機だが、会合の後の晩餐会などにはネパール側のお偉方と一緒に出席することになるだろう。
トルクメニスタン領土は砂地が多く荒廃した厳しい環境だった。
国土の広範囲を砂漠が覆っているので当然だ。神々の水路付近にあった森林や草原も徐々に減っていき、厳しい暑さと水源の少なさが旅団の体力を奪う。
しかしながら、十分な備蓄を持って出発してきているため、主な敵は水不足よりも気温だ。水の方は首都アシガバートに到着するのに十分な余裕がある。
からりとしていて汗はすぐに乾くので、不快指数は意外にも高くないのが救いか。
大河を渡ってきた時点で合流してくれた現地ガイドがおり、これはトルクメニスタンの兵ら数人で構成されたものだった。
大統領の命を受けてイタリア国王を待ってくれていたらしい。
彼らの先導で無駄な移動は最小限に抑えられて、予定よりも早くアシガバートに到着することが出来た。
アシガバートは砂漠の中に突如として現れる大都市だった。
とはいえ、街道は色々な方角から続いており、ウィリアム達が進んできた西の神々の水路からのアクセスも、辻で別の道へと迷いこみさえしなければ一本道で問題ない。
やはり現地ガイドがいたのは大きかった。
街そのものは木々が植えられ、水源も点在している。街全体が巨大なオアシス、と言えば分かりやすいだろうか。
代わり映えのしない砂漠地帯に、この濃い緑の木々や大きな建物はかなり目立つので、目視できる距離までたどり着いた旅人たちの目にはさぞや魅力的に映る事だろう。
事実、兵達からも「おぉ、街だ」という声が聞こえていたので間違いない。
建物や人々の様子はヨーロッパともアジアとも少しずれていて、言うなればこちらの世界には存在しないはずのイスラムっぽさが色濃い。
公用語はトルクメン語。英語話者もわずかにいるようだが、ネパールより遥かに意思疎通は難しそうだ。
今回の会合については、ウィリアムが英語をイタリア語に、さらにイタリア語を英語に、と二人分の通訳を担当する。
通常はイタリア側とネパール側がそれぞれ一人ずつの通訳を準備するべきだが、ウィリアム一人でイタリア国王の言葉をネパール国王に、ネパール国王の言葉をイタリア国王に伝えなければならない事になっているので、喋りっぱなしの大忙しになりそうだ。
代わりに、ネパール側は英語をトルクメン語に通訳する者を連れて来てくれていた。仲介役であるはずのトルクメニスタン大統領だけが置いてけぼりではいけないので、それを準備してくれただけでも良しとしよう。
旅団と別れ、イタリア国王とウィリアムの二人は丸いドーム型の屋根を持つ、モスクのような形をした大統領府に到着した。
やはりネパール王は先着していたので、待たすわけにはいかないだろうと、イタリア国王がアシガバートに入った時点で即座の会合を決定したのが理由だ。
通されたのは建物内でも最も豪華であろう部屋だった。
ペルシャ絨毯のような、立派に織り込まれたフロアマットが敷かれ、壁には動物の剥製や絵画がいくつも飾られている。
広さ自体はそこまでではなく、三脚のソファ椅子が部屋の中央を向いて設置されていた。それぞれイタリア国王、ネパール国王、トルクメニスタン大統領が座るためのものだ。
ウィリアムはイタリア国王の後ろに立ち、ネパール国王の後ろにも通訳の男が立つ。トルクメニスタン大統領の後ろにも一人控えていたが、これは通訳ではなく世話係のようだ。
「イタリア国王に、バレンティノ伯爵。よくぞお越しいただいた。私はトルクメニスタン大統領のグルムラト・マメドフと申します。こちらは十代ネパール国王、マラヤン・ラーナ・ネパール様。そして通訳をする戦士、ガネーシュです」
トルクメニスタン大統領の言葉に合わせて、ネパール側の通訳、ガネーシュがそう言った。さらにそれをウィリアムがイタリア語に訳して国王に伝える。
「余がミケーレ・マランツァーノである。後ろにおるのはウィリアム・バレンティノ伯爵。まずはマメドフ大統領。この場を準備していただき感謝する」
イタリア国王がそう返し、ウィリアムの口から英語に訳され、それをガネーシュがトルクメン語に訳すという逆の順序だ。
三か国語が場に飛び交って錯綜とするので、どうしても一言一言が短くなってしまう。
「そして、ネパール王。貴殿にも我が国との会合を承諾していただいたこと、深く感謝する」
「こちらこそ、イタリア王。我が国を庇護下に加えて頂けると聞いておる。両国にとって良い関係が構築できることを期待しておるぞ」
両国王共に柔らかい物腰で首脳会談は口火を切った。二人の性格上、初めから険悪になる事など万に一つもないとウィリアムは思っていたが、その通りになったようだ。
「我が国は現在、同盟国、そして属国を増やしている。来たるべき魔族との大戦に備えてだ。自国で十分な戦力を整えられるのであれば同盟でもよかろうが、属国となれば支援は惜しまない」
「なんとも心強い。はじめてお目にかかったというのにこんな話をするのは恥ずかしい限りだが、我が国だけで魔族と戦うなど到底無理だ」
「それはこちらとて同じ。現在、大アジア大陸が侵攻を受けている事は承知している。我が国に魔の手が迫る日も遠くないだろう。今こそすべての国家が手を結び、抵抗すべきなのだ」
「少し、よろしいかな」
それぞれの通訳が飛び交う中、トルクメニスタン大統領が挙手した。当然ながら、彼の発言権も二人の国王と同等である。
「マランツァーノ陛下、それは我が国も参加することは可能でしょうか」
「無論だ。これ以上なく嬉しい申し出だぞ、マメドフ大統領」
「我が国としてもトルクメニスタンが同盟に加わることは賛成だ。しかし、貴国も魔族の脅威を既に?」
ネパール王が訊いた。トルクメニスタンは大アジア大陸最西部の国家だ。まだ、侵攻の手は及んでいない。
「いいえ。しかしながら脅威を抱く事には何の不思議もありますまい。田舎国家とはいえ、時折市街地への魔族のちょっかいはある」
「確かにな」
「距離だけで言えば現在の魔族の侵攻からはイタリア王国の方が遠いのですから、それより先に我が国が襲われるのは目に見えております」
山間部にあるおかげで今のところ魔の手が及んでいないネパール王国だが、トルクメニスタンはそうはいかない。神々の水路を通ってヨーロッパに渡る直前、最後の大詰めとして確実に魔族はこの地を占領するだろう。
「ネパール王と共に、トルクメニスタンも我が国の属国となる、という事で良いのだな?」
「問題ありません、陛下。ただし、その場合の我らの待遇について、細かいところをお教えいただきたい」
「国としてはそのままの運営をしてもらって構わん。こちらからは兵力を貸そう」
思いがけないトルクメニスタン大統領の申し出によって、一気に味方が増えた。
「ありがたいことです。逆に我らは何をすれば?」
「地理上、戦の矢面に立つのはどうしても貴国らになってしまう。我が国が望むのは、我が兵が貴国で自由に駐屯する許可と、その支援だ。それから、兵を出す間はイタリア国内の生産量は下がる。イタリア本国への食糧支援もあると尚良い」
最後の話はあくまでも余裕があればで、基本的には前線の兵士への支援がネパールとトルクメニスタンの主な役割となる。
「ネパールからは戦地へ赴く兵士への支援を約束しようではないか。寝床や食料などだな。我が国には軍と呼べるほどの組織はない。そちらは期待しないでくれ」
「トルクメニスタンも同じく現地支援を。兵は多少であれば出せます。それと、イタリア本国への食糧支援は我が国から可能な限りは。ネパールからでは少々遠いですからな」
ウィリアムもこのネパール王とトルクメニスタン大統領の意見に賛成だ。ネパールは既に魔族が占領した地域に食い込んでいる。そこからイタリア本国への支援は現実的ではない。
本来であればイギリスなど、イタリアよりも戦地から遠い国に依頼すべき内容だが、三か国の代表者しかいないこの場でそれは関係ない。
「うむ。他に、アジア諸国で味方になってくれそうな国も知りたいところだな。さすがに我が国の兵だけでアジア全土は守り切れん」
「周辺国に声掛けはしてみましょう。仲間になってくれると約束はできませんが、話くらいは聞いてくれるかと」
「それと並行して、ある程度の戦果が出れば噂は広がるであろう。ここのところ侵攻の手は緩んでいる。占領された周辺国の街を開放して回るというのはどうだろうか」
ネパール王の提案に二人が頷く。
「我が国からは一万の兵をアジアへ出す。トルクメニスタン、ネパールを経由してその任に就かせよう」
「一万だと!貴国はそれほどの軍を持っておるのか!」
一万の派兵くらいで驚いてしまうほど、ネパールの軍備は整っていないということだ。確かに大軍ではあるが、アジア全土を開放して回るには全く足りていない。
これから増えるであろう味方に期待だ。
「ただ、悔しいかな、全軍をこちらへ送れるほどの余裕もない。欧州内でも目を光らせておかなければならん箇所もあってな」
ドイツ帝国との国境線沿いだ。今も少なくない規模の部隊が展開している。
「それは仕方あるまい。して、どのくらいの期間で大アジア大陸での作戦を開始できそうなのだ?」
「ひと月は欲しいな。騎士団の人間との相談が必要だ」
「それは非常に早い対応だと言えるな。感謝するぞ、イタリア王よ」
ネパール国王が少し身を乗り出し、右手を差し出した。それをイタリア国王が右手で握り返す。
さらに両人の手を包み込むように、トルクメニスタン大統領が両手でそれに触れた。完全なる決着だ。今ここに、イタリア王国は二つの属国を従え、新たな同盟が結ばれた。
属国とは言うが、二国への待遇は手厚い。良い関係を続けていければありがたい、とウィリアムは独断で通訳の言葉尻に付け加えた。
……
その夜。晩餐会が開かれ、各国のお偉方が一堂に会している。
カンナバーロは残念ながら入室を許可されておらず、イタリア側の兵士の中で唯一この場にいるのは隊長であるチェザリス大尉だけだ。
ウィリアムは各々と談笑するイタリア国王の傍を、通訳として離れるわけにはいかないので、チェザリスと一緒に国王の後ろをついて回っている。
「おぉ。バレンティノ卿。いや、今は伯爵だったかな」
ネパール国王の叔父である大臣が気さくに声をかけてきた。
「これは大臣閣下。遠路遥々おいででしたか。ご紹介いたします。こちらが我が君。マランツァーノ陛下でいらっしゃいます。陛下、こちらはネパール国王の叔父であられる大臣閣下です」
「お初にお目にかかる。叔父上が大臣とは、ネパール王もさぞや頼もしい限りだろうな。余は近親者がいないのだ。時折寂しくも思う」
「陛下、お目にかかれて光栄です。それはお辛いでしょう。どうです、両国の安寧の為に、后を我が国より迎えられては」
「ははは、悪くない話だ。絶世の美女であれば断れんな」
もちろんこれは冗談だ。こういうことを軽々しく言える雰囲気も悪くはない。
ちなみに、通訳のウィリアムが国王とこの場にいるので、イタリアの他の諸侯らはネパール側と会話することはできない。
だが、酒も入っているせいか身振り手振りで各々がコミュニケーションを取り、なんとなくの意思疎通は出来ているようだ。
ネパール王の近くに戦士、ガネーシュがいるので、あちらもネパール王がトルクメニスタン側と話せる以外、他の諸侯らは同じように身振り手振りで話している状況だった。
圧倒的に多言語話者が少ない世界でも、人々は逞しい。
「そういえば、ネパール王は子だくさんで、御妃もたくさんおられるらしいですよ」
「ほう、そんなに側室もおられるのか。ネパールには王をその気にさせる美女が多いのであろうな」
イタリアにも美人は多いが、王族ともなれば顔ではなく家柄も重要だ。イタリア国王が后を迎えないのは何か理由があるのだろうか。
「そういえば、バレンティノ伯も独り身かね?」
「はい、閣下。私も独身です。何より、今は女性にかまけている暇がありませんので」
実際、ウィリアムは忙しい身だ。妻を娶る暇すらないかと言われればそんなこともないが、いずれ帰ろうとしている身でこちらの世界に近親者を作るのはあまりよくない。妻だけならともかく、子が出来たら大変だ。
帰る日が来ると信じているのであれば、いずれ離れなければならない日が来るということなのだから。
「それはいかん。忙しい時こそ心の安寧が必要なものだぞ」
「そうだぞ、ウィリアム。男たるもの、気のある女の一人や二人は持っておらねばな。その方が仕事に精も出よう」
「陛下。失礼ながら、どの口がそう仰るのだと返さざるを得ませんが……」
ウィリアムの返事にイタリア国王とネパール大臣の二人が大笑いした。
……
「ふー、やっと解放されましたよ」
「それはこっちのセリフではあるがな。お前も何かやっていたのか?」
晩餐会の後、用意された寝所で休んでいるのはウィリアムと護衛のカンナバーロだ。
カンナバーロにおいては今この瞬間も部屋の入口に立って警護を続けているべきなのだろうが、くたくたな様子で床に座り込んでしまっている。
ウィリアムが晩餐会で揉まれている間、彼も忙しかったようだ。
「誰が言い出したのか、参加国の兵や戦士達で組手が始まっちゃったんですよ!ステゴロではありますが、勘弁してくれって感じでしたよ」
兵たちも言葉が通じない中、拳でコミュニケーションを取っていたということだ。
「元気で結構だ。軍曹、まさか負けたんじゃないだろうな?」
「えっ!?あ、いやその、ははは……!そんなわけないでしょう!」
負けたんだな、とは思いつつもウィリアムはそれ以上突っ込まない。
カンナバーロにだってプライドくらいあるはずだ。実際、彼の腕っぷしはピカイチなのを知っている。それが敗れたのであれば、相手が化け物のような戦士だったというだけのこと。
たとえば、王国騎士団の司令官であるタルティーニ中将や、イギリスの将軍であるモリガン元帥などだ。軍曹が彼らのような実力者に負けたからといって責められない。
もちろん、この場に集まっているネパールの戦士やトルクメニスタンの兵士、あるいはイタリアの兵士の中に、それに匹敵する者がいるのかは分からないが。
「チェザリスは何か言っていたか?」
「いいえ、隊長は陛下やバレンティノ伯と晩餐会に同行されてましたよね?おそらくみんな、勝手をするなと怒られたくないから黙ってます」
「それをアイツが知らないのに俺に話してよかったのか?」
「あっ……すいません、隊長にはご内密に……」
カンナバーロはウィリアム付きなので、今回の遠征においては十二近衛と同じくチェザリスの直轄ではない。しかし、元部下という肩書は中々抜けきれないようだ。
実際、チェザリスは立場など関係なしにカンナバーロをも叱責するだろう。ウィリアムもそれに対してカンナバーロを守ってあげたり、とやかく言うつもりはない。
彼らの関係性は、立場が変わろうとも今のままで良いはずだ。
「他国の兵士たちはどんな感じだった?よく訓練されていたか?」
トルクメニスタンはともかく、ネパールは国王の口から軍備がほとんど無いと聞いている。それはあくまでも組織的な話だろう。個々人の練度は気になるところだ。
「ネパールもトルクメニスタンも、やっぱり腕っぷしが強い奴はいましたよ。確かに装備ではイタリア兵が最強でしたが、彼らも喧嘩なら負けてはいません」
「そうか、それはお互いに良い刺激になっただろう。強者がいるということは、装備を融通してやれば十分に戦えるという事でもあるしな」
「それを指揮できる、練度の高い指揮官も必要だと思います」
「驚いたな。上官嫌いのお前がそんなことを言うなんて」
ウィリアムの言葉に、カンナバーロは心底不服そうに眉根をひそめる。
「仰る通りですが、戦争は集団戦が基本ですから。そりゃぁ以前、ご覧になったイギリス国王と化け物の騎士みたいな一騎討では個人の力が全てですけどね。一騎討を一般兵に求めるのは論外です」
「ガットネーロ隊も個々人の技量があった。俺自身、それに慣れ過ぎたせいかもしれないな」
「ガットネーロ隊は集団戦が使えるほどの数がいませんでした。何回も魔族と戦闘したのに、よくみんな生き延びたものです」
彼らもいずれは、将軍のような武芸の達人になる可能性を持っているのかもしれない。
……
明くる朝。カーンカーンと街中に鳴り響く警鐘で目が覚める。異国の地なので、ローマ市内のものとは音色の違うそれに反応が遅れた。
「軍曹!いるか!何の騒ぎだ!」
ベットから降り、服を着替えながら叫ぶ。
「はい、どうやらこの鐘の音は警鐘のようです。緊迫感もなくてのんびりしてるもんだから、朝のいずれかの時刻を指すものだと勘違いしちまいました」
それにしては長すぎるという事でカンナバーロも異変に気付いたらしい。夢の中だったウィリアムも理由は同様だ。
数分遅れて、トルクメニスタンの女の使用人が駆けつけてきた。しかし、トルクメン語でまくしたてられても何を言っているのか二人には一切分からない。
ただ、緊急事態であることは間違いないようだ。
「出るぞ、軍曹」
「はい、いつでも」
しかし、これが警鐘であるという事は考えられるのは敵襲か災害くらいだろう。
敵襲であれば魔族か盗賊団か隣国、災害であれば大火事か地震といったところだが、現在否定できそうなのは寝ている間には体感できなかった地震だけだ。
寝所である建物を出ると、既に各国の人間が入り乱れて街は混乱していた。
チェザリスが率いる部隊が中心となって、人々を避難誘導している。
「すまない。チェザリス大尉はどこだ」
近くにいた兵士を捕まえ、チェザリスの場所を尋ねた。本来は「陛下はどこだ」が正解なのだろうが、それを確実に知るのは部隊の中では彼だと思ったからだ。
「あ、えっと、カンナバーロ軍曹が横におられるという事は……貴方様はバレンティノ伯爵でしょうか?隊長でしたらあちらの建物内におられます!」
「ありがとう。これはいったい何の騒ぎだ」
「確定情報ではありませんが、魔族の侵入と聞いています。もしかしたら、我々参加国の会合が魔族側に察知されていたのやも……」
こんなアジアの西端でそんなはずはない、と言い切ってしまいたいところだが、魔族がこちらをどう監視しているのか定かではない。
まだ占領できていない国にも魔族が目となる存在を置いている可能性はある。奴らの魔力は強大だ。どんな裏の手を持っていてもおかしくはない。
「分かった。お前は各国の来賓や地元住民の避難誘導に戻ってくれ。軍曹、行くぞ」
「はっ」
兵士に教えてもらった二階建ての建物に入ると、地図を広げた大きなテーブルを囲む面々がいた。
チェザリスはもちろん、国王の姿もあり、ウィリアムは安堵する。
「陛下、ご無事で」
「来たか、ウィリアム。安心しろ、実害はまだどこにも出ていない」
実害が出ていないという事は、魔族の目撃情報だけという事だろうか。大事にならなければ良いが。
「それは良かった。しかし具体的な情報が欲しいですね。チェザリス、状況を教えろ」
「はっ。攻撃こそ受けておりませんが、不審な影を見たとの情報があります。何か盗まれたわけでもなく、ジッと街の様子を窺っていたと」
「泥棒のような輩ではないのか?別の兵士からは魔族の侵入と聞いたが」
「それが、その影は見られている事に気付くと一瞬にして消え、また別の場所で目撃されているのです。それが魔族の用いる瞬間移動の類かと推察されます」
何とも不可思議だ。アシガバートを襲おうと思って侵入したものの、イタリアからの予想外の大部隊が駐留していたので退いたのだろうか。
「目撃者は街の住民か?」
「はい、一度目は住民、二度目は部隊内の兵士、三度目はまた別の住民でした。それから四度目は……」
「そのくらいでいいぞ。どういったものを目撃している?」
「それは余の方から話そう」
チェザリスに変わり、国王が話し始める。遮る理由もないのでウィリアムはそのまま聞く。他にも数人の諸侯がいるが、彼らも一様にこのやり取りを見守っていた。
「何を隠そう、四度目の目撃は余でな。寝所の窓からチラリと見えたのだ。それでトルクメニスタン側に頼んで、警鐘を鳴らしてもらっている。見たのは、人型の魔族とトカゲの魔族だ。暗かったが、影はそのような形であった」
「ありがとうございます、陛下。御身に何事もなく安堵いたしました」
「そやつらが、バリバリという音を立てて消えていってな。あれは魔族に相違ないだろう。他の者の意見もおおよそ同じだ」
ウィリアムも何度も見たことがあるので理解できる。魔族が頻繁に使っている転移の魔術だろう。
何人も目撃者がいて一様に見間違うという可能性は低いので、この騒ぎの犯人は魔族で確定しても良さそうだ。
「しかし、移動しているのであれば対策を打つのは難しいですね。奴らはうろうろと何をしているのか」
チェザリスが顎に手を当てながらぼやいた。
攻撃を加えてきているのであればそこに兵を送るだけだが、転移を繰り返しながらこちらの様子を窺っているだけの状況には打つ手がない。
発見し、どこかへ追い込んだところで雲をつかむようにどこかへと消えてしまうだろう。
今日から二日ほどはアシガバートに滞在の予定なので問題はないが、このままではイタリアへの帰国が遅れてしまいそうだ。
この、魔族がうろついている状況で移動するのも危険な上、自分達だけが逃げて街を放ってはおけない。
早速、属国となったトルクメニスタンへの武力介入が必要となる可能性も十分にある。
戦争となれば今いる部隊では心もとないが、侵入程度の少数の魔族なら跳ね返せるはずだ。
「兵の中には街で羽を伸ばせるのを楽しみにしていた者も多いだろうが、警戒しておくしかないな。様子見の為に滞在を四日に伸ばす。チェザリス隊長よ、頼むぞ」
「はっ。我らの命に代えてでも陛下をお守りいたします」
チェザリスが国王に敬礼を返す。
「余ではない。街を守るのだ。そこを間違えるな」
確かに、この旅団は国王を守ることが目的であった。だが、その国王がここに留まり、住民らを守るようにと言っている。
チェザリスからすれば複雑な心境。住民を守るためとはいえ、その間に国王の御身に何かあっては本末転倒だ。
「……はっ。仰せのままに」
だが、彼はそう返した。もちろん、住民の安全を優先するあまり国王を放っておくはずもない。それでも、チェザリスは主君の命令を無視するわけにはいかない。
「陛下、俺からも言わせていただきます。何を仰せになられようと、我らにとっては陛下の安全が一番です。住民の事も彼等には守らせますが、それは陛下のお命には代えられません。分かって下さい」
何も言えないチェザリスに代わってウィリアムが助け舟を出す。言わずとも、チェザリスはそうしただろう。しかし、先に言っておくことで実際にそうなってしまった場合の彼への叱責は免れるはずだ。
「まったく、困った諫言だ。好きにするといい」
「では、私は早速周辺の警戒の為の兵を選抜して参ります。避難誘導でかなりの人数を取られていますので、あまり人員は割けませんが」
「俺もそれに加わろう。部下を何人かくれ。偵察隊は俺が指揮を執る」
「かしこまりました、バレンティノ伯」
手の足りないチェザリスに代わり、ウィリアムが少数部隊を率いることになった。
彼らは街を巡回しながら、目障りな移動を繰り返している魔族の発見を目指す。
残る大多数の兵士は住民たちを数か所にまとめてそれを防衛する。こちらはイタリア兵もトルクメニスタン兵もネパールの戦士も総動員だ。
「陛下はこちらに?」
「ウィリアムの偵察隊に加わりたいといったら?」
「答えはお分かりのはず」
国王はため息をついて肩を落とした。
……
「待て!待ってくれ!お前ら、魔族だろう!目的は何だ!」
大声を上げ、街角で見つけた影に英語で呼び掛けるウィリアム。人型とトカゲ型。目撃証言通りだ。
魔族は英語が公用語だという事は分かっているので、反応があれば万々歳。ただ、その二体の影でさえ、ここにいる少数の偵察隊で勝てるかと言われれば分からない。
あちらも様子を窺っているだけであれば戦闘になる可能性は低いと踏んでの行動だ。
当然ながら、行動を共にしていたイタリア兵たちはウィリアムの奇行に驚きを隠せない。
「バレンティノ伯!何をなさっているんですか!お下がりください!」
「奴らと接触するなど、狂気の沙汰です!殺されてしまいますよ!」
彼らから羽交い絞めにされている間、魔族と思わしき二つの影はぴたりと止まって反応はない。
日は出ているというのに姿を認識できない事から、何らかの魔術で視認を妨げているのだろうか。だとしたら、完全に姿を隠匿しないのは何故だ。
そんな疑問も全て、視界の先にいる魔族と接触できれば万事解決だ。距離が少しあるので声が届いているのかは微妙なところだが、動かない点を鑑みると、ウィリアムの声は聞こえていて、それへのリアクションを考えているところだと信じたい。
だが、残念ながらウィリアムの思惑通りにはいかなかった。
ズゥ……バリバリバリ!
「おい!待てと言っている!」
魔族のいるあたりの空間に亀裂が走り、轟音と共にその姿が亀裂の中へと吸い込まれていったのだ。
「バレンティノ伯!」
「みんな、伯をお止めしろ!」
羽交い絞めを振りほどき、さらに近づこうとするウィリアムを、兵士が四人掛かりで地面へと抑えつけた。
上位の人間に対してかなり手荒だが、何としてもウィリアムを死なせるわけにはいかないという強い意志、それは主に国王やチェザリスからの厳命に従ったものだ。
「くそっ……!」
「バレンティノ伯!いったいどうなされたのですか!いつもの貴方の行動とは思えません!」
ウィリアムは自身が一般の兵らにどう思われているのか、考えたこともなかったが、浅慮な人物ではないと思ってもらえていたらしい。それも今回の件で上書きされただろうが。
本人としても、馬鹿なことをやっている自覚はある。だが、あの魔族らの行動はそれ以上に引っかかる。
今までに対峙してきた多くの魔族たち、ロンドンで遭遇した魔族の騎士、ハインツのように対話できる者もいたが、様子を窺っているだけで何もしてこないなど考えられない。
仮に撤退するとしても、一度くらいは刃を交えて完全なる劣勢を悟ってから。魔族とは、そういった生き物だったはずだ。
今しがた消えていった者らは何かが違う気がする。そう思えてならない。
「バレンティノ伯ー!今しがた伝令を受けました!大丈夫でしたかー?」
「……軍曹、大丈夫だ。問題ない」
ウィリアムの荷物運びという別の任務があって、運悪くこの僅かな間のみ主人から離れていたカンナバーロが駆け寄ってくる。その手にはウィリアムがスーツの上に羽織る外套や、腰に下げる魔剣が握られていた。
当然、兵からは非難的な視線と言葉が飛ぶ。
「カンナバーロ軍曹!なんて間の悪いお人だ!」
「そうですよ!今まさに魔族と対峙していたというのに!あなたが伯爵を守らず何とする!我々がお止めしていなければどうなっていたことか」
「えぇ!?そんなこと言われてもどうしようもねぇだろ……」
「待て、責められるべきは俺だろう。軍曹、ご苦労だった」
そう言いつつ、ウィリアムは外套を羽織って帯剣する。
「次はあの建物に向かうぞ」
「ははっ。しかし、バレンティノ伯。先ほどはよくここに魔族が現れるとお分かりになりましたね」
偵察隊が移動を開始する中、兵の一人がそういった。
「今までに目撃されたポイントは全て把握している。他に見たいところがあればどこに来るか、予想は出来るはずだ。運もあるがな」
アシガバートの地図を見ると、魔族は街の北側で最初に目撃され、徐々に時計回りに移動していた。理由までは分からないが、街を一周し終わるまではそのようにぐるりと動く可能性が高い。
「またお話されようとするんじゃないでしょうね?」
「するとも。少なくとも奴らから攻撃性は感じられなかった。何か必要な情報を欲しがっていて、それがこちらから出せるものであれば交渉しても良い」
「そんな!交渉だなんて前代未聞です!」
半ば悲鳴にも近い、兵士からの悲痛な諫言が飛ぶ。
ウィリアムとて、害をなす魔族は撃滅すべきだと心得ている。だが、今のトルクメニスタンにおける状況は分が悪いのだ。
確かに、侵入程度の勢力であれば跳ね返せる。だが、ここにトルクメニスタン、ネパール、そしてイタリアの首脳陣が集結していることが漏れるとまずい。
特にイタリア国王が少ない手勢で駐留している事は、魔族からしてみれば大国の長を倒す絶好の好機だ。そんな状況においても、こちらは国王の指示した四日間、何としても街を守り抜かねばならない。
目撃された魔族が転々としながら街を見て回っているのは、この集団が何なのかを測りかねているからだろう。
その正体が暴かれるくらいなら、他の情報を渡してでも退かせる方がマシだとウィリアムは考えたのだ。
そして何より、人型の影の方が非常に気になる。あれは魔族と手を組んでいる可能性のある、バレンティノ・ファミリーの誰かではないだろうか。
その疑念が消えないのだ。それがウィリアムにここまで無謀な行動を起こさせている。
「陛下のお命よりも大切なものなんてないだろう。それを守るためなら俺は魔族と交渉くらいするぞ。陛下の存在が少ない手勢と共にここにあると認められ、大軍で押し寄せられては一溜まりもないんだからな」
「それは……そうですが」
魔族がイタリア国王の首をどこまで重く見ているのかは分からない。ただ、アジア諸国よりも欧州四か国が強敵だという認識くらいはあるだろう。
志半ばで倒れた、イギリス先王のようにはさせない。
「おしゃべりはそこそこにしておこう。次の待機場所が近い」
「……ははっ」
……
それから、数十か所の目標地点を回り、再び魔族と遭遇できないかと期待したが、残念ながらあの人型とトカゲ型の魔族に出会うことはなかった。
「バレンティノ伯、今日はこのくらいにしておきませんかー?もうくたくたです……!」
時刻は既に午前四時ごろを回っており、夜中を通り越して早朝だ。躍起になったウィリアムに付き合わされる形で、偵察隊の一同もアシガバートを回りに回っている。
誰一人、文句も言わずについてきてくれていたが、唯一、ウィリアムに不満を述べたのはカンナバーロ軍曹である。
ウィリアム自身はそれを叱責するつもりはない。むしろ、彼のような人間がここまで文句を言わなかったことを褒めるべきか。
「そうだな。本当は二班に分けて昼夜を問わずに見回りたいが、初日から全員を巻き込んでしまった。昼まで休み、それ以降は仕事を分けるとしよう」
都市の中心部、イタリアやネパールからの旅団が駐留している地区へと戻る。
カンナバーロの言うように、皆の体力の限界が近く、昼間までは眠るしかなさそうだ。
そこからウィリアムが率いる班と、カンナバーロが率いる班に分ける事となる。カンナバーロはウィリアムの護衛であるはずだが、この偵察隊に士官はおろか下士官もいないので、軍曹の階級を持つカンナバーロが半分を率いる流れになった。
昼までの休息の後は、まずウィリアムの班が夜中まで巡回、それと交代で夜中から次の日の昼まではカンナバーロの班が巡回となる。
アシガバートの夜は灯りがぽつりぽつりとあるので農村部よりはマシだが、ローマやロンドンといった巨大都市に比べるとどうしても暗い。
夜間の行動には松明があった方が良いだろう。敵からも見つかりやすくなるが、今のところ攻撃されていないという事実に甘えるしかない。
この、新兵ばかりの偵察隊の選抜はウィリアムが監視の下でチェザリスに一任した。
もちろん、彼とてベテランの下士官や強兵を配置しようとはしてくれていた。しかし、なぜこうなってしまったのか。その原因の一つがカンナバーロの存在である。
まずは偵察隊として魔族と遭遇する可能性が高いことを伝えた上で希望を取ったのだが、その時点では士官も下士官もいた。
だが、部隊の指揮権は第一にウィリアム・バレンティノ伯爵、第二にカンナバーロ軍曹にあることを伝えると、下士官以上の者は弾かれてしまったのである。
チェザリスの思惑として、カンナバーロと彼らがぶつかることを避けようと配慮してくれた結果だ。
その分、偵察隊の戦力が一気に下がるのは否めないが、あくまでも偵察が任務であり、戦闘は全力で避けることを前提とされている。
新兵ばかりではあるが、先ほどのウィリアムの暴走を止めようとする彼らの働きは見事であった。
これはウィリアムには直接知らされていないのだが、チェザリスから「命に代えても伯爵を守れ」と厳命されていたからである。それはウィリアムの意思を無視してでも優先される。
ウィリアムが国王の命令に背いてでも、地域住民より国王の命を優先するのと全く同じ理屈だ。
……
偵察隊の全員が睡眠を取り、昼頃に先発であるウィリアムの班が再度のパトロールを開始した。
その間、やはりと言うべきか、例の魔族らしき影が二回目撃されている情報が入ってきた。
今さらその場へ急行したところで手遅れだろう。休息前と同じように、次の出現場所を予測して先回りする。
「伯、このように正体不明の魔族が散見されている状態であっても、我々はあと数日で帰国するのでしょうか?」
兵の一人がそう訊いてくる。血気盛んな若者で、どうあってもあれらを捕えたい、あるいは倒したいという感情が溢れ出ていた。
「それが陛下のお考えだからな。むしろ、二日で帰るところを四日に伸ばして下さった。我々はそのご期待に応えねばならん」
「しかし、隊長からは対象と接触後には本隊への報告のみとされています。我らで対処するというのはあまりに危険でしょう。戦うべきではありませんし、ましてや伯爵お一人で話をつけようとするのも得策ではないかと」
また別の兵が言う。こちらも若いが、冷静な判断力と命令への忠実さが見て取れる。彼のような人材は知略を武器に上へと昇っていくだろう。
逆に最初の若者の方は腕っぷしを鍛えて、鬼軍曹にでもなりそうだ。
「お前たちの意見も間違ってはいないさ。昨日、俺を止めたことをとやかく言うつもりもない。だが、あの影は皆が思っているほど危険ではないと考えている」
「それは奴らも偵察任務を任されているだけだからでは? 挑発したり、接触したら何をされるか分かったものではありません」
「それも考えた。しかし、目撃者が一人二人のケースもあった。そこは奴らも消える必要はなかったはずだ。人間の一人や二人、口封じのために簡単に殺せてしまうはずだからな。だが、被害は今のところ一切出ていない。誰かに見つかっても構わない、むしろあえて見つかることで、こちらから何かしらのアクションを待っているように思えてならないんだ」
大半の兵はウィリアムの考えに賛同できないようで、唸るばかりだ。
「……そこまでおっしゃるのであれば、我ら全員で近づいてみてはどうでしょう。もちろん、伯は最後尾から奴らに声掛けをしていただきますが」
一人だけ、そう言ってくれる兵が現れた。血気盛んな兵とも、冷静な意見を述べた兵ともまた別の者だ。
彼はこの若者だらけの偵察隊の中で唯一の老兵で、柔軟な考えを持っているようだ。
老人とはいってもあくまでも歳は五十過ぎといったところ。国民全体でみればまだまだ若いといえるが、兵の中では年長者に当たるといったところだ。
なぜ、そのような歳でありながら下士官ですらないのかは不明だが、入隊が四十過ぎであった。あるいは若い頃に軍属していたが、しばらく別の仕事をしていて、最近再入隊したといったところだろう。
「ありがとう。どうにかお願いできないか。本当は俺が先頭にいて、奴らと話したいところだが、そのくらいは譲歩する」
だが、周りの兵からの反対は止むはずもない。ほとんどの者が危険だと制止していた。
……
それから一日、二日と時が経った。ウィリアムの班もカンナバーロの班も魔族を目撃することには成功していたが、いずれも接触は叶わなかった。
ウィリアムはともかく、カンナバーロの方は魔族と接触しようとするはずもないので当然だ。そもそも近距離に寄ったとして、彼らの班に英語話者はいない。
最終日、いよいよ明日からイタリアとネパールの一団がそれぞれ帰国の途に就く。
魔族の目撃情報は相変わらず入ってきている。だが、前述の通り何の被害も出ていないので、兵や使用人、要人の間ですらも緊張感はかなり緩んできていた。
「余には奥に引っ込んでおくよう諫言しておきながら、自分が接触してどうするつもりだ。ウィリアムよ」
「はっ。お言葉ですが、陛下のお命と俺の命など、比べるのも畏れ多い事」
「それは返事になっておらん!」
国王の寝所に呼び出されたのは、偵察隊の兵がチェザリス辺りにウィリアムの行動を相談し、そこから国王に上申された結果だろう。
「……申し訳ございません。軽率でありました」
「であろう。今後、同じことをするつもりであれば、お主をここから出すわけにはいかんぞ」
「それは困ります、陛下。今日まではしっかりと警戒をしないと」
「一日であれば軍曹の班に任せることも出来よう。明日からの移動中に休ませればよいのだからな」
確かにその通りだ。カンナバーロは後から文句を言うだろうが、明日にはもう偵察隊は解散するので、今日だけはウィリアムが出ずとも最後の任務は完了できる。
「しかし……」
「ではこうしよう。ウィリアムの班と同行し、余も出る。無論、十二近衛共を伴ってな。どうだ?」
また無茶を言い出したな、とウィリアムは苦笑する。しかし、自分が言っている事と国王が言っている事の何が違うのかと問われれば返す言葉はない。
「俺個人としては反対しか出来ませんよ。しかし、陛下がそれを強行なさった場合、それを止めれる者はいないでしょうね」
右大臣は不在。他の要人らは反対こそしても、どこまで強気に国王に意見できるかは不明だ。
特に、ウィリアムは今しがた叱責を受けたばかりで何も言い返せない。国王は上手くそこをついてきたわけだ。
「了承と取るぞ。よし、ウィリアム。帰ったら一緒にアダムから怒られようではないか」
「まったく……貴方には敵いませんね。承知いたしました」
「そうと決まれば早速向かうぞ。おおい、誰ぞいないか!余の甲冑を持って参れ!」
使用人が一礼し、甲冑と剣を準備し始める。それと同時に、十二近衛が国王の寝所前にぞろぞろと集結し始めた。元々、彼らは隣室や廊下で警備をしていたので、直接命令を受けずとも国王が出ることを察知したようだ。
国王が装備を終え、ウィリアムもそれに続いて寝所を出る。
左右六人ずつ、剣を正面に構えて掲げた十二近衛の騎士たちが不動のままそれを見送り、通り過ぎたところで二人の後ろをガチャガチャと鎧を鳴らしながらついてきた。
「十二近衛は喋ることはあるんですか?声すら聞いたことが無い気がしますが」
沈黙を貫いたままで付き従う騎士たちは、実は鎧の中身がない幽霊騎士なのではないかと疑ってしまうほど不気味だ。
「喋れといえば喋るだろうが、不要なのに喋るはずもなかろう。こやつらは真面目でな」
「真面目なのは良いことです。剣の腕前のほどは?」
「イタリア最強だ。十二人揃えば、タルティーニとて打ち破るやもしれん」
そこまで強いのであれば、最強の名に相応しい。
「それは驚きです。中将閣下と渡り合えるのであれば、是非とも魔族との戦争にも参加いただきたいところですが、そうも言っていられないのでしょうね」
「余とて同じことは何度も言ってきた。なぜ、最も安全であるはずのローマ王宮の奥に最大戦力を置いておく必要があるのだとな。しかし、お前の想像の通りだろう。アダムを始めとして、重臣たちが首を縦に振らん」
国王の命の危機とは、国家の存亡の危機であるのと同じだ。
十二近衛を前線で用いれば確かに戦果は上がるだろう。しかし、王を守ることはそれ以上に重要だ。本当の意味で彼らの出番が来る事があれば、イタリア王国最期の時になるかもしれない。
「そこは俺も、アダムとは珍しく同意見ですね。陛下をお守りする以上の任務など、この国に存在しません」
後ろを振り返ると、沈黙を貫きつつもどこか誇らしげな足取り。
十二近衛とて、その中身は人間だ。国王を守るという任務を褒められて悪い気はしないはずだ。
「だが忘れるなよ、ウィリアム。そう思われている方は窮屈で敵わん。今回のように言われてしまっては、やりたいことも自由にやらせてもらえんのだからな」
「それは言い返せませんが、たかが伯爵風情と国王ではお立場も血筋も全くもって比べ物になりませんからね。俺の替えは利いても、陛下の替えなど存在しないのですから」
「后を取って身を固めろなんてのはやめてくれよ。世継ぎが要るのは理解できるが、家族など持ってはさらに窮屈になって、それこそ余は死にかねんぞ」
もちろん冗談だろうが、国王がそこまで拒絶する理由は未だに不明なので、軽く訊いてみる。
「お后やお子がいては、弱みとなり得るからでしょうか?」
「それもあるが、血筋よりも能力で長を決めるべき、というのが余の信条でな」
「珍しいお考えですね。もし陛下がお倒れになられた時、国は玉座を争って混沌としそうなものですが」
「継承者は余が指名するだろうが、争いとなればそれもまた良いだろう。国内を制せずして、何が他国と渡り合えようか」
これに関して、国王と重臣たちで意見は平行線となろう。ちなみに、ウィリアムも国王は独り身を貫くよりは婚姻すべきだと考える。
無論、だからといってそれを急げとまでは言わないが。
「指名……それを受けれる者は幸運であると同時に、不運であるとも言えます。突如として王族となり、その重責に耐えられるかどうか」
「そうだな。では、ウィリアムよ。どうだ、余の後継者になるというのは?」
「お戯れを。俺こそ国を率いるには最もふさわしくない自由人ですよ。イタリアがその長い歴史を閉じることになりかねません。それに、厳密にはアメリカ人です。イタリアの純血から選ぶべきかと」
「自由人と言いながら血筋など、妙なところはお堅いのだから困ったものだな」
互いに言葉自体は厳しいものに聞こえるが、その表情は柔和だ。
国王はこれから向かう任務が楽しみであり、そしてウィリアムは国王とこうして腹を割って話せることが心地よくある。
それは後ろに控える十二近衛とて理解しているので、彼らにも緊張感よりは見守るような雰囲気が漂っていた。
だが、それも数分の間だけだ。いよいよ寝所を出て、兵らが駐留している区画を出ると、十二近衛とウィリアムの偵察隊の隊員らは陣形を組み、中心にいる二人に指一本触れさせられないような強固なチームとなった。
ちなみに、国王が出ることは一部の者には知らされている。いや、厳密には今ちょうど伝令が各所に走り回っている事だろう。
何人にも目撃はされたが、十二近衛が同行しているので、区画を出るまで誰にも止められることはなかった。
彼ら十二人がいる場所こそ、今この街で最も安全な場所なのだ。
中央を離れると、一般の住民らが暮らすエリアや商店街などに差し掛かる。ローマと比べるとその規模は小さいが、それでもここがアジアの小国であることを鑑みれば広さも密度もなかなか大したものだ。
だが、現在はまだ戒厳令に近い警戒態勢であり、その住民のほとんどは先程までウィリアム達がいた街の中心に集まっている。
もちろん全員ではなく、店に残って商売をしている者や、自宅に閉じこもることで避難している者もいるだろう。人通りは全くないというわけではなく、チラホラと出歩いている者も確認できた。
「おい、あまり出歩いては危ないぞ」
「街の中央へ向かいなさい」
偵察隊の兵が言うも、イタリア語は通じない。
通行人らは軽く会釈して、この物々しい集団の横を通り過ぎていくばかりだ。
「陛下、残念ですが、指示に従わないのであれば彼らの安全までは守れそうにありません」
「構わん、彼らにも生活があるのだ。同盟は結ばれたばかりであり、外国人である我らの庇護下に入るのを良しとしない者もいて当然である。我ら偵察隊がこの街にいるであろう不審な影を捕えればよいだけの事ではないか」
ウィリアムに国王がそう返す。
しかし、偵察隊はあくまでも偵察任務だけという約束はウィリアムと同じく破るつもりでいたのは驚きだ。
「捕らえる、のですか」
「可能であればな。その魔族らしき影、一向に何かを仕掛けてくるようには見えん。可能性があれば我らとネパールの者どもが退いた後であろう。その前に話を聞き出さねばならん。決して殺すな。殺すことで連絡が途絶えたと見なされ、増援など呼ばれては厄介だ」
「承知しました。皆、聞いたな?陛下の仰せだ、しっかり働いてもらうぞ」
ウィリアムと一部の兵だけは元々のウィリアムの意志と同じ、国王の命令を飲み込んだが、その他のほとんどは驚いていた。
偵察を行って本隊に知らせるのと、自分達だけで接触するのとでは難易度が大違いだ。
特に、十二近衛の面々の緊張感は一等高まっている。絶対忠誠を誓う彼らが窮地に陥った時、国王の命と指示のどちらを優先するのかは気になるところだ。
もちろん、そんな状況になるのはウィリアムも願い下げだが。
「しかし陛下、騎馬も用意せずによろしかったのですか」
「たまには歩かねばな。しかし、彼奴等を追いかけて取り押さえる事を考えると、一騎くらいは馬があっても良かったかと後悔していたところだ」
「あぁ、その点はあまり関係ないかと。瞬時に消え去る連中ですからね」
ズゥ……バリバリバリッ!
しばらく進み、ウィリアムが予測していたポイントの近くで、突如その音は鳴り響いた。魔族の転移術に相違ない。
「あれは!?陛下、伯、お下がりください!」
「陛下、こちらへ!」
偵察隊が最前線、さらに十二近衛が抜刀して国王とウィリアムを囲い込む。最大限の警戒態勢。全く隙のない、がっちりとした防御陣形だ。
「いや、ここで止まるな!あれに接近しろ!全速前進だ!」
「しかし……!」
「よい!余もウィリアムもそのために参ったのだ!進めぇっ!」
最初にウィリアムが叫び、それに反発する兵。そして、それを上書きしたのは国王の怒号だ。
もはやこれには誰も逆らえない。偵察隊と十二近衛は駆け足で前進を開始した。
「陛下、これ以上は!」
黒い影。やはり人型とトカゲの化け物に見える。距離は目と鼻の先。しかし、それでも影のように見えて姿を認識できない。
「構わん!道を開けよ!ウィリアム、行くぞ!奴らに呼びかけてみよ!」
「は、ははっ!」
自分以上に前のめりな姿勢を見せる国王に驚きつつも、ウィリアムはそれに従ってさらに接近した。
十二近衛あたりが無理やり制止してくる可能性もあったが、意外にも素通りだ。ウィリアムと国王、そして相対する魔族らしき影の間に、もはや邪魔者はいない。
「おい、聞こえるか!英語なら理解できるはずだ!」
「……き……?」
「!!!!」
初めて反応があった。今までのようにすぐに逃げ去るわけでもなく、確かにこちらとの対話に応じるような声を発したのだ。
だが、視界と同じく音声にもノイズががったような印象で、上手くは聞き取れない。
「おい!聞こえるのか!返事をしろ!」
「……」
スッ……と、靄がかって影にしか見えていなかったその二体の姿があらわになる。
一つはスーツ姿の人間、もう一つはトカゲの化け物、リザードマンと呼ばれる魔族のものだ。
他の者から見たらどちらも魔族に見えるのかもしれないが、ウィリアムは違う。
「どうしてお前が」
「どうして貴方が」
その言葉は同時だった。
一方はウィリアムが上げた声。もう一方は見知った若者が上げた声である。
そう。スーツ姿の人間は、なんとバレンティノ・ファミリーの一人だったのだ。
「知り合いか、ウィリアム」
「はい、ウチの若衆の一人です。平たく言えば、俺とはマルコとほとんど同じような関係性になります」
「叔父貴、ご無事だったんですね。親父も喜ばれますよ」
これは聞き捨てならない。
「そうか!やはり、トニーもこの妙な世界にいるのか!」
「はい、みんな飛ばされて。叔父貴とマルコの野郎以外は、気づくと同じ場所にいましたから」
今までもかなり強い確信はあったが、ついに答え合わせが出来た。合流するかどうかは別として、ファミリーの面々がこちらの世界にいると分かったことは大きい。
一人残らず、こちらに飛ばされたことを喜ぶべきか残念がるべきかは分からない。現世でバレンティノ・ファミリーが忽然と消えてしまった事で少なくない影響も出ている事だろう。
余所の連中がシマで悪さをしている可能性も十分考えられる。
「で、お前はそのトカゲと何をよろしくやってるんだ」
「一応、今回の任務は観察です。俺以外にもいろんな国や地域で目ぇ光らせてる仲間がいますよ」
「だから、何を観察してたんだと訊いてる」
久しぶりの再会だというのに、それを喜ぶどころか厳しい口調になってしまう。組員でありながら、魔族と一緒にいることで完全に緊張を解けないからだ。
一緒にいる偵察隊と十二近衛の面々も、英語でのやり取りを理解できないからこそ、ウィリアムの口調に棘があるのをより一層強く感じていた。
「実は、親父が探してる奴の兵隊がこの辺りで見つかったって話で。ガセネタの可能性もありますが、ちょうど今日まで観察だったんですよ」
「探してる奴?人間か?」
「いいえ、魔族です。仇と言うか、そんな感じの輩ですよ」
「魔族と敵対?話が見えてこねぇな」
まさか、魔族が住まうこの世界のアメリカは単一国家のはずだが、内乱でも起きているのだろうか。
「叔父貴。せっかくですから、俺らの帰還に合わせて親父へご無事を知らせに行かれますか?」
「……歓迎してくれるなら行きたいところだがな。正直、会っていいものか悩みどころだ」
「歓迎も何も、血を分けた実の兄弟じゃないですか。再会が嬉しくないわけがないですよ!」
普通はそう考えるだろうなとは思いつつも、トニーは先に金の事をつついてくるに違いないという確信はある。
勿論、金自体は既に回収済みでローマに帰れば渡せるので問題はない。
「それに、俺がここで離れるのを良しとしないお人がいてな」
ちらと後ろを振り返れば、早く話を訳して聞かせろといった顔がいくつも並んでいる。そして、その中心人物は国王だ。
「後ろの連中は何です?こっちの世界での叔父貴の配下でしょうか」
「お前、そう見えてるんなら節穴も良いところだぞ。イタリア国王陛下だ。俺が世話になってる御方だ。ガチガチの装備を着てる騎士達はその近衛兵で、残りはまぁ……確かに俺の部下の偵察隊員だな」
「えっ、王様なのか。親父も叔父貴もすごいですね……」
トニーもすごいというのは、アメリカでお偉方と渡り合っているという事だろう。
「ウィリアムよ。その者らとの話はまとまりそうか」
ここで国王が会話の内容について尋ねて来る。
「はい。敵対行為は無いと見て間違いないです。我が兄が彼らと交流があるらしく」
「なんと!兄がアメリカにいるというのか!だが、魔族は我らの敵。最終的には兄弟が相対することになるのではないか」
「それは不明です。兄も気まぐれですので、我々が魔族のトップを討ち取る事に関与しない可能性もあります」
魔族の王、大魔王だったか。それにトニーが加担しているとしても、ウィリアムとしては兄があくまでその立場を利用しているだけとの見方が強い。
自身や部下が危険な目に合わない限りは、ぶつかることはないのではないだろうか。
「あの、叔父貴。それに王様?自分もこっちで話しましょうか」
組員がウィリアムと国王の会話に入ってくる。そこで誰もがハッとした。
彼もイタリアマフィアであるバレンティノ・ファミリーの一員なのだ。イタリア語の会話くらい難なくできるのも当然だ。
わざわざ英語でやり取りをしていたが、マルコと同じようにイタリア人が周りにいる状況では、イタリア語で話せばいちいち通訳なんていらない。
「おぉ、君も話せるのか。それは助かるぞ」
「すいません、陛下。俺としたことがこんな単純な事にも気づかず。しかし、そっちの魔族は」
「あぁ、コイツは英語しか話せませんがお気になさらず。しかし、案外と自分がこうして魔族を伴っている事、王様たちも驚かれないんですね。こんな至近距離にいるのに」
彼らは初めから魔族がひしめくアメリカに飛ばされた。
それに比べて他の地域に魔族がいないことは理解しているようだ。イタリア人たちが驚かないのを不思議がるのも納得できる。
「余は……平静を装ってはいるが、正直に申せば興奮している。おそらく国内で最も、魔族を間近で見る機会がない立場にいるからな」
「王様、それに叔父貴、コイツは貴方達を襲いはしませんよ。親父の配下ですから」
「……?トニーの配下だと襲わないというのはなんだ?」
トニーの配下も人間の街へ侵入や侵略行為をすることはあるはずだ。それよりも先ほど話していた仇、それも魔族である何者かとの争いにでも明け暮れているのだろうか。
「命令は絶対という事です。今回は観察。もし略奪や殺戮が目的ならその命令が無いと魔族共は動きません。親父の力を認めさせることで、しっかり調教してくれてますから。たまにじゃじゃ馬も見かけますが、基本的に人間より魔族は上司に従順ですよ」
「よく言えば従順、悪く言えば単純、というわけか。たしかに、魔族の兵の突撃には命を顧みない勇猛果敢さが感じられる。猪突猛進と言っても良いかもしれないがな」
「はい。強者から、たとえばウチの魔族連中だと親父からやれといえばやるんです。力こそすべて、それが魔族の教えらしくて」
トニーはそれほどまでの武勇を魔族に示したというわけか。
確かに腕っぷしは強いが、いくらトニーでも魔族と力比べで勝てるとは思えない。片っ端から撃ち殺してその残虐性から恐怖支配を布いているのではないか。
「……トニーの地位は?」
「将軍です。六魔将っていう中のお一人で、大魔王に次ぐ地位ですね。あ、これ言っちゃまずかったのかな。叔父貴も王様といるくらいですから、偉くなられたんですか?」
「六魔将に、大魔王か。俺は陛下から伯爵の位をいただいているが、俺のことはいいさ」
別に出世など夢見ていないのだ。こちらで得た財も持ち帰ったところで価値があるとは思えない。
それはウィリアムがこの世界の飛ばされた当初から一貫して持っている考えだ。トニーがどう考えているのかまではわからないが。
「それで、叔父貴」
「あぁ、トニーに会うかって話か。彼の意志というか、どうするつもりなのかは知りたいな」
「親父は、一刻も早く帰るおつもりです。その方法の詳しくは俺も理解できていないんですが、親父は何かご存じの様子で、そのために魔族に加担しているに過ぎません」
「何?それは……気になるな。陛下、少しよろしいでしょうか」
事情が変わった。ウィリアムのようにがむしゃらに働いているのではなく、トニーは何かを掴んでいる。
魔族との戦争を放って逃げ出すつもりはないが、トニーが帰った後にでもそのあとに続きたい。
「もしや、兄に会いたいと申すか」
「はい。少し離れることをお許しいただけるのであれば、この者についていけないかと。用事が済めばすぐに戻ってきます」
「ならん。余を置いていく事など、容認できまい」
やはりそうなるか、とウィリアムが肩を落とす。トニーに会うことで道が開ける気がするが、国王の命に背くわけにもいかない。
だが、やはりここでもこの王はとんでもないことを言い出した。
「ふふ。だがしかし、余もその場におれば離れたことにはならんな?」
「陛下!?」
「陛下!何を仰せですか!」
偵察隊はざわつき、十二近衛からもいくらかの動揺が感じ取れた。それでも声を出さないのは逆に驚きだ。
「慌てるな。近衛くらいは連れて行こう」
「……陛下、本気で仰せですか?」
「本気も本気よ。ウィリアム、お前に余は冗談ばかり言っている王だと思われていたのかね」
「滅相もございません。では、一緒に」
国王は言葉通り、冗談ではなくウィリアムと一緒にトニーのもとへ向かうようだ。別段、トニーに何かしたいというわけではないのだろうが。
「行き先はどこになる?」
「おい、行き先を教えてもらえるか」
「はい、叔父貴。自分たちはロサンゼルス城を居城にしていますので、そこへお連れします。親父がご不在でも滞在される分には問題ないので。人間も多くいますよ」
「あの魔族が使っている転移術だが、国王陛下や近衛兵も一緒に行けるか?」
「個体による魔力量だかなんだかで人数制限があります。このリザードマンだとおそらくギリギリです。もっと強い魔族なら余裕ですが、まぁコイツもリザードマンにしては魔力がある方らしいんで、なんとかさせます」
またも初めて聞く情報だ。トニーに会う前だというのに、やはり魔族側に味方がいると心強い。もちろん、現時点ではいくら組員だろうと完全なる味方と断言するのは早計だが。
「うむ、では頼もうではないか。偵察隊の面々は中央部で待機。我らの帰還を待て」
「陛下!いくら伯のお知り合いとはいえ、魔族の言葉を信じると仰せですか!」
「そうです!陛下を連れ去られるなど、我らはなんと申し開きをすればよいのですか!」
無言を貫き続ける十二近衛の代わりに偵察隊の兵から一斉に批判の声が飛ぶ。
「陛下、一度チェザリスくらいには伝えておきましょう。混乱を最小限に抑えられるかと」
遠征に同行している、他の重臣らすべての理解を得るのは難しいだろうが、チェザリスを抑えれば警護部隊の混乱くらいは防げる上、偵察隊への叱責も無くなるはずだ。
……
「断じてお許しできません!」
指揮所にいたチェザリスの、ウィリアムと国王の要望への第一声は予想通りだった。
「それよりも、陛下はどちらにおられるんですか。魔族と一緒だと言うのではないでしょうね!早くこちらへお連れください、伯!」
苦笑していると、さらに捲し立てられる。確かに国王は置いてきたが、十二近衛や偵察隊は全員ついている。
対峙する相手もファミリーの組員なので大きな心配はないが、それがチェザリスに理解できるはずもあるまい。
「勘違いしているようだから伝えておく。お前の許可など必要ない。俺と陛下が決めたことだからな。誰にも伝えずに消えてはいかんだろうと、あくまでも連絡に来ただけだ。それに、十二近衛もいるから心配無用だ」
「……っ!」
「軍曹を呼べ。あれは連れて行く」
数分経ち、仮眠をとっていたカンナバーロが二人のいる部屋に召喚された。
「はい。お呼びですか、隊長……ん、バレンティノ伯?なぜこちらに?今は見回り中のはずでは」
チェザリスからの呼び出しで起こされたため、すこぶる不満そうなカンナバーロだったが、その場にウィリアムがいることに気づいてやや機嫌を取り戻す。
何か良くない理由で呼ばれたと思っていたのだろうが、ウィリアムがいれば止めてくれるのでチェザリスもあまり強く言いすぎることはないからだ。
「魔族との接触に成功した。色々あったから話は端折るが、陛下と十二近衛と一緒にアメリカへ行くぞ、お前も来い」
「はい?アメリカ?どうやって行くんです?魔族に連れ去られるってことですかね」
「行けばわかる。命やケガの心配はないから安心しろ。簡単に言えば魔族は俺の知り合いだった。知り合いというか部下みたいなもんか」
知り合い、という言葉をチェザリスやカンナバーロは聞き流すわけにもいかない。
「伯、お待ちください。いわゆる、マルコ殿のような舎弟ということでしょうか?」
「魔族側にもロンドンの時みたいに、はぐれたお仲間がいたってことですか!」
「そういうことになるな。話半分でしか信じてないだろうが、俺が別世界から来たってのは聞かせてると思う。俺がローマ付近に飛ばされたのと同じように、アメリカに飛ばされて生き延びた仲間がいたって事だな」
ウィリアムの出自は大司教や国王に話しているが、ガットネーロ隊の面々もおそらく同じだったはずだ。だが、誰がどのくらい現世の存在を本気で信じてくれているのかまでは分からない。
それでも、今では同郷のマルコがいることでウィリアムの話の信憑性は高まっている。二人揃って似たような虚言は言うまい。
「うーん……それに自分が同行するのかぁ。魔族の本拠地にそんな少数で行くのは怖いですよ」
「チェザリスには話したんだが、お前たちの同意を得るつもりはない。冷たく聞こえるかもしれないが、これは俺と陛下の意見で、決定事項だ。軍曹、すぐに支度しろ。あまり、陛下をお待たせするわけにはいかん」
チェザリスもカンナバーロも納得した表情はしていないが、彼らを説き伏せるつもりはないのだ。さっさと行動に移す。
「お待ちを。それならばせめて私も……」
「お前は残る兵の指揮を執れ。隊長を拝命しているだろう」
「しかし!陛下をお守りできねば何の意味もないのです!」
「そうか、俺の命令では聞けないか。ならばこのままついて来い。陛下に直談判してみるといい」
国王もチェザリスにはここに残って隊長としての務めを果たせと言うはずだ。それで無理やり丸め込むしかない。
チェザリスとカンナバーロの二人を伴い、ウィリアムは国王たちがいる場所に戻る。
ファミリーの組員と国王が意外にも意気投合したようで、楽しそうに談笑していた。
それを、そんなに油断してよいのかと冷ややかな態度で見ている偵察隊と、だんまりを貫く十二近衛も無事だ。
「あっ。叔父貴がお戻りですよ、王様」
「うむ、もう帰ってきてしまったか」
「何やら俺の帰還が嫌そうにしか聞こえない言い草ですが、陛下」
「はっはっはっ!話に花が咲いていたものでな!彼からは色々と魔族の生態系が聞けたんだ」
裏稼業で生きている人間の口が軽いというのは喜べない。もちろん、魔族の事などどうでもいいと考えているから話しているのだろうが。
そのあたりは、せっかくであればトニーの口からききたいところだ。
「陛下、軍曹を連れて行きます。お許しを」
「あぁ、余には十二近衛がおるが、お前の護衛も必要だろう。許可する」
「陛下!話は伯から伺いました。もう、お止めすることは叶いませんが、私も連れて行ってください!」
カンナバーロの同行の許可を得たところで、チェザリスが進言した。
おや、と国王は目を細める。
「大尉。お前は遠征部隊の指揮官ではなかったかな。部隊は副官に任せておく、ということかね」
「それは……可能です。副官には何人か優秀なものがおりますので。ただ、私の目の届かないところで陛下の御身に何かあっては、生涯悔やんでも悔やみきれません!どうか、このチェザリスの願いをお聞き入れいただきたく!」
「ふーむ。軍曹と大尉の二人が増えても転移の制限人数は大丈夫そうかね?」
「まぁ、たぶん大丈夫ですよ、王様。ただ、これ以上は増やしてほしくねぇかな」
腕を組み、数秒考えたところで国王はうなずいた。
「わかった。では、大尉。余ではなくウィリアムの護衛としてであれば同行を許可する。余ではなく、彼を守れ」
「ありがとうございます!」
ウィリアムの予想とは違う結果となってしまったが、こうなってしまっては仕方ない。ウィリアムとしてはチェザリスには残ってほしかったのだが、彼の言う優秀な副官たちに任せておくとしよう。
「では、偵察隊。お前たちはチェザリスや俺、そして陛下と十二近衛が一旦離れることを副官らに伝えておいてくれ。ついでにカンナバーロ軍曹もだ」
ウィリアムの指示に、敬礼が返ってくる。
「では、叔父貴。そろそろよろしいですか?」
「あぁ、トカゲに転移術とやらを使わせろ」
ズゥ……
バリバリバリッ!
空間に亀裂が走り、ウィリアムたちはその中へと足を進めた。




