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♭16

「それで、デカい街を片っ端から探し回ってたってことか」


「そうだよぉ!見つかってよかったよぉ!」


 場所を移し、トニーとカトレア、クロエ、衛兵隊の小隊長の四人は適当な茶屋のテラス席で向かい合っている。

 カトレアがどうしてここにいるのかというと、もちろんトニーを探していたからだ。


 適当なフランス内の都市に単身乗り込み、魔族のままの姿をわざと見せ、火事を起こす。あとは人間に化けて潜伏しつつ、それを聞きつけたトニーが接触してこないかということをいくつもの街で何週間にも渡って試していたらしい。そしてようやくパリでそれが成功したというわけだ。


「石を運んでたウチの連中が忽然と消えた。それは知ってるか?おかげで城に帰れねぇでよ」


「やっぱり消えたんだ……?多分、オースティン副長かフレデリック・フランクリンか……絶対悪い人が閣下に意地悪したの!そんな魔術知らないけど!みんな心配して閣下を探してたの!」


 転移を阻害して術者たちを行方不明にしてしまう魔術というのはカトレアにも知識がないらしい。

 結局、消えた三十名から五十名程度の魔族の部下たちの行方は分かっていないようだ。トニーがその転移に入っていなかったのは不幸中の幸いか。

 当然、残された組員らやミッキー、ジャックなどのトニー配下の魔族たちも血眼になって主人を探している最中だという。


「閣下……その、こちらのお嬢さんはいったい誰なのか、そろそろ説明していただけるかな?」


 クロエがじっとりとした目でトニーに困惑をぶつけてくる。

 小隊長の方は英語での会話に全くついていけないので、勝手にチキンのローストを頼んで食べ始めていた。しかも、その支払いはトニーかクロエが観光案内の駄賃として、よろしく頼むぞとの事だ。


「あ?あぁ、知り合いのガキだ。俺が探してた部下とは違うが、まぁいい。これで帰れる」


「なにいいぃぃぃ!嫁だぞ、嫁!よーーーーめっ!閣下こそ誰だよ、この女はぁ!?さては浮気だな!それっ!」


 トニーの紹介の仕方に不満なカトレアが杖先を光らせ、クロエと小隊長とも完全なる会話ができるよう翻訳術を発動する。


「えっ!?突然、何をしたのだ!?」


「うおっ!?ん、何ともねぇな……」


 二人が飛び上がる。小隊長など、手に持っていたチキンを取り落とすほどの慌てっぷりだ。


「これで通じるでしょ!あたしは閣下のお嫁さんなの!よーく覚えておいてよね!」


「な……言葉が、分かるぞ?」


 ペタペタと自分の身体を触りながらどこにも異常がないことを確認していた小隊長が返す。


「もしや、翻訳を複数人に?なんてこと。そんな魔術があるなんて」


 続いて、魔術に見識があるクロエが驚愕の表情を見せた。魔族の中でも魔術の権威であるカトレアは何気なく使って見せたが、人間たちには到底扱えない高度なものに違いない。


「ぎゃあぎゃあうるせぇぞ。そんなんだからガキだって言われるって、今まで何回叱られてきたと思ってやがる。いい加減、大人しくしやがれ」


 隣の席から頭上に飛んできた、トニーの軽めの拳骨を両手で受け止めながらカトレアは舌を出している。


「べー、だ。そんな怒ってないで、さっきみたいに言ってよぉ。『心配かけたな、カトレア……愛してるぞ』ってさぁ!もっと言ってぇ!ねぇねぇ!」


「クソガキが……そんな事、言ってねぇんだよ」


「おい、宮廷魔術師の嬢ちゃんよ。本当にこいつらの会話が理解できるな。その内容はともかく、こりゃ大したもんだ」


「あぁ。私もこの魔術には驚きを隠せないぞ。その……彼らの会話の内容は置いておいてな」


 クロエがトニーと会話出来ていたのはあくまでも彼との一対一だけであり、トニーと同じ英語を話しているはずのカトレアの言葉は理解できていなかったのだ。

 それが今や、カトレアの言葉はクロエにも小隊長にも伝わっているという状況である。


「ほら、てめぇが変に翻訳かけたせいで苦笑いされてんぞ。失敗してんじゃねぇのか?」


「してませんー!閣下があたしの事を馬鹿にするから二人とも呆れてるんですー!」


 終わりそうにない小競り合いに、クロエが小さく咳ばらいをして割り込んだ。


「その……お嬢さん、あらためてご挨拶させていただけるかな?私はクロエ・フォンテーヌ。この国で宮廷魔術師を務めさせていただいている者だ。見事な魔術に感服したぞ」


「ふーんだ!このくらい朝飯前ですから!あたしから閣下を奪おうとしたって無駄なんだからね!この泥棒猫!」


 何とか抑えていたトニーの拳の力が強まり、ごつんとカトレアの脳天を直撃する。


「いたっ!?」


「きちんとご挨拶だ、クソガキ。相手が名乗ってんだろうが」


「なんだよう!天下一の無礼者のくせに、自分の事は棚に上げてぇ!閣下のあんぽんたん!自己中の権化!あと、えっと、イケメン!」


 なぜ最後に褒めたのかはよく分からないが、トニーが自身を棚に上げているというのは正解だ。


「もう痴話喧嘩は良い。一応聞くが、彼女は高名な魔術師なのでは?やはり、アメリカの地というのは凄まじい場所なのだな」


「そうだよ!あたし、超高名!カトレアです!少しは話が分かるじゃん、泥棒猫!」


「その呼び名は心外なのでクロエと呼んでくれ、カトレア嬢。是非とも魔術についての談義などしたいものだよ」


「そのちびっ子の魔術がすげぇってのは分かった。アメリカってのは何だ?」


 小隊長はトニーが外国の将軍であること以外知らない。魔王国家であるアメリカについての知識も皆無のようだ。


「俺らの故郷だよ、おっさん。魔族がわんさか暮らしてる国だ」


 トニーが言うアメリカは前者と後者では厳密に言うと違うアメリカを指している。故郷というのが現世のアメリカ、魔族がいるというのがこの世界のアメリカだ。


「よぉ、こうして直接話せるのは初めてだな、兄ちゃん。そのアメリカって国の将軍だったわけだ」


「そうなるな。で、このクソガキは魔術師だ。こんな見た目だが一応、魔族だぞ」


「はぁ?魔族ってのはもっと分かりやすい見た目してんだろうがよ」


「む。彼女が魔族、だと?ふぅむ……」


 もっと驚くかと思ったが、小隊長もクロエも、さらりと明かされたカトレアの素性を信じようとはしない。こうも友好的な魔族を見た試しなどないだろうし、何より姿が人間にしか見えないので当然の反応だ。


「それに、魔族が人間と同じ国に暮らしてるだぁ?いよいよ意味が分からねぇだろうがよ」


「おっさんの言う事もごもっともだと思うぜ。俺だって最初は訳が分からなかったからな。だがここにいるクソガキ、このカトレアは正真正銘、魔族だ。それも、とびきり高位のな」


「えっ!?『好意』?好意を寄せてるって言ったの!?それともあたしに良からぬ『行為』をしようとしてるの!?ねぇ!いやぁぁん、人前でだなんてぇ!」


「毛ほども言ってねぇ」


 両手で真っ赤に染まった顔を抑えてブンブンと身体全体を左右に振っている。カトレアのこういったふざけた態度が、トニーの言葉の信憑性を一気に奪っているのは間違いない。


「痴話喧嘩はもう結構だと言ったはずだが?仮に彼女が魔族であるとしても、将軍が探していた部下たちに相当する存在であるというのは間違いないのであろう?要は、これで一件落着だな」


「そうなるな。短い間だったが世話になった。感謝する」


「あたしにも感謝してよねー?」


「そうだな。お前が来てくれて大助かりだ」


 彼女の頭を小突いていた拳が開き、軽く髪を撫でてやるとカトレアはようやく満足そうに頷いた。


「あ!でも帰る前に観光しようよ!パリって初めてだからさ!」


「あっちは俺がいないことで逼迫してるんじゃねぇのか?フィラデルフィアはどうなってる?」


「フィラデルフィアは復興中だけど、陛下とか将軍たちはほとんど自分のお城に帰ってるよー。残ってるのはフィラデルフィアとロサンゼルスの兵隊たちだけー」


 作業に従事しているのはフィラデルフィアを本拠地とするヘルの部下と、主人が不在となって次の命令が降りてこないトニーの部下だけというわけだ。


「ヘルは?」


「もちろん残ってるよー。少数だけど、いなくなってた閣下の捜索隊も出してくれてるみたい」


 死神ヘルは最も親交の深い、友人とも近い存在だ。トニーの事は心配してくれていたらしい。


「観光をするのであれば、それまで我々は付き合おうではないか。近々に離れられるのであれば、もう話す機会も失われてしまうだろうからな」


「なんだよ、まだどこかに連れていけってのか?だがまぁ、話は通じるようになったし、道すがら外国の事とか魔族の事を教えてくれよ。嘘かほんとか、ちびっ子は魔族なんだろ?」


 クロエが観光を続行するのであればと小隊長と共に案内役を引き受けてくれた。心から案内に協力したいというよりは、クロエは魔術の事を、小隊長は魔族や外国の事を聞きたいからだろう。


「チッ、仕方ねぇな。一日だけだぞ」


「わーい、閣下、ありがとー」


 トニーとしてはさっさと帰りたいのだが、カトレアが迎えに来てくれたおかげで帰れるのも、クロエや小隊長に世話をかけたのも事実だ。

 逼迫した状況に無いならばとそれを了承した形だ。胸に飛び込んで来ようとするカトレアは押し返したが。


……


「なるほどなるほど。それで、魔族との共存の中で人間にも高位の魔術が生まれていると。不思議な国だ」


「知らん。だが、俺の魔術やクソガキの魔術がてめぇらが使うものよりも強力だってのは見ての通りだ」


 カトレアの希望で洋服の仕立て屋に来ている。当の本人はいろいろなドレスやワンピースを試し、それを小隊長に評価してもらっているという不思議な光景だ。

 トニーとクロエは少し離れた場所からそれを見つつ話していた。


「訊くが、魔族とは対峙でなく調和しているという事なのか?」


「半分半分だな。あのガキみたいな味方も大勢いるし、俺に牙向いてくる犬っころもいる」


 厳密には半分以上が前者の味方となるも、後者を表すオースティン副長、既に倒したエイブラハム団長が率いる魔王正規軍の残党も中々の数であるのは間違っていない。


「正直なところ、我らにとっては魔族とあらば全て敵なのだ。手を結ぶというのはあまり感心は出来ん。しかし、そういった国で生まれ育った境遇ならば納得せざるを得ないな。同じ陸地にいれば、戦って滅ぶか、そうする以外に選択肢はない」


「ゴロゴロと魔族が暮らしてるからな。人間は数えるほどだ」


 少しずつ、トニーの話を信じ始めているクロエ。

 カトレアが魔族であるというのは半信半疑だが、彼女が会話に参加していないおかげでトニーの言葉に信憑性が出てきているのは言うまでもない。何とも皮肉なことだ。


「反対に、こちらの大陸に潜伏している魔族もいると言っていたが、それには詳しいのか?」


「いいや。どこに何がいるかなんてのは知らねぇな。だが、こっちで暮らしてるお前らが知らないくらいだ。山奥か森の奥か、秘境で引き籠ってるのは間違いねぇだろうな。連中だって人間と揉めようってわけじゃねぇのも分かるだろ」


「確かにな。何事にも少数派というのは存在するものだ。魔族にもいろいろといるのは驚きだよ。すべての個体が獣のように理性など持ち合わせていないのだと思っていた」


 侵入してくる魔族は人間と話などしないだろうし、クロエがインプなどの下等な種族しか知らないのであればなおさらだ。何も考えずに街を襲ってくるようにしか見えないだろう。


「そういう物言わない奴もいるけどな。喋れるなら人間も魔族も大差ねぇよ」


 トニーの場合は最初に出会った魔族がクルーズという将軍クラスの高位な者であったのもあり、魔族に対して畜生のような印象は薄い。


「ということは、城をお持ちだと言ったがそこでは魔族も?」


「あぁ。味方として、いくらかはいる」


「そうか……少しばかりあなたに対する考えを改めなければならないな。やはり、魔族を許すことは難しいのだ。分かってくれ」


 何も隠さず、いよいよすべてを明らかにしたトニー。彼の実力、そしてその考え方に理解を示しつつもクロエには全面的な肯定など出来ない。


「それでいい。俺が最初に目にしたのがこの国の光景だったとしたら同じ考え方になってるだろうしな。俺自身も魔族に思い入れがあるとか、そういうもんじゃねぇ。近くにいたからねじ伏せて使ってる。もし人間でも同じようにした。それだけだ」


「強者の特権というわけか。しかし、カトレア嬢の懐き具合を見ても将軍は悪政を敷いているというわけではなさそうだ。意外だな」


「失礼な奴め。俺の言う事を素直に聞くんだったらそれは保護する対象になるだろう」


 要は、自分の下につくなら悪いようにはしないというものだ。実際、粗暴なトニーではあるが、一度知り合ったを持った者には理不尽な扱いなどしていない。

 アメリカにいる魔族も、侵略したアジア諸国や、取引のある日本もそれに含まれる。


 また、下というわけではないが、六魔将の同僚や三魔女、大魔王なども今のところ友好的に付き合えている。


「ねぇねぇ、閣下!これにする!買って!」


「あぁ?」


 ようやく気に入ったものが見つかったのか、白のパンプスを履いて淡い桃色のワンピースを着たカトレアが走り寄って来た。

 何故かその背後で小隊長が親指を立てている。彼が見繕ってくれたわけか。不愛想な割に、何だかんだで面倒見がいいのはトニーに似ている。


「買ってやれよ、兄ちゃん。なかなかに可愛らしいじゃねぇか。四年前に病気で死んだ下の娘を思い出すぜ」


「そう思うならてめぇが買ってやれよ。自分の身の上話を俺に押し付けるな、おっさん」


 小隊長には少なくとも二人以上の娘がいたようだ。上の子は生きているのだろうが、医療が発達していないこの世界で幼子の病は致命的になりかねない。


「ばーか。保護者は俺じゃねぇからな。それに、安月給じゃこんな高級なもん買ってやれねぇぞ」


「大方、なけなしの金を酒代に突っ込んでるんだろうぜ」


「そりゃ言いっこなしだぞ。お前だって博打に酒や女は好きだろうが?」


 やはり似た者同士である。とはいえ、この場はトニーが収めるしかなさそうだ。


「チッ、妙な連帯感出しやがって。おら、これで払ってこい、クソガキ」


 高級品と聞いたので一枚では足りないだろうと、三枚の金貨をトニーがカトレアに手渡す。


「閣下、女好きは否定しないんだ?ふーん、ほーん?」


「礼ぐらい言えねぇのか」


「へへーん。そこの泥棒猫に鼻の下伸ばしてごめんなさいって言えばお礼言いますよーだ」


 カトレアはさっと金貨を取ってテテテ、と店員の方へ逃げていく。


「イライラさせてくれやがるぜ」


「だが兄ちゃん、娘かと思えば女房だって話じゃねぇか。大変だな、許嫁ってのもよ。家同士の付き合いか?」


 中世に近い感覚のこの世界であれば、相手が幼くとも家柄を重んじて婚約を親同士で結んでしまうことは珍しくない。


「そんなところだ。名義上、嫁扱いにしとけば俺には都合がよくてな。勘違いするなよ。俺はあんなのに手ぇ出す気はねぇ」


「そりゃそうだわな。やっぱ女はこう、胸と尻が……」


 クロエがひときわ大きな咳払いで小隊長の言葉を遮る。


「おっと、こっちのお嬢ちゃんがお怒りだ。おっかねぇ」


「女人の好き好みの話など、あんな幼子の前で話すことではなかろうと思ってな。違うかな、将軍?」


 カトレアに気を遣っているのではなく、自身が聞きたくないだけだろうが、トニーは特に何も返さない。小隊長の好みもほぼ一致するので否定できそうにないからだ。


「じゃじゃーん!」


 支払を終えて戻ってきたカトレアがクルクルと回りながら自慢げにアピールしてくる。


「お前、その格好でうろつく気か。目立って仕方ねぇな」


「うん!さっきまで来てたフード付きのボロ服はあたしのお部屋に飛ばしました!」


 確かに旅装で多少の土埃はついていたが、それなりに上等な服だったので決してボロなどではない。だがそれと比べると、どこぞの晩餐会にでも行くのかというほど立派なワンピースにパンプスだ。トニーの言う通り目立つ。無論、目立ったところでも何も問題などないが。


「またさらりと凄まじいことを言っているな。服を飛ばしたとはどういう理屈だ」


「え?シュッて飛ばすんだよ!シュッて!」


「転移術って言わねぇと伝わらねぇだろ」


「お前ら……常識だ、みたいな言い方されてもしらねぇよ」


 転移術は魔族のみにしか使えない上、カトレアのように無機物だけでも移動させるとなるとさらに上位の魔術となる。通常は術者と、それが触れている者の移動しかできない。


「もう、説明がめんどくさいー」


「いいから行くぞ。話がしたけりゃ夕飯にしようじゃねぇか。フランスの名のある料理店なら楽しみだ。クロエ、いい店を知らねぇか」


「あ、あぁ。食事だな?個室がある店を手配しよう」


 宮廷魔術師であるだけあって、クロエもその辺りは強いらしい。カトレアのお色直しも無駄にはならなかったようだ。


……


 現世の高級フランス料理店にも見劣りしないほど清潔な店内。

 真っ白なテーブルクロスに、大きな窓からの陽光とシャンデリアからのまばゆい蝋燭の光が個室内を照らしている。

 出される料理も酒も一級品ばかりで、トニーですら文句の一つも出なかった。


「ということは、魔族が我々の街を襲う際にやってきているのもその転移術とやらだったのか」


「そうだよー。歩いてくるには遠いかんね」


「そりゃ厄介だな。そんな便利なもんがあるなら、いつ大挙して押し寄せてきてもおかしくねぇ」


 話題はアメリカに住まう魔族の事だ。


「それはアジアの方でやってる。この辺りで点々といろんな街を落としても面倒だ。端っこから西進してんだよ」


「やってる?兄ちゃん、まるで自分が働いてるみたいな言い方じゃねぇか」


「俺が陣頭指揮の責任者だからな。今はごちゃごちゃと問題が起きて、侵攻も止まってるけどよ」


「待て待て、またも話が飛躍しすぎている。将軍が言っている意味がまるで理解できん」


 とうとうそこまで明かしてしまったかといった感じだが、カトレアの正体も半信半疑であるクロエたちにとっては混乱を生むばかりだ。


「だから、俺が指揮してる大部隊がアジアを攻めてたんだっての」


「将軍!冗談でもそのようなことは言うべきではないぞ!」


「おう、将軍様。もしそういうことなら、てめぇは人間の身でありながら人間と敵対してるって話になるぜ?それに、魔族にも仲が良くねぇ奴もいるって話なんだろ。敵だらけじゃねぇか」


「そんなことないよー。閣下には味方もいっぱいいるしー」


 張りつめた空気の中では、カトレアのふわふわと呆けたような声がよく通る。


「それに人間の国でも人間同士で争ってるじゃん?他国との戦争にしろ内乱にしろさぁ。そんな中で時々侵入してくる魔族とも戦うでしょ?」


「さっきもクロエに言ったが、俺は種族でどうこうとは考えねぇ。味方であれば人間も魔族も分け隔てなく接するが、それは敵としても同じだ。どちらであろうと目的のために必要であれば戦う。だが、必要以上に殺しはしねぇ。降伏すりゃそのまま多少の徴税を課して街ごと生かすし、有能なら過去の如何に拘らず登用してる」


「仲良しもぜーんぶ部下ってわけでもないんだよ。たとえば日本のおサムライとかは占領してるわけじゃなくて取引相手だし。アメリカにいる他の将軍たちとはお友達だし。とにかく……閣下はみんなに好かれてて感謝されてて、決して悪党じゃないのだ!」


 カトレアはトニーに向けられる疑念をフォローしようと、身振り手振りで健気に頑張ってくれている。


「どう取り繕おうが、人間を殺してるんだろ」


「その通りだ。人間も魔族も邪魔なら殺す。綺麗ごとで言い訳する気はねぇよ、おっさん。だがアメリカで暮らしてる連中の状況を知ってれば、そうも言ってられねぇぞ」


「ばびゅーん」


 トニーにそんなつもりは無かったのだが、百聞は一見に如かずと、カトレアが即座に瞬間転移を発動した。

 いつの間にか直接触れていずとも彼女の意志で発動対象範囲をかなり広げれるほどに精進しているようだ。もちろん、今回の対象はこの場にいる四人だ。


「チィ。また何かわけのわからない魔術かよ……」


「これは、なんだ?」


 突如変わった景色。まさか自分たちが一瞬にして別の場所に飛ばされたとは思っておらず、クロエの言葉は「ここはどこだ」ではなく「これはなんだ」であった。転移術は理解に及ばず、幻術か奇術で現実とは異なる映像を見せられているように感じたといったところか。


「あ?フィラデルフィアか」


 カトレアが転移先に選んだのはトニーの居城ロサンゼルスではなく、今も復興の最中であるフィラデルフィアだった。その天空城の敷地内である。

 ただ、今は城内には誰もおらずガランとしていた。ヘルの様な見目恐ろしい人物がいたらゲストの二人は大混乱していたはずなので都合がよい。


「ほらほら。ここからならアメリカで暮らしてる魔族の人の様子見えるでしょー?こっちこっち!」


 カトレアが天空城の敷地のギリギリ、大地を見下ろせる崖際に手招きする。


 クロエと小隊長が顔を見合わせて、諦めたかのように肩をすくめる。

 そして、カトレアの手招きに従ってその場に立った。トニーは特に動かず、少し離れた位置から三人の様子を客観的に見ている。


「これは……この、我々がいる神殿のような土地は宙に浮いているのか」


「なんだ?空飛ぶ城だと?夢でも見せられてる気分だぜ」


「あたしが注目してほしいのはそこじゃないんですけどー。一面の荒野の中に建ち並ぶ簡素な街並み!しかも今はおっきい虫に壊されてボロボロ!厳しい環境でしょー」


 引き続きのオーバーリアクションでカトレアが説明する。悲痛だと訴えたいはずなのだが、なにやら楽しげに見えてしまう。


「大きい虫?まぁ確かに街並みは酷いものだ。しかし、将軍の話では街などないという話だったが?」


「うん!ここは閣下とあたしの街じゃないよー。こういう場所は珍しいです。でも家とかあったほうが分かりやすいかなと思って」


 ズゥ……バリバリバリバリッ!


 彼らから近い空間がゆがみ、亀裂が走る。通常の空間転移だ。

 その中からはこの天空に浮く城の主、フードのボロを被った死神のヘルがぬっと姿を現す。


「来客の気配があると思って城下より戻ったが、カトレアに……おぉ!トニーではないか!やはり生きておったのだな!」


「いやぁぁぁぁ!ば、化け物!?」


「クソ、奇襲とはふざけやがって!下がれ嬢ちゃん、こいつぁ間違いなく大将格の大物だな!」


 これ以上ないほどに驚いたクロエが杖を、小隊長がぶら下げていた剣をそれぞれ手に取る。


「こらこらーっ」


 カトレアが言い、次の瞬間にはクロエらの得物はパッと消える。それは一瞬にしてカトレアの手元に転がった。


「む、新顔か?すまぬな、貴様ら人間にはやはり強面に見えるか。これでも美形で通っているのだがな」


「お前がそんなつまらねぇ冗談吐くとは驚きだぜ」


 離れていたトニーが皆の元へと歩いてくる。そして、ヘルの華奢な身体とガッシリと力強くハグをして背中を叩き合った。


「よく戻った、友よ」


「てめぇらにも随分と心配かけたみたいだな。永らく空けて悪かった。この通り、俺はピンピンしてるが、一緒にいた連中は消えちまったらしい」


 二人がハグを解き、話している途中で小隊長が割り込む。


「待て待て!どういうことだ、将軍様ご夫妻よぉ!俺達と化け物を面会させてどうするつもりだ、てめぇら!」


「知らねぇよ。そのガキがやったことだ。だが、この骨野郎を見て思うことは無いか?俺も最初に魔族を見た時は何事だと思ったもんだが、いつまでビビってやがる。いい機会だ、少しくらい話してみろ」


「思うことだぁ?邪悪な化け物にしか思えねぇな!」


「嫌われたものだな。確かトニーも貴様らと同じ人間だが、別の世界がどうのというよくわからん存在であったか。まぁ、我にとっては友の素性など些細な事だ」


 既にヘルやカトレアも大魔王アデルと同じくトニーの出自を何となくは認知しているが、結局のところは別にどうでも良いというのが正直な感想のようだ。大魔王アデルや大魔女エリーゼはかなり興味を持っていたが。


「それより俺の剣を返せ、ちびっ子!宮廷魔術師の嬢ちゃんの杖もだ!」


「返してもいいけど振り回さないでよー?当たったらヘル閣下が可哀想じゃん」


「叩き斬るに決まってんだろ!」


 一向に落ち着きそうにない小隊長とは対照的に、クロエは大きく息を吐いて深呼吸した。


「分かった。確かに将軍の言う通り、こんな機会は滅多にないはずだ。初めは幻術でも見せられているのかと思ったが、どうやらこの状況は現実らしい。それに……我々がどう足掻いたところでこの場では無力なのだろうからな」


「だとしても華々しく散るのが衛兵の矜持だろうがよ!」


「いや、私は衛兵ではないのだがね。彼と……カトレア嬢もか。とにかく彼らは魔族かもしれんが、今までに何度かパリを襲って来た連中とは別人だ。バレンティノ将軍の知り合いなのであれば我らに危害は加えまい」


 ヘルはあくまでも落ち着いているので、クロエの目から見ても攻撃を加えてくるなどとは思えない。

 過去に侵入してパリを襲った事があるかどうかは謎だが、たとえそうでも火種を生むと分かり切っているこの状況で、彼がそれをわざわざ言うはずがなかった。


「たとえばだが、俺は魔族にも人間にも仲間を殺されたことがある。てめぇの言う矜持とやらに従うなら、俺は世界中の人間と魔族を皆殺しにしなきゃならねぇことになるぞ?仇だけ殺りゃあ、残りの奴は同族だろうが関係ねぇだろ」


「そりゃそうだが、さすがにこの見た目は抵抗があるってんだよ!」


「えー?ヘル閣下のお顔が怖いのー?かわいい熊さんとかに変えてあげようか?」


「やめよ、カトレアよ。我の美形を変えてしまうとは何事か。しかも獣になどと。あぁっ、やめよと申しておろうが!」


……


 数分後。ひとまず顔を熊のぬいぐるみに変えられてしまったヘルと、トニー達一行がフィラデルフィア城内の大きな円卓を囲んで座っている。


「……ぷぷっ」


「何を笑うか!貴様が変えたのであろうが!」


「まぁ、緊張感がなくなったのは確かだがよ。ちびっ子、コイツは一生この顔のままなのか?」


 気の毒そうに小隊長がヘルの今後を心配しているのが何とも滑稽だ。


「ははは!一生そのままでいいんじゃねーのか、ヘル。侵入先の街で子供に囲まれろよ」


「貴様ら……」


 パンパン、と手を叩いてこの場を収めようとするのはクロエだ。彼女はいち早くこの状況を受け入れた。ヘルやカトレア、トニーに対しても何から何まで聞きたいことだらけで待ちきれないのだろう。


「まずはカトレア嬢、どうして我々をここに連れてきたのだ。それも一瞬で」


「言ったじゃん。あたしたち魔族がどういう状況なのか見てもらったの。地獄の底で暮らしてるんじゃなく、ふつーの貧しい人々って感じでしょ?来た手段の話なら瞬間転移だよ。あたしはなんと、転移術師なのだっ!」


 クロエは取り出した手帳にカトレアの言葉を書き留めていく。


「転移術師とは、人間にはいない術者だな」


「らしいね!不便だなぁ」


「ほう。それで人間どもは、いつまでもこのアメリカの地に反撃が出来ぬわけか」


 ヘルは人間が誰一人として転移術を使っていない事など忘れてしまっていたようだ。言われてみれば確かにそうだったな、といった様子である。


「だから俺らにとっちゃ、今がその最大の好機ってわけだ!」


「おじさんずっとうるさーい。剣また取り上げるよぉ?こーんなにかわいい熊さんにしたのに。ねぇ、クマ閣下?」


「名まで変えるな」


 小隊長が相変わらずいきり立っているが、先ほどの真剣な表情とは打って変わって、にやけているように感じる。かなり緊張もほぐれたようだ。


 トニーに似て基本的には粗暴ではあるが、ひとたび対象に害が無いと判断するや否や、それを受け入れる柔軟性も持ち合わせている。

 フランス人であり、それも前線で魔族の攻撃を防いできた衛兵あるため、やや時間がかかったというわけだ。


「その……彼、で良いのかな。ヘル閣下とやらの姿はいったい」


「姿ぁ?最初の骸骨顔が本物で、今のかわいい熊さんはあたしが幻術で変えてるだけだよー。あとでヘル閣下におやつを貰えたら戻します」


「なぜ我の落ち度のようになっておるのだ。菓子を望むならそちらの人間の戦士にであろう」


「おやつ?まぁ、いいけどよ。この辺に売ってんのか?」


 小隊長が眼下に映る城下町を指さす。

 まさか、魔族の街で買い歩きをしても良いと言い出すとは思わなかった。


「多分売ってるけど、もちろん銅貨や銀貨は使えないよー。魔族は物々交換が基本なのだ」


「そりゃ困ったな。金以外に差し出せるものは持って来てねぇ。腕や首なんか差し出させるなよ」


 冗談のつもりだが、実はそれでも買い物ができるとは、人間にとっては冗談ではない。


「剣や軍服だって無理だからな。嬢ちゃん、何か不要な物を貰えねぇか?あっちに帰ったら買い直してやるからよ」


「いいや、生憎だが私も杖と衣服、手帳類以外には何もないな」


 そして、視線が集まるのはトニーだ。


「何で俺が払う事になる?ヘル、出してやれ」


「我の落ち度になるのは最もおかしいと話したはずだが?」


 この四人の擦り付け合いは長引きそうだ。


……


 未だ傷跡が深く残るフィラデルフィア城下を、執務に戻ったヘルを除く四人で歩いている。

 半壊している土造りの建物の前に簡易テントを張って雑貨屋を出店しているスケルトンがいた。兵士ではなく、フィラデルフィアで生活をしている一般人のようだ。


「これはこれは。カトレア様にバレンティノ将軍」


「何を売ってるのー?」


「衣服に雑貨の様なものでございます。恥ずかしながら、高位の方にお勧めできるようなものは何一つ……」


 確かに、商品が並ぶテーブルの上にはとても売り物だとは思えないボロ布や石、金属片などしかない。一番マシなものは途中でぽっきりと折れた抜き身の直剣だろうか。


「なんつーか。普通にこうやって魔族も生きてるんだな。パリまでやってきて、人間を食い漁るような奴ばっかりじゃないわけか」


「私も今、複雑な思いを抱いているよ」


 その時、近くの空間でいくつかの亀裂が走った。言うまでもなく空間転移の前兆だ。ほどなく、その中から複数の人影が出てくる。


「親父ぃぃぃ!よかった、ご無事だ!」


「親父!お帰りになったと知らせがありましたよ!」


「閣下!お迎えに上がれずに申し訳ございません!」


 組員を含むトニーの部下たちだ。ヘル辺りが早速、トニーが生きて帰り、今は城下にいるという情報を伝えたのか、彼らが次々と帰還してくる。


「おう、心配かけたな。こっちの仕事は……おい、やめねぇか!」


 あっという間に周りを囲まれ、余程うれしかったのか、組員やリザードマンなどの魔族から胴上げを受けている。


 一分ほどそれが続き、降ろされたトニーは組員らに一発ずつ拳骨を振舞ったが、彼らはそれすらも噛み締めるが如く嬉しそうに笑顔で食らっている。


「本当に……人間もいるのだな。カトレア嬢とバレンティノ将軍以外にその姿が見えなかったので疑っていたが。そして転移とは貴殿らにとって、この様に日常にありふれているのだな……」


 クロエが今のところはカトレアも人間に含めているのは、彼女がまだ変装を解いておらず、人間の少女にしか見えないからだ。

 しかし、組員らはトニーと同じく異世界の者ではあるものの正真正銘の人間である。


「ここはヘルの街だからな。人間が多いのは俺の城だ」


「ねー、それよりおやつのお買い物はー?あ、野郎どもが何かお土産持って来てないかなぁ!?」


 カトレアもトニーを真似て組員を野郎どもと呼んでいるが、その意味は分かっておらず、そういう名前の種族だと思っていそうだ。


「おう、カトレア嬢ちゃん。なんだ、その人間みたいな恰好は」


「お嬢がおやつだとよ!誰か、何か持って帰って来てねぇか!」


 組員らが確認し合い、いくつかの焼き菓子や果物がカトレアに贈呈されている。彼らはトニーを探して世界中を飛び回っていたはずなので、侵入時のように色々と出先で拝借してきていたようだ。


「親父、横のコイツらは?」


「フランスの奴らだ。俺があっちにいる間、世話になったんでな。その一部だ」


 世話になったから連れてきたわけではないが、一から説明する必要もないだろう。

 一部と言ったのは、他にも通訳の兵士や荷馬車に乗せてくれた商人の若者、農村の夫婦など、いろんな者たちに助けられてトニーは生き延びたからである。

 彼らへの恩も決して忘れたわけではない。


「そうでしたか。おい、ウチの親父を助けてくれてありがとな。お前らは俺達にとっても恩人だ」


 トニーを囲んでいた一同が、今度は客人二人の周りに集まってくる。


「親父?なんでこんなにデカい息子たちがゴロゴロといるんだよ。んで、嫁はそこのちびっ子だろ?わけわかんねぇ」


「あ、その、すまない。まだ魔族とこんなに至近距離に寄るのは抵抗があってだな。もちろん人間であろうと大勢の男衆に囲まれるのも、ちょっと」


 組員らと魔族の兵士らにも詰め寄られ、クロエと小隊長がそれぞれの理由で困惑している。


「俺達の組織は、おっさんに分かるように言えば……そうだな、親子の契りを結んでるんだよ。別に実子じゃねぇが、家族みたいなもんだ」


「なるほどな。この、トカゲやら骨の魔族もか?」


「そっちは部下だ。ファミリーとは別で考えちゃいるが、どっちも大事な連中だ。別に甲乙つける気はねぇから、仲良くしてやってくれよ。お前らも今や仲間みたいなもんだからな」


「はっ!仲間とは面白れぇこと言いやがるぜ」


 小隊長が照れ臭そうに鼻を鳴らす。

 トニーは甲乙つけがたいとは言っているものの、究極の選択を迫られればそこは魔族の部下ではなく組員を取るだろう。しかし、それを敢えてここで言う理由は無い。


「ま、パリでは中々お目にかかれない珍しい連中だ。おい、そこのトカゲ。ガタイが良いな。あとでいっちょスパーリングでもやるかぁ?」


「は、はぁ」


 そんな中、トニーやクロエたちとのやり取りには参加せず、少し離れたところでこちらに向けて跪いている二人分の影に気付く。腕章をしたリザードマンとスーツを着て大小の日本刀を腰に挿すスケルトンだ。


 トニーは一人、そこへと歩を進めた。

 己の主が近寄って来たと足音で気付くと、その影たちはより一層深々と頭を下げる。


「「……」」


 その二人は下を向いてはいるが、目の前に立つトニーの足は視界に入っている事だろう。しかし一言も発しないまま、ただただひれ伏している。


「てめぇらと同じリザードマンやスケルトンはあんなにはしゃいでるってのに、何を縮こまってやがる」


「申し訳ございません、閣下。側仕えを賜りながらお守りすることも出来ず、またお探しすることさえもかなわず、私は護衛失格でございます」


「ジャック。お前は確か、日向に刀の新調へ行ったタイミングだったはずだ。俺の近くにいなかった事に非なんかねぇ」


 トニーのボディーガードであるスケルトン兵、ジャックはさらに頭を下げ、地面にその白骨化した額を押し付けてかしこまった。


「で、ミッキー。てめぇは何でここにいる?上海方面の管理はどうした」


「はっ。誠に勝手ながら私も閣下の捜索隊に加わっておりました。ご無事の連絡を受け、お叱りの言葉を賜ろうと参上した次第でございます」


「だったらもうその条件は満たしただろう。とっとと仕事に戻れ」


「はっ!」


 ジャックに対しては甘いが、やはりミッキーには厳しく当たるトニー。一度、トニーの意見に反対して副官でありながら離脱した身だ。建前上、許していないという事になっているので、意地でもそうなってしまう。

 もちろん、そんなトニーとてミッキーの気持ちはありがたいものだと受け取っているはずだ。


 ミッキーが空間転移で消えていくと、トニーはジャックを従えてカトレアやクロエたちが話している場へ戻った。

 思った以上に盛り上がり、早くも打ち解けているのだから不思議なものだ。


「あ、骨くん!あたし、閣下連れて帰って来たよぉ」


「カトレア様、これ以上ないお手柄でございました。閣下にもしもの事があれば自刃する覚悟でしたが、感謝申し上げます」


 トニーの後ろからジャックがカトレアに謝意を述べる。


「なーにが自刃だ。簡単には死ねねぇだろ。というか、そんなことはするな。仮に俺がくたばったとしても、てめぇの余生は組の連中の面倒を見てやれ」


「はっ、かしこまりました」


「おい、将軍様よぉ。なんつぅか、こっちの連中も気の良い奴らが多いじゃねぇか。色々と悪かったな」


 小隊長が一歩前に出て、トニーの肩を軽く叩く。


「構わねぇよ。人の善悪に魔族も人間もねぇってのは分かってくれたろ?良い奴はどっちにもいるし、悪い奴だってどっちにもいる。あとは、痩せた土地と貧しい暮らしぶりも分かってくれたはずだ。これが魔族が時折お前らの街を襲う理由だ。腹が減ってる。それだけだ」


「……それを許すとまでは言えねぇがよ。人間だって食うんだろうからな。でも、こんな何も育たねぇような国で、腹が減ってるってのは理解した」


「転移術が無けりゃとっくに絶滅してただろうな、こいつらは。で、何百年か何千年も前だったか。歴史は詳しくねぇが、遥か昔には一緒にヨーロッパやらアジアで人間と暮らしてた魔族を、この大陸に追放したのは当時の人間様なんだとよ」


 聞き慣れないこの衝撃的な話には、小隊長だけではなくクロエも反応した。


「それは本当か、将軍?人間たちが魔族の力を恐れて、という事だろうか?」


「俺もその時代にいたわけじゃねぇから本当かどうかは知らねぇよ。だが俺はそう聞いたぞ」


「それは正しいよー。で、人間の偉い人たちはその歴史を隠してんの!だから今の人間は知らないんだって!可哀想ー」


 両目の隅を人差し指で拭って泣き真似をして見せるカトレア。ただふざけているのではなく、気の毒だと思っているのは本当だ。

 政治については民衆を欺く人間の為政者よりも、大魔王の方がよっぽど聖人である。


「にわかには信じがたいな。ここへ来て、そんな話の連続だ」


 そう言いつつもしっかりとメモ書きを取るクロエ。信じる信じないは別として、与えられた情報はほとんどすべて記録している。


「魔族からしたら人間を悪く言うだろうしよ。少しは誇張されてんじゃねぇのか、兄ちゃん?」


「さぁな。俺は聞いたままを話しただけだ。お前らの方にもまた別の言い分はあるだろうし、当時の事なんて確かめようがねぇからこの話は平行線だろうぜ。ただ、魔族の方ではそういう歴史になってるってこった。そんで俺自身は正直なところ、事実はどうだっていいと思ってる」


「えぇー?一応、最初に悪いことしたのは間違いなく人間だってばぁ。陛下とか参謀長とかお婆ちゃんに聞けば当時のことだってお話してくれるよぉ?ていうか、ヘル閣下でもいいし!」


 カトレアとしてはトニーが全面的に魔族側を擁護してくれないことに不満があるらしい。大魔王や大魔女エリーゼなど、あらためて長寿組に聞けとまで言う始末だ。

 どちらかと言えばそれはトニー本人よりも二人の客人に対して効果があるかもしれない。


「だからどうだっていいっての。実際にそれを知ってるって奴に話をされたところで、数十年しか生きられない人間にはおとぎ話にしか聞こえねえんだよ」


 自分たちの物差しで考えると、何千年、何百年生きていると言われても信憑性に欠けてしまうのは仕方がないことだ。


「そこまで言う兄ちゃんが人間の身で魔族側についてるのは出生だけが理由かよ?」


「そうだ。ロサンゼルスって街に落ちてきた。そこで出会った魔族をぶっ飛ばしたら他の雑魚共が俺に従うって群がって来た。だから面倒を見てる」


「落ちてきた?生まれ落ちたって意味なのか何なのか良く分からねぇが、それが運命だったって事だな」


 トニーの言う落ちてきた、とは異世界からの転移という意味だが、ある意味で新しい世界に生まれ落ちたともいえるので否定はしない。


「あぁ。だがこうしてお前らとも話せたことだ。出来るだけパリは襲うなってこっち側の連中には言っといてやるよ」


 別の国、街、農村にもトニーが息をかけているものが複数あり、他の六魔将には注意喚起している。

 だがフランスの首都、パリとなると別格だ。人口も物資も多い為、ある程度の頻度で侵入は行われている。さすがに快諾とはいかないが、少しは遠慮してくれるかもしれない、と言った程度の期待しかできない。


「それはありがたいが、本当であれば即座にどこの街をも襲うのをやめて欲しいところだ」


「それが出来ない土地だからな、クロエ。こっちも飢えるわけにはいかねぇ。だからアジアから順々に攻撃して占領してるわけだ」


「その先鋒で陣頭指揮を執るのが貴殿……と」


「むしろ他の幹部連中じゃなく、俺で良かったと思えよ。抵抗しない限りは人間の街を攻撃したりはしねぇし、占領後の現地住民にもある程度生活が楽になるような配慮はしてる」


 実際、トニーは元の領主よりも減税している場合がほとんどだ。侵略による死者や怪我人もゼロではない為、恨みはないとも言い切れないが、むしろ感謝されているケースも多数ある。


「いずれは俺達の街にも兄ちゃんたちの部隊が攻め寄せるってか」


「それはねぇと思うけどな」


「あぁ?なんでだよ、そういう話だろうが」


「フランスはヨーロッパでも一番西だろ?そこまで部隊が進む頃には抵抗らしい抵抗なんざ無くなってるさ。俺らが言うほど暴力的じゃねぇって噂もきっと広まってる。和平交渉なり、属国化の話なり、そういう形で進むんじゃねぇのか?フランスのお偉方が意地になって戦おうとしねぇ限りはよ」


 かなり楽観的な話だが、フランスが攻撃対象となっている時点で他の国はことごとく魔族の手に落ちていることになる。戦意喪失もあながち有り得ない話ではあるまい。

 加えて、トニーが目指すのは世界征服ではなく、アメリカが世界第一位の権力国となって「星守」なる存在が具現化することだ。それが達成された時点で侵攻は事実上停止する。


「ねー。お話長いよぉ。上海行ってもいい?お腹もすいたよー」


 ここで、退屈し始めたカトレアが不満を漏らす。

 フィラデルフィアで何か腹を満たすものを探すのも骨が折れそうだ。あっても大した料理ではないだろう。


「行くのはいいが、こんなにゾロゾロと引き連れていく気か。だいたい、さっき貰った菓子やらはどうした」


 周りには組員や魔族も含め、トニーの部下たちが数十人はいる。


「ううん、四人だけで行くー。おやつはもう部屋に送りました。寝る前に食べるの。それっ」


「おい、待て……っておせぇか」


 既に風景は一変。トニーとカトレア、クロエに小隊長の四人は、瓦屋根の街並みが続く上海の市街地に転移していた。

 多大な心配をかけて帰って来たばかりだ。ジャックか、組員の誰かぐらいはつけておきたかったが、もう遅い。


「まーた、例の転移術かよ」


「慣れないものだな。急に景色が変わるというのは」


 小隊長とクロエが見たことのない中国の街並みを観察しながらそう言った。


「上海だよー。すっごくおいしい料理屋さんがあるからみんなで食べようよ!」


 以前、トニーと訪れた中華料理屋も含め、カトレアは中国の食事が気に入っている。大きなエビや上海蟹、鶏など、丸々と食材の姿が残った派手な料理を取り分けるのが楽しいらしい。

 唐辛子をふんだんに使った四川料理は苦手なので、上海料理、北京料理、広東料理がメインとなる。特にここは上海である以上、海鮮が豊富な上海料理店が最も利用頻度も多い。


「おや?これは、カトレア様に……将軍様!?」


「バレンティノ閣下!?」


 転移術自体はたまに目撃するはずだ。しかし周りの住民たちがその人物、突然のトップ二人の登場にざわつき始める。


「どこでも大人気なのは良く分かったがよ。俺には普通の人間の街に、お前ら二人が人間として君臨してるようにしか見えねぇぜ」


「そりゃここにはほとんど人間しかいねぇからな。だが、俺らが占領した割には生き生きしてるだろ」


 跪いたり、両手を合わせて拝む連中に対して軽く右手を挙げて応じながら、トニーは小隊長にそう返す。


「確かにな。奴隷みたいな生活してるようには見えねぇ。むしろさっきの魔族の街の方が色々と酷かったじゃねぇか。街を乗っ取ったんならなんでさっさと移住してこねぇ?」


「転移術が理由だな。住む場所は別にあれでいい。何か必要な時だけふらっと出てくる。そういう奴らが多いんだよ、魔族には」


 フィラデルフィアはトニーの街ではないのであそこの住民は上海などには出てこないが、ロサンゼルスの者は別だ。もちろん住民ではなく、ここを訪れるのは食料や衣料品など、何かに用事があるトニー配下の魔族や組員だけだが。


 ちなみに、既にカトレアの翻訳術で住民の中国語、トニーらの英語、クロエらのフランス語は垣根を越えて全員が理解する言語として、つまり各々には母国語として聞こえている。


「カトレア嬢、せっかくなのでお願いしてもいいだろうか?」


「んん?なぁに?」


「食事がとりたいのであればその後で構わない。もっと、世界中の街の様子を見てみたい。大ヨーロッパ、大アジア、アメリカを問わずな」


 移動時間を気にすることなく、一瞬にして様々な国の見聞を得るまたとないチャンスだ。さらに、カトレアやトニーが一緒にいるのであれば、人間の国でも魔族の国でも全く関係ない。


「おうおう、敵地の割に余裕だな。宮廷魔術師の嬢ちゃん」


「それは貴殿も同じだ。トカゲの化け物と仲良くなっていたじゃないか。それで、カトレア嬢。いかがかな」


「えぇー?閣下、どうするぅ?」


「好きにしろ。俺は行かねぇよ」


 トニーとしては、食事の後は久しぶりのロサンゼルス城の自室でゆっくりしたいところだ。せっかく戻ってこれたところに、また色々と連れまわされる気は無い。既にフィラデルフィアと上海には強制連行されてしまっているが。


「んじゃ行かなーい。ごめんね?」


「そうか……では、我々はこの後パリに戻してもらえるのか?」


「どうした。帰りたくねぇ様子だな、クロエ。俺の城で晩餐と宿泊までしていけよ。おっさんもついでにな。一日二日くらいならパリを空けてても問題ねぇだろ?」


 まるでベッドに誘っているようなトニーの言い草だが、別にやましい気持ちは無い。明日以降であれば、トニーもカトレアの世界一周旅行に付き合っても良いと思っている。


……


 到着した上海料理店では、カトレアの好みの派手な茹でカニが運ばれてきた。それを彼女だけがバリバリと殻ごと食べるという珍事件が起きた以外は、基本的にクロエからの質問責めだ。小隊長はあまり何も訊いてこず、食べたことのない中華料理自体を楽しんでいる。


「そういえば、ガキ。お前と合流する前に男が首を落とされた事件があったが、あれもお前の仕業か?」


 火事はカトレアが意図的に起こしたと認めているが、そちらは不明なのでトニーが尋ねた。


「え?殺し?ううん、そんなことしてないよ。火事は目立つけど、人殺しくらいじゃ離れてたら閣下に気付かれないじゃん。火事も出来るだけ誰も死なないようにはしてたし。もし逃げ遅れて死んじゃってたらごめんなさいだけど」


 小隊長は彼女が幼いからか、特に放火で捕まえようともせず、何も言わずに見逃してくれている。それより今はふかひれスープに夢中だ。


「あまり褒められた行為ではないが、こうして我々も手厚く貴重な体験を得ている。少しくらいは目を瞑るとしよう」


 まるでそれを代弁するかのようにクロエが言った。


「あー、火事かな?そうだよね、人が死んでないとしても悪いことだもんね。ごめんなさい!」


「私は何も聞いていないし、何も知らないさ」


「まさか、こんなちびっ子をしょっ引いてみろ。周りから見たらむしろ俺の方が悪者扱いだぜ。愛娘を捕まえるのと何らと変わらねぇ」


 両手で耳を塞ぐような仕草にウインクを合わせるクロエと、ニカッと笑う小隊長。

 カトレアがあの場で人殺しまでやっていたら、この態度はどこまで険しく変わったかは分からない。もちろんさして変わらないことも考えられるが、その真相は確かめようもないことである。


「で、明日はどこに連れていけばいいの?閣下も来るよね?」


「人間の国は日本とかでいいんじゃねぇか。国内は……見栄えするのはニューヨークとボストンか?」


 フィラデルフィアの天空城に負けないインパクトがある場所と言えば、魔王城や飛竜レースのコロシアムくらいだろうか。


 ここまできたらゲストの二人も観光気分でノリノリだ。危険な旅になるとは微塵も思っていない。

 食事が済むと街の中央の高台にある大屋敷、つまり現在は上海地区の庁舎として使われている建物に向かった。


「閣下、お久しゅうございます。ご無事で何よりでございました」


 左右の袖に手を入れて頭を下げる中国式の礼で主を出迎えたのは、呂明だ。

 彼は元上海地区の長官であるが、中国全土の管轄を任せているため首都である北京に詰めていることも少なくない。この時はたまたまこちらにいたようである。

 カトレアやミッキーがアジア方面の仕事をするようになってからは、呂明の活動範囲も自由になっているらしい。


「こっちにいたのか。ご苦労なこった」


「はい。しかし、三日後には北京へと向かいます。カトレア様もお帰りなさいませ」


「たっだいまー」


 特にここを訪れた理由は無い。強いて挙げるとすれば、クロエたち二人に対して「きちんと街を治めているだろう」というアピールになるくらいか。


「トカゲの副官殿もおられますが、御呼びしましょうか」


「別にいい。さっき会ったばかりだ」


「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」


 呂明は一行がくつろげるよう、椅子と円卓のある部屋へと案内する。

 ミッキーも屋敷のどこかにいるようだ。トニーとカトレアの来訪に気付いていないわけがないが、トニーの無事は既にフィラデルフィアで確認できており、いちいち顔を見せては再度トニーの機嫌を損ねてしまうだろうという配慮に他ならない。

 無論、呼び出せば飛んでくるだろうが、トニーからミッキーへは何の用事もないのでそのままにしておく。


「俺がいない間に、何か厄介ごとはなかったか」


 上座の席に着いたトニーが言った。


「幸い、大きな問題はございませんでした。ただ、隣国では怪しい動きがあると風の噂を聞きました」


「隣国?どこだ」


「詳しくは私も存じ上げませんが、インドやスリランカあたりでしょうか。ここ中国ほどは、閣下の御手の者が入っていないと聞いております。既に占拠していたはずの街で住民が決起した場所もあると」


 呂明の言う通り、中国はアジアの足掛かりにした国であり、重要拠点として力を入れて管轄しているが、他の国はザルだ。

 いくら減税などで好待遇をしているとはいえ、目を離していれば自分たちの国や街を取り戻したい、独立したいという勢力は出てくるだろう。


「野郎どもにでも、少し見て回らせるか。もし、そいつらの不満が話し合いで解消できそうなら聞いてやってもいい。他は何か無いか?」


「特にございません。これも閣下のご威光の賜物でしょう」


「……思っていたよりも広範囲に将軍の息がかかっているのだな。驚いたよ」


 クロエの手元のメモ帳、トニーが占領した国名に呂明が言ったものが追加される。


「今聞かされた通り、一筋縄じゃいかねぇみたいだがな。それでも、ここに来る前に想像してた阿鼻叫喚の地獄とは程遠いはずだぜ」


「むしろ、滅ぼしたりした街があれば話を聞かせてくれないか?」


「抵抗した街はとことん滅ぼしてる。単純に邪魔だってのもあるが、周りが降伏したくなるような見せしめになる。侵攻初期の中国なんかはほとんどそうだな。ちなみに、上陸地点はここ上海だった。一回潰した後、復興の支援をして街を再生させてる。取るに足らねぇような小さな集落はやりっぱなしで放置してるが、ここはさすがに拠点として重要だったからな」


「復興の手助けだと?」


 窓の外の上海の美しい街並みを見やりながらクロエが言う。やはり注目すべきはそこだ。


「閣下は、我らとの争いで瓦解した建物を直す際、それに従事する住民を食料や賃金で雇ってくださったのです。もちろん、ご自身の兵も動員されておりましたよ」


 呂明が説明する。


「特にここは最初の街だ。先に進みたい気持ちもあったが、いちいちロサンゼルスに帰るよりはここを強固にした方が良いからな」


「ロサンゼルスというのが将軍の城だったな」


「あぁ。そろそろ帰るとするか。呂明、三日後の北京行きは馬か?もしそうなら遠慮せず、ミッキーに頼んで空間転移で送って貰え」


 深々と頭を下げる呂明の姿がパッと消え、四人はロサンゼルス城の玉座の間へと転移していた。


……


 晩餐までは時間がたっぷりある。トニーはすれ違う魔族の部下たちやロシア兵などと言葉を交わしながら寝室へと向かった。

 守備を任せている女団長などとも、久しぶりに話すべきであったかもしれないが、流石に疲れ果てており、ベッドに寝転がると瞬時に眠りに落ちた。


 長らく味わえず、ようやく訪れた安心感からか、夢を見る。

 内容は他愛もない、ニューヨークのスタテンアイランドにいた頃の夢だ。


 弟と力を合わせて組の切り盛りをし、しのぎを削って必死に組員や舎弟らに食わせてきた。そんな、懐かしい夢だ。


 トニーは途中でそれが夢だと気づいた。そこにいるはずのないミッキーやジャック、カトレアなどがスタテンの屋敷にいたからだ。

 あちらの世界で魔術を使う見目恐ろしい化け物たちが闊歩していれば、大変な騒ぎになるだろう。


 そして、屋敷のバルコニーで酒をあおっていると、なぜか上空に現れた一機のヘリコプター。そこから強烈な光が浴びせられて目が覚めた。


「ふん……くだらねぇ」


 何に対してくだらないと言ったのかは本人にも不明だ。色々と現実に起きたものと違う事を指すのか、あるいは懐かしいスタテンアイランドの景色を思い出している暇があったら、さっさと現実の問題を解決すべきだという自身への怒りか。


「で、お前は何でここにいるんだ?」


 トニーの腹の上、小さな身体を丸めてカトレアが寝ている。彼の寝室には基本的に立ち入り禁止だが、久々の再開が嬉しすぎて片時も離れたくなかったとか、そんなところだろう。

 珍しくトニーは着衣したままで寝ていたので、特にやましいことはないが、熟睡している間にちょっかいくらいはかけられたのかもしれない。


「んん……ありゃ、起きちゃったの」


「二度と入って来るなよ」


「けちー」


 カトレアはひょいと飛び起き、セダンや銃器、日本刀、お気に入りの酒瓶などが並ぶ寝室の中をうろうろと回り始めた。退室を求められている事などお構いなしだ。


「……大事なお客さん方はお前一人で案内できたか」


「うん、ぐるっとお城を回って、今は別々の客間にいるよ」


 トニーが自室に入る前にカトレアにクロエたちの事を頼んでいた。城内の案内が欲しいならしてやれとも。

 ロサンゼルス城に客間の空きはいくらでもあるので、急な来客でも何の問題もない。


「ジャックは?」


「え?多分、お部屋の扉の前にいるよ?」


 ジャックはトニーらが上海から城へ戻ってきた時点で、トニーの部屋の前にいた。今も護衛としてそこにいるということは、カトレアを通してしまったという事になる。


「ジャック!」


「はっ、ここに。失礼いたします」


 扉を開けてジャックが入室して来る。


「なんでこのガキがいるんだ」


「はっ。カトレア様から、閣下とは久しくお会いできていなかったので、今日くらいは夫婦水入らずで寝たい、と仰せつかりました」


「で、それを馬鹿正直に受けたってか。俺は誰も入れるなと言っていたはずだがな」


 確かに以前はそう言ったのかもしれないが、今日はそんな暇もなかったのでトニーは無言で入室してすぐに寝ている。

 しかし、ジャックはそれ以上の言い訳はせずに「申し訳ございません」と頭を下げた。


「チッ。寝覚めの湯浴みでもするか。風呂は入れるのか」


「はっ、いつでも湯は出る状態でございます。ご案内します」


「あたしもー!あたしもお風呂入る!」


「構わんが、俺の後だ。入って来るなよ、お前は」


「けちー」


 数秒前と全く同じ言葉で夫婦漫才を披露しながら、三人はロサンゼルス城ご自慢の温泉を引いている湯殿へと移動した。

 着替えなどは、これまた久しぶりに顔を合わせる事となった執事のクンツ・フリードリヒが準備してくれた。


 温泉を引いた直後は特大サイズの風呂桶を準備し、それに湯を張るという方法を取っていたが、今では立派な浴槽、というよりジャグジーの様な広く浅い、半分寝そべるような形で入浴できるタイプの湯殿が二つ準備されている。


 シャワーは技術的に作成できないので、頭から湯を浴びたい場合などは直接被るしかない。


 トニーの場合はそのままざぶんとジャグジーに入ったので、長旅で汚れてしまっていた身体のせいで、浴槽の湯は一瞬にして真っ黒になってしまった。

 一度それを抜き、溜める間にもう一つの浴槽に浸かるというのを二度繰り返してようやくさっぱりできた。


 待ちきれないカトレアがトニーの入浴中に入って行こうとし、ジャックやフリードリヒから必死で止められている会話が何度も聞こえてきたのはご愛嬌だ。


……


 風呂上がりにガウンやバスローブ、というわけではなく、新たなシャツとスラックスに着替えるトニー。最後に、後ろからフリードリヒがジャケットをかけてくれた。

 さすがはドイツ皇弟の使用人をしていただけあって手際が良い。


「長らく空けたが、こっちの暮らしに離れたか?」


「はい。暮らしの質だけで言えば、ドイツ帝国にいた頃よりは良いかと」


 それもそのはず。トニーは部下に対して衣食住は惜しみなく必要なものを与えるので、何不自由ないだろう。


「仕事の手は足りてるか?」


「現状でも十分ではございますが、あと一人か二人、仕事仲間がいればさらにお役に立てるかと」


「他にもメイドや使用人が増やせたら、お前を責任者にする。しっかり教育してやってくれ」


「かしこまりました」


 湯殿の中からバシャバシャと激しい水音がしている。カトレアがジャグジーの淵につかまってバタ足でもしているのだろう。


「……あのガキが風呂から上がったらおべべを着せてやれ。川から上がった犬みてぇに、そこら中を水浸しにされる前にな」


 フリードリヒの手にはカトレアの着替え、長いブロンドを乾かすための厚手のタオルがあった。

 基本的にはトニーの執事兼お世話係だが、カトレアや客人がいる場合は、その身の周りすべてが彼の仕事となる。

 特にカトレアは女だ。風呂での着替えなどはフリードリヒよりもメイドなどにやらせる方が適当だろう。仲間が必要だというのも納得だ。


「ジャック、行くぞ」


「はっ」


 トニーがカトレアを待つはずもなく、バシャバシャと暴れ狂う幼女を残して久しぶりに城内を隅々まで見て回る。

 途中、「あぁっ、カトレア様!お召し物を先に!」というフリードリヒの声が聞こえた。


……


「おぉ、バレンティノ将軍!今回は長い外出だったな!待ちわびたぞ!」


 平時なので、彼女はぴったりとしたサイズの革のパンツにブーツ、ブラウスを着ていた。カトレアに近いブロンドの長い髪は後ろで結って一つにしている。

 ロシアの兵団を率いる女団長の私室だ。当然、彼女には城内でもかなり上位の待遇を与えている。

 彼女たちに対しては、特にトニーの状況説明は組員からも行われていなかったらしい。わざわざ不安にさせる必要もないので当然か。


「お前の兵たちも長期休暇でたるんでるんじゃねぇか?」


「ははは、それは否めんな。爺も力を持て余しているようだ」


「ロシアなんだが、来月辺りに侵攻……いや、お前にとっちゃ故郷なんだからこう言うべきなのかは知らんが、とにかく兵を送るつもりだ」


「本当か!それは僥倖ではないか!」


 技術者の兵器生産はまだ序盤も序盤だが、さすがに放置しすぎた。

 ただし、次は手つかずのアジア侵攻とロシア解放、そのどちらにも半分ずつの戦力を投入する腹積もりだ。トニーは同時指揮のために転移術で行き来することになる。


「それでだ、俺も今回はそっちにばかり構っていられない。後方での武器調達も見なきゃいかんし、アジア方面でも仕事があってな」


「なるほど、ぐるぐると飛び回らなければならないわけか。私個人としては将軍がこちらに付きっきりだとありがたいが、我がままばかりは言っていられんな」


「ロシア方面の総大将を引き受けてくれねぇか?自前の部下は全員連れていくだろうが、俺の方からも兵は貸し出してやる」


 たとえば、ロシア侵攻は女団長に、アジア侵攻はミッキーかカトレアに、武器製造は組員の誰かに、と言った具合で頭目を立てて人材を分散する。トニーは全てを統括して回る形だ。


「それは……願ってもない申し出だが。貴殿の仇、強者だと聞いているが私で勝てるのだろうか?」


「犬っころか。まぁ、まず勝てねぇだろうな」


 オースティン副長だ。実力は未知数とされているものの、生身の人間では勝ち目が薄い。


「難儀だな。ただ、それで祖国を見捨てようとは思わない。最後まで戦い抜くだけだ」


「安心しな。俺がいる時に潰せばいいだけの事だ」


 トニーであろうとオースティン副長の相手は危険極まりない。それに、運よく彼とぶつかる場面に居合わせられるとは限らないのだが、トニーはあくまでも楽観的だ。


「わかった。総大将の任、謹んで引き受けようではないか。心から感謝するぞ、バレンティノ将軍」


「気にすんな。ロシアが安泰になったら、俺達の味方でいてくれればそれでいい」


「それは皇帝陛下と謁見してからだな。私も尽力はする」


 国一つ。それも大国であるロシアが手中に収まる。民衆は殺さず、オースティンを追い出すだけで支配下に置けるとあれば儲けものだ。

 もちろん、その「オースティンを追い出すだけ」というのが最も難しい課題ではあるのだが。


「問題はどのくらい奴が力をつけてるか、だな。しばらく俺達がロシアから手を引いていたせいで、犬っころはいくらか街を手にしてるはずだ。モスクワは奴の猛攻に耐えられるくらい強い街なのか?」


「当然だ。あれ以上に巨大な城壁、あれ以上に強力な精鋭部隊があれば教えてもらいたいくらいだよ」


 彼女の口ぶりから、ロンドンやパリの様な強力な都市だと思ってよさそうだ。


「そんなに強いのか。ウチの連中にも見習わせねぇとな」


「いや……貴殿の兵は魔族だから別物だろう、将軍」


「犬っころの部隊だってそうだぜ。魔族だろうと跳ね返せる城壁と精鋭兵なんだろ?違うんならもう潰されてるぞ」


 別に不安をあおるつもりはない。ただ単に事実を述べただけだ。

 しかし、既にロシア帝国全土がオースティン副長の落ちているとは考えづらい。すでに仕事が終わっていれば、こちらへ何かしら攻撃を仕掛けてきそうなものだ。


「それを確かめるためにも急がねばならんな」


「その通り、ロシアは俺が一番気になる場所だ。つきっきりじゃねぇが、最初だけはそっちについて行く」


 数日間はロシアの状況を見て、それからアジア方面の侵攻を見て、フィラデルフィアの武器供給状態を見て、空いた時間に既に統治しているアジア諸国の各都市と見て、そして本拠地ロサンゼルスで執務などを行う、といったルーティンになりそうだ。


「承知した」


「じゃあまたな」


 女団長の私室を出て、待機していたジャックと合流する。カトレアもこちらに来ているかと思ったが、その姿は無かった。

 フランスから来たゲストの二人の元に行ったのだろう。


……


「ほう、湯殿とはまた面白い。私も利用させてもらいたいな」


「いいよー!しかもね、熱いくらいのお湯で気持ちいいよ!」


「なんと、魔術で火を起こしているのか?」


「ううん、何で熱いのかは知らなーい。何か聞いた気もするけどー」


 トニーとジャックが廊下を歩いていると、そんな声が聞こえてくる。もちろんカトレアとクロエの会話だ。

 クロエも地位の高い役職に就いているので、あまり風呂を利用しないフランス人だとしても、一般人に比べれば風呂を利用する機会も多いだろう。だが、熱々の温泉ともなれば知らないのも無理はない。

 温泉がマグマの地熱を利用したものであることをカトレアはすっかり忘れてしまっているようだ。


「おい、おっさんはどうした?」


 二人が話し込んでいるのはエントランスの辺りだったが、小隊長の姿が見えない。


「へっ?さぁ?お城を探検してるんじゃない?」


「あぁ、将軍。城内の兵や設備を見て回りたいと言って出かけて行ったぞ」


「なんだ、自分の持ち場の城壁の上に俺とクロエが近寄った時はブチ切れてたくせによ」


 パリ散策の際、街を一望しようと登った城壁での出会いを思い出す。結局その後は案内役を務めてくれたので恨みはないが。


「それより本当に素晴らしいな、この城は。さっきまで飛び回っていた他の街も驚きの連続だったが、ここが見たことが無いものが一番多い」


 銃器や車など、現世から持ち込んだものも多い上、こちらの世界各地から集めてきた品も豊富だ。トニーの私室以外にもそれらを目にできるはずなので、そのことを言っているのだと思われる。


「博物館なんか目じゃねぇだろ?」


「まさにその通りだ。闊歩している魔族にも品があるな。下町の一般人とは少し違うようだ」


「おいおい、魔族の事を褒めるとはどういった了見だ?ま、城内警備してる兵隊なんだからお行儀よくて当然だがな」


 その時、わぁぁっという歓声がどこからか上がる。何もなければロサンゼルス城内でそんなことは起きないので、まず間違いなく小隊長が絡んでいる事だろう。


「ほう?これがお行儀がよいというのだな」


「うるせぇ。おっさんが何かやってんだろ」


 クロエからの皮肉に舌打ちを返し、トニーはジャックを伴って騒がしい方へと向かう事にした。一緒に来いと言ったわけではないがカトレアやクロエも後ろをついてくる。

 トニーもそうだが、カトレアも面白そうなことには目がない。


 場所は玉座の間だった。フランスに滞在していたせいでしばらく留守にしていたが、私室を除けばトニーがいる時間が最も多い広間だ。


「おらおらぁ!次はどいつだぁ!」


「いいねぇ、おっさん!」


「早くそこから降りるのだ、お客人!」


 玉座に座っている小隊長。はやし立てる組員が数人。慌てているリザードマンが数体。ふざけて玉座に座った小隊長をどけようとした者が相撲のように投げ飛ばされているといったところだろう。


「なーんでこんなことになってやがるんだ?」


「か、閣下!」


「閣下!申し訳ございません!こちらのお客人が玉座に!」


 城の警備をしているリザードマンたちがトニーの存在に気づき、跪いた。

 必死に止めようとはしているのだろうが、トニーの客人であるせいで小隊長を本気で捕縛するわけにもいかず、次々とぶん投げられて遊ばれているわけだ。


「あ、親父」


「親父、このおっさんが面白いんで見てました」


 組員らの方は面白がるばかりで、トニーが玉座に座られたくらいでは何とも思わないことを理解していた。


「ふん。おっさん、気に入ったんなら同じものを作ってやるからパリに持って帰っちゃどうだ?」


「おー、兄ちゃん。そりゃ名案じゃねぇか。営舎にでも飾っとくかと言いたいところだが、邪魔だから要らねぇよ」


「そりゃそうだ。ウチのトカゲ共に稽古つけてやってくれてありがとよ」


 トニーの軽口に小隊長がにやりと笑う。いくら手加減しているとはいえ、硬い鱗のせいで人間よりも重量のあるリザードマンを手玉に取るとは、なかなかの怪力だ。


「そんで?兄ちゃんがここに来たって事はなんだ、メシでも始めるのか?」


「もう少しってところだ。玉座が気に入ったんなら一生そこにいてもいいが、移動するつもりがあるならついてこい。案内してやる」


「ま、いいだろう」


 小隊長が加わり、ジャックも含めた五人でぞろぞろと城内を見て回ることとなった。

 兵舎や武器庫、厨房なども包み隠さず見学させる。奴隷がいる隔離棟だけには行かなかったが、概ね城内を一周した。

 城壁の上、何の面白みもない殺風景なロサンゼルス城周辺の景色も堪能する。


 晩餐はいつもより豪勢な食事となっていた。久しぶりのトニーの帰還だ。誰かが料理人に指示をしたのだろう。

 イタリアンをベースにした洋食だが、フレンチやロシア料理もいくらか混ざっている。食べきれないほどの種類の料理の数々に一同は目を丸くしたが、余らせたところでこの城で働く者たちに配られるはずだ。四人で食べきってしまう必要はない。


 そして、話題はロサンゼルスの事から、明日の世界一周旅行へと矛先が向く。


「明日はどんな光景が目に飛び込んでくるのやら、楽しみだな」


「え、明日どっか行くんだっけ?日本行こうよ、日本!」


 カトレアは約束をすっかり忘れてしまっている。


「将軍は結局どうするのだ」


「日本には用事がある」


 付き合うと言う意味で短くそう返し、トニーはフォークに巻き取ったパスタを口に放り込んだ。


……


「よう来たのう、トニーよ」


 板張りの上に敷いた茣蓙(ござ)に胡坐をかき、上座にいる大名、本山忠政が徳利を傾けた。

 下座にいるトニーはそれを椀で受ける。徳利の中からは白い濁り酒が注がれた。


「久方ぶりだな、本山。一応、表にワインを二樽預けてある。後で飲め」


「ワイン?あぁ、南蛮の葡萄酒か。かたじけない。ありがたく頂くとしよう」


 日向の城の板の間には、本山から見て左手にトニー、カトレア、クロエ、小隊長の順で、右手には重臣の佐々木十太郎ら日向家の家臣が三人座っている。

 ジャックも城内までは同行したが、部屋の外で待機だ。


 本山方の家臣もトニーがもたらしてくれる、魔族が襲ってこないというメリットを理解し始めたのか、本山本人に諭されたのか、トニーの横柄な態度には何も言わなくなった。


「破魔衣の生産は問題ねぇみたいだな」


 トニーが直接それを持ち帰るようなことはないのだが、定期的に部下たちがロサンゼルスへと運んでおり、既に兵士の数を上回る破魔衣が備蓄してある。ロシア兵にも貸し出せるほどの在庫数だ。


「うむ、おかげさまでな。そうじゃ、以前、お主のお付きの髑髏兵に融通してやった刀はどうじゃ」


「刀?ジャックのか。お前に相談があったんだな」


「左様。見繕ってやったのはわしよ」


 ジャックからいちいち刀をどこどこで新調したという報告などあるはずもないので気にしていなかった。鍛冶屋や商店ではなく、大名に直接話を通していたのは意外だ。


「別にアイツの得物なんざ使えれば何でもいいが、世話になったみてぇだな。礼を言う」


「馬鹿を申すな。出来る限り壊れにくい方がよかろう。あれは無骨だがよう斬れる上に頑丈じゃ。ちょっとやそっとでは折れまい」


 トニーにくれたものは名のある名工が打った業物だったが、ジャックの刀はそういったものではなく、実用性重視の刀らしい。

 実際、ジャックは刀を抜く機会が誰よりも多い。本人もそういったものを望んでいただろう。


「アイツ一人で良くお前に会えたもんだ。そっちの方が驚きだぜ」


「はは、あやつは目立つからの。城内でも顔を覚えておる者は多いのだ。お主も同じくらい目立つがな、トニー」


 偉人、かつ日本人とは比べ物にならないくらいの長身だ。骸骨と同じくらい目立つというのも頷ける。


「そう言うんだったら、ここにいる全員が目立つってわけだ」


「いかにも。悪さをしたら一発よ。気をつけい」


「アホか」


 可愛らしい容姿のカトレア、絶世の美女と言っても過言ではないクロエ、小隊長はトニーと同じような背丈の男だ。

 本山が言うような悪さなどするつもりはない。可能性があるとすれば小隊長だが、今のところは大人しく濁り酒をすすっている。


「それで、何用で参った?」


「物見遊山だ。奥の二人、あれは俺の客でな。日向なら物珍しい景色を楽しませてやれると思ってよ」


「これは驚いたの。客人をもてなすなどという気概がお主にあったとはな」


「とりあえず、俺の事をお前に勘違いされてるのは分かったぜ」


 客くらいもてなすぞ、心外だ、とトニーが顔を険しくして煙草に火をつけた。板の間に紫煙が香り立つ。

 トニーも自身が勝手な性格である事は理解しているが、あらためて他人に言われると面白くない。


「いつまでもこんな狭い城におっては退屈ではないか?城下を案内させようぞ」


「酒がありゃ文句ねぇよ。近くで合戦があってるなら見に行くがな」


「血の気の多い男よ。戦ならはるか遠方までわしの兵が攻め入っておる」


 この近辺で戦っていたころと違って戦況は好転し、日向の国は勢力を伸ばしているという事だ。


「そうだ、日本の地図は無いか?ひょろ長い島国なのかどうか気になる」


 現世の日本の形を思い浮かべながら、トニーはそう言った。


「あるにはあるが、日ノ本全てとはいかぬな。日向の国の周りくらいじゃ。島国と言うのはその通りじゃ。おい、ここへ!」


 本山はそう返し、小姓を呼び出した。襖を開けた小姓に、地図を持って来いと命じる。

 彼が二分足らずで巻物を持って戻ってきたので、本山はそれを床板の上に広げて見せてくれた。


「めちゃくちゃだな」


「言うておる意味が分からん」


 トニーがめちゃくちゃ、と言ったのは何も地図が雑な墨書きで読めないという意味ではない。もちろん、表記されている漢字やかなは読めないが。

 なんと日本は、大小数十からなる小島の集まりであったからだ。日向もその内の一つに過ぎない。つまり、ここでの天下統一は船で別の小島にある国、その全てへ攻め入って倒すという意味である。

 島が大きく、同じ島の中に二つ三つと国が入っている場所もあるが、ほとんどは一島一国のようだった。


 もちろん、逆に国名や地名が書き込まれていない非常に小さな島もある。無人島か、あるいは集落があるとしても近くにあるいずれかの国に含まれているのだろう。


 日向はというと、トニーには読めないが、肥後という隣国が同じ島の中に含まれていた。以前戦っていたのはおそらくこの国で、現在は船で敵地へと乗り込んでいる状態だというのが分かる。


「いくつか国を落としたってか」


「うむ。ここに描き切れていない北のほうも似たようなものよ」


 本山はこれが日本全土ではないと言った。他の地域も島だらけなのであれば、何十どころではなく何百という小島が形成する国家という事になる。

 以前見た合戦は地上戦だったが、実は海戦のほうが多いと予想される。


「たまには日向以外も行脚して回ろうかと思ったが、こりゃそうもいかねぇな」


「なんじゃ、物見遊山というのもあながち嘘ではなかったか。しかし、ここ以外の国に出ては、斬りかかられるかもしれんぞ」


「んなこた慣れっこだからどうだっていいんだよ。ところで、日本で一番栄えている場所はどこだ?東京か?」


 トニーの言葉に本山は首を傾げる。


「わしが知らぬだけか、東京とは聞いたこともない地名じゃな。栄えている、人が多いといえば大坂か。雅さで言えば京の都の方が華やかかもしれん」


「大阪と京都はあるんだな。悪くねぇ」


 トニーには分からないが、東京は現世でも昔は違う名で呼ばれていた。こちらではその名で呼ばれているのか、日向から距離があり、本山が東京を知らないだけの可能性もある。


「しかし、お主らの移動手段は妖術の類であろう。(かち)だろうと舟だろうと使わぬのなら関係あるまい。行脚と申したが、文字通り歩くつもりだったのか?」


「うるせぇ。気分の問題だよ。合戦じゃねぇが、京都でも行ってみるか」


 本山の言葉は何も間違っていない。広い大陸国だろうが散らばった島国だろうが、空間転移を使うのだからそれが移動の障害になることはない。


「京都?どこそれー?美味しいものあるなら行くー」


 カトレアが反応した。移動を司るのは彼女なので情報を欲しがるのは当然だ。

 クロエは何にでも興味を示しながらいつまでもメモを取り、小隊長は三つ目の徳利を空にしようとしている。


「帝がおわす街じゃ。歴史のある寺や神社も多くて物見遊山にはちょうど良いかもしれぬな。案内が必要ならばわしも行こう」


 (みかど)とは天皇の事をさす。


 日本は天皇とサムライ、現世であれば天皇と政府がそれぞれ権威と権力を別々で持つ珍しい国家だ。通常であれば最も力のあるものが王となり、権威と権力を独占しているものである。

 武力はそれぞれの大名が、しかし権威は天皇に勝るものはない為、そこは不可侵なのである。これはトニーも含め、諸外国の人間には理解しがたいシステムだ。

 朝廷には兵などほとんどおらず、強固な城壁も堀も存在しない。なぜ天皇を討って自分が一番にならないのだ、と思う事だろう。

 神の子孫たる天皇を弑するなど畏れ多いという、これは日本人にしか理解できない思考だ。万が一そんなことをする大名が現れたら、国賊、朝敵として大義名分を失い、その他の大名どころかすべての日本国民から不興を買って攻め滅ぼされてしまう。

 逆に最高権威の天皇が武力を持たない事で傍若無人に振舞う事もないので、非常によくできた仕組みだ。


「お前が?なぜだ?」


「わしを見くびるでないぞ。これでも大名の端くれ、帝に拝謁したこともある。京の都は庭のようなものじゃ。久しく行ってはおらぬが、この戦乱の世で都がどう様変わりしたのかを見たくてな。わしと、供回り数人、一緒に連れて行ってはくれぬか?」


「遠路ご苦労なこった。そんで結局、案内役が必要ならとか言っておきながら、実は自分が行きたいだけじゃねぇかよ」


「ははは、それは言わんでくれい」


……


「これが観光名所の京都、ねぇ」


 腕組をしながら東寺の五重塔を見上げるトニー。確かに見事なものだが、問題は周りの街並みだった。

 京都の町は度重なる戦に巻き込まれ、ところどころ家屋が倒壊し、寺社は打ち壊され、朝廷の壁でさえ穴が開いているような有様だったのである。

 ただし、朝廷の中だけは不可侵なので賊や兵に荒らされた様子はない。あくまでもその外縁部だけが傍にある一般家屋への攻撃の巻き添えを食らったといった感じだ。


「うむ、わしもこれには驚きを隠せぬ。京の都がここまで悲惨な状況にあろうとは」


「日向の片田舎の方がよっぽど綺麗なもんじゃねぇか。とっとと帰りてぇんだが?」


「待て、将軍!あそこに子供が倒れておる!助けねば!」


 隣のクロエが騒ぎ出した。道端では物乞いの姿も多くみられたが、女子供老人ばかりだ。倒れている子供など別に珍しくもない。


「……助けるったって、医者じゃねぇんだ。ケガや病気は分からんぞ。ま、見た感じだと食い物が無くて倒れてんだろうがよ」


「ならば私が何か買い与えよう!露店はどこだ!」


「なんと優しいご婦人だ。わしも一肌脱ぐとしよう」


「俺も、ガキが死ぬのは見過ごせねぇな」


 クロエに続き、本山や小隊長も張り切りだした。

 だが、そんな中で騒ぎが起こる。物取りたちだ。着流し姿やふんどし一丁で、錆びついた槍や刀で武装した下衆な連中が五人ほど、京都の寂れた町の一角、トニーらがいる通りに出現したのである。


「おらぁ!食い物と着物を寄越せぇ!鍋や包丁、金属でもいいぞぉ!斬られたくなければ、とにかく銭になるものを出せぇ!」


 彼らの方も物乞いに負けず劣らずの質素で薄汚れた姿だ。違いは男であり、武器を持っているか否かくらいなものだ。彼らもまた、この戦乱の被害者に過ぎない。


「殿っ」


「仕方あるまい。追い払え。斬り捨てても構わん」


「ははっ!」


 最初に動いたのは本山に随伴していた数人の兵らだ。

 彼らのような者が要るにも関わらず、物取りたちは狼藉を働こうとした。しばらく食っていなくて集中力が散漫になっていたのか、ただ馬鹿なのかは分からない。


「貴様ら!無抵抗の物乞いから銭を奪おうとはどういう了見だ!」


「なっ、侍がいやがったか!みんな、ずらかれ!」


 抵抗されることも予想されたが、物取りたちは転んだりしながら一目散に逃げていく。やはり、腹に何も入っておらず力が出ない様子だ。

 たとえ戦ったところで簡単に成敗されてしまっていただろう。


 本山の兵たちは威嚇の意味も込めて少しだけ追いかけて行ったが、すぐに刀を納めて戻ってきた。


「首都がこれじゃあ世も末だな」


「うむ。このような世を終わらせるため、我ら大名は天下を統一しようとしておるわけだ。必ずや、わしがこの日ノ本を平らげて見せようぞ」


「だが、お前のとこだけ魔族からの侵入が無いってだけでもかなり有効打になってるだろ。さっさと終わらせてやれよ」


「そうは言うても周りは猛者揃い。一筋縄ではいかぬ。数年は待ってくれ」


 正直なところ、トニーにとっては日本が戦乱の世であろうが太平の世であろうがあまり関係はない。ここへの侵攻の予定はなく、辺境であるため他国への影響力も低い。魔族が世界征服を成し遂げたとしても、ここに本山さえいれば友好国か属国として、そのまま残る事だろう。


「……むっ、いかん。皆、道脇へ。ここでしゃがむのだ」


 遠くに見える牛車と取り巻き。大名が気を遣うという事は、どこぞの高位の貴人か皇族のお通りらしい。


「あ?なんだよ?」


「良いから言う事を聞け、トニーよ。早う!」


「チッ……」


 本山の気迫の込もった態度にトニーが珍しく従う。頭を垂れて跪いたりはしないが、トニーや小隊長もあぐらをかいて地面に座った。

 本山も「まぁ、南蛮人であればそのくらいはお許しくださろう」と納得している。


 カトレアやクロエは特に不満げでもなく、さっさと道の脇に寄ってちょこんと座っている。


 供回りを十人ほど連れた牛車がゆっくりと彼らの前に差し掛かった。漆塗りで装飾の施されたそれは御所車(ごしょぐるま)と呼ばれる貴族御用達の二輪車だ。前方の横木に牛をつなぎ、それが車を引いている。

 荷台の部分には御簾がかかった大きな箱。中にいる人物は、外にいるトニー達からは伺い知れない。


「トニー、あまりジロジロ見るでない。そちらの御仁もじゃ」


「うっせぇなぁ。誰だよ、この仰々しい車に乗ってるのはよ」


「む、菊紋。それも十六葉八重表菊ではないか……帝か宮家か、あるいは足利将軍家じゃ」


 屋形の横に記された家紋をちらと見て本山が小声でそう言う。

 だが、宮家や足利家の場合はあまり菊紋を表では堂々と使わないという。そうなれば答えは一つだ。


 牛車が止まる。


「見た顔よの。そこの、朕と会うた事があるのではないか?」


 凛とした声が響いた。決して大声ではない。しかし、その場にいる誰もが不思議とその声に耳を打たれた。


「は、ははぁっ!」


 本山が地面に埋まるのではないかというくらいに額を地面に押し付けて平伏した。


「良き日よの」


 牛車が動き出す。


 言葉は、たったそれだけだった。良き日とは天気の事か、それとも本山の顔を覚えていたからか。その答えは分からない。

 ただただ、本山は嗚咽しながら涙を流していた。


……


「おい、もういいだろ。天皇に覚えててもらって感激してるのは理解できるがな。いい加減、適当に京都を案内しろよ。見るものがあればな」


「すまぬな。もう大丈夫じゃ。しかし……町がこの有様。茶屋や土産物屋は期待するなよ。わしが知る限りの有名な寺や神社を案内しよう。焼け落ちていなければ、じゃがな」


「本山殿。さっきのは誰だ?天皇とは?」


 立ち上がり、移動を開始しながらクロエが本山に尋ねる。


「帝じゃ。この国を千年以上も昔から治めておられる皇族の頂点に立つ御方。この日ノ本の民すべての頂点におわす御方」


「そのお膝元の街がこうして攻められては、国家が転覆する間近という事だろうか?しかし、皇帝だと?それにしては優雅に少ない供回りと車で散策などされておいでだったが」


「戦はあくまでも武士共の問題。帝はそのような低俗な争いとは一線を画しておられる。文字通り、雲の上の存在じゃ。先ほどのように声をかけて頂くなど、畏れ多いことなのじゃ。例えるならば、人と神。それくらいに我らと帝には品位の差がある。帝を手にかける人間など、この国にはおらぬ。もしいれば、そやつは他国の人間であろうよ」


 本山の力説も、クロエや小隊長には理解不能だ。

 フランスも王政国家であり、権威と権力は国王一人に集中している。隙あらば自分が王を倒そうという有力者もいないことはないはずだ。


 多くの国民が王を支持し、尊敬していることに変わりはない。ただ、絶対不可侵であるなどとは思っていないし、あくまでも王は王だ。

 時に神の啓示を受けているとは思っても、決して神の生まれ変わりではない。

 彼らにとって、神の前では人は皆、平等である。


「えぇ!?さっきの人、神様なの!?すごぉい!」


 カトレアだけは本山の言葉を真に受けてしまっているが、むしろそう思ってくれるのならば日本人にとってはありがたいことだろう。


「ほう、トニーの奥方は頭が柔らかいのう」


「えぇ!?硬いよー、ほら触って」


「見ての通り阿呆なだけだぜ。甘やかすんじゃねぇよ」


 カトレアが無理やり本山の腕を引っ張って自分の頭の上に乗せようとしている。


「おい、神がどうとか言ってるがよ」


 小隊長が口を挟んだ。


「うん?」


「さっきの盗賊みたいな連中がいただろ。あれがもし、天皇と鉢合わせた場合、どうなるんだ?食うのにも困ってる連中なのに手出しはしないのか?殺して金品を奪うとかよ」


「せぬ。牛車が通り過ぎるときに、慈悲の懇願くらいはするかもしれぬがな。たとえば皇居は厳重な警備もなく、入ろうと思えば誰でも忍び込める。そこに物取りや物乞いが入らないという事実からも予想出来よう。帝のおわすところ、それは我らにとっていずれも神域じゃ」


「おめでたい国民性だぜ。自分の命よりもそんなことを大事にするってのか」


 小隊長はトニーにも似て、身分の高い人を敬う気持ちというものが皆無だ。王や自分の上官にでさえ敬意など払えないというのに、誰かを神だと崇める事には分かりやすく嫌悪感を示している。


「他人の信仰なんか俺らには理解できねぇよ。ほっといてやれ」


 だが、意外にもそれをたしなめたのはトニーだった。日本人の肩を持つというよりは、様々な価値観を認める、という程度の言葉に過ぎないが。

 自分に迷惑さえかからなければ勝手にやってろ、ということだろう。


「こぉら!二人とも、神様の悪口を言ったらダメなんだよ!なんまんだぶ、なんまんだぶ……」


「ほう!よくそんな言葉を知っておるな!だがそれは仏教のお経じゃ。正しくは南無阿弥陀仏と言う」


「仏教?何それ?これ、神様に言う言葉じゃないの?」


「神と仏は別物。日ノ本には八百万(やおよろず)の神々がおわすからな。自由な信仰が認められておる」


 世界では絶対唯一神の信仰が多い中、これも独特だ。日本人は木、石、火、太陽、虫や動物ですら、ありとあらゆるものに魂が宿っているという潜在意識が強い。

 物を大事にしないと罰が当たる。食べ物を粗末にすると罰が当たる。そういった考えはここからきている。


 何でも擬人化し、神として奉り、反対に(あやかし)として恐れる場合もある。現世ではキャラクターとしてアニメーションにして楽しむという趣向も流行っているようだ。


 家や店などの家屋にもその趣は顕著に表れている。西洋式建築はあくまでも外と内を隔てる。

 たとえば石壁や石床、ガラス窓、施錠などで外界とプライベートの空間を遮断するが、和風建築は外と内の融合、すなわちあくまでも人間をも自然の一部として見なしている節がある。


 窓はガラスではなく障子、床は畳。

 縁側は常にだれもが出入りできる状態で開け放たれており、引き戸や襖には鍵など存在しない。


 西洋人からすれば、虫や動物、人間さえも自由に出入りし放題で落ち着かないだろう。

 それで泥棒などが横行しないのだから不思議なものだ。


「おおらかで実に人間味のある種族なのだな」


 クロエがまたもや会話を記している。東方見聞録並みの情報量にでもなりそうな勢いだ。


 人間味がある、というものと同意義になるのかは不明だが、日本人は敵方に対する情けも深い。


 たとえば、他国に侵攻して領地を拡大した場合、西洋であればその地の住民は奴隷として売り買いされることがほとんどだ。

 だが、日本では新たに手に入れた領地の民も、為政者は自領民として保護してそのままの生活を保障することがほとんどだという。

 戦はあくまでも戦闘員同士で完結し、一般人に対する略奪や虐殺行為は禁止しているという事だ。無論、馬鹿者もいないわけではないのでゼロとまではいかないが、少ないと言えるだろう。


 住民の保護はトニーの好む手法とも共通している。案外と彼は慈悲深いのだ。


 天皇と武士で権威と権力が二分化されているという事実もあるが、さらに労働力、技術力、資金力も各階級で分散されている。


 最も人口割合が多い農民が労働力。ここは平時は田畑を耕す人力であるが、有事の際は殿様からのお触れがあって徴兵となることがある。足軽などはほとんどが農民に武器を貸し与えた兵士だ。常備軍ではない。


 技術は様々な職種の職人たちが脈々と受け継いでいる。これは他の階級の人間には持たされていないものなので大変貴重だ。


 資金力は商人の十八番だ。皇室や武士などよりよっぽど多くの財を蓄えている。時に豪商が大名に金を貸し出すほどだ。


 だが、これがうまい具合に回る。権力のトップである武士だが、労働力確保のために農民を大事にし、技術力の為に職人を敬い、資金力の為に商人を弾圧することもしない。


 特に、権力者が多額の金を持たない事は大きい。武士は食わねど高楊枝とはよく言ったもので、意外に質素な生活を送っている。

 権力=金というのは諸外国の感覚で、金持ちが尊敬される理由にならないというのは、日本人だけが持つ感覚だ。

 どれだけ貧乏な大名であろうと、領民を大事にしていれば尊敬されるし、いざというときは自分たちで殿様と領地を守ろうと皆が立ち上がる。


 天皇も金や力で尊敬されているわけではない、という事が理解できれば全てがしっくりくるだろう。


「む、あれは」


 ぶらぶらと散策している途中、今度は余所の武家の人間と出会った。

 一人の男を乗せた馬を引き、何人かの家来たちが周りを固めている。鎧武者ではなく、皆袴姿だ。


「おや」


 本山に気付いた馬上の男が下馬する。


「日向の本山殿ではないか?都入りされていたとは知らなんだ。帝への謁見でござるか。南蛮人連れとは、やはり九州は異人の往来が多いと見える」


 頭を下げ、男はにこやかにそう言った。非常に若い。おそらく齢は二十歳そこそこだ。他家の人間だろうと礼儀礼節を無視しない実直な若武者だ。


「そんなところじゃ。貴殿は確か将軍家の……」


「左様。将軍家が侍大将、田之上喜千郎でござる。ご迷惑でなければ我が屋敷で一献どうであろうか。九州の戦の話など是非お聞きしたいものだ」


「なんだ、また座敷に上がって酒か?京都に来た意味がねぇからお前だけ行ってろ、本山」


 日向の城で酒を飲んできたばかりだ。酒好きのトニーが酒を断るというのは非常に珍しいが、田之上の家に行っても観光に来た意味がなくなる。

 突然口を開いたトニーに田之上が飛び上がって驚いた。


「まさか!南蛮人がこんなにも流暢な大和言葉を話せようとは!貴殿は日ノ本のお生まれか!?それに、本山殿にその言い様、かなり位の高い御方とお見受けする。ご無礼仕った」


「俺はアメリカ人だ。このチビもな。そっちの別嬪(べっぴん)とおっさんはフランス人だ。位は本山より上だ。良く分かってるじゃねぇか、小僧」


「なぁにが、わしより上じゃ!勝手な事を申すな!」


 大名と将軍。どちらが上かと言われても仕組みが違うのでよくわからない。互いに天皇と大魔王という上位者がいる事だけは共通だ。


 そんな時だった。


 ズゥ……バリバリバリバリッ!


 空間に亀裂が走り、その内側から何者かが侵入してくる。


「チッ。誰の部隊だよ。タイミングわりぃな」


「も、物の怪じゃぁ!物の怪が攻めてきよった!」


 悪態をつくトニーと慌てふためく田之上。トニーやカトレアも、ここが日向の外であることをすっかり失念していた。


「トニーよ!どうにかならんのか!」


「魔族か?叩き切ってやるぜ!」


 事を納めるよう懇願する本山と何やらやる気満々の小隊長。

 だが、カトレアもこの場におり、近くには目立たぬようジャックも控えているので同士討ちとはならないだろう。


「グゥォォォォッ!」


 まずその場に現れたのは巨大なオーガが二体。その後ろからも続々とリザードマンやスケルトン兵が侵入してくる。


 それらの最も近くにいたのはトニーだ。そのまま、オーガの持つこん棒が振り下ろされる。


 ガァンッ!


「ぬぅ!?」


 右へと弾かれてトニーの真横の地面に当たるこん棒。上下共に黒のスーツ、そしてハット姿で日本刀を構えるスケルトン兵。ジャックだ。

 刃がこん棒に食い込んでしまわないよう、鞘で受けたようだ。力ではなく上手く受け流したと言った方が正しい。


 京都に来てから、ジャックは目立たぬようにしていたが、さすがに主人に危機が迫る状況では黙っていられない。トニーもジャックが飛び出してくることは予測済みだったので、その場を一歩たりとも動きはしなかった。


「貴様ぁぁぁっ!この御方を誰と心得ての狼藉かぁ!控えよ、下郎め!」


 誰しもが滅多に聞くことのないジャックの叫び声。

 田之上や本山の兵らも主人を守るように展開して、ようやく魔族への迎撃態勢を取った。


 ズゥ……


 空間転移の亀裂が消える。全部で十体ほどの集団のようだ。


「スケルトン?なぜここにいる……?」


 ジャックに一喝され、魔族の集団は一瞬怯んだ。しかし、負けじとそのオーガも大音声で返す。


「構うな!命令を実行するぞ!邪魔立てするなら同族であろうと容赦はせぬ!」


 ズドンッ!


 トニーの愛銃が火を噴き、目の前にいたオーガを撃ち倒した。


「でかい声出すな。うるせぇんだよ。おい、てめぇら。誰の部下だ?俺を知らねぇって事はヘルじゃねぇな。リーバイスか?それともフレイムスか?」


 侵入をしてきているという事は六魔将のいずれかの手のものであるのは確実だ。どこにも属していない無法者という可能性もあったが、命令云々という話をしていたので間違いない。


「なっ、一撃だと!?この人間、何者だ!」


「えぇー?あたしたちの事分かんないの?」


「何者かなんてどうでもいい!殺してしまえ!」


「させねぇよ!うぉぉぉぉっ!」


 しかし、そこから誰よりも先に動いたのは小隊長だった。自前の得物ではなく、オーガが落とした巨大なこん棒を拾って別のオーガへと突進する。片手ではなく両手持ちではあるが、あれを振るうとは魔族顔負けの怪力だ。


「いかんっ!」


 クロエも杖を袖から引き抜いて援護する。彼女の杖先から放たれた雷撃がそのオーガの目を貫き、小隊長のこん棒は見事オーガの腹を打ち付けた。

 それを皮切りに本山の兵と田之上の供回りも突っ込んでいく。始めは腰が引けていたが、やるとなれば勇猛果敢だ。


「閣下」


「好きにさせとけ。死にそうになったら助太刀しろ」


「かしこまりました」


 争いにはならないと踏んでいたが、トニーやカトレアを知らないとなれば話は別だ。


「おらぁっ!こん棒の味はどうだぁ!?」


「ぬんっ!非力な人間どもには負けん!」


「囲めっ!我らの街を物の怪に侵されてなるものかっ!」


「落ち着いて一人ずつ殺せ!たかが人間、力では我らが上だ!」


 双方から様々な声が飛ぶ。蹂躙されてしまう可能性もあったが、なかなかサムライたちも手強い。しかし……


「もぉぉぉっ!ちょっと痛いと思うけどごめんね!」


 剣戟、魔術が飛び交い戦いが拮抗する中、カトレアの高度な魔術が一気に戦況を覆す。ジャックはトニーの命令を聞くまでもなかったというわけだ。


 味方に被害が及ばぬように彼女が選んだのはトニーも見たことが無い魔術だった。

 全ての魔族が見えない紐のような何かによって全身を縛られ、宙に吊り上げられる。拘束系の奇術に見える。奇術は専門でなくあまり得意ではないからか、締め付けが強すぎて泡を吹いて昏倒しているリザードマンもいた。


 当然ながら、ここにいる面子に対しては雑兵の魔族では相手にならない。

 まさに一方的で手で足も出来ないカトレアの強力な魔術に、大立ち回りを演じていたサムライたちはあんぐりと口を開けるばかりだ。


「おい、殺すなよ」


「えっ!?閣下が一番最初に殺したじゃん!」


「一匹ぐらいはいいんだよ。あれは俺に牙をむいた阿呆だからな。こいつらにはどこの所属か話を聞かねぇと。あとで文句も言えねぇだろ」


「逆に文句言われるかもだけどねー」


 拘束は解かないまま、宙に浮いていた魔族たちの身体が地面に下ろされる。


「おらぁ!」


 だが、暴走したままの小隊長はお構いなしに一体のリザードマンの頭をこん棒で殴りつけた。


「おい、おっさん。話聞いてたのかよ、お前」


「聞いてたぜ。一匹だけ残しときゃ、後は殺しても構わねぇだろ?」


「……阿呆が。気ぃ失ってる奴は残しとけ」


 意識がある者らを残すと、後から彼らの上司に当たる六魔将に一方的な虐殺をされたと吹聴される恐れがある。


「あぁ?まぁいい。おい、サムライども、やるぞ!」


 やや不満そうだが、小隊長が意識のある魔族の頭を次々とこん棒で殴りつけ始めた。サムライも刀でトドメを刺し始めた。

 カトレアはトニーの言を理解し、昏倒している個体を全て上へと浮かせる。


 結局、リザードマンが三体残っただけで、残りはすべて処理される。

 辺りには緑色の血液が飛び散っているが、数分以内に死体もろとも消えてしまうだろう。


「凄まじいな……これほどの数の物の怪が死屍累々になっている様など初めて見たぞ」


 これは田之上だ。一体の魔族を相手にするだけでも人間だけでは相当の被害が出るので、当然の感想だと言える。


 幸か不幸か、あれだけの騒ぎだったのに一般の住民らの姿はない。魔族が来たと感づいて逃げているのかもしれない。この惨状は目に毒なので好都合だ。


「おい、上に浮いてる奴も下ろしてくれよ」


「おっさん、さすがにそれは話がちげぇぞ」


「一匹だけ残すっての」


「はいはい、そこ!ケンカしないよー!」


「私もここまでで良いと思うぞ?」


 残る三体のリザードマンの内、さらに二体を殺そうとする小隊長の意見はカトレアとクロエの援護もあり撥ね退けられた。


「さて、こいつらには起きてもらわねぇとな」


 宙に浮いた状態のリザードマンに対し、トニーが小石を投げつけた。少々手荒だが、硬い鱗に覆われているので怪我を負わせたり殺したりしてしまう心配はない。

 何度かそれを繰り返していると、その一体が意識を取り戻す。


「グルルルゥ……」


「やっとお目覚めか、トカゲ」


「これは……いったいどういう事だ。同志が……」


 魔族の死骸はまだ消えていない。個体としてはリザードマンよりも上であるオーガも討ち取られ、勝ち目などないと絶望している事だろう。


「先に言っておくが、仕掛けてきたのはそっちだ。悪く思うなよ」


 ここに来てようやく、周りのサムライ達はトニーとリザードマンの会話が理解できていることに気付いて驚き始める。当然、カトレアが人知れず翻訳術を根回ししているおかげだ。

 京都に来た時点でいつの間にかこの街全体位に及ぶくらいの範囲に魔術を行使していたものと思われる。逆にトニーやクロエが天皇や田之上の言葉を理解できたのもそのせいだ。


「殺せ」


「死にたいなら殺してやる。お前のボスは誰だ?ハインツか?アルフレッドか?」


「知らん」


「口を割る気はねぇか。安心しな。そいつらに何か仕返ししようってわけじゃねぇ。俺も六魔将の一人だからな」


 トニーの配下のミッキーを見ても分かる通り、リザードマンは荒くれ物揃いの魔族としては義理堅く、最高クラスと言っても良いほどの忠誠度を誇る種族だと言っても過言ではない。

 誰かから何かしらの恩を受けていたら、命に代えてもその対象を守ろうとする習性があるので簡単には口を割らないだろう。それを見越してのトニーの言葉だ。


「六魔将……?大魔王陛下直下の将軍様か」


「何だ、その言い草は。お前、アメリカ本土の出じゃねぇのか?」


「我らはロシアの出身だ。六魔将は知っているがな」


 ブチッ、とトニーは頭の血管が切れるような感覚に陥る。

 ロシアで生まれたというのであれば、憎きオースティンの配下……以前から魔王正規軍が推し進めていた、敵地での繁殖と徴兵、教育を施された戦士なのは間違いない。

 オーガだけだと思っていたが、最近ではリザードマンをも産ませ、スケルトン兵を人間の死骸などから生成しているという事か。


 大僧正イェンが知ったら発狂ものだ。


 トニーはそのリザードマンを殺すわけではなく、ぐっと衝動を抑え込んだ。頭に血が上り、後先考えずに撃ち殺していてもおかしくはないので、ジャックの大声よりもよっぽど珍しいものが見れたと言っても良い。


「……ロシア、だな。オースティンの犬っころの部下か」


「知っていたか。いかにも、我らはオースティン副長の兵である」


 ロシア侵攻中であればそちらに集中しているはずだが、こうして別の国に侵入をしたのは食料確保の為か。


「何でここにいる?」


「極秘任務だ。答えるわけにはいかん」


「奴は今、どこで何をしてる?」


「副長か?それはもちろん、ロシアのどこかにおられるだろうが……何が言いたい?」


「奴とはマブダチだからな。会いたくなっただけだ」


 冗談を吐いてはみたが、リザードマンが笑う様子はない。むしろ、トニーとオースティンの関係性を知らない新兵であれば、冗談を本気にしてしまった可能性すらある。


「お前ら自身はどこにいたんだ?」


「ロシアの極東だ」


 侵攻が進んでいるとしたら、オースティンがいる場所からは遠く離れている事だろう。後方の練度が低い新兵の部隊にはこうやって物資の調達をさせているのかもしれない。

 侵入は良い実戦経験にもなって一石二鳥だ。


「ロシアの最前線の戦況は?」


「そんなもの、我らには伝えられない。副長にお会いしたのも一度だけ。それもお会いしたというより、かなり遠くからお顔を見たことがあるだけだ。たまたま視察か何かに来られていたんだと思う」


 随分と口が軽い。どうやらトニーの言葉を鵜呑みにしてしまっているとみて間違いなさそうだ。


「となると、奴の部隊の規模も分からんか」


「途轍もなく巨大な組織だとは聞いているが、末端では何も言えんな。それより、同志たちを打ち倒したのはどういう了見だ」


「だから、俺らは応戦しただけだっての。極秘任務ってのには、六魔将を殺すってのも含まれてたのかよ」


「いや……それは……謝罪しよう。だが、こちらも仲間の命まで取られて納得いっていないのも事実だと知っておいてくれ」


「殺せって言ってた奴の言葉だとは思えねぇが、まぁいい。ここは俺の街だ。二度と侵入すんな」


 完全な出まかせだが、現在日本の首都となっている場所を荒らされては本山も困るだろうというトニーの優しさだ。


「日向も付け加えてくれぃ」


「だそうだ。理解したか、トカゲ」


「日向?聞い事もない名前の土地だが……理解した、仲間に伝えておく。それよりも、本当に将軍は副長の知り合いだと思っておいていいんだな?」


 言ったところでこのリザードマンは雑兵だ。意見が通るかどうかは分からないが、黙っているよりはマシといったくらいか。


「奴とは何度も顔を合わせてる。むしろ、六魔将がなぜ魔王正規軍の副長と顔見知りじゃないと思うのかが理解できねぇよ」


「それはそうだな……信じよう」


「犬っころの副長とはいずれまた顔を合わせることになる。楽しみにしてるぜ」


「それも出来れば副長に伝えてやりたいが、無理だ。副長に会う機会などないし、会えても直接話すなんて不可能だ」


 オースティンもそうだが、トニーとて一般兵にとっては雲の上の人物だろう。


「もういい、行け」


 パッ、とカトレアの拘束が解ける。意識を失ったままの二体も含めた三体のリザードマンが雑に地面へと落とされた。小隊長らはもうそれに襲い掛かる気配はない。


「ま、まて。本当にこのまま行かせるのか」


 唯一、田之上だけが焦ったような声を上げる。


「行かせる。行かせねぇと報告が持って帰れねぇし、またここに侵入が来るぞ?それでもいいなら全員の首を刎ねろ」


「いや、それはいかんが……むぅ、分かった。物の怪どもよ!二度と京の都に近づく出ないぞ!」


 起きているリザードマンがそれに対して頷き、空間転移の魔術を発動した。


 ズゥ……バリバリバリッ!


 両手に一体ずつ、仲間のリザードマンの身体を軽々と抱えて、亀裂の中へと歩いていく。


……


 飛び散っていた魔族の死骸や血液が消えていく。この場で激しい争いがあったことが嘘のようだ。


「さて、そこの南蛮人の御方らに聞きたいことが山ほどあるのだが?」


「あぁ?座敷になんか上がらねぇぞ。それより京都を案内しろよ。こっちの人間なら本山より詳しいだろ、小僧?道中で少しくらいなら話してやる」


「承った。本山殿、これより先は我らが案内を務めよう。各々方、都の内で行きたい場所があれば何なりと言って下され」


 別に本山の案内でも構わないが、田之上が案内役であればさらに面白い場所に連れて行ってくれそうだ。


「まずはデカい建物だな。一望できるくらいの塔とかよ。登れるんだよな?」


「街を見たいのであれば塔より山の方がよろしかろう。ただ、かなり歩くぞ」


 トニーはチラリとカトレアに視線を送った。彼女はそれに対し、両手を頭上で大きくクロスさせたバツのサインを出す。

 あえて言葉にするとしたら「この人数だが、空間転移で行けるか?」「無理!」といったところだ。


「歩くのは面倒だ」


「ふむ、都の中にはそう高い建物はない。五重塔を持つ寺の住職に、登れるかどうか掛け合ってみよう」


 これも独特な考えだ。身分の高い将軍家の侍大将であれば、寺の住職の許可など無視して登ってしまえばいいだろうにと思ってしまいそうだが、そうは考えない。

 ルールはルール。サムライだろうが天皇だろうが、その建物や土地の所有者の言葉にはきちんと従う。


「ここからであれば東寺が近いな。どうぞ各々方、こちらへ」


 目的地は先ほどまでトニーが見ていた五重塔だ。


 魔族が去ったことを既に察知したのか、沿道には既に行き交う人々が出始めている。何やら地域のネットワークのようなものがあり、すぐに話が広まるような環境なのかもしれない。


「将軍家の御方、どうぞご贔屓に」


「お茶はいかがですか」


 先ほどまでいた物乞いらの通りとは違い、ぽつぽつと呉服屋や茶屋が見え始めた。サムライだと分かっていても、案外と声をかけてくる商人も多い。


「南蛮人だ!」


「わぁ!大きいね!」


 風車を手に駆け回っていた子供たちがトニーや小隊長の体躯に驚いている。怖がっているのではなく、興味津々だ。

 トニーはツンとして通り過ぎるだけだが、小隊長は手を振ったり笑いかけたりしている。子供好きなのは間違いない。


 そして、カトレアはいつも間にか子供らに交じって追いかけっこを始めてしまっていた。


……


「ん?トニーよ。奥方はどこじゃ」


 そして、東寺についた時にそれに唯一気付いたのが本山だった。当然ながら、トニーはカトレアがいつの間にか離脱している事などは見てもいない。

 普通であれば彼女がいないという事は一大事のはずだが、彼が気にするはずもなかった。

 ジャックがいるので、転移で帰還できないという事にもならないのがその理由でもある。


「あぁ?なんか見つけて遊んでるんだろ。アイツはそういう奴だ。阿呆なガキだからな」


「探しに行ってやらんのか。おなごは大事にせねばならんぞ」


「放っておいても帰ってくる。アイツはそういう奴だ。馬鹿なガキだからな」


 似たようなセリフを二度吐くトニー。


「はは、すまんすまん。そういう奴だとそう連呼できるのであれば、信頼しているというわけだな」


「言ってろ」


 そんなやり取りをしつつ、一行は東寺の敷地内へと到達した。

 箒で掃除をしていた坊主が走ってきて、田之上とひそひそと何やら話し込んでいる。その坊主が去り、代わりによぼよぼの老年の住職がやってきた。


「これはこれは。将軍家のお侍様がお見えだと聞いたので来てみれば、田之上様」


「うむ。おひさしゅうござる、住職殿。お元気そうで何より」


 住職に対し、上位者であるはずの武士の田之上も深々とお辞儀をした。

 誰であろうと礼を尽くす。どちらが偉いのかはっきりさせたがる人種とはやはり大きく異なる。


「塔に上りたいとのお話でしたかな。しかし、あれは人が登るようには作られておりませんで。それに無理やり登っても、あの通り、窓も障子もないので内から外は見えません。しかしまぁ……はるばるお越しくださったそちらの南蛮人の方々をこのまま突き返すのも心苦しいですなぁ」


「中が駄目なら屋根には乗っても良いのか?ガキに瞬間転移させる。おい。あん?いねぇのか、どこ行きやがった」


 先ほど、どうでもいいとなっていたのに早速、カトレアを探す羽目になっている。


「今の今であったろう、奥方がおらぬと話したのは。探すのであればわしの手回りの者をやるが?」


「チッ。いねぇならジャックでいい」


「屋根の上、と申されましたか、南蛮の御方。しかし言葉がお上手ですなぁ」


「あぁ。屋根に乗っていいならここから直接飛ぶ。塔の中はどうでもいい。街を見たいだけだ」


 飛ぶ、というのが理解できないのか、住職は首を傾げる。脚で一息に跳べる高さではない。忍者のようにぴょんぴょんと飛び移っていくのは不可能ではないだろうが、余程の達人でなければ無理だ。


「しかし、万が一にも屋根から滑り落ちては危ないですぞ」


「その心配はねぇよ」


 もし誰か落ちたとしても、ジャックが飛び込み、その者を抱えて着地するだろう。魔族の中では非力なスケルトンであっても、その程度は何の問題もない。


 本山らは空間転移を知っているが、田之上やその部下たちは何をする気だろうと興味津々だ。


「ジャック」


「はっ」


「あの塔のてっぺん、足場がある屋根の辺りに頼む」


「はっ。閣下お一人でよろしいので?」


 無論、ジャックは同行するが、それ以外はどうかという質問だ。ただ、そう広い場所ではない。三、四人が限界ではなかろうか。


「しゃ、しゃれこうべ!?」


 住職がどこからともなく現れたジャックの顔を見て、仰天して尻もちをついている。ハットを被ってはいるが、顔面の骸骨は剥き出しだ。

 ちなみに田之上らは先の戦いで加勢してくれたジャックを、自然な流れで味方だと認識してくれている。南蛮では時に物の怪をも味方にするものだと勝手に解釈してくれているのかもしれない。


「おっさん、それとクロエも来るか?観光しに来てんのは俺らだけだからな」


 少し、本山が物欲しそうな顔をしているが無視した。彼はトニーにとってのゲストではないので、二人が優先だ。


「いや、俺はいい。高い場所なんてパリの城壁の警備で飽き飽きしてる」


「私は行こう。お願いできるか、将軍、ジャック殿」


 トニーとジャックが頷く。


「なら、本山、お前も来い。空きが出た」


「な、わ、わしは……うむ、行こう」


 ズゥ……バリバリバリッ!


 ジャックが発動した空間転移。塔の頂上にもう一つの亀裂が生まれているのが見えた。ここまでの至近距離で発動するのは初めてなので確認できたが、入るところと出るところの両方の空間で亀裂が同時に作られるようだ。


 おぉっ、と田之上らや住職、遠巻きに見ている他の坊主たちからどよめきが起こる。


「閣下、どうぞお入りください」


 ジャックが一礼し、トニーを先にくぐらせた。それに本山、クロエの順で続く。最後尾からジャックが亀裂に入るころには先頭のトニーが五重塔の頂上に立っているのが見えた。

 それを見て再度、どよめきが起こっている。


……


「なんだ、そこまで高くないな。大して見えやしねぇ」


「田之上殿もそう申されていたではないか」


 圧巻の眺望とはいかなかった。確かに人工物としては最も高いのだが、それ以上に背の高い木などもあって街全体を見渡せるわけではなかったのだ。


「私はこれくらいでも満足だぞ、将軍。直線的で網目状に家が建つ、美しい街並みだな」


「安い女だぜ」


「貴殿は常に言い方が悪いな、まったく!」


 京の都はクロエの言う通り、碁盤の目のような街並みが縦横にきっちりと並んでいて美しい。

 トニーの不満の理由であるように全体が見渡せないのが非常に残念だ。


「あの中央にデンとあるのが天皇の屋敷か?」


「いかにも。あれが皇居じゃ。とはいえ、一昔前に比べると随分と縮小されたと聞く。陛下もあまり派手な暮らしは好まれぬらしい。他にも同じくらいの広さの神社や寺、武家屋敷なども見えよう?」


「国で一番偉いのにひっそりと暮らしたいってのは、そこまでたどり着いた奴だけに許されるわがままなのかもな。俺は派手であればあるだけいい」


 たとえトニーが国王に匹敵する地位を手に入れたとしても豪遊癖は抜けないだろう。

 ただし、この世界で出来る贅沢は現世に比べるとどうしても見劣りするのであまり魅力的ではない。


「派手さ、という点ではお主の城は既に皇居よりも勝っておろう。あんなに広く大きいのだからな。それに、ニューヨークの大魔王とやらの城もかなりのものであった」


 本山は以前、大魔定例幹部会にも参加したことがある。最も魔族の事に精通した日本人であると言える。日本人どころか、こちらの世界の人間としては一番魔族との親交が深い人物だ。


「あんな石造りの骨董品より、エレベーターとガレージ、プール付きの屋敷の方が良いんだがな。百歩譲って高層マンションでもいい」


「言っておる意味が分からん」


「高層マンションってなぁに?」


 突然カトレアの声がしたかと思うと、トニーに肩車される形で座っているので、瞬間転移で飛んできたのだと分かる。


「うぉっ!?」


 トニーが驚き、振り払おうとするが、カトレアはがっちりと脚をトニーの首にクロスさせ、手は両耳を掴んで振り落とされないようにしている。


「閣下、暴れない暴れない!屋根の上だから危ないよ!どうどうどう」


「てめぇか!人を馬みたいに扱うな!降りろ!」


 トニーから掴まれる前にカトレアは再度瞬間転移し、今度は本山の肩に乗った。


「おぉう、奥方の妖術は見事なものじゃなぁ。草の者かと思うたわ。いっそ本当に忍びにでもなってはどうだ。おなごであればくノ一と言うのだが。忍者が使う、本家本元の忍術を上回るに違いないぞ。修行も不要かもしれんな」


「草の者?忍び?くノ一?忍者?忍術?」


 似たような単語が並びすぎてカトレアが混乱している。もちろん、本山が言っているのは冗談だ。


「忍者になんか、なってどうすんだ。それより、勝手に離れて何してやがったんだ?」


「え?小さい子たちに混じって遊んでたんだよ!子とろ子とろっていうお唄と遊びを教わったの!みんなで一緒にやる?」


「やらねぇよ」


「じゃあ閣下だけ仲間外れねー。残りのみんなでやります」


 子とろ子とろとは、目を瞑った鬼役一人を中央に置き、その周りを円形に囲んだ大勢がぐるぐると回転、唄が止んだしかるべきタイミングで真後ろに立つ人物の名前を中央の鬼が当てるというわらべ遊びだ。すなわち、かごめかごめである。

 ただし、これには例外もあり、子とろ子とろが通常の鬼ごっこを示す場合もある。ちなみに「子とろ子とろ」は「子捕ろ子捕ろ」という非常に恐ろしい意味合いからきている。

 かごめかごめにしろ、鬼ごっこにしろ、かくれんぼにしろ、日本ではあくまでも遊びの中心は「鬼役」であり、その他を「子」と表現しているのが特徴的で、わらべ遊びやわらべ唄の一つ一つにも迷信的、宗教的な倫理観が組み込まれている。


「いや、わしもわらべ遊びは遠慮しておくが」


「私は少し興味があるな」


 本山とクロエの反応はまちまちだ。クロエも実践を肯定して遊びたいのではなく、文化を知りたいだけのように見える。


「えぇー?泥棒猫と二人かぁ」


「何度もやめて欲しいと言ったはずだぞ、その呼び方は……」


 安い女だの泥棒猫だの、見目麗しい女に向けてバレンティノ夫妻からは厳しい意見ばかりが向けられている。いずれこの冗談も本気に捉える者が現れそうで、本人にとっては迷惑な話だ。


「見ろ、火の手だ。物取りか、あるいは犬っころの部隊が別働で侵入してきてたのかもしれねぇな」


 家が数軒、黒い煙に包まれている。焚火と言うには大げさなので、火事になっているのは間違いない。

 オースティン副長の配下である場合は、先ほど逃がした連中と入れ替わりになってしまい、侵入禁止の話が伝わっていない者という事になる。


「単なる火事か、盗賊のような輩であれば放っておいても良いかもしれぬが、物の怪だった場合は何とする?お前たちが向かわねば、街には少なくない被害が出るじゃろう」


 京都を警護するサムライの腕も確かではあるが、やはりオーガやリザードマンと対峙すると見劣りする。せいぜい追尾を振り切りながら避難するのが人間の限界だ。


「さてなぁ。おい、ガキ。ちょっとあの火事が誰のせいか見て来い」


「えぇー?めんどくさぁ……」


 とは言いつつも、そのセリフの途中でカトレアは本山の肩の上から姿を消した。文句を垂れながらもトニーの言葉は無視できなかったらしい。


「リザードマンだったよー。パッと見て三体」


 二秒と経たずにカトレアが戻ってきた。


「すくねぇな。サムライが十人くらいで頑張れば何とかなんだろ」


「待て待て、リザードマンとはあのトカゲの物の怪であろう?十人程度では太刀打ちできぬ。手伝ってやってはくれぬか?おぬしらが行けば先ほどのように、話し合いで帰せもしよう」


「大半はおっさんがぶっ殺したけどな」


「あの男は異常じゃ。強さも考え方もな」


 正直、トニーも小隊長の腕っ節は少しばかり見くびっていた。人間の身でありながらあれほどまでの強者はそうそういないだろう。トニーのように銃器や魔術を使わず、純粋な力だけであの実力だ。六魔将のハインツ辺りが喜びそうな好敵手になり得る。


「おい、待て。あっちもこっちも火の手が上がった。こりゃあ、侵入ってレベルじゃねぇぞ。京都を半壊させるつもりか?」


「ななっ……!奥方、これはいったい!?」


「えっ?うーん、確かに侵入とは少し違うねぇ。さっき話してたリザードマンも極秘任務って言ってなかったっけ。本当にただの略奪じゃなかったのかも?そうだとしたら何だろうねぇ」


 確かにそんなことを言っていた。だが、これ以上の干渉を止めるように請け負ってくれたくらいだったので、ここまでの大攻勢だとは予想できなかった。


 もちろん、これはトニーを含めて楽観視をし過ぎただけの話。

 あのリザードマン自身も作戦の全容までは分かっていなかっただろうし、止めてくれようとしたのが間に合わなかったか、部隊の責任者に拒否されたものだと思われる。


「本山、さすがにあの全部を面倒見ろ、なんて言われても拒否するぞ。俺の身体は一つだ」


 確認できる火の手は、両の手でも足りない箇所から上がっている。すべてが魔族の仕業とは断言できないが、ほとんどそうだと思われる。


「手分けするー?ていうかどうするの?殺すの?」


「そうだな。いちいち話しまわってる暇はなさそうだ。クロエ、それと下にいるおっさんもだが、パリに送らせる。こっから先はあぶねぇ」


「いや待て、将軍。我らとておんぶにだっこではない。地元住民を守るためと言うならなおさらのこと。手伝わせてくれないか」


 手分けして事に当たる、ということは守ってやれないという事だ。

 確かにクロエも小隊長もかなりの腕利きだが、三魔女であるカトレアや破魔衣と拳銃で武装しているトニーとは比較にならない。

 オーガなどの強兵と一対一の状況、あるいは複数のリザードマンやスケルトンに囲まれる状況などに陥れば絶望的だろう。


 本山にも同じことがいえるが、彼には供回りがいるのと、トニーが連れてきたゲストではないため、彼は気になどかけてやらない。


「なら、本山とサムライ達と一緒に動け。本山、お前も何とかしたいんだろう?このクロエと下にいるデカいおっさんを連れてってやってくれ。魔族だろうと、少しの雑魚くらいなら蹴散らせる連中だ。今言ったが、もう話し合いとか言ってる場合じゃねぇからな」


「承った。我らは敵の撃滅よりも住民の避難と救出を優先とする。それでよいな、クロエ殿」


「あぁ、ありがとう。お殿様」


 瞬間転移で五重塔の下に戻り、事の詳細を皆に伝え、チーム編成に入る。


 トニーはジャックとペア行動。カトレアは個人行動。この二つのチームは空間転移、あるいは瞬間転移を使って移動する。


 クロエと小隊長は本山の手勢と徒歩で警戒しつつ移動。


 田之上とその部下はそれと別行動だが、主任務は攻撃ではなく本山たちと同じだ。


 小隊長が、どちらかというとトニーら攻撃側に加わりたいと申し出た。

 トニーとしては要らないと突っぱねようとしたが、それよりも先にクロエが「私たちが分かれるのは万が一のことを考えて得策ではない」と何とか説得した。


 どちらかが行方知れずになったらパリに帰るに帰れないとか、そういう意味合いなのだろうが、本来であれば万が一の事があるような時点でそれを避けるべきだろう。しかしそこは譲らないようだ。


「んじゃ行ってくるねー。オースティン副長の部下だし、もう倒しちゃっていいんだよね?」


「基本的にはな。何か情報を持てそうで話せる奴がいたら連れて来い」


「あいあいさー。ばびゅーん!」


 フッ、とカトレアの姿が消える。どこで覚えたのかわからない、いつもの現世で使われるような言葉はご愛嬌だ。


「では、わしらも行こう。田之上殿もどうかお気をつけて」


「本山殿の方こそ。たまたま居合わせただけでありながら、京の都への多大なる御助力、感謝申し上げる。我らは一先ず民を守りつつ、上様のお屋形へと向かう所存にござる」


 本山と田之上がそう言葉を交わし、トニーに向けても一礼して出発した。もちろん、クロエと小隊長も本山たちと一緒だ。

 ちなみに落着後の本山たちとの集合場所は再びこの東寺としている。


「閣下、まずはどちらへ向かわれますか?」


「さっき、最初に火の手を見つけた地点は覚えてるか?カトレアがリザードマン三体を見たって場所だ。そこへ飛ぶ」


「かしこまりました」


 ジャックが空間転移を発動する。カトレアと打ち合わせをしているわけでもないので、飛んだ先ではバッティングする箇所も多いかもしれないが、それはそれで別にいい。


「おい、住職のじいさん。塔に登らせてくれたおかげで早めに手を打てた。ありがとよ」


 住職や坊主らが不安そうにこちらを見ていたので、空間の亀裂に入る前にそう声をかける。彼らは両手を合わせ、深々と頭を下げた。


 バリバリバリバリッ!


 さらに一歩足を踏み出すと、場所が切り替わって、むっとした熱気が襲ってきた。言うまでもなく、近くの家屋から燃え上がる炎だ。


 既に、この場を荒らしていたリザードマンたちはいないのか、何者の姿も見当たらない。仮にカトレアが倒したのだとしても、まだ死体が消え去るような時間も経っていない。

 さらに不自然だと感じるのは、逃げまどい、泣き叫ぶ住民の姿も見えないからだろう。リザードマンに食われたか、あるいは焼け死んだのか。


「街の警護のサムライどもは近くにいなかったのか?」


 もし戦う者がいれば、たとえやられてしまっていても多少の時間は稼いだはずだ。つまり、リザードマンはまだこの場にいてもおかしくはない。

 しかしその姿が無いことから、人間側が何か対応する前に魔族側が移動したというのが一番自然かもしれない。さらに別の場所に転移したか、徒歩で移動したか。


 そして、その答えはすぐにわかった。


「閣下、敵はあちらのようです」


 ジャックが指さす先、路地を曲がって十軒ほど先の家屋で、新たな火の手が上がったからだ。


「まだ近くにいやがったか。行くぞ、ジャック」


「はっ」


 トニーは銃を引き抜き、ずんずんと進む。やはりその道中にも誰も見当たらない。ただし、ここにきて初めて、遠くからは悲鳴などが聞こえたので、住民は逃げ回っていると考えて良さそうだ。その後の運命までは知らないが。


 火の手が上がったばかりの場所。片手に年老いた女の死体を抱えたリザードマンが一体、ゆらりとトニーらの方を振り返った。

 カトレアの報告では三体だったはず。分散して街を破壊しているものと思われる。


「よう、トカゲ。婆の身体なんか不味いだろうに」


「グルルルゥ。人間とスケルトン……?妙な組み合わせだ」


 ぶちっ、と年老いた女の腕を噛み千切り、それを咀嚼しながらリザードマンが応じる。


「立ち食い、それも話してる途中にとはテーブルマナーのなってねぇ奴だ。俺がお行儀をしつけてやろうか」


「言っている意味が分からんな。貴様、何者だ」


 さらに首を噛み千切り、バリバリと骨ごとかみ砕いて食べている。既に絶命してはいるが、勢いよく女の首から鮮血が噴き出した。


「六魔将のトニー・バレンティノ様だ。時間がねぇから、五秒だけやる。他の二体はどこに行った?」


「知らん。別れたからな。それよりもなぜ、我らが三名だったと知っている?」


 ズドンッ!


 その返事を聞くや否や、トニーは発言通り、即座に発砲した。

 しかし、弾丸は抱えていた女の身体に当たり、それを貫通はしたものの、リザードマン自体には軽傷を与えたに過ぎなかった。


「グルゥァアアアウ!」


「ジャック。仕留めろ。さっさと次に移る」


「はっ」


 トドメを譲られ、すかさずジャックが抜刀。リザードマンの右腕、そして首を次々と斬り落とす。

 トニーの銃弾で軽傷とは言え既にダメージを受けていたせいで、リザードマンの動きは緩慢であり、ジャックの斬撃を回避することは叶わなかった。


 食べていた老婆と同じ箇所を狙ってジャックが斬ったのは意図しての事だろうか。もしそうだとしたら粋な計らいだ。


 緑色の血を勢いよく溢れさせながら、どうと倒れるリザードマン。腕と首のない死体が二つ、その場に転がることになった。


「……」


 既にトニーはそちらには目もくれていない。この個体の仲間である二体を探そうと辺りを見渡していた。もし空間転移を使われていたら意味のない行動だが、徒歩であればそう遠くない場所で騒ぎが起きているはずだ。


 しかしながら、そちらの方は見つかることが無かった。わざわざ家屋に火など点けずに動いているのかもしれないし、転移したのかもしれない。


 その代わりに、カトレアがやってきた。トニーとジャックの目の前に何の前触れもなく、突如として姿を現す。


「じゃじゃーーん!あれ、閣下いるじゃん。負けたー」


「おう、一匹だけ殺した。二匹は見当たらねぇ」


「一体だけー?じゃあ、あたしの勝ちー。もう五体は仕留めたもんねっ!」


 別に競争しているつもりはないが、それでカトレアがやる気を出してくれるのならば構わないので特に否定はしない。


「そうか、さすがは転移術師だな。こういった、転々と動き回る仕事は十八番だろう」


「なぁに?珍しく認めちゃって。張り合いがないなぁ」


「てめぇの方こそ、普段ならちょっと褒めてやれば飛び跳ねて喜ぶくせに、今日は珍しい反応じゃねぇか」


「そうだっけ?んじゃ、あたしは次行くよー。ばいばーい」


 カトレアの姿がフッ、と消える。

 言いたいことだけ言って人の話は大して聞かない。いつもの彼女だ。


「ジャック、あの寺に戻るぞ」


「ははっ、よろしいので?」


 ここでトニーが離脱するということは、魔族退治はほとんどカトレアに任せっきりになるという事だ。多少は本山とクロエたちも働いてはくれるだろうが、彼らは討伐がメインではない。


「さっき見ての通りだ。あんだけ張り切ってるんだからあのガキが全部やるだろ。途中で飽きたりしなきゃな」


 瞬間転移を使う分、効率的でもある。そして何を隠そう、飽きているのはトニーの方だった。


……


「おぉ、これはこれは。異人様と……しゃれこうべ殿。お早い御帰りで」


 つい先ほど出て行ったはずのトニーとジャックの姿を目にし、住職が引きつった笑顔を見せた。トニーはともかく、ジャックの見た目が簡単には受け入れがたいのは仕方のないことだ。


 そして、遠くの方では「ひっ、物の怪」と短い悲鳴が上がっている。他の坊主たちではない。

 家から出て、寺に避難してきていた住民たちだ。


 京都では寺や神社、武家や貴族の屋敷など、緊急事態には様々なところに住民が避難する決まりになっているらしい。そして、そういった土地の者は彼らを拒否せず、きちんと匿って守っている。

 逆に平時には住民の方から貢物や人足を納めているであろうことから、持ちつ持たれつの関係であると言える。


「ここに魔族は攻めて来てねぇみたいだな」


「えぇ、お陰様で。仏様の御加護でしょうな」


「ほう。ところで坊主ってのは経を読んで、魔物退治でもできるのか?」


 魔術師がいる世界だ。僧侶にも何か特殊な能力がある者もいるのではなかろうか。


「いえいえ、我々はそのような事は致しません。物の怪退治であれば、やはり腕利きの武士の方、或いは陰陽術に秀でた方などが」


「陰陽術?」


 あまり聞き慣れない魔術だ。忍術のように日本で独自に発展したものだと思われる。

 かつて戦場で見た白装束の魔術師の女衆も、杖ではなく鈴を用いていたりと、やはりこの国は変わったものが多い。

 日本だからというよりも、国交が限られる島国はそういった傾向になりやすいのだと思われる。しかも、この世界の日本は地域ごともすべてがバラバラの小島だ。現世よりさらに文化は多様に発展しているだろう。


「頼もうーっ」


「おや、噂をすれば何とやら。あちらが陰陽師の方です」


 烏帽子と呼ばれる黒く背の高い帽子を被り、白い狩衣を纏って赤い袴を履いた人物が現れた。

 神社の神主、あるいは平安貴族とほとんど変わらない出で立ちだ。しかし、その右手には護符のようなお札と扇子、左手には小刀を持っている。


「住職殿、ご無事で。こちらに物の怪は来ておらぬか……ななっ!そこにおるはしゃれこうべの化け物ではないか!」


「ジャック、話がややこしくなる。ちょっとどこかに隠れてろ、お前」


「はっ」


 驚いた陰陽師の男が何かをし始める前に、トニーはジャックを退かせた。


「ま、待て!しゃれこうべ!くっ……そこな南蛮人、お主は物の怪の味方か!?」


「説明がめんどくせぇが、アイツは無害だ。あぁ見えて他の魔族を倒してくれるんだよ」


「そ、そのような戯言……っ!」


 言いながら小刀を抜き、チラリと住職の方を見る。

 住職は両手でまぁまぁ、と陰陽師の男の感情を抑えるように促しながら頷いた。


「まさか本当なのか、住職殿」


「えぇ、本当です。こちらの南蛮の御方は将軍家の田之上様と一緒に行動されておりました」


「田之上殿?将軍家の侍大将、田之上喜千郎殿か」


 田之上の事など気にも留めていなかったトニーだが、彼と動いていたのが意外にもここで役立った。やはり、その土地で知られている者、それもある程度の力や名声を持つ者だと何かと好都合だ。


「その田之上様でございますとも。こちらの御方は此度、都に出た物の怪を退治しておられたご様子。あのしゃれこうべも、見た目は恐ろしいですが、同じく」


「なんと……にわかには信じられぬ……」


「別に信じなくてもいい。それより、陰陽師?お前は化け物退治の専門家なのか?」


 日本以外では見れない魔術師の類だ。トニーも珍しく興味を持った。


「否。普段は占い、まじない、雨脚の予測などをやっておる。物の怪の退治は滅多にやらん」


「星を見たり土や岩や亀の甲羅の焼きを見たりするあれか。占いより、何か攻撃に使う術を見せてくれよ」


「亀?まぁよい。我らは術者によってさまざまなものを用いる。形代と呼ばれる人形(ひとがた)を用いる者、式神を宿したり何かに下ろす者、笛や鈴を使う物、陰陽道の基本である九字印(くじいん)を主に用いる者などな。わしはこの札と扇子を使う」


 意外にも簡単に教えてくれた。警戒されているはずなので、秘中の秘だと拒否されてもおかしくなかったが、案外この陰陽師の男はお人好しのようだ。


「見てみたいが、敵がいないと無理か?」


「もちろんじゃ。見ての通り、札も有限でな。無駄撃ちする余裕はない」


 お札は貼ったり、燃やしたりと、トニーの思いつく限りでも多彩な使い道があるようだが、確かに消耗品だ。

 なら扇子はどうだと聞こうとしたが、減るものではなくとも同じく魔力が必要なのは同じなはずだ。都中に敵が溢れている今、それを温存したいと思うのは当然の事である。


「逆に訊きたいのだが、お主は何者じゃ?」


「どこぞの国で将軍をやってる、トニー・バレンティノだ。得物の話か?コイツだな」


 派手な死霊杖は持って来ていないので、懐から取り出した銃を見せる。


「奇怪な武具じゃ。火でも出るのか」


「ほう?こっちの世界の原始人にしては、センスがある見方をしやがるな。その通り、コイツは火を噴く」


 実際に飛ぶのは火ではなく鉛玉だが、発砲時には確かに僅かながら銃口から火を噴くので正解だ。


「なるほど、そのようなからくりであれば納得もいくというもの」


「ここへは安否確認にか?」


「左様。都を巡って、皆が無事か確認しておる」


 魔族相手にこの男が渡り合えるのかは不明だが、たった一人でこの勇気ある行動をとっている事は称賛されて然るべきだ。

 無論、トニーの口からそんな言葉は出てこないが。


「だったら、ここ以上に安全な場所はねぇな。何せ俺がいるんだからよ」


「ほう、大した自信ではないか。よほどの腕と見える」


「……っと、おあつらえ向きの奴らのお出ましだぜ」


 寺の入り口、門の辺りに複数の敵影。オーガが一体とリザードマンが二体だ。トニーがいなかったらこの寺は壊滅していたことだろう。

 たまたま気まぐれでここに戻ってきていたのが功を奏した形だと言える。


「なっ!だいだらぼっちと龍人!まさかお主が呼んだのか……!」


 驚愕する陰陽師の男。避難民や坊主たちも境内で震え上がっている。


「はぁ?滅多なこと言うもんじゃねぇぞ。あとなんだ、その変なネーミングは」


 オーガやリザードマンの呼称はデカブツ、トカゲなど勝手に色々呼ばれているが、日本であろうと正式名称はオーガとリザードマンだ。この陰陽師個人が勝手に考えた呼び方だと思われる。


「ねいみんぐ……?」


「おい、行くぞ。倒せるんだよな?」


「いやいや、先ほどの話を聞いておらなんだか!物の怪退治は専門ではない!多少の相手は出来るが、三体も同時となると勝てぬ!」


「お前の魔術がみてぇだけなんだけどな。無駄撃ちはできねぇとか言ってたが、今がその時だろ」


 わずかに逡巡した後、男はお札を一枚だけ手から離した。光を帯びたそれは宙に浮いている。

 二人が会話する間も三体の魔族たちはずんずんと進んできている。接触するまでに時間はあまりない。


「ええいっ、ままよ!」


「なんでそんなヤケクソなのかね。お手並み拝見だ」


 腕組をして見守るトニーの隣、陰陽師の男は何やら呪文を唱えながら宙に浮いているお札を勢いよくオーガに向けて飛ばした。

 一筋の光線が伸び、お札はオーガに着弾する。


 ドンッ!


 雷に酷似した轟音と閃光がほとばしった。

 誰もが目を細め、耳を塞いだことだろう。トニーは姿勢を変えず、視界が戻るのを待っていた。


「グゥォォォォ!」


 おそらくはオーガの絶叫。ダメージを受けて悶絶しているのか、大して効かずにただ煩わしさから吠えているのかは不明だ。


「皆、今のうちに退避を!裏手の竹林に!」


 なるほど、と陰陽師の言葉でトニーは感心した。

 なぜ、こんな視界が悪くなるような事をするのかと思ったが、初めから敵の排除ではなく撹乱が目的の一撃だったわけだ。つまり、オーガを倒していない可能性がぐんと高まる。


 ただ、悪くはないこの手も最善手と言うわけでもないだろう。逃がすべき住民らの視界も奪われているのだから、見えない状態で土地勘や方向感覚が発揮できるのは住職や坊主らくらいなものだ。


 そして、それも長くは続かない。閃光で眩んでいた目が徐々に視力を取り戻し始める。

 当然、トニーの目にはしっかりと三体の魔族が仁王立ちをしている姿が映った。


「陰陽師、逃げねぇのか」


「む、無論だ。命を賭しても足止めをし、皆を逃がさねばならん」


「はっはっは!気合は入ってるみてぇだな。気に入った。あとは俺がやるから見てな」


 言葉に反して膝が笑っている陰陽師を見て、トニーは心の底から愉快そうに笑った。

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