♭1
……
……
「ん……おぉ、いてぇ……」
まだ目の奥の辺りがチカチカする。何かで後頭部を殴られたような衝撃だった。それほどまでに激しい閃光だったのだ。
「親父!」
「親父!ご無事で!」
聞き慣れた部下たちの声がいくつか聞こえる。ファミリーのボス、トニーはこきこきと首を鳴らし、力強く立ち上がった。
「おう、寝起きにガタガタうるせーぞ。おい。なんだ、ここは」
周りの景色に見覚えがない事に気づく。
床も壁も石で作られた広い部屋。窓はないが、壁にある燭台がほんのりと室内を照らしている。外観を見ずともかなり古い建物なのは分かる。
まだ床に倒れている部下が数人いた。
「寝てる奴をさっさと起こせ!」
「はい!」
部屋にいる全員を起こすのを待つ間、葉巻を吸ってしっかりと目を覚まし、床に落ちていたボルサリーノのハットを深くかぶり直す。
「起きたか、野郎共」
「はい!ここにいるのはこれで全員です!」
「誰が足りねー?」
含みのある言い方、そう応えた男にトニーが顔を寄せる。
「あ、はい!ウィリアムの叔父貴とマルコの野郎がいません!」
「あぁ!?アイツら金を持ち逃げしやがったな!だいたいここはどこだ!」
「わ、分かりません!」
バキッ!
男が苛立ったトニーに殴られて吹っ飛ぶ。
「わからねーで済むか!ウィリアムのクソ……あぁ!?携帯が使えねーじゃねぇか!」
「親父」
一人の中年の男が声を発する。
ひどく太った身体は恰幅がよく、レスラーのようなトニーの体系と比べても大きさはイイ勝負だ。頭頂部は禿げていて、口髭をたっぷり生やしている。
「なんだ、フランコ」
「全員の携帯と時計が死んでるみてぇだ。どうしますか」
「どうするもこうするも、こりゃFBIのクソ共の仕業か?」
「わからねーが、叔父貴の裏切りならこんなまどろっこしい事しないで、全員よだれ垂らして寝てる間に脳みそ撃ち抜かれてるんじゃないでしょうか?」
フランコとは人生経験がバレンティノ・ファミリーでも最も豊富な人物であった。無鉄砲な若造であるトニーを戒める事は出来ないが、耳を傾けさせるくらいは出来そうだ。
「ふん!とりあえずアイツらは後で探しに行く!」
全員がはい、と声を返した。
「親父!これを」
「おう」
部下が一丁の大型拳銃を差し出す。きらりと怪しく光る黒光り。トニーの愛銃である大型拳銃。M29というモデルだ。
この場にいる全員が謎の閃光を受けた時点のまま、ライフルや拳銃でしっかり武装していた。
……
ガチャ。
その時、部屋に一つだけある黒い扉が、不意に向こう側から開いた。
「何やつじゃ……騒々しい」
ぬっ、と姿を現した人物。
漆黒のローブを一枚だけ纏っており、両手、首、顔、見えている部分の肌はすべて青白い。水色に近いといえばわかりやすいだろう。人間のそれとは程遠い色だ。
顔の作りこそ人間に近いが、眼球が爬虫類のように縦に細い。
「うげぇ。なんだ、てめーは?」
トニーが英語で返す。なぜか相手の言語も英語である。
部下たちも異形の人物を不思議そうに見ているが、銃口は容赦なくその者に向けられている。
「む?貴様ら人間か!なぜ!」
「てめーも人間だろ?青い肌は趣味の悪いタトゥーか?」
「何をわけのわからんことを……」
その人物は杖のような先端に髑髏がついた棒を取り出した。
「……?」
「親父、コイツなんだか様子がおかしい。下がってください」
部下たちがトニーを守るように前に出た。
「おい、妖術師のコスプレだかなんだか知らねーがよぉ!」
「応えろ!ここはどこだ!てめーは何者だ!」
カッ……!!
そう怒鳴りながら肉薄した二人の部下が、黒い炎に包まれた。ごうごうと燃えながら、一瞬で灰と化す。
「ひっ!?なんだ!?」
「燃えた!?」
予想外の出来事に、残った部下たちが怯む。目の前で人間が『燃やされた』のだ。混乱しないほうがおかしい。
「ば、化け物!」
「なんだ今のは!」
……
ズドン!
一発の重い銃声。銃口から煙を上げているのは、トニーの銃。
「てめーら、何ぼーっとしてんだ?」
ズドン!
もう一発。
「仲間がやられりゃ、敵だろーが?迷わず弾け、バカ共がぁ!」
ズドン!ズドン!
片手で軽々とマグナム銃を撃ちながら、異形にトニーが近づいていく。
「ごっ……ふ……バカな……わしの闇ローブの魔法障壁はあらゆる魔術を跳ね返す……はずだ……」
ゴッ!
まともに銃撃を受けてうずくまろうとする異形の腹を蹴り上げる。
「ご……はっ……!」
「何をぶつぶつ言ってんだ?おい、バレンティノ・ファミリーの組員を殺ったんだ。覚悟は出来てるんだろうな、あぁ!?」
「待て……貴様、一体何をした……?なぜ、あの距離から魔術ではない突発的な攻撃が……」
「何をしただぁ?それはこっちのセリフだ。いきなり人を燃やすとはどこまでも気色のわりー奴だな!おらぁ!死ね!死ねよ、カスがぁ!」
仰向けに倒れた異形の腹部を、トニーは何度も何度も革靴で踏みつけた。
口から緑色の血液らしきものを吹いて悶絶している。
「……殺せ」
トニーが異形から離れる。一斉に組員の銃が火をふいた。
……
バタバタバタ……
駆け寄る足音。一つではなく数人分だ。
「おい、銃声で虫が何匹か寄ってくるぞ。やる気なら蹴散らせ」
「はい!」
そう指示を出すトニーはというと、肘をついて寝転がり、自分の銃を床に投げてしまっている。
……
「閣下!何事ですか!」
「閣下ぁ!こ、これは……人間だと!?」
叫びながら部屋に飛び込んで来たのは二体の生き物。今し方始末した異形の人物とは見かけが違う。
「親父!また妙な化け物が!」
ファミリーの誰かが言う。トニーがちらりと見ると、甲冑を着た大型のトカゲが二足で歩行し、手に槍と盾を持っていた。
「ははは!今度はリザードマンってところか?」
床の銃を拾い、立ち上がって、トニーはその生き物に近寄る。
「親父!」
「親父!後ろへ!」
危険を感じて部下たちが止めようとするが、トニーは遠慮もせず化け物をジロジロと舐めまわすように見た。
「グルル……」
「人間……!あのクルーズ閣下を倒したというのか!」
未だにこの建物や妙な生き物達が何かは分からないが、床に倒れて死んでいる青い肌の男はクルーズ閣下と言うらしい。
身分が高い人物だったのは理解できる。
「閣下?コスプレ好きな軍隊か、ここは?」
緑色のヌメリがある肌はまさにトカゲそのものだ。着ぐるみにしてはよく出来ている。
「グルル!閣下を倒したのかと訊いている!」
「あぁ!?見りゃ分かるだろうが、バカが!俺が撃ち殺したんだよ!先に部下をやられた!てめーらも死にたいのか、こらぁ!」
トニーがトカゲに銃を向ける。
「グルル……」
「そうか……」
二体のリザードマンがその場に跪いた。
「あ?何してる?」
トニーが引き金にかけた人差し指を緩める。
「不本意だが、我ら魔族は強き者に従う。よく見れば貴公は人間のようで人間にあらず。そのような出で立ちの人間など知らぬ、別の種族であろう」
魔族。
ファミリー全員が理解不能な単語である。だが、クルーズ閣下の炎の術や、リザードマンを見て、冗談や幻ではないと、それぞれが思い始めた。
……
……
「おい、てめーら。このトカゲ共の話、信じていいのか?」
数十分後。
とにかく状況が理解出来ないトニーらは、二体のリザードマンに手当たり次第に質問をぶつけていた。
「親父。まるでクソみてーな映画の話だが、現実のようです。目の前で仲間が燃やされ、この気味の悪いトカゲも『生きてる』」
フランコが言った。
リザードマン達から得た情報を整理する。
「今俺たちがいる場所はロサンゼルス。この薄汚ねー建物はロサンゼルス城。そこで死んでる顔色の悪いカス野郎は城主のクルーズ閣下……」
「えぇ。しかしロサンゼルスとは名ばかりで、俺たちがいたアメリカ合衆国のLAとは別物でしょう。胡散臭いが、FBIの妙な機械で異世界に飛ばされたと考えるしかねー」
「そんで、この魔族って連中は俺に懐いちまった?かぁー!つまらねー話だ!どうにかして、ウィリアムを探してニューヨークに戻らねーと!せっかくの金が!」
この世界に興味などない。
「それは困る。異世界から来たのか何かは知らぬが、貴公には我らの長になってもらわねば」
リザードマンが口を挟んできた。
「知るか!こんなところで化け物をペットにする人生なんざ!」
「グルル……!」
「トカゲ!どうやればウチに帰れる?」
「分からぬ。貴公の住処はこの城となる」
「話にならねーな。とにかく周辺を探索するぞ。全員ついて来い」
「はい、親父!」
「はっ、閣下」
「てめーらはイイんだよ!トカゲ!勝手に閣下とか言うな!」
移動を開始する。
……
部屋を出ると、隣は煌びやかな施しをされた玉座がある広い部屋だった。天井は高く、燭台が多いおかげでそこそこ明るい。
その玉座から正面へと伸びる赤い絨毯が目立つが、何より目を引いたのは……
「マジかよ」
トニーがうすら笑みを浮かべる。
リザードマン以外にも、見たこともない化け物達が彼の目に飛び込んできたのである。
まずは下半身が馬で上半身が騎士、おとぎ話に出てくるケンタウロスそのものである。
そしてオーガ。灰色の巨大な体躯をした獣人。インプ。蝙蝠のような羽を持つ小型の悪魔。他にも様々な怪物がその部屋にはひしめき合っていた。
「新たな城主のお目見えという事で、城の周辺にいた者には声をかけておきました」
一体の別のリザードマンが近寄ってきて、トニーの前に跪いて進言する。
「余計な事を……魔王にでもなれってのかよ、おい!」
トニーが叫ぶと、その場に集まっている魔族たちがギャアギャアと騒ぎ始めた。
「見ろ!あの方だ!」
「なんと……まるで人間だ!しかし、クルーズ閣下との一騎打ちを申し込んで見事に打ち倒したらしい!」
「突如現れた猛者だ!我々を導いてもらおう!」
口々に流暢な英語でそんなことを叫んでいるではないか。
これは大事になりそうである。
「皆、おそれ敬え!六魔将のクルーズ閣下を倒した、新たな城主!トニー・バレンティノ閣下であるぞ!」
初めからいたリザードマンが宣言する。さらに歓声は大きくなった。
「はぁ……」
「親父、とんでもない事になってきましたね。撃ち殺した奴がコイツらみたいな化け物のボスだったとは」
「まったくだぜ……閣下とやらになればニューヨークに帰れるわけじゃあるまいし」
ため息混じりにフランコと会話するトニー。ファミリーの部下たちも唖然とするばかりだ。
「閣下、ニューヨークに行きたいので?」
跪いているリザードマンが言った。
顔が同じに見えて分かりづらいが、彼は後からやってきたリザードマンだ。
「おう、そうだが。帰れるのか?」
「貴公は六魔将であられたクルーズ閣下を倒したのです。であれば貴公も当然ながら六魔将の称号を得る。つまり、月に一度の大魔定例幹部会に出席出来る。場所は大魔王様が居城を構えるニューヨークです」
幹部会、六魔将、大魔王。
よく分からないが、どうやら魔族の世界も完全な階級社会のようだ。
「ニューヨークとは言っても、別のニューヨークなんだろうな。大魔王?はっ!ガキの描いた夢物語かよ!」
「別のニューヨーク……?よく分かりませんが、大魔王様なら異世界の事もご存知かもしれない」
これは悪くない。とりあえずの目標が見えた。
「マジか!だったら、俺がその幹部会とやらに出れば話せるんだな?その……大魔王様とよ!」
「もちろんです。六魔将はこの魔界ではかなりの権力を持つ六体の悪魔。ロサンゼルス、ヒューストン、シカゴ、ジャクソンビル、フィラデルフィア、ボストンの六ヶ所にそれぞれの居城があり、直接ニューヨークにおられる大魔王様と謁見が許されています」
「ほう……」
偶然ではあるが、トニーはその権利を勝ち取った。大魔王という者に会ってみるのも悪くない、とニヤリと笑う。
その時。
ズゥゥ……バリバリバリ!
何の前触れもなく、奇妙な音が鳴り響く。
「なんだ!?」
「空間転移です!誰かが入ってくる!」
リザードマン達が武器を手に、トニーを守るように並んだ。
バリバリバリバリ!
なにもないはずの空中に亀裂が走っている。まるで紙を手で引きちぎったかのような波線が、みるみる広がっていく。
そして、大きく切り裂かれた空間から、ネズミ色のぼろ布フードをすっぽりとかぶった人物が侵入してきた。何もない所から人が現れるとは、まるで大規模なイリュージョンでも見せられているようだ。
その者の右手には巨大な鎌。しかし、その右手は白骨化しており、生気は感じられない。
ズゥゥ……ン……
その謎の人物がロサンゼルス城の地に降り立つと、空間の亀裂は跡形もなく消え、元通りになった。
はらりと頭部までもを覆っていたフードがめくれた。
「げっ……!骸骨!?はっ!まぁ、トカゲが生きてんだ。髑髏も生きてるよな、多分……」
トニーが侵入者を鼻で笑う。そう。右手だけではなく、顔面も白骨だったのである。
濃いフードに大鎌。いわゆる死神だ。よくタロットカードや宗教的な絵で見る機会も多い。まさにその『死神』が現れたのである。
「あ、あなたは……!」
リザードマンも含め、その場にいる魔族たちが驚いている。
「汝が……クルーズを倒した者か?」
カタカタと骨が動き、声を発した。
クルーズ閣下を呼び捨て。どうやらみすぼらしい見た目とは異なり、どこぞの下っ端とは違うらしい。
「てめーは?」
未だにファミリーの部下たちはてんやわんやしているが、さすがに頭目であるトニーは肝が据わっている。
「六魔将が一人。ヘルである。もう一度問う。汝がクルーズを?」
これで魔族たちが驚いている理由が分かった。わざわざ他の城からいち早く新しい同僚の顔を拝みに来たわけだ。
「ヘル?地獄ねぇ。いいネーミングセンスだ。そうだ。俺がクルーズとか言う奴を殺った。文句あるか?」
「そうか。ふ……ふふ……ふはははは!そうか……貴様が!はははは!」
カタカタと笑い出す死神。不気味だ。
「頭いかれてんのか?ウチのヤクでも安く回してやろうか」
「人間……?いや、その服は何だ。新たな種族か?結構……結構……はははは!」
リザードマンもそうだったが、この世界では人間も魔族も、スーツを見慣れないようだ。
「おい、ヘル。いつまで笑ってんだ、てめー」
異形に対して、まるで友人のように話しかけてしまうあたりさすがである。
「名を聞こう。同志よ……」
「トニーだ。トニー・バレンティノ。何が同志だ。肉と肌つけて出直してこい、骨野郎。てめーの弱点はきっと腹ペコの野良犬だろうな、あぁ?」
「トニー……クルーズはさぞ強敵であったろう?良き友であり、良き好敵手であった」
味方を殺されても怒らないあたり、魔族には弱肉強食の考え方が深く浸透しているようだ。
「話聞いてんのか?あんな奴は雑魚だったよ。見ろ、ケガ一つ負ってねぇだろ」
「なんと……!」
これにはヘルどころか、その場の魔族全員が驚いてしまう。
「……?決死の死闘が聞きたかったのか?残念ながら瞬殺だ。なんでやられたのか本人も分かってねー様子だった。おつむが弱すぎたみたいでな」
「死の魔術師と謳われたクルーズ相手に無傷だと……面白い。はははは……!ははは!」
「ラリってんな、コイツ」
トニーがため息をつく。
「親父。まさか、この化け物の話に乗るおつもりで?その……六魔将とかって化け物の幹部になるんですか」
話の合間にフランコが怪訝な顔をしてたずねる。
「おう。文句あるか?こっちのニューヨークも見てみようじゃねーか。魔王だか魔将だか知らねーが、ひと暴れしてウチに帰らせてもらうぜ」
「そう言うんなら誰も止めやしませんよ。ファミリーも一丸となって親父についていきます。化け物達に親父の世話を任せちゃおけねぇや」
「当たり前だ!野郎共!俺は化け物共の頭領としてしばらく動く!いいな!」
ファミリー全員から返事があった。
こうして、自他共に認める『六魔将・トニー・バレンティノ』が誕生したのである。
「なるほど……なるほど……よほど戦や面倒事を好むようだな……トニー、面白い男だった……!」
ヘルはカタカタと笑うと、空間転移の魔術で亀裂を作り、その中に消えて行った。
……
「いつまでわらわら集まってやがる!余興は終わりだ、全員解散しろ!」
トニーがそう言うと、おとなしく魔族が部屋から退散していく。
ファミリーと、護衛兵なのか二体のリザードマンのみが残った。
「閣下」
「あぁ?」
「これを。クルーズ閣下の遺品です」
リザードマンが持ってきたのは、クルーズが魔術に使っていた髑髏の魔法杖と闇のローブ。
「いらねーよ」
「しかし……どちらも強力なものです」
「はぁ?いらねーって言ってるだろうが!」
「はっ。では、先ほどまでいた隣の部屋に置いておきますので。あの部屋はもともとは倉庫です」
リザードマンが下がる。
トニーは目についた玉座に座ってみた。
「親父、なかなかお似合いで」
ニヤニヤしながらフランコが言った。
「まさか自分の城を持つとはな」
「魔族とかいう化け物共も、今や味方だ。なかなか使えるかもしれませんよ」
ファミリーらは玉座の前に整列している。
「使う……か。そういえば俺たちを見て『人間、人間』言ってたな。おい、トカゲ二匹、ちょっと来い」
倉庫にクルーズの遺品を片付けていた者も戻り、二体のリザードマンが命令に従ってトニーの正面に跪いた。
「はっ」
「グルル……いかがなさいましたか、閣下」
「近くに人間はいるのか?」
「いえ。アメリカ大陸には魔族以外は住んでおりません」
「人間共が暮らすのはヨーロッパ大陸とアジア大陸、ロシア帝国、それからいくつかの離島にある小国にございます」
「何?アメリカにはいねーだと?地図を持ってこい」
リザードマンがまた倉庫に向かう。気づかなかったが、そこにあるらしい。
「こちらです」
トニーが目を見張る。
英語で表記されているが、まったく見たこともない世界地図だった。
「なんだこりゃあ」
当然、アメリカを中心として描かれている。
アメリカは東西に大きく広がった楕円形。その南西方向に綺麗な正方形の大陸が二つ。ヨーロッパとアジアだ。さらにその北西、つまりアメリカから見れば遥か西にロシア帝国とある。ちょうど地球の裏側なのか、それは半分で切れ、地図の東側にも残り半分のロシア帝国があった。
他には小さな島国が世界中に点在している。
「人間との接点は?」
「もちろん。定期的に人間共の国に侵入して襲い、喰らうのは我らの使命ですから」
ファミリーの数人が顔を強ばらせた。
「さっきヘルがやってた、空間転移とかいう魔術でか?」
「そうです、閣下」
「なぜ喰らう?」
「おっしゃる意味が分かりませんが。敵を殺すなと?食料にもなります」
リザードマンがキョトンとしてしまった。
なるほど、戦争、そして食用か。無意味な気まぐれでの殺戮とは少し違うらしいので、否定は出来そうもない。
「まぁ、そうだな。命令されりゃ殺るし、食えるなら食うよな。だが一つ問題がある」
「はい」
「俺たちの一族は人間を食わねぇ。バレンティノ・ファミリーは牛や豚、魚なんかが好物でな」
リザードマンにも理解しやすいよう、一族と表した。
「ほう、まるで人間だ。見かけが近いのも食料のせいでしょうか」
ここで六魔将として生きていくからと言って人間を食うわけにはいかない。
「用意できるか」
「分かりません。侵入の際、人間共の住処から食料を奪う他ないのでは?」
「……少し、仲間達と考えさせてくれ。外していいぞ」
リザードマンが玉座の大広間から出て行った。
「人を食うとは、さすが化け物って感じですね、親父。いくら食いしん坊でもソイツぁ勘弁だ」
フランコがデンと出た自らの腹を叩きながら言うと、皆から笑いが上がった。
「帰る前に飢え死にじゃあ、話にならねー。狩りでもやるか?外に牛や馬くらい歩いてるだろ。魚釣りでもイイ」
「至極原始的な問題に直面しましたね。狩りや釣りなんて……親父がやれというならやりますが」
「……いや、待てよ。……俺は何を勘違いしてたんだ?この世界で食い物を奪おうが、人を殺そうが、罪にはならねーじゃねぇか……!」
ニッと歯を見せて笑うトニー。
彼は魔将と謳われる前に、もともとの考え方がすでに悪魔に近いものだったのは間違いない。
ファミリーの人間が、トニーの事を恐ろしく感じたのは言わずもがなだろう。
「親父、それって……」
「おう」
銃を取り出し、天に向ける。
「化け物共は定期的にあの空間転移って魔術を使って人里を襲ってるって言っただろ?それに乗じて、奪い、犯し、殺し、このしみったれた城にいる間は贅沢させてもらおうじゃねーか、なぁ?」
ズドン!
マグナム銃が鳴り響く。
「まったく、仕方のねぇ御方だ……!地獄に墜ちても知りませんぜ、六魔将のバレンティノ閣下?」
フランコが腕を組んで苦笑いを浮かべている。
銃声に驚いたリザードマン達がなだれ込んできた。扉の前で待機していたのだろう。
「はははは!上等だぜ!こんなつまらねー世界に俺を飛ばしたのはFBIなのか誰なのかは知らねーが、思い通りになってたまるか!魔物?人殺し?ちょうどイイ暇つぶしだぜ!おい、トカゲ!人間共の街への次の侵入はいつだ!?さっさと準備しやがれ!」