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♭10

「まさか……いや、間違いない。あの時の勇者か?」

 

「奇妙な杖と、理解出来ない言語。やはり魔族の味方だったのか!」

 

 森の中で発見した人間の魔術師の集団は五人組だった。毛皮を利用して作った茶色いローブを羽織り、毛皮製の帽子を被っている。

 彼らが口々に叫んでいる言葉の意味をロシア兵の盾持ちから聞き、以前出くわした連中だろうとトニーは判断した。いちいち彼らの顔など覚えていないからだ。

 

「下がれ」

 

 トニーはまず、リザードマンとスケルトンを退かせる。警戒心を和らげるのが狙いだ。魔族の兵は言われた通り、魔術師の集団から離れてトニーにひれ伏す。

 

「よう。急に大人しくなったって事は弾切れか?」

 

 弾切れという表現は間違いだが、確かに魔術師たちは魔力が尽きて疲弊している状態だ。

 

「殺すなら、ひと思いに殺せ」

 

 ニヤニヤと笑いながら近寄ってくるトニーに対して、五人の内で最も年長者である老婆が言った。

 

「まず、話を聞こうとは思わないのか?」

 

「野蛮な魔族になど……!」

 

「今、こうして通訳をしてくれてるのは、お前達と同じロシア人だと分かっていてもか?」

 

「閣下」

 

 話の途中だが、トニーの護衛として随伴しているスケルトン兵のジャックが口を挟む。

 

「……あぁ?」

 

「ご無礼をお許し下さい。そちらの二人、何やら不穏な動きを見せました。後ろ手に何か隠しております」

 

 トニーが何か返すより早く、組員達がジャックの指差す二人を取り押さえる。

 出てきたのはふた振りのナイフ。魔術ならともかく、これはトニーにとって危険な代物だ。

 

 トニーはそれを受け取り、軽く鼻を鳴らした。

 

「まぁいい。俺が言いたいのは一つだけだ。この国を取り戻してやる。手を貸せ」

 

「断る。嘘に決まっておるわ」

 

 老婆が返した。

 

「他の四人も同じか?」

 

 ナイフを隠していた壮年の男二人、痩せた若い女、やや筋肉質な若い男に問う。彼らは微動だにせず黙ったままだ。老婆が責任者なのか、それに従うつもりなのかもしれない。

 引き込めないならば殺しても良いが、ロシア兵達の目があるのと、エイブラハムらとぶつかる前にもっと戦力が欲しいというトニーの考えがそれを妨げる。

 

「お嬢様を連れてこい。アイツに説得させる」

 

 組員が一人、返事をして駆けていく。言うまでもなく、お嬢様とは少し前に仲間になった女団長の事だ。

 

……

 

「どうしたのだ?敵襲ではなかったのか」

 

 組員に連れられて、長い金髪の女団長が現れた。副官のじいやはまだ養生しているので、彼女一人だ。甲冑を着た美女はトニー達、現世の人間にジャンヌダルクを彷彿とさせる。

 

「見てみろ。騒ぎの正体は人間だった」

 

「ふむ……魔術師か」

 

 通訳を挟んで二人がやり取りをしているが、魔術師達は鋭い目で観察してくるだけで喋りはしない。

 

「以前、コイツらとは出会った事があるんだ。俺たちと同じように街を解放して回ってるらしい。だが、ウチに魔族がいる事が気にいらねぇらしくてな」

 

「なるほど。それで私と話をさせようというわけか。承った」

 

 心強い返事だ。家柄が良いこともあり、交渉や対話には慣れているのだろう。トニーの判断は間違っていなかったというわけだ。

 

「さて、どこから話そうか。まずは我々の兵団が対峙していた魔族を彼らが容易く葬ってくれたんだが……」

 

 女団長がそう話し始めると、トニーは踵を返して本隊に合流する為にその場を離れる。

 

「閣下、よろしいのですか?」

 

 小走りでついてきたジャックが言った。

 

「あ?俺が残る理由があるか?」

 

「いえ……失礼いたしました」

 

 特に機嫌悪く返したつもりはなかったが、ジャックが跪いて謝罪する。

 

「ちょうどいい。野郎どもと盾持ちだけ残して、骨とトカゲには退くように伝えて来い」

 

「はっ!」

 

 要は、あの魔術師の周りは人間だけにしてしまおうというわけだ。敵対してきた魔族がいなくなれば、多少は女団長の説得が心を動かし易くなるかもしれない。

 

……


「閣下、よろしいでしょうか」

 

 人力車の中に戻り、小一時間ほど経った頃に、ようやく外に待たせていたジャックから声がかかった。

 

「おう、入れ」

 

「失礼します」

 

 葉巻をふかしていたトニーがそれを出迎える。

 組員達は女団長の説得の場に残り、魔族の兵士やロシア兵達には適当に休息を取らせている為、他にはいびきをかいて眠っているじいやがいるだけだ。

 

「どうだ」

 

「はっ。あの老婆以外は閣下に協力の姿勢を見せたようです」

 

「なるほどな。さすがに年寄りだけは頭が固かったか」

 

「どうなさいますか」

 

「四人は連れて行く。隊列はオーガのすぐ後ろを歩かせろ。ババアは一度解放してやれ。ロシア人達から見えなくなった辺りで飛竜にでも処理させろ。秘密裏にな」

 

 老婆が飛竜に勝つ、という事は考えられない。

 魔力が枯渇している上に、単独では万に一つもそれは起こり得ないだろう。無論、それ程までの実力者ならばトニーらに追い込まれている時点でおかしい。

 

「かしこまりました」

 

 トニーはジャックから、じいやに目をやる。

 女団長もそうだが、この話を彼に聞かれていても英語は理解出来ないので問題にはならない。

 

「全く、久しぶりに一人になれると思ったんだが」

 

「連日に及んで我らの行軍を導いておられる閣下には、頭が下がるばかりです。副官に当たる方がおられないのも、より閣下がご無理をなさる結果に繋がっているかと」

 

 ミッキーはスリランカに置いてきたまま、顔を出そうとはしない。トニーはミッキーが自害した可能性もあると見ている。フランコは行方不明のまま、生死すら分からない。

 

 組員の中から誰か一人を取り立るのも考えたが、結果としてはジャックがミッキーやフランコらの代わりを務めている形だ。

 しかし、ジャックはあくまでもボディガードなので単独で動かしたり、いくらかの部隊を任せるような事はさせていない。せいぜいトニーの身の回りの世話や、指示を皆に伝える為に使う程度である。補佐役になっているかというと微妙なところだ。

 

 女団長に権限を与えるという案も浮かんだが、魔族達や組員があまり良い顔をしないはずだ。彼女に問題なく従うであろうロシア兵だけを与えて別働させたところで、戦力として大した働きは期待出来ない。 

 結局、トニーが直接指揮を執る以外に道はないという事だ。幸か不幸か、今のところは一人で目が届く規模の人数しかいない。

 

 車から出ると、ちょうど仲間全員が戻ってきたところだった。

 もちろん、五人の魔術師も連れてきている。

 

「ご苦労だったな、お嬢様」

 

「このくらい、どうという事はない」

 

 女団長は言葉でこそ謙遜しているが、自信に満ちた笑顔だ。

 

「さてと」

 

「わしは絶対に貴様らの仲間になどならんぞ!」

 

 トニーが魔術師らを見た途端に、老婆からは厳しい声が飛んできた。

 

「他の四人はお嬢様の話で折れたのに、何を意固地になってやがる?」

 

「最初から、殺すならさっさと殺せと言うておろう!」

 

「おい、上手く通訳出来てるのか?まるで会話にならねぇが?」

 

 トニーが訊くと、睨みつけられたロシア人の部下が肩をすくめる。

 

「もちろんだ。俺もこの婆さんの態度には困ってる。ボケてるんじゃないのか?」

 

「まぁいい。婆さん、お前は解放してやる。死ぬなり故郷へ帰るなり、勝手にしろ」

 

「なんじゃと?こんな雪原にわしを置き去りにすると言うのか!この悪魔め!」

 

 トニーの表情が冷静なものから殺気を放つ険しいものに一変し、グッと老婆の髪の毛を引っ張り上げた。老婆が短い悲鳴を出す。

 

「お前が今、相手にしてるのは人間だ。悪魔なんかじゃねぇ。だが忘れるな、自分に敵対的な奴にまで慈悲をくれてやる神でもねぇって事だ。わかるか?それが人間だ」

 

「おの……れ……」

 

 息を切らしながら、老婆はやっとの事でそれだけを返す。

 

「ジャック!」

 

「はっ」

 

 スーツを着たそのスケルトン兵が歩み出る。

 

「気が変わった。首をはねろ」

 

「かしこまりました」

 

 トニーが老婆の髪から手を離した瞬間、彼女の頭部と胴体は一刀のもとに切り離された。

 

 残る魔術師四人が息を飲む。ロシア兵達からは罵声が上がるかと思ったが、それはない。

 突然の出来事に、呆然としてしまっているようだ。

 

「今の俺の行動に、問題があると思った奴は……いるか?」

 

 やり過ぎだ、という意見はあるだろう。殺すほどの事だったのか、と。しかしながら、老婆の態度が目に余るものだったのも事実。トニーは誰もが激しく反発できないのを利用したわけだ。

 

「文句は無いみたいだな。ジャック、これは誰かに食わせとけ。目障りだ」

 

「承知致しました」

 

 老婆の死体をつま先で軽く小突き、トニーの目線は仲間となった魔術師に向く。

 

「俺はまだまだ戦力となる人員を数多く求めている。この、ロシアの地に進軍しているクソ共を根絶やしにする為にな。お前らの仲間のところに案内しろ」

 

 有無を言わさぬトニーのその物言いに、魔術師達はおろか、ロシア兵達も少なからず恐怖心を覚えた。

 だが同時に、魔族さえも使役している人物だということを再認識させられる。

 

「わかった……現在、我々が拠点としている村落に案内しよう。しかし、仲間を殺される心配はないか?」

 

 髭を蓄えた魔術師が返す。

 

「この婆さんと同じ態度をお前達が取らせないよう、必死に説得すればいい。違うか?」

 

「それは……」

 

「婆さんは死を望んでいた。殺せ殺せとうるさくてな。俺はそれを叶えてやっただけだぞ。そのくらいでビビってるんじゃねぇ」

 

 ここにきて老婆の発言の揚げ足をとるか、と魔術師達の顔が僅かに歪んだ。トニー自身も我ながら、腹違いの弟がやりそうな姑息な真似だなと苦笑を浮かべる。

 

「埋葬くらい……してやってくれないか」

 

「駄目だ。俺の部下が腹を空かせてる。代わりの餌になりたいのか?」

 

「くっ……」

 

 それ以上は何も言わず、トニーは車に戻った。


 結局、老婆は二匹の飛竜達に喰われたが、それよりも先に残りの面々は出発していた。その無惨な姿を見なくて良かったのは不幸中の幸いだろう。

 遅れた飛竜も、しばらく経って問題なく合流してきた。さすがに地上の進軍速度と比べては雲泥の差だ。

 

「親父、ロサンゼルスの城やアジアで占領してきた街や宮殿は大丈夫でしょうか」

 

 車内で揺られている組員の一人が言う。

 

「さぁな。どう護ろうと意味はねぇんだ。ならほっとくしかねぇだろ」

 

 空間転移を使えば街や城自体を攻撃するのは簡単だろう。しかし、狙いがトニーの首ならばそんな事をしてくる可能性は低い。

 時折、ロサンゼルス城には帰還しているが、そのタイミングまでを見計らって転移することは不可能なのだろう。

 アジア進行中に奇襲を受けて壊滅的な打撃を受けたのも、偶然に偶然が重なって出来上がった結果だというのがトニーの見解だ。逐一、トニーの居場所を握られているというのは考え難い。

 

「そろそろ定例会の日取りですが、参加はどうなさるおつもりでしょうか」

 

 ジャックがふいに横からそう言った。大魔定例幹部会の事だ。

 

「あぁ?行ってライオン達の首を直接取るのも良いが、このまま距離を詰めるのを優先するつもりだ」

 

 彼らが出席しない可能性もある上に、はっきりと敵対した状態で不用意に近づくのは危険だ。出来れば奇襲で報復をしてやりたいというのが本心である。

 

……

 

 日が暮れる前に魔術師達の拠点に到着した。集落と呼ぶには心細い、四軒の民家があるだけの場所である。

 トニー本人は立ち寄らず、魔族や組員を連れたまま待機し、ここでも魔術師と女団長に任せることにした。

 

「案外使える女だ」

 

「確かに、ロシア人を増やすにはうってつけの人物ですね。閣下のお眼鏡に狂いは無かったということかと」

 

「うぅ……ん……」

 

 ちょうど、彼女の副官を務めるじいやが目を覚ます。

 もちろん寝たきりというわけではないので、自分がトニーの車で回復させて貰っている事は承知している。しかし、まだ半身を起こす程度が限界で、復帰には今しばらくの時間が必要だ。

 

「よう。ちょうどお前の主人を褒めてたところだ」

 

「む?」

 

 なぜ褒められているのか、ではない。単純に英語が分からないだけだ。彼は大魔女エリーゼから言葉が通じるよう魔術をかけられていない。

 

 じいやは痛々しく顔をしかめると、上体を倒して再び仰向けになった。

 療養に使える魔術など存在しない上、トニーの部隊は薬を常備していない。魔族の兵士は肉体が屈強で、回復力もあるからだ。スケルトンに至っては治療という概念すらない。

 トニーの攻撃が強すぎたのは言うまでもないが、じいやの身体が衰えているのも無関係ではないだろう。とにかくしっかりと栄養を補給し、身体を出来る限り休めて回復を待つしかない。

 

 だが、寝た体勢こそ維持出来ても、同乗しているのはトニーや組員達だ。酒を飲んで騒ぐことも珍しくはないので、安静かと問われると難しいところである。


 コンコン。

 

 馬車の扉が叩かれる。

 すぐにジャックが内側からそれを開くと、話題になっていた女団長が姿を見せて軽く頭を垂れた。

 

「早かったな」

 

「仲間になるかどうかはともかく、貴公と話がしたいそうだ。魔術師達の首領がそう言っている」

 

「そうか。許可してやる」

 

 トニーの言葉の意味は「話がしたければ連れて来い」だ。交渉人として女団長を送り込んだ上に、自らが赴くというのが気に食わなかったのが見て取れる。

 

「承知した。すぐに連れてくる。しばし待たれよ」

 

 静かに扉が閉められると、ジャックがすぐさま動いた。

 

「閣下、味方になると言い切らないならば、全兵をお車の御前に集結させます」

 

「好きにしろ」

 

「ありがとうございます」

 

……


 女団長が連れてきたのは、先に仲間となっていた四人の魔術師。それに加えて四十代くらいの女だった。彼女こそがレジスタンスの長なのは間違いない。

 

 それを迎えるのは大小様々な異形からなる魔族の兵団、僅かな組員と奴隷、ロシア人の兵士達、そして将軍であるトニーだ。トニーは即席で準備された雪の玉座に布を敷いて座していた。

 

「お初にお目にかかります」

 

 その言葉から、どうやら彼女はトニーが大勢の魔術師と出会った時には不在だったようだ。

 

「おう」

 

 話を持ちかけてきた以上、対等な関係であるつもりなのだろう。しかしながら、力の差は歴然。

 気のせいか、微かに身体を震わせているようにも見える。圧力に屈し、今にもひざまずいてしまいそうな様子だ。

 

「我々と手を取り合いたいと伺いました」

 

「そうだ。俺はこのロシア帝国……だったか?とにかく、この国を解放してやりたいと思ってる」

 

「魔族と共に、魔族を討つとは……こ、この者達もそれには賛同しているのでしょうか……」

 

 スケルトンやオーガを指差し、女は声を細める。

 

「賛同なんざどうでもいい。コイツらは俺に絶対服従だ。しかし、同族だからと一括りにするな。人間だって国同士で血を流すだろう。それと何が違う」

 

「もちろんそれはそうなのですが……私が言いたいのは、なぜ強大な力を持つ魔族が貴方に付き従っているのか、という事です……」

 

「俺が担がれてるのに文句でもあるか?」

 

 ギロリと睨みつけるトニー。魔族を部下に迎え入れる方法、つまり彼の専売特許をそう簡単に教えるつもりはない。

 

「違います!もし、奇術で操られているのであれば……とも思うと心配になって」

 

「違うな」

 

 これは、奇術を否定したわけではない。この女が初対面のトニーにそんな事を思うはずが無いという否定だ。

 

「でなければ、こんな状況に納得がいきません」

 

「苦しい言い訳はいい。俺の身の上を探ろうとするのはやめておけ。そして何より……」

 

 トニーの人差し指から空に向かって炎が燃え上がる。

 女はもちろん、他の魔術師達は顔を凍りつかせた。杖ではなく、手から瞬時に魔術を放ったのだから。

 

「俺がコイツらごときに操られるような雑魚に見えたか?格が違うんだよ、俺は」

 

 部下達は怒りもせず、むしろ自らが忠誠を誓った将軍の言葉に歓声を上げた。

 

「化け物を超える化け物だと言うのか……」

 

「これが人間の為せる業だと?悪魔に魂を売ったとしか思えない……」

 

 魔術師達の、見方を変えれば罵倒とも取れるそんな言葉ですらトニーにとって賞賛でしかない。

 ふん、と鼻を鳴らして続ける。

 

「で、どうなんだ?幸いにも今のところ俺はお前達に手を貸してやるつもりだ。ロシアに攻め込んでる連中には私怨があってな。別に協力以外の対価は求めるつもりはない。奴等を追い出したら用済みだ、とお前達を殺したりもしねぇ」

 

「一人……老婆の首をはねたと」

 

 トニーはチッ、と舌打ちを一つ。四人が話したのは言うまでもない。

 

「はっきりと敵対心を向けられたからな。そんな奴を許したら部下に示しがつかなくなるだろ」

 

「それならば私が大事な仲間を殺されて、はいそうですかと応えれない立場にあるのも分かっていただけるかと思います」

 

 こりゃ一本取られたな、と思いつつも自分が不利にならないようトニーは押し切る。

 

「ほう?喧嘩でも売りに来たような言い回しじゃねぇか。協力は出来ない、が回答で良いんだな?」

 

「……お時間をいただけませんか?他のみんなにも話を」

 

「今、決めろ。俺の気が長くないのは理解出来たはずだ。だが、コイツら四人までも取り返せるなんて甘い考えは捨てるんだな。すでに協力を申し出た『俺の仲間』を攫うつもりなら、お前は交渉相手ではなく敵になる」

 

 女がギュッと唇を噛みしめるが、トニーは無表情のまま返答を待つ。

 

 女にとっては長く、トニーにとっては一瞬にすぎない時間が経過した。

 

「どうした」

 

「……」

 

 一度、すでに仲間として取り戻す事は叶わない魔術師達の方を向き、口を開きかけたが俯いてしまう。

 

「話は終いだな。お客様にお引き取り願え」

 

 女団長が鎧の胸に手を当て騎士の礼を取り受諾する。

 

「さて、お前達四人は実に正しい決断をした。俺の仲間となった事に後悔はさせねぇ。世界最強の将軍である俺が率いる、最強の部隊と共に戦える事を誇りに思え」

 

 安心感より緊張の方が上回っていた彼らに、微かな笑みが生まれる。自分達が不遇な扱いを受けるわけではないと知ったためだ。粗暴な人物であるトニーも別に鬼ではない。

 

「ま……待って、下さい……」

 

 女団長に手を引かれて退場させられようとしていた魔術師の長が言った。

 

「あぁ?」

 

「拠点にいる仲間と……話をさせてください」

 

「こんなに旨い話を即決出来ないグズは必要ねぇ。これ以上、俺の手をわずらわせるつもりなら、その仲間ごと滅ぼすぞ」

 

「そんな……」

 

 もちろん、そんな事をすれば今しがた味方となった魔術師達やロシア兵の心は一挙に離れてしまうだろう。

 しかし、迷いがある状態で連れて行くのも問題なのは事実。さらには長ともあろうものが自らの意志を貫けないならば、命令を強要出来ないならば、その他の連中も一枚岩ではない組織の可能性がある。統率の取れない部下は只の足枷だ。

 

「なら最後にもう一度だけ訊く。どうする?」

 

 少々聞こえは悪いものの、その一言が僅かな慈悲を皆に感じさせたのは明らかだ。

 

「無理です、私には決めれません……」

 

 トニーが連れて行けと軽く手を振る。女はすすり泣きだけを残していった。

 

……

 

「おい、あんなのが頭でよくやってこれたな?」

 

「つい先日、リーダーだった男が殺されてしまったんだ。彼女は代理でな」

 

 魔術師の一人がそう応える。それならあの様子も納得のいく話だ。

 

「仲間割れか?それとも敵襲で?」

 

「もちろん魔族にさ。他にも、合計すると六人やられた。それには副リーダーも含まれてる。今あんな集落にいるのも、人数が減ったからさ」

 

「ほう。一気に上層部が瓦解したわけか。なら尚更、俺の下につけば良かっただろうに。舵取り出来るカリスマもなしに雪原を彷徨って魔族と戦ってもすぐに行き場を失うぞ」

 

 始めトニー達に向かって攻撃をしてきたのも、襲ってきた魔族の味方だと勘違いしたからなのかもしれない。もちろん、今さらそれをグダグダと責めるつもりもないが。

 

「それは彼女だって分かっているはずだ。しかし、あんな化け物に襲われた後とあっては慎重になるのも頷ける。泣く泣く逃げ果せ、我々のチームは奴等がまだ潜んでいないかと探索に出ていたんだ」

 

 ごくり、と話をしてくれている男が唾を飲む。

 

「どんな化け物だ?普通の奴とは違うって事か?」

 

「金色の獅子。立派な鎧と剣を携えた獣人だ」

 

 ガバッ!っとトニーが男の防寒着の襟元を掴み上げる。頭の中に浮かんだ存在に激しい怒りを覚えて。

 

「なっ……!なんだ、突然!乱暴はよしてくれ!」

 

「奴を見たのか?」

 

 手を放しもせずに続ける。

 

「あぁ!ソイツが我々に仇をなした化け物だ……!」

 

「どこに行った?近くにいるなら奴は俺が殺す。それとも、どこかに転移しちまったか?」

 

「知らない……!」

 

 舌打ちをしながら、トニーが男を放す。

 

「ジャック!」

 

「はっ」

 

 ゴッ!

 

 呼ばれたジャックには何の罪も無いが、片膝を地につけようとしたところを蹴り飛ばす。ガシャッ、と骨の身体が転がる軽い音がしてジャックは吹き飛んだ。

 一同から……組員達からさえも響めきが起こる。トニーの機嫌が最悪な状態であるのは誰もが理解出来た。

 

「二匹いる飛竜を交代で部隊から離れたところまで行かせる!お前が騎乗して、くまなく探せ!四六時中だ!」

 

「承りました」

 

 八つ当たりを受けたジャックだが、声色一つ変えずに吹き飛ばされた位置で跪いて頭を下げた。

 ジャックはエイブラハムの顔を覚えているのが指名の理由だ。さらに彼は不眠不休でも何の問題もない。無論、一時的にボディガードの任は解かれる事となる。

 

 飛竜とジャックを見送った後、すぐに本隊も西へと向けて進軍を再開する。仲間とならなかった大多数の魔術師連中が追跡をしてくる危険性を考慮し、後方の監視網を強めているが特に動きは無いようだ。

 

……

 

……

 

 エイブラハムの目撃情報も入らないまま数日が経ち、トニーはロサンゼルスに空間転移で帰還していた。

 撤退したわけではなく、酒や衣服の補充や入浴、そしてついでに女を抱くためだ。

 随伴したのは荷物持ち要員として二体のリザードマンと二体のオーガである。

 

 少ない守備兵と奴隷しか残されていない城内はガランとしている。留守の間に攻め込まれた様子はなく、トニーは少し安心した。

 滞在予定は二日間。ゆっくり出来るのは帰還初日の夜だけというタイトなスケジュールである。

 

 しかし、その唯一の休息のひと時を壊す来客があった。

 

「閣下」

 

 珍しく手に入ったドイツビールとソーセージを自室でつまんでいたトニーに、扉の外から声がかかる。

 声からするに、リザードマンの片割れだ。

 

「入れ」

 

「失礼します。ヘル将軍が玉座の間にてお待ちですが、如何いたしますか」

 

「ヘル……?何の用だ?」

 

 六魔将が一人、死神ヘル。突然の来訪者は、トニーと最も親しい同僚である彼だった。

 それは何とも言えないと応えるリザードマンを伴って、トニーは自室を後にする。

 

……

 

 玉座の間。ゆらゆらと揺れながら立っているのは、灰色のローブに大鎌を携えた死神。

 それに対面し、トニーは玉座に腰を下ろす。

 

「よく俺が戻って来ていると分かったな」

 

「時折、様子を見に来ていたのでな」

 

「なんだそりゃ。気味が悪いったらありゃしねぇ」

 

 どうやっていたのかは不明だが、監視していたというよりは気にかけていたという表現の方が正しいだろう。

 

「お前が先日の大魔定例幹部会に顔を出さぬからだ」

 

「俺が今、何をしてるのか知らねーわけじゃないだろう?」

 

「陛下から賜わったアジア大陸侵攻という任を差し置いてまでか?」

 

 トニーはチッ、と舌打ちを返す。

 

「ライオンのちょっかいのせいで、大陸侵攻が困難になったってのが大義名分でいいだろ。実際、かなりの数の兵隊がやられてんだぞ」

 

「なるほどな。それならばエイブラハム団長らに非があるように聞こえるか。一度、直接陛下に申し開きをしておく事を薦める。そうでなければ先手を打たれるぞ」

 

「アイツらは出席してたのか?」

 

「オースティン副長のみだ。エイブラハム団長は欠席していたな」

 

 確かにそれならば先手を打たれるというのも頷ける。大魔王アデルに対し、トニー・バレンティノに謀反の動きがあったなどと吹き込まれてはいい迷惑だ。

 そんな身もふたもない話を鵜呑みにするほど大魔王が愚かだとは思えないが、ヘルの言う通りに謁見しておくのが得策だろう。敵は二人いる分、片方だけでも幹部会に参加しやすいという点では既にトニーが不利なのだから。

 

「ヘル、頼みがある」

 

「……なんだ、トニー・バレンティノ」

 

「ニューヨークに俺を連れていけ。今すぐにだ」

 

「何を馬鹿な事を」

 

 ヘルの返答にトニーが腹を立てて詰め寄ろうとしたが、次の言葉で遮られる。

 

「最初からそのつもりでお前の帰りを待っていたのだからな」

 

……

 

 ニューヨーク城。正門前。

 

 日の落ちた荒野に渇いた夜風が砂埃を運ぶ中、トニーとヘルの二人がそこに降り立つ。 

 衛兵が誰何の声をかけるが、すぐに彼らの正体に気づくと姿勢を正した。どうやらエイブラハムの部下ではあるものの、守備兵はトニーに敵対行動を取るつもりは無いようだ。そもそも争いが起こっている事を知らないのかもしれない。

 

「陛下にお話がある。一階で待たせてもらいたいのだが」

 

 ヘルが言うと、二体の衛兵は巨大な扉を両側から引き開けてくれた。

 

 大魔王に会いたければ城よりは屋敷にいる可能性の方が高い。しかし、突然押しかけるのは無礼だとヘルはこちらに転移してきた。使い魔に取り次いでもらおうというわけだ。

 

 エントランスに入る。 

 城内部の壁際に螺旋状の大回りな階段。悪魔の形をした彫像。何度も大魔定例幹部会に足を運んだせいで見慣れた光景だ。

 

 パタパタと小さな羽音がし、大魔王アデルの使い魔である蝙蝠が現れた。

 使い魔はゆっくりと地面に降り、恭しくお辞儀をした。

 

「これはこれは。六魔将のヘル様にトニー・バレンティノ様ではございませんか。ご機嫌麗しゅうございます」

 

 相変わらず小さな身体には不釣り合いな男の声が室内に響く。

 

「陛下に謁見を求めたい」

 

「承りました。軽く、ご用件の内容をお伺いしてもよろしいでしょうか」

 

「俺がここにいるんだ。それだけ伝えてくれれば分かるだろうよ」

 

 トニーが言うと使い魔は首を傾げた。しかし、それ以上は何も質問せずに一礼して飛び立つ。 

 塔にも似た、天井が高い城の上部。使い魔はそこに位置する玉座の間へと消えていく。この場で大魔王アデルのおぞましい声に切り替わり、使い魔の身体を介して語りかけてくるものかと思ったが、そうではないらしい。

 

「アイツはあの部屋に直接入れるんだな」

 

「使い魔か?当然だろう。我々のように陛下から迎え入れて貰う必要があっては手間だ」

 

 螺旋階段もそうだが、そこら中に張り巡らされた魔術のせいで、普通の方法では玉座の間には辿り着けない。大魔王本人を除けば、自由に行き来できるのはあの使い魔だけだ。

 

「しかし、定例幹部会でもない日に、しかも撤退の警笛を鳴らさずとも使い魔が出てくるとは。もしかしたら陛下はこちらにおわすのかもしれぬな」

 

 そして、それに反応するかの様に視界が揺らいだ。この感覚にも覚えがある。抗う事を許さない他者からの強制的な空間転移。大魔王の十八番だ。

 

 バリバリバリ!

 

 空間を切り裂く、その独特な音が止むと同時に、トニーとヘルは真っ暗な部屋の中に立っていた。無論、玉座の間である。自らの主君が城にいるかもしれないというヘルの予想は正しかったわけだ。 

 壁も床もない、一面の空間。そして玉座。

 そこに座る真紅の異形。巨大な体躯のデーモンが肩肘をついて、手にした書物に目を落としていた。

 

「陛下」

 

 ヘルがその場で跪く。トニーは一瞬迷ったが、珍しくもヘルに習って形ばかりの忠誠を見せた。

 

「ほう?何の真似だ、トニー・バレンティノ」

 

「ふん、軽い冗談だ」

 

 直ぐに立ち上がって腕を組む。大魔王は何か言うわけでもなく、軽く肩をすくめて見せた。

 

「陛下、トニー・バレンティノから申し開きがある様でございます」

 

「仲が良いことだな。肩入れしていると見なされては貴様も余計な敵を作る事になるぞ、ヘル」

 

「我が身のご心配をしていただけるとは……陛下の寛大なるご慈悲には返す言葉もございません。今まで以上に忠義に励みたいと存じます」

 

 よくもスラスラと模範解答じみた台詞を吐けるものだとトニーが感心していると、大魔王アデルが書物を閉じた。初めて、視線が交わる。

 

「エイブラハムが憎いか?」

 

「憎い?どうだろうな。俺の答えはもっと簡単だ」

 

「ほう?」

 

「殺す。それだけだ」

 

 怒りはある。当然だ。多くの部下の命が奪われたのだから。

 しかし、日にちが経つにつれて感情的なものよりも使命感に似たものがトニーの中で色濃くなってきていた。 

 奴等は邪魔をした。だから排除する。それは仕事にも似た感覚だ。しかしながら、エイブラハムやオースティンを前にした時、激しい憤怒は再発するだろう。

 

「ならば好きにするがよい」

 

「もう少し正規軍を可愛がるかと思ったが?大魔王様直轄の兵団だろう」

 

「貴様に敗れるのならば、あれもそれまでというだけだ。逆に、お前もあれに敗れるのならばそれまでの男」

 

「分かってるだろうが、攻撃を仕掛けてきたのはあっちだ。首を二つ落とすまでは好きにやらせてもらう。会議は欠席だ。それを言いに来た」

 

 トニーの言葉に大魔王が頷く。元より、拒否されるはずがないのは分かっていたので当然の反応だ。

 

「そういえば、奴等は俺が裏切りを謀ったから攻撃をした、なんて事は言ってなかったか?」

 

 この際だ。少々みっともないが、オースティンに大魔王が何か吹き込まれていないか尋ねておく。

 

「そうだな。謀反とまでは言わなかったが、余に仇をなす危険な存在だと」

 

「ふん、強ち間違いでもねぇな」

 

「否定はせぬか。面白い」

 

 ヘルは、やれやれと首を振るが、大魔王はどこか楽しげだ。

 絶対的な強者として永きに渡り君臨し続けてきたのだから、トニーの様な跳ねっ返りに興味があるのは頷ける。彼の素性を知りながら将軍の地位を認めているのが何よりの証拠だろう。

 

「だが、それをアイツらが勝手な判断でどうこうしようってのは納得できねーな。素直に喧嘩がしたかったから奇襲を仕掛けたって言ってれば少しは見直してやったのによ」

 

 オースティンの言葉が建前なのは誰の目にも明らかだ。無論、少しでも自分達の行動を正当化したいという狙いもある。

 

「奇襲だったのか」

 

「あぁ。見事にやられた。兵隊は大半が死んだ」

 

「よく生き延びたものだな。そして少ない手勢で臆せず反撃に出るか」

 

 大魔王が手に顎を乗せる。

 

「呑気にアジア大陸の侵攻を継続するべきだったと?」

 

「どうだろうな」

 

「俺を倒せなかった以上、また来ないとも限らねぇからな。それなら姿を隠して、いつ後ろから刺されるか分からねぇって恐怖を与えてやる方が良い」

 

「勝算はあるのか?」

 

 これはヘルだ。まだ片膝をついた体勢を維持している。

 

「まぁな。確かに手勢は減ったが、現地の人間を味方にして回ってる。侵攻されて恨みがある連中もいるからな。手駒としては丁度いいだろう」

 

「人間を?お前だからこそなせる技か」

 

「英雄、勇者と呼ばれる者も見つけたか」

 

 大魔王が言った。

 

「どうかね。人間の強者がどのくらいのものか、俺には分からん」

 

「かの、イギリス先王などはハインツと戦っていたな。人の身でありながら」

 

「そこまでの奴はいねぇだろうな。だが、猫と犬の首は俺が自分で落とす。つまり、集めた兵隊どもは周りの雑魚相手が務まれば充分だ」

 

 トニーは葉巻を取り出し、指で火を点けた。

 

「その後は?今集めている人間共も支配下に置くのか?」

 

 ヘルの白骨化した顔は無表情であり、声色も抑揚がないせいで、この言葉の真意は見えない。

 

「当たり前だ。というよりあの国まるごとだな。二匹を殺すついでにロシア大陸は俺が手に入れる」

 

「余程の秘策があるか。いや、元よりお前はそういう男だったな。いつも自信に満ち溢れている」

 

「羨ましいだろ?てめぇは見た目からして根暗だもんな」

 

 キツい冗談もいつもの事だと、ヘルは言い返したりしない。

 

 再び大魔王アデルが口を開く。

 

「ロシアとアジア、どちらも……か。トニー・バレンティノ。貴様は王にでもなりたいのか?」

 

「全く興味ねぇな。さっさと俺の故郷に帰りたいだけだ」

 

 本心はブレないが、領土に関しては言うほど無関心ではない。

 トニーは野心に溢れる人間だ。後々手放さなければならないとしても、国を持つという事は彼の機嫌を良くするくらいの魅力は充分にある。

 

「そうだったな。しかし、それを成し遂げる手腕があれば余も貴様に対する評価を見直さねばなるまいな」

 

「いらねぇっての。そんなことより、しっかり星守って奴を捕まえとけよ。いつ現れるのか知らねぇがよ」

 

 これには、大魔王も大口を開けて笑い始めた。

 

「はっはっは!よく覚えていたな!安心しろ、余は約束を守る」

 

「ふん……一応は信じといてやる」

 

「トニーよ。以前も話したが、陛下は寛大なお方だ。安心しておいて間違いないとも」

 

 嘘をついているとまでは思っていなくとも、問題はその星守が現れなかった場合やトニー達を元の世界に戻す力を持ち合わせていなかった場合だ。それでもトニーは大魔王に食ってかかるだろう。

 

「さて、帰るとするか。ヘル、ロサンゼルスまで送ってくれ」

 

「構わないとも。陛下、お時間をいただきありがとうございました」

 

「良い。責務を放り出して読書をしていただけだからな」

 

 これは意外だった。仕事の為ではなく、息抜きでこのニューヨーク城にいたとは。

 

「屋敷にいたんじゃカミさんに頭が上がらないってか?どこの世界も似たようなもんだな、全く」

 

「正にその通りだ、トニー・バレンティノ。気の強い女は手に負えんぞ?妻帯するつもりなら肝に銘じておくんだな」

 

……

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 ロサンゼルス城内の玉座の間に城主が帰還する。 

 特に時間などを伝えていたつもりはないが、城内のわずかな兵士らが全員でひれ伏して出迎えてくれた。

 

「ではまたな、友よ」

 

 到着して早々ではあるが、死神ヘルがトニーにそう告げる。

 

「あぁ?なんだ、メシぐらい食っていけ。礼だ」

 

「お前と我では口に合う料理は違うだろう」

 

「そうか……そういえばそうだったな。ゲテモノ以外も食うのはエリーゼのババアだけか」

 

「大魔女が何だと……?」

 

「こっちの話だ。気にすんな。さっさと帰れ」

 

 食事に付き合えないと分かると、途端に機嫌が悪くなるが、ヘルは気にせず再度空間転移を発動させた。

 

「トニーよ」

 

「あぁ?」

 

 亀裂に入る手前で、ヘルが振り向く。

 

「つまらん死に方はするなよ。我はお前の生き方を楽しみにしているのだ」

 

「俺がアイツらに負けるとでも言いたいのか?」

 

「油断は出来ぬ相手だろう」

 

 ふっ、とトニーは肩の力を抜いて笑った。

 

「お前、俺に惚れでもしたか?まぁ、忠告は覚えておいてやる」

 

「そうか」

 

「助力なんざ求めねぇぞ。これは俺の喧嘩だ」

 

 空間が閉じられないせいで、未だにそれをバリバリと切り裂く音が響いている。

 

「無論だ。気づいているだろうが、我も……そして陛下も、お前が勝つ事を望んでいる」

 

「ほう?」

 

「武運を祈る」

 

 ズゥン……

 

 ヘルの姿は彼方へと消え去った。

 

「閣下」

 

「あぁ?」

 

「ご自室に、食事と人の準備が出来ております」

 

 一体のリザードマンが頭を垂れたまま言う。

 これがロシアから転移して随伴させた者なのか、ロサンゼルスの守備兵なのかすら、トニーには分からない。

 

「分かった。てめぇらも今日は休め」

 

「ははっ!」と一同からほぼ同時に声が返ってくる。

 

……

 

 トニーはそのまま廊下を進み、安らげる自室へと戻った。 

 裸で床にひれ伏した若い女と、湯気が立ち上る料理がテーブルに置かれているのが目に入る。

 ニューヨークに向かう前にも多少は飲み食いしていた為、料理は簡単なスープとサラダだけのようだ。もちろん、これはトニーの口に合うように人間の奴隷によって調理されている。

 

「寒くねぇのか、お前?」

 

 ビクリと身を震わせた女は、英語を理解出来ずに地面に額を強く当てるばかりだ。

 

 初めから裸でいられたからと興奮するわけでもなく、逆に興醒めしたトニーは料理に手を伸ばす。味はまずまずだが、やはり酒が欲しいところだ。

 

「おい!誰かいねぇか!」

 

 大声で呼びつけると、一体のスケルトン兵が扉を叩いて入室してきた。

 

「はっ、お呼びでしょうか」

 

「酒が欲しい。何か持ってこい。それと女は下がらせろ。邪魔だ」

 

「かしこまりました。酒はすぐに。この奴隷は処分しておきますか?」

 

 女が粗相を働いてトニーが機嫌を損ねたのかと思われたのだろうが、別にそういうわけではないので付け加える。

 

「誰が殺せと言った?命令が理解出来ねぇのか?」

 

「はっ、申し訳ありません。ではすぐに」

 

「ちょっと待て」

 

「はっ」

 

 女を連れて退室しようとしたスケルトン兵を呼び止める。

 

「次からは、ちゃんと服を着せてやれ。奴隷とはいえ家畜じゃねぇんだぞ」

 

「は、はぁ……承知致しました」

 

 扉が閉められる。

 

 女は言語のせいもあり、訳が分からないという顔をしていたが、スケルトン兵もトニーがなぜ奴隷ごときに慈悲をかけるのかと疑問を抱いたのだろう。しかし、裸で来られても困るだけというのが今の命令の真意だ。


「全く……つまらねぇ休暇になっちまったじゃねぇか」

 

 わざわさ別の女を連れて来いと言うのも億劫になり、トニーは後から運ばれてきたぬるいワインをボトルでラッパ飲みする。

 乱雑に衣服を脱ぐと、ベッドに大の字になってそのまま眠ってしまった。

 

……

 

……

 

「どこだ!ヤロウ、見つけて血祭りに上げてやる!」

 

 場所は再びロシア帝国、一面の雪原。吹雪の中、眼をギラギラと血走らせたトニーが怒号を上げる。

 

 彼は車にも乗らず、ケンタウロスに騎乗している。

 その周りには雪道を走破するオーガとスケルトン、そして人間の兵団。全て合わせても数はおよそ二十。つまり、本隊をいくつかに分けて進んでいる事になる。

 

 視界が悪い中でこのような行動に出る理由は一つしかない。

 トニーが帰着して早々に、エイブラハムらしき影を見たとジャックから報告があったからだ。 

 既に転移した可能性もあるが、未だに少数で動いているならば殺すチャンスだと、トニーは有無を言わさぬ勢いで全隊にエイブラハムの捜索を指示した。

 

 トニーやジャックと離れて行動していて、エイブラハムの顔を知らない連中には、獣人がいたらすぐに知らせを寄越すようにとだけ伝えてある。

 もちろん「絶対に手出しはするな、俺がこの手で殺す」とも。

 

 そして、トニーにとって待ちに待った瞬間がやってきた。

 

「閣下、前方に複数の人影が見えます!大きさからして人間のものとは違うかと!」

 

 トニーが騎乗しているケンタウロスが吹きすさぶ風の音に負けないように叫ぶ。

 吹雪のせいで全く見えないが、その言葉に間違いはないだろう。

 

「味方の別働隊、もしくは熊のような獣の可能性はねぇか!」

 

「この距離では何とも!気づかれないよう、進行速度を落として接近するのがよろしいかと思いますが、どうなさいますか!」

 

「許可してやる!見つからないように近づけ!」

 

 トニーの命令を受け、周りの部下達が速度を落として進行する。

 

 吹雪のせいでトニーがその人影を目視する事は叶わなかったが、やがて騎乗しているケンタウロスが首を回して言った。

 

「恐らく、エイブラハム団長で間違いないかと思われます」

 

「……護衛の数は?」

 

 自分でも驚くほどに冷静な声を出せたのは、トニーから直接、エイブラハムの姿が見えていないからに他ならない。

 

「獣人ばかりの編成で、団長を合わせて数は七体。いかがなさいますか?」

 

「よし、それなら潰せるな。俺は全隊を集める。お前らは追跡を続行しろ」

 

 今、トニーと同行している部隊では戦力不足というわけではないが、ヘルの忠告を受けて念には念を入れる。


 空間転移の為に適当なリザードマンを一体連れて、方々に散らしていた隊の一つ一つに声をかけて回る。

 トニーが直接動かしていた兵のおおよその位置は把握出来ていたらしく、三十分とかからずに問題なく全ての兵が集まる事が出来た。

 無論、全隊でエイブラハムらしき影を追跡するわけではなく、トニーの隊だけを先行させならがら、その後ろを集まってきた兵たちに進ませるという形を取った。

 

 追跡を継続しながら、夜営や休憩など、敵が油断をする瞬間を待つ。

 

「いつでも仕掛けられるように、後ろに通達してこい」

 

 先頭を行くケンタウロスに再び騎乗していたトニーが、並走する別のケンタウロスに命令する。

 そのケンタウロスは一度頭を下げ、踵を返して後方へと向かった。

 

……


 攻撃を仕掛けるチャンスは数時間後にやってきた。

 夜になり、敵影の動きが村落に入って停止したと報告が上がってくる。

 元々は人間が住んでいたのだろうが、今は魔族によって占拠されてしまったのだろう。

 

「閣下、ご命令を」

 

 ジャックが言う。

 

 集落は二十軒程度からなる小規模なもの。全ての兵がそれをぐるりと囲み、今か今かとトニーの突撃命令を待っている。

 

「……」

 

「閣下」

 

「うるせぇ。聞こえてる」

 

 くわえていた葉巻を雪の積もった地面に落とす。

 

「行くか」

 

「はっ」

 

 ジャックはもちろん、全隊に指示を運ぶ為に側で待機していた数体のリザードマン達が同時にそう応え、一斉に駆けて行った。 

 先陣を切るのは、味方の中で最も大きな体躯を持つオーガの戦士達だ。その突撃の足音はまるで地震が起きたかのような轟音を立てている。

 次に人間の兵士やリザードマンの混合部隊が続く。

 

 トニーは最後尾からケンタウロスと、飛竜に守られながら接近した。

 

 ドシンッ!

 

 一際大きな音が一つ。しかし大砲や、魔法の音とは違う。

 

「……何の音だ?」

 

 トニーの位置からでは確認出来ないが、前方から組員の一人が叫んだ。

 

「親父!オーガが吹き飛ばされてるみたいです!コイツは当たりで間違いないみたいですよ!」

 

 興奮仕切ったその声には、少しばかりの喜色が浮かんでいるのが分かる。恐怖ではなく、報復への期待感が強いのだ。

 

「見つけたか……!」

 

 そして、それはトニーも同じであった。

 

……

 

「おぉぉぉっ!!」

 

 気合い一閃。 

 野太い声と共に放たれた斬撃は、斬れ味を持って切断するというより、圧倒的な筋力からくる特大の衝撃を相手に与える。

 

 オーガの戦士達は、まるで特大の鉄球に衝突したかのように軽々と吹き飛ばされ、緑色の血飛沫と臓物を雪の上に撒き散らした。

 

「奇襲はここまでだ。灯りをつけろ」

 

 敵味方、双方から松明が上がると、トニーは相手となる者の姿をはっきりと確認できた。

 

 金色の獅子の獣人。

 雪原に紛れる為か、鎧の上に白い毛皮を羽織っている。握られた片手剣は派手な装飾のない、実用性だけに特化したものだ。 

 その周りを固める獣人は全てイヌ科の動物に似た顔をしている。こちらも全員が鎧に白い毛皮を羽織っていた。

 

「トニー・バレンティノ!」

 

「よう!しばらくぶりだな!」

 

 エイブラハム団長の呼びかけにトニーは朗らかに返した。

 だが、既に右手にはマグナム銃。左手にはクルーズから奪った杖。そしてその顔には鬼の形相が浮かんでいる。

 

 二人の距離はかなり開いている上に、互いの兵が声を上げているのだが、不思議とその場にいる全ての者の耳に会話は届いた。

 

「ははは!報復に来ると思って、こちらからも探していたところだったのだ!」

 

「馬鹿が!袋の鼠の分際で!強がりはその辺にしておけ!てめぇの首は死んでいった野郎どもの手向けにしてやるからよ!」

 

「ふん!よくぞ、先にわしを見つけたな!と言いたいところだが、貴様は既に我が策にはまっているのだぞ!愚か者め!」

 

 同時に、トニーに後方から凄まじい数の雄叫びが上がった。味方の兵にはどよめきが起こる。

 少数で動くエイブラハムを囲んでいたと思っていたトニー達を、さらに外側から数倍もの兵が取り囲んでいたのだ。どうやったのか、方法は分からないが、トニーはその数多の敵兵の気配すら感じ取る事が出来なかった。

 

「どうだ!トニー・バレンティノ!袋の鼠は貴様だったようだな!」

 

「馬鹿か?お前は?」

 

 トニーは動じない。

 

「何っ!貴様、この兵力に勝てる気でいるのか!」

 

「外側にいる奴らがどうした?退路が断たれてるのはてめぇも同じなんだよ!野郎ども、いくぞ!突撃だ!俺がこの頭の悪いライオンの首を取る!」

 

 敵、味方、全員が耳を疑う。トニーの命令は前進。つまり、後方からの増援を無視してエイブラハムを押しつぶすというものだった。

 

 ズドンッ!

 

 誰もが反応に遅れていると、トニーの愛銃が上空に向かって火を吹いた。

 それによって冷静さをいち早く取り戻したのは組員達である。

 

「聞こえただろう!突撃だ!」

 

「後ろは振り返るな!前にいるあの数人を潰せ!」

 

 ライフル銃を掲げ、突撃を開始する。しかし、発砲は出来ない。エイブラハムと少数からなるその護衛を円形に囲んでしまっている為、弾が外れてしまえば対面する味方に当たってしまうからだ。

 

 ボウッ!

 

 しかしながら、魔術は容赦なく撃ち込まれる。

 最前線はオーガ兵。つまり破魔衣を着用しているので、一切の魔術は通用しない。

 

 これは味方にいる人間の魔術師や兵士達にも伝達してある為、方々から稲妻や火炎放射が飛び出し、殺到した。

 

「ぐがぁぁ!」

 

「ガルルルッ!」

 

 イヌ型の獣人達の叫び、唸り声が響く。

 

「ぬぅぉぉおおおっ!何のこれしきぃぃっ!」

 

 爆炎の中、エイブラハムの気合いを込めた雄叫び。そこに一閃の煌めきと、吹き飛ばされるオーガ兵。

 

「この程度で怯むなぁ!てめぇら、押し込めぇぇっ!」

 

 トニーも負けじと腹から声を出す。それに鼓舞され、前衛はさらなる突撃、そしてその後ろから魔術が乱射される。 

 ドドドドッ、と多数のロケット弾が一点に弾着するかの如く、執拗なまでの集中砲火が浴びせられた。

 

 しかし、言うまでもなく外側から敵兵が襲いかかってきた。トニーはケンタウロスから飛び降り、味方をかき分けながら中へ中へと進む。

 逃げる為ではなく、エイブラハムを討つ為だ。

 

 ズドンッ!ズドンッ!

 

 唯一の銃声が二発。

 

 味方に当たる事も辞さない覚悟のそれは、この場にいる者たちの中でだった一人、引き金を弾く事を許されるトニーの愛銃が放ったものに他ならない。 

 一発はエイブラハムの近衛の獣人の頭を貫き、もう一発はエイブラハムの肩口へと吸い込まれるように飛んでいった。

 

「ぐはぁっ!」

 

 エイブラハムが仰向けに大きく吹き飛ぶ。

 

「おぉぉぉっ!一撃とは!」

 

「閣下!お見事です!」

 

「そんな馬鹿な!団長が吹き飛ばされただと!?」

 

「六魔将の肩書きは伊達ではなかったか!」

 

 一撃で魔王正規軍団長に大ダメージを与えたトニーの力に、味方は絶叫にも似た凄まじい咆哮を、敵は驚愕を口々に叫ぶ。

 

 しかし、エイブラハムもその程度で死ぬはずがない。

 

「ぐぬぅぅ……!」

 

 トニーがそう考えて追撃をしようとしたところで、エイブラハムはゆっくりと立ち上がった。吹き飛ばされてから立ち上がるまで、五秒と経っていない。恐るべき精神力、体力である。

 鎧の肩当て部分を物ともせずに弾丸は確かにめり込んでいる。だらんと下がったその右腕は思うようには動かないだろう。

 

「ぬぅんっ!」

 

 左手に持ち替えた剣を振るい、側にいた人間の兵士の首をはねる。

 

「てめぇら!離れろ!ソイツは俺が殺る!」

 

「皆の者!手出しは無用ぞ!わしがこの小童を仕留める!」

 

 両軍の指揮官が互いに怒鳴り散らした。

 それはトニーもエイブラハムも、総力戦ではなく一騎打ちで決着をつける事に同意したのを意味する。もっとも、トニーは最初からそのつもりだったが。

 

 エイブラハムが左手の剣を上段に構え、トニーへとにじり寄る。

 二人の間にはそれぞれの部下がいるが、誰もが武器を下ろしてそれを見守っていた。命令に従っているので当然だが、それ以上に将軍と団長の一騎打ちを見逃すまいと皆が固唾を飲んでいるのだ。

 

「奇っ怪な武器を使いおるわ!クルーズの様な呪術師であれば確かに討ち取れたやもしれん!しかし、わしは戦士だ!この程度の傷で倒れはせぬぞ!」

 

「いちいちうるせぇ猫だ。いつもいる銀色の相棒はどうした?助けを呼んじゃどうだ?」

 

 互いの余裕の態度は見せかけだ。緊張と殺気を隠しきれていない。いや、歯を剥き出しにしたエイブラハムも、眉間に血管を浮き上がらせているトニーも、それを隠すつもりがない。

 

「ふん!オースティンなら今も首都に向けて進行中だ!遊びに付き合ってやるのはわしだけで充分なのだよ!」

 

「なーにが遊びだ。いきなり奇襲をかけるなんざ、本気もいいところだ。それに遊びのつもりで右腕を撃ち抜かれてたんじゃあ、ダサいにも程があるぞ。手下に顔が立たねぇな?」

 

「ほざけ小童ぁぁっ!よそ者の分際でぇぇっ!」

 

 かかったな、とトニーはほくそ笑む。

 

 突進してきたエイブラハムに対し、死霊術「死の灰」を発動させた。

 これは、専任のクルーズがファミリーの組員を殺した際に使用した術だが、今やトニーも使いこなせるようになっている。彼が残した杖と、三魔女カトレアや死神ヘルから少しばかり受けた授業のおかげである。

 

 その効果は……術者に接近する対象の焼却。

 

 ゴウッ!

 

 黒煙と炎がエイブラハムを包む。

 

「甘いわ!」

 

 煩わしいとでも言わんばかりに左手の剣の風圧でそれを吹き飛ばした。

 

「ぬっ!?」

 

 ズドンッ!

 

 だが、視界が開けた瞬間、彼を襲ったのは顔面に向かって飛んできた弾丸だった。

 

 ベキッと、気味の悪い音がして、エイブラハムの首が真後ろに捻じ曲げられる。銃弾の威力だけではなく、エイブラハム自身の突進力が強かったからだ。

 意思とは反する方向に無理やり動こうとした結果、首の骨の耐久力はいとも簡単に限界を迎えた。そして、背中とくっついてしまった後頭部からは脳髄が弾け飛んで鎧とマントを汚す。

 

 よたよたと、たたらを踏んで倒れるエイブラハムの身体。

 

 勝敗は明らかだ。

 それは激戦ですらない。

 接戦ですらない。

 周りから見ると、寂しいぐらいに簡単な結末だった。

 

「ふん、馬鹿が」

 

 味方の兵がより一層大きな雄叫びをあげる。

 

「閣下、お見事です!」

 

「親父がやったぞぉぉ!」

 

「バレンティノ将軍が敵を倒されたぁ!」

 

 そして、それを上回る悲痛な叫び。

 

「そんな!団長が!」

 

「何という事だ……!」

 

 数で言えばエイブラハムの部隊の方が多いのだ。その配下の兵士達の声は濁流のように肥大化し、しばらくの間、辺り一帯を支配した。

 

……

 

「撤退だ……そうだ、撤退だ!」

 

 誰かが思い出したように呟く。

 

「我らにはまだオースティン副長がいる!」

 

「否!我らの長はエイブラハム団長!その団長が敗れたのであれば、バレンティノ閣下に下るのが定めだろう!」

 

 これは面白い光景だと、トニーは鼻を鳴らした。

 主人を失った兵の意見が二つに割れているのだ。どちらにせよ、攻撃を停止させる事が出来たのでエイブラハムを狙いに行って正解だったと言える。

 

「ジャック」

 

「はっ、すぐに」

 

 トニーの意を汲み、近くにいたスケルトンが跪く。

 無論それは、出来る限り多くの敵兵を取り込めというものだ。主人が無意味な殺戮よりは寡兵を望んでいる事をよく分かっている。

 

「直ちに投降せよ!」

 

「バレンティノ将軍閣下は貴様らの命を無闇に取ろうとは思っておられない!」

 

 ジャックから伝言を受けた組員、兵士らが次々にそんな声を上げ始めた。それに同調した敵兵は片膝を地につけ、首を垂れる。

 

「我らがトニー・バレンティノ閣下は逃げ出す者には慈悲を与えない!その身をもって、代償を払ってもらうぞ!」

 

 つまり、逃げ出す輩は殺してやるという脅しである。数では敵方が上回っている為、どのくらい効力がある言葉かは分からないが。

 

……

 

 結果としては、その場のおよそ半数の敵兵がトニーの配下となった。

 残りはオースティンの元へと逃げたわけだが、追撃で討ち取れたのは十名にも満たない。

 彼らが転移術で撤退した事、もともといた味方が少なかった事、そして今しがた投降した敵兵も、逃げる連中にすぐさま刃を向けなかった事がその理由だ。

 

 この状況に最も驚いたのは味方のロシア兵と魔術師達だろう。

 魔族は強い者に従う。即ち大将を討てば取り込める、という事実に勘づかれた可能性がある。だが、圧倒的な結果を持ってエイブラハム団長を倒した事がそれを多少は隠してくれていた。

 トニーはかすり傷一つ負わずに勝負に勝った。つまり、力の差は歴然だったからこそ魔族は戦意を失った。実際には一歩間違えばトニーは負けていたが、そう思わせたのだ。

 

「各々、傾聴せよ!閣下よりお言葉をいただく!」

 

 一体のリザードマンが吠えた。

 元より味方だった者達を背に、そして新たに迎えた者達を正面にして、ケンタウロスに騎乗したトニーが一歩進む。

 

「まずは称賛を送ってやろう。お前らは正しい選択をした。安心しろ、お前らの命は俺が責任を持って預かる」

 

 ははぁっ、とひれ伏す新入り達。それを見てようやく、ロシア兵らの緊張が緩む。自らと同じ主人に服従を誓ったのは間違いなさそうだ、と。

 

「当面の目標は敵兵からの街の解放。そして、最終的にはオースティン副長の討伐だ。お前らにとっては、今まで味方だった連中に弓を引くことになるわけだが、俺はそんなことは知らない。徹底的に叩き潰す。地獄絵図が脳裏に焼きつく事を覚悟しておけ」

 

 否定的な声が一切ないのを確認し、トニーが続ける。

 

「お前らの中にまとめ役はいるか?もちろん、団長や副長を除いてだ。いれば新入りどもの責任者にしたいんだが」

 

 トニーが言うのは自らがアジア大陸に侵攻した際に作っていた大隊長や中隊長のような役職の事だ。エイブラハムが率いる兵団も、かなりの規模だったはずだ。上手く操るにはそういった者が必要だろう。

 しかし、誰もが顔を見合わせるばかりで手は挙がらない。

 

「ふん、ソイツらは全員、逃げた方に入ってたか」

 

「あ、あのー。将軍」

 

「あ?」

 

 新入りの内、最もトニーの近くにいた獣人が声をかけてくる。

 牛の顔を持つ獣人だ。ミノタウロスに見えない事もないが、身体が小さいので別の種族だろうとトニーは思った。

 

「わしらに団長や副長以下の責任者はいないんですがー」

 

「何?だが、ここに来るまでの間、いくつかお前らに占拠されている街を落としてきた。あれは、まとめ役もなしに配置してたのか……?」

 

「さぁ……よく分かりません」

 

 いちいちそんな事を確認していなかったが、牛の獣人の言葉に新入り達の何人かが頷く。

 

「だったら好都合だな。ふん、素人が。一撃で叩き伏せてやる」

 

 敵の意外な弱点が露呈した。全兵が魔族という個の強さに任せて、簡単な指示だけを団長らが出して戦う事を得意としていたのだろう。だが、トニーはいくらか権限を持たせた部下を抱えている。自分の目が届かない雑兵の一人一人が隊長などの指示で臨機応変に対応できるという点では圧倒的に有利だ。

 

……

 

 点呼を取ると、トニーの部下は四百名近い数に膨れ上がっていた。

 もともと最初にロサンゼルスから大隊を船で連れてきた数に比べれば心許ないかもしれないが、ロシアに少数を率いて来た事を考えると雲泥の差である。

 

 最も数が多いのは新入り達である。トニーはすぐにその中から数人の隊長格を指名した。獣人が多い中、僅かなリザードマンやスケルトン兵がおり、ほとんどはそこからの指名だ。 

 獣人は身体能力だけでいえばリザードマンやスケルトンよりも優れている。しかしながら、今まで使って来た種族の方が扱いやすいだろうという個人的な考えからだ。それに、少数派の方が並んでいる中から探しやすい。

 もちろん、別に獣人を軽視しているわけではない。

 

 だが、獣人達からは少なからず反発の声が上がってきた。

 なぜ、自分よりも弱い者を隊長格として仰がねばならないのか。獣人の力を侮っているのか。といった類のものだ。 

 しかし、これをトニーはピシャリと押さえつけた。

 そんな考えしか持てないからお前達の大将は簡単に負けてしまったのだ、と。獣人達は真意こそ見抜けなかっただろうが、これは効果覿面だった。誰もがエイブラハムの呆気ない最期を目にしている。

 

 誰かに細やかな理由を質問されたら、力任せに突っ込むのは愚策だと答えただろう。だが、これはトニーの性格も似たようなものだ。

 実際には見つけやすい為にリザードマンやスケルトンを指名しただけなのだから、適当な言い訳に過ぎない。

 

「さて、肝心の犬っころの居場所だが……てめぇら知ってるか?」

 

「もちろんです」

 

 また、先程と同じ牛の獣人が応える。

 

「どこだ?」

 

「確か……エカテリンブルクとか言う街を落としてる最中のはずです。人間供が作った割には中々に立派な街でしたよ」

 

 エカテリンブルクはロシア中部より西にある大都市だ。現世でもその人口はロシア国内で五本の指に入る。そこまで進軍しているのであれば、すでに半分以上は侵攻している計算になる。

 

「この喧嘩、もらったな。街に釘付けになってる背後から叩き潰す。野郎ども、出発は明後日だ!今日明日で英気を養っておけ!」

 

 確実な場所が分かっていれば空間転移でその手前にある街にでも飛べば良い。

 だが、これはいささか楽観的すぎるとも言える。エイブラハムが討死した情報は持ち帰られているのだ。攻撃を中止させ、迎撃態勢を取っているかもしれない。

 

……

 

……

 

 その二日後。エカテリンブルクに向けて出発したトニーらの一団は、 近くへの空間転移を終え、そこからの移動中だった。

 

 トニーは組員数人と、療養中の爺や、そして女団長と共にケンタウロスに引かせる車の中だ。しばらく直接騎乗しての行動が続いていたので、久しぶりに車に戻ってきた事になる。

 言うまでもなく寒空の下に比べて格段に快適である。

 

 外を歩く人間の兵士や魔術師も防寒をしっかりとし、火に当たる小休止も多めに取り入れているおかげで凍えている者は皆無だ。

 風邪をひいて鼻をすすっていたり、くしゃみや咳をしている者すらいないという状況ではないが、誰一人として健康状態が著しく悪化しているわけではない。

 

 いつ戦闘になるか分からない状況だが、車内はどんちゃん騒ぎだ。もちろん、移動中に暇を持て余したトニーが「酒を持ってこい」と言ったことが原因である。

 

 エカテリンブルクの東の都市に転移したという事だったが、ここからでも二日はかかる距離らしい。いかに広大な土地を持つ国なのかが分かる。 

 そして、雪原ばかりという劣悪な環境だ。ロシア人に聞いた話によると、夏場でも積雪は国中に残っているらしい。流石に多少は暖かくなるらしいが、現世のロシアよりは厳しい気候だ。

 

「このウォッカ、たまりませんね」

 

「俺はこっちのブランデーの方が気に入りました!」

 

 いくらか手に入った新しい酒を飲み比べながら、組員達が赤ら顔で話しかけてくる。

 

「将軍、少しばかり静かにしていただけないだろうか……」

 

 藁の上で眠る爺やの側に胡座をかいていた女団長が言った。

 彼女は部下でこそないが、一時的な協力者、それも絶大な力を持つトニーへのクレームだからか消え入りそうな声である。 

 それ程までに騒がしいのは事実なのだが、トニーには残念ながら通訳のいない場所でロシア語は通用しない。

 

 大魔女エリーゼの通訳術は確かに効果を発揮していた。しかし、カトレアが日本や中国で使用したものに比べると少々範囲が狭かった。単純にエリーゼよりもカトレアの方が魔力を持っていたのもあるが、そもそも低位の術だったらしい。

 もっとも、命令などを与える際には魔術によって会話の出来る兵を呼ぶため、トニー自身は大して気にはしていないが。

 

「あん……?」

 

 トニーが女団長を一瞥する。

 

 言葉が通じていないと理解した彼女は、寝息を立てる副官の爺やを指差し、それから自らの口元に人差し指を立てた。

 

「あぁ、寝てるから静かにしろってか?おい、野郎ども。爺さんが起きないように少しは気遣ってやれ。さっさと元気にして追い出したいんだからよ」

 

「はい、親父」

 

「分かりました」

 

 組員達は命令を聞いて声のトーンを落とした。黙れとまでは言われていないので、こんなところだろう。

 

 女団長も「ありがとう」と軽く頷いた。

 

 だが、静かだったのも数分の事で、酒が進むにつれて再び騒がしくなる。

 

「チッ……おい」

 

 トニーが口を開いて注意を繰り返そうとした時、車が停止した。


……


「ほう?足止めか」

 

 車を降り、陣形を組んだ味方の先を見ると、同じく整列した魔族の集団が目に入る。

 数は二百といったところか。掲げた軍旗はトニーの軍旗と同じ、翼を広げた骸骨の竜。魔王正規軍のもの。間違いなくオースティン率いる部隊だろう。

 

 しかしながら数が少ない。撤退していった者達と同じくらいか、それにも満たないくらいだ。

 辺りには兵を伏せれそうな森や街、小丘、岩場もなく、オースティン自身の姿も見えない事から、トニーは目の前の敵兵を本隊ではなく先触れと判断したわけだ。 

 やはり、獣人が多い。次いで巨体を持つオーガ兵。これらの個体はいくらか前の大魔定例幹部会で話があった、繁殖させたオーガに違いない。

 

「閣下、いかがなされますか?」

 

 いつの間にか横に控えていたジャックが言う。

 

 珍しく彼を車内には置いていなかったので、車と並走していたのだろう。スラックスの裾が雪道で僅かに濡れているのが分かる。

 

「どうもこうもねぇ。頭がいねぇなら、根こそぎぶっ潰すだけだ」

 

 エイブラハムだけを狙い撃ちした時の様にはいかない。

 指揮官や隊長格が不在で、ここを死守するように命令されているのであれば、最後の一兵になるまで倒す必要があるだろう。

 

「畏まりました」

 

 力押しではいたずらに兵を死なせるだけではないだろうかという事は考えない。

 人間と魔族の混成部隊とはいえ、相手の二倍近い兵力を持つトニーはいつも以上に強気だ。

 

 伝令が飛び、陣形が動く。大砲は無い為、組員達のライフル銃を主軸としたものだ。 

 最前列にはやはりオーガなど、屈強な大型の魔族。全員が鋼鉄製の鎧に破魔衣を羽織り、盾を構えている者も少なからずいる。

 その後ろに槍を持たせた獣人や人間を配置する。彼らは前衛がぶつかっているうちに、その防御の隙間から槍を突き出して敵を攻撃する。

 続いて弓兵。数十人程度だが、これはすべて人間の兵士だ。

 そして最後尾。ケンタウロスに騎乗させた組員や魔術師達、少数精鋭。彼らは安全で高い位置から敵を狙い撃つ。

 

 この四段構えに加え、遊撃手として飛竜が上空から爆撃を行う。

 

……

 

 テントは張らず、トニーは車の前に折りたたみ式の椅子を出して座った。

 

「やれ」

 

 横には護衛として、日本刀を携えたジャックがいる。

 

 そして、女団長と通訳用のロシア兵の姿があった。

 これは現在、トニーを補佐できる者がいない為、今後は現場の指揮を彼女にとらせてみようという試みだ。

 

「全軍、前進させろ!」

 

 トニーの短い命令を解釈し、彼女が叫ぶ。

 もっとも、そのままでは魔族などには伝わらないので、通訳の若い兵士が続けて叫んだ。

 

「前進だ!」

 

「進め!」

 

 さらにそれを幾人か、ほとんどが組員だが、いくつかの復唱が飛び、ガチャガチャと武具の音を立てながら味方の陣が前進を始める。

 

「どうだ。魔族を動かすのは」

 

「魔族という前に、こんな数は私も扱った事がない。気を引き締めなければなるまいな」

 

 ふぅ、と女団長が息を吐いた。

 

 敵兵も前進を始めた。誰かが号令をかけたようには見えなかったので、こちらの動きに反応したのだろう。

 

 しかし、陣形はしっかりと重装の前衛と魔術師らしき後衛で分けられている。

 前衛は鎧や兜で身を固め、斧や剣を装備。後衛は裸や皮鎧など、身軽な格好で長杖を手にしている。

 

 ゴウッ!

 

 先陣を切るのは上空からの火炎放射だった。トニーの部隊の飛竜達による攻撃である。

 しかし、これは敵兵の先頭集団よりも僅かに手前で燃えさかり、被害は出ていない。

 飛竜はそれ以上の攻撃を行わず、反撃を受ける前に退いた。

 

「全軍停止させろ!弓兵に一斉射撃を!鉄矢の使用を許可する!」

 

 火炎で視界が奪われている間に、まずは矢の雨を降らせる作戦のようだ。

 

 トニーはここから先、何も言わずに戦局を見るつもりだ。

 指揮官不在の敵を相手に負けはない。それどころか、圧勝しか見えない。

 

 炎が燻り、弓兵の矢が降り注ぐ敵陣の様子が目に入ってきた。

 残念ながら大した被害は与えられていないように見える。獣人はリザードマンやオーガに比べると皮膚が柔らかいが、それでも人間より屈強な肉体を持っているのは言うまでもない。さらに防具をつけていれば、矢が命取りになる可能性は低いと言える。

 腕や脚に矢を受けている者がいたが、牽制程度の効果にとどまっていた。

 

「痺れを切らして突っ込んでくるぞ!防御を固めろ!槍と、後方から魔術支援で押し込む!」

 

 彼女にとっては、組員達の銃も魔術として一括りである。

 

 ガツンという音が聞こえる。それは、盾を持つ者がそれを突き立てた音だ。

 

 地面は雪で一面覆われているはずだが、深々とめり込んで土に刺さったのだろう。

 

「来るぞ!一歩も通すな!」

 

「こじ開けろ!敵の大将はあそこだ!」

 

 敵味方、両方からそんな声がいくつも響き渡ってきた。

 

「ふむ、やはりそう来るか……」

 

 女団長が呟く。

 

 味方の盾は前衛全ての手にあるわけではない。最初の衝突は、盾の無い兵が立つ部分に殺到した。

 

「魔術師の支援をあそこに集中しろ!」

 

「なんだ、予測出来てたんならもう少し上手くやれ」

 

「申し訳ない。しかし、貴公にお借りした兵に無駄死にさせる気はない。必ずや勝利を挙げて見せる」

 

 確かに反応は多少遅れてしまったものの、銃撃や魔術によって悪くない打撃を与えているように見える。

 敵方からも魔術は飛んできているが、破魔衣を着た者たちにとってそれは何の意味も為さない。

 

 こちらの魔術師達は味方を巻き込むような広範囲の炎などを思う存分に放てるのも大きい。魔術での反撃はチマチマと飛んでくる雷撃や火球程度なので、最も脅威となり得るのは突撃してきている前衛だ。

 

 だが、あまりにも派手な魔術ばかりで視界は良好とは言い難く、組員らの援護射撃や味方の前衛の邪魔になっているようにも見える。

 

「どさくさに紛れて突破してくる奴がいるかもしれねぇぞ」

 

「ううむ……弓兵達が突き崩されては敵わんな。一度撃ち方やめさせろ!態勢を立て直せ!」

 

 ついつい口を出してしまったが、トニー本人も戦術や戦略に明るいわけではない。

 言うまでもなく女団長も戦上手ではなさそうなので、彼女に全てを任せれるようになるまでの道のりは長そうだ。

 

……

 

 不運なことに、先程トニーが言った事態が発生した。

 たった一体の敵オーガが、味方の防御を突破してきてしまったのだ。

 

 すぐ後ろにいた弓兵数名もオーガの振るう斧の凶刃に倒れる。

 組員や魔術師に被害は出なかったが、猪突猛進の勢いで最後尾、車の側にいるトニー達を目掛けて駆けてくる。

 

「そんな!将軍、私とそのガイコツ兵士でここは引き受ける!逃げてくれ!」

 

「いらねぇよ」

 

 ゆらりと立ち上がったトニーが、クルーズから奪った死霊術用の禍々しい杖を楽し気に構える。

 

「おら、死ね」

 

 死霊術、死の灰。術者に急接近する者を燃やし尽くす恐ろしい魔術だが、今やトニーの十八番とも言える代物だ。

 

「グォォォッ!」

 

 だがこの敵オーガ、死霊術に理解があるのか足を止めた。

 死の灰は発動せず、トニーは大きな舌打ちを一つ。

 

「な、何だ……どうして立ち止まった?」

 

 剣を抜いた女団長が呆けたような声を出した。

 トニーが詠唱したはずの魔術を警戒したからだとは気づいていないようだ。

 

 タタン!タタタン!

 

 オーガの背中に銃弾が浴びせられる。

 ボスに近寄る者を組員達が許すはずがない。彼らは弾を撃ち尽くす勢いで一斉射撃を行った。無論、真後ろのトニーに当たらない射角を取って左右の斜め方向へ二手に分かれている。

 

 だが、敵前衛の中でも強者であると思われるこのオーガ。装備も頑丈な鱗の鎧で、銃弾は大したダメージを負わせていないように見える。

 

「おい!てめぇらは敵の迎撃に戻れ!食い破られるぞ!」

 

 トニーが怒鳴った。そして組員達は耳を疑った。

 

 確かに彼らが後方に突き出た一体の敵に釘付けにされたせいで、他の敵兵は味方の防御を押し上げ始めた。

 だが、トニーに迫る危険はそれよりも重要視されて当たり前だ。

 

「親父!そんなこと出来ません!」

 

「そ、そうですよ!何を言ってるんですか!」

 

 こればかりは彼らも言うことを聞くわけにはいかない。

 口々に否定しながら、構わず引き金を絞った。

 

「酷炎」

 

 ゴウッ!

 

 それには応えず、トニーはさらなる死霊術をオーガに叩き込む。

 

 敵オーガは漆黒の炎に包まれたが、すぐにそれも消えてゆっくりと歩を進めてくる。

 酷炎は対象に即死をもたらすので、倒れなかったのであれば効かなかったと判断出来る。

 

「なるほどな。さすがにここまでたどり着いただけの事はある」

 

「グルル……バレンティノ将軍。オースティン副長より、強大な魔術師とは聞いていたが……この程度か」

 

 オーガが初めて口をきいた。

 

 彼らは知能が低いと思われがちだが、どこにでも例外はいる。

 

「誰が魔術師だ。しかし、それがお前の強さの秘訣か」

 

 恵まれた身体能力を持つ種族が賢い頭を持っていれば、他の雑兵と比べて強さが抜きん出るのも当然だろう。

 こういった者は幹部クラスとまでは言えなくとも、ミッキーやジャックのように上手く使えば輝く人材だ。

 

「悪いが首はいただいてくぞ」

 

 ジリジリと寄ってくる。やはり死の灰を警戒している様子だ。酷炎も効かないとくれば、死霊術は使えないと考えて間違いない。

 

「無理だな」

 

 トニーは次の手として、炎を生み出した。

 杖先に灯るそれの巨大さは、味方の魔術師達が使う炎の比ではない。

 

「むっ!」

 

 これにはたまらず敵オーガも大きく後退した。つまりそれは、食らいたくはないという事を意味する。

 

「てめぇは俺がなぜ、六魔将なんて御大層な呼ばれ方をしてるのか分かってねぇみたいだな」

 

「グルル……確かにその通りのようだ!だが、それ程の大きさの術ならば投げるよりも先に!」

 

 作戦を変更し、オーガが再度駆けてくる。

 

「馬鹿が。ゴミクズが俺に敵うと思うな」

 

 トニーは杖先の炎を、なんと自らの頭上に落とした。

 

「何だとっ!気でも狂ったか、バレンティノ将軍!」

 

 破魔衣の効力までは理解出来ていなかったらしく、一瞬、トニーが自殺をしたのかとでも思ったのだろう。

 

 ゴウッ!

 

 火柱の中から更なる火炎が飛んでくるまでは。

 

「グァァァウッ!」

 

「油断大敵ってな」

 

 はるか高くまで伸びる火炎は、トニーに近づこうとするオーガから身を守るだけではなく、次の魔術の発動タイミングをカムフラージュしてくれる。

 

「うがぁぁっ!」

 

 叫びながら力任せに斧を投げつけるが、その悪あがきはジャックの日本刀によって横へと弾かれた。

 

「大口開けてると命とりだぞ」

 

 ズドンッ!ズドンッ!

 

 二発の銃声。


 亜音速で飛び出した鉛が柔らかな喉を突き破る。

 

 ドサリと雪上に転がる巨体。

 

 トニーは自らを覆っていた炎を消し去り、ピクリとも動かないオーガに近寄った。

 

「お……お見事!」

 

「閣下、お見事です」

 

 女団長とジャックが言った。他に、組員達からも歓声が上がっているが、未だ迫ってきている敵の軍勢を指差して注意を促す。

 

 近寄り、トニーが蹴りつけたオーガは言うまでもなく絶命していた。

 

……

 

 それからは形勢が逆転し、一方的な殺戮となった。

 一度、自らのボスを危険な目に合わせてしまったからか、組員達の活躍が大きい。彼らの銃撃は的確に敵の強兵に集中し、一歩たりとも進ませないという意志が伝わってくる見事なものだった。

 女団長の指揮も然りである。彼女は防御の弱い部分に素早く魔術師や弓兵を動かして遊撃させて見せた。

 

「まだ敗走しないのか……?勝負はもうついているというのに!」

 

 敵兵は五十体にも満たない。女団長の言う通り、余程のことが無い限りは戦況が覆ることはないだろう。

 だが、撤退を判断出来る上官は存在しない。彼らはオースティンに命令されたであろう、トニー・バレンティノを殺せという考えしか持ち合わせていないようだ。

 

「あれは逃げねぇ。さっさと押し込め」

 

 今までにも色んな連中を引き入れてきたトニー。多少、この敵兵を皆殺しにするのは勿体ないという気持ちはあるものの、手に入れられない、叶わない望みならば迷いなく切り捨てる。

 

「……承知した」

 

 退路を断つように、半円形、そして円形へと陣形を変え、味方の兵が敵を完全に包囲する。

 

 数分と経たずに、怒号や罵声は消える。代わりに響き渡るのは味方の歓声や拍手だ。

 

「まだ油断してはいけない!一体ずつ槍を突き刺し、生存者がいないか確認しろ!」

 

 戦後処理に女団長が指示を飛ばしている。死んだフリを見逃して後ろから斬られたとあれば一大事だ。

 

「親父!さすがです!」

 

「面白い喧嘩を見せてもらいましたよ!」

 

 数人の組員達がケンタウロスから降りて、車の前に戻ってくる。

 

「喧嘩?あんなのは弱い者イジメだ。あんなカスに俺と同じ場所に立てるはずがねぇ」

 

「熱くねぇと分かってたって、火ダルマになりゃあ心配にもなるんですよ」

 

「てめぇらが突破させるからだろうが。戯れ言をほざく暇があったらさっさと酒でも持って来い!」

 

 尻を蹴り上げられ、数人が慌てて車内の酒樽を取りに走る。

 

……

 

……

 

 火を起こし、皆が集う。

 

 大勝を祝して、人間と魔族を垣根を越えた宴が始まった。

 

 誰もが目を疑うであろうその光景は、トニーと共に歩んで来た者達にとっては見慣れたものだ。

 魔族を警戒していた人間の兵士も、人間を侮っていた魔族の兵士も、今では隣に座って同じ火を囲み、同じ樽から掬った酒を飲んでいる。

 

「俺は今日、このリザードマンに命を助けて貰ったんだ!目の前まで迫った敵の槍を、盾で弾いてくれたんだ!」

 

 一人のロシア人の青年が叫びながら、リザードマンに抱きついている。トニーにも言葉が理解出来ることから、ロシアに来て最初に助けた町の出身だろう。

 抱きつかれたリザードマンは、驚くべきことに青年の背中を叩きながら抱き返している。

 

「貴公はきっと、この国の救世主となるな」

 

 トニーと組員達の酒盛りは轟々と燃えている火の周り、つまり兵士達が談笑をしている場ではなく、車の側だ。

 こちらにも暖炉代わりの焚き火が準備してある。

 

「ガラじゃねぇ」

 

 珍しく手に入った野鳥の肉の串焼きを頬張りながらトニーが女団長に返す。

 

「いや。既に今まで解放してきた街や助けた人々の命は多い。皇帝陛下も貴公には絶大な恩賞を与えて下さるだろう」

 

「俺の兵を見てもか?」

 

「それは私が、いや……ここにいる全てのロシアの民が、そして救ってきた者達が証言してくれるはずだ。彼らは襲ってきた魔族とは違うと」

 

「……モスクワ……か」

 

 トニーの呟きは、誰にも聞き取れないほど微かなものだった。

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