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♭9

「ミッキー!」

 

「はっ!」

 

「突破された防御陣に集中して歩兵を増員させろ!それから、大砲の準備はまだか!」

 

 指示を受けたミッキーが、さらに別のリザードマンに命令を飛ばして走らせる。

 

「……はっ、筒はすべて分解整備中でして、今しばらく時間がかかります!」

 

 エイブラハム団長率いる大部隊による奇襲攻撃。その喧騒はすぐそこまで迫っている。

 此処コロンボは城塞都市というでもなく、高い柵や壁があるわけではない。敵がトニーの所へ到達するまでに対処が間に合わない可能性が高い。

 

「閣下、どうぞお車へ」

 

 スーツ姿のスケルトン兵、トニー専属の護衛であるジャックが言った。

 将軍であるトニーの離脱の為、巨体のオーガが引く人力車が準備されている。

 

「ふざけるな!誰が逃げるか!押し返して皆殺しにしてやる!」

 

「閣下、どうか、ひとまずこの場を離れて体勢を立て直しましょう。その後、必ずや敵将の首を……」

 

 悔しげな声でミッキーが言った。

 

 ドンッ!

 

 目の前で起こる爆発。

 おそらく破魔衣には効かない魔術だが、ここまで接近されては味方の少ない白兵戦の中で命を落としてしまう。

 

「閣下」

 

「クソがぁ!」

 

 無理やりにでも連れて行こうとミッキーが伸ばした手を振り払い、トニーは乗車した。

 ミッキーやジャックも続く。

 

 ドンッ!

 

 発車後、数秒と経たずに先ほどまでトニーがいた場所が爆発に飲み込まれる。 

 少なからず追撃の手もあったが、これは全てトニーの車と並走していた味方のケンタウロスらが討ち果たした。

 

 その後はガラガラと耳障りな車輪の音だけが車内を支配し、一時間程進み続けたところでようやく止まる。

 外へ出ると、トニーに付き従って駆けてきた部下の全貌が明らかになった。

 

 およそ、三十名。 

 死んだ者や、コロンボで未だに戦っている者もいるはずだが、フランコを筆頭にバレンティノ・ファミリーの組員は一人もいなかった。

 

「ミッキー。この人数で、どう体勢を立て直すんだ?」

 

「申し訳ありません……しかし、閣下の離脱後には各自撤退せよとの命令を伝えております」

 

「どこにだ?」

 

「それは……」

 

 全兵士が突然の敵の奇襲に、死に物狂いだったのだ。ミッキーの指示とて、抜けが生じるのも無理はない。

 

「仕方ねぇ……戻るぞ。野郎共が心配だ」

 

「閣下、それは賛成しかねます。せっかく振り切ったものを、わざわざ飛び込んでは……閣下の為に命尽きるその瞬間まで戦い続けた同志らはどうなるのです。ここは方々に斥候を出し、散り散りになったお仲間を集められるのがよろしいかと」

 

 トニーの怒りを鎮めようと、ミッキーが言葉を運ぶ。

 

「ならお前がそうしろ。俺は戻る」

 

「閣下!」

 

「命令だ!」

 

 トニーの大型拳銃の銃口がミッキーの眉間に当てられた。

 

「なんと……承知いたしました。これ以上は止めはいたしません。しかしやはり、私にはご英断とは思えないのです、閣下」

 

「バレンティノ・ファミリーは単なる部下とは違ってな。あいつらはみんな俺の息子みたいなもんだ」

 

 銃をしまい、ボルサリーノを目深にかぶり直す。

 

「それで皆さん口を揃えて『親父』と呼ばれるのですか。親の顔も知らぬ我らには理解出来ませんが……せめて、護衛はお連れ下さい。ご命令通り、ここにお仲間を集結させてお待ちしております」

 

「万が一、俺の帰還が遅れた時に、バレンティノ・ファミリーの誰かがここにいたら、ソイツの指示に従え。フランコでも誰でもいい。数日経っても誰も戻らなかった場合は、お前に判断を任せる。兵は好きに使え。アジアからロサンゼルス城に撤退してしまっても構わねぇ」

 

 トニーの言葉に、ミッキーからは首を左右に振りながら予想通りの返答がある。

 

「いいえ。ロサンゼルスへは帰投しません。お味方が最後の一兵になるまで戦い抜き、必ずやあの裏切者を始末いたします」

 

「好きにしろ。おい、ジャック!」

 

「はっ」

 

 どこで覚えたのか、ジャックは靴の踵を鳴らした。軍人のような仕草に紳士の格好や、携えた侍の日本刀が妙な違和感を与える。

 

「お前だけは連れていってやる。ミッキーとは違って、残されても暇だろう」

 

「喜んでお供いたします」

 

「車に乗れ」

 

 脱出に使った人力車だ。しかし、今はオーガではなく二匹のケンタウロスがそれの前に立っている。

 攻撃から身を守る強靭さは巨体のオーガに劣るが、車の速度が格段に上がる。部下を付き従えてきた先ほどまでとは違い単独行動となる為、足並みは揃える必要がない。

 

 コロンボへ到着するまでの間に、敵の兵と出くわすことは無かった。

 しかし、逃げ延びてきた二、三人の味方の兵とは何度もすれ違う。その度にトニーは車を停め、労いの言葉とミッキーのいる地点に向かう命令を伝えた。

 

 危険を顧みずに、ほとんど身一つで自ら戻ってきた将軍。ある者はその直々の言葉に涙し、ある者はトニーと共に街へ戻ると言って聞かないのを諭されて渋々別れ、またある者は敗走したのは将軍のせいだと怒りを露にして剣を抜き、ジャックやケンタウロスから処断された。

 

「お前、うちの組員を見ていないか」

 

 処断した者を除き、この言葉も忘れずつけ加えた。だが、誰一人として有力な情報は持っていない。 

 最悪の結末が頭をよぎる。不安をかき消す為にくわえた葉巻からは、いつも以上に大きな、ジリジリと焼ける音がした。

 

 コロンボ到着直前で、外から声がかかった。

 

「閣下」

 

「なんだ、また味方の生き残りか」

 

 腰を上げ、扉から出ながらトニーが返す。

 

「いえ、街が見えて来ましたのでお声かけを。ここからは敵との遭遇が多くなるかと思いますが、どちらへ向かわれますか」

 

 確かに田園の前方にはコロンボの街並みらしきものが見える。低い建物しかない為、遠くからでは小さな集落程度にしか思えない。

 火の手はもう上がっていないが、煙がくすぶっている箇所がいくつも確認出来た。

 

「外周を回って、敵と味方の状況を確認する」

 

「では私たちの内、どちらかが向かいましょう。閣下はこちらでお待ちを」

 

「ふざけるな。このまま車で行け」

 

「……ははっ」

 

 葉巻を地面に落としながら発した、意見をはね除ける強い物言いに、ケンタウロスは身体を強張らせて頭を垂れた。

 

……

 

……

 

 車内からは見えないが、ケンタウロスの早駆けで、ぐんぐんと街に近づくのが分かる。

 いつでも撃てるようにと銃を抜き、クルーズの杖もそばにある。

 

 数体程度は敵兵を確認出来たらしく、ケンタウロスの怒号と武器が振り回される音がした。それでも、車を停めてトニーやジャックまで戦闘体勢になる必要はなく、街の外周を回り始めたようだ。

 

「奴等の本隊は撤退したのか?」

 

「分かりません」

 

 ジャックに訊いても無駄だとわかっていながらも落ち着いてはいられない。

 

「少なくとも、大規模な攻勢は止んでいると思われますが」

 

 魔術や砲撃による爆発音はしない。

 トニーの首を狙うエイブラハムが街にいれば、軍旗をはためかせる人力車に気づいて襲ってきてもおかしくない頃合いだが、それも無かった。

 

 ゆっくりと人力車が停まった。

 

「閣下、街の外には僅かな敵兵が残るのみでございます」

 

 ケンタウロスの声。

 

「味方は?」

 

 扉を半開きにしてトニーが言う。

 

「見当たりません。敵味方共に多数の犠牲が出たはずではありますが、なにせ時間が経っておりますので……」

 

 魔族の骸は死亡からしばらくすると消えて無くなる。もちろん、トニーの探しているバレンティノ・ファミリーの組員達は人間だ。たとえ死んでいても確認は出来るはず。

 だがこのケンタウロスがそれを知っているとは思えない為、特に触れはしない。

 

「街に入れ」

 

「承知いたしました。何かあれば、車と我々を棄て、お逃げ下さい」

 

 ミッキーやジャックのようにトニーと常に行動を共にしているわけではないが、将軍の車を預かるという大役を預かったケンタウロス達の忠誠心は厚い。

 

 ガタン!

 

 街に入り、一分と経たない内だった。

 

 人力車が急停止し、「か……閣下!」という大声が前方から届く。

 

「ジャック」

 

「はっ!」

 

 ドッ!

 

 トニーが扉を蹴り開けると、日本刀を腰で構えたジャックが飛び出した。周囲を瞬時に警戒し、安全を確認すると、トニーに向けて一言告げる。

 

「お仲間が……倒れておられます」

 

「……っ!」


 二体のケンタウロスとジャックに見守られながら、トニーは片膝を地につけた。

 破魔衣を仕込んだスーツに、アサルトライフルを手にした人間が三人……バレンティノ・ファミリーの組員の死体だった。

 

「……」

 

 近くには無惨にも破壊された木製の家屋と大砲。おそらくその大砲を撃っていたのだろう。

 三人の身体にはいくつもの矢が突き刺さっていた。

 

「コイツらを車に積め」

 

 数分間の黙祷をし、一人一人の顔を撫でた後でトニーはそう告げた。

 

「はっ。しかし死体を、ですか……?」

 

 ケンタウロスが消えるものをなぜ、とでも言いたげな声色で訊いた。

 

「何か問題があるか?」

 

「い、いえ……」

 

「閣下にお考えあってのご命令だ。仰せの通りにしろ」

 

 ジャックが言うと、ケンタウロス達はすぐに作業に取りかかった。

 

 トニーはアサルトライフルを拾い上げ、弾薬の確認を行う。ほとんど残っていない。最後の最後までこの場に踏み留まって撃ち続けたのだろう。盗られていないのは奇跡的だといえる。

 次に大砲を見る。こちらは直すことも出来ないくらいに破壊されている。もともとは人の腕程度の大きさだが、派手な砲撃とその威力のせいで、鈍い魔族の雑兵達にも脅威だと認識されたようだ。

 

 もう一度、周りを見渡す。他に仲間の姿は無い。敵の姿も無いため、先程ケンタウロス達が倒した連中が最後で、他はエイブラハム率いる魔王正規軍の本陣があるロシアか、ニューヨーク城に帰っていった可能性が高い。

 

「……?」

 

 ここで、トニーは焼け落ちたコロンボの街に違和感を抱いた。だが、それが何なのかは分からない。

 

 ケンタウロスが三人の組員を車に積み終え、車が動き出した。もちろん車内の同室であり、痛々しい姿はトニーとジャックの目の前にある。

 

「静かなものです。閣下がお戻りになると敵がわかっていれば、伏兵の存在も視野に入れなければなりませんが、それはないかと」

 

「そうか」

 

「しかし、街の住民や連れてきた奴隷も不運でした。皆、食われてしまったのか。また人間の労力を集めなければいけませんね」

 

「食われた……?そうか、それだ」

 

 ジャックには何の事か分からないので説明を加える。それこそ違和感の正体だ。

 

「あれだけ大規模な戦闘の後にしては、現地民の死体が少ないだろう。いや、少ないどころじゃねぇ。皆無だ。食いちぎられた腕や脚もありゃしねぇ」

 

「えぇ。ですから全て食われてしまったのだと……」

 

「いや、違うな」

 

 険しい表情でトニーは否定する。

 

「食い意地の張った連中なら、なぜこの三人はそうされなかった。あのライオンめ、案外お上品な戦い方をしやがる」

 

「では、住民はどこへ」

 

「そこが問題だ。ある程度街をぶらついて何もなけりゃ、適当な家屋や井戸を調べてみる必要がある」

 

 突然の攻撃に対して、住民らはどこかへ逃げる隙など無かったはずだ。もしトニーの考えが正しければ、近くで息を潜めているに違いない。


 さらに人力車で街を回った後、徒歩での探索に切り替えた。徒歩とは言ってもトニーとジャックは二体のケンタウロスの背に乗っている為、騎乗しているようなものだ。 

 途中、二人組の敵兵を確認したが、接触する前に空間転移でどこかへと消えてしまった。その他には人っこ一人見つからない状況が続いている。

 

「閣下、あちらに井戸がございます」

 

「調べろ」

 

「承知いたしました」

 

 ジャックが木板の瓦礫の中に井戸を見つけ、縄を手に降りていく。

 すぐに戻ったが、首を横に振った。

 

「残念ですが、濁った水があるだけです」


 ゴトッ。

 

 その時、井戸のすぐ側にある破壊された家屋の下から物音がした。

 

「……?」

 

 いくら木製とはいえ、中からカラスやネズミが動かせる代物ではない。

 その下敷きになった生存者がいたようだ。

 

「うぅ……」

 

 音の高いうめき声が漏れる。恐らく女だ。

 

「おい、生存者だ。出してやれ」

 

「はっ」

 

 現地民、それも人間だとわかっていて動くはずもなく、トニーがケンタウロスらに命じた。

 

 ガタッ。

 

「えっ……?ひぃぃっ!」

 

 現れたのは、黒髪に小麦色の肌を持つ三十前後の女。突如持ち上げられた木板に驚き、それが魔族の手によるものだと知って二度驚いた。 

 だが、驚かされたのはトニーも同じだった。爆発、或いは巨大な種族による突進等の強力な攻撃で家屋は破壊されたはずだが、彼女はまったくの無傷だったのである。

 

「いやぁぁっ!」

 

 叫びながら逃げ出そうとするのを、トニー自ら羽交い締めにして止めた。

 

「おい、待て。コイツらはお前に危害は加えねぇ」

 

「いやぁぁ……っ!」

 

「チッ」

 

 トニーは気が動転して暴れる女の首を締め上げ、気絶させた。

 

「おい」

 

「……んっ」

 

 声をかけながら膝の辺りを軽く蹴ると、地面に仰向けに倒れていた女が目を開いた。

 

「あっ……」

 

 まず彼女の視界に入ったのはトニーの顔だ。魔族ではなかったので、いきなり逃げようとはしない。

 

「英語は話せるか」

 

「えぇ。バレンティノ将軍……ですよね」

 

 コロンボでは英語を公用語にして、話せる住民がいる。これは現世でも同じだ。

 

「お前が暴れるから少々手荒な真似をした。そこにいる魔族は俺の駒だ。心配はない」

 

 女はトニーの指先が示すケンタウロスとスケルトンを見てギョッとしたが、逃げはせずにひれ伏した。

 トニーの兵団が駐留していたとはいえ、化け物の姿にはまだ慣れない者も多い。

 

「戦闘の経過を知っているか」

 

「いいえ」

 

「なぜ瓦礫の下敷きになって無傷でいられた」

 

「それは……」

 

 歯切れの悪い回答。隠し事をしているのは明らかだ。

 

「言え」

 

「は、はい……」

 

 トニーらしい、単刀直入な物言いだ。気遣いも駆け引きもあったものではない。

 

「……このコロンボの街は、土地に防御機能をほとんど持ちません。それから、自警団はありますが、軍隊と呼べる程に大規模なものでもありません」

 

「あ?誰がそんな話をしろと言った。お前が助かった方法だけ教えろ。余計な情報はいらねぇぞ」

 

 トニーがしゃがみ、女の髪をわしづかみにして顔を強制的に上げさせた。

 

「い、家を……!家をお調べ下さい!」

 

「結局口では答えねぇか。まぁいい。おい、てめえら。聞いたな?」

 

「はっ!直ちに」

 

 ケンタウロスが動き始めると、トニーは懐から金貨を一枚、地面に落とした。

 

「これは……いただけるのですか」

 

「情報料だ。嘘だったら代わりに首を落とす。まぁ、心配するな。死んでも金はお前のもんだ」

 

 あの世で好きに使え、ということだろう。

 

「閣下!」

 

「あぁ?」

 

「瓦礫の下に、地下室への入り口が隠されております!」

 

 ケンタウロスの報告に、トニーはニヤリと口元をゆるめた。

 

「良かったな、女。お前が命拾いをした理由が見つかったらしい。その隠し部屋のおかげで二度も助かる事になったじゃねぇか」

 

 もちろん二度目は処断を免れた、という意味である。

 

「あ……ありがとうございます……」

 

「地下室を隠さなきゃいけねぇような習慣があるのか?」

 

 トニーには理解出来ない。

 

「弱者であるにも関わらず、戦乱をしぶとく生き抜いてきたコロンボの民の知恵だと……そう、教わっています」

 

「ほう」

 

 つまりほとんどの世帯に隠し部屋があるということだ。戦闘中、確かに住民は逃げ惑ってなどいなかった。

 簡素な木製住居もほとぼりが冷めた後で手早く建て直しが出来る。

 

「うちの連中も街の人間と一緒にその中に潜んでる可能性があるか……しかし、一軒ずつ調べて回るのは手間だな。顔を出すまで、だいたいどのくらいの時間経過を待つんだ?」

 

「まちまちだとは思いますが……私は地下室に食料の備蓄を忘れていて」

 

「何日も籠る連中も多いって事か」

 

「広い隠し部屋を持つ人なら、一ヶ月くらいは隠れているかもしれません」

 

 ミッキーの側にいる兵隊を呼び戻せば、全ての家を調べるのにさほど時間はかからないはずだ。しかし、トニーが気にしているのは住民の安否ではない。

 仮にバレンティノ・ファミリーの組員がどこかの地下室に隠れているとして、簡単に彼らを呼びつける方法はないか。戦闘の終結、トニーの帰着を伝える手段はないか。

 

 ズドンッ!

 

 少し考えて、トニーは愛銃を抜いて引き金を絞った。

 

「ひっ……!」

 

 女が短い悲鳴を上げ、部下達は何事かと身構えた。

 

「……」

 

 その他、目立った反応はない。

 

 ズドンッ!

 

 さらにもう一発、空に向けて発砲する。

 

「近くにはいねぇか……?おい、お前らは一軒ずつ隠し部屋の中を調べてろ。どこかに野郎共がいたらすぐに連れてこい。ジャック、お前は俺と来い」

 

「はっ」

 

 ケンタウロスに指示を出し、護衛のジャックだけを連れてトニーは歩き始める。

 金貨を手にした女が呆然とその背中を見つめていた。

 

 ズドンッ!

 

「野郎共!どこだ!フランコ!聞こえねぇのか!返事しやがれ!」

 

 そう広い街ではない。よほど深い地下室でなければ、銃声は届いているはずだ。

 大砲とも、ライフルとも違うその重い銃声は、バレンティノ・ファミリーであれば誰もが耳に馴染んでいるはずである。

 

 その時。

 

「うぉぉっ……!」

 

 すぐ側の地中から唸り声が響いた。続けて、内側からガラガラと瓦礫が押しのけられていく。

 

「ふん、やっぱり生きてやがったか……まったく、しぶとい野郎共だ」

 

 ガン……!

 

 最後に扉らしき木板が蹴り飛ばされ、若い衆が顔を出す。

 

「親父!」

 

「ご無事でしたか!」

 

 土汚れで顔を真っ黒にした彼らが駆け寄ってくる。

 

「当たり前だ。さっさと残りを集めてこい」

 

 この場にいる組員は二人だ。死んでしまった三人を抜いてもまだ少し足りない。

 

「それが、みんなバラバラになっちまいまして」

 

「俺達みたいに民家に押しかけた連中がいたとしても、場所までは分かりません」

 

「チッ……あっちで馬型の奴らに瓦礫を掘り起こす仕事をさせてる。それを手伝ってろ」

 

 その後、街をくまなく歩いて回り、手持ちの弾丸が尽きるまでトニーは発砲を繰り返した。

 その甲斐あってか、生き延びていた組員達を次々と発見する事となる。

 少数だが、同じ手段で難を逃れていた魔族の部下たちもいた。我が家に隠れる事を家主に拒否されなかったのが不思議なくらいだ。言わずもがな、狭い場所に逃げ込めた彼らは人間と同程度の大きさの種族ばかりだった。


「奴は、いねぇか?」

 

 命を落とした組員の他に、一人だけ見当たらない人物がいた。

 

 フランコである。 

 すべての家屋の捜索を完了し、集まった面々の中に、彼の姿だけがなかった。

 

「くたばったか」

 

「親父、まだそう決めるには早いかと」

 

「きっと生きてます。街から離れたんでしょう」

 

 戦死して跡形もなく食われた可能性もあるが、死体が残っていた三人の事もあり、決定的とは言えない。

 

 しかし、フランコ一人の為に捜索範囲を街の外へと広げるわけにはいかない。

 彼の事は一旦諦め、ミッキー達をコロンボに呼び寄せる為の早馬と、死んだ組員をロサンゼルスで埋葬するチームを出し、トニー自身は街の近くで野営をする運びとなった。

 

……

 

「閣下。ここは拠点としての機能は元々見込めない街でした。今や建物すらありません。

 ここで踏みとどまるより、まずはロサンゼルスや中国まで引き返すべきです」

 

 数時間後。

 

 テントの中、召喚に応じたミッキーがトニーと向き合って座っている。

 ミッキーは、残存している兵では戦力として心許ないという理由で後退を進言してきた。

 

「ライオンの高笑いを指くわえて見てろ、ってか?」

 

「今はそうする他ないかと……」

 

「無理だな。お前も最後の一兵まで戦い抜くと言ったはずだ。死ぬ気になれるんなら腹くくれ」

 

 こういう時のトニーは誰が何と言おうと無駄だ。それをよく理解しているミッキーだが、無条件で許容はしなかった。

 何故ならこれは「死ぬ可能性が高い」どころの話ではない。万に一つも無事ではいられない。全員が、必ず死ぬ事になるからだ。

 

「閣下、貴方は聡明な御方です。あの裏切者を討ち果たそうにも、厳しい戦いになるのはお分かりのはず。もちろん、冥土まででも私は喜んでお供いたします。しかし少しでも勝てる可能性を高めた方が良いでしょう」

 

 ミッキーは地に鼻頭をつけてひれ伏した。

 

「……あ?」

 

「なりふり構わず攻めると仰せならば、最期になるやもしれないならば、せめてこの私の助言をお受け下さい」

 

「ふん、言ってみろ」

 

「三魔女、カトレア様にご助力を……っ!」

 

 ゴッ!

 

 トニーの靴が、ミッキーの顔を地面に押しつけた。

 

「まだそんなくだらねぇ事を言うのか」

 

「ぐぅっ……!うぅっ……!」

 

 反論は土の中に消えていく。筋力ならばリザードマンであるミッキーの方が人間のトニーよりも遥かに勝っているはずだが、自らの頭に置かれた主人の足を払い除ける事は出来ない。

 

「あんまりなめた口をきくんじゃねぇぞ、ミッキー」

 

「ぐぬぅ……グルル!」

 

「俺があの女に、ましてやガキに頼らなきゃならねぇとは、認めるわけにはいかねぇだろうが」

 

 トニーが足をどけて椅子に座ると、すぐさまミッキーは顔を上げた。

 

「閣下、私は何も、貴方が個人的にエイブラハム団長に劣っているとは思いません。ただ、その取り巻き。多くの兵士に守られたままでは、閣下の拳が団長に届かないと申し上げているのです。カトレア様にはその排除をお任せすることで、閣下は団長との決闘に全力で……!」

 

 ゴッ!

 

 次は靴の爪先がミッキーの下顎に直撃する。無論、それでミッキーも怯んだり痛がったりはしない。

 

「いらねぇんだよ!もういい。よっぽど命が惜しいみたいだな」

 

「否っ!断じてそうではありません!閣下、どうか……!どうか、お考え直し下さい!」

 

 必死で訴えたが、トニーは垂れ幕をくぐって外へと出ていってしまった。

 

「閣下……!」

 

 ミッキーの声は、もう届かない。

 

「ジャック」

 

「はっ」

 

 外で腕組みをして待機していたスケルトン兵がひれ伏した。

 

「聞いての通りだ。車は持っていく。全員に武具の整備点検と空間転移の支度をさせる。野郎共を呼んでこい」

 

「承りました」

 

 副官のミッキーとは違い、ボディーガードであるジャックが直接、部隊へ指示を出す事はしない。

 組員達は地位的にそれが可能なので、彼らを召集する。

 

 ジャックがいなくなり、トニーはチラリと背後のテントを一瞥した。

 漆黒の破魔衣を惜しげもなく使用した特注品だ。ミッキーは出てこない。

 

「親父、弔い合戦らしいですね」

 

「おう」

 

 近くにいたのか、一人目の組員が現れてそう言った。その手にはライフルが携えてある。

 

「大砲が欲しいところですが」

 

「不安か?」

 

「いいえ、どうせやるなら派手な方が楽しいじゃねぇですか。それだけです」

 

 男が両手を広げる。

 

「バカ野郎。楽しんでなんかいられるか。俺はイラついてんだ」

 

「なるほど、だったらストレス発散にはもってこいなんじゃないですか」

 

 軽口で緊張感を緩ませようとしてくれているようだ。

 

「おい、黙らねぇとお前の頭を最初に吹き飛ばすぞ」

 

「そりゃ勘弁してください、親父」

 

 そんなやり取りをしていると、続々と組員達が集まってきた。ジャックも黙ってトニーの左手に控えたので、これで終わりなのだろう。

 組員達は険しい顔をしている者や、薄ら笑いを浮かべている者など様々だが、力強い視線から皆一様に復讐の炎を燃やしているのが分かる。

 

「親父、お呼びですか」

 

「わかってます、報復ですね?」

 

「やってやりましょう!」

 

 誰かが発したその言葉に呼応するかのように、組員達はざわざわと騒ぎ始めた。

 

「お前ら、敵の大将と副官の面は知ってるか?」

 

 もちろんエイブラハム団長とオースティン副長の事だが、大魔定例幹部会に参加した経験がある者はいない。ただ一人、ジャックだけが手を挙げる。

 

「一つ、注意事項だ。猫と犬の獣人だが、その二匹は俺がやる。残りは好きに殺せ。味方の化け物共の指揮はてめぇらに任せるぞ」

 

「おう」と一同から返ってくる。

 

「行き先はどちらに?」

 

「ロシアだ。奴等が進攻してる。どの街にいるのかまでは分からんがな」

 

 ニューヨークにいる可能性もあるが「定例幹部会までは時間があるからそっちにいるはずだ」というトニーの見解だ。

 

「ロシア人とやりあってるところを狙って、奴等の背後か横っ腹をつく。簡単だろう」

 

「それで、ロシアもまるごと親父の領地にしちまうんでしょう?」

 

 これは全く考えていなかったが、豪胆なトニーにとっては魅力的な話だ。

 もちろん正確には大魔王の領土となるが、管轄するのは間違いなく将軍であるトニーの仕事となる。

 

「……そうだな、そりゃおもしれぇ。いい事言うじゃねぇか」

 

「ありがとうございます、親父」

 

 誉められた中年の組員が鼻を人差し指で擦る。

 

「ロシアはこっちでもデカイ国らしくてな。大魔王と肩を並べるにはちょうどいい庭になる」

 

「閣下、失礼いたします」

 

 蹄を鳴らしながらケンタウロスが歩いて来た。彼は車を引いていた内の一体だが、トニーには見分けがつかない。

 

「お車の準備、全ての兵の支度が整いましてございます。いくらか奴隷が生き残っておりますが、いかがなさいますか」

 

「使えそうな奴は連れていく。出発前に武器を持たせてやれ。ここの住民に志願兵はいねぇか」

 

 今や奴隷も貴重な戦力である。トニーの手勢は全て合わせても百名程度しかいない。

 

「徴兵なさいますか?今のところ志願者は一人もいませんが……」

 

「いや、ここにいるのは戦わずして地面に潜る事を選ぶような連中だ。攻めるとなりゃ、戦い方なんか知らねぇ、敵前逃亡も厭わねぇって奴が出てきたらかえって邪魔になる」

 

 幾人か、地上に出てきて街の修復を始めた現地人がいる。時折、恨めしそうにトニー達を見ていた。

 

……


 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 極寒の大地に、空間転移の亀裂が走る。

 それは一つではなく、そう遠くない地点に何ヵ所も点在している。

 

 ズゥン……

 

 その内の一つ。転移術で運ばれてきた人力車の中からトニーが降りてくる。

 

「場所は?」

 

「申し訳ありません。この国の東側である、としか」

 

 トニーを車ごと転移させてくれたリザードマンが応える。

 

 彼らが降り立ったのは、ロシア帝国極東に位置するベーリング海付近だった。

 モスクワ付近まで到達しているエイブラハムらに追いつくにはかなりの距離がある。しかし、正確な位置がわからないせいで、ここからは転移術を使用することなく行軍しなければならない。

 辺り一面は銀世界。日中であり、吹雪いていないおかげで視界は開けている。

 

「雪か……防寒具が必要になるな。明るい内に西へ向かって、集落や街を探すとしよう」

 

 厳しい寒さや積もった雪が進行速度を遅らせるかと思われたが、魔族の兵士達はそれらをものともせずにグングンと歩き続けた。人間である組員や僅かな奴隷達は全て車に乗せてやり、身を寄せ合う。

 何度か車輪が雪道にとられてしまうトラブルに巻き込まれながらも、積雪の薄い街道を発見して日暮れを迎える頃には数軒の民家が建ち並ぶ集落に到達した。

 

「親父、生存者はいません。どうやら棄てられた集落のようで」

 

 住民がいるのなら人間が接触したほうがよいだろうと、組員の一人を偵察に出した。

 極力無駄な戦闘は避けたい。

 

「ライオン共にやられた可能性は?」

 

「ないと思います。荒らされた様子はないんで。人や食料は見当たらず、もぬけの殻でしたが、使えそうな服や毛布は残ってました」

 

「よし。今晩はあの集落で休息だな」

 

 その一声で、全員が集落に入った。

 

 先ほどの報告通り、民家はどれも綺麗な状態であった。

 柱のみを頑丈な丸太で組み上げ、壁には木材、屋根には藁などの枯れ草が急勾配をつけて使われていた。簡素なものだがロシアの伝統的な家屋で、雪に強い。室内の暖炉に薪を放り込み、人間には毛布や防寒具を渡してやる。

 

 トニーは改めて魔族の生命力の高さには驚かされた。

 家に入れない巨体を持つ種族も同行しているが、平気な顔をして雪の上に腰を下ろしたり寝そべって休息しているのである。

 

「おい、お前らは凍死したりしないのか?」

 

 窓の外の連中を指差しながら、横にいるジャックに訊く。

 

「はて、凍死とはなんでしょう?」

 

 スケルトン兵に訊くのがそもそも間違っていたか、とトニーは鼻を鳴らした。

 

 魔族の中でもスケルトン兵は悪環境に対して最も強い種族に分類されると思われる。

 炎の中でも灰と化すほどの長時間でなければ耐え抜き、食料や水を無補給でも活動出来る。呼吸はしないため、酸素ですらも不要なはずだ。

 

 但し、魔族としては非力であるため、無敵というわけではない。粉々に砕かれてしまえば「死」に似た状態を迎え、他種族と同じように死骸は消滅してしまう。 

 詳細は不明だが、スケルトンになる前、つまり生前はそのほとんどが人間、或いは動物の可能性が高い。それらは死後にも骨が残る為だ。

 まれに人型ではなく魚や鳥などに似た個体もいるらしい。だが、その場合も意思を持ち、言葉を話す事が可能だという。

 

「しかし、どんな理由で棄てられたんだろうな、この集落は。ロシア人ってのは遊牧民なのか?」

 

「危険が迫っているのを察知して避難した……というのであれば納得できます。それが魔族か、熊や虎のような野獣か、はたまた人間なのかは解りませんが」

 

……

 

 夜明け前、その理由が明らかになる。

 

「閣下、夜分に申し訳ありません」

 

 組員らと共に毛布にくるまって横になっていたトニーの耳元で、ジャックが何やら報告をしている。

 

「あぁ……?なんだ、急ぎか」

 

「外にいる兵が交戦中です」

 

 ガバッ、と毛布を蹴り飛ばしてトニーが半身を起こす。

 

「敵襲か!」

 

 組員達も一斉に動いた。

 

「はい、しかしすぐに鎮圧出来ますのでご安心を。敵の軍勢ではなく、野犬の類いのようで」

 

 耳をすますと、確かに兵士達の声に混じって犬の鳴き声らしき音が聞こえる。

 

「なんだ……狼か?」

 

「申し訳ありません、種別までは。しかし、我々を食おうとは、大型で凶暴なのは間違いないかと。住民もこれに悩まされていたのではないでしょうか」

 

 暗がりで窓の外には何も見えない。嗅覚を最大限に生かした賢い襲撃だ。

 

「そりゃどんなもんか見てみたいな」

 

「閣下、たかが野犬とはいえお怪我をされては危険です」

 

 扉に手をかけようとしたトニーにジャックが声をかけるが、止めようというわけではなさそうだ。

 真後ろにぴたりと身を寄せ、すぐにでもトニーを守れる体勢である。

 

「あぁ?捕らえてここに引き連れてこれるなら、別にそれでも構わねぇぞ。室内の方が明るいからな」

 

「承知いたしました」

 

 一礼し、刀を引き抜いたジャックが出ていく。

 扉が開いた一瞬の間に、身を切るような冷気が雪と一緒に室内に入ってきた。

 

「狼をペットにでもするつもりですか、親父」

 

「化け物共を従えてんだ。親父にとっちゃ、狼くらい子犬みたいなもんだぜ」

 

 数分後。

 

 組員らがそんな話題で盛り上がっているところに、何か巨大な獣を引きずったジャックが帰ってきた。

 扉ギリギリの大きさのそれは、狼としては規格外の大きさだ。灰色の毛並みも相まって、まるでグリズリーである。組員達からは「おぉ」と声が上がり、トニーもこれには目を丸くした。

 

「それが狼だってのか?」

 

 ジャックがどさりとその物体を床に下ろす。血生臭い空気が室内に充満した。

 

「申し訳ありません、先ほども申し上げましたが種別は分かりかねます。これが最後の一匹でした。しかし、残念ながらオーガ兵が殺してしまい……」

 

「いや、さすがにコイツを捕らえて来いってのは無理があったかもしれねぇ。まったく、人間も動物もタフな世界だぜ」

 

「では、これは外にいる者共に与えてもよろしいでしょうか?」

 

「あぁ。好きなだけ食わせてやれ。ご苦労だったとも伝えておいてくれるか」

 

「はっ、皆も喜びましょう」

 

……

 

……

 

 翌朝。 

 出立の為に家の外へ出ると、真っ白な雪の上のそこら中に赤い血痕が残っていた。だが、狼の死骸は見当たらない。味方の兵士が骨まで残さず全て平らげてしまったらしい。

 

「閣下、昨日ここに到着した時点では気づきませんでしたが、あそこに森があります」

 

「あぁ?」

 

 ジャックの報告の真意が見えない。

 

「おそらく野犬の住み処があそこにあるのではないかと申している兵がおります。森の近くを通れば危険が生じる恐れがある為、少し迂回した方がいいかもしれません」

 

「俺の進行方向を畜生如きに変えさせるつもりか?それとも昨夜は駆除できて、今日はできねぇか?」

 

 いえ、とジャックが口ごもる。

 

「森の横を通って真っ直ぐ西に向かえ。次の街に出るまでだ。餌も食って体力はみなぎってんだろう」

 

 強行軍に近い進行に、トニーが座乗している車を中心として、大型の兵士らが守りを固める。

 針葉樹が生い茂る森の側では脚が早い者や飛翔出来る者が睨みを利かせた。狼が飛び出して来ればすぐに知らせを送って迎撃する為である。

 

 だが日中であるせいか、結局のところ昨夜の野獣は姿を現さなかった。夜行性だからか、全滅したからなのかは定かではないが、半日も経つとようやく防御を固めた態勢を崩し、移動に適した縦長の列に並び直した。

 

……

 

「行けども行けども雪景色か。見飽きてきたな」

 

「親父、酒ならありますよ。どうです」

 

「お休みになられてはいかがです?どちらにせよ次の街に着くまでは止まりませんので」

 

 組員の一人と、ジャックからそれぞれの勧めが返ってきたが、トニーはそのどちらも無視して葉巻に火を点けた。


 ガタガタと揺れる酷い乗り心地に尻は痛み、背伸びでもしようかとトニーが座席を立った瞬間、車は突然停まった。よろけながらも、なんとか踏ん張って転倒を免れる。

 

「おい!街に着いたのか知らねぇが急停車するな!ジャック、外の奴等に文句を言って来い!」

 

「かしこまりました」

 

 開いた扉から見える外の景色は、朝焼けに照らされた白銀の大地である。丸一日、無休で移動していた事が分かる。

 

 ドンッ……!

 

「あ?」

 

 遠いが、確かに爆発音のようなものが届いた。

 同時にジャックが戻る。

 

「閣下。戦闘が行われています。規模は大したものではありませんが」

 

「なに?誰と誰だ?」

 

「遠すぎて確認不能です」

 

 目標である魔王正規軍に追いつくには少し早い。

 人間同士の小競り合いか、占拠した街にエイブラハムが少しばかりの兵を駐屯させていたのかもしれない。

 

「俺が見に行く」

 

「ではお供いたします」

 

 全員で押しかけては見つかってしまう為、トニー自ら偵察に出る事になった。

 ジャックの他に、組員二人を連れていく。

 トニーや組員は集落で拝借した毛皮のコートを防寒着として羽織り、雪道を走破する馬代わりにケンタウロスが二体、皆を背に乗せてくれる。


 ドンッ!

 

 ドンッ!

 

「小規模な割にはドタバタと派手じゃねぇか。こりゃ魔術師が結構な数いやがるな」

 

「あれは、街……のようですね。積雪で真っ白だと判別が難しいですが、建物が見えます」

 

「外からその街に向けて仕掛けてるわけか。さて、魔族か人間か」

 

 ジャックには見えていても、人間であるトニーにはまだ何も視認出来ない。

 距離が近づくにつれ、目立たぬようにケンタウロスの足どりが緩やかになる。

 

「見えました。あれは……街に向けて攻撃しているのが人間、中から応戦しているのは正規軍の兵ですね」

 

 トニーを背に乗せているケンタウロスが言った。

 

「そうか、加勢してやろう」

 

「ははっ、どちらにでしょうか?」

 

 理解できず、ケンタウロスが訊く。どちらもトニー達にとっては敵だ。

 

「あぁ?人間に決まってんだろ。俺達は誰に仕返しする為にこんなクソ寒いだけの国に来たか忘れたのか、てめぇ?」

 

「なるほど、確かにそうでした。では、街の外にいる人間達に近づきます」

 

「待て」

 

 進行方向を変えようとしたケンタウロスの足が止まる。

 

「いきなりてめぇみたいな馬人間が近づいたら攻撃されちまうだろうが、バカが」

 

「むっ……」

 

「俺と野郎共で行く。言葉は通じねぇが、ライオンの部下共にちょっかいを仕掛ければ何となく伝わるだろ」

 

 トニーが地面に降りて雪を踏みしめると、膝辺りまで深々と埋もれてしまった。

 防寒着は着ているが、足元は革靴のままなので凍えるほど冷たい。すぐに中まで濡れてしまうだろう。

 

「チッ……行くぞ」

 

 二人の組員を引き連れ、トニーは歩き始めた。

 

……


 既に視認出来る距離。

 人間側は自警団のような十数名の組織だった。トニーが予測していた通り鎧兜といった重装備ではなく、杖を手にして魔術を扱う者ばかりのようだ。ちょうど、背後からの接近であり、彼らには見つかっていない。

 

 対する魔族側はスケルトン兵が弓で反撃をしているが、飛んでいる矢はまばらだ。トニー達からはその数が二、三体しかいないように見える。それで全員だと考えて間違いないだろう。

 

「なんだこりゃ。まるでガキの喧嘩ですね、親父」

 

「油断するな。破魔衣にとっちゃ魔術より矢は厄介だ」

 

 魔術師達と数フィートの距離まで近づくと、さすがに気配を感じて一人が振り返った。

 全員が熊や狼などの毛皮を使った防寒着で全身を覆っているので、まるでミノムシである。

 

『おい、何者だ貴様ら!止まれ!』

 

 女の声でロシア語が響くと、一斉に彼らの視線が注がれた。

 

「あ、親父。見つかりましたよ」

 

「適当に笑いかけとけ。どうせ会話できねぇ」

 

 トニーも軽く右手を挙げて挨拶したが、それで味方だと思ってくれるはずもない。

 だが、人間である事から敵だとも判断できずに困惑している。

 

『なんだ、コイツら』

 

『異人か?妙な杖だ』

 

『下がれ。杖持ちの魔術師であれば何をするつもりか分からんぞ』

 

 老若男女、様々な声が聞こえてきた。一際目立つ、組員達のアサルトライフルに警戒が集まる。 

 トニーはそんな彼らの横を通りすぎ、真っ直ぐ街に向かう。先日一夜を過ごした集落と似たような民家が数十軒集まって形成されている。

 

『そっちは危ないぞ!』

 

『がはは!ハンター気取りなら勝手にやらせとけ!』

 

 警告してくる者もいたが、引き止める者はいない。 

 まばらな矢は相変わらず飛んできている。その内の一本が近くに落ち、雪の中に刺さった。

 

 トニーが街を睨みつける。

 

「撃て」

 

「へい」

 

 タンッ!タンッ!

 

 リズミカルにアサルトライフルの銃声が鳴る。

 こちらから見えている全てのスケルトン兵に命中し、吹き飛ばした。

 

「よし、いいぞ。だがまた顔を出すはずだ。何度でも撃ち倒せ」

 

 その間に前進を続け、トニーの魔術で燃やしてスケルトン兵を灰に変える手筈だ。

 

『何だ!あの魔術は!』

 

『魔族を簡単に押し込めただと!』

 

『まさか、あれが人間の力だと言うのか!』

 

 背中越しにそんな言葉が耳に届く。だがもちろん届いたところで理解は出来ない。

 

 タンッ!

 

「親父、ガヤが何か叫んでます」

 

 やはり立ち上がったスケルトン兵の眉間に単発の弾丸を撃ち込み、組員が言う。

 

「あぁ?おい、どっちか一人は後ろの連中に目をやってろ。邪魔する気なら作戦変更だ」

 

「はい、親父」

 

「おら、燃えろ」

 

 トニーが杖をかざす。

 家、丸々一軒を飲み込む巨大な炎が一体目の敵を焼却した。

 

 タンッ!タンッ!

 

 仲間が燃やされている隙に、トニーに向けて弓を射ようとした残りのスケルトンが撃ち抜かれる。

 

「埋葬希望だったか?火葬で悪かったな」

 

 まず一体。灰も同然となったそれは風に吹かれて消えていった。

 

「おい!たとえ逆立ちしたって、てめぇらに勝ち目はねぇぞ!降参しろ!雑魚共!」

 

 残るスケルトン兵は二体。圧倒的な力の差を見せつけて降伏を勧めたが、人間だと思われていればそれに従うとは思えない。

 

「親父」

 

「おう。見えてる」

 

 返事の変わりに矢が飛んでくる。トニーは半歩、左に身体をやってこれを回避した。

 

「ま、そりゃそうか。なら死ね」

 

 数秒後。

 

 アサルトライフルと魔術によって、トニー達は残る敵をいとも簡単に駆逐してしまった。

 

「さて、コイツらに恩を売るにはこれで充分だったか?」

 

 安全を確保したところで一度後退し、呆然とするロシア人の魔術師達と向き合った。

 恐怖心を植え付けてしまい、全員から杖を向けられている。

 

『お前らは何者なんだ……』

 

『次は私達をやろうってのか!』

 

 僅かに残っている奴隷の中にも、ロシア語を理解出来る者はいない。

 カトレアに魔術をかけてもらうのも手だが、今すぐに転移出来る状況ではない。

 

「できればコイツらを仲間に引き入れたいが、どうしたらいい?」

 

「友好的だと思ってもらうしかありませんね」

 

「友好的ねぇ」

 

 ボリボリと頭を掻くトニー。

 右手を差し出してみたが、誰が握るはずもない。

 

『なんだ?この異人は味方なのか?』

 

『騙されるな。我々を陥れようとしている可能性がある』

 

『しかしなぜ攻撃してこない?先ほどの力があれば、我々とやり合う事も出来ただろう』

 

 ロシア人もトニーの行動が分からずにますます困惑している。

 

「何か渡してやるか。おい、車から少しばかり酒か食料を取ってこい」

 

「へい」

 

 組員の一人が走る。

 咎めるわけにもいかず、魔術師達はその場で立ち尽くした。

 

……


『これは……』

 

『酒か?なぜ』

 

 目の前に差し出された樽詰のワインに、ロシア人達は目を丸くした。施しを受ける理由などあるはずがない。

 

「さて、飲むか。おい」

 

「はい、ただ今」

 

 木をくりぬいて作られたジョッキに並々とワインが注がれる。 

 それが十杯ほど用意され、地面に置かれた。その内の三杯をトニーと組員が手に取る。

 

「どうした、お前らも飲め。あいにく、コップが足りてねぇが」

 

 ジェスチャーを交えながら言うも、やはり彼らは固まったままだ。

 トニーは自らの分をぐびぐびと飲み干し、直ぐに地面に置きっぱなしの酒入りのジョッキを両手に持つ。

 

「おら、受けとれ。立ち飲みは嫌いか」

 

 やがて二人のロシア人が互いに目を合わせて頷き、腹を決めてそれを受け取った。

 

『わけが分からんが……とにかく飲んでみよう』

 

『俺達が毒味役だ。何かあったらやっちまってくれ、みんな』

 

 一人はちびりとジョッキの酒を舐め、もう一人は目を瞑って一息にそれを飲んだ。

 

「どうだ。うめぇか」

 

『……』

 

『……?』

 

 返事はない。

 彼らの仲間達からは不安げな視線が寄せられている。

 

『なんともない……のか?』

 

『美味い……飲んだことがない酒だが……美味いぞっ!』

 

「あぁ?」

 

 周りが本当か、大丈夫なのかと騒ぎ立てる。

 一人、また一人とジョッキを取り始めた。

 

「これは多分いくらか好印象なんじゃないですかね、親父」

 

「みてぇだな。しかしやはり話せねぇのは困る。刺激しねぇよう、たらふく飲ませたところでチビスケを呼ぶか。もっと酒を持って来い」

 

「へい」

 

 チビスケとはもちろん三魔女のカトレアの事である。通訳の為に彼女を使うのはトニーの許容範囲内だ。


 今しがた制圧した街の中、大人数が入れそうな家へと場所を移し、本格的な晩餐が催された。但し、警戒心を抱かせない為にトニーの部下の魔族は合流を許されず、ファミリーの人間と奴隷だけである。

 

『街を取り返してもらった上に、食糧や酒まで貰えるとはありがたい』

 

『どこの人間か知らんが、あんたは我々にとっての勇者だ。感謝する』

 

 この街はもとはロシア人の物だったのは言うまでもない。詳細はまだ不明だが、彼らは故郷を取り戻す為に方々から集まったレジスタンスのような集団と思われる。

 

『是非、共に戦ってもらいたいものだな』

 

『確かに百人力だ』

 

 数々の恩に、とうとう彼らはトニーに心を開いてくれた。

 

「おい、この場は頼んだぞ」

 

「親父、アトランタですか?いってらっしゃい」

 

「おう」

 

 少し離れた場所でトニーの車を囲んで野営している魔族の部下から、適当なリザードマンを引き抜いて空間転移を依頼した。

 

 すぐにアトランタ郊外にある森に囲まれた、三魔女の屋敷付近に到着する。

 

「おや、これはこれは……将軍様ではありませんか」

 

 前回訪れた時と同じく、使い魔のカエルに出迎えられた。

 木の葉にちょこんと座り、喉をせわしなく動かして唸っている。

 

「カトレアを呼んでこい」

 

「はい、承知いたしました。この場でお待ち下さい」

 

 この場、と言われても待合室ではなく木漏れ日が射し込む森である。

 ぴょこぴょこと跳ねて行くカエルの姿を見ながらトニーは軽く舌打ちをし、倒木に腰かけた。

 目の前にはリザードマンの他に、当然のようについてきたジャックが立っている。


「なんだい、また来たのかい?」

 

 そう言いながら真紅の魔女服にとんがり帽子姿で現れたのは、カトレアではなく大魔女エリーゼだった。

 帽子のつばの上に使い魔が乗っている。

 

「ん?婆さんか。ガキんちょはどうした」

 

「生憎、カトレアとクリスティーナは留守さね」

 

 よっこらせ、とエリーゼはトニーの隣に座った。

 

「そうか、役立たずの使い魔だな。主人の留守も知らねぇとは」

 

「何もこの子が悪いんじゃないよ。瞬間転移の動向を追える使い魔がいたら驚きさ」

 

 瞬間転移は文字通り一瞬で居場所を変えるカトレアの十八番である。トニーも何度かその恐るべき速さを味わっている。

 

「どこに行ってる?」

 

「なに、ちょいとあの二人には頼み事をしていてね。将軍こそ何の用だい?」

 

「通訳の魔術だ。ロシア人と話したくてな」

 

 別にトニーとしては魔術を唱えるために呼び寄せるのはカトレアである必要はない。その代わりがエリーゼならば魔術に対する知識は申し分ないだろう。

 

「力になってやれんこともないが、高くつくよ」

 

「なんだ、ケチケチすんじゃねぇよ」

 

「馬鹿な小僧だね。大魔女を私用で使おうってのがどういう事か分かってないのかい」

 

 トニーに好意を寄せるカトレアでもなければ、大魔女でなくとも対価を求められて当然である。

 

「知るか。だいたい私用じゃなくて仕事だぞ」

 

「ひっひっひ……エイブラハム団長に仕返しするのが仕事かい?」

 

「チッ……お見通しか。大魔女様相手じゃ浮気も出来ねぇな」

 

 トニーは顔をしかめた。こちらから何も言わずとも、エリーゼがそのくらいの情報を掴んでいる程度では驚かない。

 

「そりゃ若い頃は……」

 

「その話はいらねぇ」

 

 昔話が始まろうとしたところで、直ぐにトニーが釘を刺す。

 

「おや、そりゃ残念だね」

 

「で?婆さんを使うには何が必要だって?」

 

「そうだねぇ……こうも歳を食っちゃ、欲しい物なんてなかなか見つからないからねぇ……」

 

 エリーゼがぼんやりとした表情、細い目で木々を見つめる。

 

「じゃあタダ働きだな」

 

「それはお断りだよ。そうだ、別世界の人体には興味があるね。実験用に一人貰えないかい?最悪、死体でも構わないよ」

 

「却下だ。生きてようが死んでようがな」

 

 別世界の人間とはバレンティノ・ファミリーである。その身体を弄ばれると分かった上で誰かに売れるはずがない。

 

「他の条件は無いよ。飲めないなら諦めるんだね」

 

「チビスケの帰りは?」

 

「さぁ。明日かもしれないし、一年後かもしれない」

 

 曖昧どころか全く焦点の合わない滅茶苦茶な回答だ。

 長寿のせいか、彼女は一年という単位を大した期間ではないと感じているのかもしれない。

 

「勘弁してくれ。俺のはすぐに済む用事じゃねぇか。あいつを呼び戻せないのか?」

 

「そう自分の都合のいい方向ばかりに物事は動かないよ。少しは我慢ってものを覚えるんだね、お坊ちゃん」

 

「クソが……」

 

 そう言いながらトニーは葉巻をくわえ、火をつけようとした。しかし、横にいるエリーゼがひょいと彼の口から葉巻を奪い取る。

 

「おい!なにしやがる!」

 

「ひっひっひ……言ってるのは、あんたのそういうところさね」

 

「あぁ!?」

 

「ま、今日のところは出直すんだね。わしゃ屋敷に戻るよ。しばらく一人ぼっちで研究するから忙しいのさ」

 

 大魔女エリーゼはよろよろと立ち上がり、腰の曲がった体勢でゆっくりと歩きだした。

 

……

 

 諦めるか食い下がるか、トニーは葛藤する。通訳は必要だ。だが仲間は売れない。ならば、どうするか。 


 答えは一つだ。

 

 すぐに駆け出す。

 

「おい!婆さん、待て!」

 

「……んん?なんだい、まったく往生際が悪いねぇ?」

 

「その、人体実験に付き合ってやる。俺の身体を使え。それなら文句ねぇだろ」

 

 トニーはエリーゼのしわくちゃの顔を睨みつけながらいい放った。

 自己犠牲とは無縁の自由気ままな人生を送ってきた男にとって、これは大きな決断だ。

 

「おやまぁ」

 

「ふん……」

 

「驚いたよ。生意気な小僧がよく決心したもんだ。じゃあ……三日ほど付き合ってもらおうかね」

 

 ここでやはりというべきか、彼らの会話を黙って聞いていたジャックが近づいてきた。

 

「あ?」

 

 トニーが不機嫌そうに見るが、ジャックの顔は彼ではなく大魔女に向いた。

 

「なんだい」

 

 魔族の最上位に近い身分を持つ老婆に一礼し、一介のスケルトン兵は口を開く。

 

「エリーゼ様、閣下の御身に危険が及ぶ事はございませんか」

 

「約束は出来ないね」

 

「む……それは」

 

 許容出来ないともはっきり言えず、ジャックは言葉を失ってしまった。

 

「冗談だよ。殺すような無茶はしないさ。でも、無傷とはいかないだろうね」

 

「指の一、二本くらいなら持っていけ、婆さん」

 

「そんなものはいらないよ。見たいのは身体能力そのものより、異世界の人間に宿る魔力の強さだ。あんたも安心したかい、用心棒?」

 

 ジャックはこくりと頷いた。

 

……

 

……

 

 随伴していたリザードマンに「三日間は組員達にロシア人と仲良くやっておけ」といった命令を伝えて一旦帰らせた。

 

 トニーとジャックはエリーゼと連れ立って、森の中にある三魔女の屋敷へと向かう。

 

「さぁ着いたよ。入んな」

 

 屋敷は、白壁に青い屋根を持つ洋風の造りだった。

 二階建てのそれは、大魔王の屋敷、現世の大統領官邸と比べても見劣りしない広さの立派なものである。

 

「ここに座って待ってておくれ」

 

 トニーとジャックが通されたのは実験場でも研究室でもなく、応接間のような部屋だった。

 赤いソファーとローテーブル。その上に金属製のティーポットとカップ。

 魔族が住んでいる屋敷の一室だとは思えないほど人間味がある。

 

 三つ並んだカップの中には、琥珀色のコーヒーに似た液体が湯気を立てていた。まるで二人が部屋に来ることをエリーゼが予見していたようにも思える。

 

「待たせたね」

 

 若葉をいくつかつけたままの、小振りな枝を手にしたエリーゼが戻ってくる。

 

「それは何だ?」

 

「何って、小枝だろう。その辺から持ってきたのさ。そんな事もわからないなんて、馬鹿なのかい?」

 

「何に使うのかを訊いてるのに、その質問の意味も理解出来ねぇか。大魔女さんよ」

 

 腹を立てたトニーは腕を組んでふんぞり返り、乱暴に両足をテーブルの上に乗せた。ティーポットやカップがカチャン、と軽い音を立てて倒れる。

 黙ってジャックがそれらを立て直したが、謎の液体はテーブルに広がってしまった。

 

「別に花だって草だっていいんだけどね。植物に、対象者から出てる魔力を当てて観察するのさ」

 

「ふん、枝がでかくなるのか?」

 

「いや、変色さね。魔力が強ければ強いほど葉が黒くなる」

 

「魔力を当てる、ってのがピンとこねぇな。魔術で燃やせ、ってのは勝手が違うんだろ」

 

 具体的に火を起こす、雷を落とす、といった事なら今のトニーにとっては簡単な事である。だが、それとトニーに備わる魔力を視る事は違うはずだ。

 

「そりゃそうだよ。数字はわかるかい?」

 

「あぁ、むしろ婆さんから数字なんて言葉が出たことのほうが驚きだ」

 

 魔族の多くは教養が無いせいで数式や文字を知らないが、言うまでもなくエリーゼにはそのくらいの知識はある。

 

「なら話が早いよ。あんたが言うように、たとえば発火の術を唱えたとしよう。でもそれじゃあ、強いか弱いか、ってくらいしか分かりゃしないさね」

 

 トニーが足をテーブルから床に下ろしながら頷く。

 

「つまり、今から三日間の実験で俺の魔力が厳密に十だか百だか分かる……ってな感じか?」

 

「その通りだよ。少しは自分でも興味がわいてきたみたいだね」

 

「ふん……少しはな」とトニーが鼻を鳴らした。ゲームや漫画でいうところのレベルやパワー、ステータスといったものだと考えておいて間違いなさそうだ。彼にも幼少期にはそういったビデオゲームをやった記憶がある。

 

「仲間内で、誰かの魔力を調べた事はあるのか」

 

「もちろんさ。わしら三魔女で言えば、カトレアが10、クリスティーナが7。それが具体的に数値化した魔力だね」

 

「あのチビの魔力がとてつもないって話は聞いた気がするな」

 

 魔力だけなら、姉と慕っているクリスティーナよりもカトレアの方が強い、という事が分かった。

 

「誰よりも才能はあるんだから、あの子にはもう少し真面目に修練を積んでもらいたいんだけどさ」

 

「婆さんは?20か?30か?」

 

「冗談はおよしよ。わしの魔力は8さね。そして大魔王陛下は9だ」

 

「何っ!?」

 

 これを驚かずにいられるはずがない。

 カトレアの力が大魔女はおろか、大魔王すらも凌駕しているとは。

 

「あの子はまさに天才児さ。百年後にはどれだけの力を持つ魔術師になっているか誰にも予想出来ないよ。老いたこの身の数少ない楽しみの一つだね」

 

「大魔王にも勝てる可能性があるわけか……」

 

「いくら何でもそれは難しいと思うよ」

 

「ん?」

 

 エリーゼは右手で小枝をくるくると回して弄んでいる。

 

「陛下にあるのは魔力だけじゃないだろ?腕力や脚力も含めて、あの大きな御身の体力は底なしだ。動きは迅速、防御は鉄壁、とにかく右に出る者はいないくらいの素晴らしい身体能力をお持ちだよ」

 

「確かに喧嘩は道具や頭だけじゃねぇな。腕っぷしや経験も立派な武器だ」

 

「そうさ。色んな要素が混ざりあって一人一人の強さを構築する。魔力もその内の一つにしか過ぎない。だからクリスティーナみたいに剣を取ったり、ブックマンみたいに筆を取ったりするのさ。そうやって必死にもがくのが生き物ってもんだろ?」

 

 魔族の中でも指折りの年長者であるエリーゼの言葉だと、重みが増すのを感じる。

 

「なら、婆さんは魔術と年齢が強みかよ?」

 

「言うじゃないか。さては気があるね?」

 

「ねぇよ。冗談きついぜ」

 

「それじゃ、おしゃべりはこれくらいにしてそろそろ始めようか」

 

 エリーゼが小枝を振る。それについた緑色の若葉が揺れ、擦れて、心地よい音を立てる。

 

「座ってりゃいいか?」

 

「しばらくはね。用心棒、少し離れてな」

 

 そう言ってジャックを部屋の角に追いやり、代わりにエリーゼがトニーと同じソファーに座った。

 

「まずは小手調べに魔力を当てた枝をみるよ。じっとしてな」

 

「……」

 

 エリーゼが何やら、小枝でパシパシとトニーの身体を叩き始めた。まるで祈祷をする東洋の巫女のようだ。

 

 するとトニーの全身、小枝や葉が触れた部分から、生糸のように細長く白い光が生まれた。それが、数十ヶ所から小枝に向かって伸びている。

 どうやら小枝や葉が吸い込んでいるようだ。

 

「なんだこりゃ。光の糸が出てるぞ」

 

「魔力を視覚化した物体だよ。但し、これ自体には何の力もない。ただ目に見えるってだけだ」

 

 エリーゼは枝を振る手を止めて、テーブル上のティーポットの注ぎ口に枝をさして置いた。

 トニーから流れ出る魔力の光は、エリーゼが手を離しても変わらずゆらゆらと小枝に向かって集まっている。

 

「何か術を使ってるわけじゃないから疲れる心配はないよ。そら、よく見てな」

 

 小枝は今のところ何も変化がない。ジャックも数歩だけ寄ってきて、眼球のない空虚な目を向けている。

 

 やがて何の前触れもなく、トニーから出る光の糸がぷつりと切れた。

 

「あぁ……?」

 

 一枚の若葉が、ひらりと小枝から落ちた。

 それを皮切りに、緑色の葉は枯れたように赤茶色に変わっていく。まるで秋の訪れを何百倍もの速度で映像化しているかのようだ。

 

「何だ、黒くはならねぇぞ」

 

「ほぉ。なるほどねぇ……こうなるかい」

 

「で?俺の魔力は、なかなかのもんなのかか」

 

「まだ判断するには早いよ。こういった実験をいくつか繰り返して、最後にようやく魔力を判断出来るのさ」

 

 一度で終わるのならば彼女もトニーに対して三日間もの時を要求してはこないはずだ。

 

「パパッと結果を出してくれる機械でも作るべきだな。体重みたいによ」

 

「体重なんかと一緒にしないでもらいたいね。さぁ次だ。今度は少し将軍様にも働いてもらうよ」

 

「やれやれ」


 宣言通り、エリーゼは三日三晩トニーの魔力を調べ続けた。

 大変なのはトニーの方も同じで、食事や睡眠の時間もほとんど与えられないまま、彼女の要求に応え続けた。

 ひたすら水に浸かる実験、火に向かって呼吸を吐く実験、手で土を掘る実験など、他にもよく解らないものばかりである。

 体力自慢のトニーであっても、さすがに空腹と強烈な眠気には勝てず、最後の実験に耐え抜くと、そのまま倒れてしまった。

 

……

 

……

 

「ん」

 

 暗がりの中、目を覚ます。

 最初に三魔女の屋敷を訪れた時に通された、応接間のソファーに寝かされていたようだ。

 ジャックやエリーゼの姿はない。いや、部屋が真っ暗なせいで誰かいるのか分からないというのが正解か。

 

 何やら香辛料に似た香りがトニーの鼻腔をつく。

 

「お目覚めかい?それっ、発光」

 

 パッ、と応接間の暗闇が明々と照らされた。

 術の声はエリーゼ。ランプや松明などの光源は見当たらないが、不思議と部屋の様子は確認出来た。ニューヨーク城の玉座の間と同じ仕組みなのかもしれない。

 

 エリーゼと一緒にジャックも入室してくるところだった。

 その手には料理が盛られた皿がある。

 

「お疲れみたいだったんで、部屋を暗くしといてあげたのさ。その間にこっちは料理を作っててね。安心しな、人間が食べれるものばかりだよ」

 

 テーブルの上にはすでに何品もの肉や魚料理が並んでいる。それが香辛料の匂いの正体だ。ジャックにも運搬等の簡単な作業を手伝わせていたのだろう。

 

「どういう風の吹き回しだ?」

 

「どうもこうも、一人分のつもりが余っただけだよ。人間の料理も案外、嫌いじゃなくてね」

 

「素直じゃねぇのは俺の特権のはずだがな」

 

「まったく可愛くない小僧だよ」

 

 パシン、と指揮棒のような細い杖で頭を叩かれた。

 

「ふん、メシはありがたくいただくぜ」

 

「ちょうど、これが最後の一品さ。よっこらせ」

 

 ジャックがもつ皿を指さしながらエリーゼはトニーの隣に腰をおろした。

 牛ステーキや魚のソテーなど、現世でもご馳走だと言える品々が並んでいる。

 

「どうせ料理も魔術任せなんだろ?」

 

「いいや。ちゃんと人間から買った材料を使って、手間ひまかけた料理だよ。作り方は本を参考にね。年寄りはそういったこだわりが好きなのさ」

 

 自分で訊いておきながら、トニーはエリーゼの返答を無視して手づかみで肉に食らいついている。

 

「うん、悪くねぇ味つけだ。酒はねぇのか、婆さん」

 

「無いよ。それが養生しなきゃならん者の言葉かね……」

 

「悪かったな」

 

 酒こそ無かったが、エリーゼの豪華な手料理にトニーは舌鼓を打つ事が出来たので上機嫌だ。

 普通ならば衰弱した身体では食が細くなって何も受け付けなくなりそうなものだが、トニーはガツガツと皿の上の品々を平らげていく。

 

「話に出たが、食材なんかは人間と取引する事があるのか?」

 

「時折ね。もちろん向こうの街に行くときは幻術で姿を変えるよ」

 

「簡単な変装じゃなくて、丸々人間に化けちまうわけか。他には何を仕入れてるんだ?」

 

「部屋に置いてあるものは大体そうだよ。ソファーもテーブルもね」

 

 妙に人間味がある部屋となっている理由がこれだ。

 人間の料理が好きだというのも、あながち嘘ではないのかもしれない。

 

「大魔女様ともあろう奴が、敵から買い物なんて許されるのか?」

 

「あんただってサムライと取引してるって話なんだろ。それも大々的にさ」

 

「まぁな」


 ジャックを抜きにして、トニーとエリーゼの二人は食事を終えた。

 まだ料理が残っている皿も少なくなかったが、エリーゼがパチンと指を鳴らすと、テーブル上に残っていたそれは全て一瞬で消え去った。エリーゼが満足そうに頷く。

 

「さて、そろそろ本題だ。ロシアまでご足労願うぜ、婆さん」

 

「おや、研究の結果が気にならないのかい?

 せっかく自身の魔力を数値化したってのにさ」

 

「別にどうだっていい。婆さんが大して驚いた様子も無いって事は、平々凡々な結果ってところだろ?それに俺達の場合、大抵の状況は銃が得物だ。魔力なんざ二の次なんだよ。……メシ、ご馳走さん」

 

 大きなゲップを一つ出し、トニーが立ち上がる。

 

「そうかい。それじゃ行こうかね。結果は胸の内にしまっておく事にするよ」

 

「ふん」

 

 ジャックが扉を開けて先に二人を通す。

 屋敷を出たところには、三日前にトニー達をここまで空間転移で運んでくれたリザードマンが立っていた。彼がいつから待っていたのかは不明だが、皆が主人の帰りを待ちわびているのは一目瞭然だ。

 

「閣下、お待ちしておりました」

 

 リザードマンがひれ伏す。

 

「待たせたな。向こうの状況は?」

 

「ロシア人の魔術師達が住民を呼び寄せたみたいで、奴らが街を取り戻している状態です」

 

「あぁ?何をぼさっとしてやがるんだ」

 

 トニーがギロリと睨みを利かせるが、ひれ伏したリザードマンの視線は低く、目は合わない。

 

「ですが、ファミリーの方々はそれに混じって街に常駐しています。残りの兵は見つからないよう、車と共に離れています」

 

「友好関係だけは守れてるか。だが主導権を明け渡したみたいで情けねぇ限りだ」

 

……


 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 空間転移の亀裂の先に、真っ白な大地とトニーの車が見える。一般のリザードマンが唱えたにしては珍しく、転移術の発動先に誤差が少なかったようだ。

 

「む!閣下がお戻りになられたぞ!」

 

「全員、整列!」

 

 明け方で休んでいた兵員も多かったが、いち早く将軍の帰還に気づいたケンタウロスが怒号を響かせている。

 

「ご苦労さん。早速だが、俺は婆さんと街に向かう。もう少し待機してろ」

 

 トニーの横に大魔女エリーゼがいる事に、一同から「おぉ……!」「大魔女様だ」と声が上がった。

 エリーゼはブルブルと身を震わせている。

 

「寒いか」

 

「うぅ……やっぱりこの国は寒いねぇ。老体には堪えるよ……」

 

「ジャック、防寒具を婆さんに貸してやれ」

 

「承知いたしました」

 

 ジャックが車内から、余っていた毛皮のコートを取り出してきた。

 

「あぁ、すまないねぇ……」

 

 袖を通すと、腰の曲がったエリーゼではコートが長すぎて引きずるような格好になってしまった。

 

「魔族にも寒さに弱い奴がいてひと安心だぜ。おら、さっさと行くぞ。街に行けば暖かいからな。幻術とやらで化けといてくれ」

 

「はいよ。それっ、変身」

 

 エリーゼが自らに幻術をかける。

 ぐんぐんと腰が真っ直ぐになり、顔のしわは消え、ものの数秒で彼女は黒髪の若い娘へと姿を変えた。肌も青白い魔族のそれではなく、どこからどう見ても人間である。

 

「ほぉ?大したもんだな。さすがは大魔女様だぜ」

 

 トニーが軽く手を叩いて称賛する。

 

「ひっひっひ、今さら惚れても遅いからね」

 

「なんだ、声はババアのままか。心配しなくてもそれで惚れる男なんかいねぇよ」

 

 ロシア人や組員達も、エリーゼの見た目と声のギャップに驚くはずだ。

 

「不自然かい?必要なら変えるけどさ」

 

「いや、構わねぇ。行くぞ、あっちだ」

 

「お待ち、少しはゆっくり歩けないかね」

 

 エリーゼの要望は却下され、トニーはさっさと雪を踏みしめながら行ってしまった。

 

……

 

……

 

「あ、親父!」

 

「お帰りなさい!随分と待ってましたよ!」

 

 街に入るなり、屋根の上で雪かきをしていた二人の組員から声をかけられた。

 

「あぁ?何をしてるんだ、お前ら?」

 

「暇なんで町民の手伝いですよ」

 

「俺達がこんな事してるのは誰のせいだと思ってるんですか!」

 

 スコップを片手に彼らは降りてきた。

 

「チッ、減らず口が。通訳に婆さんを連れてきた。ロシア人のリーダーみたいな奴はどこにいる?」

 

「婆さん?その女、若く見えますが……まぁいいや、町長の家ならこっちです。案内します」

 

 組員に先導されて歩いていると、機嫌の良いエリーゼがトニーに耳打ちをしてきた。

 

「ほれ見てみな、若い娘だってさ」

 

「見かけだけはな。喋った途端に化けの皮が剥がれるだけだ」

 

「ひっひっひ……」

 

「親父、着きました。こちらです」

 

 そう言いながら、一人が扉をドンドンとノックする。 

 すぐにそれは開いた。丸眼鏡を鼻頭にかけた老年の男が目を細めてこちらを見ている。

 

「家に上がるのも面倒だな。婆さん、頼む」

 

「あいよ」

 

 エリーゼの杖先が眩く光る。

 その場にいる者にしか効果がない、若干低位なものだ。カトレアの術の方が強力で、エリーゼは翻訳に関しては余り得意ではないらしい。

 

「なんじゃいきなり……」

 

 目を片手で覆い、老人がしわがれた声を出した。

 

「おい、言葉が解るか」

 

「ちと待て。誰じゃ」

 

 少しずり落ちていた眼鏡を上げ、老人がトニーを凝視する。

 

「トニー・バレンティノ。この街を魔族から取り返してやった英雄様だ」

 

「おぉ、お主が謎の救世主達の長かの?」

 

「そういうこった」

 

 バレンティノ・ファミリーは謎の救世主、と呼ばれているらしい。言葉が通じず、目的がわからないのだから納得のいく話だ。

 はじめ、ここを取り返そうと魔族と戦っていた魔術師達が、後からきた原住民らに伝えたのだろう。

 

「さぁさぁ、何の御用か知らぬが入りなされ。軒先では寒かろうて」

 

「あ?いや、今日は話が出来るか確認に来ただけだ」

 

 町長は最優先したが、まだエリーゼと共に、他の住民にも術をかけて回りたいところである。

 

「良いではないか。今まで礼も言わせてもらえなんだ」

 

「……わかったよ。その代わり、この街の有力者達を何人か集めてくれ。町議員やら自警団員やら、誰かしらいるだろ」

 

「よかろう。では皆入りなされ。ほら、後ろの娘さんも」

 

「ひっひっひ……」

 

 トニー以外が凍りついた。

 エリーゼの化けの皮が剥がれた瞬間である。


……

 

 町長の家の中、トニー達を含めると十人近い人数が食卓を囲んでいる。

 特に広い家ではなく、テーブルや椅子を隣家から借りてきてようやく小ぢんまりと設けられた席である。

 

 町長の呼び掛けでやって来たのは彼の息子夫婦と、隣家に住む母子だけだった。トニーが依頼した「街の有力者」とは程遠い気もするが仕方ない。

 

「チッ……婆さん、出番だ」

 

「あいよ」

 

 杖が光り、先ほどと同じ翻訳の魔術が発動した。


「さて、一応の礼は受けるが。酒か?金か?」

 

 言葉が通じるようになった事に、呼び寄せられた面々は目を見合わせた。

 

「異人が……ロシア語を?」

 

 町長の息子が言った。頭は禿げ上がっているが顔は若く、四十前後に見える。

 

「今さらそれくらいで驚いてんじゃねぇ。俺達がここを占拠してた魔族を一瞬で蹴散したって事を忘れたか」

 

「いや、気を悪くなさるな。話せるのならばなぜ今まで黙っていたのだと思ってな。確かに貴方がたは我々にとって恩人ではあるが、同時に怯えている住民も多かったのだ」

 

「今の術が言葉を理解出来るようになるものだからだ。なかなか貴重で使える奴がいない。だからコイツを連れてくるまで待ってもらった。それが理由だ」

 

 面々はまた驚くと同時に、納得のいく理由に頷いている。

 

「では、今の術は他の住民らにも使うべきだな」

 

「そのつもりだ。こうして町長に呼び止められてちゃ、急げないがな」

 

 トニーが鼻を鳴らす。

 

「わしか?ははは、一日二日で住民は逃げはせんよ」

 

「馬鹿が。俺が心配してんのはこの婆さんが日を跨いでまではここにいてくれない事だ」

 

 言うまでもなく、エリーゼはさっさと仕事を終わらせてアトランタに帰るという約束である。

 

「ふむ、まずは乾杯といこうかの。簡単だが、この場をもって礼とさせてくれ」

 

「話も聞きやしねぇ。これだから年寄りはよ」

 

 町長の言葉で小さな祝宴が始まった。

 

 その後、エリーゼが街から出るまでの間、町長の息子に同行してもらい、いくつかの民家に立ち寄ったり、道行く住民に翻訳の魔術をかけていった。これでおおよその住民とは話せるようになったはずだ。

 

 エリーゼが去ると、一夜を仲間たちと車で過ごして仕事に取りかかる。

 

「ふぅむ、要するにここ以外の場所を次々と取り返してくれる……と?」

 

「そうだ」

 

 話は町長の家、二人きりで行われた。

 

「しかし、肝心の魔術師達とは連絡が取れんのだ。彼らはここに住んでいた人間ではないからな。しかし、同じ志を持つのならばまた近く遭遇するのではないか?」

 

 やはり、戦力として期待していた魔術師達は転々としながら活動しているらしい。

 

「チッ……この街に、戦いたいって奴は?少しぐらいはいないのか」

 

「さぁのぅ……取り合ってみるのは構わんが」

 

「なら頼む。俺達は今、一緒に立ち上がってくれる勇者を探してる」

 

 町長が眼鏡をクイッ、と指で上げた。どこか楽しげだ。

 

「勇者か」

 

「響きが気に入ったか?残念だが、年寄りはお断りだぜ。この街の若い奴の中にも、そういう考えがあればいいが」

 

「むっ、わしは行かんぞ!とにかく回覧を出そう。掲示に張り出しておくよりは確かだろう」

 

 町長は数枚の羊皮紙に何かを書き記し始めた。

 

「ロシアの地を魔族から取り戻す、勇者を求む……と。何か加える事はあるか?」

 

「食料と武具、少しだが給料は俺が面倒を見よう。但し、戦闘経験が無い者は除外してくれ。素人に訓練までしてやる暇はねぇからな」

 

「あいわかった」

 

……


 意外と言うべきか、二日後に指定した集合場所、街の入口には三十人の男たちが現れた。街の人口は三百にも満たない規模だ。かなりの収穫であると言える。

 

 二日の間にトニーはアジア圏の属国を周り、人間向けの装備を調達してきた。そこから兵を分けてもらう事も考えたが、いずれアジア侵攻の再開の時に率いる為にとっておく事にした。

 

「頑張れよー!」

 

「必ず生きて帰ってきてね!」

 

 見送りに来た多数の住民らの声援を背に、勇敢なロシア人達はトニーに続く。


 そして、車が待機する郊外、森の中に隠していた部隊に引き合わせた時、ロシア人達は目を疑った。

 トニーに向かって一斉にひれ伏した、魔族の兵士の存在である。

 

「俺はこの地を取り戻す為、コイツら魔族をも従えて共に戦っている。勘違いするなよ。お前達の街を襲った野蛮な連中とは違って、高貴で誇り高い、強力な味方だ」

 

 そう説明しだが、怒りを露にして魔族やトニーに罵声を浴びせる者、怯えて腰を抜かしている者など様々だ。

 

「裏切り者だ!魔族と手を組むなど、話が違うではないか!あんたにゃなついてるのか知らんが、コイツらが我々にとっても敵ではないと、なぜ言い切れる!」

 

 一際大きな身体を持つ男が叫ぶ。街では腕利きの大工と評判だったロシア人だ。

 

「ごもっともだ。俺が命令すれば、一瞬でお前らは皆殺しだろうな。だがそうしない限りは味方だ。それ以上の保証がなきゃ不満か?命をかけようと腹を括った割にはとんだ腰抜けっぷりだな」

 

「何だと……!」

 

「戦争を甘くみるな。使える奴は誰でも使う。使えない奴は切り捨てる。それが俺のやり方だ。気に食わなきゃ剣を捨ててスコップに持ち替えろ。街に引き返して雪かきでもしてりゃいいさ。『俺が』取り返してやった、あの街でな」

 

 家族や隣人に送り出されてここまで来てしまった以上、各々が簡単には引き返せない状況にある事を理解した上で、トニーがいじらしく言い放った。これには誰もが唸るばかりで何も言い返せない。

 

「文句はねぇな?だったらさっさと移動だ。コイツらは待ちくたびれてるんだからよ」

 

 組員達が魔族や奴隷に号令をかけ、移動の準備に取りかかる。

 

「ジャック!」

 

「はっ。ここに」

 

 見渡しながら叫ぶと、真後ろから返答があった。気配を殺すことにかけては、忍者や泥棒以上の技があるに違いない。

 

「車には俺と野郎共しか乗れねぇ。ロシア人の新兵共は歩きだ。人力車の前を行かせる。お前は車の屋根から、奴らの中に逃げたりするような怪しい動きがないか監視しとけ」

 

「では、ケンタウロスにお車を引かせ、オーガに最前列を任せましょう。さらにその後ろを人間に歩かせれば積雪も十分に踏み固められ、車輪がとられる心配も減るかと」

 

「そうしろ」

 

 世界一の広さを誇る大国は、こちらの世界でもやはり広大だった。

 だが、部隊の規模が小さいのが幸いしてか、移動速度はそこまで遅くもなく、十分に踏み固められた雪道のおかげで足も取られない。

 

 途中、飛竜の口から出る火炎放射や魔術師の発火を雪に当てて溶かす、という手を思いついたトニーはそれを試させた。だが上手く溶けず、豪雪の強さを思い知らさせられただけであった。

 その火を用いて車内の寒さを和らげようという意見が同乗する組員らから出たが、これは火事を起こすだけだとトニーが許可しなかった。

 防寒具は外を歩くロシア兵に貸してしまっている為、代わりに酒で温まろうと組員達は連日ドンチャン騒ぎだ。

 

 およそ四日間、そのような状態が続いたが、夜にはたっぷりと食糧や睡眠時間を与えたおかげで外の兵にも脱落者はまだ出ていない。

 

 その後、いくつかの集落や村の近くを通った。しかし斥候を出してみると、人間の住民達が平穏な生活を送っているとの事だ。

 もともと魔族に襲われず占拠されなかったのか、先日出会ったロシア人の魔術師団が取り返したのかは定かではないが、当然、魔族の兵士を見せるわけにもいかないのでトニー達はそこを迂回しながら進む。

 

 だが、移動中の村人二人に遭遇するという事態が発生した。

 老婆と青年の二人組で、隣の村まで買いつけへ出かけるところだったようだ。

 オーガが踏み潰してしまう直前で彼らに気付き、車の前まで二人を連れてきた。

 怯える二人の周りには、トニーの裁断に注目するロシア兵の面々も見える。まずトニーはその中から適当に通訳を選んで、村人の前に立った。

 

「デカイのが少々ビビらせちまったようだな。悪かった」

 

「お許し下さい……お許し下さい……」

 

 老婆はひたすら頭を下げ、青年は放心状態だ。

 

「ま、無理もねぇか……おい、しばらく留まるぞ」

 

 無視して進む、食料や金品を与えて解放する、などの手段も考えられたが、このまま帰すのは危険だ。もちろん危険というのは、この二人の事ではなくトニー達が、である。

 村で「魔族を見た」「殺されかけた」などと吹聴されては、人間から攻撃を受ける可能性が出てくるからだ。それを避けるためには彼らが正気を保っている状態で、この集団は敵ではなく味方なのだと確実に認識してもらう必要がある。

 さっさと斬り捨てて口封じを行うという選択肢は、言うまでもなくロシア兵がいるおかげで真っ先に潰えていた。

 

「おい、お前らの誰かが見ててやれ。話が出来そうになったら呼べ。間違えても絶対に逃がすんじゃねえぞ、余計な血が流れるだけだ」

 

 トニーはそう残し、すぐに車内へと引っ込んだ。

 

……


「閣下、お待たせいたしました」

 

 およそ一時間ほど待たされ、外にいるジャックからトニーに声がかかった。

 

 車外へ出ると、顔面蒼白だった青年も頭を下げ続けて謝罪していた老婆も、しっかりと二本の足で立ってトニーを見つめている。

 

「どうだ、少しは落ち着いたか?」

 

 通訳を挟んでトニーが訊く。

 

「はい……おかげさまで」

 

 老婆が答えた。

 

「見ての通り、俺達は魔族と人間が共に手を取り合って編成された部隊だ。驚くのも無理はないが、お前たちに危害を加えるつもりはない。我々はこのロシアの地を取り戻すことを目的としている。お前たちの村はどうだか知らないが、魔族の手に落ちた町が多いのは知っているな?」

 

「えぇ」

 

「なぜ味方をする魔族がいるのかは理解しがたいだろうが、こいつらは俺に忠誠を誓った連中だ。生かすも殺すも俺次第。つまり、お前たちの味方をしようがそれに従うわけだ」

 

 そこまでいうと、トニーは金貨を数枚取り出した。お得意の買収である。

 だが、今回はいつもとは少し違った。

 

「お前たちの村は、一度は魔族の手に落ちたか?」

 

「幸いなことに、難を逃れております。山間にある、五十人にも満たない小さな村です」

 

 初めて青年が声を発した。

 彼は横の老婆の孫で、二人は唯一の家族らしい。

 

「俺達はいつでも同志を募っている。俺達に出会った話と、この金貨を持ち帰り、賛同してくれる奴がいたら分け与えてくれ。一日だけここで待つ。もちろん、誰もいなければ二人で好きに使ってくれて構わない」

 

「そんな……このような大金、いただけません」

 

 老婆はそう言った。しかし青年は唸っている。

 

「こんなにもらえるなら……若い衆は何人か集まるかもしれません。現に、僕は魅力的な話だと思います」

 

「何を言っているんだい……お前に死なれたら私は生きていけないよ」

 

 すかさずトニーが頷きながら発する。

 

「婆さんの言うとおりだ。お前はダメだ。その代わりこの話を必ず伝えてくれ。いいな?」

 

 老婆や青年を思いやるかのようなその言葉は、トニーを知る人間には少々わざとらしくみえるだけだが、この二人やロシア兵達にはまるで聖人君子の様に映っただろう。

 老婆はまた頭を深く下げて「ありがとうございます、ありがとうございます」と何度も繰り返している。

 

「顔を上げろ、婆さん。礼を言われる筋合いは無いぜ。俺たちの仲間探しにお前らを利用しているだけなんだからな。報酬として、少なくとも一枚くらいはその金をちゃんと家に残しておくんだぞ」

 

「何たるお人でしょう……魔族をこうして付き従えているのにも納得がいきました。どうか、道中お気をつけて。そして、必ずやその大義を叶えてくださいませ」

 

「任せておけ。俺と、ここにいる俺の部下達は無敵だ」

 

 トニー達はその宣言通り、丸一日の間その場に留まる事となった。 

 老婆と青年を帰したのは夕刻だったので、日が沈むまでがおおよその期限である。

 ただし、移動は日中のため、厳密に言えば明け方までは滞在している。

 

「親父、あのガキ、ちゃんとリクルートしてきますかね」

 

「持ち逃げしそうなタマだったか?俺にはそうは見えなかったが」

 

 組員にそう返し、トニーは葉巻の白い煙を吐き出した。低い気温のせいで、周りの皆が吐く息もそれと大差ない程に真っ白である。

 

……

 

 日が傾く。しかし、今のところは誰一人として姿を現していない。

 

「ふん、これ以上は時間の無駄か。野郎ども、夜が明けたらすぐに出る。寝る前に準備を済ませとけ」

 

 トニーの言葉を受け、就寝に必要な最低限のものを残して、広げていたテーブルや椅子が片付けられていく。

 朝はロシア兵達が寝泊まりするテントや寝袋を回収するだけですぐに移動を再開できる。

 

「閣下、あちらから人間の気配が近づいて来ます」

 

 辺りを闇夜が支配する。

 車に戻ろうとしたトニーに、ジャックがそう言った。日は暮れてしまっているが、どうやら志願兵はいたらしい。

 

「なんだ、来たのか。初日から遅刻とは良い度胸をしてやがる。たっぷりこき使ってやろうじゃねぇか」

 

 人数や顔ぶれを見ることにする。

 

……

 

 だが、十分経っても志願兵と思われる面々はやって来ない。

 

「ジャック、てめぇ。嘘をついたのか?誰もこねぇが?」

 

 当然、腹を立ててトニーが訊く。

 

「いいえ。確かにおります。すぐそばで立ち止まっているようです」

 

「あぁ?怖じ気づいたってか」

 

 そして、次の瞬間。

 

 ビュッ!

 

 風を切る音。

 キラリと鈍い光を帯びた何かが飛翔してきた。

 

「む、閣下!」

 

 ジャックがトニーの身体を守るように移動した。

 彼の背中には矢が突き刺さっている。風を切りながら飛翔してきた物体の正体である。

 

「……そういう事か。悲しいもんだな」

 

 スーツに穴を開けてしまった弓矢をジャックの背中から引き抜き、拳を握りしめてトニーはそれをへし折った。

 

「しまった、仕留め損ねたぞ!」

 

「アイツが大将首だろ、一気にやるぞ!」

 

 隠れていた村の若者達が弓や剣を手にしたその姿を現わす。その中には、昨日帰した青年の顔もあった。

 

「よう!どういうつもりか、話ぐらいは聞いてやる!」

 

 トニーが声を張る。周りの部下達も異変に気付いて集まってきた。

 

 だがその言葉は無視され、村人たちは一斉に襲い掛かってきた。もちろん通訳抜きでは会話にならないからだ。

 彼らが住まうのは小さな村である。今まで魔族の侵入や攻撃を受けたことがないのだろう。魔族の恐ろしさを知らない彼らは本気で勝てると思っている。

 

「閣下」

 

「あぁ。やれ」

 

……

 

 真っ白な大地に、人間の真っ赤な鮮血は映える。

 美しいといっても良いぐらいだ。泥水の上で流すそれとでは天地の差がある。

 

「あ……あんた、いったい何をしたのかわかっているのか!」

 

「なんと、むごい……」

 

 死体を見て、ロシア兵らからトニーに向けて声が上がる。彼らは一切関与しなかった。決着が一分前後でついたせいで、関与する隙すら与えられなかったのだ。

 言うまでもなく、魔族の兵士と組員たちは赤子の手をひねるかのように村人を惨殺した。

 

「金まで与えた義理を裏切って襲い掛かってきたのはあっちだ。それに俺は対話を求めた。それなのに酷いだの惨いだの言われる筋合いはねぇと思うが?お前たちが殺されていたかもしれねぇのによ」

 

 今回は疑いの余地もなく、トニーに落ち度は無かった。ロシア兵たちもそれ以上は何も言えずに黙りこくっている。

 

「ふん……」

 

 トニーが一つの首を持ち上げた。それは金を与えた青年の首。今は胴体から切り離され、祖母と仲良く帰っていった時の穏やかな表情は微塵もない。ただ、絶望と恐怖に囚われた表情を浮かべたまま絶命している。

 

「てめぇはせっかくのチャンスを棒に振った。これは当然の報いだ。成仏しやがれ」

 

 首を地面に落とし、発火の術で焼却する。せめてもの弔いだ。

 

「始めから騙す気でいたのか、村の連中に何か吹き込まれたのか……どちらにせよ哀れなガキでしたね」

 

 移動を再開した車の中。向かい合って座る組員の一人がそう言った。

 

「毎度、あんな連中ばかりだとロシア兵達の士気が下がる。何か案はねぇか」

 

「いきなり見つかったら難しいでしょうね。やっぱり襲われてる街を助けるなり、占領されちまった村を解放するなりしねぇと魔族の兵は受け入れきれんでしょう」

 

 正にその通りだ。そのくらい絶大な恩を与えなければ厳しい。金貨をいくらか与えた程度では改心させるには弱過ぎた。

 

「人間を発見しても、ロシア兵達がそれに気づいていない状態ならさっさと殺しちまった方が良いのかもしれねぇな」

 

「さぁ、俺たちは親父の決定なら従うだけですから」

 

「ふん……気楽なもんだな、てめぇらは」

 

 トニーが目を細める。

 

「何言ってるんですか。親父に従うってのも簡単じゃねぇんですよ。とてつもなく常識破りなお人ですから」

 

「うるせえぞ」

 

……


 次の機会は、チャンスという形でやってきた。

 

 今まさに攻め落とされようとしている街である。

 スラウトノエというその街は、簡易的な柵があるがあまり強固な防御とは言えない。

 

 敵はインプと犬型の獣人が二体ずつ。オースティン副長に近い体躯、いわゆる狼男だ。

 

 対する人間は五十名近い軽装兵。しっかりと甲冑を着込んで騎乗している者が二名だけいる。兵は寄せ集めにも見えて心許ないが、あの指揮官二人は本職の軍人か騎士だろう、とトニーは思った。

 

 トニー達は魔族の背後ではなく、右側からその様子を伺っている形だ。街で構えている兵団と四体の魔族の対峙がよく見える。

 

「たった4匹か。俺と野郎共でやるのが良さそうだな」

 

「ロシア兵もお使いになられた方がよいかと。人間から弓矢が放たれるかもしれません」

 

「盾持ちか、確かにな」

 

 当然ながら銃を用いる。遠距離戦となれば魔族からの反撃は魔術だろう。だが人間達は魔術師ではなく兵団だ。トニーに向けて弓矢を射る可能性は大いにあり得る。

 先日、ジャックのおかげで命拾いしたばかりだ。ここは彼の意見を取り入れておく事にする。

 

 編成は、トニーと小銃で武装した三人の組員、それに一人ずつ盾持ちを随伴させる。合計で八名と、弓矢への警戒のせいでたかだか四体の敵を仕留めるには大所帯である。

 

……

 

「グルル……!何だ、アイツらは!」

 

「団長!何やらな怪しげな連中が!」

 

 流石にいくらか近寄ると、双方に気づかれた。

 これでいい。狙撃で倒してしまっては、人間達に恩を売れない。敵を目の前で倒してくれた、という事実が必要なのだ。

 

「やれ」

 

 タタン、タタン、と自動小銃が連発で吠えた。インプは地に落ち、狼男は派手に吹き飛ぶ。

 人間達が呆然として息を飲んでいるのがわかった。

 

「くたばったか確認しろ」

 

 一人の組員とロシア兵のペアに命じる。

 彼らは四つの死骸に剣を突き立てた。生きている個体はいないようだ。じきに消えて無くなるだろう。

 

「さて……」

 

 街の方を見やり、軽く右手をあげる。 

 予想に反し、弓矢の代わりに飛んできたのは「うぉぉっ!」という大歓声であった。

 

……


 兵団長と副官らしき二人の戦士が自ら馬を降り、歩いてきた。指揮を執っていたのはトニーなので、迷わず彼に訊いてくる。

 

「まずは礼を言おう。しかし貴公ら、何者なのだ?」

 

 盾持ちに通訳させる。

 

 兜を脱いでいるので、その兵団長は女だとわかった。金色の長い髪を持つ美女である。

 副官は初老の男だ。

 

「魔族を狩って街を取り戻して回ってる英雄様だ。見事なもんだろ、ねぇちゃん」

 

「ああ、素晴らしい活躍だった。むしろ、一瞬の出来事すぎて物足りないくらいだ」

 

「ほぉ?物足りないならお前らも一緒に来い。俺達は仲間を集めながら戦ってる」

 

 これは話が早そうだとトニーも機嫌がよくなる。

 

「ふむ……確かに八人だけでは心細かろう。じい、どう思う?」

 

「お嬢様、さすがにそれは。我らには使命があります」

 

 なるほど。彼らは名家のお嬢様と執事のような間柄らしい。

 

「使命?お前らはここの領主か何かか?」

 

 家柄が良ければ、皇帝や大臣のような有力者から街の一つくらい与えられていても不思議ではない。

 

「否。使命というのは生き別れになった兄上を探す事だ。魔族との戦乱の中で行方が分からなくなってしまってな……我らの方も私兵を募って旅をしている途中なのだ。この街で少し休息しようと立ち寄ったところ、たまたま先ほどの魔族と出くわしてしまった」

 

「ならむしろ好都合じゃねーか。何を迷っている?兄貴の行き先がわかってるわけじゃねーんだろ?」

 

「確かにな。だが私も死ぬわけにはいかん。貴公らは魔族から街を取り返す英雄だと申されたが、兵を失い続け、ついにこれだけの人数になったのか?」

 

 彼女はトニーらの旅路にどれくらいの危険を伴ってきたのかを知りたいようだ。

 

 しかし、これは少し返答に困る質問だ。みんな死んだ、などと嘘をつく意味はない。しかし、だからといって馬鹿正直に、八人で充分だから今回は少人数で交戦したと言えば、奥で味方が待機しているのは察しがつく。魔族の仲間の存在はもう少し伏せておきたい。

 

「いや……そうじゃねーが」

 

「ふむ?」

 

「あー、あれだ。すでに協力してくれる同志や仲間はいるが、なにせ助けを求めてる街が多いからな。方々に散ってるんだよ」

 

 無理矢理作った苦しい言い訳に、組員らは苦笑している。

 

「なるほどな。是非もう一度戦いぶりを拝見させてもらいたいのだが」

 

「あぁ?めんどくせぇな。命を預けれるか試そうってのかよ」

 

「無論だ。私との一騎討ちでも構わないぞ」

 

 一騎討ちとは言っても、おそらくは模擬戦だろう。

 

「矛盾した事を言いやがる。俺と一騎討ちだ?悪いが手加減できねータチでな。死ぬ覚悟なら相手してやるが」

 

 銃弾に刀剣のような寸止めは出来ない。手合わせのつもりがこのお嬢様を殺しかねない、というのがトニーの結論だ。魔術もそう。外すくらいは出来ても、トニーは威力の加減が出来ない。消し炭にしてしまうのがオチだ。

 

「お嬢様、それならばわしが。なに、こう見えても若い頃は数多の戦場を渡り歩いていたものです。簡単にくたばりはしませんぞ」

 

 初老の副官が申し出る。

 

「じいが?いやしかし……」

 

「死んでも恨むなよ、おっさん」

 

「さて、果たしてそれが叶いましょうか?」

 

 団長を無視して話が進んでいく。

 兵団の団員や、こちらの組員と盾持ちが広がって大きな円を作り、二人のために決闘の場を作り出した。周りから歓声が上がってはやし立てる。

 

……

 

 渋るお嬢様を初老の副官、じいやがやんわりと押しのけ、皆が囲む円の中心にはトニーと彼だけになった。

 

「さあ、お覚悟はよろしいですかな?少々痛い目にあって貰いますぞ」

 

 鉄鎧に細身の槍を構え、じいやが言い放つ。

 槍相手ならば、トニーにとって接近されると分が悪い。最大のチャンス、勝負は始めの一瞬だろう。それも、銃では鉄鎧の隙間を狙わなければならない為、トニーはマグナムではなく毛皮の防寒着の背中にさしていたクルーズの呪術杖を手に取った。

 

「コイツで相手してやる。レアだぜ?ありがたく思え」

 

「む、やはり魔術師であられましたか。なんともまがまがしい杖……だが、撃たせなければ良いだけの事!」

 

「来い!」

 

 トニーが杖を振り、じいやが槍を突き出した。


「はぁっ!」

 

 槍は呪文の詠唱に勝る速度でトニーに迫ってきた。歳を感じさせない見事な突きだ。

 これは一撃で終わらせるつもりであったトニーの大誤算である。

 

「チッ!口だけじゃなかったか」

 

 詠唱を一時中断し、杖で槍の切っ先を打ち払う。

 戦士を相手にそういった立ち回りが出来るのも、トニーがかいくぐってきた戦場での経験が活きているからだ。身に染みついているという表現の方が正しいかもしれない。

 

「何ですと!この槍が魔術師に弾かれるとは……!」

 

 術者は戦士と違い接近戦を嫌う。武器による直接攻撃を防御、あるいは回避できる身体能力を持つ魔術師は稀だ。

 

「どうした。もう終わりか?」

 

「まだまだっ!」

 

 さらに素早い突きが繰り出される。

 

 これを再度右手の杖で弾き、空いた左手で発火の術を放つ。

 

「ぬおっ!」

 

 威力は不十分だが、まともに炎を食らった副官のじいやが後ろへと跳躍する。鎧の中も火傷くらいは負ったはずだ。

 組員からは歓声、兵団からはどよめきが起こる。

 

「今、何を……?さては左手に仕込み杖を隠しておられましたか」

 

「あ?ねぇよ、んなもん」

 

 左手を広げ、手のひらから炎を立ち上らせて見せた。ちなみに中国で手に入れた指輪型の触媒は右指にはめているので、正真正銘「手から」放った魔術だ。

 

「そんなはずは。杖無しに魔術など……隙が生じませんな」

 

 魔術には触媒を用いることが絶対条件だ。ただし、それは人間の常識であり、魔族には通用しない。

 杖の動きを封じてしまう考えだったのだろうが、トニーには効果が薄い。

 

「やめるか?俺はどうだっていいが」

 

「まさか!両の手から魔術が出ようと、撃たせなければ良いのは変わりませんからな!」

 

「やれやれ。本当に死んでも知らねーからな」

 

 トニーは杖先を天に向け、左手は副官のじいやに向けた。

 

「はぁっ!」

 

「発火」

 

 ボウッ!と左手からは同じように炎が燃えさかる。

 じいやは槍をプロペラのようにグルグルと回してそれを払った。そのままトニー目掛けて突っ込んでくる。

 

「お覚悟を!」

 

「放電」

 

 天空を向いたままだった杖先が眩く光る。

 

 ドンッ!

 

 轟音と共に上空から一筋の落雷が走り、トニーに槍を突く寸前だったじいやの頭上に直撃した。

 

「かっ……は……」

 

 倒れた身体は激しく痙攣している。

 

「さすがに近いとうるせぇな」

 

 耳を塞ぐ仕草をしながらトニーはそう言った。

 

「じい!」

 

 団長であるお嬢様が駆け寄ってくる。

 トニーは彼を殺してしまったものだと思っていたが、息はあるようだ。

 

「あ……お嬢……様……」

 

「じい!喋らずともよい!誰か、じいを医者の所へ!」

 

「申し訳……ございません……」

 

 四、五人の団員がじいやを担いで運んで行った。

 お嬢様がトニーに向き直る。

 

「やり過ぎだ、なんて言うつもりじゃねーだろうな?俺は決着の前に、やめてもいいと間違いなく伝えたぞ」

 

「いや、そのような事は言うつもりはない。手合わせしていただき感謝する。貴公の力はよくわかった。我らも同行させていただきたい」

 

「大歓迎だぜ。ウチの他のメンツに会わせる前に、俺の部下のロシア人から話を聞いておくといい。度肝を抜かれるのは間違いねぇからな」

 

 新入りのロシア兵に説明を任せて、トニーは一足先に待機させている本隊へと戻ることにした。

 

……


「これは、驚いたな……本当に魔族も従えているではないか……」

 

 女団長は、あんぐりと口を開けている。いくらロシア兵から話を聞いたところで、実際に自らの目で見るまでは信じられなかったのだろう。団員達も同様だ。

 だが、ロシア兵の新入り達から話してもらったのは正解だった。「俺も始めは驚いたんだが……」「慣れれば平気だ。危害はない」といったリアルな心情も同時に伝わっているはずだ。その分、抵抗は少なかったと思われる。

 

 副官のじいやは重傷で、約半月は安静にする必要がある。特例として、怪我が治るまではトニーや組員らの人力車に同乗する事を許した。

 

 少しは形を取り戻してきた自分の部隊を見回し、トニーが満足げに頷く。

 

「どうだ。ウチの連中は?揃いも揃って気味が悪い奴等ばっかりだろう」

 

 トニーが笑いながら言う。

 

「うむ……どうやって獰猛な怪物共までも従えたのだ?」

 

「そりゃ企業秘密だ。奴等を部下に出来る人間は世界中で俺一人。つまり専売特許なもんでな」

 

 魔族の考え方さえ分かっていれば、その答えは簡単。

 トニーを殺せば、この魔族の集団はその者に付き従うだろう。無論、残された組員達が黙ってはいないだろうが。

 

「恐ろしい男だ。同時に頼もしくもある」

 

「兄貴を探すんだったな?俺のロシアでの最終目標は、侵攻してきてる魔族の親玉の首が二つ。先に願いを成就するのは俺か、お前かは分からねーが、それまでよろしく頼む」

 

 二人は軽く手を握った。

 

「首が二つとは?」

 

「そのままの意味だ。ロシア侵攻は二人のトップが仕切ってる。そいつらとは顔見知りでな」

 

「上位の魔族と顔見知り……?貴公、一体何者なのだ……」

 

「はっ、だから俺は世界の英雄様だっての。幾度となく剣を交えた仇敵がいたっていいだろうよ」

 

 トニーが鼻を鳴らして葉巻に火をつける。

 

「逆を言えば、貴公を狙う魔族も存在するのだろうか?奴等に人の顔を見分ける能力があれば、の話だが」

 

「当然だ。俺が狙う猫と犬の首。そいつらは反対に俺の首を欲しがってる」

 

 女団長の白い顔が、さらに蒼白になった。

 

「か、勝てるのか……?猫や犬とは言うが、獣人の類であろう」

 

「おう。事実、奴等に奇襲されたが、こうして俺は生きてる。もちろん、必死で守ってくれた部下や仲間のおかげだ。そいつらの為にも俺を仕留め損ねた事を後悔させてやらねぇとな」

 

「その言葉、信じよう。魔族の戦士と比べられては立つ瀬も無いが、我らも微力ながら協力する」

 

 胸に手を当て、団長が頭を垂れた。

 

「ふん、出発するか。西に向かうぞ」

 

「承知した。皆、出発だ!」

 

……

 

……

 

 土地の人間が増えた事で、街や村の位置を把握しやすくなった。そういった場所が近くなると、斥候を出して現在の状況を調べさせる。

 魔族に占拠されている場合は積極的に攻撃し、人間が生活している場合には兵団に日用品や食料を補給させるだけに留め、本隊は大きく迂回させることでトラブルを回避した。

 

 一度、二十体程度の中規模な敵部隊が駐留している街を発見した。それまでは犠牲者を出す事なく進んできたが、さすがにそこでは味方にも死傷者が出る結果となった。

 

 惜しくも犠牲となってしまったのはロシア人の兵士たちが二十人程度、魔族の戦士が三名だった。

 

「親父、街の探索が完了しました。敵の全滅も確認されました」

 

 一人の組員が車内に入ってきた。

 トニーとジャックは戦闘には参加しておらず、指揮は組員に任せている。毎度毎度というわけではないが、敵の数が多いことから念のためにと皆から言われていたのだ。

 

「苦戦してたようだが討ち漏らしてねぇか?連絡でもいってライオンたちに気づかれると面倒だからな」

 

「そういった報告は今のところ無いですね」

 

 組員の男が鼻頭を指で掻く。

 

「そうか。ご苦労だったな。住民は?」

 

「見当たりません。飛竜を一匹偵察に出しておきました」

 

「味方の埋葬が済んだら兵士を街で休ませろ。廃墟みてぇなもんだろうが、使えそうな建物がないか確認しとけ」

 

 飛竜は夜になると戻って来たが、敵影や逃げていた住民など、何か見つけた様子も無いようだった。

 しかし、夜明け前に街中に轟音が響き、トニー達は目を覚ますことになる。

 

……

 

 ドンッ……!

 

 ドンッ……!

 

「閣下!敵襲のようです!」

 

 車の外からケンタウロスの声が聞こえた。

 

「親父」

 

「うるせぇ、聞こえてる」

 

 今度は側で休んでいた組員らから声がかけられ、トニーは舌打ちをしながら半身を起こした。

 

「爆発音か、魔術みてぇだな」

 

 何の警戒もせず、トニーは車から出た。

 将軍の起床に気づいたケンタウロスやジャックが跪く。

 

「どこからだ?破魔衣を脱いでる奴がいたら着用させろ」

 

 トニーが落ち着いていられる理由がそれだ。

 ロシア兵はともかく、自らと手勢の主力部隊には破魔衣が行き渡っている。遠距離から魔術が飛んで来たくらいではどうという事はない。

 

 飛び起きたロシア兵らを避難させ、破魔衣を着ている主力部隊に敵影を確認させる。

 しかし反撃を恐れたのか、連続していた攻撃が止んでしまう。これでは魔術の弾道が確認出来ない。

 

「閣下、あちらをご覧下さい。敵がいるとすればあの森の中です」

 

 一体のリザードマンが言った。

 百本程度の針葉樹が立ち並ぶ小さな森だ。確かに、街の中に潜んでいるわけでもなければ、他に身を隠せそうな場所はない。

 

「我々が見てきましょうか」

 

「俺も行く。野郎どもとロシア人の盾持ち、トカゲとスケルトンはついてこい」

 

 森に大型の種族は不向きだ。人間と、同程度の体格を持つリザードマンとスケルトン兵だけの編成で向かう。数で言えばおよそ三十から四十名だ。

 

 ドンッ!

 

 森に足を踏み入れるや否や、トニー目がけて炎が飛んできた。直撃したが、周りの仲間からどよめきや怒号が上がっただけで、痛くもかゆくもないトニー本人は軽く舌打ちをする。

 

「探せ。こそこそ遊んでる連中は近くにいるはずだ」

 

「ははっ」

 

「了解」

 

 ジャック、盾持ち、組員だけがトニーの側に残り、魔族の兵士らは散っていった。


「閣下、見つけました!こちらへお越し下さい!」

 

 二、三分経ったところで、声がかかる。しかし妙だ。殺した、捕らえたという報告でもない上に、トニーをわざわざ呼び寄せるなど考えられない。

 

 だが、行けばすぐにその理由もわかった。

 

「ほう……」

 

 魔族の戦士と対峙していたのは、見覚えのある魔術師集団。それも人間だ。間違いない。

 彼らは先日からトニーが動向を追っていた者達だった。

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