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♭8

「で、何が聞きたいって?」

 

「そうですな……手始めに、異世界での日常生活などお話しいただければと」

 

 ニューヨーク。ブックマン邸。 

 豪邸とは呼べないが、老人が一人で暮らすにはなかなか立派な屋敷だ。広さは大魔王アデルの住まうホワイトハウスならぬブラックハウスの十分の一にも満たない規模。造りは内外共にモルタルにも似たセメントの様なものと、石材を組み合わせた地味な見た目である。

 

 トニーとブックマン、そしてミッキーと本山が酒盛りをしているのはリビングらしき部屋だが、たった四人がテーブルを囲むだけでもトニーが窮屈に感じるのは、ロサンゼルス城やスタテンアイランドのバレンティノ邸が広々としすぎているからに他ならない。

 

「日常生活だぁ?おい、フランコ!……は連れてきてねぇか」

 

 面倒事を押しつけようにも、頼りの部下は不在だ。

 

「言ったところでどれだけ伝わるかは知らねぇが……とにかくこんなシケた世界とは大違いだ」

 

「どういう事でしょう」

 

 燭台の灯りの下、ブックマンが羽ペンを走らせる。

 

「何もかもこっちは時代遅れだって言ってるんだよ。まず、こんなロウソクなんて誰も使わねぇし、羽ペンだってそうだ。取材したきゃパソコンのキーを叩くか、それすら面倒くさいってんならボイスレコーダーのスイッチでも入れときゃ終わりだ」

 

「うぅむ……知らない言葉が次々と。一応書いておきますが」

 

 トニーが何かにハッとした。

 

「そうか、電気か……!」

 

「電気?」

 

「電気だよ!あぁ、どうして俺はそんなことに気がつかなかったんだ!電気がねぇから部屋は暗いし、車も電話もエアコンも冷蔵庫も使えねぇんだろうが!ミッキー!すぐに電気を作るぞ!」

 

 ミッキーは一瞬だけ首を傾げたが、すぐにこう返した。

 

「はい、閣下。すぐに電気を作る手筈を指示いたします」

 

「なんじゃ、大トカゲ殿。トニーの奴は何を張り切っておるのだ?わしにも教えてくれ」

 

 新し物好きの本山が面白そうな話に食いつかないはずがない。

 彼は懐古的な思想で成り立つ日本という国家に生まれたのが間違いだと思わされる程の革新派である。

 

「閣下は電気を作られるおつもりです。話の流れから察するに、そうすれば暮らしが豊かになるのではないかと。閣下はこれまでにも様々なお考えをロサンゼルスにおける政や武器に取り入れられ、我々を驚かせてこられました」

 

 ブックマンの羽ペンはミッキーの発言も逃さず走り続ける。

 

「ほう。その、電気とはなんじゃ?」

 

「さぁ、よく分かりません。とにかくすごいものです」

 

 絶対忠誠を誓った主に対し、とりあえず肯定的な返事をしてしまうのは当然である。

 ミッキー個人の癖というわけではなく、トニーを慕う全てのリザードマン達に同じことが言えるだろう。

 

「それで、閣下。異世界では電気というものが日常生活の基本となっていた、と言ってもよろしいでしょうか」

 

 ペン先から目線を上げたブックマンが尋ねる。

 

「何度も言わせるな。関わってないものは存在しないと言ってもおかしくはねぇ」

 

「つまり衣食住、全てにおいてという事になりますな?」

 

「服を洗濯するのも乾かすのも電気、メシを保存するのも調理するのも電気、家の中を照らすのも人を運ぶのも電気だって答えればいいのか?」

 

「まぁ……虚言でなければ」

 

「残念だったな、じいさん。ほぼ全てにおいてその通りだよ」

 

 ブックマンが再び視線を落とし、それが戻ってくるまでトニーは酒を飲みながら待った。

 

「で、他には?」

 

「電気とは、どのような姿形をしているのですか?」

 

「あぁ?目には見えねぇぞ」

 

「む……?汎用性の高い魔術か何かということでしょうか?」

 

「そう思ってくれていい」

 

 物理的に引き起こすものではあっても、彼らに理解出来る表現としてはかなり正しいかもしれない。

 

「ではなぜ、閣下はこちらの世界で電気をお使いにならない?なにやら特別な理由があるのでしょうが」

 

「チッ、説明するのがめんどくせぇな……」

 

 言いながら、トニーは煙草に火をつける。

 

「あー……そうだ、空気は分かるか」

 

「もちろんです。生きとし生けるものは、全てこの星の空気を吸っているでしょう」

 

「じゃあ、これから先、世界に人間や魔族が増え続けて、数百年後に空気が枯渇したらどうする?」

 

 質問の意味を理解しかねたブックマンは、「まさか」と首を振った。

 

「あり得ない話だと思うか?」

 

「はは、ご冗談を」

 

「まぁ、その考え自体は正解なんだがな。そう簡単に空気は無くならない。なぜなら、それを作ってる奴がいるからだ」

 

 現世での一般常識も、ブックマンを驚かせるには十分な材料であった。

 

「なんと……!地球、或いは神がもたらした産物だと思っておりましたが、そのような者がいるのですか!」

 

「それと同じで、電気もそれを生み出してやる仕組み作りが不可欠なんだよ」

 

 植物の光合成の話をそれ以上掘り下げ無かったのは、トニーの知識がそこまでだったからに過ぎない。樹木のバイオリズムなどを問われても自身が困るだけだ。

 

「はぁ、閣下は誠に博識でいらっしゃいますな」

 

「電気を起こすには風力や火力が一般的だが、これだけ魔術が栄えた国だ。そう難しくはねぇだろう」

 

「はて、火や風を起こすだけならば、常日頃からこの国には電気がありふれているのではありませんか?」

 

 トニーの言葉に、ブックマンは当然そう応える。

 

「ただ起こすだけじゃダメだって話だ。今は何もないが、いずれ電気が作れたら見せてやる。それで勘弁してくれ」

 

「閣下は目には見えないものだとおっしゃいましたが」

 

「空気も水に放てば泡になって見えるだろうが。電気も照明なんかに通してやれば光になって確認できたり、何かの動力として使えばソイツが動く事で存在を確認するくらいは可能だ。……もういいだろ。こんなつまらねぇ話」

 

 半ば強引に話題を変えたトニー。

 ブックマンも電気については「いずれ見れるならば」と追求はしなかった。


「次は、異世界の国々のお話をお聞かせいただきたいのですが」

 

「あぁ?国ならいろんな所があるが、大した情報は持ってねぇぞ」

 

「その数、それぞれの領土や国力など……お聞かせ願えれば」

 

 その情報を手に入れても干渉出来るわけがない。興味本意なのだろうが、念のためトニーはブックマンの腹を探る。

 

「それを知ってどうする」

 

「なに、参考までに」

 

「……ふん、まぁいい。国の数は百だか二百だか、そのくらいだ」

 

「こちらで存在が確認されている国の数は五十から百ほど。ふむ……大差ないですな。これは意外でした」

 

 ペン先がさらさらと動く。

 

「国の名は知っての通りだ」

 

「つまり?」

 

「アメリカ、イギリスやフランスはもちろん、日本や中国もある。アメリカの公用語は英語だ。だから始めからお前らとは口がきけた。国力とやらは知らん。だが、アメリカが世界一の国だと言えるだろうな」

 

「ほう……最強の国家ですか。それが我が国でも叶うよう、祈りましょう」

 

 ここで、隣にいた本山が何やらソワソワと身体を動かし始めた。

 

「なんだ、便所か?」

 

「いや、誰かに見られておる気がしてのう」

 

「まさか。この老いぼれの家、他には誰もおりませんよ」

 

 ブックマンがひらひらと手を振る。

 

「ミッキー」

 

「はっ。何も感じませんが」

 

「おい、殿様。てめえの勘違いじゃねーか?魔族は俺らの何倍も鼻が利くんだぜ」

 

「シッ!静かにせい……!気配は扉のすぐ向こうじゃ……!」

 

 本山はスッ、と椅子から立ち上がり、忍び足で扉へとすり寄った。

 さすがは忍者を生み出した国の大名と言うべきか、何やら特殊な感覚を持っているのかもしれない。 

 キン……と親指で刀のつばを僅かに押し上げる。

 

「おい、何者か!」

 

 ギィィ……

 

 驚くべき事に、扉が外からゆっくりと開いた。

 

「くくく……よくわかったな。完全に気配を消していたつもりだったが」

 

 擦り切れた灰色のフード付ローブ。白骨の身体に、背負った大鎌。

 六魔将、死神ヘルが入室してきた。声こそ出しているが、足音はない。

 

「なんじゃ……?こやつ、先程の会にもいた化け物ではないか」

 

「知り合いだ。通してやれ」

 

「御意」

 

 引き抜きかけていた本山の刀が納まる。

 

「これはこれは、ヘル閣下。盗み聞きとは感心いたしませんなぁ」

 

 穏やかな表情は崩さないままでブックマンがヘルを非難した。

 

「失敬。貴公に用があったのだが、トニーと何やら約束をしていたのをすっかり忘れておってな。日を改めようかと思案している内に、そこの男に気づかれてしまったというわけだ」

 

「私に御用ですか……?はて、なんでしょう」

 

「いや、気が変わった。忘れてくれ」

 

 もちろんブックマンは構わず話の先を促したが、ヘルの方はこうしてお忍びでやって来た意味がそれなりにあるようで何も言い出さなかった。

 

「邪魔なようだな。俺達はそろそろ帰るとするか」

 

 それをエサに、トニーが切り出す。

 ある程度は酒も楽しみ、退屈な取材とやらに付き合うのは飽きてきたという事だ。

 

「いや、お待ちくださいバレンティノ閣下」

 

「……だろうな」

 

 少しだけ浮いていた腰を再度椅子に着けるトニー。

 

「では、我はこれで失礼する」

 

「待てこら、ガイコツ」

 

 そして今度はトニーが引き止める番だ。

 

「何だ?」

 

「せっかく遊びに来たんだろ。少しぐらい付き合え。いいよな、じいさん?」

 

「もちろんでございます。ささ、どうぞ」

 

 空席は二つ。ブックマンが調達してくるのに苦労したという、黒塗りの椅子だ。

 トニーにとってはピアノ奏者の為のものにしか見えないが、中華製ということらしいのでその線は薄い。

 

「そうか?では、一杯いただくとしよう」

 

「ほら、お前の分のボトルだ。それより、フィラデルフィアに帰ってたんじゃねぇのか。わざわざとんぼ返りとは暇でしょうがねぇ様子だな?」

 

 おそらく解散から一時間と経っていないはずである。

 

「トニーよ」

 

「あぁ?」

 

「フレデリック・フランクリンの目撃情報が上がったぞ」

 

 大悪党と呼ばれる不届き者の名が出た。

 

「ほー。良かったじゃねぇか。そんな時にこうやって遊んでんだ。今ごろてめぇの部下がソイツの首を取ってるってわけだな」

 

「そうはいかん。あくまでも目撃情報だけだ。それだけでは、まさに雲を掴むような話だぞ」

 

「で?虫は出たのか?」

 

「一匹だけな。我が入城した時には、すでに討伐されておった。だが、今回はアリでな。体躯は我らの二倍程度だ」

 

 巨大カマキリが出現した時にはかなりの兵を失っていたが、今回は楽な相手だったらしい。

 術をかける対象によって大きさが異なるということは、フランクリンの奇術は対象を無制限に巨大化出来るものではないと分かる。

 元の大きさから、質量を一定の倍率にするものだろう。

 

「まったく……何百年もふざけた真似ばかり。迷惑なものですな、ヘル閣下」

 

「うむ。別の虫が現れたということは、奴も進化しているという事だ。いつか野獣や鳥を使われたらと思うと、早めに手を打たねばなるまいな」

 

「鳥ならご自慢の天空城も落とされちまうじゃねぇか。あれは俺も気に入ってるんだ。やられんじゃねぇぞ」

 

 空の城とその庭園から見下ろす城下町は素晴らしい景色である。

 誰よりも高見にいれることで悪くない気分を味わえるという点で、トニーはフィラデルフィア城が気に入っていた。

 

「貴様の活躍にも期待しているぞ」

 

「馬鹿言え。今はアジア大陸の事で手一杯だ。ロシアを攻めてるライオン共になめられてるようだしな」

 

 言うまでもなく、それはロサンゼルス城、魔王正規軍の兵団長と副長の事である。

 

「エイブラハムにオースティンか。張り合うのは結構だが、ほどほどにな」

 

「あぁ?お前らの大好きな大魔王陛下も煽ってやがっただろうが。ま、心配するな。俺が勝てばあのデコボココンビも黙るしかねぇんだ」

 

 トニーが葉巻を取りだして口にくわえ、革靴を履いた足をテーブルに乗せる。

 

「豪気だな。人間にしておくには惜しい男だ」

 

「ぶっ殺すぞ、てめぇ」

 

「しかし、バレンティノ閣下が人間であるとわかった上で気がかりな事があるのです」

 

 ブックマンがそう言いつつ、皆の為に替えのワインボトルを壁際にある戸棚から下ろす。

 

「あぁ?」

 

「いくら魔族を勝たせる事で悲願が成就出来るとはいえ、人間に肩入れしたくなるのが同族の情けではないでしょうか」

 

「バカバカしい質問だな。人間も魔族もねぇよ。よそ者の俺からすれば、どっちにつこうが大差ねぇのさ。勝てばなんだっていい」

 

 トニーが出されたばかりのボトルのコルクを歯で噛んで外した。

 そのままゆっくり味わいもせずに、爽やかな喉ごしだけを感じながらラッパ飲みする。

 

「同族という考え方がないわけか」

 

 ヘルが言った。

 

「利用出来るなら利用するまでだ。現に、そこにいる殿様は人間だろう」

 

「トニーよ……お主はわしを利用しているだけだと申すか」

 

 赤ら顔の本山が眼光鋭くそう返す。

 

「当たり前だ。お前だってよく分かってるくせによ。俺はお前の郷の破魔衣の質と技術を買っただけだ。それがなきゃ何の用もねぇよ」

 

「はっきり言いおってからに……しかし、化け物共が攻めてこぬ約束はありがたいからな」

 

 本山を見やり、ブックマンが目を細めた。

 

「まさか、その男はこの世界の人間ではありますまいな。話の流れではそう聞こえてしまいますが?」

 

「結果として魔族の力になってくれてんだ。細かい事を気にしてんじゃねぇよ、ジジイ」

 

「閣下……ひとつ、貸しにしておきますからな。それで、破魔衣とはなんでしょう?」

 

 この場は目を瞑ってくれるようだ。

 

「魔術を通さねぇ生地の事だ。こっちじゃクルーズの十八番だったらしいが、今頃悔しがってるだろうな。俺の兵隊にはほとんど支給してるんだからよ」

 

「なんと!それは驚きましたな!」

 

「それでも利用せずにコイツの街を叩き潰すべきだと思うか?そんな古くさい考え方は何の役にも立たねーと思うがな」

 

「手厳しいですなぁ。しかし、人間がそのようなものを生み出していたとは……時代は変わるものです」

 

 人間が魔族より劣っているという傲慢は、徐々にブックマンの頭から消えつつある。

 魔族が得意とする魔術も、人間が編み出す技術も、共に日々進歩しているのだ。それぞれがどんな変化を迎えてもおかしくはない。

 

「お前が城に籠ってお勉強してるだけだから見落とすんだよ。たまには剣や杖を握りしめて遊びに来てみろ。若い頃はそうだったんじゃねぇのか」

 

「まさか。ヘル閣下ならよくご存知かと思いますが、前々から喧嘩沙汰は苦手なタチなんですよ。私の武器は筆だけです」

 

「よく回るその口も得物に付け加えとけ」

 

 それから二時間以上に渡って取材は続けられた。

 

 もっとも、ヘルが加わった事でブックマンの質問に答えることより、談笑に興じてばかりの会合となってしまったわけで、そのおかげでトニーの機嫌が守られたのは言うまでもないだろう。


「退散するとしよう」

 

「そうだな。もう十分だろ、参謀さんよ」

 

 ヘルの提案にトニーが乗る。

 ミッキーはすぐに起立して帰りに備えたが、本山はテーブルに突っ伏して大きないびきをかいている。

 

「承知いたしました。今宵はわざわざご足労いただき、本当にありがとうございました。またこのような機会を設けさせていただければと存じますが」

 

 ブックマンが扉を開ける。

 

「勘弁してくれ。コラム連載でもする気がてめえは?」

 

「残念です」

 

「行くぞ。ミッキー、本山を起こせ」

 

……

 

 ロサンゼルス城。玉座の間。

 

「うぅむ……やはり葡萄酒はいかんな。ついつい飲みすぎてしもうたわ……」

 

「ふん、まったくだ。あのまま起きなきゃ、あっちに置いてきてやったんだがな」

 

 玉座に座るトニーが、床であぐらをかく本山に冷ややかな視線を浴びせた。

 

「たわけ……それでは帰れぬではないか……」

 

 泥酔状態では反論にもキレがない。

 

「明日、昼頃には俺達は戦場に戻る。そのついでに日本へ送ってやるからさっさと寝ろ」

 

「かたじけない……」

 

 本山は腰の刀を鞘ごと外し、大の字になってその場で眠ってしまった。

 

「これで殿様だってんだからおかしな野郎だ。なぁ、ミッキー?」

 

「確かに変わったお方です。ささ、閣下。客人のお世話は私が承りますので、どうぞ先にお部屋でお休みください」

 

「あぁ。適当に女を一人、寄越してくれ」

 

「はっ」

 

……

 

 コツコツ。

 

 玉座の間から自室へ戻るまでの廊下に、トニーの革靴が地面を蹴る音だけが響き渡る。戦場に兵士や奴隷を運んでいるせいで、城内は静寂そのものだ。 

 途中、武器庫の扉の前にたって警らに当たっている一体のリザードマンが城主の存在に気付き、敬礼を向けてきた。気だるそうに「おう」とだけ返す。


 お気に入りの自室へ入ると、燭台の薄暗い光に照らされて、一人の女が待っていた。

 大魔定例幹部会に出席する直前までトニーと交わっていた娘である。

 

「お……おかえりなさいませ」

 

 カタコトの英語で若々しいソプラノが話す。

 

「チッ……またお前か。大概は出払ってるんだったな」

 

 すでに衣服を脱いでいるその細い肩を乱暴に抱き寄せると、やはりそれは震えていた。

 

……

 

 強風にはためく魔王正規軍旗。数日ぶりに舞い戻った戦場の地。 

 ぐるりと北京の王城を囲んだ兵士達からは、あまり緊張が感じられない。激戦を潜り抜けた後で長らく兵糧攻めを行っていれば、そうなってしまうのも仕方ないだろう。


「首尾はどうだ、フランコ」

 

「あぁ、親父。お戻りでしたか。ま、見ての通りうんともすんとも。降参する気がねぇなら、いっそ力任せに突っ込んじまいますか?弾も兵隊も、多少は余裕があります」

 

「チッ……」

 

 彼らがいるのは、王城を一望出来る小山に張られた本陣である。 

 車椅子に座ってプカプカと煙を吐き出しているフランコは、療養中だというのにトニーの留守の間、全軍の指揮を預かってくれていた。

 

「全く動き無しか?」

 

「たまに騎馬隊数人が飛び出して来ますが、相手になりません。それから念のために、中国人のスパイを送りました。街の連中のメシがどのくらい減らされたかを調べさせてます」

 

「悪くねぇ指示だ」

 

「へへ、なんですか。そうやってからかうのはやめて下さいよ、親父。気持ち悪いったらありゃしねぇ」

 

 ガン!と車椅子の車輪にトニーが蹴りを入れたところで、二人は背後から声をかけられる。

 

「バレンティノ閣下。お帰りなさいませ。トカゲの副官殿からお聞きいたしましてな」

 

 服の袖に両手を入れ、中国式のお辞儀をしたのは元上海地区長官、呂明。両目をえぐり出した後、三魔女カトレアによって使い魔として第二の人生を歩み始めた男だ。

 確実に従属させられているはずなのに腹の内が読めず、トニーはこの男には一目置いていた。

 

「スパイを送ってるみたいだが。実行したのはお前の手下か」

 

「えぇ、ちょうどそのご報告をお二人にお持ちしたところでございます」

 

「話せ」

 

 トニーの言葉で、ずっと頭を下げていた呂明がようやく主の目を見た。

 黒く、日の光を反射するそれからは潰れていた過去など微塵も感じられない。

 

「間者として送り込んだ男によりますと、民草の食糧は底をつきかけているとの事。街のあちこちで暴動が起きており、人民軍の兵士はその鎮圧に追われているようです」

 

「さらに内部はどうだ」

 

「王城におわします皇帝陛下との接触に成功いたしました。間者が降伏を促し、陛下も応じられたらしいのですが、動きがないという事は上層部の連中がそれをお諌めしているのでしょう」

 

 トニーはこれを好機到来と見なし、行動を起こす。

 

「……フランコ、大筒を一発だけ撃ち込ませろ」

 

「はい。皇帝様の頭の上に、ですか」

 

「いや、中央の王城の大門にだ。腹ペコの住民に道を作ってやれ」

 

「さすが親父、相変わらずえげつない事を考えつくもんだ」

 

 内部をかき乱し、自滅を促す。

 

……

 

 およそニ十分後。 

 砲弾が落下し、ヒュー!という風切り音を発しているのが聞こえ、トニーは閉じていた瞳を開けた。

 

「親父、弾着します」

 

「おう」

 

 ドンッ!

 

 北京の中心より少し手前の辺り。

 城門があったと思われる地点に爆発と土煙が起こった。

 

「命中か?」

 

「どうぞ」

 

 フランコから筒型の望遠鏡を手渡された。 

 視界がひらけるまでに数十秒の時を要し、瓦礫と化した門や壁、人々の死体が映り込んでくる。

 

「どうです?」

 

「少しずれるかと思ったが、初弾で大当たりだ。狙いを定めた奴には何か与えておけ」

 

 望遠鏡をフランコの膝の上に投げる。

 

「撃ったのはおそらくウチの若いもんです。何か、うまい中華でもたらふく食わせておきます」

 

「そうしてやれ」

 

 近くにいたリザードマンをよびつけ、フランコがトニーの話を伝える。

 そのリザードマンが走っていくと、フランコは返された望遠鏡を手にした。

 

「おっ……?親父、算段通りに事が進んだようですよ」

 

「そうか。いよいよ大詰めだな。中隊を二つ、外壁まで寄せろ。騒動が止んだら穴を開けさせて中に入れる。ソイツらには人間用の食糧を持たせろ」

 

 王城に押し寄せる民衆。

 これでようやく、晴れある一つ目の国を征服出来るわけだ。

 

「食糧?」

 

「パンが一つだけでもいい。生き残った住民全員にそれを与えて人心を一気に傾ける。奴らは次の国を落とす為の大事な尖兵だ。二、三日だけでも動ければそれでいい」

 

「は、使い捨てですか」

 

 フランコが鼻で笑う。

 

「馬鹿野郎。日雇いアルバイトくらい言ってやれ。死ぬまでは夢を見させてやらねぇとな」

 

「戦えない奴はどうします、親父」

 

「ガキや女は街の修復に使え。形になれば上海の前線基地をこの北京に移して、俺も入城する」

 

「わかりました」

 

 もちろん住民を掌握出来れば、トニーが率いてきている兵士らにも城の修復に参加してもらうことになる。数日中には北京中心部、王城での安全を確保し、現在の本陣を引き払ってトニーが入城をする事が可能なはずだ。

 

「そうだ、フランコ」

 

「はい」

 

「誰か、中国に留まる責任者が欲しい。俺はもちろん次から次へと鞍替えしながら進軍するが、さすがに現地人だけを置いていくわけにもいかねぇだろう。まぁ、初めはそれでもかまわねぇと思ってたが……」

 

「お断りします、親父」

 

 トニーの次の言葉を予測し、早々に突っぱねるフランコ。もちろんそれは「お前が残れ」というものだったのは確実である。

 

「あぁ?適任は?」

 

「さぁ。自分以外でお願いします」

 

「ふざけた野郎だ」

 

「ミッキーみてぇに『自分が死ぬときは閣下が死ぬときだ』なんてイカした台詞は言えませんが、こんなところで療養生活だなんて水くせぇじゃないですか。お供させて下さいよ、親父」

 

 噂をすればなんとやら。

 本陣の眼下に広がる平原で、兵達に陣形の変更を命じているミッキーの姿が見えた。

 

 まだ弾着後のトニーの指示は届いていないはず。

 しかし、ミッキーはすぐに移動の命令が下されるのを見越したのだろう。横に大きく広がって街を包囲していた全部隊はマーチングバンドの様にみるみる形を変えていった。 

 基本的に、陣形は横に広ければ広いほど移動速度が落ちるが、防御には有利である。

 逆に縦に長いと速度は上がって突破力を持つが、兵を分断されてしまいやすいというデメリットもある。

  今回ミッキーが選んだのは汎用的な移動用の配置で、すでに人民軍からの驚異的な攻撃は予測されないとの判断だ。経験とは恐ろしいもので、一介のリザードマンにしかすぎなかった者をここまで成長させた。それはトニー本人やバレンティノ・ファミリーも同様で、司令官として、隊長として、兵士として、皆それぞれが大きな成長を遂げている。


 数分後。命令が伝わったらしく、二つの歩兵中隊が荷車を引きながら外縁の城壁へと進んでいった。構成は魔族が八割に、中国人や欧州人の奴隷が二割である。 

 僅かに見張りとして壁の上に立っていた敵の弓兵が矢を射るが、中隊に随伴していた魔術師の杖先が光ると、弓兵は動かなくなった。 

 鉄の門は破壊するわけではなく、内側から開け放たれる。先行して市内に潜入させていた間者が手引きをしたようだ。 

 ここで、トニーの兵が命令とは少し違う動きを見せる。

 食糧を積んだ荷車だけを門の近くに残し、部隊は本陣側に後退したのである。

 

「ん?何で中まで入らねぇ」

 

 それは望遠鏡越しでなくとも確認出来た。

 

「何をしてるんでしょうね。あんなところに餌を置いて」

 

 横にいるフランコも興味を持った。

 

 一、二分程度待っただろうか。

 

 住民に紛れた間者達が「食糧があるぞ」と陽動し、大勢の人々が門の外へと飛び出してきた。

 腹を空かせている彼らは我先にと食糧を積んだ荷車を目指す。

 

 ドドドド……!

 

 轟音と土煙。 

 軽く見積もっても五百人は下らないだろうその暴徒は、横にいる隣人を蹴り飛ばし、前を走る知人の髪を引っ張り、鬼の様な形相を浮かべて殺到してくる。 

 荷車に到着した者達は、固く、味気のないパンを奪い合い、誰かが頬張っているものにすらかじりつく始末だ。

 

「チッ……何のつもりだ、ミッキーの野郎。人間の汚ねぇ部分でも見物しようってのか。そんなもん見飽きてんだよ」

 

「親父、門が」

 

「あ?」

 

 開いていた大門が閉ざされていく。

 

 もちろん食糧に気をとられていた住民達は、街に戻れなくなった事に気づいていない。

 

「閣下」

 

 気づくと、トニーの部隊では少数派であるスケルトン兵士が控えていた。

 

「ん?ミッキーの使いか?」

 

「はっ。閣下をお呼びするようにと申しつけられました。ご足労いただけますか」

 

「分かった。フランコ、ここは頼むぞ」

 

「へへ、いってらっしゃい」

 

 トニーが平野部に展開する部隊のもとへ辿り着いた時。

 食糧目当てに街から飛び出してきていた住民は、既に門の前に引き返して立ち往生しているところだった。そして、味方の二個中隊がそれを半円形に包囲している。

 

「閣下、お呼び立てして申し訳ありません」

 

「勝手な事やっといて、結局は俺頼みか」

 

 隊列の先頭に立ち、腕組みをしていたミッキーが振り返って片膝を地につく。

 

「彼らを手駒に引き入れるおつもりだとうかがいましたので。これなら歯向かう者もこの場で処分出来ます」

 

「そういう事か。確かに悪くねぇな」

 

 ミッキーを押しのけ、トニーが前へ出る。そのままツカツカと歩いて行き、門の前で怯えている住民達と対峙する。

 

「近寄るな!化け物め!」

 

 一人の青年がそう叫びながら、地面に落ちていた小石を拾ってトニーに投げつけた。

 

 ゴッ……!

 

 トニーはそれを避けず、額の真ん中に命中する。 

 一斉に味方の兵が動き出したが、トニーは左手を水平に伸ばして止めさせた。

 

「おい、坊主。これは……食糧を与えた礼のつもりか?」

 

「話す……!?化け物が言葉を……うぅっ!」

 

 ガシッ!

 

「てめえは命の恩人に弓引くのかって訊いてんだろぉがぁ!あぁ!?応えろ!クソガキが!」

 

 一瞬で接近したトニーの右手が、青年の顎をわしづかみにする。

 他の住民達から怒号や悲鳴が上がるが、彼らは距離を取るばかりで誰一人として青年を助けようとはしなかった。

 

「閣下」

 

「あぁ?」

 

 ガチャガチャと甲冑を鳴らしながら、ミッキーがトニーの近くまでやって来た。

 彼の接近のせいで、さらに後退りしようとした他の住民達との距離が開く。

 

「いくら丸腰の虫けらが相手とはいえ、また石でも投げられては危のうございます。どうかお下がりになられますよう」

 

「……お前なら、コイツをどうする?」

 

 掴まれた青年の顎は、ガクガクと震えている。

 

「はい?……まぁ、打ち首でしょうが」

 

「だとよ」

 

「うぅっ……!」

 

 トニーは手を放し、懐から銃を取り出した。

 何を向けられているのかは分からないだろうが、目の前の怪物が自分を殺そうとしていることは分かるらしく、青年は涙と嗚咽をこぼした。

 

「なんだ?威勢よく歯向かってきたくせに、情けねぇ奴だ」

 

「あぁぁ……助けてくれ……」

 

「俺に何のメリットがある。面白そうなら考えてやるぞ」

 

 怪我を負わされた怒りに任せてこのまま殺してしまうつもりだったが、トニーは一つ、新しい手を試してみることにした。せっかく食糧まで与えたのだ。今までのような恐怖支配ではなく、慈悲深い扱いをすると民衆はどんな反応を見せるのか。

 もちろん、気が変わりやすいトニーにとって、それはただの気まぐれである。

 

「どうした。早く応えろ」

 

 空いている左手で葉巻を口にくわえ、その指先から魔術で火をつける。 

 生き残る為の最後の希望を掴もうと、地べたに這いつくばる青年は思案をめぐらせた。

 

「な、なんでもする……!」

 

「そんな何のひねりもない回答じゃ、俺は満足しねぇぞ。具体的に何が出来る。殺しか、盗みか。お前は何が得意なんだ?生業は?」

 

「そんな、ウチはじいさんの代から小麦農家で……他には何も」

 

「おもしれぇ」

 

「えっ?」

 

「それなら今日からてめえは俺と部下達のために死ぬ気で小麦を作れ。他の奴らもだ。一番役に立てる手段で付き従え。そうすれば助けてやる。何もねぇ奴は相談しろ。他国に向けた尖兵としてコキ使ってやる」

 

 そこまで告げると、トニーは振り返った。

 

「ミッキー」

 

「はっ」

 

「聞いての通りだ。男は全員徴兵するって話は撤回。働き口を持ってる奴はそれを優先させる。呂明と相談して、俺に対して通貨や穀物を上納させる仕組みを作り上げろ。理解したか」

 

「承知いたしました。閣下の仰せのままに進めて参ります」

 

 本拠地、ロサンゼルスの住民からでは難しい税収を、北京で手にいれる考えだ。財力を重んじる人間は、武力を重んじる魔族とは違って納税義務という政策に明るい。

 

「閣下……?あんた、このとんでもない軍隊の長なのか?」

 

「お前らは運が良かったな。国を乗っ取ったのが俺でよ」

 

 背中越しにトニーが返す。

 

「……さて、本陣に戻る。歩兵を入城させて、住民の避難誘導、残りの抵抗勢力を鎮圧。皇帝と王族は殺せ。数日内に俺が入城出来る程度に王城を修理、整備しろ。命令は以上だ」

 

 副官から向けられる敬礼。

 もはや彼がやろうとしている事は「国取り」ではなく「国作り」になろうとしているのに、トニー本人も気づいてはいない。

 

……

 

……

 

 予定通り、数日後に用意された部屋は当然のように中国の皇帝の寝室であった。

 天蓋付きのベッドが中央に置かれた、ロサンゼルス城のトニーの自室にも負けず劣らずの豪華な部屋である。

 

「チェックメイトです」

 

「くそっ!てめぇは上司に対する手加減ってもんをわきまえろ!」

 

「いやいや、親父が『遠慮はいらねぇから本気で来い』って言ったんじゃないですか」

 

 バルコニーに出した机で、ワイングラスを傾けながらチェス盤を囲むトニーとフランコ。

 チェスの駒は現世のものとは違い、三角や四角等の単純な形に切り出された石材である。厳密に言えばルールも全く違うボードゲームの駒と盤面らしいが、マスの数が同一であったのを良いことに、彼らの玩具として利用されているわけだ。

 

「それよりどうです」

 

「あ?」

 

 フランコが車椅子からよろよろと立ち上がり、黒く塗られた手すりの外に広がる城下町を指差した。

 

「この眺めです。正真正銘、親父は一つの国を手にいれたんだ」

 

 露店が並び、人々が行き交う光景。壊れている建物はあれど、数日前まで戦があっていたとは思えないほど、北京の街は活気に溢れている。

 呂明とミッキーが提案してきたのは、前皇帝よりも税収を低く抑える政策。おそらくそれが、少なからず人々に活力を与えたのだ。

 

「悪くねぇな。これが雇われ将軍じゃなけりゃ最高だ」

 

「ロシアに攻め入ってる犬っころ達より先に、一国を落としたんですよ?そりゃぁ規模は違うかもしれませんが、化け物共より親父が優れているって事が証明出来た気がして、俺は嬉しいんです」

 

「俺があんな着ぐるみコンビに負けるわけねぇんだよ」

 

 コンコン。

 

 扉のない寝室の為、廊下から室内へ入る手前の柱がノックされた。

 

「聞こえてますよー、バレンティノ閣下」

 

「……!」

 

 聞き覚えのある、間延びした話し方。

 そこにいたのは、白銀の甲冑をまとった狼の獣人、オースティン。魔王正規軍副長である。

 

「なんてタイミングで現れやがるんだ、お前は!」

 

「世の中そんなもんですって」

 

 まるでそれを聞きつけて来たのかと思わせる登場。トニーとフランコがオースティンらの陰口を叩いていたのは最早言い逃れ出来ない。


「チッ……入れ」

 

「どーも」

 

 入室したオースティンは、チェス盤がある机に無遠慮に腰を下ろした。

 

「あーあ。せっかくお祝いに来たってのに、ひどい言われようだなぁー」

 

「どうせお前のとこのライオンも四六時中、俺の文句ばかりだろうぜ。今日は一人か?何の用だ?」

 

「だから先勝祝いを兼ねた陣中見舞いですってば。おめでとうございます、閣下」

 

 口でそうは言っても、オースティンの心情は違うはずだ。 

 彼の上官であるエイブラハム団長のように、分かりやすく表情や行動に何か出すわけではない。しかし常に穏やかで楽天的というわけでもなく、彼は過去に一度、トニーに対して恫喝じみた言葉を吐いている。

 

「で、調子づいてる俺のタマを取りに来たってか」

 

「そんなところですかね」

 

 その解答と同時に、トニーとフランコから二つの銃口がオースティンに向けられる。

 

「わわっ!冗談ですよ!その奇妙な杖をこっちに向けないで下さい!」

 

 両手を上げて慌てるオースティン。

 トニーは彼を睨みつけ、親指で撃鉄を起こした。

 

「両手を上げたまま、壁まで移動しろ」

 

「えぇっ!?」

 

「犬。早くしねぇと死ぬぞ、お前」

 

 これはフランコの言葉だ。

 

……

 

「えーと、なんで自分は縛られてるんすかね?」

 

「信頼できねーからだ」

 

 両手を縄で吊られ、武器を取り上げられたオースティンが口を尖らせている。

 

「親父の番です」

 

「あぁ?お前、ポーンが増えてねぇか?こいつは潰した奴だろ」

 

「何の話ですか。言いがかりはやめて下さい。ほら、早くキングを逃がさねーと次で詰みですよ」

 

 トニーが言うとおり、フランコがイカサマをしたのか。その真実は闇の中だ。

 

「さっきから、お二人は石ころで何をやってるんです?」

 

「チェスだ。興味があるなら教えてやる」

 

「その前にまず解放していただきたいんすけど……腹も減ったし、あんまり帰りが遅れると団長の雷が落ちちゃいますしー。下手したらここまで来ちゃいますよ、あの人?」

 

「んなこと知るか、ボケナス。お前がくだらねぇ口を叩くから仕置き食らうんだろうが」

 

 オースティンは今のところトニーに対して敵意を持っているわけではなく、武装解除や捕縛にも抵抗を見せなかった。

 そのおかげで銃声が北京王城内に響く事も無く、鳥や虫の鳴き声が穏やかに聞こえている。

 

「親父」

 

「あん?」

 

「チェックメイトです」

 

「……」

 

 結局、何も考えずに打った一手で、フランコに勝ちを譲る事となった。

 

「閣下、失礼いたします」

 

 両手に大量の書状を抱えた呂明がやってくる。 

 その頃には、なぜかオースティンとトニーが盤面を挟んで対局していた。

 

「今いいとこだ。後にしろ」

 

「左様でございますか。良いご報告でしたが」

 

「ほらほら!バレンティノ閣下、いつまで考えてるんすか!そっちの番っすよ」

 

 戦況はオースティンの手駒が優勢らしい。

 

「うるせぇぞ、犬!……その良い知らせってのを聞いてやる。さっさと報告しろ、呂明」

 

 呂明はにこやかに笑い、書状を差し出した。

 

「なんだ、こいつは」

 

「まずはこちら、住民からの税収の一覧でございます」

 

 漢数字が並ぶ文面に、トニーが顔をしかめる。

 

「てめぇはアルファベットの書き方を覚えろ」

 

「それは……面目次第もございません」

 

「おい、こんなもんが良いニュースなのか?予定通り進んだってだけの話だろう」

 

 書状を指差す。

 

「額です、閣下。前皇帝陛下の統治下においては、その重税のせいで脱税を試みる不届き者が続出しておりました」

 

「それで?」

 

「今回、我々が取り決めた税額は前皇帝陛下の時のおよそ四分の一でございます。しかし、それによって納税出来る住民が一気に増えておるのです。他の書状は中国国内の別都市での結果です。全てを合わせれば膨大な資金が生まれるでしょう」

 

 確かに良いニュースではあるが、そこまで大袈裟に喜ぶ事かとトニーは首を傾げる。

 

「話はわかった。終わりなら下がっていいぞ」

 

「いいえ、閣下。ここからが本題でございます」

 

 呂明は開いて見せていた書状を今一度抱え直した。

 

「以前、地方自治区の長官として勤めていた頃より、この大アジア大陸では国々の争いが絶えません」

 

「らしいな」

 

「その中で、我が国は幸いにも力がありました。閣下の見事な戦略に屈しはしましたが、度重なる戦乱の渦中を生き延びてきた強国でございます。しかし、周辺諸国には先の戦乱で滅んだもの、疲弊したもの、様々あります。そこでこの、多額の税収が活きるのではないかと」

 

「……弱った隣国を買収出来るってか」

 

「さすが閣下。もう話の内容を理解なさるとは。内政や私欲に資金を回すよりも、閣下はそちらを望まれるだろうと思っておりました。大義は理解しているつもりです」

 

 トニーが葉巻をくわえ、フランコが火を差し出した。

 

「上手く言いくるめようとしてる様に聞こえるのは俺だけか、呂明。俺に指図しようってんじゃねぇだろうな」

 

「滅相もございません。どう動かれるかは貴方の御心のままでございます」

 

「俺は反対ですね、親父」

 

「えーと、自分は金の話はよく分からないっす」

 

 訊いてもいない面々から意見が飛んでくる。

 

 確かに、呂明の意見はこの大陸の国々を掌握するのに有効な手段だといえる。

 トニーはこちらの世界で財を築くつもりなどない。彼の目標はあくまでもアメリカを勝たせ、自身が現世への帰還を果たす事である。

 

「呂明、綺麗事はいい。てめぇの望みは何だ?」

 

「閣下の勝利にございます」

 

「口に気をつけろ。二度言わせるのか?」

 

 呂明の、作り物の目が泳ぐ。

 

「しかしそう言われましても……」

 

「勘違いするな、馬鹿野郎。お前が知恵を絞って手に入れた資金だろ。たとえば、てめぇがこの中国を管轄する地位が欲しいと願えば……それくらいはくれてやると言ってるんだ」

 

「……!!」

 

 バラバラと書状を床に落とし、呂明は量膝、両手、そして頭までをも地につけた。

 

「なんと……閣下……!この呂明、返す言葉もございません!」

 

 ぽたりと床に垂れた水滴は、感激から流れ出た涙に他ならない。

 

「フランコにも感謝しろよ。奴はその任を蹴った。呂明、俺たちが進み続ける間、貴様にはこの中国全土の留守を任せる。いいな?」

 

「ははぁ……っ!この上ない、ありがたき幸せにございます……!」

 

……

 

 オースティンがため息をつく。

 

「ふぅ、やっと行きましたね……」

 

「待ちわびたか」

 

「いいえ。今の男……入室時と退室時で、明らかに貴方への思いを恐怖から尊敬へと変えましたね。面白いなぁ」

 

 それには返さず、トニーが駒を動かすとオースティンは立ち上がった。

 

「何だ?やめるのか、犬」

 

「……うちの団長の気配がしました。近くに転移してきたみたいっす。そろそろお暇させてもらいますね」

 

「俺の勝ちだな」

 

「構いませんよ。そんじゃ、さいならー!」

 

 取り上げられ、床に転がしてあった自身の剣をひっつかみ、オースティンはさっさと消えて行ってしまった。

 

「親父、嫌な予感がします」

 

「あの犬か?狐の間違いだったのかもしれねぇな」

 

 彼はトニーと呂明のやり取りに強い関心を示した。

 ロシア侵攻においてのヒントを与えてしまった可能性があるが、トニーもいちいち自分のやり方を隠すつもりはなかった。彼らがロシアを占領する事も、間接的にトニーの帰郷に絡んでくるからだ。

 

「くぉらぁ!オースティン、いつまで油を売っておるかぁ!」

 

「げっ!団長!今から帰るんすよ!」

 

「何か使えそうな話は手に入れたか!」

 

「声がデカイ!バカか、この団長!」

 

 城の廊下で鉢合わせになった二人の企みは、残念ながらトニーの耳に直接飛び込んだのだった。

 

……

 

……

 

 トニーが率いる魔王正規軍ロサンゼルス特別師団は、中国全土の制圧の直後から怒涛の勢いで進撃を開始した。 

 その圧倒的な軍事力で周辺諸国を飲み込み、トニーは次なる目標であるインド王国の首都、ニューデリーまで到達していた。

 

 ヒュー……

 

 ドンッ!ドンッ!

 

「抵抗は?」

 

「激しいようです、閣下」

 

 市街地の最東部にある、三階建ての宿泊施設の屋上に張られた本陣。

 爆発する弾頭の音が遠くで響く中、本陣に置かれた椅子に座るトニーと、隣に立つミッキー。 

 そこから見えるプラーナー・キラーという城が、この国の最後の砦だ。

 インドの建物らしい、白い丸みを帯びたドーム型の屋根が特徴的である。

 

「魔術師か?厄介だな」

 

「大魔導と呼ばれる超越者がいくらかいるようです」

 

 インド王国はアジア内では最も優れた魔術研究を推し進めている魔術国家だ。

 国力があり、雑兵ですらも屈強。敵は市街地戦にめっぽう強く、特にこの首都制圧戦は難航している。 

 ミッキーが言った大魔導とは、魔術師達を従える実力を持つ上位の魔術師らしい。

 彼らが要となって、こちらが放つ魔弾砲を空中で撃ち落としたり、突撃する歩兵を迎撃したりと、必死の抵抗を見せている。 

 ただし、彼らが主力とする魔術による被害は、ほぼ全ての兵士に装備が行き渡った破魔衣によって最小限に食い止められており、尖兵として採用していた他国の奴隷以外には脅威とまではいかない。

 

「決めの一手はどう考える?」

 

「難しい質問です。北京の時のように外壁で囲われた街でもないので、兵糧攻めも効果は薄いでしょうし……火攻めはいかがですか?」

 

「いや、木造建築の住居が少ねぇ。上手くいくとは思えねぇな」

 

 大河も街の側に流れており、火の手は燃え広がり難そうだ。

 

「では、飛竜隊による空爆はいかがでしょう」

 

「馬鹿野郎。飛竜が対空砲火で落とされるだろうが」

 

 飛竜は数少ない航空兵器として珍重されている。

 人間にはまだ飛行船や気球を作る技術がなく、出来てもせいぜい魔術を用いてゆらゆらと低空を浮遊する程度だ。 

 言わば、制空権は完全に魔族のものである。しかしながら、弓の射程範囲外においても高位の魔術師による落雷等の餌食になってしまう。

 

「街を囲むように土嚢を積み上げた後、あの大河を塞き止めた後に決壊させて大水で街を飲み込ませてしまうのはいかがでしょう」

 

「水攻めか。それは時間がかかりすぎる。だが、あの川を使うのは悪くないかもな」

 

 ヤムナー川。

 世界有数の大河であるガンジス川や黄河に比べれば見劣りするが、人の手によって塞き止めたりするには好都合なスケールだ。

 

「船で中心部に攻め込む……或いは川の流れを変えて水不足に追い込む……といった事でしょうか」

 

「却下だ。俺も少し考えるとするか。まったく、めんどくせぇ」

 

 ヒュー……

 

 ドンッ!

 

 再び爆発音。

 

 地上ではなく、空中で砲弾が炸裂する様子に、トニーは深いため息を吐いた。

 

「またか。撃ち方やめさせろ。弾の無駄みてぇだ」

 

「はっ、すぐに。誰か!伝令を頼みたい」

 

 建物の下に控えていたリザードマンの衛兵が駆けてきて、砲撃中断の命令を受け取って、戻っていく。 

 命令が伝わるまでの間、さらに三発の砲弾が撃墜された。

 

「敵ながら見事なものです」

 

「大魔導ってのは、見た目で分かるのか?派手な衣装とか、冠とかよ」

 

「いいえ。通常の魔術師と相違はないようです。使う杖も多く出回っている量産品ようで、術の威力を確かめるまでは一目で見分ける事が不可能との報告が上がってきました」

 

「いくつかの魔術師の分隊を組んで統率している様子はないか。それが大魔導かもしれねぇぞ」

 

「調べさせます」

 

 今度は誰かを呼びつけるわけではなく、ミッキー自らその場を離れていった。

 屋上から階下へ降りていく軍靴の足音と鋼の剣、鎧が接触してカチャカチャと鳴る音が消えていく。

 

……

 

「貴公。司令官と見える」

 

 訛りのある英語。

 インドではヒンディー語と英語が主に話される。

 

「……誰だ、てめぇ?」

 

 屋上にはトニーだけのはずだが、その声は彼のすぐ右手に立つ男が発している。

 

「名乗るほどの者ではない。しかし、互いに言葉が理解出来て助かったぞ」

 

 長く伸びたヒゲに褐色の肌。間違いなく現地人だ。

 

「いつからいた?」

 

「一人になる機会を伺っていた。貴公らが噂していた大魔導の一員である事くらいは教えておいてやろう」

 

 菩提樹製の太い杖を向けられる。

 彼は魔術によって気配を完全に消していたのかもしれない。

 

「そうか」

 

「……驚かないのか?」

 

 自らの命を狙う暗殺者には見向きもせず、ワインボトルをあおるトニーに男は問いかけた。

 

「生憎だが、タマ狙われるのは昔っからでな。慣れちまってる」

 

 ゴウッ!

 

 その言葉が終わると同時に、トニーに対して人の頭程度の大きさの炎の玉が放たれた。

 トニーは右腕をさっと上げ、その魔術を破魔衣で受けた。

 

「……なっ!」

 

「少しくらい話し相手になれ。暇なんだよ」

 

「馬鹿な事を!それを遺言にしてやる!」

 

 バリバリッ!

 

 炎が駄目ならばと、杖先に雷撃を起こす男。

 

 ズドンッ!

 

 銃声にも似た轟音と稲妻がトニーに襲いかかる。だが、閃光の後にもトニーが倒れる事はなかった。

 

「なぜ効かない!」

 

「お前、うちの連中とやり合うより先に俺のところに来たのか?魔術が効かないくらいでいちいちビビってよ」

 

「黙れ!」

 

「もういい。死ね」

 

 それを合図に、暗殺者の男の首が飛んだ。

 

 激しい血飛沫を首から放出しながら倒れる死体。 

 その後ろには一振りの日本刀を持った一体のスケルトン兵士。今しがた敵の暗殺者の首を斬り落としたのはこの者の仕業だ。

 

 本陣として使っているこのホテルの屋上は、四方から丸見えの状態である。

 野戦であれば悪天候や日射を防ぐためにテントを張るが、ここでは階下へ移動するだけで済むためそれもない。

 

 安全が確保されている地域とはいえ、ここは敵の街だ。その中に本陣を置く以上、何かが起きる可能性はある。

 そこで万が一に備えて死体に見立てたスケルトン兵士を側に転がしておくよう、ミッキーから助言があった。彼らは呼吸をしないせいで生きていると見破るのは難しい上、白骨化した人間の死体との見分けもつかない。

 邪魔にならない衛兵としてはうってつけだ。

 実はこのスケルトン兵。本陣の移動が決まってすぐに用意されたもので、トニーが到着するよりも前からピクリとも動かずに一週間以上伏せたままだった。

 

「おい。首なんか飛ばすから床が血みどろじゃねぇか。もっとお上品に殺れ」

 

「申し訳ございません。すぐに掃除いたします」

 

 カラカラに渇いた声での謝罪。

 まずその兵士は、首の無い男の死体を屋上から放り出した。

 ドサッ、という音の後に「なんだ!?」という誰かの声。おそらく下に待機している別の兵士だろう。先ほどの魔術の轟音に反応しなかったとは、少々頼りない気もする。 

 その数十秒後に、オーガの兵士が巨体をのしのしと揺らしながら屋上に姿を現した。

 

「閣下、何かありましたか」

 

「馬鹿野郎。見てみろ、俺は死ぬところだったぞ。ウスノロの木偶の坊め。何をぼんやりしてやがった」

 

 床に広がった血溜まりをぼろ布で拭いているスケルトンを指差し、わざと大袈裟な言葉を吐いた。

 

「ややっ!?まさかお怪我を!?いやしかしこれは人間の血……?とにかくすぐに手当て出来る奴隷を呼びます!」

 

 パリン!

 

 と、そのオーガに向けて投げつけられたワインボトルが割れた。 

 もちろん、リザードマンと同じく硬い皮膚に覆われたその巨体に対し、かすり傷一つ負わす事はない。

 

「使えねぇにも程があるぞ!手当ては必要ねぇからソイツと一緒に片付けでもやっとけ、デカブツ!」

 

「は、はい!」

 

……

 

 ミッキーが戻った時、屋上の光景に目を丸くして駆け寄ってきた。

 未だに二人の兵士が清掃を行っているが、拭いきれない血が渇き、どす黒く変色し始めている。

 

「閣下!これは一体、何があったというのですか!」

 

「ネズミが一匹潜り込んでな。始末した。怪我はねぇから大丈夫だ」

 

「くっ……」

 

 苦虫を噛み潰したかのように、ミッキーが渋い顔をした。

 自らの不注意が招いた結果だと自責の念を抱いているのは簡単に分かる。

 

「ふん、お前が置いといた骸骨が役立ったぞ」

 

「衛兵を増やし、警備を強化しましょう。或いは、陣を後方へ」

 

「要らん世話だ。このままでいい」

 

 街の周囲に背の高い山や丘が無く、戦況を見るためには櫓が必要になる。梯子の登り降りの手間は、上海で嫌というほど味わった。

 

「フランコは?」

 

「武器庫でお見かけしましたが。お呼びしますか?」

 

「ならいい。暇ならチェスに付き合わせようと思っただけだ」

 

 静けさを取り戻した街並みを見やる。

 砲撃が止んだ今、敵の魔術師と兵士も姿を現さなくなった。どこの世界でも、奇襲による迎撃は市街地におけるゲリラ戦の常套手段だ。 

 ヤムナー川から桶に水を汲む女が目に入った。淡い、桃色のサリーという民族衣装を纏っている。

 

「あの川以外に生活用水を得る手段は?」

 

「井戸があるようです」

 

「数は?」

 

「そこまで多くないかと」

 

「そうか」

 

 やはりトニーに浮かんだ攻略の要は水のようだ。

 川に大工事を施すよりは、井戸に細工をする方が現実的である。しかし、井戸は市街地の内部にあるため、簡単には近づけない。

 

「親父」

 

「あ?」

 

 今しがたミッキーが見かけたと話していたフランコが本陣に顔を出した。彼の足はすでに完治し、歩くのにも何ら問題はない。

 

「酒の差し入れです。ぬるいですが、どうぞ」

 

 蓋のない木箱に、六本のワインボトルが詰められていた。

 

「一本くれ」

 

「どうぞ」

 

 ワインの備蓄も少なくなってきたはずだ。

 アジア大陸で進軍の途中ではあるが、トニー自身や組員達の為にヨーロッパへ侵入する機会も作らなければならない。陰では私用だと揶揄されてしまうだろうが、どうとでもなる。

 

「砲撃が止んでますが」

 

「無駄撃ちだ。全部落とされちまう。あの川が利用できねぇかと思ってな」

 

「川……なら、上流から毒でも撒きますか。いや、住民も根絶やしになるのはよろしくねぇな」

 

 毒。確かにそれは簡単に蔓延し、多数の死者を生み出すだろう。そして少ない井戸に殺到した人々は争い始めるに違いない。

 だがもちろんフランコの言うように、それは必要以上に住民への被害を与え、民心を狂わし、この街での戦力と食糧物資の補給に支障を来す可能性が高い。

 

「毒自体は悪くねぇ。だが、敵の軍勢……あわよくば王だけを仕留めたいところだ」

 

「国王の毒殺を試してみますか?」

 

「出来るのか?」

 

「簡単にはいかねぇでしょうが。でも、手はいくつかあるでしょう」

 

 フランコが太い指を広げ、一つずつ曲げて見せる。

 

「直接誰かを城に忍び込ませるか……料理人、衛兵、大臣だか誰だかを買収するって手もあります。それから王宮に出入りしてる食料品の積み荷に毒を盛ってもいい」

 

「なら好きなようにやってみろ。お前に任せる。俺は引き続きミッキーと、あの忌々しい魔術師連中を殺す手段を考えてみる」

 

「分かりました。インド人の奴隷を借りますよ」

 

 フランコが階段を降りていく。

 奴隷を借りるという事は、誰かしらを買収する方向で毒殺を試みるつもりなのだろう。

 

 同時に、床の血を拭きあげた二名の兵士がトニーの目の前で片膝をつく。

 

「閣下、仰せの通りに清掃を終えました」

 

「デカブツは配置に戻れ」

 

「ははっ!」

 

 灰色の巨体が去る。

 

「骸骨、よくやった。腹は減ってねぇか」

 

「閣下、スケルトン兵は栄養素や水分を必要としません」

 

 ミッキーが言う。

 

「ヘルは飲み食いしてるじゃねぇか」

 

「まさか。あの方はスケルトン兵とは違います」

 

「俺には一緒にしか見えねぇがな……まぁいい。役に立った奴にはそれ相応の対価を与えるのが俺のスタイルだ。骸骨、何か望みがあるなら言え」

 

「ははっ。わがままが許されるのならば、これからも閣下のお側でお仕えさせていただきたく存じます」

 

 強い者に従う。

 分かりやすい構図だ。もはや本人の意志というよりは種族全体のルールと捉えた方が早い。

 

「常に俺の横で転がっているつもりか」

 

「ご命令とあらば、伏せも立ちもいたしましょう」

 

「冗談キツいぞ。四六時中、死体を側に置いとくようなもんだ。気味が悪いったらありゃしねぇ」

 

 拒否としか取れない言葉に肩を落としてうつむき、無表情なスケルトン兵であっても残念そうにしているのが分かった。

 

「だから、立って控えてろ」

 

「……!」

 

 やはり無表情な顔を上げたスケルトン兵。

 ミッキーが問う。

 

「よろしいのですか、閣下?」

 

「それが褒美になるんだろ?邪魔だと思ったら追い出すだけだ」

 

 単なる護衛であったミッキーも、今では立派な副官だ。やむを得ずトニーの側を離れている事も少なくない。

 この先、食事や休憩が不要なボディガードがいれば好都合である。

 

「それはそうと、俺の側で控えるってんなら」

 

 骨身に日本刀だけを脇に抱えたスケルトン兵を見やる。

 

「そんな薄汚くて気味が悪いまんまじゃ、つまらねーな」

 

「……?」

 

「はい……?」

 

 本人もミッキーも、よく理解できていない。

 

「そうだな……スーツだ。イギリスにはあるんだったな?そこで調達する」

 

「あぁ、こやつに衣服の手配が必要ですか。承知いたしました」

 

「俺も行く。ちょうどいい気晴らしだ」

 

 トニーが腰を上げた。

 

「今すぐにですか?」

 

「さっさと転移術を出せ!」

 

「ははっ!」

 

 思い立ったら即行動。トニーの機嫌を損ねる前に、ミッキーは杖を振った。

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 切り裂かれる空間。 

 本陣が空になり、味方の間ではちょっとした騒ぎになるかもしれないが、トニーはお構い無しだ。

 

「立て、骸骨。てめぇの世話だぞ」

 

「はっ」

 

「閣下、行き先はどちらになさいますか?」

 

 ボルサリーノをずらし、トニーがミッキーをギロリと睨みつける。

 

「イギリスと言っただろうが?」

 

「しかし、あの国も広うございます。衣服であれば閣下の好みもございましょう……?」

 

 恐る恐る、ミッキーが言った。

 

「……チッ、お前には服の流行なんか分かるわけがねぇってか?」

 

「わざわざご自身が向かわれる程のこだわりをお持ちなら、ご期待には添えないかと」

 

「そうだな、こいつならシングルの方が似合いそうだ。街なら置いてると思うが」

 

 細身どころではないスケルトン兵の体型には、タイトなスーツ以外は考えられない。むしろ、どれだけ細いサイズでも多少はだぶついてしまうだろう。

 

「大都市であれば、やはり首都ロンドンでしょうが、我々だけではあまりにも危険すぎます。他ではマンチェスター、ケンブリッジ、エディンバラという街があると聞きました」

 

「ロンドンか……」

 

 もちろんトニーの頭に浮かんでいるのは、現世のロンドン、そのきらびやかな街並みである。

 

「我々が占領してきたどの街よりも軍備は強固でしょう。少人数ではすぐに囲まれてしまいます。ハインツ閣下はそれなりの大部隊を投入されたはずです」

 

「ニューヨークがあんなシケた場所だったんだ。ロンドンも大した事はねぇだろう。どれだけ田舎なのか、馬鹿にしてやるとしよう」

 

 トニーがにやりと笑った。

 

「しかし……!それならば、もう少し護衛の数を増やさねば危険です!」

 

「俺の言う事が聞けねぇか?」

 

 ややあって、「……いえ」という返答があった。

 

 バリバリバリ……!

 

 開きっぱなしだった空間の亀裂に三人が入る。

 

「では……ロンドンへ」

 

「おう」

 

 ズゥン……

 

 視界は閉じた。

 

……

 

……

 

 イギリス合衆国。首都ロンドン。


「おい、でけぇな。まるで万里の長城だぜ」

 

 ロンドン全体を囲う巨大な城壁の外。

 街の全貌を見渡そうと、いつものように目についた丘へ上がるが、あまりにも広大な街とそれを守る壁はトニーらの思惑を許してはくれなかった。

 

「万里の長城とは?」

 

 地面に伏せた体勢でミッキーが訊く。

 

「とてつもなくデカくて長い壁だ。地の果てまで続いている」

 

「なんと、それは一度見てみたいものですな」

 

「心配するな。俺たちは今、限りなくそれに近いものを見てる」

 

 文明レベルはこの世界の他の国々と変わらず、中世辺りの古いものである。

 しかし規模の話をすれば、トニーが思い描いていたロンドンとは大きな差があった。つまり、現世のロンドンよりも巨大である事だけは間違いない。

 

 入り口である鉄門がいくつか見える。

 人々の往来の為に開け放たれてはいるが、憲兵が通行書を確認しているらしい。その厳重な警備のせいで、どの門にも長蛇の列が生まれている。

 

「あの壁は転移術で越えれねぇのか?」

 

「閣下、街の外に転移出来たのは幸運でした。あの中に出てしまっていたらと思うと」

 

「もういい。仕方ねぇ。俺一人で正面から入って中を見てこよう。忍び込まねぇんならお前らは目立つ。ここで待機だ」

 

 ミッキー達を群衆に紛れさせる隙はなさそうだ。

 

「確かに閣下のお召し物に似た服を着た人間は見受けられます。しかし、あの警備をどう潜り抜けるおつもりですか?」

 

「さぁな。憲兵と話してみるしかねぇだろう」

 

 トニーはスラックスのポケットから万国共通の通貨である金貨を数枚取り出してみせた。

 

「ふむ……我々もここから見ておりますので、閣下の御身が危ないと感じたらすぐに救出して離脱いたします」

 

……

 

「あんちゃん、どこから来なすった?いい身なりだねぇ」

 

 長蛇の列に一人紛れ、順番待ちをしていたトニー。彼のすぐ後ろに並んでいる農夫から声をかけられた。麦わら帽子に麻の服を着て、小麦を大量に積んだ荷車を牛に引かせている。

 

「あぁ?どうしてそんな事を訊く?」

 

「そりゃそうだろうよ。あんちゃんみたいな人間が従者も馬車もなしにポツンと並んでんだから。盗賊にでも身ぐるみ剥がされて逃げ帰って来たんじゃないかい?」

 

「盗賊……?」

 

「そうさ」

 

 農夫がくわえた木のパイプから煙が上る。

 

「ロンドンの壁を一歩出たら、何が出たっておかしかない。街道沿いならば随所に兵隊さんのいる検問はあるが、獣道を熟知してる連中にはどうってこたない」

 

「ほう?そりゃあいい事を聞いた」

 

 トニーは農夫の鼻っ柱に向けて金貨を一枚、指で弾いた。

 

「おわっと!なんだぁ?」

 

 反応が遅れた農夫が、チャリンと音を立てて地に落ちた金貨をつまみ上げる。

 

「……!?」

 

 そしてすぐに目を丸くした。

 金貨一枚は、およそ農民の月収に匹敵する大金である。

 

「あんちゃん!あんた……こりゃあ!?」

 

「礼だ、とっとけ」

 

「礼って……あんた、一体何者なんだ……王族貴族でもこんな無茶苦茶な事はしないよ」

 

 口を尖らせてそう言いながらも、金貨をしっかり胸ポケットにしまっている。

 

「もちろんそれだけじゃねぇ。もうひとつある」

 

「ん?」

 

「俺とおっさんはここで口をきいちゃいない。俺がこの後で憲兵に何を言おうが、何をやろうが、お前の知った事じゃねぇ」

 

 トニーの真意は謝礼などではなく、そして買収でもない。

 

「分かったな?」

 

 これは脅迫である。 

 両肩を掴み、泳ぐ農夫の目を逃さない。

 

「わ……分かった……」

 

「ふん」

 

 およそ三十分後。

 

「次!」

 

 衛兵に呼ばれたトニーが歩を進めた。

 

「通行書を」

 

「んなもんねぇよ」

 

「はぁ?では通すことは出来ませんな、ミスター」

 

 やはり簡単にはいかない。しかし、身なりを見て身分の高い人間だと勘違いさせられたのはトニーの予想通りだ。

 

「ふざけてるのか?お前らが国内の警備をおざなりにするから、こっちは従者も荷物も全部失うはめになったんだぞ!」

 

「な……!それでは、盗賊の類いに襲われたということですか!」

 

「見れば分かるだろう!どうなってるんだ、この国は!」

 

 左右から二人の衛兵が、なめるようにトニーの全身を観察する。

 汚れた彼のスーツはお世辞にも綺麗とは言えない状態だ。

 

 騒ぎを聞きつけ、門の内側からさらに数人の憲兵らが現れた。トニーの後ろに並んでいる人々も何かあったのかと注目しているが、すぐ後ろにいる農夫だけは顔を背けていた。

 

「いかがなされました」

 

 今しがたやってきた老年の憲兵が尋ねる。

 

「通行書を奪われた。それどころか、馬車も持ち物も全部だ!いつまでも盗賊なんかのさばらせておくから被害が止まねぇんだろう!」

 

「お、落ち着いて下さい!」

 

「これが落ち着いていられるか!」

 

 もちろんトニーは簡単には退かない。

 

「どうぞお通り下さい……!そこにある門番の詰所で詳しい話をお聞かせ願います。おい、こちらの紳士をお連れしろ」

 

 第一関門突破だ。

 心の中でほくそ笑みながら、トニーは数人の憲兵に続いて城門をくぐった。

 

……

 

 ガランとした石造りの室内には四脚の木椅子と机。

 詰所の中でカードに興じていた兵を人払いし、老年の憲兵とトニーが向かい合って座った。

 

「ええい、またこんな玩具を……」

 

 老兵が机の上に散乱しているカードを手で押しのけ、床に落とした。

 

「さて、と。申し遅れました。ここらの門兵を管理しておるケネディと申します。まずは、お名前をお伺いしてもよろしいですかな」

 

 にこやかな顔で訊いてくる。軍人には違いないが、柔らかい人柄のようだ。

 

「いや、そりゃ遠慮しておく。俺がどう名乗ったところで、身分を示すものは失った。裏を返せば、どんな家柄にだって化けれる。それを見逃したとあればお前の責任になるんじゃねぇのか」

 

「なるほど、確かに仰る通りですね……では、ロンドンへはどのような理由でいらっしゃったのでしょうか?やや言葉に訛りがあるようなので、異国の御方だとお見受けしますが」

 

「個人的な買いつけだ。ロンドンなら上等なスーツが手に入ると聞いてな」

 

 目的を偽るかどうか一瞬迷ったが、本当の事を話した。

 

「残念です。楽しみにしていらっしゃったでしょうに、このような結果となってしまって……」

 

「命からがらたどり着いたのに、店には行かせてもらえないのか?それに、帰りの車くらい手配して貰えるんだろうな?」

 

「それは、私の一存ではどうとも言えません」

 

 切り崩せない壁に、舌打ちをする。

 

「チッ……仕方ねぇ。話の分かる奴に会わせろ」

 

「うぅむ……すぐにとはいかないと思いますが、声はかけてみましょう」

 

「そんな返答じゃ頼りねぇな」

 

 トニーが机の上に、手持ちの金貨を数枚乗せた。

 

「なんと……!金貨ではありませんか」

 

「これだけは無事だった。教えてくれ。このはした金でどのくらいの質のスーツがくる?お偉方が無理なら仕立屋をここまで連れてこい」

 

 老兵はまだどこかでトニーの事を疑っていたのだろうが、これで本当に服を買いに来たのだと信用したようだ。

 

「……承知しました。街へ早馬を飛ばしましょう。しかし、商人がここへ来るのは夕刻近くになるかもしれません」

 

「構わねぇ。ついでに酒と肴の出前も頼めるか。もちろん代金は払う」

 

「ははは。街へお入れ出来ない以上、それくらいは力になりましょう」

 

 老兵が退室していった。

 

……


「もし。商人を連れてきましたぞ」

 

 準備されたアイリッシュビールを飲み干し、机にうつ伏せになってうたた寝をしていると、老兵に起こされた。開いた扉から見える空はすでに日が沈みかけている。

 

「おせーよ」

 

「申し訳ありません。仕立屋や卸業者は首を縦に振りませんでな。運良く輸出入の行商をやっているという男を見つけて、なんとか説き伏せました」

 

 詰所を出ると、行商人が使うには明らかに豪華すぎる大型の馬車が停まっていた。 

 未完成ではあるが、荷台の屋根の上や後部には武器が取りつけられており、まるで動く要塞とでも呼べそうな代物である。それほど行商も危険な仕事なのかとトニーは思った。

 

「この者です」

 

「おう」

 

 紹介されたのは髭面の中年男だった。栗色のシャツは油汚れだらけで迷彩柄のようになってしまっている。

 黄色い歯を見せて、わざとらしい作り笑顔を振りまいている。

 

「へへ、どうも。スーツが入り用だそうで」

 

「薄汚ねぇ野郎だな。泥まみれの品なら買わねぇぞ」

 

「いえいえ、安心してくだせぇ。品定めにおいちゃぁ、あっしの目に狂いはねぇもんで」

 

 男が馬車から黒い布の包みを下ろす。それを開くと中にはスーツとスラックスが数着、折りたたまれていた。 

 トニーは適当なものを一つ手に取り、手触りを確かめた。

 

「ほう……」

 

 するりとした感触。おそらく絹だ。この世界で手に入るものでは最上位の品に違いない。

 

「へへ、どうです?しかし、わざわざロンドンまで買い出しにいらっしゃるとは、お客さんも通ですなぁ。まだ、外ではあまり知られていないはずなんですが」

 

「それで行商する事にしたのか。確かに質は悪くねぇ。お前の目利きも満更でもねぇらしい。だが、保管状態は感心しねぇな」

 

「……と、言いますと?」

 

 商人が首を傾げる。

 

「パリッと着こなすのが紳士ってんだろ?こんな乱雑に折り曲げちまったら上等品が台無しだ。一着一着、吊るしてやればシワも減るし、高級に見えるんじゃねぇか」

 

「こりゃ驚いた。お客さん、見かけによらず繊細なんですなぁ」

 

「あぁ?うるせぇぞ。こいつを全部くれ。金はこれで足りるか?」

 

 ポケットの中から一掴み、金貨を乱暴に商人の胸へと押し当てる。

 両手で皿を作ってそれを受け取り、一枚ずつ数えている。合計は九枚だったようだ。

 

「残念ですけど、これじゃぁ足りませんね」

 

 トニーも物価にはあまり詳しくないが、過払いなのは明らかだ。

 

「本気か、てめぇ?」

 

「へへへ……そう言いたいところですが、充分でさぁ。こんなにいただけるんなら、是非ともご贔屓にしてくだせぇ」

 

 再び、商人がにやりと笑った。

 

「面白ぇ。俺を相手にふっかけやがるか。入り用ならまた呼びつけてやりたいが、行商なんだろう?」

 

「へぇ。しばらくはロンドンにいますが、そう遠くない内にイタリア、ローマに帰ると思います。そっちにあっしの会社が有りますんでね。元々は馬具の取り扱いだけをしてたんでさぁ」

 

「確かに馬車も見事だな。覚えといてやる」

 

 大量のスーツを布を包み直し、トニーはそれをわきに挟んだ。

 

……

 

「閣下、お帰りなさいませ」

 

「ご無事で何よりでございます。お目当ての品は見つかりましたか」

 

「おう。待たせたな」

 

 ミッキーとスケルトン兵に出迎えられ、トニーは包みを開いた。

 門をくぐる時、トニーは憲兵から丁重に扱われていたので、さほど心配はしていなかったようだ。

 

「町にある店には通してもらえなくてな。行商人を紹介してもらった」

 

「さすがは閣下。機転を利かせたわけですか」

 

「骸骨。これを着てみろ。一番細いやつだ」

 

 スケルトン兵に、黒地のシングルスーツをすすめた。

 

……

 

「着用いたしました、閣下」

 

 やはりダブついてしまっているが、裸でいるよりは何倍も見栄えが良い。しかし、足と手、顔を含め胸元から上は隠しきれない。

 

「ワイシャツはいくらでもうちの陣中にあるが、革靴と手袋を忘れてたな。面隠しにハットも準備するか」

 

「私なぞの為に、見に余る幸せでございます」

 

「ミッキー、てめえも着るか?」

 

「いただいたこの腕章だけで充分です、閣下」

 

 腕章とは言うが、元々はトニーのポケットチーフである。

 煤や汚れで真っ黒になり、何色だったのかすら定かではない。

 

「なんだ。尻尾の為にケツの部分に穴を開けたスーツなんて、面白そうだとおもったのによ」

 

 ミッキーをファミリーの笑い者にしたかっただけらしい。

 魔族の中でも、人間に近い体型をしている種族以外に洋服が似合わないのは明らかだ。

 

「それよりも、閣下。靴などの調達は他の者に任せるか、次の機会にして帰還いたしましょう。ニューデリーの戦況が気になります」

 

「どこまでも真面目な野郎だ」

 

「では……」

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 トニーの言葉、いつもの悪態を肯定と取ったミッキーが転移術を発動し、三人が空間の亀裂に入った。

 

「参ります」

 

 暗闇と静寂がやってくる。

 

……


 本陣のある、ホテルの屋上。 

 転移前と転移後の違いはほとんど無かったが、フランコが一人で腕組みをして立っていた。

 

「あぁ、やっぱりお出かけでしたか」

 

「買い物だ。下のデカブツが言ってなかったか?」

 

 フランコが首を横に振る。

 建物の前には衛兵がいる。転移術の音を聞いたはずだが、刺客の件にも気づかないような輩がそれを察知する可能性は薄い。

 

「スーツだ。野郎共にも、新しいのを欲しがってた奴がいただろう。配ってやれ」

 

「ありがとうございます、親父」

 

 包みを放る。

 

「それで、国王は殺れそうか」

 

「勘弁して下さい。まだ動き出したばかりじゃないですか」

 

「何か話があるんじゃねぇのか?」

 

「……ウチの若いのが一人殺られました。敵の矢です」

 

「あぁ!?」

 

 組員から犠牲者が出るのはかなり久しい。

 大部隊を率いるようになった後では、出来る限り危険性が低い後方支援、主に遠距離からの大砲による射撃に当たらせていた。

 

「まさかそいつを前に出したのか!?」

 

「もちろん違います。大砲の整備中に、どこからともなく複数の弓兵が現れたって話です。すぐにそいつらは皆殺しにしたみたいですが……」

 

「クソが……!」

 

 悔しいがすでに仇は討てている。やりきれない怒りはフランコではなく、靴底で床にぶつけた。

 

「遺体はさっきロサンゼルスに運ばせました。まだ埋めちゃいないので、親父がその前に面を見ておかれるならと思いまして」

 

「……いや。早く眠らせてやれ」

 

「奴ら、隠れ場所のない原っぱから姿を現したそうです。忌々しい魔術師連中の仕業でしょうね」

 

 トニーに接触してきた暗殺者も姿を消していた。手口が同じだ。 

 自らの姿だけではなく、味方に対してその術を使う事が出来るとあれば、至るところに伏兵を配置出来る。

 

「……弾を撃ち落としてた連中もみんな、そうやって隠れてやがるのか?」

 

「可能性はありますね。どこからか弾を撃ち落とし、歩兵を蹴散らす。俺達が思ってる以上に、大魔導……でしたっけ?その魔術師の数は多いのかもしれねぇ」

 

「ここも含めて、街全体に潜んでやがるか」

 

 トニーが葉巻をくわえ、指先から火を点す。

 

「フランコ、ミッキー」

 

 そして、煙と一緒に腹心二人の名を呼んだ。

 

「はい?」

 

「はっ」

 

「悪いがプラン変更だ。民衆、兵士、王族、それから奴隷に家畜……全て殺せ。ネズミ一匹たりとも討ち漏らすな。……この街は、街ごと消す」

 

 ジリジリと音を立て、トニーの葉巻が激しく灰と化していった。

 

……

 

……

 

 二週間を少し過ぎた頃だ。

 ついに、この街で動く者はいなくなった。


 トニーはありとあらゆる手を尽くし、街を「滅ぼす」事に専念した。 

 まずは川の上流から毒を流し、その水を利用する民草を根絶やしにした。これは敵軍が防げるはずもなく、街の労働力は一気に崩れる。 

 だが小麦や米の生産が出来なくなったところで街を塀や壁で囲んでいるわけではなく、食糧難に追い込むのは現実的ではない。


 次にトニーが打った手は、人がいなくなった街への砲撃だった。 

 砲弾に対して魔術師による空中での迎撃を危惧していたが、無人の街を護ろうとする命令は出されなかったらしい。街の外側に当たる住宅地はいとも簡単に焦土と化した。

 

 城を落とす時には、オーガやリザードマンを主力とする歩兵を投入した。

 ここだけは白兵戦になり、タダでは済まない。苦肉の策として前線で戦う歩兵達の盾に、後ろにいる者達の破魔衣を分け与えて張りつけた。

 

 直接的に魔法を防ぐ事は完璧に近くなったが、敵もあの手この手で必死の抵抗を見せた。

 建物を爆破して瓦礫の下敷きにしたり、地面を落とした上から投石や弓による掃射等、ロサンゼルスの兵士達に甚大な被害をもたらした。

 

 それでも、一人一人の戦闘能力は圧倒的に魔族の方が高い。さらに兵数も上回っているとあれば、力ずくで飲み込む事は可能だ。

 出来る限り現地人や味方の兵士に安全な方法を取ってきたが、その枷をついに外してしまった事になる。

 今回は特例として、戦闘中の「食事」を許可した。つまり、敵兵を食らっても良いという事だ。後に奴隷として確保する対象にはあまり見せないようにしてきたが、皆殺しならばその必要もない。

 その光景に、対峙する敵兵は恐怖した事だろう。

 

 最後に、抵抗勢力がいなくなったニューデリーの街全体への砲撃を実施した。

 生き物どころか全ての建物を吹き飛ばし、かつてここに街があったとは誰も思わない程に破壊の限りを尽くした。 

 大軍を成して共に戦ってくれた部下たちも半数近くまで激減し、占領の都度補充してきた尖兵の奴隷たちはほぼ全て死に絶えた。

 

 もちろんトニーは次なる都市の侵略へと向かうが、兵員の増強は避けては通れない問題となる。

 

……

 

……

 

「閣下」

 

 本陣を引き払い、移動の準備が進む中、居眠りをしていたトニーは低い声をかけられて目を開いた。

 

 全身に真新しいスーツ。ピカピカのエナメルの靴に灰色のレザーグローブ。ハットとバンダナで顔のほとんどを隠した怪しい人物。その左手には格好とは不釣り合いな日本刀が握られている。

 

「てめぇか、ジャック」

 

「お車の手配が済んでおります。部隊はじきに移動を開始するようなので、お休みになられるならばお車へどうぞ」

 

 スケルトン兵、ジャック。将軍の警護を任されている。

 ディズニー映画に登場する骸骨の名前がそうだったはずだと、安易にトニーが名付けた。

 

 彼の先導に続いていくと、屋寝付きの荷車を引いた人力車が用意されていた。人力車とは言うが、立っているのは人間ではなく二体のオーガだ。彼らがそれを引くため非力ではないだろう。

 それは焼け残った廃材を利用し、人間がよく使う馬車を模して作られたものである。大きさもかなりのもので、木製の荷台に破魔衣の幌。無骨ではあるが、生産活動に慣れない魔族の兵士達が作ったと思えば納得出きる仕上がりだ。

 

「どうぞ」

 

「おう」

 

 垂れ幕を上げて後部から荷車に入ると、ミッキーとフランコが中で待っていた。椅子が三脚、前方を向いて固定されている。

 

「なんだ。個室じゃねぇのかよ」

 

「親父、そんなこと仰らずに俺も乗せて下さいよ」

 

「邪魔であれば私は退室いたしますが」

 

 やはり対照的な言葉が返ってくる。

 

 しばらく経つと、何の前触れもなく車がゆっくりと動き始めた。ジャックは乗車して来なかったので、車に付随して警護をしてくれているはずだ。

 

 トニーらの乗る車両は長い隊列の中心で、前と後ろにずらりと騎兵や歩兵、僅かな奴隷が並ぶ。飛竜隊は上空を飛び回りながら隊列に脅威が近づいていないか、または進行方向に狂いは無いか等を確認してくれている。

 

「次はどこだったか」

 

 トニーがぶっきらぼうに訊いた。

 フランコは涼しい顔で拳銃を磨いている。知らないという事だ。

 

 ミッキーが懐から羊皮紙を取り出した。地図のようだが、地名は漢字で記されている。中国で手に入れたか、あるいは呂明あたりに書かせたものだ。

 

「ここがニューデリーです。南に向かい、まずはコロンボという都市を目指します」

 

「どこの国だ。インドか?」

 

 首都を破壊した以外、インドの都市は全て占領している。

 

「いいえ、確か……スリランカという国です。しかしご安心を。既に閣下のご命令で買収が終わった国でございます」

 

 現世のスリランカは島国だが、こちらの世界では陸路で辿り着ける。

 

「奴隷と食料の補充か?」

 

「えぇ。しかしやはり、主力の兵数が気になるところです」

 

 魔族と組員で構成されたトニーの配下、魔王正規軍ロサンゼルス特別師団の部隊員は点呼の結果、644名にまで減っていた。

 

「ロサンゼルス近辺での徴兵は」

 

「もちろん随時受け付けております。効果が今一つなのは否めません」

 

「最悪、ヘルに兵隊を借りるか……また虫駆除のバイトでもやってよ」

 

 六魔将ヘルの居城、フィラデルフィアの街では未だに巨大昆虫による被害は止んでいない。

 

「そうしようにも、やはり手勢が削がれます」

 

「なに、こないだみてぇに突っ込ませなきゃいいだけだ。今は大砲も銃もある。虫に効くのかは知らねぇがな」

 

「ヘル閣下より、カトレア様にご相談なさってはいかがでしょう」

 

「カトレア?アイツは貸せる兵隊なんて持ってねぇだろうが」

 

 ミッキーの進言にトニーとフランコが目を見合わせる。

 

「ヘル閣下の兵も限りがございましょう。今、手に入るのは人間ばかりです。カトレア様なら人間の奴隷を上手く使う方法をご存知かもしれません」

 

「服従させる術か?一人一人に術をかけて回るなんて悠長な仕事なら話にならねぇぞ」

 

 トニーがそう返し、さらにフランコが続ける

 

「そうじゃなければ中国で見た、狂戦士を生み出す術の事を言ってるのか?あれは敵の、それも人間のもんだ。カトレアのお嬢が使えるかどうか」

 

「どちらにせよ、アイツは呼ばねぇ。ガキに助けられて俺の気分が良いと思うか?」

 

 トニーがぴしゃりと言った。

 ここまで否定されてはミッキーも引き下がるしかない。

 

「承知しました」

 

「要は、その最悪の事態を招かなきゃいいだけの話だ。破魔衣と弾を増産して今以上に部隊を強固にしてやろうじゃねぇか」

 

……

 

……

 

 そして、しばらく後に再び大魔定例幹部会の召集がかかり、トニーはニューヨークへと向かった。

 

 今回の付き添いはミッキーとジャックである。

 フランコは口を尖らせたが、一度くらいジャックにも最高位の面々に会わせてやろうという事で話は落ち着いた。


 二人の門兵が新人らしく、トニーらを通すのにわざわざ城内の使い魔に確認をするという一手間があった以外は特に滞りなく着席できた。

 

「よう。俺が最後か?」

 

 床や壁がなく、宙に浮いているような光景が広がる玉座の間。たまたまトニーの隣の席に座っていたジャクソンビル城主のリーバイスに話しかけた。彼は全身を包帯でぐるぐる巻きにしたミイラ男のような出で立ちである。

 

「あぁ。貴殿が最後だ……」

 

 ちらりと一瞥し、布の下からぼそぼそとこもった声が返ってくる。

 

 彼は武官である六魔将の中で最も目立たない存在で、これといった武功や手柄を報告する事は無い。淡々と侵入をし、ジャクソンビルの平穏を守っている慎重派といった印象だ。

 

「バレンティノ殿」

 

 それ以上はトニーから話す事もなく葉巻をふかしていたが、ふいにリーバイスの方から声をかけてきた。

 

「あ?なんだ?」

 

「煙草をきらしていてな。すまないが、一本譲っていただけないだろうか」

 

「あぁ?この葉巻は終いだ。普通の紙巻きならやる」

 

 小さな木箱を放る。

 

「助かる」

 

 リーバイスはそこから煙草を一本取り出し、口元の布をずらしてくわえた。

 

「暑苦しい格好だな。全身火傷でも負ったのか?」

 

「その通りだ。遠い昔、火山の口に落ちてしまってな」

 

「溶岩で水泳大会か?それでくたばらねぇとは、呆れるくらいの生命力だな、てめぇ」

 

 何か罰を受けたわけではなく、魔族同士の決闘の最中に落ちたらしい。

 魔族と言えども、溶岩に浸かれば燃え上がる。火を吹く竜人だろうが魔術師だろうがそれは同じだ。普通ならば大火傷で済むような話ではない。

 

「水泳か。面白い喩えだな」

 

「喧嘩の相手は生きてんのか?」

 

「いや、殺された。貴殿の手によってな」

 

 一瞬、何のことだとトニーは思ったが、すぐにピンときた。自らがのし上がるきっかけになった先任の六魔将の死である。

 

「クルーズか?喧嘩なんかするアツい奴には見えなかったがな」

 

「いさかいからの殺し合いではない。単純な手合わせ、腕試しのつもりだった。事実、助け出してくれたのは彼なのだからな」

 

「言っとくが、俺を恨むなんてのはお門違いだぞ」

 

「分かっている」

 

 リーバイスは口から紫煙と共に、ぼそぼそと言い返した。

 目と唇だけは見えるが、瞳はどんよりと曇った灰色、唇は火傷のせいか赤黒い。

 

「大人しいだけの奴かと思ってたが、少しは話せるか」

 

「どういう意味だ?」

 

「煙草なんかふかしてんだ。酒もいけるだろう」

 

 しかし、リーバイスは首を横に振った。

 

「残念だが、得意とは言えん。そういえば、貴殿はいつも酒の話ばかりだな」

 

「他に楽しみなんかねぇんだよ。こんなしみったれた世界にはよ」

 

 吸い終えた葉巻を床に捨てる。

 

「そうなのか。娯楽が豊富なのだな」

 

「豊富なんてもんじゃねぇ。俺の一生を懸けたところで遊び尽くせやしねぇ。お前は何が楽しくて将軍なんかやってるんだ?」

 

「楽しくて、とはなんだ……陛下のお力になれれば、それは名誉な事だ」

 

 マニュアル通りという表現が似合う模範的な回答だ。トニーが舌打ちをして顔をしかめる。

 

……

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 リーバイスへの興味をすっかり失ってしまったトニーが欠伸を噛み殺していると、ようやく空間転移の亀裂が走った。

 無論、大魔王陛下のお出ましである。

 

 ズゥン……

 

 巨大な真紅の体躯。ゆったりとした動きで首を左右に振り、一同を見る。

 

「皆、大義である」

 

 直後、いつものように会場からは歓声が上がった。

 

「大魔王陛下、ばんざ……ぐっ!」

 

 ミッキーも同調して叫び始めてしまう事を予測していたトニーの蹴りが横腹にめり込み、早々にそれを中断させる。

 

「ジャック……?なんだ、てめぇは平気なのか」

 

 ジャックは他の護衛らとは違い、静かに佇んでいる。

 

「い、いえ……感動のあまり言葉を失っておりました。あの御方が、大魔王陛下……」

 

「けっ、思い出作りに貢献出来て何よりだぜ」

 

 大魔王アデル・グラウンド十一世。

 彼はすでに玉座に腰かけているが、歓声が止む事はない。

 

「大魔王陛下、万歳!」

 

「万歳!」

 

「よう……ミイラ男、てめぇの家来共を黙らせちゃくれねぇか」

 

 トニーがイライラとリーバイスに言葉を投げる。

 

「む、黙らせる?なぜだ?」

 

 リーバイス本人は静かなものだが、彼の連れているスケルトン兵士二名は大騒ぎの真っ最中である。しかし、忠義を誓った主君に対するその行為が、まさかトニーの迷惑になっているとは思うはずもない。

 

「貴殿の護衛共は声を上げぬが……護衛は大した意志を持たぬ雑兵にしておかねば、陛下に失礼ではないか」

 

「知らねーよ、そんな決まり事なんざ」

 

 大魔王の入場パフォーマンスは少々脚色されている部分もあるようだ。

 

「ふむ……しめやかなのは誰かの葬儀くらいなものだ。覚えておくと良い」

 

 トニーはろくに返事もせず、床に置いてあったボトルを手に取っただけだ。

 

「……皆、静粛に」

 

 大魔王が右手を挙げ、会場を静める。

 

「全員揃っておるな。此度の大魔定例幹部会を執り行う。まずは、例によって皆の者からの報告をもらおう」

 

「やっと始まるか」

 

「では、トニー・バレンティノ。今日は貴様からだ」

 

 トニーが一番手での報告を命じられるのは初めての事だ。

 特に何か順番を決めているわけではなく、大魔王の気分次第といったところだろう。

 

「あ……?まぁ、構わねえがよ」

 

「閣下、ご起立下さい」

 

 ミッキーがそう促す。

 

「ロサンゼルス城主、魔王正規軍ロサンゼルス特別師団長のトニー・バレンティノだ。今日の門番だが、あれは何だ?そろそろ顔パスで頼むぜ」

 

 身に覚えのある諸侯らから笑いが上がった。

 

「そうであったか。それは皆の者にも世話をかけたな」

 

「……今、うちの部隊はインドって国の占領を終えたところだ」

 

 おぉ、と会場からいくつかの声が上がる。

 

「既に複数の国を落としたようだな、トニー・バレンティノ」

 

「おい、知ってるんならわざわざ報告させんじゃねぇよ。それも、俺より先に言いやがって」

 

「余の耳に噂が届く程の活躍だと言うことだ。そう邪険になるな。……順調だと考えておけば良いか?」

 

 大魔王の質問にトニーは唸った。順風満帆とは言えない状況だからだ。

 

「ふん……どうだろうな。確かに勝ち進んではいるが、兵の消費が激しい。このまま欧州列強に向かったら危ないかもしれねぇな」

 

「ほう……?どう打開するつもりだ」

 

「さぁな。どうにかする」

 

 曖昧な回答に、誰かの高笑いが響いた。

 

「あぁ……?」

 

 高笑いに対して、トニーが睨みつけた相手は金色の獅子の獣人、エイブラハムであった。

 

「ははは!やはり苦戦しておるようだな!異人よ!」

 

「てめぇか。楽しそうで何よりだな、ライオン」

 

「国を取ったとはいえ、小国ばかりであろう!我が軍団の相手はその何倍もの大きさのロシア帝国なのだ。貴様の快進撃などたかが知れておるわ!ははは!」

 

 挑発的な言葉に、トニーはみるみる不機嫌になった。

 

「くそったれが……他人の不幸は蜜の味ってか?俺に喧嘩売ってるつもりなら買ってやるぞ」

 

「ふん!望むところだ!いつでもかかってくるがいい!但し、定例幹部会が終わってからにするのだな」

 

「せいぜい背中には気をつけろよ」

 

 ジャックは直立不動だが、ミッキーは屈んで「いつもの安い挑発です。どうかお気になさらず」と耳打ちしてきた。

 

「トニー・バレンティノ。他に何か報告はあるか?」

 

「ねぇよ。てめぇのおかげでな。そこにいるライオンによれば、俺は『いくつかの小国』を落としたまでだ」

 

 大魔王が仕切り直したが、機嫌を損ねたトニーは悪態を返すばかりだ。

 

「おい、異人!貴様、いつにも増して陛下に無礼であるぞぉ!」

 

「知るか!俺は余所者だって話はもう終わってるだろうが!」

 

 やはりトニーに対する当たりが強いエイブラハムが突っ掛かってきた。

 他の面々は、エイブラハムと同じく憤る者、呆れている者、笑ってはやし立てる者と様々である。

 

「あのー、団長ー?毎度毎度恥ずかしいんですけど……」

 

 終わりの見えない口喧嘩に助け船を出してくれたのは、やはり副長のオースティンだった。

 

「恥じるべきはあの人間だろう!あれが陛下への態度とは思えん!」

 

「ちょっとー。唾が飛ぶんであんまり顔を寄せないで下さいよ、団長ー」

 

 オースティンの気だるそうな声は不思議と通る。

 

「もう座っていいか?さっさと次の奴に出番を回してやれ。そのライオンも話したくて仕方がねぇって様子だしよ」

 

 そう言いながら勝手に着席してしまうトニー。

 これにもエイブラハムがガミガミとまくし立てたが、再びオースティンになだめられてその場は落ち着いた。

 

「では、エイブラハムとオースティンから報告を貰うとしよう」

 

「ははっ!」

 

「あ、報告は自分がやるんで団長は座ってて下さい」

 

「ぬぅ!?」

 

 前回と同じく、オースティンが請け負うようだ。彼は不満そうなエイブラハムを無視して、一歩前に出た。

 

……

 

 その後に大僧正イェン、参謀長ブックマンが報告し、トニーの隣に座るリーバイスが続いて指名される。

 

「では、報告します……」

 

 相変わらずぼそぼそと彼は聞き取り辛い声で喋り始めた。

 

「ジャクソンビルでは、町全体を覆う外壁を作るという大規模な工事を開始いたしました」

 

「む、外壁……?人間の街では多く見かけるものだが、どういう事だ。何から城を守る?」

 

 大魔王が訊いた。確かにアメリカ国内に敵対勢力が攻め込んでくるとは考え辛い。

 

「念のためでございます……ヘル閣下の統治されておられるフィラデルフィア城下は酷い有り様だとお聞きいたしました……我が城下にもそのような不届き者が現れ、好き放題せぬと誰が言い切れましょう」

 

「止めよとは言わぬが、街の中、外壁の内部にそのような輩が出たら何とする」

 

「仰る通りでございます……しかし、少なからず外の攻撃からだけは民草を守れます……」

 

 詰めが甘い。そう感じたトニーの口から言葉がこぼれた。

 

「出入口に門番さえ配置すれば別に悪かねぇだろ」

 

「門番……?城門ではなく、外壁にまで門番を?」

 

 思いがけないアドバイザーの登場に驚きながらも、リーバイスがそう返した。

 

「ロンドンではそうしてたぜ?あの馬鹿デカい防壁にご丁寧に衛兵を配置してな。まぁ、確かにあの街以外では見たことねぇが」

 

「某も見たぞ」

 

 挙手して発言したのは六魔将、ヒューストン城主のハインツ。

 骸骨を模した漆黒の鎧のおかげで、その姿が玉座の間の景色に溶け込んで見える。彼がイギリス国王を討ち取ったのは皆の記憶に新しい。

 

「だが、城の門番とは少し勝手が違ってな。街に出入りする連中の身分をきっちり調べてやがった。お前の子分がそこまでやれるオツムを持ってるかは疑問だが」

 

「馬鹿にしているのか……?」

 

「住民に身分証を発行する必要があるからな。文字を読み書き出来るなら撤回してやる」

 

「……」

 

 反論は無い。 

 その場にいる一同はトニーの意図が見えない。だが、すぐにそれは本人の口から明かされる。

 

「そうだ、ミイラ野郎。俺と取引しねぇか?」

 

「……?」

 

 首を傾げたのはリーバイスだけではないはずだ。

 

「今、俺は防壁を有用にする方法をてめぇに教えてやった。だが、それは叶いそうもねぇ」

 

「あぁ」

 

「俺の部隊の中には、文字を書ける奴隷がいる。人間だ」

 

 人の往来を管理する為だけの身分証ならば別に英語でなくとも構わない。 

 そう。トニーは兵力を増強するつもりだ。

 

「人間をこちらに売りつけるつもりか……?それで、対価は?」

 

「読み書き出来る人間が一人につき、お前の兵隊を十人寄越せ。種族は問わねぇ」

 

 会場が一気に騒がしくなった。

 

「どういうつもりだ!バレンティノ!」

 

「たかが虫けら一匹が、我が同胞の戦士十人に匹敵するはずなかろう!」

 

「人間は皆殺しだ!」

 

 至るところから怒号が飛んでくる。

 

「決めるのはお前だ。どうする?」

 

 喧騒を無視して続ける。全員がリーバイスの返答に傾聴した。

 

「……断る」

 

「そうか。なら話はここまでだ。意味のねぇ防壁作りに精出してろ」

 

「……陛下。報告は以上でございます。お騒がせいたしました」

 

 トニーの挑発に構わずにそう告げ、リーバイスは席についた。

 

……

 

……

 

 数十分後。 

 最後に大魔王アデルの子息らのいつもの与太話が終わり、全員が起立した。

 

「では、此度の大魔定例幹部会は以上とする。皆の者、大義であった」

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 最初に大魔王が転移術で帰っていく。

 

「トニーよ。兵が足りておらぬのか」

 

 そう言いながら近寄って来たのは六魔将、死神ヘルである。

 

「なんだ、てめぇが代わりに取引に乗るか。お前なら兵隊八人でいいぞ」

 

「いくら値下げされようと人間なぞ要らぬわ」

 

「なら何だ?虫駆除か?用がねぇならもう帰るぞ」

 

 振り返ったトニーの肩に、ヘルの白骨化した右手が乗せられる。

 

「あ?」

 

 トニーが『なぜ引き止める』とでも言うように、イライラと睨みつけながらヘルを見た。

 

「……気をつけろ」

 

「はぁ?」

 

 ヘルはそれ以上何も言わずに去っていった。

 

……

 

「閣下、帰投いたしますか」

 

「気をつけろ……?おい、ミッキー、どういう意味だ」

 

 もちろんミッキーは「解りません」と首を横に振るばかりだ。

 

「ジャック」

 

「はっ」

 

「同じ骸骨なら分かるだろ」

 

「いえ、どういった事なのか……申し訳ありません」

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

「閣下、スケルトン兵とヘル閣下は同じではございませんよ」

 

 転移術の最中、ミッキーから以前と同じ内容の注意を受けてしまった。

 

……

 

……

 

 四日後。

 

 スリランカ民主社会主義共和国。

 

 主要都市、コロンボ。

 ベイラ湖の畔に建てられた小さな茅葺き屋根の一軒家が、トニーの新たな住まいである。

 

「状況は!?」

 

 トニーの怒鳴り声。

 属国の都市、景色の良いこの場所で少しばかり羽を伸ばしてバカンス気分に浸っていたトニーだったが、昨夜からこの街は慌ただしい雰囲気に包まれていた。

 

「北西に大多数の敵兵です!すでに街に到達し、こちらの防衛陣と衝突している模様!」

 

 ミッキーが緊張した声でそう返した。

 

「クソが……不意打ちとはやってくれるじゃねぇか、ライオン……!」

 

 敵は人間ではなく、魔族。それは魔王正規軍兵団長エイブラハムが率いる大部隊。 

 なんと、彼はトニーとの喧嘩を有言実行してきたのであった。

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