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♭7

 魔王国家アメリカ。ロサンゼルス城内。

 

 玉座の間とは別に用意させたトニーの自室。

 真っ赤な絨毯、大きな窓、酒瓶がならぶ棚、壁にかけられた日本刀、そして先日発見したマセラティの車が一台持ち込まれて部屋の中央に飾ってある。まとまりがなく落ち着かない部屋だが、トニーはここが気に入っていた。 

 窓際で全裸の彼が仰向けになっている木製のキングサイズベッドは上海から持ち帰ったものだ。

 それとは別の侵入の際に連れ去り、娼婦に仕立てあげたブロンドヘアのフランス娘が彼の上に馬乗りになって喘いでいる。歳は十六と言ったか。

 

「閣下、そろそろお時間ですが。ご準備をなさった方がよろしいかと」

 

 トニーの副官、リザードマン族のミッキーがそう促した。

 彼は今しがた入室してきたわけではない。娼婦の娘が来るより前から主の横で直立の姿勢を保っている。

 

「そうか」

 

 行為の途中にも関わらず、トニーが起き上がった。当然、彼の上で腰を振っていた娘は転がり落ちる。

 

「……ふん」

 

 トニーが女を一瞥すると恐怖を感じたのか、地べたにひれ伏し「すいません!すいません!」と何度も英語で謝罪の言葉を述べた。

 彼はそれを無視して着衣し始める。 

 ガタガタと震えるその娼婦の反応は大袈裟に思えるが、城内で働く奴隷の間で妙な噂が出回っているのが原因らしい。

 

『バレンティノ将軍の機嫌を損ねた者は殺される』

 

 もちろん当の本人はそんな事をした覚えなどない。 

 確かに命令に従わず、少々横着な態度を取った者はいたが、それは腹を空かせていたロサンゼルスの民草に食料として与えた、というだけである。 

 あくまでも、トニーは部下思いの素晴らしい城主であり、大した理由もなく奴隷を処罰するはずのない寛大な人物なのだ。そしてその多くは、魔族と組員だけが彼に対して思っている見解であると付け足しておく。

 

 一張羅のスーツは洗濯したばかり。今のところ問題はないが、そろそろ型崩れや破れが心配になってきた。それと共に愛用してきたボルサリーノには、内側に汗と外側には血が染み付いてしまっている。 

 女を自室に置き去りにし、トニーとミッキーは玉座の間へ移動した。

 

 城内には数名の兵士と、隔離された別室に僅かな奴隷が残されているのみである。

 仲間の多くは今、アジア大陸に侵攻中であり、トニーとミッキーは今月の大魔定例幹部会に出席する為、二日前から一時的に転移術で帰郷していただけに過ぎない。

 

「待ちわびたぞ」

 

 紋付き袴と呼ばれる黒い和服に身を包み、左腰には太刀と脇差、まげと言う独特な髪型の中年の男が床に胡座をかいて待っていた。

 

 名は本山忠政(もとやまただまさ)。破魔衣という特殊な生地をトニーと取引している、日向の国の大名である。佐々木十太郎の主君に当たり、最近は直接トニーと話す事も多い。

 前回の取引の時に、「魔族の国を見てみたい」と言っていたのと、フランコが未だ足の療養中だというのが彼を招いた理由である。大殿が魔族に妖術で連れ出される事を本山の家臣達は恐れていたが、この男の好奇心はそれらを全てはね除けたというわけだ。

 

 連れていくならば大魔定例幹部会が良い機会だとトニーは思ったわけだが、もちろんミッキーの他に一人までしか連れていけないので、もし本山以外にも家臣が来たところでその者はロサンゼルスに置き去りにされてしまうだけである。

 

「暇しねぇように酒と中国の女は与えただろうが。あれはどうした」

 

「酒はとっくにのうなったわ。女は好みに合わんでな。早々に帰した」

 

「けっ、わがまま放題だな。大した殿様だぜ」

 

「はっ!お主ほどではないわ」

 

 本山が笑いながら立ち上がった。

 アジア人にしては大柄で、トニーの肩くらいまでの高さの身長がある。彼の性格は豪胆で前向き。トニーに少なからず似たところがあった。さすがは魔族相手に取引を結ぶといった破天荒な事を決断できる男だ。

 

「言っとくが今回は特別だぞ。本当ならお前なんか連れていかねぇ。ま、あの日本刀が気に入ったからな。その礼だ」

 

 なるほど。自室に飾ってある刀が、トニーの心を開いた最後の鍵らしい。

 

「由緒ある鍛冶屋の刀匠に打たせた業物ぞ。気に入らんなどと申したら試しにお主を斬り捨てておったわ!」

 

「ボケナスが。てめぇなんかに俺がやられるかよ」

 

「言うわ!でくの坊が!」

 

 ズゥ……

 

 ひび割れる空気。 

 痴話喧嘩の途中だが、ミッキーの空間転移詠唱がそれを中断させた。

 

「お二方、ご準備はよろしいでしょうか」

 

 あまりにも壁などが近いとそれごと飲み込まれるので、この術にはある程度の広さが必要不可欠である。毎度、玉座の間から出かけるのはそれが理由だ。

 

「おぉ、何度見ても奇っ怪な術じゃのぅ」

 

「お前らのヘアスタイル程じゃねぇよ」

 

「何をっ!まだ言うか!」

 

 バリバリバリ……!

 

「あぁ?さっさと入れよ、サムライ。お留守番をご希望か?」

 

「待て待て!わしも行く!」

 

 口を空けた闇の中に、すでにトニーとミッキーが入っている事に気づいた本山が慌てて駆け込んでくる。

 

「なんだ、走れるのかよ。残念だな」

 

「たわけ!この……」

 

 バリバリバリ!

 

 ズゥン……

 

 会話はまたしても中断された。

 

……

 

 トニーにとって、それは見慣れた光景になりつつあった。廃れた大地に佇む五つの巨大な円錐形。ニューヨーク城である。

 

「なんじゃ!この見るからに邪悪な物体は!」

 

 朱色の正門前。本山が目を見開いてそう言った。

 

「悪趣味だろ?化け物共のセンスの良さはお前と互角だな」

 

「お主もその一員であろう!」

 

 その場から動くわけでもなく騒いでいると、甲冑を着た衛兵の一人が近寄ってきた。

 

「もし、トニー・バレンティノ閣下とお見受けする」

 

「おう。今回は早かっただろ?」

 

「えぇ、まだほとんどの方は来られておりません。どうぞ、中へ」

 

 トニーら三人が城内に案内される。

 

 建物の内側を取り巻く螺旋階段が上へと続くエントランス。

 唸るような低音が響く撤退の警笛を吹いてしばらく待っていると、使い魔の蝙蝠が現れた。

 

「これはこれは。よくおいでくださいました、バレンティノ閣下」

 

「なんじゃ!コウモリが喋りおったぞ!」

 

 パタパタという羽音と、野太い男の声。本山にとっては何から何まで物珍しい。

 

「ここが待合室のつもりなら、ドリンクのサービスくらい付けちゃどうだ?」

 

「それは是非とも陛下におっしゃって下さい」

 

「代わりにお前の首が飛ぶだろうがな」

 

「いってらっしゃいませ」

 

 ズゥ……

 

「なんじゃなんじゃ!また妖術か!」

 

「さっきからお前はそればっかだな!」

 

 何の前触れもなく、空間転移が発動した。

 毎度、入室許可の為に大魔王本人が使い魔に憑依するわけではないようだ。

 

 バリバリバリ……!

 

「おぉぉっ!何がどうなっておる!トニーよ、説明いたせ!」

 

「うるせぇぞ、田舎者!」

 

 ズゥン……

 

……

 

 無であって、無ではない空間。ニューヨーク城内、王の間。 

 真っ暗闇の中に並べられた列席者の椅子と玉座。壁や床は視認出来ず、灯りなど存在しないが何故か視覚は生きている。

 

「なんじゃ!床がないぞ!お、落ちる!」

 

 足下を見た本山が騒いでいる。

 

「勝手に落ちてろ」

 

「これは……わしは宙に浮いておるのか!?」

 

 衛兵が言っていた通りほとんどが空席だが、一人だけ先客がいた。 

 どこで仕立てたのか、黒いタキシードを着た白髪の老人。参謀長、ブックマンである。先代の大魔王の時代から政に関わる古株だ。

 

「なんだ、早出はジジイだけか」

 

 トニーは彼の隣の席を選んで着席した。

 ミッキーはトニーの後ろに控え、本山は転移してきた場所から動かずにキョロキョロと辺りを観察している。 

 席順が決まっているのか定かではないが、明らかに巨人や竜人などの為に用意された巨大な椅子だけ空けておけば問題はないだろう。

 

「バレンティノ閣下、珍しくお早いお着きですな」

 

 毎度の事だが、ブックマンは護衛を連れていなかった。

 

「ジジイ、いつも最初に来るのか?」

 

「だいたいはそうですね。いやはや、歳を取ると早く目が覚めて敵いませんなぁ」

 

「あぁ、俺の親父もそうだったな。人が寝てんのに夜中からドタバタしやがって、迷惑なもんだぜ」

 

 魔族が言う「老人」がいったいどのくらいの年齢からなのかは分からないが、年老いた人間と同じように生活リズムに変化が現れるらしい。

 

「閣下のお父上はご存命ですか?」

 

「いや、随分前にくたばった。病気でな」

 

「それは意外です。閣下ほどの猛将のお父上ならば、戦火の中での大往生しか頭に浮かびませんが」

 

「ま、死に方に良いも悪いもねぇさ。本人にとってはな。残された連中が勝手に騒ぐだけの話だ」

 

「一理ありますな。いずれ迎える死を間近に感じるこの老いぼれには、励ましの言葉にすら感じてしまいます」

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 次なる幹部のお出ましのようだ。

 

「のわっ!なんじゃ!」

 

 本山がいた場所に、転移術による空間の亀裂が走る。

 驚いた彼は見事なヘッドスライディングで飛び退き、いくつかの座席を派手に倒してしまった。

 

「おい、サムライ!さっさとどかねぇからそうなんだよ!馬鹿が!」

 

「今日のお付きは賑やかですな、閣下」

 

 ブックマンが苦笑する。

 

……

 

 ズゥン……

 

……

 

 現れたのは、人間の三倍はあろうかという巨大な体躯を持つ巨人。赤色の袈裟を着た大僧正、イェン。二体のオーガを引き連れての参加である。

 

「おぉ?そこの者、いかがいたした。席の並びを乱すでないぞ」

 

 そう言いながらイェンが本山の身体をひょいとつまみ上げて引き起こす。

 

「む、かたじけない。……ぬっ!?これは驚いた!お主、なんという大きさじゃ!」

 

 巨人を初めて見た本山だが、やはり恐怖心より好奇心が勝っている。

 

「……そうだ、ジジイ。あんな阿呆の事より、お前に訊きたい話があったんだよ」

 

「何でしょう?」

 

 どういうつもりなのか、イェンによじ登ろうとしている本山を尻目にトニーが切り出した。

 

「元反逆者だと訊いた。穏やかじゃねぇな?」

 

「……どこでそれを」

 

 ブックマンが目を伏せる。

 

「とっくに知れ渡ってる話だろうが。別にそれがどうだって事が言いたいんじゃねぇよ。だが、なぜ生きてるんだ?」

 

 ヘルからだ、とは言わない。あまり良い印象は与えないだろう。

 

「陛下の寛大な御心のお陰ですよ」

 

「違うな。お前に利用価値があるからだ。書類整理以外に何をやってる?俺はそれが知りたい」

 

「ははは、勘ぐりすぎです。力こそ正義と信ずる我ら魔族の中には、地味な内勤に志願する物好きなどおりますまい。この老いぼれの存在がそれに適任だと考えられたのでしょう」

 

 真実か嘘か、簡単に判断出来そうもない返答だ。

 

「おぉーっ!これは良い景色じゃ!トニーよ!巨人とはまさに移動式の物見櫓じゃな!」

 

 イェンの肩に座った本山がトニーに向けて手を振っている。

 

「おい!遊んでんじゃねぇ!巨人、お前も黙ってたらそいつのおもちゃにされちまうぞ!」

 

「はーっはっは!子供の扱いなら慣れておる!案ずるな!」

 

 イェンは本山を子供だと勘違いしたようだ。

 

「なに!お主、わしを童扱いとは!失敬な!」

 

「むっ!?違うのか!?」

 

「わしは日向の国の大名じゃぞ!まげを結っておるのだ、元服を過ぎたのは一目瞭然であろう!」

 

 元服は日本独自のシステムで、成人を迎えた男児がヘアスタイルや服を一新するという通過儀礼である。とはいえ、それが世界全土に伝わっているはずもない。魔族であるイェンはおろか、トニーですらそんなものは知らない。

 

「いいからさっさと降りてこい!」

 

「ふん!言われずともそうするわ!」

 

 本山がイェンの肩から飛び降りる。

 かなりの高さだが、見えない地面のせいで距離感を失ってしまったようだ。草履足が思わぬ場所で着地し、両手をついて前転する事で衝撃を逃がした。

 

 本山の遊びから解放されたイェンが席に座ると、また誰かが空間転移で移動してきた。 

 パーティドレスにも似た派手な装いの三人組。三魔女である。 

 ようやくトニーの後ろに控えた本山が「女……?」と首を傾げた。男尊女卑の考え方が強く根付いている日本では、会合に女が出席する事など無いからだ。 

 赤いワンピースを着た幼女カトレアが、トニーの姿をいち早く発見する。

 

「あ!おーい!閣下ぁ!」

 

「チッ……」

 

 手を振り、小走りで近寄ってきた彼女に、トニーは舌打ちと冷ややかな視線を返す。

 

「見てみて!新しいお洋服!色気たっぷりだろぉ!」

 

「知らねーよ」

 

「むぅ!」

 

 座るトニーの足を、カトレアがピンヒールの先で蹴る。

 

「いてっ!てめぇ、何しやがる!」

 

「ほう……この娘はお主の許嫁だったのか、トニー?」

 

「そうでーす!」

 

 本山の問いかけで、カトレアの膨れっ面が笑顔になる。翻訳術をかける時に会っているので、彼らは初対面ではない。

 

「おい、話をややこしくすんな!」

 

「いいじゃん!早くもらってよ!」

 

 言いながら、蹴ったばかりの相手の膝の上に座ってしまった。よほどこのポジションが好きらしい。

 

「何も珍しい事ではなかろう。幼い内から婚約を結ぶことは」

 

「てめぇのお国事情なんざ知るか。俺はまだ結婚する気はねぇ」

 

「まだ、って言った!いずれするってことじゃん!決まりー!」

 

「屁理屈並べてんじゃねぇぞ。ほら、あっち行けよ」

 

 いつもならばクリスティーナあたりがカトレアを連れ戻しに来るが、幹部会が始まっていないせいか、野放しにされてしまっている。

 

「何でー?まだ全然集まってないじゃん!ていうか今日は早いね、閣下?遅刻常習犯のくせに」

 

「あぁ?何か文句でもあんのかよ」

 

「別にぃ」

 

 膝上のカトレアはぶらぶらと両足を揺らした。

 

「閣下、三魔女様とご縁があるとは羨ましい限りですな。カトレア様ならばこれ以上ない良き伴侶となるでしょう」

 

 ブックマンが言う。それは皮肉ではなく、魔族が持つ独特の概念からなる言葉だ。以前に死神ヘルからも同じことを言われたが、魔族界でも最強の呼び声高い六魔将と三魔女が結ばれたとあれば、その子供は高い戦闘力と地位を得て当然だということである。

 

「どうしても俺とこのガキをくっつけたいらしいな?」

 

「断る理由などありますまい。やはり変わった御方だ」

 

「ふん、言ってろ」

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

「また誰か来たな。さて、次はどいつだ」

 

「当てようかぁ」

 

「おもしれぇ、やってみろ」

 

「うーんとね、フレイムス閣下!」

 

 ズゥン……

 

 振り返り、トニーの顔を見上げるカトレアの言葉が終わると同時に空間転移が閉じる。 

 そこにいたのは骸骨を模した鎧兜と翼竜型の盾、身の丈以上の大剣を手にした漆黒の騎士、ハインツであった。残念ながらご指名のフレイムスではない。

 

「ハズレだ」

 

「ぐむぅ……惜しい!紙一重!」

 

「何をどうやったら惜しいって話になんだよ。お前の負けだ。婆さん達のとこに行け」

 

 顎で三魔女の席を指す。

 

「なにそれ!勝負するなんて言ってないじゃんか!」

 

「言ったろ」

 

「言ってない!」

 

「聞いてねぇ奴がわりーんだよ。なぁ、ミッキー?俺は言ったよな?」

 

「はい、閣下」

 

 実際に言ったかどうか、トニーにとってそれは問題ではない。

 

……

 

 それから立て続けに各幹部がニューヨーク城、玉座の間に集まってきた。 

 最後にやって来たのはトニーの友人とも言える死神ヘルで、やはり二体のスケルトン兵を連れての登場だ。 

 今回も欠席者はおらず、ほとんどの席がうまっていたせいで、彼はトニーから大分離れた椅子に座った。

 

「全員集合したぞ。どやされる前に帰れっての」

 

「はーい。じゃあまたねー」

 

 未だにトニーの席で油を売っていたカトレアだが、さすがにこれには反論してこなかった。

 

「どうだ、本山?あそこにある玉座に俺達の総大将が来るまで会合は始まらねぇから、しばらく退屈だろうがよ」

 

「凄まじいな。ここに集いし猛者共の迫力は」

 

「やり合った事はねぇが、多分どいつも強いぜ。ま、俺の強さには敵わねぇがな」

 

 得意のビッグマウスに拍車がかかったところで、葉巻を取り出して一服。

 

 この世界では禁煙や分煙という概念は浸透していないので、たとえ大魔王が現れた後でも飲食喫煙は自由だ。実際、他の幹部ではボストン城主のアルフレッドがパイプを、ジャクソンビル城主のリーバイスと魔王正規軍団長のエイブラハムが紙巻煙草を愛煙している。

 もちろんそれらは酒類と同じく、人間の国から持ち帰ったものだ。

 

「この老いぼれだけは例外ですがね」

 

 ブックマンが苦笑しながら言った。

 

「先に言っとくが、俺はお前の事をピエロだと思ってるんでな」

 

「なるほど。反逆者の経歴がそういった含みを持たせておるわけですか。なに、若気の至りですから」

 

「頭でっかちじゃそんな気起こさねーだろ?力が正義だって思ってる種族なんだからよ」

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 トニーとブックマン以外にも場内では話し声があらゆるところで聞こえていたのだが、それは一斉に止んだ。 

 空間転移の亀裂が走るのは玉座の真上。大魔王陛下のご登場である。

 

 バリバリバリ……

 

 亀裂から現れる深紅の体躯。 

 後ろに立つ本山は、今日一番の興奮を覚えていることだろう。

 

……

 

 ズゥン……

 

……

 

「待たせたな。皆の者、大義である」

 

 大魔王の言葉が終わるより先に、魔族一同から歓声が沸き起こった。

 

……

 

「大魔王陛下、万歳!」

 

「ミッキー、うるせぇ」

 

「はっ……!も、申し訳ありません」

 

 やはり叫び始めたミッキーの胸を、トニーは死霊術用の骨杖で突いた。

 

「あれが親玉か……なんと禍々しい……」

 

「ほー?何だよ、怖じ気づいたのか?」

 

「ほざけ!」

 

 その様子を見たブックマンが首を傾げた。

 

「バレンティノ閣下のお付きの方……背格好からしてバレンティノ・ファミリーではない様に見えますが、閣下の覇気にも動じないとは……」

 

「うむ?わしは魔族ではないからな」

 

「なんですと?」

 

 あっ、と本山は口をつぐんだが、ブックマンの不信感はすぐに確信に変わる。

 

「人間……?もしや人間か!」

 

「おい。俺が連れてきた奴に文句つける気か、ジジイ」

 

「閣下!何を考えておられるのか!大魔王陛下のお膝元に汚らわしい人間を連れて来るとは!」

 

 ちょうど大魔王への歓声も止み、このブックマンの叫びは皆の耳に届くくらいに響き渡った。

 

「人間だと?」

 

「おい、どうしたんだ」

 

 所々で声がそんな漏れ、徐々にざわつき始める。

 

「バレンティノ閣下!そやつが人間だとは誠か!」

 

 騒ぎの中を金色の獅子の獣人、エイブラハム団長が歩いてくる。

 

「どうだろうな。お前に答えてやる義理なんざ無い」

 

「貴様ぁ!敵を陛下の本城に連れ込むとは、裏切り以外の何でもないぞ!」

 

「あぁ!?そう思うならこないだみたいにさっさと剣を抜いたらどうだ!ぶっ殺してやるよ、クソライオンが!」

 

 トニーも立ち上がり、エイブラハムと睨み合いになった。

 

「静まれ」

 

「しかし陛下!こればかりは見逃せませんぞ!御身に何かあってからでは遅いのです!」

 

 大魔王アデルの声にも、エイブラハムだけは従おうとしない。

 

「黙れ」

 

「……ははっ」

 

 だが、二度目の声には逆らえない。明らかに強い言い方に変わっているからだ。

 

「しばらくは黙しておくつもりだったが、よい機会だ。皆にも貴様の生い立ちを話しておこうかと思うがどうだ、トニー・バレンティノ?」

 

「あぁ……そうだな。もう隠しておく必要はねぇ。それで構わないぜ」

 

 トニーはチャンスだと思った。

 出来る限り身の上話は避けてきたが、大魔王から直接配下に報告してもらえるのだ。つまりトニーが異世界から来た人間であるという事実は大魔王公認であると知らしめる事が出来る。 

 トニーを虐げようとする動きは懐古的な考えを持つ保守派から少なからず浮上するだろうが、それを公に実行出来るか否かの違いはかなり大きい。

 

「断言しよう。トニー・バレンティノは、皆が思い描く人間ではない。厳密にはこの世界の住人ではなく、我々が住んでいる此処とは別の『アメリカ』から参った、異人である。人の成りではあるが人に非ず。それが、バレンティノの一族の存在だ。おそらくその護衛の者も同じであろう」

 

 本山は正真正銘この世界の人間なので後半の言葉は間違いだが、そう思われるのならばトニーや本山には好都合である。

 

「トニーよ、すまぬな……わしの失言のせいで騒ぎを起こしてしまったようだ」

 

 本山が後ろから耳打ちしてきた。

 

「ふん、馬鹿が。だが俺に考えがある。心配すんな」

 

「それは助かる」

 

 トニーは一瞬振り返って本山に返したが、まだ近くにいるエイブラハムや隣に座るブックマンからの視線が厳しいので、すぐに玉座へと向き直る。

 

「……と、余から話せるのはそんなところだ。皆の者。何か、ここまでで分からぬことはあるか」

 

 説明を終えた大魔王。ほぼ全員の列席者から一斉に手が挙がった。

 

「ではまず、エイブラハム」

 

 最も強い敵対心を抱いているであろう、魔王正規軍兵団長をご指名だ。

 

「ははっ!おい、トニー・バレンティノ!貴様に直接訊きたい事がある!」

 

「やれやれ、人気者は辛いぜ」

 

「貴様が異世界から来たとして、一体何を目的としているのだ!不純な目論見があって我々に近づいたのではあるまいな!」

 

 そうだそうだ!と野次が飛んだ。

 

「何か目的があるんなら、むしろ俺が知りたいくらいだ。何も俺達は自らの意志でここに来たわけじゃねぇ。いきなり妙な光に包まれて、こんなわけの分からん世界に飛ばされたんだからな」

 

「そんな戯れ言を誰が信じると思うか!嵐の様に突如として現れ、天才死霊術師と言われたクルーズをいとも簡単に討ち倒したではないか!そうやって六魔将となり、陛下に近づいて暗殺する為に何者かに遣わされたと思われてもおかしくはない!」

 

 鋭い牙を剥き出しにし、エイブラハムはトニーを威嚇した。

 

「身にかかる火の粉は払うもんだろうが。先のロサンゼルス城主クルーズは俺の部下の命を奪った。お前ならどうする、ライオン?」

 

「貴様、いくらか前の大魔定例幹部会でニューヨーク城に配備していた我が衛兵を殺しておきながら……!」

 

「何の事だ?そんな昔の話なんざ知らねーよ」

 

「おのれぇ!無礼者め、もう許さんぞ!」

 

 エイブラハムの腰から抜かれた直剣の刃が煌めく。

 

「お待ちくだされ、団長!」

 

 意外や意外、そう言ってエイブラハムの行動を止めたのは、始めにこの騒ぎを起こした参謀長ブックマンである。

 

「ふん!周りに何を言われようとわしの怒りは鎮まらんぞ!」

 

 一瞬、エイブラハムが視線を外した隙に抜刀したミッキーがトニーの前に躍り出る。

 本山は特に動かない。

 

「異世界の住人……希少な見聞を持っていると思いませんか。今斬られては、他に手を挙げられた方々がバレンティノ閣下に訊きたい事も聞けず終いです」

 

「ぬぅ……!」

 

「そうだぜ、ライオン。先ずは他にも話をしたい奴がいるんだろ?それに、お前ごときが俺に敵うはずねぇんだよ。畜生の分際で人間様に逆らうんじゃねぇ!」

 

「何を言うかぁ!」

 

 ガァン!

 

 エイブラハムとミッキーの剣が火花を散らして交わる。

 

「トニー・バレンティノぉ!貴様の首はここに置いて行ってもらうしかなさそうだな!」

 

「その不躾な剣を納めなさい、エイブラハム団長……!我が主君、トニー・バレンティノ閣下は我が命に代えてもお守りする!名を受けたその日から我が命は閣下のものだ!」

 

「えぇい!小賢しいぞ、リザードマンがぁ!雑魚に用など無い!退け!」

 

 初対面の時から数えて二度目となる彼らのつばぜり合い。

 トニーは苛立ちながら葉巻に火を点ける。

 

「おい、てめぇからのそういう脅しにはもう飽きたんだよ。俺に殺される前にさっさと座れ。雑魚に用など無い?こちらこそ、だよ」

 

 構わず煽り続けるトニー。

 

「ぬんっ!」

 

 エイブラハムは剣に込めた力を緩めることなく、横から右足でミッキーの胴体に蹴りつけた。

 

 ドッ!

 

 軽々と吹き飛ばされるミッキー。 

 団長の凶刃がトニーの眼前まで迫る。 

 さすがに身の危険を感じたトニーは杖を手にとって構え、エイブラハムからの斬撃に備えた。

 

 しかし……

  

 パキンッ!

  

 甲高い金属音が短く鳴り、次の瞬間にはトニーの足元に深々と『刃だけ』が刺さった。

 

「なにっ!」

 

 目を見開くエイブラハム。彼の剣は自身の握りしめている柄だけを残し、真っ二つに折られてしまったのだ。

 

「これで貸し借り無しだな、トニーよ」

 

 トニーの左手には刀を抜いた本山の姿があった。彼の仕業である。

 

「日本刀であの直剣を……?よく折れたな」

 

「たわけ。折ったのではなく、斬ったのだ。業物の切れ味を見くびるな。斬鉄など容易い事よ」

 

「へぇ……日本製品が優秀なのはここでも変わらねぇようだな」

 

 映画やドラマで誇張されている点も多いが、日本刀の切れ味は想像を絶する。

 弾丸や簡素な鉄板程度ならば、本当に斬れる。

 

「こ……これはどういう事だ……そんな馬鹿なっ!」

 

「次は首をはねてくれようか」

 

 本山が切っ先を最上段に構える。

 

「エイブラハムよ、もうよいか?」

 

 ここで、大魔王アデルからの言葉があった。何人たりとも、これだけは無視出来ない。

 

「は……ははっ!陛下、お時間をいただきありがとうございました」

 

 折れた剣を鞘に納め、エイブラハムが渋々自分の席に戻っていく。

 

「俺にも礼くらい言ってけっての、ライオンめ」

 

「わしにもな」

 

「あぁ、助かったぜ。おい、ミッキー!いつまで寝てやがる!」

 

 蹴り飛ばされていたリザードマンが、むくりと身体を起こした。

 

「閣下、お守り出来ず申し訳ございませんでした」

 

「それは俺が死んでから言うんだな」

 

「精進いたします」

 

「次は誰だ?さっさとこんな茶番は終わらせて定例幹部会に入りたいところだぜ」

 

 あくびを漏らすトニー。挙手の数は十に近い。まだまだ先は長いようだ。

 

「ヘル」

 

「はっ」

 

 トニーの数少ない魔族の友人である死神ヘル。大魔王アデルは二番手に彼をご指名だ。

 

「陛下に質問がございます」

 

「申せ」

 

「トニーが異世界から来た者である事、個人的には大した問題ではありません。しかし、それを伏せておられたのは何故でしょうか」

 

 大魔王への質問なので、野次は一切飛んでこない。

 

「余は、クルーズを倒したトニー・バレンティノの力を高く評価した。我が同胞として受け入れても良いとな。しかし同時に、異人である事にも気づいたわけだが……皆を納得させる為には、こやつが魔族に対してもっと大きな功績を立てる必要があると判断したまでだ」

 

「その後に発表なさるつもりだった……と」

 

「いかにも」

 

「納得いたしました。さすがは陛下、皆の混乱を避ける為のご配慮だったわけですな。我々の考えが至らず、大変なお手間を取らせた事、幹部一同を代表して謹んでお詫び申し上げます」

 

 なんと、ヘルは自分達に非があると詫びたのだ。トニーはヘルがそれとなく、トニーやアデルの立場を考えて言ってくれているのを感じた。 

 どれ程の者が共感してくれるかは分からないが、少なくともこれでエイブラハムの様に詰め寄る事は非礼であるという認識が浸透する。

 

「そう畏まるな。余の配慮が足らなかったのもまた事実。未来永劫語り継がれる名君の器となるには、今以上に精進せねばなるまい。それを皆に気づかされた。礼を言うぞ」

 

「勿体なきお言葉、心より感謝いたします。以上です、陛下」

 

「うむ」


 このやり取りの効果は絶大だった。 

 大魔王は次の意見を求めたが、ぱたりと挙手が止んだのである。ただ一人、ブックマンだけを除いて。

 

「では、参謀長」

 

「ははっ。まずはバレンティノ閣下、先ほどは失礼いたしました。……実は陛下とバレンティノ閣下に許可をいただきたいのです。異世界の住民、その興味深い半生を書に記しておきたく存じます。その世界の文化が、国家の繁栄に繋がる可能性が見えましてな」

 

 彼が本山を人間だと疑った事から始まった騒ぎだが、予想だにしていなかったトニーの生い立ちに興味を奪われてしまった、という事らしい。

 確かに彼の半生を記す事で魔族が得る恩恵は少なくないだろう。

 

「反対する理由がなかろう。だが、これ以降はこやつに妙な言いがかりをつけるでないぞ。貴様はどうだ、トニー・バレンティノ」

 

「面倒だ」

 

 会場がざわつく。

 

「貴様!陛下のご厚意に対してなんたる侮辱だ!」

 

 エイブラハムが憤って叫んだ。

 

「勘違いするな!俺は、このジジイに手を貸すのが面倒だと言っただけだ!考えてもみろ!俺は今、最前線に部隊を置いてるんだぞ!アジアへの進軍を中断してまでこの小説家先生に付き合えってのか!優先順位を履き違えるんじゃねぇ!」

 

「閣下、この老いぼれも急かすつもりはございません。どうすればご助力いただけますかな?」

 

 ブックマンの問いかけに、トニーがにやりと笑う。

 

「そうだな……大量の酒を準備してくれりゃ、一晩くらい付き合ってやる」

 

 今にも再び詰め寄ってきそうだったエイブラハムが鼻を鳴らした。

 場はいくらか和んだようだ。

 

「これは失念しておりました。閣下は無類の酒好きでしたな」

 

「で、どうなんだ?」

 

「承知いたしました。後日、我が邸宅にお越しください。狭く貧相な家ですが、出来る限りおもてなしいたします」

 

「決まりだ」

 

 一時はどうなる事かと思われた今回の大魔定例幹部会だったが、トニーとブックマンの握手でそれは落ち着きを取り戻した。 

 これでようやくいつものように各幹部からの近況報告が始まる。

 

 まずはロシアに進軍しているエイブラハム兵団長とオースティン副長が率いる魔王正規軍の報告からだ。

 

「現在、我らの率いる魔王正規軍兵団はロシア帝国極東部のウラジオストクを起点にゆっくりと西進中です。既にそこから、ユジノサハリンスク、ネリュングリ、ウダーチヌイ等の中規模拠点を制圧。そこからクラスノヤルスク、エカテリンブルグ等の有名都市を力任せに飲み込みます」

 

 銀狼の獣人、オースティン副長がハキハキと言った。

 

「最終的には部隊を大きく三つに分け、北部のサンクトペテルブルグ、南部のロストフ・ナ・ドヌー、そして真っ直ぐ西進させた本隊はサマラを抑え、大陸最西部に近い首都モスクワへ南北と東の三方向の主要都市から進撃。ロシア帝王の住まいであり、難攻不落と言われた宮殿『クレムリン』を陥落させる作戦です。おそらく一年以内には実現出来るかと」

 

「うむ。よくぞ長らく均衡した状態を打破した。何か秘策があったのか」

 

 ロシアへの進攻は苦戦していたはず。気になった大魔王はそれを訊いた。

 

「おぉ!そうなんすよー!よくぞ訊いて下さいました、陛下!」

 

 皆は珍しくオースティン副長が真面目な口調で報告していると思っていたが、台本でもあったのか、質問への返答には無理があったらしい。 

 隣のエイブラハム兵団長が拳骨を彼に浴びせている。

 

「馬鹿もん!しゃきっと喋らんかぁ!」

 

「えぇーっ!?なんすか、いきなり!痛いじゃないすかぁ!」

 

 二人はすっかり元の調子だ。

 

「もうよい!陛下にはわしから報告申し上げる!貴様は下がっておれ!」

 

「ぶーぶー」

 

 オースティン副長は狼のはずだが、子豚の様なブーイングを残して着席する。

 

「陛下、お騒がせいたしました。えー……ご質問についてですが、我が部隊のオーガの存在が大きいかと」

 

「どういう事だ?」

 

「皆も知っておられるでしょうが、オーガはおよそ三ヶ月で成人するという、魔族において最も早い成長スピードを持ちます。そこで、駐屯地に大勢のオーガの女を呼び寄せ、あちらで大量に交配、出産をさせておるというわけです」

 

 道を大きく踏み外した試みだ。大僧正イェンが身体を震わせているのは言うまでもない。

 

「しかしイェン殿、安心していただきたい」

 

「ぬっ?」

 

 その様子に気付いたエイブラハムが先手を打つ。

 なぜ名指しされたのか理解出来ない大僧正イェンはキョロキョロと左右を見回した。

 

「ロシアに赴いた女は希望者のみ。そして、生まれてきた子らにも、戦士となるか否かは自らの判断に任せておるのだ。ある者は兵になり、またある者は戦争には参加せずアメリカへ戻る」

 

「なるほど……それならばいくらか納得はいきますな。しかし団長、それでも戦の為に生み出された命である事には変わりありますまい。その様な環境で生まれ育てば、誰しもが兵となるのを当然と思うに違いない。死地へ向かうと分かっていながらわが子を育てる母親の心情も穏やかではないでしょう」

 

「始めは圧倒的な兵数で押されていた我が方が、この策で戦況を好転させたのは事実。戦場ではきれいごとばかり並べておるわけにもいかん。何卒、ご理解いただきたい」

 

 イェンが唸った。許し難いが、今回は軍のやり方を認めた形だ。

 

「エイブラハムよ。この件は議論の余地がありそうだな。日を改めて、皆からの意見を仰ぐとしよう」

 

「ははっ」

 

 大魔王は大手を振って認めるわけにはいかないらしく、別の機会に話し合う必要があると提案してきた。

 

「だが、戦においては良くやってくれた。ロシアが我らの手中に納まれば、第二のアメリカ大陸としてそこを根城にする。さらなる苦戦が予想されるヨーロッパとアジアに攻め込む為の拠点となるであろう」

 

「その通りでございます。アジアへの進攻を一任されているバレンティノ閣下はあまり上手くいっておらぬ様子。まずは我らが一足先にロシアを落とし、助太刀してやらねばなりませんなぁ」

 

 エイブラハムの言う通り、トニーのアジア大陸進攻は遅れている。それに触れ、わざとらしい嫌みを吐いてきた。 

 各幹部からも苦笑がいくつか上がっている。

 トニーの機嫌はみるみる内に悪くなった。

 

「クソが……あの野郎……!」

 

「閣下、お気になさらず。あの程度の安い挑発に乗られては団長の思うつぼです」

 

 ミッキーが後ろから耳打ちする。

 

「どれ、またわしが一太刀浴びせてやろうか」

 

「ふん……もういい。さっさと全員の報告を終わらせて帰りたい気分だからな」

 

 ここで反応すればさらに会が長引くのは目に見えている。トニーはエイブラハムへの怒りを抑え、瞼を閉じた。

 

……

 

「……以上です、陛下」

 

「うむ、ご苦労であった。座れ。さて、次は進攻の度合いについて、同じく魔王正規軍のロサンゼルス師団を預かるトニー・バレンティノに話を聞こう」

 

「閣下、陛下がご指名でございます。ご起立下さい」

 

 ミッキーに促されてトニーは立ち上がった。

 

「ロサンゼルス城主、及び魔王正規軍ロサンゼルス特別師団長のトニー・バレンティノだ。現在、配下の部隊は大アジア大陸の中国に進攻している」

 

「うむ。予定より遅れているようだが、あまり良くない状況と察する。詳細を聞きたい」

 

「首都、北京以外の都市は既に制圧した。だが、そこに残る有力者達の抵抗が激しくてな。こっちの被害を考えずに強行して押し潰す事も可能だが、完全に街を包囲して兵糧攻めを行っている最中だ。うちの主力武器は大砲なもんでな。兵力と弾薬を惜しむくらいしないと先が続かねぇだろ」

 

 確かに予定より遅れてはいるが、トニーの兵団は既に北京まで押し寄せていた。

 ロシアの戦果と比べると見劣りするが、押し返されてしまっているわけではなさそうだ。

 

「遅れているものの、心配には及ばない。そう解釈しておけばよいな?」

 

「当然だ。上海の防衛戦でちっとばかり手こずって予定が遅れたが、俺の策に抜かりはねぇ。だから少し待っててくれ。すぐにすべてを飲み込んでやる。ロシアからの加勢なんか来る前にな」

 

 会場からどよめきが起こった。

 しかし、エイブラハムは舌打ちをしただけで何も返してはこない。

 

「よかろう。勝負事にする必要はないが、ロシア帝国とアジア、ヨーロッパ両大陸。どちらが先に我らのものとなるか、見届けさせてもらう。して……その上海から現在の北京包囲まで、どうやって事を運んだのだ」

 

「上海で一人、中国人の女武将を味方に引き入れて北京へ送った。そいつが自らの命と引き換えに敵の総大将に接触し、奴の寝首を掻いたのさ。采配を失った敵の大軍は総崩れして敗走。俺達はとうとう上海から首都まで勝ち進んだわけだ」

 

 盲目の女武将を空間転移させ、人民軍総大将の張彰を討ち取る作戦は成功していた。

 彼女の死を以て。

 

 トニーが知らせを受けたのは彼女の出発から七日が経った頃。 

 北京郊外で帰りの空間転移の為に待機させていたリザードマンの兵士が、町外れで木柱に張りつけられ、カラスに啄まれている女武将の死体を発見したのである。 

 先ずはその報告だけを受け、誰もが作戦の失敗を予測した。だが、その日を境に張彰からのテレパシーによる接触がパタリと止んでいる事をトニーは不審に感じる。

 そこでトニーはカトレアに非武装である数人の上海住民を従属させるよう頼み、彼らを調査の為に北京へ送り込んだ。

 二日後に帰ってきたその民草達から「密やかに張彰の葬儀が行われている」との情報を手に入れる事に成功したのだった。

 

「うむ、よく分かった。しかし……首都北京に残る敵には、手を焼く程に力を持つ者が多いのか?」

 

「あぁ、多い。……というよりは、敵を首都まで追いやる時にわざと討ち漏らした奴もいる」

 

「ほう?意図的に生かしたと?なぜだ」

 

 大魔王アデルはトニーのやり方に興味津々だ。

 

「食い扶持を増やして兵糧攻めの期間を短くするのも理由の一つだ。だが本当の目的は、街を落とした後で腕の立つ武将や頭の回る魔術師を仲間にする為さ。実際、敵方の幹部を服従させて大軍を追い返したんだからな。こんなに良い手はねぇ」

 

「面白い。エイブラハムとはひと味違った兵員補充策か」

 

「敵将を奪えば兵もそのまま使える。前線に投入すれば、他国は魔族に襲われている事にすら気づかねぇかもな」

 

 自らは姿を見せずに掌握した人民軍を群雄割拠のアジア諸国へ進めれば、周辺国の中には中国が攻めてきたと勘違いする国もあるだろう。 

 そして、次から次へと占拠した国の兵士を使う事で、ロサンゼルス師団本隊の損傷はかなり軽減出来る。 

 友好的な関係だったはずの隣国に攻め入られ、混乱する国も出てくるはず。上手くいけばアジア全体を大混乱に陥れる事も可能かもしれない。

 

 だがこれはあくまでも万事が思い通りに進んだ場合だ。 

 他のアジア諸国も強者揃いである事は言うまでも無く、部下に全てを任せっきりで遊んでいるわけにはいかない。 

 返り討ちに合う可能性も皆無ではない上、西に控える欧州列強がアジア諸国と停戦して支援を出さないとも言い切れない。常に采配はトニーの手で握っておく必要があるということだ。

 

「大勢の人間を味方に……か。あまり誉められた手ではないが、我が魔族の犠牲者が減ると思えば不満は上がるまい。第一、魔族ではない貴様自身を起用している時点でその様な意見は申せぬでな」

 

「まぁ、元は敵だからな。抵抗があるのは分かる。人間の形をした使い魔が増えると思ってくれればいい。特に必要が無くなればいつでも処分は可能だ。心配するな」

 

「皆、この件に関して異論はないな?」

 

 一同から同意の返答があった。

 エイブラハムのやり方とは違い、トニーの戦法には反論が上がらなかった、ということである。

 

「報告は以上だ」

 

「うむ、ご苦労であった。座るがよい」

 

 ふぅ、と息を吐いてトニーが着席する。

 

「次は、イェン。貴様からの報告を貰おう」

 

「ははぁっ!」

 

 相も変わらず仰々しく立ち上がった巨人。大僧正イェン。

 彼はやはりアメリカ国内における布教活動の報告を並べた。

 しかし、どこからどうやって伝わったのか、中国の仏教を支持している部落があり、彼の布教が難儀しているらしい。

  宗教間で対立し、内乱に発展するのではとの意見も出たが、その仏教徒達は信心深く、争いは好まない穏健派だということだ。結果、無理に信仰を統一せず、互いの神(仏)を尊重し合うべきであるといった形で話はまとまった。 

 その辺り、既に同族同士で争っている人間よりも、魔族の方が明らかに利口であると言えるだろう。

 

……

 

「ハインツ」

 

「はっ。ご報告致します」

 

 続いて六魔将が一人、ヒューストン城主である漆黒の騎士、ハインツが起立する。

 

 直ぐに沸き起こった拍手喝采。詳細を知らないトニーが首を傾げていると、ハインツは玉座と列席者に向けて数回深々とお辞儀をした。

 

「皆様、誠にありがとうございます。既に聞き及んでおられる方が多いようなので、特に申し上げる必要はないかと思われますが……」

 

 一度言葉を止め、拍手が消えるのを待つ。

 

「イギリス国王、ウィリアム・マンチェスターは某が討ち取り申した」

 

 空間がビリビリと震える程の、さらに大きな歓声と拍手。会場は総立ちとなり、ハインツの大手柄を褒め称えた。

 

 唯一、つまらないのはトニーだ。 

 席に座ったまま、舌打ちをしてハインツを睨み付ける。

 

「ふん、侵入時にイギリス国王を倒しただと?俺の仕事を一つ無くしてくれやがって」

 

「閣下、イギリス国王は人間の中でも最強と言われた人物です」

 

「だから助かったってか?知らねーよ」

 

 幸い、周りの者達やハインツ自身もトニーの態度を気にしている様子はない。

 

……

 

 喝采が止むと、ハインツはその他の近況報告を始めた。

 彼は幹部会の席に毎回と言っていいほど世界各国の有名な軍人や魔術師の首を取ったという土産話を用意してきた。彼が一騎討ちを好む性格なのも、その手柄の多さに無関係ではなさそうだ。 

 実戦経験も群を抜いて豊富であり、間違いなく大魔王の配下では一、二を争う戦好きだろう。

 

「素晴らしい働きだ、ハインツ。イギリス国王、ウィリアム・マンチェスターは仇敵の長と呼んでもおかしくはなかった者である。此度のハインツ将軍の手柄に対して、六魔将筆頭を意味する大将軍の称号を授けよう」

 

「なんと……ありがたく頂戴いたします、陛下」

 

 大将軍。 

 特に優劣をつけていなかった六人の将軍達に、リーダーとしての地位を新しく作るようだ。

 

「……む?どうした、リーバイス」

 

 ジャクソンビル城主、リーバイスが挙手している。 

 彼はミイラ男に似た全身に包帯をぐるぐると巻きつけた容姿。

 左右の腰にはアラビアの盗賊団が好みそうな幅広の曲剣が一本ずつ下がっている。

 

「陛下。大将軍というのは、六魔将の長として我らに指示を出す権限を持つ存在なのでしょうか……」

 

 ぼそぼそと話すせいで聞き取り辛いが、良い質問だ。トニーも上司が増えるなら迷惑だと思っていたところである。

 

「否。特にそれはない。侵入に際して各将軍が協力し合う事はないだろうからな」

 

 フィラデルフィアにおける巨大カマキリの駆除、そして上海周辺での防衛戦ではトニーとヘルが協力した。

 しかし、基本的には大魔王アデルが言う通り六魔将がそれぞれ同時に何かを行う事はない。つまり、大将軍は単なる肩書きに過ぎないわけだ。 

 ただし、ハインツ本人には古風な形式じみた肩書きも、充分有難い話だったのは間違いない。トニーであれば「それを得て何か意味があるのか」「無いなら不要だ」と突っぱねてしまいそうである。

 

「リーバイス殿、某からもその点は心配いらないと申し上げておきたい。大将軍の位を賜りはしたが、某は決して他の六魔将を蔑むような真似はせぬ。今までと変わらず、ただ目の前の敵を斬り捨てるだけだ。各々方にも、某を特別扱いしてもらわずとも結構だ」

 

「なるほど……ハインツ閣下、貴殿は根っからの武人だな。感服したぞ。陛下、お時間をいただきありがとうございました」

 

 リーバイスが退く。

 

「うむ。して、ハインツよ。余としては貴様の大将軍就任の儀、及びイギリス国王討伐の祝勝会を今宵にでも催そうかと思うが、どうだ?」

 

「なんと……言葉もございません、陛下」

 

 おそらく定例幹部会終了後に、この場にいる者をそこへ招く流れだろう。

 または、場所を移さずにそのままという可能性もある。

 

「チッ……なんだそりゃ」

 

 どちらにせよ、トニーにとっては面倒以外の何でもない。

 

「では、皆にも出席してもらう。異存は無いな?」

 

「一ついいか」

 

 トニーが挙手した。

 

「何だ、トニー・バレンティノ」

 

「そのお楽しみ会に、酒は出るんだろうな?予想外の残業だ。そのくらいしてもらわねぇと困るぞ」

 

「無論、祝いの席だ。貴様の好きなだけ酒を出させよう。会場は……余の屋敷にする。ここでは給仕共の入室に不向きだからな」

 

「そうか。期待しとく」

 

 大魔王の回答に、トニーの機嫌が少し良くなる。

 

「他には無いようだな。大魔定例幹部会の後、皆にはご足労願おう。以上だ」

 

……

 

 ハインツに続いて、竜人のフレイムスが報告を行う。 

 巨人のイェン、大魔王アデルとこの竜人フレイムス。巨体を持つ魔族に本山は興奮さめやらぬ様子だ。


 フレイムスの番が終わると、ミイラ男のリーバイス、死神のヘル、そしてカウボーイの姿で大弓を担いだアルフレッドと、六魔将の出番が次々と並んだ。 

 皆一様に侵入の報告ばかりで、各城下で特に目立った動きはないようだ。

 

 参謀長、三魔女、そして大魔王の子供らの退屈な自慢話を経て、全ての列席者が報告を終える。 

 すぐに大魔王の屋敷へと転移していく者が多い中、トニーは動かないで煙草をふかしていると、ブーツの踵で拍車を鳴らしながらアルフレッドが近づいてきた。

 

「バレンティノ閣下、よろしいですか」

 

「あぁ?」

 

「いえ、お祝い申し上げようと思いましてね。ご家族の方がご結婚されるとか」

 

 差し出されたリボン付きのワインボトル。受け取りはしたが、身に覚えのない話に当然トニーは首を傾げた。

 

「……何だそりゃ?結婚だと?」

 

「えぇ。ご存知無いのですか……?もしや、頭目に内緒で駆け落ちですか!」

 

「お前は何を言ってるんだ……ウチのファミリーに結婚予定がある奴なんざいねぇよ。もしいたとしても、別に禁止してるわけじゃねぇんだから俺に知らせない理由がねぇ。向こうの世界に妻子を置いてきてる奴は何人かいるがな」

 

 今度はアルフレッドが疑問を持つ番だ。

 

「はて?確かに我が同族エルフの女性とバレンティノ・ファミリーの男性のカップルをここニューヨークで見かけたのですが……はっきりとハネムーンだと仰いましたよ」

 

「イギリス人は最近じゃスーツを着るらしいじゃねぇか。それと間違えたんだろ」

 

「うぅむ、魔族と交流を持つ人間はいないと思いますがねぇ……ましてや婚姻など考えられません」

 

「何だか知らねぇが、勘違いならコイツは受け取れねぇ。それとも直ぐにあけて飲んじまうか?毎度、水も出ねぇ様なシケた会議だしな」

 

 ワインボトルをアルフレッドの胸の辺りに突き当てる。

 

「おっと。まぁ……確かにそれは良い提案ですね。では、私からいただきましょう」

 

 腰からナイフを抜き、アルフレッドが器用にワインボトルのコルク栓を外した。

 香りを嗅ぎ、軽く口に含む。

 

「うん……実に軽快な喉ごしを持つ爽やかな一品です。さすがイタリア産ですね。フランス産の香り立つ、味わい深いワインも良いですが、バレンティノ閣下はこちらの方が好みなのでは?」

 

「どれ、貰うぞ」

 

 再び返されたボトルを一口あおる。

 確かにいくらか薄味でくせが無く、トニーであればビールと変わらない様にひと息で一本丸々飲んでしまえるだろう。

 

「それでは、また後ほどお会いしましょう」

 

「あぁ」

 

 更なる返杯はせず、アルフレッドが去っていった。

 

……

 

「トニーよ。わしもそれを頂戴してもよいか?喉が渇いて敵わん」

 

「ほらよ」

 

 本山にそれを手渡し、移動の為にトニーは立ち上がった。

 

「かたじけない。……ほう、南蛮渡来の葡萄酒か。ちと弱いのぅ」

 

「ミッキー」

 

「はっ」

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 主君の意思を汲んだリザードマンの副官が、転移術を発動させる。

 

「お、おい!お主ら、またわしを置いていこうとしておるな!」

 

 空間に走った亀裂。それが広がって作り出した穴に、トニーとミッキーの二人はすでに入っている。

 

「のんびりしてると国を追われるぞ、戦国大名さんよ」

 

「たわけ!日の本の天下統一は本山家がやり遂げるわ!」

 

「お前が俺と手を取り合ってる以上、そうなったら日本はアメリカの属国決定だな」

 

……

 

 ニューヨーク郊外。 

 東に荒れ狂う大海が見える断崖絶壁の上。現世のホワイトハウスとしか思えない程に、それと姿形の酷似した屋敷が建っていた。ただし、その色は純白ではなく、漆黒である。

 

「ニューヨークに大統領官邸の紛い物とはな。ふざけた世界だ」

 

「大統領……?」

 

「気にすんな。説明が面倒だ」

 

 ミッキーの質問を突っぱね、トニーはエントランスへ向かう。

 扉の前にはやはり衛兵が二人いるが、ニューヨーク城にいるような完全武装の戦士ではなく、裸体に槍だけを手にしたスケルトン兵だった。この屋敷は戦略拠点にはなり得ないので警備も手薄である。

 

「……」

 

 槍を構えて来客を足止めするわけでもなく、むしろ扉を左右から開いてトニー達を通してくれた。

 

 会場は、つい先ほどまで大魔定例幹部会に出席していた面子で埋め尽くされていた。 

 しかし、それぞれの護衛はここへの入室を許可されずに別室で待機中だ。もちろんトニーが従えてきた本山とミッキーも例外ではない。 

 形としてはスクリーンの中で有名人がそれを嗜むのをよく見かける様な立食式のパーティーで、フロアには真っ白なテーブルクロスを被った丸テーブルがランダムに配置させており、その上に酒や食べ物の乗った皿が並べられている。

 

「グラスは皆の手に渡っただろうか」

 

 大魔王アデルが言うと、手にしたグラスをそれぞれが高く掲げた。 

 しかしまだグラスを受け取っていない数人の幹部がおり、青い肌を持つ魔族の侍女達が駆け回っている。

 

 全員のグラスが掲げられたのを確認すると、アデルは頷いた。

 

「では、主役を差し置くのも忍びないが、余が乾杯の音頭を取るとするか」

 

「陛下、某にはお構い無く」

 

 大魔王の隣に立たされているハインツが言う。

 

「うむ。では、ハインツの大将軍への昇格と、イギリス国王討伐を記念して……乾杯!」

 

「「乾杯!!」」

 

 復唱する声が響き、いよいよ祝勝会が始まった。

 

……

 

「おい、なんだこのスープは?」

 

 トニーが近くにいた侍女に料理の事を尋ねる。トマトピューレに似た真っ赤なスープだ。

 

「こちら、人間の生き血でございます。先ほど調理したばかりの新鮮なものですよ」

 

「それは調理じゃなくてただの採取だろうが……この、焼いてある肉は?」

 

「コブラ肉でございます。スパイス代わりに毒を搾って入れてありますが、魔族には無害ですので、安心してお召し上がりください」

 

「……もういい、邪魔したな」

 

「何なりとお申し付けくださいませ」

 

 一礼して侍女が去っていく。

 

「ったく……こいつらはゲテモノ好きの集まりだって事を忘れてたぜ」

 

 到底楽しめそうにない食事に苦い顔をして、葉巻に火をつけるトニー。

 

「おやおや、異人の口にはやはり合わぬか」

 

「あぁ?」

 

 横に立つのはぼろぼろに擦り切れた濃い灰色のローブ。死神、ヘルである。

 白骨化した手で匙を持ち、血のスープをすくう。

 

「舌のねぇお前には何食わせても味なんざ分からねぇだろうが」

 

「失敬な。我にも舌ぐらいある」

 

「ま、とにかく次からは牛肉をオーダーしとく事にするさ」

 

 酒はあるのでトニーが機嫌を大きく損ねる事は無いようだ。

 

……

 

 新たな人影が二つ、彼らの隣に寄ってきた。

 

「ふん、異人風情の好みに合わせてやる道理なぞ無いわ!」

 

「団長ー、いつまでカリカリしてるんすかぁ」

 

 魔王正規軍団長のエイブラハムと副長のオースティンである。

 

「祝いの席ですら喧嘩売るのがお前の流儀か?」

 

「馬鹿が、わしはこの皿を貰いにきただけだ!」

 

「なら好きなだけ食え」

 

 トニーはコブラ肉の皿を持ち、それをエイブラハムの口元で傾けた。

 

「おおっ!?こら、そんなに一気に……むぐぐ」

 

「ははは!悪くねぇ食いっぷりだぜ!」

 

「んぐ……ぷはぁ!馬鹿者!食べ物を粗末にするでないわ!」

 

 しばらく咀嚼をした後で、それを飲み込んだエイブラハムが怒鳴り散らす。

 

「粗末にはしてねーだろ。ちゃんとお前が食ったんだからよ」

 

「そういう事を言っておるわけではない!だいたい貴様は……ぬっ!?ぬぅぅ!?おい、オースティン!わしをどこへ連れていく気だ!」

 

「はいはい、団長。分かりましたからこれ以上騒がないで下さいねー。何だか子供みたいで自分も恥ずかしいんで」

 

 オースティン副長に肩を組まれて、エイブラハムは別のテーブルへと連れていかれてしまった。

 なかなかの名コンビだ。

 

「くくく……賑やかな連中だな」

 

「逆にてめぇは不気味だけどな」

 

「しかし驚いたぞ。まさかこの世界の者ではなかったとはな」

 

 ヘルもトニーの出生に興味があるようだ。

 

「お前には包み隠さず言っておくか。改めて、俺は違う世界から迷い込んじまった、正真正銘の人間だ。クルーズを殺したせいで今の地位を得たが、何も考えずに成り行きで魔族に加担してるわけじゃねぇ。どうやら、俺達が元の世界に帰る方法が、このアメリカを世界一の国にする事らしくてな。だから正規軍に志願して、さっさと戦争を終結させてやろうって腹だったんだよ」

 

「ほう……故郷に戻る手段があるのか。ようやく貴様の動きに納得出来た」

 

「アデルがそう言ったって話なんだがな。もし嘘だったらタダじゃおかねぇつもりだ」

 

「陛下がそう仰せか……ならば間違いないであろう。あの御方は決して卑劣な真似はなさらない」

 

 大魔王アデルを見やると、未だ主役のハインツと談笑に興じていた。 

 ハインツに祝いの言葉をと、遠巻きに待たされている諸公らには気の毒である。

 

「あんな、空気読めねーのにか?」

 

「貴様にだけは言われたくなかろう。どれ、我が先陣をきるとするか」

 

 空になっていたグラスにワインを注ぎ足し、ヘルが大魔王とハインツのもとへと歩いて行った。

 

 ハインツになど興味のないトニーは、ようやく別のテーブルに山菜のサラダが用意されているのを発見し、それを肴にする事で難を逃れていた。

 

「塩すらふってねぇとは。苦いばっかりだ」

 

「胡椒なる香辛料ならございます」

 

 侍女がトニーのクレームに申し出る。

 

「仕方ねー。それを持ってこい」

 

「はい、只今」

 

「かぁーっか!」

 

 ドン!

 

 腰にタックルしてくる幼い女。三魔女、カトレアである。

 

「……またお前か。いい加減、俺の事なんかほっとけ」

 

「えへへぇ」

 

「なんだ気持ちわりぃ」

 

 腰にまとわりついてくるカトレアを無視して、トニーは手づかみでムシャムシャと山菜を食らった。

 

「アルフレッド閣下から聞いたよ?ファミリーの人がエルフ族と結婚するんでしょ!幹部会で、バレンティノファミリーは別の世界から来たって聞かされて悲しかったんだけど……家族の人が結婚するんなら、閣下もこの世界で結婚するかもって事だよね!」

 

「あぁ……?そんな話は知らねぇって返したが、まだアイツはそう言ってんのか」

 

「うん!早くプロポーズしてよぉ!」

 

「うるせぇ。ほら、これ食うか」

 

 山菜の皿の隣にあった、トカゲの丸焼き。トニーはその一匹の尻尾をつまんで、カトレアの目の前でぶらぶらと揺らした。

 

「あむっ……!」

 

「残念。俺はトカゲを食う女は嫌いでよ」

 

「んぐっ……!?騙したなぁ!」

 

 両手でトニーの腹を叩いて抗議してくるカトレアよりも、近くを歩いていたアルフレッドに呼びかける。

 

「おい、カウボーイ!お前、まだつまらねぇ噂流してやがるな!」

 

「はい……?そうでしたかなぁ?」

 

「なんだ、酔ってんのかよ。だらしねぇ奴だ。おい、そこの女。椅子を持ってきてやれ」

 

 赤ら顔で身体を左右に揺らしているアルフレッドを捕まえて、侍女が用意した椅子に座らせた。 

 ちょうど胡椒を頼んでいた別の侍女も現れ、テーブルに胡椒入りの瓶を置いてくれている。

 

「閣下、私は酔ってなどおりませんが……」

 

「いいから黙ってしばらく座ってろ!これ以上余計な噂を広めるんじゃねぇ!」

 

 胡椒を手に入れたトニーは、さらに山菜をがつがつと口に放り込んでいる。

 

「はぁ……しかし、先日見たのは紛れもなくバレンティノファミリーの方ですよ。スーツ姿に、見慣れない色眼鏡をしていましたし」

 

「……あぁ?」

 

 一瞬だが、トニーの脳裏に顔が浮かんだ。懐かしき、実弟の顔である。

 

「まさかな」

 

 だが、それは馬鹿げた考えだと首を振った。

 

 FBIの手によってか、この世界に飛ばされた時、トニーの周りにはほとんどの組員らが集結していた。ただ、実弟を含む二人の所在は分かっていない。トニーは彼らが現世に取り残されているものとばかり思っていたが、その考えが少しばかり揺らぐ。

 

「おや、やはりお心当たりが?」

 

「サングラスをかけてたってな?見慣れないってのは?」

 

「レンズの形です。よく見る真円ではなかったので。目を覆う為なのか、横に長い楕円形をしてたんです。あなたのご家族にも、色眼鏡をかけている方が何人かいらっしゃいますが、あれとよく似てましたよ」

 

 アルフレッドは大魔定例幹部会以外にもトニーと面会した事が何度かある。ロサンゼルス城内でトニーの部下達を見る機会も少なくなかった。

 

「……」

 

 だが、最終的にトニーはこの件に関してはアクションを起こさなかった。 

 もちろん、実弟が絡んでいると踏んだところで、確認のしようがないからである。他にもこの世界のイギリス人の可能性や、現世から来た全く関係のない人物の可能性も大いに考えられる。 

 後日、生き残っている組員全員にエルフ族と結婚の予定があるかを訊いてみる程度の事は出来るだろうが、それでは何の成果も上がらないのは分かりきっていた。

 

「バレンティノ閣下、難しい顔をされてますよ」

 

「なになに、閣下?考え事ー?」

 

 アルフレッドとカトレアが同時に訊く。

 

「ほっとけ。とにかくこの話は終わりだ。答えの出ねぇ話は考えるだけでもイラついてきやがる。てめぇらも、分かったな?」

 

「何でそんな言い方するかなぁ」

 

「せめて私がお名前だけでも訊いておけば……うっ……!」

 

 突然吐き気を覚えたアルフレッドが口を両手で覆い、どこかへ走って行った。

 よほど飲み過ぎたのだろう。

 

「あらら、アルフレッド閣下がゲロゲロだぁ。背中さすってあげたら?」

 

「何でだよ。お前も早くあっち行け」

 

「じゃあさ、ハインツ閣下にお祝い言おうよ!おめでとうって!」

 

「行かねーよ」

 

 またもやムスッと頬を膨らませたカトレアがトニーの腰にタックルをしてきた。

 

「某の話題か、お二方?」

 

「あっ、ハインツ閣下!色々おめでとう!」

 

 ちょうど、大魔王や他の面々から解放されたハインツがふらりと現れた。

 

「パーティーなんだから兜くらい脱いだらどうだ。それじゃメシも食えねぇだろ」

 

 ハインツの右手には赤ワインが注がれたグラスがあるが、それに口をつけた様子は無い。

 

「お構い無く。某は少食なのだ」

 

「大手柄お疲れさん、大将軍様よ」

 

「貴殿の仕事を奪ったようで、恨みを買いはしないか心配ではあるがな」

 

「よく分かってるじゃねぇか。一つ、貸しにしといてやるぜ」

 

 手つかずのハインツのグラスに、トニーはボトルを傾けてワインを注ぎ足した。

 彼なりの労いに、溢れんばかりの量になってしまったグラスを軽く上げてハインツも返す。

 

「それで、閣下は異世界から参ったそうだが」

 

「あぁ。何しに来たってか?」

 

「否、向こうでは何を生業に?」

 

 他の者らとはひと味違った質問だ。

 皆一様にこちらに来た目的や経緯ばかりを知りたがるが、ハインツは現世でのトニーの生き様を訊いてきた。

 

「マフィアだ。魔族にそれと似てる職業があるのかは知らねぇが」

 

「マフィア?」

 

 その場にいるカトレアも興味津々である。

 

「簡単に言えば裏稼業だ。法的に認められない仕事でな。大抵はクスリに武器、人身売買。時には要人の殺しも請け負う」

 

「ヨーロッパやアジアで時々見かける、ゴロツキを集めた盗賊団みたいなものか?それとも暗殺者集団と言うべきか」

 

「知らねぇよ。マフィアはマフィアだ」

 

「ふむ。それがバレンティノ・ファミリーと名乗る理由なのだな。貴殿はその頭目。某ら、こちらの者に生業の意味を理解する事は出来ないのかもしれない。だが、当時から力を持っていたというのは分かるぞ」

 

 おそらくハインツはトニーが強い理由を探ろうとしている。

 

「当たり前だ」

 

「戦術もやはり独特なようだ。大砲とは何だ?弾薬を節約するとは?」

 

「あぁ?大砲?剣を振り回すのが日課のお前には無用の産物だろ。お前やその兵がやってきた血の滲むような日々の鍛練を、全て無意味なものにする伝家の宝刀だ」

 

「馬鹿な!そんなものがあるなら瞬時にこの世界は平定してしまうぞ!」

 

 ハインツが珍しく熱くなる。

 力は武人の誇りだ。それが簡単にひっくり返ると言われて黙っているわけにはいかない。

 

「だから今、それをやってんだよ」

 

「是非!某にその大砲とやらを見せてもらえないだろうか!」

 

「やめとけ。てめぇの大剣のほうがよっぽど鑑賞向きだ」

 

 これはトニーの伝え方が悪い。

 ハインツは一振りで大軍を凪ぎ払えるような巨大な兵器を想像してしまったようだ。

 

「それはどういう意味だ?装飾の有無など気にはせん」

 

「違う。この銃を見ろ」

 

「ふむ?」

 

 トニーの愛銃、M29。

 装弾数六発の回転式拳銃、いわゆるリボルバータイプの大型拳銃だ。 

 使用する弾薬は.44マグナム弾。一般的な9mmパラベラム弾よりも威力が高いのは言うまでもない。

 

「大砲ってのはコイツに近い道具だ。この、先端に穴があるよな」

 

「あぁ」

 

「ここから弾が飛んで相手を撃ち殺す。大砲の場合はちょっとばかりそれがデカイってだけの話だ。それでもお前の剣に比べたらちっぽけなもんだぞ」

 

 さらに大型の砲台を作る案も出ていたが、トニーの部隊が所有する魔弾砲は魔術を組み合わせたオリジナル品。純粋な近代兵器とは違うので、ある程度コンパクトな大きさでも十分な威力を実現している。

 

「つまり貴殿が持つその……銃とやらは、そんな小さな物でもかなりの力を持つ武器だというわけか。そして、銃を通常の剣に置き換えるならば、大砲は某が持つ大剣に匹敵する」

 

「まぁ、だいたい合ってる。お前の剣なんかより威力は絶大だがな。こないだも言ったが、これは一撃でクルーズを倒した銃だ。そして見ての通り、俺はかすり傷一つ受けちゃいねぇ。銃や大砲ってのはな、一方的に相手を消す為の道具なんだよ。騎士道だか武士道だか知らねぇが、敵と打ち合って命を削るようなスリルは無ぇ。ただ単純に、そして確実に相手を殺す。そこには美学もクソもねぇ。殺しは簡単な作業と化し、ただただ退屈なだけだ。的が銃の存在を知らなきゃ尚更な」

 

 トニーが銃をしまう。

 

「退屈……か。相手の命を奪う代わりに、貴殿は心を失ってしまったのだな」

 

「そう見えるか?ま、その方が都合がいい。俺は自分を気に入ってる」

 

 ここでカトレアが挙手して発言を求めた。

 当然トニーからは無視されるので、ハインツが「どうした」と促す。

 

「バレンティノ閣下は実は仲間想いなんだよ。心を無くしてなんかない!」

 

「なんだ、らしくねぇな。俺に媚びでも売ってんのか、ガキ」

 

「そう!売ってみた!」

 

「バカが」

 

 若干内容が変わってしまっているが、カトレアの言うようにトニーは人間性を全て失ってしまったわけではない。 

 但し、敵を殺す事への冷徹さ、残酷さは人一倍強いのも確かだ。トニーは自分を心から慕ってくれた仲間が逝けば、涙すら流す。しかし彼にとって敵や他人が死ぬ事は、道端に這う蟻が踏み潰されるのと何も変わらない。

 

「カトレアよ。某が言っているのはそういう事ではないのだが……」

 

「そうなの?じゃあいいや」

 

 前に出たカトレアをトニーが膝で退ける。 

 彼女は言いたい事が言えて満足したのか、それには反抗せずに後ろ手でトカゲの丸焼きをつまんで口に入れた。両手で口元を押さえて隠してはいるが、何か食べているのは明らかだ。

 

「……そんな事より、ハインツ」

 

「ん、なんだ?」

 

「そんなに戦が好きなら、どうして俺みたいに正規軍に志願しねぇんだ?」

 

 これは当然の疑問だろう。

 

「某は強者との一騎討ちにこそ魅力を感じているのだ。無論、侵入においては生きるために弱き者から物資を奪いはするが、名の通った猛将がいる街ばかりを狙うようにしている」

 

「正規軍として領土拡大の為に進攻するなら、興味の無い小さな村や集落にも手をつける必要があるからな」

 

「その通りだ。気乗りはしない」

 

「ほう?お堅い野郎かと思ってたが、意外に自由人じゃねぇか。嫌いじゃないぜ、お前みたいな奴は」

 

 ハインツの、ゴツゴツとした骸骨を模した鎧の肩を叩く。

 

 バチッ!

 

「うおっ!?」

 

 魔力で守られているのか、トニーの掌に静電気に似た衝撃が走った。

 

「ははは、気をつけてくれ。子供騙しに魔術を纏っておる」

 

「ふざけやがって……お前とハグし合える親友は出来そうもねぇな」

 

 大した威力ではないので、銃弾や刃、魔術による攻撃を防ぐものではなさそうだ。ハインツの言う通り、単なる威嚇にしかならないだろう。

 

「ハグ?」

 

「なんだ、馴染みがないか?このチビスケがいつも俺にまとわりついてくるだろう。そうやって抱き合うスキンシップだ。まさか、甲冑着てたら握手もしないのか?」

 

「そう言われればそうだな。某がこれを身につけている間は、誰とも触れ合う事は無い」

 

 バチッ!

 

「いたぁっ!」

 

 それを聞いたカトレアが、ハインツの脚を指で突こうとして返り討ちにあっている。

 

「カトレアー!」

 

「ひっ!?な、な、な、なにっ!?……お姉ちゃん!?」

 

 気づけばトニーらの背後に赤毛の少女、三魔女クリスティーナの姿があった。

 腕を組んで仁王立ちをしている様子から、彼女はご立腹である事が窺える。 

 ちなみに三魔女は生活を共にし、家族同然の間柄ではあるが、実際に血縁関係にあるわけではない。

 

「なに、じゃないでしょ。あんたはどこに行っても他人様に迷惑をかけるような真似ばっかりなんだから。バレンティノ閣下はともかく、ハインツ閣下にまでちょっかい出したりして」

 

 どうやら彼女はずっとカトレアの動きを監視しており、ハインツに触れた事でとうとうカトレアを注意しに来たようだ。

 

「おい待て、なぜ俺へのちょっかいは許されてんだ」

 

「あんまりふざけないようにね。以上よ」

 

 トニーを無視し、つかつかとヒールを鳴らして去っていくクリスティーナ。トニーを毛嫌いしているのは誰の目にも明らかだ。

 

「ふぅ……びっくりしたぁ。お姉ちゃんきらーい」

 

「自業自得だろ。しかしあのクソガキ……見事にシカトしやがった。生きたまま両手両足を落として、性欲にまみれたオーガの群れにでも棄ててやろうか」

 

「ダメだよ、閣下。お姉ちゃんはいつかあたしが絶対ぶっ飛ばしちゃうんだから!……ていうか、痛い思いしたのはこっちの方だし!ハインツ閣下、謝ってよ!」

 

「ふむ……しかし本当に二人の姉妹喧嘩があろうものなら、某は是非とも拝見したいところだな」

 

 ハインツが顎に手を当てて唸る。

 

「へ?なんで?」

 

 カトレアはハインツに謝罪を求めていたはずだが、簡単に話題を変えられてしまった。

 

「当たり前だろう。純粋な魔力の塊と言っても過言ではないカトレアと、華麗な剣術をも操る魔女クリスティーナ……これは見ものだぞ」

 

「このチビがどうしてそんなに持ち上げられるのか、俺も少し興味があるな。おい、今すぐあいつを襲ってこい」

 

「は!?無理でしょ!?」

 

 そう言っているのにも関わらず、なぜかカトレアは小さな杖先を姉の背中に向けている。

 もちろん魔術を放ったりはしないが。

 

「それよりも、貴殿はずっとこのテーブルにいるつもりか?せっかくの会食だというのに」

 

「それは何も飲み食いしてない奴が言う台詞か?」

 

「む、そうではない。某が言っておるのは、諸侯と気兼ねなく話せる機会だという事だ。見る限り、貴殿はこの魔女カトレアとフィラデルフィア城主殿としか親しんでおらぬ様子。いつまでも外様では居心地が悪かろう」

 

 フィラデルフィア城主とは数少ないトニーの理解者、死神ヘルの事だ。

 

「お友達を作りたくて、俺がこうしてここにいると思ってんのかよ」

 

「まったく……どこまでもへそ曲がりな男だ。だが、エイブラハム団長とはあまり犬猿の仲ではいない方が良い」

 

「あぁ?勝手に嫌ってくれてるのはあいつのせいだろう」

 

 全てにおいて自己中心的なトニーに、やれやれとハインツが肩をすくめる。

 

「いいか。我ら魔族は大魔王様の配下として仲良くしているように見えるかもしれん。そして、実際にそれは大きく間違ってはいない」

 

「だからどうした」

 

 心なしか、ハインツが声を細めているように感じる。

 

「貴殿が一番分かっているはずだぞ。陛下の御前でなければ、斬り合いになったところで咎めは一切無いという事をな。むしろ、強ければ強いほど正しい。それがこの国の考え方だ」

 

「アジア大陸進攻中に、あのライオンとも一悶着あるかもしれねぇって事か?」

 

「何があってもおかしくない。団長の持つ軍を仕向け、他の同志を巻き込んでの全面戦争とまではいかないだろうが……突然目の前に現れ、首を斬り落とされても文句は言えんのだぞ」

 

「……」

 

 しばらくトニーはうつむいて何かを考えていたが、やがて顔を上げた。

 

「そりゃ面白い話を聞いた」

 

「まーたまた閣下が悪巧みしてるぅ」

 

「やめておけ。彼らと戦ってしまえば進攻に支障をきたす。それこそ貴殿の目的から遠退く、本末転倒な結果にしかならぬぞ」

 

「ふん……」

 

 二人の忠告に、果たしてトニーが耳を貸すのか。

 時に誰もが度肝を抜かれる判断をする彼の真意は現時点では不明瞭である。

 

「いやはや、お騒がせいたしました」

 

 しばらく席を外していたアルフレッドが戻ってきた。顔色は悪くない。

 

「おう」

 

「む、どうされたのだ?」

 

 状況を知らないハインツが訊く。

 

「酒のせいでゲロってたんだよ」

 

「はは、お恥ずかしい。ハインツ閣下は相変わらず、何もお召し上がりにならないのですか?」

 

「お前からも一杯くらい薦めてくれよ。一応、今日の主役様なんだからよ」

 

「結構だと言うておろう。では某はこれで」

 

 ハインツがその場を去ると、すぐに今度は竜人のフレイムスに捕まっているのが見えた。

 鋭い爪を持つ大きな手でハインツの腕に触れているが、竜人は強固な皮膚のせいで感覚が鈍いらしく、甲冑から発せられる魔術には気づいていないようだ。

 

「しかし、ハインツ閣下とバレンティノ閣下が話しておられたのは意外でしたよ。彼の方からいらしたんですか?」

 

「まぁな。付き合いが良いのか悪いのか分からねぇ男だ」

 

 トニーが鼻を鳴らす。

 

「昔かたぎな生粋の武人ですから。少々無愛想なのも頷けます。それに個人的には、あの強さはやっぱり羨ましいですよ。それが彼の一番の魅力でしょう。味方であれば心強い存在です」

 

「言えた口か?お前の飛竜レースでの無双っぷりを忘れたとは言わせねぇぞ」

 

「ご冗談を。あれは競技じゃありませんか」

 

 アルフレッドが顔をほころばせた。

 

「確か、ヘルだったか。あいつが言ってたぜ。お前が敵の大将を遥か彼方から一発で射抜いたってな」

 

「いやぁ、そんな何百年も前の話は止して下さいよ。そもそも私は、出来る限り戦いを避けて来たんですから。だから空高く舞い上がる飛竜の扱いを学び、遠くから攻撃出来る弓術を習得したのですよ」

 

「なんだそりゃ。逃げ腰を極めた結果が今の力と地位だって事か?上手く立ち回ったもんだな、カウボーイ」

 

 アルフレッドもなかなかの苦労人で、珍しい生き方をしてきたようだ。

 六魔将として活躍する今の姿からは想像もつかない。

 

「カウボーイの意味がよく分かりませんが……私は雌牛(カウ)なんか乗りませんし、少年時代はとうに終わっています」

 

 腕を組むアルフレッドの脳内にはクエスチョンマークが浮かんでいる事だろう。

 

「あだ名くらい文句言わずに受け入れねぇか」

 

「はぁ……では、バレンティノ閣下にはこんなニックネームはいかがでしょう。えーと、異界の将軍」

 

「だせぇからパスだ」

 

「不公平ではっ!?」

 

「じゃあ次はあたしが魔女になった時の話!」

 

 アルフレッドの生い立ちの話に続いて、カトレアが言った。

 

「おぉ、何か逸話があるのですか?失礼ながら、私の記憶ではいつの間にかあなたが三魔女の一人と称されていたイメージしかありません」

 

「そうだよ!気づいたら三魔女って呼ばれてたの!だから何にも覚えてないんだ!」

 

「は、はぁ……」

 

 反応に困るアルフレッド。

 トニーは初めから聞いてもいなかった。

 

……

 

 小一時間程度が過ぎた頃。

 

「皆のもの。楽しんでもらえたか」

 

 大魔王アデルが諸侯に呼びかけた。どうやらお開きの時間らしい。

 

「なんだ、もう終いかよ。もの足りねぇ宴会だな」

 

「私はしばらくお酒は遠慮したい気分ですよ」

 

「吐いたらその倍以上は飲むのが鉄則だ。いつまでもそんなんじゃ笑い者だぜ」

 

 自らが空にしてしまうところだったボトルを渡そうとしたが、アルフレッドは首を左右に振ってそれを拒否する。

 

「無理ですよ!異世界の人間は何てタフなんでしょう!」

 

「遠慮すんな」

 

「バレンティノ閣下、それでしたらこの老いぼれの家へいらしてはいかがでしょう?」

 

「あ……?ジジイか」

 

 参謀長ブックマン。

 

 タキシード姿の老人は、トニーの暮らしてきた現世の話を一刻も早く記したいといった様子でそう告げた。

 

「飲み足りないと仰いましたよね。こちらにお話をお聞かせ願えるならば、多少の葡萄酒はご用意いたしますよ」

 

「そうですよ!是非、いってらっしゃいませ!」

 

 自らにトニーの矛先が向かないならばと、アルフレッドはここぞとばかりにブックマンの屋敷へ行く事を推してきている。

 

「チッ……まぁいい。行くぞ、ジジイ」

 

「どうぞどうぞ」

 

「あたしも行っていいー?」

 

「あそこでお前を睨みつけてる姉貴に訊いてみろ」

 

 クリスティーナの鋭い視線が容赦なくカトレアに浴びせられている。

 離れているクリスティーナに会話の内容が漏れているとは考えられないが、トニーを誘うブックマン、そしてカトレアがそれに便乗しようとしているのは理解出来たらしい。

 

「ぐっ……!あ、あきらめる……」

 

「決まりだ」

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 空間転移の音。

 

 他の者達が帰っていく。

 

 アルフレッドはトニーらや大魔王アデルに一礼すると、転移術は用いずに扉から退室していった。外に飛竜を待機させていたのだろう。

 

「ジジイ。俺のツレが二人いるが、ソイツらも連れてってくれ」

 

「もちろんです」

 

……

 

 大魔王官邸、待合室。

 

「おう。てめぇら、待たせたな」

 

 トニーの声に、黒地の紋付き袴を着た本山と、鉄製の甲冑姿のミッキーが顔に喜色を浮かべた。 

 その大部屋の中にはすでに他幹部の護衛はおらず、彼ら二人だけが取り残されている。

 

「待ちわびたぞ、トニー!お主、一人だけで良い思いをしおって!」

 

「閣下、お帰りなさいませ」

 

 対称的な言葉だが、共にトニーの帰還を嬉しく感じているのは明白だ。

 

「次は参謀長のジジイの家に向かうぞ。本山、今度はてめぇも酒に付き合わせてやる。感謝しろよ」

 

「なんじゃ、最後にお楽しみを取っておいてくれたわけか」

 

「ま、そういう事だ。早くしろ。ジジイが外で待ってる」

 

 都合の良い本山の勘違いに、適当に話を合わせて二人を急かした。

 

 待合室を出ると、参謀長ブックマンがその目の前で待っていた。彼は少々腰が曲がっているものの、立っているとおおよそ本山と同じ程度の体躯である。 

 待合室とつながる広々としたエントランスは外観と同じく、正に漆黒のホワイトハウスと呼ぶに相応しい豪華な物だ。

 

「ん?」

 

 ブックマンがいるのは分かるが、その隣に大魔王アデルの姿があった。

 

「おっと、バレンティノ閣下がいらっしゃいましたね」

 

「何だ?まさかジジイの家に行く客がもう一人増えたんじゃねぇだろうな」

 

「否。我が屋敷に来てくれた者共を見送っておったところだ」

 

 ブックマンの代わりに大魔王がそう返した。

 

「やはり、我々は陛下には頭が上がりませんな。王の鏡の様な御仁でいらっしゃる」

 

「此度は余の思いつきに皆を付き合わせたのだ。誉められる道理など無い」

 

「ふん、何をいちゃついてんだか」

 

 気持ち悪いものを見せるな、とでも言っているような酷い言い草である。

 

「それでは。陛下、我々はこれで失礼いたします」

 

「うむ。この小生意気な小僧にどんな過去があるのか、出来るだけ書き記して欲しいものだな」

 

「出来るだけ……か。そんなに大した時間を生きちゃいねぇよ。特にご長寿自慢のお前らと比べちまったらな」

 

 謙遜とも取れるが、これも真意は真逆だろう。何かにつけて相手を蔑み、煽るのがトニー・バレンティノという男だ。

 

「笑い話の一つくらい期待させてくれ。たまには馬鹿にしてやるのも悪くなかろう」

 

「ははは!言いやがる!大魔王が俺をこけにするネタ探しか!」


 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 ブックマンの転移術が発動し、彼らの談笑はそこまでとなった。

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