表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/43

♭6

 ヒュー……


 ドンッ!

 

 まるで現世の近代戦、現代戦の真っ只中にいるような、迫撃砲にも似た音がこだました。

 

 中国、上海地区。 

 海岸線に本陣を構えた魔王正規軍ロサンゼルス特別師団は、目の前に広がる大都市に向かって次々と砲弾を撃ち込んでいた。この砲弾、銃器の仕組みに魔力を応用したような代物で、着弾地点に爆発、電撃、睡眠ガスや毒ガス散布など、製造過程に協力させる術者次第でかなり自由度が高い優れものである。 

 今回用いているのはオーソドックスな爆発、焼夷弾頭で、木造に瓦屋根の建物が並ぶ美しい街並みが、無惨にも燃え上がる炎と人々の悲鳴で埋め尽くされていく。

 

「閣下、失礼いたします」

 

 丸太の四本柱に、木板の屋根を乗せただけのこぢんまりとした司令所に、リザードマンのミッキーが入室してくる。砂地に麻の蓙を敷いて寝転がっていたトニーが視線だけを彼に向けた。

 

「あぁ?」

 

「たった今、後発の歩兵大隊が上陸いたしました。ロサンゼルス師団、全隊無事上陸完了でございます。ご命令を」

 

「よし、撃ち方やめさせろ。今来た奴等を最前線に投入して、残党狩りだ」

 

「はっ」

 

 ミッキーが去ると、バキバキと首や肩を鳴らしてトニーが立ち上がった。そして傍らに立て掛けてあったクルーズの杖と大型拳銃をひっつかみ、司令所から出る。

 街の様子や、今から突撃させる歩兵大隊の面々を見ようと思っての行動だ。

 

「あ、親父」

 

「おう」

 

 早速声をかけてきたのは巨漢のフランコ。

 バレンティノファミリー全員が未だにスーツ姿なのはお決まりだが、彼らの服の内側にはすべて破魔衣と呼ばれる特殊な布を縫いつけてある。

 

「おやすみじゃなかったんですか」

 

「あぁ。ゴロゴロしてたんだが、うるさくて昼寝出来ねーからな。気晴らしに散歩だ」

 

 それ以上は何を言うわけでもなく、フランコはトニーに追従してきた。

 海岸の砂浜に、数十もの小舟が乗り上げていた。沖の方には十隻程度の大型帆船が停滞している。 

 トニー達の師団がアメリカ大陸から遥々この中国まで渡航してきたからだ。千を超える兵員と大量の物資の運搬が必要だったので、転移術ではなく直接の移動だった。 

 歩兵大隊の面構えを見て回る。ケンタウロスにミノタウロス、インプ、巨人、種族はまばらだが、中でもリザードマンが多いのはロサンゼルスに住まう魔族の特徴らしい。 

 また、従軍の炊事等の世話役として少数の人間、つまり奴隷として拉致した者達の姿もあった。 

 所々で黒地に白骨化した翼竜のデザインが描かれた軍旗が潮風になびいている。それが魔王正規軍の部隊であることを象徴していた。

 

「か、閣下!?」

 

 歩兵大隊を整列させるために声を張っていた一人のリザードマンがトニーの存在に気づく。

 トニーには違いがよく分からないが、元からロサンゼルス城に仕えていた兵士だ。

 

「閣下……?」

 

「あれか、噂の将軍様は」

 

 トニーを初めて見る新兵達からそんな囁きが聞こえてきた。

 

「こら!そこ!黙って整列せんか!」

 

 指をさしながらそう言い放ち、トニーの目の前に駆けてきた。

 

「い、いかがなさいましたか、閣下。このような所へ……」

 

 片膝を地面につけ、申し訳なさそうに話すのは雑兵の無礼な発言がトニーの耳に入ってしまったからだろう。

 

「兵士の面を見るのも仕事のうちだ。軽口叩けるくらいなら、士気は高いみてーだな」

 

「は、ははっ!」

 

「おや……?閣下、おいででしたか」

 

 次いで、後ろから声が届いて振り返ると、先ほど指示を出して動かしたミッキーの姿があった。 

 部隊の整列や点呼が終わる頃合いを狙ってやって来たのだろう。彼が後から司令所を出たはずのトニーよりも到着が少し遅くなったのはその為だ。

 

「暇潰しだ。気にせず仕事をしろ」

 

「御意」

 

 さすがトニーの副官を務めているだけあって、予想外の場所にトニーがいるくらいでは大して驚いた様子もない。このくらいの気まぐれなど、序の口だからだ。

 

「トニー・バレンティノ閣下からのご命令だ」

 

 ミッキーが部隊の面々に向けて、やや声を大きくした。ざわついていたその場が、一瞬で静かになる。 

 どうやら『命令』の言葉に反応したようだ。準備期間は短かったが、よく訓練されている。

 

「歩兵大隊には敵拠点への攻撃を命ぜられた。直ぐにだ。長旅で疲れているだろうが、もうひと踏ん張りして欲しい」

 

 トニーはミッキーの隣から移動して、部隊の最後尾に向かった。もちろん兵士達の横を通って行くわけだが、誰一人として視線を彼に向ける事はない。

 

「現在五百名規模の歩兵大隊を五つに分けて進軍する。百名一組の呼称を中隊とし、指揮権は中隊長に与える。第一から第五までの中隊長の選別、及び貴様ら全員の所属中隊は出航前にロサンゼルスで話したはずだ。それに所属し、以降は中隊長の指示に従え。……以上、質問は?」

 

 ミッキーの問いかけに、いくつか手が挙がっている。

 

「では、そこのお前。何だ?」

 

 ミッキーが最前列にいたミノタウロスを指差す。

 

「おらぁ、所属を忘れちまってよ。教えてくれねーか」

 

 単純な質問である。

 しかし、意外にも手を挙げているほとんどの者が「俺も」「私も」と口々に騒ぎ立て始めた。なぜそれを忘れる、と言いたいところだが、民の間では識字率が低い為に数字の概念も浸透していない可能性が高い。

 

「ううむ……では、所属の不明な者については解散後この場に残るように。追って、所属を再通達する」

 

 一呼吸おいて、ミッキーは未だに手を下げていない者に視線をやった。一人のリザードマンと巨人である。

 

「では、そこの巨人。まだ何かあるか」

 

「我々の上陸前、砲撃を行っていたようだが、残存する敵の規模はいかほどか」

 

 良い質問だが、いち兵士というよりは、隊長クラスが必要とする情報である。

 

「その確認も貴様らの任務の内だ。中隊ごとに斥候を配置し、敵の規模を確認しながら進軍せよ。予想外の数が確認された場合、二個、三個中隊を同じ地点に動かす可能性もある」

 

「了承した。感謝する」

 

 巨人が黙ると、残るリザードマンが再度挙手してミッキーを見つめた。

 

「次は貴様だな。以降、誰からも質問は認められん。これで最後だ」

 

「グルル……人間、喰っていいのか?腹が減った」

 

「ならん。我らに従う者は奴隷にするかもしれん」

 

 ミッキーの回答に数名から落胆した声が上がる。

 

「戦闘の完全終結後、生き残った人間を処分するかどうかは閣下のご指示を仰ぐ事になるだろう。無論、歯向かう者はすべて斬り捨てるが、捕食している暇があれば急ぎ、進軍せよ。市内を素早く占拠し、別都市からの増援に対する防御陣を張る。上海は大アジア大陸進攻の為の最初の拠点となるからな」

 

「それまで終わらせればいいんだな」

 

「頼む。貴様ら一人一人の力に期待しているぞ」

 

 直ぐに五つの中隊への並び替えが行われ始めた。

 それぞれの中隊長に任命されている古参のリザードマン達がどなり声を響かせる。

 

「第一中隊はこっちだ!」

 

「第三中隊!さっさと整列しろ!真っ先に俺達が出撃するぞ!」

 

「四中隊ー!他の隊に手柄を許すな!」

 

 そこまで見守ると、トニーは再び足を進め、フランコと共に移動を始める。

 

 戦闘直前でいきり立つ歩兵大隊の喧騒が消えた頃、使い終わった大筒の手入れをしたり、地べたに座り込んで休憩をしている砲兵の部隊の陣にさしかかった。

 大筒はまさに現世の迫撃砲。人の腕程度の長さと太さを持つ金属製の筒が、斜め上を向いて三本脚の座で固定されている。

 この新兵器は魔弾砲と名付けられたらしいが、兵士達の間では単純に大砲や砲、筒などと呼ばれており、正式名称はあまり意味を成していなかった。

 砲兵隊の規模は二十人で決して大所帯ではないが、遠距離からの一方的な攻撃は簡単に戦況を有利にしてしまうのは明らかだ。

 

「ん……?親父?」

 

 タバコをふかしていたバレンティノ・ファミリーの組員が言った。

 砲兵隊は比較的安全な場所にいる事が多いので、人間である彼らも多く所属させている。大砲など撃った経験がある者はいなかったが、思いの外うまく使いこなしていた。

 

「散歩だ。さっきはご苦労だったな」

 

「ストレス発散にはもってこいですよ。親父もどうです、一発」

 

「馬鹿言え。今から歩兵を突っ込ませるんだぞ。味方の頭に弾なんか落とせるか」

 

 トニーも懐からタバコを取り出し、右手の人差し指で火を灯した。

 他の組員ら全員がトニーに気づいて集まってくる。

 

「見ましたか、親父。俺達の勇姿を。ちょろいもんだ!」

 

「親父、この調子なら夜には旨い酒がたらふく飲めそうですね」

 

「さっさと世界を平定して家に帰りましょう、親父!」

 

 そう口々に話しかけてくる組員達の中には、すでに赤ら顔で酒の匂いを漂わせている者もいた。

 

「おい、酒の話をしたのは誰だ。すでに飲んでやがるくせによ」

 

「だっはっは!さすが親父、すぐにバレちまいましたか!」

 

「親父、どうぞ。これに座って下さい」

 

 別の組員が砲弾を入れていた木箱をボスの椅子代わりにと運んできた。少し低いが、二人かけのベンチくらいの面積がある。

 

「親父」

 

 座るやいなや、目の前にワインボトルが差し出される。

 

「すいません、飲みかけでグラスも無いんですが」

 

「おう」

 

 ぐびぐびとそれを飲み干し、空き瓶を返した。

 

「中国にも有名な酒はあるそうじゃねーか。今夜はソイツをしこたま飲むとしよう」

 

「そりゃいい。みんな潰れちまうまでご一緒しますよ」

 

 しばらくその場で組員らとの談笑に興じ、そろそろ歩兵大隊が戦闘に入っただろうかとトニーが街の方を見やった時。

 

 ヒュッ!

 

 鋭く風を切る音。

 

 次の瞬間、彼の隣にいた組員が白目を剥いて仰向けに倒れた。

 

「何だっ!?」

 

「お、おい!大丈夫か、お前!」

 

 慌てる組員達。倒れた者の身体を起こすと、背中に深々と小振りな投げ槍が突き刺さって絶命していた。

 

「……て、敵だぁ!味方がやられたぞ!」

 

「どこからだ!?魔王正規軍陣営のこんな奥までどうやって!」

 

 砲兵隊のバレンティノ・ファミリー皆がライフル銃を構え、魔族の身でこの部隊に所属している者は槍や剣を手に持った。

 

「親父」

 

 フランコが左前方を指差しながら耳打ちしてくる。砂浜からやや内陸に進んだ場所にある小さな雑木林だ。ちょうど、街と浜の間に位置している。

 

「何かが動きました」

 

「上等だ……うちのもんに手をかけるとは、死ぬ覚悟は出来てるんだろうな」

 

 かつてクルーズが愛用していた、頭骸骨を模した死霊術、呪術特化の杖を振り上げる。

 

「酷炎」

 

 ゴウッ!

 

 狭い雑木林全体から黒々とした煙が一気に噴き上がる。

 林は一瞬にして炭の如く朽ち果て、中から数人の男達が全身を黒煙に包まれて飛び出して来た。炎というにはあまりにもおどろおどろしい色を見せるこの術は、以前フィラデルフィア城下でヘルが巨大カマキリに向けて放ったものである。

 

 戦争に赴く前。トニーは銃器の開発や兵士の調達、訓練と同時に自らの術の習練にも励んでいたという事が分かる。無論、フィラデルフィア城主にして六魔将の一人である死神ヘルや、三魔女の幼女カトレアの協力があってこその急成長だ。

 

「あぁぁぁぁ!!」

 

 タタタン!タタタタン!

 

 叫び声を上げて炭と化していく刺客達に向け、バレンティノ・ファミリーの連射式のライフル弾が容赦なく何百発も撃ち込まれた。


 銃声がやむ頃。

 人であったはずのそれは粉々に砕かれ、単なる石炭と全く見分けがつかなくなってしまった。

  

「どうなってやがる」

 

 死んでしまった仲間のそばに膝をつき、トニーが誰に言うでもなく呟いた。

 

「親父、あれだけ大砲ぶっぱなしてれば敵もこちらの場所を特定出来るはずです」

 

 フランコが返した。

 

「んなこた分かってるんだよ!だが、敵はどうしてここまでたどり着いた!前には味方もいる!誰にも気づかれずにどうやってこの至近距離まで来やがったんだよ!あぁ!?」

 

 襟首を掴まれ怒鳴りつけられるが、フランコは苦い顔を返すしかない。

 

「閣下!」

 

 リザードマンのミッキーが走ってきた。

 歩兵大隊全てを出撃させ終わったところで、自陣内で銃声が聞こえてきたからだろう。彼は一人だ。

 

「閣下、今のは……」

 

「ふん!すぐそこまで敵が来てたんだよ!おかげで仲間がやられた!」

 

 フランコから手を放し、状況を説明する。

 

「まさか、そんなことがあるはずは……歩兵大隊到着より前から、手持ちの部隊には砲兵隊や本陣の周りを囲ませてあります」

 

「だったらあれか!?奴らが空間転移をしやがったと言うのか!?」

 

「いや……可能性は低いですね」

 

 人間の世界では死霊術や転移術などの一部の魔術は浸透していない。理由は様々だが、単純に魔族にしか発動出来ないと考えるのが自然だ。

 しかし、日本では死霊術を操る術者が現れたので、それも確実だと言い切ることは出来ない。

 

「親父、俺達の船が着岸する前からコイツらがここに伏せてあったのかもしれません。バカでかい船だ。沖に停めたって望遠鏡さえあれば気づく」

 

 これはフランコだ。

 

「チッ……ミッキー、残ってる奴らにこっちの陣内を探索させろ。他にも林や茂みに敵が隠れてる可能性がある」

 

「はっ!」

 

 あちらこちらへ走り回されるミッキーだが、不満の一つもこぼさないのだから非常に優秀な部下だと言える。トニーに名を受けた瞬間から、彼に絶対の忠誠を誓っているだけのことはある。

 

「侵入とは違って前兆があるわけだから、敵もある程度の手を打てたってわけですね」

 

「よりによってこの連中の側に潜んでやがるとはな……おい、死んだ奴を誰かにロサンゼルスまで転移させろ」

 

「わかりました」

 

 フランコが一体のリザードマンを呼びつける。

 仲間の遺体と、付き添いでさらに別の組員が一人。彼らがロサンゼルス城の敷地内に埋葬してくれる。すでにバレンティノ・ファミリーの犠牲者も片手では足りない人数になってきた。遺体を回収可能であれば、出来るだけロサンゼルスに墓標を立てるようにしてあるのだ。


「空間転移!」

 

 バリバリバリ!

 

 三人は連れ立って消えていった。

 

……


 

「閣下、ご報告申し上げます」

 

 その晩。

 トニーら魔王正規軍ロサンゼルス特別師団は、砲兵隊への急襲以外、自陣に配備している兵への被害を出すことなく終わった。つまり、幸か不幸か伏兵は他にいなかったという事である。 

 しかし、敵陣に進撃した歩兵大隊には死傷者が少なからず出ているはずだ。 

 なぜなら、予想外な事に一日で街を落とせなかったのである。もちろん酒はおあずけ。砂浜に建てた司令所の蓙の上に胡座をかいていたトニーはやや不機嫌な様子で、戦況報告に現れたミッキーを睨みつけた。

 

「悪い報告か」

 

「どちらとも取れます」

 

「話せ」

 

「歩兵大隊の活躍により、敵の残存勢力を街の中心に追いやりました。つまり街の外側にいる大多数の民、兵士は投降しております」

 

 残る敵は完全に孤立していると言える。

 

「したがって、明日には決着がついてもおかしくありません。今は包囲網を張ったまま、ひとまず戦闘を休止している状態です」

 

 この言い訳じみた言い方がトニーの機嫌をさらに損ねる。

 

「だったら少しぐらい気張って今日片付けるくらいしてみせろ!」

 

「申し訳ありません、閣下。少し問題がありまして」

 

「どんな問題だ!」

 

「ははっ。四人の猛将が街の中心部の東西南北にそれぞれ立ち塞がり、我が部隊の侵攻を阻んでおります。そやつらさえ討てば、すぐにこの街を占領出来るのですが……」

 

 上海は中国でも一、ニを争う大都市だけあって、腕利きが揃っているようだ。トニーの表情がさらに険しくなる。

 

「なめやがって……仕方ねー。明日は俺が前線に出る」

 

「なんと!閣下の御身に危険が及びます!どうか我々にお任せ下さい!必ずやこの街を落としてみせます!」

 

 ミッキーの必死の説得にもトニーは首を横に振るばかりだ。

 

「おいおい。俺が言い出したら他人の意見なんか聞かねーのは知ってるだろ?」

 

「グルル……」

 

「その猛将とやらの面構えも拝んでおかねーとな。これからどんな街、どんな国に進もうと、そういう輩の一人や二人はいるだろうしよ」

 

「……承知しました。くれぐれもご無理はなさいませんよう」

 

 ポンポン、とミッキーの肩を軽く叩いて司令所を出る。

 

「フランコ」

 

「へい」

 

 小屋の前に見張りとしてフランコを立たせていたので呼びつける。

 

「大砲撃ちの連中は置いていくが、お前はどうする」

 

 ファミリーの人間は誰も連れていかないつもりだが、という意味である。

 大した壁などない簡易的な建物なので、もちろんフランコはトニーとミッキーの会話は理解出来ていた。

 

「俺も行きましょう。しかし、連中が黙って親父を行かせるとは思いませんがね」

 

 クイッ、と親指を後ろに捻るフランコ。

 

「ん……?」

 

 振り返ると、いつからそこにいたのか、組員らが整列していた。

 

「親父、水くさいじゃねーですか!」

 

「俺達を出し抜こうったって、そうはいきませんよ!」

 

 ライフルを高く掲げて口々に叫ぶ。トニーの口元がようやく僅かに緩んだ。

 

「ふん、忘れてたぜ。うちは揃いも揃って馬鹿ばっかりだったな」

 

「きっと親父に似たんでしょうね」

 

 ドスッ!

 

 トニーのジャブがフランコのデンと張り出した腹にめり込む。

 

「おっと、すいません。口が滑っちまいました」

 

 一同から大きな笑いが起こった。

 

「けっ!そうと決まれば明日は朝から派手に暴れるぞ!しんみりしてないで早く酒を持ってこい!決起大会だ!」

 

 酒は勝つまでおあずけだったはずだが、近くにいた魔族の兵士らも巻き込み、夜更けまで大宴会が催されたのだった。

 

……

 

……

 

 タタタン!タタタン!

 

 乾いた連発式の弾丸が戦場を駆け抜ける。 

 早朝に突如として東側から現れた謎の武器を用いる集団に、敵の兵達は度肝を抜かれた。しかし、直線的に飛んでくる弾は鉄板や石材で防げると気づくと、素早く装備を布地や木製の軽装から鉄製の重装備に切り替え、大岩や丸太を転がしながら身を隠して反撃してきた。かなり優秀な指揮官が兵を率いているのが分かる。

 物陰からの射撃ならば、銃よりも弧を描いて降ってくる弓矢に軍配が上がる。

 雨のように無数に降り注ぐ矢を受け、バレンティノ・ファミリーを含めた味方の部隊がバタバタと倒れていく。

 ミッキーの言った通り、歩兵大隊が進撃に手をやいていたのも頷ける手厚い反撃だ。

 

「くそっ!ボスはどこだ!」

 

「親父!下がってください!」

 

「あ!?おい!何しやがる!」

 

「死んじまいますよ!後で好きなだけ俺をぶん殴って構いませんから!」

 

 敵を目の前にして地団駄を踏むトニー。フランコがそれを羽交い締めにして後ろへと引っ張って行った。

 

「落ち着きましたか、親父」

 

 近くにあった軒先のベンチに腰かけたトニーの横で、タバコの煙をくゆらせているフランコが言った。彼の右頬は宣言通りトニーの鉄拳を喰らって赤く腫れ上がっている。

 

「何で押しきれねーんだ!こっちは銃があるんだぞ!」

 

「らしくねーですよ、親父」

 

「何が言いてー?」

 

 トニーは頭に乗ったボルサリーノをずらしてフランコを睨んだ。

 

「今まで色んなトラブルがありましたが、いつだって『どうにかなる』ってドンと構えてたじゃねーですか」

 

 フランコの大きな唇から、するりとタバコが滑り落ちる。

 

「俺には敵のボスが上手い戦い方をするとか、こっちの兵力に問題があるとか、そういった事は一切分からねー。でも、なぜかこう思うんです。親父がいりゃ大丈夫だってね」

 

「お気楽なもんだな」

 

「だから無茶して前に飛び出したりせず、ふんぞり返って、酒でもあおって待ってて下さい。それが俺達の知る親父です」

 

「フランコ」

 

 トニーが立ち上がる。

 

「はい?」

 

 ドスッ!

 

 わき腹に見事な蹴りが入る。

 

「ぐおっ!」

 

「俺に指図するなんて、百年早いんだよ。……行くぞ。ぐずぐずすんな」

 

……

 

「あ、親父!戻られましたか!お待ちしてました」

 

「親父!なんとか他の味方が頑張ってます!押し返してやりましょう!」

 

 肩や腕に矢が刺さり、後方に退いていた組員がそう言って笑顔を向けてきた。 

 怪我を負っておきながら、弱音一つ吐かない根性には驚かされる。

 

「お前ら……ご苦労だったな。本陣に戻ってしっかり手当てを受けてこい」

 

「ははは!何言ってるんですか、親父!片手で使えるようにって、拳銃まで支給してくれたんじゃないですか!」

 

「こんな矢なんか、ほら……こうして抜いときゃ怪我してるのも忘れちまいますよ!」

 

 すでに彼らはライフルを拳銃に持ち変えて、戦う気満々だ。

 トニーはフランコの言葉の意味が少し理解出来た気がした。そして同時に、自らの心の弱さに憤りを感じずにはいられなかった。

 

「けっ……!苛ついてんのは俺だけだったか……!」

 

「あの、親父?」

 

「うるせぇ!戻らねーつもりなら気合い入れて行け!原始人の弓矢になんか当たるんじゃねーぞ!」

 

 ずんずんと肩で風を切って歩いていくボスの後ろ姿を見て、組員達は目を見合わせる。

 

 そしてフランコが言った。

 

「勝てるぜ。あぁいう時の親父は無敵だ」

 

「違いねぇ!」

 

「親父、待ってくださいよー!」

 

 彼らは小走りでトニーに続いた。

 

……

 

 再び最前線。 

 相変わらず遮蔽物からの攻撃に苦戦を強いられていた。 

 しかし、降り注ぐ弓矢への対策として巨人やケンタウルス、リザードマンが前に立ち、大柄な木製の盾を構えていた。

 

「野郎共!気合い入れろ!」

 

「お……親父!」

 

「閣下だ!閣下が戻られた!」

 

 バレンティノ・ファミリー、魔族。すべての味方はトニーの再起に士気が向上した。

 

「ガンマンは敵の左右に回り込め!丸見えになった敵を弓なんか届かねぇ距離から単発で狙ってやれ!中央の盾持ちはその場を死守!ダミーとしてこの位置からは俺が銃をフルオートで撃ち続けてこっちに注意を向けとく!おらぁ、分かったらさっさと動け!」

 

 トニーは素早く指示を出して兵士を動かし、自身は宣言通りにライフルを乱射し始めた。 

 矢を受けて負傷している組員もそこに残り、トニーと並んで拳銃を発砲している。

 

「フランコ、右手に走った連中につけ。あそこに見える二階建ての家に誘導しろ。いや……ありゃ寺か?とにかく狙撃にはもってこいの高さだ。屋根に登って、傾斜を利用して伏せたまま撃て。敵に気づかれるなよ」

 

「了解です、親父」

 

「ボスらしき奴がいたらそいつを仕留めるのを最優先させろ。行け!」

 

 巨漢が地面を踏み鳴らして駆けていく。

 戦場と化しているのは、軒並みが途切れてちょっとした広場になっているような場所だ。左右の組員達は家屋の陰から攻撃をするわけだが、トニーの見える範囲で最も背の高い建物は右側にある赤い瓦屋根の寺院だった。そこを押さえれば、かなりの広範囲が見渡せるはずだ。

 数分が経ち、そろそろ配置場所は決まっただろうかと思った頃に、まずはトニーの左側から一発の銃声が聞こえた。そしてすぐに右側。トニーたちの銃声に紛れて、左右の組員らの位置を敵に覚られないことを願うばかりだ。

 

「よし、始まったか。見てろよ……崩してやる!」

 

 トニーは銃の代わりに杖を掲げた。

 

 そして詠唱の後。

 

「……酷炎」

 

 ゴォッ……!!

 

 どす黒い死の炎が敵陣を襲う。 

 広場に展開する敵の内、大岩や石材に身を隠していた者には効果が無かったが、太い丸太や木材を障害物として使っていた者は違った。木は煤となり朽ち果て、弓を構える敵兵士が丸裸になったのである。

 彼ら自身が炭となる事は無かったが、防御の術を失った為に混乱が生じる。

 

「よし、野郎共!距離を詰めて仕留めろ!」

 

「グォォ!」

 

「突撃ぃ!」

 

 魔族の屈強な兵士が突っ込んでいく。

 もちろん大岩などの遮蔽物が生きている場所からの反撃は止んでいないが、絶対数が減っているためにこちらの歩兵の勢いを殺すまでには到らない。

 

 タン!タン!と狙撃による銃声。 

 これは未だに弓を射ている敵に向けられているようで、徐々に敵の抵抗が弱まってきた。突撃させた兵は丸見えになっていた敵を瞬く間に蹴散らしていく。

 

「よし!このままぶっ潰せ!」

 

 トニーの怒鳴り声に味方が雄叫びを上げて呼応し、そのまま全ての敵を飲み込んでいく。

 接近されてしまうと、弓は大して役に立たない。散り散りになって逃げていく敵兵士もいたが、そのほとんどが狙撃班の餌食になったのは言うまでもない。

 

……

 

「閣下、お見事でした。街の中心部の東側の敵は壊滅状態です」

 

 およそ二十分後。

 

 周辺を哨戒しているところに現れたミッキーがそう言った。

 

「残りはどうだ」

 

 もちろんこれは北、南、西の事である。

 

「芳しくありません……しかし、こうして敵の最終防衛ラインの東側に風穴が空いたのです。このまま中心部へ兵を進められますか?」

 

「油断するな、バカヤロウ。ここを仕切ってたボスの面はまだ拝めてねーぞ」

 

 そう返したトニーの視界の隅で、何かが光った。ちょうど、フランコを含めた組員らが潜伏している寺院の辺りだ。

 

「あ……?」

 

 そして、その直後。

 

 ドンッ!!

 

 まるですぐそばで砲弾が炸裂したかのような、けたたましい爆発音。 

 次に見えた寺院は、跡形もなく崩れさっていた。

 

「おい!なんだありゃ!フランコぉぉ!」

 

「敵襲!」

 

「どこだっ!」

 

 迫撃砲のようにも思えたが、それは考えられない。間違いなく魔術師の仕業である。

 

「くそっ!てめえら!敵を探して殺せ!俺はあそこに行く!」

 

「閣下!?お待ちください!」

 

 走り出したトニーを追い、ミッキーも地面を蹴った。

 

……

 

 無惨にも瓦礫の山と化した寺院跡地。

 

「おい!誰かいねーのか!返事しろ!」

 

 仲間の安否を確認する為に、トニーは瓦や木柱を無我夢中でかき分けた。

 

「お……親父……こっちです……」

 

「フランコ!?お前か!?」

 

 か細い返事が聞こえ、それを頼りにトニーが右往左往する。

 ようやく瓦礫の中から出ている右手を見つけると、ミッキーと共にそれを救出した。


「いてて……」

 

「大丈夫か」

 

「すいません、ちょっと立てそうもねぇ……」

 

「気にするな。座ってろ」

 

 フランコの身体に目立った外傷は見当たらないが、瓦礫の下敷きになった時に両脚を挟んだらしい。骨折とはいかないまでも、骨にひびが入っているのかもしれない。 

 しかし、爆発術のダメージは皆無なのだ。これで破魔衣の魔法防御効果が完璧なものだと立証された。

 

「ミッキー。他の連中を探すぞ」

 

「はっ」

 

「……殺し損ねたか」

 

「誰だ!?」

 

 背後から聞き覚えのない声。馴染みの薄い言語、中国語だ。 

 すぐさまトニーは銃を構え、ミッキーは剣を抜いた。

 

 腕を組んで、ゆらゆらと宙に浮く男が一人。スキンヘッドに頭の頂点の黒髪だけを伸ばし、後ろで結った弁髪という独特なヘアスタイル。 

 上半身は裸で、武道着のようなゆったりとした白い麻のズボンを履いている。

 

「てめぇ……!」

 

「閣下、こやつは私が申し上げた猛将の一人です。名は張金ちょうきん

 

 宙に浮いて、爆発の魔術を放ったのだから術者なのは間違いなさそうだが、張金は触媒らしき物を持っていない。

 鍛え上げた肉体美から、よくあるアニメやゲームのキャラクターのように武術で勝負を挑んできそうな雰囲気である。

 

「魔族め。この私がいる限り、この上海では好き勝手やらせはせんぞ!」

 

 ストン、と着地した張金が両手を開いて前方に向ける。

 よく見ると、左右の手の中指に金色の光を帯びた指輪が輝いていた。恐らくそれが杖などの触媒代わりだ。

 

「ほう?なんだ、その構えは?両手からビームでも出そうってか、このヒーロー?おもしれぇ、やってみろ!」

 

「閣下!来ます!」

 

 刹那。

 

 閃光と爆風が二人を包み込む。

 

……

 

 数秒間の沈黙の後、空に昇る煙が消えて視界が回復する。 

 目の前には歯ぎしりをする張金。

 トニーとミッキーは、一歩たりともその場を動いていなかった。

 

「ぐぐ、化け物め……なぜ効かぬ!」

 

「どうだ、ミッキー。いい買い物だったろう」

 

 服や帽子についた砂ぼこりをパンパンとはたき落としながらトニーが言った。 

 内側に縫いつけた特殊生地だが、結界は外側に向けて多少は大きく張られるようで、彼らの衣類や肌が焼けることもなかった。 

 ただ、完全に無傷というわけではない。といっても、手や顔に爆風で飛んできた小石や砂の擦り傷が出来ている程度ではあるが。

 

「はっ、確かにこれは素晴らしいものです」

 

「だろ。さて、さっさとあの敵の親玉を……」

 

 ドンッ!

 

 間髪入れずに再び爆風を浴びせられた。

 

「……てめぇ!しゃべってる途中だろうが!」

 

 突然の張金からの攻撃にトニーが憤慨すると、彼の後ろから、風圧で転がされながらも笑っているフランコの声が聞こえた。

 

「ふん!何を言っているのか分からんが、魔術が効かぬならば、我が拳法の前に散るが良い!」

 

 張金はそう言い放つと、両足を前後に大きく開いて腰を落とした。

 

「ほう、カンフーってやつか。付き合ってやる」

 

 古い映画で見たことのある中国拳法に、トニーは興味津々だ。

 

「閣下、肉弾戦であれば私にお任せいただきたいのですが」

 

「あぁ?いいとこだけ持っていく気かよ、ミッキー」

 

 すでにトニーはやる気満々で銃と杖を置いていたが、ミッキーが名乗り出る。

 もちろん主君に危険が及ばないようにと考えたからだ。

 

「チッ……まぁいい。殺せ」

 

「ありがとうございます」

 

 少し前のフランコの言葉と、あまりにも真っ直ぐな瞳で見つめてくるミッキーの誠実さに押されてトニーが退いた。

 ミッキーは抜き身の剣を両手で正面に構える。

 肉弾戦といっても彼はトニーのように素手で闘うつもりではないようだ。

 

「来い!」

 

「……」

 

 ミッキーが剣を捨てない事に張金が顔をしかめる。

 もちろん、殺し合いの場でそれが卑怯であるとは言えない。どんな武器を使おうが、不意をつこうが、最後に立っていた方が勝者であり、正義なのだ。 

 張金は深く息を吐き、強く頷いた。

 

「よかろう……はぁぁっ!!」

 

 威勢の良いかけ声と渾身の回し蹴りがミッキーに迫る。

 

 ガッ!

 

 身軽な張金の動きに重装備のミッキーの防御は間に合わず、横腹に一撃を受けて蹴り飛ばされた。 

 寺院の瓦礫に激しく衝突し、土煙が舞い上がる。

 

「グルル……」

 

 喉を鳴らして唸りながらミッキーが上体を起こした。

 

「ミッキー!しゃんとしろ!負けんじゃねーぞ!」

 

「はっ、申し訳ありません!」

 

 目眩がするのか、軽く首を回してミッキーが立ち上がる。

 

「親父、今ので他の連中も目が覚めたみたいです」

 

 フランコの言葉にトニーが振り返ると、瓦礫の下敷きになっていた組員達が自力で脱出をしているところだった。 

 服が破れて血が滲んでいたり、腫れ上がっていたりと痛々しい様子だが、致命傷を負っている者はいないようだ。最も怪我の程度が酷いのはフランコの脚らしく、他の組員達は全員、歩くぐらいは出来ていた。

 

「いてて……あ、親父!来てくれたんですか!」

 

「なんだったんだ……いきなり建物が吹き飛ばされて……」

 

「野郎共、無事だったか!」

 

 味方に死人が出ていなかった事を大いに喜びたいところだが、トニーは対峙するミッキーと張金に視線を戻した。起きたばかりの組員達も、すぐに目の前の状況を把握する。

 

「親父、あれは」

 

「おう。ミッキーの大一番だ。見守ってやろうじゃねーか」

 

 ミッキーが剣を振るい、張金の蹴りが舞う。

 特に張金の攻撃はすべての一撃にキレがあり、見る者を圧倒させる見応えのあるものだった。

 

「あの拳法使い……奴が俺達を吹き飛ばしやがったんだな……!」

 

「やっちまえ!ミッキー!」

 

「ぶっ殺せ!」

 

 バレンティノ・ファミリーの声援を受け、ミッキーが鼓舞される。 

 地面を削るように最下段から剣を斬り上げると、大量の砂塵が張金の視界を奪った。

 

「はぁっ!」

 

 そこへ渾身の突き。

 ついに刃が張金の身体、右胸の辺りを貫いた。

 

「ごっ……ふ……おのれ……化け物がぁ!」

 

「とどめだ!張金!」

 

 ザシュッ!

 

 返り血をほとばしらせて引き抜いた剣を、横に一閃。腹部に赤い真一文字を描く。

 

 決着。

 

「……」

 

 カッと大きく目を見開き、歯を噛みしめた修羅の如く力強い表情。

 張金は雄々しく地に立ったままで絶命していた。 

 貫かれた胸部、斬り裂かれた腹部、そしてきつく結んだ口元からは血が溢れ出し、白い麻のズボンを鮮やかな朱色に変化させている。

 

「閣下、敵将を……討ち取りました」

 

 ガシャッ、と剣がミッキーの手からこぼれ落ち、片膝をついて体勢を崩す。

 何度も食らっていた張金の蹴りや拳が、確実にミッキーの身体を蝕んでいたわけだ。もし長期戦になっていたとしたら、徐々に追い込まれて負けていたかもしれない。 

 鉄の鎧と固い鱗を持つリザードマン相手にこれほどのダメージを与えたのだ。生身のトニーが相手をしていたら骨や臓器に多大な損害を受けていただろう。

 

「ミッキー!」

 

「よっしゃぁ!よくやったぞ!」

 

 トニー、そして動ける組員達が一斉に駆け寄る。

 

「少々、気張り過ぎたようです。申し訳ありません」

 

「よくやった」

 

 フランコと同じく、ミッキーも動けそうにはない。

 

「閣下!」

 

「バレンティノ将軍!」

 

 ようやくこの現場に駆けつけた歩兵大隊の魔族兵士らに、自陣への負傷者の転移を命じた。フランコ、ミッキー、他のバレンティノ・ファミリーの人間が空間の亀裂に消えて行く。

 

……

 

 もう一方の狙撃班。

 つまり広場の左側に移動させていた数人の組員連中だが、彼らも瓦礫と化した寺院跡までやって来た。

 

「親父!無事ですか!」

 

「すげぇドンパチが見えたんで、勝手に持ち場を離れました!すいません!」

 

「ふん、だいぶ痛手を被ったぜ。だが、誰もくたばっちゃいねぇ。ソイツ以外はな」

 

 依然、立ったままの張金の亡骸。トニーはそれを乱暴に蹴倒す。

 

「おい、そこのトカゲ。剣を貸せ」

 

 そして、近くにいたリザードマン兵士から剣を受け取り、容赦なく張金の両手の中指を切断した。指輪型の魔術用触媒を回収する為だ。

 

「ん……?指輪?」

 

「高価なもんですか?」

 

 組員達が尋ねてくる。

 壮絶な死を遂げた者の身体を見ても目を背けないあたり、彼らも場慣れしているのが分かる。

 

「ちょいと使ってみたくてな。杖はどうもジジイ臭くてかなわねぇ」

 

 さっそく指輪を自らの手にはめようとするが、トニーの指が太くて入らない。

 小指だけがなんとか入りそうだったので、少々不恰好ではあるが両手の小指にそれをはめ込んだ。

 

「……発火」

 

 ボウッ!

 

 トニーの手のひらから炎が上がる。

 もちろん大魔王から魔力を引き出してもらった彼は、触媒無しの素手でもそれは出来る。

 しかし指輪のおかげなのか、二つの炎は人ひとりを丸々包み込んでしまえる程の巨大な火柱を生み出していた。

 

 指輪型触媒の魔力はクルーズの杖と同等だと見て間違いない。

 死霊術、呪術を唱えるのならば杖を優先的に使っていきたいところだが、発火や放電などの基本的な魔術であれば指輪で問題なさそうだ。特に携行しやすい点は非常に優秀だと言える。

 

「ほー、気に入ったぜ。悪いことばかりでも無かったか」

 

「これからどうします?」

 

 さらに先に進めば、上海の中心を制圧出来る。そこに見えているのは城や塔ではなく、屋敷である。広さもそう大きくはないので守り辛いだろう。トニーが張金を倒したこの場所以外に残る三方の状況がどうあれ、そこを落とせば勝ちだ。

 しかし、その他の猛将らが危機に気づいて戻ってきたら簡単に囲まれてしまうというリスクもある。

 

「……行くぞ」

 

「よしきた!行きましょう、親父!」

 

「グォォ!閣下に続け!」

 

 だが、トニーはそんな危険を承知で進撃の命令を下した。

 組員達は銃を掲げ、歩兵大隊に所属する魔族兵士らが咆哮を上げる。 

 軍旗をはためかせ、敵の屍を踏みつけて一団が広場を横断していった。

 

 小さなシルエットに過ぎなかった屋敷の全貌が見えてくる。

 一階建ての瓦屋根の木造建築で、造りはそこらにある一般的な中国式の家屋と何ら変わらない。しかし、母屋を囲むように桃の木や池が点在する庭園がひろがっていた。

 観光で来ていれば目を奪われる絶景なのだろうが、そんなものには見向きもせずにトニーは進んで行く。

 

「なんだ、迎えは誰もいねぇのか」

 

 屋敷の母屋に到着するが、敵の姿は見当たらない。 

 玄関らしき引き戸を開けると、ようやく一人の男が床板にあぐらをかいているのを発見した。

 

「来たか……化け物め」

 

 下手で聞き取り辛い発音だが、英語だ。緑色の服を着たその男は、三十前後の若者だった。王や権力者といった威厳は感じられない。

 彼はすべてを諦めたような、苦い表情をしている。

 

「なんだてめえは?この街のボスか?」

 

「貴様に名乗る名前などない」

 

 男が立ち上がる。 

 かなり小柄でトニーの腹のあたりまでの身長だ。ちょうど三魔女のクリスティーナと同じくらいだろうか。

 

「斬れ」

 

「てめえが何者か分からねー限り、訊いてやれねぇ頼みだな」

 

 覚悟を決めていたらしく、潔く両手を広げて見せるが、トニーは手を下さなかった。

 

「……中国、上海地区長官の呂明りょめいだ。英国や独国への外交官も兼任している。分かったならばさっさと斬れ!」

 

「ふん……だったらまだてめえには仕事がある」

 

 銃を懐に入れ、トニーは呂明の服の襟を左手でむんずと掴んだ。

 

「何をする!おのれ……!」

 

 シュッ!

 

「……っ!」

 

 鋭い痛みにトニーが手を引く。

 

「親父!?大丈夫ですか!」

 

「このやろう!ナイフを隠してやがったか!」

 

 周りの組員達が吠える。 

 呂明の手にある短刀から血がしたたり落ちた。

 

 バキッ!

 

 誰かが殺してしまうより先に、トニーの拳が呂明の顎に入った。

 

「……がっ……!」

 

 そのまま脳震盪を起こして気を失ってしまう。

 

「くそったれが……!俺を道連れにでもする気だったか!?あぁ!?」

 

 倒れた呂明の腹を蹴りつけて強制的に叩き起こし、奪った短刀を顔に突きつけてトニーが凄む。

 

「……くっ!」

 

「さっきも言ったが、てめえには仕事があんだよ!……連れてこい」

 

 踵を返して屋敷を出る。

 両側から呂明の腕を抑えた二人の組員が、彼を引っ張るようにしてトニーに続いた。

 

……

 

「トカゲ。屋敷のてっぺんに軍旗を立てとけ」

 

「はっ!仰せのままに!」

 

 未だ戦い続けている兵士達へ中心部の制圧を知らせる為に旗持ちにそう告げると、呂明を人質に取ったトニーの一団は屋敷の南側へと向かった。

 

……

 

 南側の戦況はミッキーの報告通り、敵方が押している形だった。

 次々と木製の投石機から岩石が放たれ、魔王正規軍ロサンゼルス特別師団の兵士は残りわずかといった状況である。 

 屋敷から来たトニーらがまず接触したのはもちろん敵の最後尾。投石を命じる敵将は筋骨隆々の大男であった。

 

「おい」

 

「むっ!?」

 

 背後からかけられた声に大男が飛び上がる。

 

「ケンカは終いだ。さっさと兵を退かせろ」

 

 言葉こそ通じていないが、ぐったりとした様子で連れて来られている呂明の姿を確認すると、大男はがっくりと肩を落とした。

 

「な、なんと……我々は敗れたのか……!」

 

「おい長官、戦いを止めるように言え。お前だって無駄な死者を増やしたくはねぇだろ」

 

「分かった……」

 

 呂明の働きもあり、西側と北側、街のすべての戦闘は終結する。

 

……

 

……

 

 屋敷の応接間。 

 窓越しに美しい庭園が見えているが、部屋の中は白地の壁とギシギシと鳴く床板、椅子と机だけで他には装飾品一つ無い殺風景なものである。その、木製の長方形の机を囲む面々の表情は明るくない。

 

 上座に設けられた席にはトニー。 

 その右手に呂明ら、上海側の幹部。猛将の一人である大男の姿もある。

 左手には怪我の治療を終えたミッキー、バレンティノ・ファミリーから数人の組員。残念ながらフランコは脚が動かせないので欠席だ。

 

「いっくよー!それっ!」

 

 そしてトニーの膝の上に、ブロンドのロングヘアがチャームポイントの幼女カトレアの姿が。彼女は上海制圧直後に呼び寄せてあった。

 

 カッ!

 

 その杖先が一瞬光ると、トニーの目線が中国人に向く。

 

「おい、これで俺の言葉が解るな?」

 

 カトレア自慢の翻訳術のおかげで、彼らが耳を疑ったのは言うまでもない。

 

「話せるのか!化け物の分際で!」

 

 そう声を荒げるのは猛将の大男。

 

「魔術だ魔術。理解力に乏しいのは見た目通りだな、デカブツ」

 

「何をっ!」

 

 ガタッ!と椅子を鳴らしながら立ち上がり、拳を振り上げたところで急に意気消沈しておずおずと身を引く。大男に向けられた組員らの銃口のおかげだ。 

 もちろん敵側の将兵は全員武装を解除させられている為、成す術は無い。

 さらには、銃撃というものがおおよそ避けきれるものではないと、今回の戦いで思い知らされた。

 

「話を続けていいか」

 

 呂明がこくりと頷いたのを確認する。

 

「俺達はこの街を占領した。煮るも焼くもこっちの勝手なわけだ。俺が言うのもおかしな話だが、ウチの部隊は普通の魔族とは少々違ってな。住民や兵を皆殺しにするつもりはない。今のところはな」

 

「……何が望みだ?」

 

「第一に食糧や装備を含めた物資。次に情報」

 

 トニーの人差し指と中指が立つ。

 

「食糧とは……どちらにせよ人を喰らうという事ではないか」

 

「勘違いするな。俺は人間なんて食わねぇ。ま、兵隊全員がそうなのかは知らねーがな」

 

「くっ……!」

 

「死ぬ覚悟をしてた割にはビビってやがるな、長官?……まぁ、安心しろ。腹ペコの部下共に喰わせるのは俺達に逆らう奴だけにしといてやる。死にたくない奴はお利口さんにしとくんだな」

 

 これは上海の住民らを従属させるのに、ある程度の効果が見込める。

 もし殺す必要がある者が現れた場合、公開処刑と称して皆の目の前で魔族に喰わせるのだ。単純に首を斬り落としたり頭を撃ち抜くよりも、苦しみながらのたうち回る様を見せつけた方が遥かに強い恐怖心を植えつける事が出来るだろう。

 

「……情報とは」

 

 渋々了承した呂明の声はか細い。

 

「俺達はここを根城に、少しずつ西に向けて進軍する。この先にある街の規模、兵力、指揮官の情報を開示しろ」

 

「祖国に背けと言うのか……」

 

 握りしめた小さな拳が小刻みに震えている。

 

「私は断固、拒否する」

 

 これは呂明ではない。上海側の四人の列席者の一人が挙手してそう言ったのだ。

 皆の注目が集まる。 

 声色は低く、年齢は不詳だが、女である。おそらく猛将の一人に名を連ねている人物だろう。長い黒髪を左右で三つ編みにして肩に垂らし、透き通るような白い肌に直接青銅製の胸当てと、麻の腰巻きをつけている。色気のある出で立ちだが、丸出しの両腕と両脚には切り傷が目立ち、両目にはアイマスクのような黒い眼帯。つまり、彼女は盲目なのだ。

 

「死に急ぐのか」

 

「どう思われようと構わぬ。私は魔族になど手は貸さん。我が身、好きにするが良い」

 

「見上げた度胸だな、女。他の野郎連中はどうする。こう言われちゃ、全員死ぬしかねぇか?」

 

 挑発的な言葉に、回答を残す幹部連中が目を見合わせて唸る。簡単には決断出来ないのも当然だ。 

 トニーとしては、一人だけでも生き残りがいた方が好都合である。そのまま上海の兵士や住民の統治を補佐してもらいたいからだ。

 

「閣下ぁ」

 

「あぁ?なんだ」

 

 膝の上のカトレアがトニーの襟を引っ張る。

 

「あの人、目が見えないのかな」

 

 どうやら猛将の一人である盲目の女が気になるらしい。

 

「見りゃ分かるだろ」

 

 すると、カトレアが何やらトニーに耳打ちしてきた。それを聞いたトニーは「ほぅ」と声を漏らす。 

 その場にいる皆が、内容を気にしている様子だ。

 

「女、お前の目は戦で失ったのか」

 

「……そうだが、それがどうした」

 

「一つ、面白い話があるんだが」

 

「……」

 

 返答はない。呂明達全員がトニーの言葉を訝しんでいるのは仕方の無い事だ。

 

「お前の視力を魔術で戻してやれるかもしれねー。どうせ死ぬつもりなら、試してみちゃどうだ」

 

 魔術による回復。それは存在するはずのない現象である。 

 人間の国でも魔族の国でも、怪我や病気の治療は手術や投薬などの手当てによって行われている。見解によっては死霊術が蘇生術と言えないこともないが、それとはわけが違う。

 

「そんなこと……出来るはずが無かろう」

 

 ようやく女がそう返したが、はっきりとした拒否ではない辺り、多少の期待感はあるのかもしれない。

 

「そう思うのは勝手だが、ものは試しだ」

 

「ふん……よかろう」

 

 女が後ろ手を組んで立ち上がる。

 呂明らが「危険だ!」「やめておけ!」等と口々に叫ぶが、女はそれを無視した。

 

「よし、カトレア」

 

「はいはぁい」

 

 トニーの膝から机へと飛び移ったカトレアが、杖先を女の顔、眉間に当てる。

 ぼそぼそと長い詠唱が読み上げられ、やがてその術が発動する。

 

「服従」

 

 カッ!

 

 赤い閃光が室内に溢れた。

 

 呪術、服従。

 数ある呪術の中でも高等な部類に入り、位の高い魔族が主に使い魔を作成するのに用いられる。 

 その昔、弓で兎狩りを行っていた貴族出身の魔族が、射止めた兎にこの呪術を使ったのが始まりとされている。胴体に矢が刺さっていた兎は、たちまち元の姿に戻り、言葉を覚えてその魔族に付き従うようになったという。 

 つまり、いかに傷ついていようとも、対象を『新品』の使い魔に変えるのが服従の呪術である。カトレアはその副作用的要素を利用出来ないかと考えたのだ。

 

 猫や鼠、蛇や鴉など、使い魔として魔族に慣れ親しまれている動物は、そのほとんどが手負いの状態で確保された後で使い魔に変えられる。

 動きが素早く逃げてしまう個体も多いので、その方法はかなり合理的だと言えるだろう。

 

「おしまい!」

 

「よし。女、眼帯を取ってみろ」

 

「……」

 

 トニーの命令に対し、微動だにしない女。

 

「貴様!まさか殺したのではあるまいな!」

 

 大男が吠えるが、やはり銃口を向けられて黙った。

 

「……あ?なんだ、動かねーぞ。カトレア、どうなってる」

 

「あれー?」

 

 直立して、胸部は穏やかに動いているので、呼吸はしているようだ。人間に対する服従の術は初の試みなので、カトレアも首を傾げている。

 

「おーい、もしもーし」

 

 女の鼻にカトレアが人差し指を突っ込む。幼子のいたずらと何ら変わりない。

 

「ん……」

 

「あ、しゃべった」

 

「指を……抜いてもらえるとありがたいのだが」

 

「やだ」

 

 トニーが手を伸ばし、カトレアをローブを掴んだ。

 

「ふざけてる場合か、ガキ」

 

「ぎゃぁぁ!」

 

 テーブルの上を、うつ伏せのカトレアが引きずられていく。 

 そのまま地面に落としてしまおうかとも考えたが、トニーがカトレアの身体を自らの膝の上に戻してやると、彼の頬を軽くつねってくる程度の不機嫌に留める事が出来た。

 

「本題に戻すぞ。女、眼帯をさっさと外してみろ」

 

「……断る。なぜそのような事を命令されねばならんのだ」

 

「はぁ?」

 

 意味のわからない言動。恐らく呪術の効果だと予測できる。

 

「あ!分かった!服従は使い魔を生み出す術だから、あたしがご主人様になっちゃったんだよ!」

 

「なんだそりゃ?」

 

「眼帯を取ってみて!」

 

 カトレアが言うと、確かに女に動きがあった。どうやら人間を使役する事に成功したらしい。

 

「これでよろしいか」

 

 眼帯をかなぐり捨て、細い目が開かれる。外傷は見当たらない。失ったはずの光が、確かにその瞳に宿っていた。

 

「見えるか、女」

 

「当たり前だ」

 

「俺に対してはいちいち反抗的な奴になっちまったな。カトレア、どうにかしろ」

 

 カトレアがいなければまともに会話できないとなると、彼女が不在の時どうにもならない。

 

「えー?うーん、これからは、バレンティノ閣下の言うことをよく聞くように!」

 

「承知した」

 

「あ、これで大丈夫みたい」

 

「はぁ?魔術ってのはよくわかんねーもんだな……」

 

 呆気ないやり取りに拍子抜けしつつ、再び女に質問する。

 

「さぁて、目は治してやれたが……今もまだ俺達に協力するつもりはないか?言っとくがこれは命令じゃねぇ。自分の好きにしてくれて構わないぜ」

 

 ガタッ!

 

「卑怯だぞ!明らかに妖術の類いで弄んでおるではないか!」

 

 三度、大男の怒鳴り声。そして、向けられる銃口。

 

「それがどうした。一回てめぇの目もつぶして、同じようにしてやろうか?」

 

 血の気が引く大男。熱くなったり冷めたり大忙しだ。 

 女に視線を送り、トニーが無言で回答を促す。

 

「私は貴方に従おう。この眼が潰えぬ限り」

 

 女は頷き、そう答えた。

 

「決まりだな」

 

 そして、呂明らに対して冷たくこう言った。

 

「残りは全員処分だ」

 

「……!?」

 

「ふざけるな!」

 

 仲間になるのは誰でも良かったが、女が従うと応えたので、他は必要ないとの判断である。

 むしろ、複数の幹部がいては、結託して魔王軍への裏切りを企てたりする可能性が出てくる。

 

「俺はな、何事も即決できねーでまごついてるような腑抜けは必要ねぇんだよ。この女はすぐに決めた。そういう思い切りのある奴だから、こうして目を治し、引き入れることにした」

 

 トニーは手を伸ばし、すぐ近くに控えるミッキーの腰から短刀を抜いた。それをテーブルにドン、と突き立てる。呂明から奪っていた物だ。

 

「これで、自分の両目をえぐり出せ。そしたら助けてやる。出来なきゃ死ね。これが最期のチャンスだ」

 

……

 

……

 

 住民らが言葉を失う。

 ある者は嗚咽を漏らして泣き崩れ、またある者は激しい吐き気に襲われて地面に嘔吐した。

 

 屋敷の前。美しいはずの庭園に集められた住民や兵士。もちろん街全体からではなく、周辺に住む百名程度の規模である。 

 彼らには次なる権力者の紹介と、反逆者の『処刑』に立ち合ってもらっていた。

 肉片と化した屍。群がった魔族の兵士らがバリバリと骨を砕きながらそれを食い荒らしている。 

 受刑者達の悲鳴は、皮を剥がれていた時点までで、それ以降は聞こえなくなっていた。

 

「むぅ……」

 

「惨たらしいと思うか?」

 

 苦い顔でそれを見ているに呂明にトニーが訊いた。 

 そう。彼は見事に自らの両目をえぐり出し、もう一人の使い魔として新たな生を受けていたのである。 

 なぜそうしたのか理由はわからないが、困難を乗り越えた事で、案外使える人物かもしれないとトニーに思わせたのは確かだ。

 

「いえ、これぞ弱肉強食と言うものでしょう」

 

「そうか。使い魔になっても相変わらず腹の中が読めない奴だな、てめぇは。……ミッキー、この場は任せる。俺は屋敷に戻るぞ」

 

「はっ、承知しました」

 

 処刑の見物を切り上げる。トニーが屋敷へと進むと、先ほどまで応接間に詰めていた面子のほとんどがそれに追従した。

 

……

 

 数時間後。 

 海岸線にあった本陣を移動させ、屋敷を中心とした布陣へと変更した。そして全将兵が待ち望んでいた勝利を祝う宴も終わり、確保した個室でようやくトニーが休もうとした頃。

 

「閣下」

 

 薄い板の扉の向こうから声が聞こえる。ミッキーのものだ。

 

「あぁ?明日にしろ」

 

「おそれながら、一大事でございます」

 

「ったく……入れ」

 

「失礼します」

 

 就寝前で灯りを消していたので、壁掛けのロウソクに手のひらから炎を移す。敷き布団だけが置かれた質素な個室内がぼんやりと照らされた。

 

「どうした」

 

 そのまま手のひらに残していた炎で煙草に点火し、酒を飲み過ぎたせいで軽く痛む頭を覚醒させる。

 

「東の海岸線側を除く三方を、敵の大軍勢が包囲しております。その数おそよ八万」

 

「……んだと?伝令を討ち漏らしたか」

 

「そのようです。あるいは逃げ出した民草の可能性もあります」

 

 かなり迅速な対応である。

 だがすでにその方角に向けて塹壕を掘り、防御陣を敷いているのが不幸中の幸いか。

 

「動きは」

 

「展開は終了。しかしまだ攻撃の様子はありません。大勢の市民を戦火にさらすつもりはないのでしょう。明朝には降伏勧告を手にした使者が現れるのではないかと」

 

「工兵を叩き起こせ。塹壕の内側に瓦礫を利用した大砲の発射台を作成させろ。今すぐにだ!」

 

「仰せのままに。英断にございます、閣下」

 

……

 

……

 

 明くる日の正午。 

 木材を組み上げ、およそ五階建てのビルディングに相当するであろう高さの物見櫓。急いだにも関わらず頑丈な代物が出来たのは、巨人族の兵士の働きのおかげだ。

 その頂上から西向きに地上を見渡すトニーの真下には、砲兵隊の一部が配置されている。瓦礫を積み上げて土塊を被せた臨時の発射台ともいうべき小高い場所だ。残りの砲兵隊も南北二方に向けて大砲を設置しているだろう。 

 その前方には歩兵大隊を総動員して守りを固め、外周に向かって塹壕が市内を取り囲む。 

 

 そして、さらに先。 

 大地を埋め尽くす程の人の波。ところどころで騎馬が走る土煙や、漢字で描かれた旗印が見える。敵の大軍である。

 

「……とんでもねぇ数だな。中国の歴史映画の合戦でも見てる気分だ、くそったれ!」

 

 筒型の望遠鏡を下ろし、圧倒的な数の差に悪態をついた。

 

「じりじりとこちらの戦意を削いでいるつもりでしょう」

 

 腕章を結び直しながら、ミッキーがそう返した。

 

「向こうからは誰か来たのか」

 

「まだです、閣下。これは予想外でした」

 

「交渉前にこっちの出方を伺ってるってところか。もしかしたら魔族相手にそんな事するつもりねぇのかもしれないがな」

 

 ギシギシと、二人の背後にある梯子を登ってくる音。

 

「やっほー!」

 

 かん高い幼子の声にミッキーは一礼を返したが、トニーは振り向きもしない。

 

「わぁ!あれ全部人間?気持ちわるぅ」

 

 トニーの横に並んだカトレアが楽しそうにそう言った。

 

「おい、ちゃんと手すり握ってろ。落ちるぞ」

 

「あんなに集まってたら、誰か一人が転ぶとみんな倒れちゃいそうだね」

 

 トニーに無視された仕返しか、カトレアもトニーの警告を無視してそう続ける。

 

「ドミノ倒しみたいにか?それで泣きながら全員帰ってくれりゃありがてぇんだがな」

 

「それで、閣下はあのゴミの山をどう片付けるつもりなの?」

 

 珍しくカトレアが戦術の話を切り出してきた。

 

「大砲ぶっぱなして吹き飛ばす」

 

「それじゃ負けちゃうよー。あの数で一斉に攻め込まれちゃ間に合わないし。あたしが手伝おうか」

 

「あぁ!?うるせぇ!俺が負けるわけねぇだろうが!」

 

「そうなの?じゃあ、安心だね」

 

 本来、彼女は戦闘が終結した時点で呼び寄せ、次なる拠点へと進軍する際には帰すつもりだった。 

 つまり、トニーはこの予想外な防衛戦で彼女を戦力として動員するつもりはない。もちろん他二人の三魔女達がそれを許すはずもないだろう。

 

「閣下、あちらをご覧ください」

 

 ミッキーの指の先、敵の集団の西北西から単騎でこちらの陣営に向かって駆けてくる者が見える。使者と見て間違いない。

 

「ふん、ようやく来たか。ミッキー、降りるぞ。あいつの話を聞いてやろう」

 

……

 

 使者として現れたのは、白髪の年老いた男だった。 

 魔族の兵士がひしめく真っ只中で馬から降り、震える手で書状を差し出す。トニーがそれを受けとると、その場で膝を折って地面に視線を落とした。殺されると思っているのだろう。

 

「なんだ。話をしに来たんじゃないのか?まさかラブレターとはな」

 

 その声に、老人がはっと顔を上げる。

 

「我々の言葉が話せる……のか?わしは魔族などと語らえるはずがないと思っておったのだが」

 

「まぁ、魔術でちょいと細工をすればな。だが、残念ながらこの書状に書いてある漢字までは読めねぇな。……ミッキー、呂明を呼んでこい」

 

 副官のリザードマンが一礼してその場を離れる。

 

「哀れなもんだな、じいさん。大役とはいえ、命を投げ出せって指示みたいなもんだったんだろうよ」

 

「魔族なぞに哀れんでもらわずともよい。斬るならば早くしてくれんか」

 

「今、お前とまったく同じ事を言ってた男を呼んでるところだ。この手紙を書いたのはそっちの大将だろう?どんな奴だ?」

 

「魔族に答える気はない」

 

「そうかよ」

 

 仕方なく煙草をふかしてそのまま待っていると、数分で呂明を連れたミッキーが戻ってきた。

 

「お呼びですか、閣下」

 

 文官らしい濃緑の服と黒く背の高い帽子を身につけた呂明が一礼して言った。

 

「街の周りの軍勢には気づいてるな?この使者から書状を預かった。読み上げろ」

 

「お安い御用でございます。それでは拝借して……」

 

 トニーからそれを受け取る。紙ではなく、何本もの細い竹の板を紐で編んだ巻物型の書状だ。

 

「人民軍、既に上海全域を包囲。魔族は速やかに住民と街を解放し、投降されたし……とだけ書かれております」

 

「差出人は?」

 

「……記されておりませんな」

 

「けっ!無礼な野郎だ」

 

 奪い取るように呂明の手から書状を取り返すと、トニーは手のひらから炎を立ち上らせて消し炭にしてしまった。 

 それを見た老人がやれやれと首を振る。

 

「やはりと言うべきか……たった今、こちらからの命令は無視されたようだ」

 

 消し炭になった書状が、サラサラと風にさらわれて消えてゆく。

 

「その言い草じゃ、街の住民の犠牲を無視しても攻め込んで来るつもりだったのか?」

 

「背に腹はかえられん。日が落ちるまでにわしがあちらへ帰らなければ、今晩のうちに準備を整え、明朝には総攻撃を仕掛けることになるだろう」

 

「どっちが悪者か分からねーな。しかし良いことを聞いたぜ。じいさん、お前は帰してやる。そっちの大将に伝えろ。てめぇらなんか俺の相手じゃねぇってな」

 

「愚かな……」

 

 よろよろと立ち上がり、馬に跨がって去っていく老人を見やりながら、トニーは呂明とミッキーに次なる指示を出した。

 

「呂明、お前の兵隊を使って全ての住民に言い聞かせろ。お国のお偉方は『お前達をも』殺しに来るとな。ミッキー、俺達が持ち込んだ武器の余りを出来る限り市民にも分配してやれ」

 

 戦況を一変させるとまではいかないが、数だけならば上海の住民の数は相手側の軍勢にも匹敵するはず。死に物狂いで戦ってくれれば、敵兵も簡単にはそれを打ち破れないだろう。

 

「へぇー。閣下は面白いことを思いつくね!人間同士で戦わせちゃうのかぁ」

 

 残ったカトレアが言った。わらわらと集まってきていた味方の歩兵の部隊は、中隊長らしきリザードマンに怒鳴られて配置に戻っていく。

 

「おう、脳みその出来が違うんだよ。とはいえ、ここの住民をいたずらに死なせたくはねぇ。物資の調達が厳しくなるからな」

 

 トニーがもう一度、敵の様子を見ようと物見櫓へと戻る。 

 望遠鏡を覗くと、偶然レンズ越しに走り去る老人の姿が見えた。

 

「あれは……」

 

「なになにー?」

 

「いや、大した事じゃねぇ。さっきのじいさんだ」

 

 そのまま目で追うと、兵士がひしめく陣営の中に仮設された、赤い布地の屋根だけが張られたテントの前で下馬した。そこが本陣なのかは分からない。

 

 壁は無く、筒抜けのテントの下に、これまた真っ赤で派手な木椅子だけが置かれている。

 

「……?」

 

 老人がそれに腰かけた。

 報告すべき上官がいなかったのかとも思ったが、両手を叩いて呼び寄せた侍女達が、次々と彼に新しい召し物を着せて早変わりさせている様子を見ると、その席が紛れもなく彼のものである事が分かる。

 

「ふん、どうやら俺達は一杯食わされたみたいだな」

 

 望遠鏡を下ろすトニー。確信を得た満足そうな顔をしている。

 

「どういう事?」

 

「あのじいさんは、使いなんかじゃねぇ。総大将だ」

 

「えぇー?うっそだぁ!どうしてそんなことが分かるの?」

 

 カトレアが望遠鏡をトニーからもぎ取ってその老人の姿を探す。

 

「赤いテントだ」

 

「……いたいた。んー、やっぱり違うと思うなぁ」

 

 もともと視力の良い魔族なので、カトレアはすぐにそれを見つける。

 

「身分を偽ってたのは間違いなさそうだけど、そこそこのお偉いさんってところじゃないかなぁ?」

 

「そうか?試してみよう」

 

「へっ?あっ、置いてかないでよぉ!」

 

 ギシギシと梯子を下るトニーに、慌ててカトレアが続いた。

 

 到着したのは物見櫓の真下に陣取る砲兵隊のいる場所。 

 大砲の整備をしていた組員の一人を呼びつけたトニーは、老人がいるであろうテントを指さしながら言った。

 

「あれが見えるか」

 

「かろうじて、ってところです」

 

 目を細めて若い組員がそう応える。

 

「あそこ一帯に砲撃を浴びせろ。焼夷弾だ」

 

「……分かりました」

 

 ガチャリと重い金属音が鳴り、迫撃砲によく似た特製の大砲がセッティングされていく。ここにあるのは二つで、その両方が狙いを定めた。

 

「すぐに撃つのー?戦いは明日なんじゃないの?」

 

 カトレアがトニーのスラックスの裾を引いた。

 

「そんな約束はしてねぇぞ。あっちが勝手に与えてきた返答への猶予だろ。上から目線で余裕かましてると痛い目を見るって思い知らせてやる」

 

「ふーん。じゃあ、いっか!」

 

 カトレアはトニーの身体をよじ登り、肩車をしてもらった。

 

「親父、いけます」

 

「撃て」

 

 弾頭を筒に入れると、ポンという小さな発射音。炭酸飲料のボトルのキャップが飛ぶ程度の、おとなしいものである。

 

 ヒュー……

 

 ドンッ!!

 

 しかし、人間の技術と魔族の魔術を組み合わせて生み出したこの最新鋭の兵器の砲弾は、空中で華々しく炸裂して敵陣に火の雨を降らせる。 

 トニーが一発目の着弾地点を確認すると、少し距離が足りなかったのが見えた。運悪くそこに居合わせた数十の敵兵士が身体を焼かれて絶命する。 

 もちろん砲兵隊の面々は一発目の弾道をきっかけに、大砲の台座を微調整している。

 

「届いてねぇぞ!まだ遠くだ!」

 

「よしきた!」

 

「撃て!第二射!」

 

 ヒュー……

 

 ドンッ!!

 

 攻撃に気づいた敵陣に混乱が生じている。

 全体の数を考えれば被害は大した事はないのだが、不可解な遠距離攻撃は彼らに少なくない恐怖を与えた。

 

「まだまだ!手を休めるな!」

 

「撃てぇ!」

 

 その後、幾度も砲撃が実施され、標的の周囲は焼け野原となった。

 

「どうだ」

 

「はい……よし、命中してます!」

 

 一帯を取り巻く黒煙が薄まる。 

 標的にしたテントの影は発見できない。間違いなく直撃したはずだ。

 

「見ろ、カトレア。敵は混乱するばっかりでまとまりがねぇ。やっぱりあれが本陣だったんだろ」

 

 確かに敵の軍勢は統率を失って、慌てる兵士を静めるために下士官や将校らが馬で右往左往しているのが分かる。このくらいで引き返すはずもないが、出鼻を挫くのには効果的だったと評価出来るだろう。

 

「本当だぁ!」

 

「怒り狂って攻めてくるのは分かってるが、のっけから大将を失った大軍がどう動くのか、見せてもらうとしよう」

 

 キン……

 

 屋敷に戻ってミッキーや呂明の仕事の具合を確認しようとした時。トニーの頭に、原因不明の鋭い痛みが走った。

 

「……っく!なんだ……!?」

 

「へっ?なにしてるの?」

 

「親父!?どうしました!」

 

「閣下!」

 

 突然よろめいてその場に倒れたトニーに、周りの組員や魔族が駆け寄る。 

 ただの頭痛ではないのは明らかだ。朦朧とした意識の中、鼻に近い土の匂いと、誰かの声が入ってきた。

 

『見事だ。見破りおったか』

 

「!」

 

 ビクン、と身体を反応させて立ち上がるトニー。まるで死人が息を吹き返したかのような様子に周りの兵士らが飛び退く。

 

「誰だ、こらぁ!どこにいやがる!」

 

「親父……?」

 

「閣下、まさか奇病に当てられたのでは……!」

 

 今度は辺りを見回しながら叫び始めたトニーに、兵士らの心配は増すばかりだ。

 しかし、カトレアはトニーの状態を理解した。

 

「みんな、落ち着いて。大丈夫だよ。テレパシーは幻術、奇術の初歩的な魔術だから。身体に害は無い」

 

「テレパシー?」

 

 砲兵隊の組員が訊く。

 

「うん。きっと閣下が話してる相手は……」

 

「てめえ……さっきのじいさんか!」

 

 そう。 

 彼に魔術で呼びかけてきたのは、今しがた砲撃を浴びせた陣にいたはずの老人だった。

 

『いかにも。人民軍司令官の張彰(チョウショウ)と申す。先ほどは身分も明かさず失礼したな』

 

「てめえ……なぜ生きている……?と訊いても、こんなふざけた形で語りかけてくる奴だ。大方、俺達は幻にでも騙されてたって事なんだろうよ」

 

『何事も自分の目で確認したいタチでな。自らの幻影で失礼させてもらった次第だ』

 

 テレパシーの特徴として、相手の声は会話の対象となる人物、つまりトニー以外には聞こえていない。もちろんトニーは普通に声を出しているので、周りには独り言を喋っているように見える。

 もし、テレパシーを通じて会話をする二人が共にその術を会得している場合は、完全に無言のままで話をする事が可能だ。 

 だが、幻術や奇術は魔術、死霊術、呪術などと比べると専攻する者が少ない。理由は定かではないが、魔術の世界にも人気、不人気があるという事だ。

 

「今、ぶっ殺したのは影武者ってわけか」

 

『左様。わしは今、北京から語りかけておる』

 

「北京?首都か。そんなに遠く離れた場所から……まるで衛星放送だな」

 

 頭痛が止み、相手の正体と居場所が分かった事で、落ち着きを取り戻したトニーが葉巻を内ポケットから取り出す。

 自らの手から炎を出すより先に、組員が手持ちのオイルライターでそれに火をつけてくれた。 青白い煙が上がる。

 

『むぅ?こちらの言葉を話せる時点で、高い知能を持つ種族だと解釈していたが、この程度の幻術が驚かす理由になったのか?』

 

「馬鹿言え。驚いてんのはてめーの兵隊共だろうが。さっさと退かさねぇと、ここらはカラスや野犬のパラダイスに早変わりしちまうぞ」

 

 トニーの誰に対しても挑発的な物言いは相変わらずだが、張彰という老将は落ち着き払ったまま言葉を返してくる。

 

『……名を聞こう』

 

「トニー・バレンティノと愉快な仲間達だよ、クソ野郎が」

 

……

 

 夕刻。 

 屋敷の応接間には、トニー、カトレア、ミッキー、呂明、そして杖をわきに抱えたフランコの姿があった。空席が多いせいか、大して広くないはずの部屋が広大に感じられる。

 

「ミッキー」

 

「はっ。歩兵大隊の第四中隊から借りた数名の兵士が、予備の武器を民衆に配布しております。じきに終わるでしょう」

 

 トニーが短く頷く。

 

「呂明のほうはどうだ」

 

「問題ありません。多くの民が街を包囲する人民軍に気づいております。戦えぬ者は東の海沿いに避難させた方がよろしいかと」

 

「ならその役はお前に任せる。お前の兵隊と武装させた民衆はこっちに残しておけ。指揮はあの女にやらせる」

 

「仰せのままに」

 

 あの女、とは盲目だった女武将の事だ。 

 退室していく呂明と入れ代わって、扉の前に立たせていたその女が現れた。

 

「失礼します。今、呂明殿から兵の指揮権を一時的に譲渡すると聞きました」

 

 直立の姿勢を崩さず、女が申告する。

 

「そうしろ」

 

「はっ」

 

 それだけ返し、再び部屋から出てぴしゃりと扉を閉める。

 

「さて、敵さんの大将からの伝言を預かった」

 

「なんて野郎です?」

 

 これはフランコだ。

 

張彰チョウショウって名前らしい。妙な幻術で俺の頭に直接話しかけてきやがった」

 

「そりゃいい度胸してやがる」

 

 フランコは冗談で返したが、ミッキーが生真面目な面持ちで挙手している。

 彼が着席しているのは少々違和感があるが、今は一人だけいつもの様にトニーの後ろに立たせておくわけにもいかない。

 

「あ?なんだ?」

 

「閣下、その名に聞き覚えがございます。確か、張彰は中国随一の魔術師と呼ばれる将軍だったかと」

 

「その名前ならあたしも知ってるよ」

 

「ふん……あれだけの大軍だ。そのくらいの有名人が率いてなきゃしまらねぇだろうからな」

 

「それで、親父。伝言ってのは」

 

 フランコが話の先を促した。

 

「あぁ。予定通り、明日には仕掛けるってよ。律儀で結構な事だが、一度始まっちまえば後には退けねぇ。てめえらの意見も訊いておこうと思ってな」

 

「エイブラハム団長に応援要請したらー?」

 

「却下だ、ガキ。俺を笑い者にするつもりか」

 

 カトレアが頬を膨らませる。援軍を頼む事など、トニーのプライドが許さない。

 

「その大将首を狙い撃つのはどうです?」

 

「それが失敗したんだよ、フランコ。あの陣中にいる大将は張彰の幻影ってわけだ」

 

「いや、その……本人をです。そいつの居場所は分かってるんですよね、親父?」

 

 一瞬、フランコの言う意味が分からなかったトニーが首を傾げる。

 

「あ……?」

 

 そして、一拍置いて不敵な笑みを浮かべた。

 

「……おもしれぇ。フランコ、てめーは最高だな」

 

「ありがとうございます」

 

「閣下!もしや北京に向かわれる気では!」

 

 遅れてミッキーが口を挟む。

 

「他にやりようがあるのかよ?心配しなくてもウチの組員は連れていく」

 

「では、彼らだけに任せるか……せめて、現場で指示を出す者は別の誰かに行かせてはどうでしょう」

 

「あー?そんなつまらねー事出来るかよ」

 

「親父、ちょっといいですか」

 

 フランコに視線が集まる。

 

「てめーも講釈垂れる気か、フランコ。張彰のタマを取れって言い出したのはお前だろうが」

 

「まぁそう言わんで下さい。北京って言ったら中国の首都でしょう。今の女が使えるんじゃねーですかい?」

 

 もちろん部屋の外、扉の前に立つ女武将の事だ。

 

「狙撃するつもりだったが、直接近づかせて暗殺するのか?」

 

「ここからいくらか離れた場所で野営してるのかと思ってましたが、首都にいるんなら大抵お偉方は宮殿に籠ってて狙い撃てやしませんよ。あの女は上海の武将なんでしょう?早馬飛ばして命からがら逃げ出して戻ったのを装えば、司令官様にもお近づきになれるんじゃねーでしょうか。あっちは俺達の情報はいくらでも欲しいはずだ」

 

「……ミッキー。北京までの距離は分かるか」

 

「馬ならば恐らく五日以上かかります」

 

 その返答を聞いたトニーに落胆の表情が浮かぶ。

 

「昨日の分も合わせて最低でも四日か。そのくらい待って女を転移させねぇと、つじつまが合わなくなるじゃねーか」

 

「その通りです。問題は、その間に敵の攻撃を防ぎきれるか……」

 

「ふん!四日も待つぐらいなら全滅させてやる方が手っ取り早い!」

 

「閣下。お言葉ですが、あまりにも戦力差が大きすぎます。総当たり以外での方法を模索すべきです」

 

 なかなか方針が決まらず、誰もが不安や苛立ちを隠せなくなっている。このままでは対策を打つ前に戦闘が始まってしまう。

 

「むっ!貴様、何奴だっ!」

 

 静かになっていた応接間に、廊下から女武将の声が届いた。扉の前で何かトラブルがあったらしい。

 

 タタタッ……

 

 誰に言われるでもなく、カトレアが小走りで扉に近づいてそれを開けた。

 

「早かったねぇ」

 

「ご主人様、こやつは……」

 

「通してあげて」

 

 振り返ったカトレアに続いて音もなく入室してきたのは、灰色のボロボロな装束を羽織った死神であった。

 

「ふぅむ。呼んでおいていきなり怒鳴られるとは思わなんだ」

 

「ヘル!てめえ、どうしてここに!」

 

 六魔将の一人、フィラデルフィア城主、死神ヘル。

 トニーの同僚であると共に、魔族の中では数少ない『友人』に近い存在で、この場にいる誰もが良く知る人物である。

 

「あたしがテレパシーで話してたんだよ」

 

「あぁ?珍しく少しは静かにしてやがると思ったら……」

 

 魔族界でも最上位の魔女の一人であるカトレアが幻術を使えるのは驚く程の事ではないが、会議中に人知れず情報を外部に漏らしていたのはいただけない。

 

「だって、増援がダメなら相談するぐらいしかないじゃん!」

 

「うむ。何やら話が行き詰まっておると聞いてな。トニーよ。我にはカマキリ退治でお前に世話になった借りがある。力になれるか分からんが、状況を詳しく教えてくれぬか」

 

「チッ……」

 

 カトレアの独断は気に食わないが、ヘルを追い返すわけにもいかない。

 

 そしてこれは偶然か彼女の計算か、トニーの判断で彼を呼び寄せたのではないという点で、多少なりともトニーのプライドを傷つけずに済んだ。トニー自らが他人を頼ろうとしたわけではないからだ。 

 テーブルに組んだ足を上げ、ふんぞり返った体勢でトニーが告げる。

 

「フランコ、説明してやれ」

 

「はい、親父。どうぞ、客人。こちらに座って」

 

 ヘルの着席を待ち、フランコが上海の状況を説明し始めた。

 

……

 

 奴隷のヨーロッパ人の女が、皆に紅茶を配り退室していく。

 ヘルは湯気が立つティーカップをつまんで、軽く口元で傾けた。

 

「なるほどな。そこまでの大規模な戦は我も未経験だ。何しろ正規軍と六魔将では仕事が全く違う」

 

「んなこた分かってんだよ」

 

「勝算があるとすれば、大将を討つ、もしくは他にその大軍が撤退しなければならない状況を作るしかあるまい」

 

 後者の意見に関心が集まった。

 

「撤退させる?どういう意味だ?」

 

「そのままの意味だが?そうだな……さすがに侵攻や防衛にこそ助力は出来そうにない。それと言うのも今夜、この上海周辺のいくつかの別都市に侵入を試みようとしていたところなのだ」

 

「……っ!!」

 

 トニーはヘルの心遣いに胸を打たれた。同時に自らの強運とカリスマ性に恐怖すら覚えた。

 

「トニーよ。貴様に迷惑だと言われても決定事項なものでな。我が城の将兵共も、総動員する手筈なのだ」

 

「随分と都合のいい話だぜ」

 

「ふん、気のせいであろう」

 

 ティーカップをさらに一口。

 

「だが、礼だけは言わせてくれ。ヘル、本当にすまない。助かる」

 

「気でも狂ったか。礼を言われる筋合いなどないわ」

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 ヘルが指先で空間転移の亀裂を生み出す。

 

「ではさらばだ、友よ。また会おう」

 

 ズゥン……

 

「良かったね!」

 

「ふん!勝手な真似ばっかりしやがって!」

 

 跳び跳ねながらトニーに寄ってきたカトレアの頭を、くしゃくしゃと乱暴に撫で回す。

 

「ヘル閣下の策で、敵の兵力は少なからず分散するでしょう」

 

「そこをこっちからつついてやれば……いけるかもしれねぇ」

 

 たっぷりと脂の乗った二重顎をさすりながらフランコがミッキーに同調した。

 

「ヘルの兵隊共の侵入に合わせて、敵がバラけ始めたら一気に仕掛けるぞ。中隊を四つと民兵を全部、突っ込ませる。守備に残す一個中隊以外は日が沈まない内に休ませておけ。砲兵隊は攻撃開始直前まで、交代で敵陣に無差別な砲撃をし続けろ。安心して眠れる場所なんかねぇとアイツらに教えてやれ。以上、解散」

 

 ミッキーが颯爽と退室し、フランコが杖をつきながらよろよろと出ていった。

 

「あたしも何かお手伝いしたいなぁ」

 

 指示出しを終え、自室へと戻るトニーにしがみつくカトレアが言った。

 

「いらねーよ。ヘルを巻き込んだだけでも働きすぎだぞ。お前の仕事は終わりだ。ままごとでもして遊んでろ」

 

「そんなのつまんなーい」

 

「そろそろ帰ってもいい。通訳の為に呼んだんだからな。あんまり長居すると、ばあさんにどやされるんじゃねーのか?」

 

 部屋に入り、照明に火を灯す。遠くで弾頭が爆発する音が聞こえた。

 

「別に怒られないし!子供扱いしないで欲しいな!」

 

「子供扱いじゃなくて、正真正銘子供なんだよ。……おい!誰かいるか!」

 

 タッタッタッ……

 

「はっ!いかがなさいましたか、閣下!」

 

 トニーの大声に、誰かがやって来て扉越しに呼応した。

 

「酒と何か肴になる物を持ってこい」

 

「承知いたしました」

 

 しばらくして運ばれてきたワインボトルとチーズや野菜を盛りつけた皿が、トニーの寝室の床に置かれている。バレンティノ・ファミリーの食事は奴隷に作らせているため、もちろん人間向けの食べ物だ。

 

「むぅー……」

 

 一口舐めたきり、カトレアはそれを見つめたままずっと唸っている。あまり好みではないらしい。

 

「どうした。酒にも付き合えねーくせに、自分は子供じゃないとは可笑しな話だな」

 

 意地の悪い笑みを浮かべてトニーがボトルをあおった。

 

「むぅー!」

 

「にらめっこしてても何にも変わらねーぞ……うおっ!?」

 

 パリン!

 

 カトレアの杖先から飛んだ衝撃波が、ワインボトルを粉砕する。酸味の強い赤ワインがトニーのスーツを濡らした。

 

「てめぇ!やりやがったな、このクソガキがぁ!」

 

「バーカバーカ!」

 

「待てこら!」

 

 ドタバタと二人が部屋を駆け回っているところに、伝令の声が飛んでくる。

 

「閣下!お取り込み中失礼いたします!ヘル閣下の兵による侵入が数ヶ所確認されました!」

 

「何っ!早かったな!」

 

「ふぎゃっ!もう!閣下、急に止まらないでよ!」

 

 一周多く回ってトニーに追いついたカトレアが、彼の尻に顔をぶつけて悪態をついている。

 

「大人はこれから仕事なんだよ。ガキはここで寝てろ」

 

 扉を開けると、伝令のリザードマンと、盲目だった女武将がひれ伏していた。

 

「こっちの準備は万端か」

 

「ご命令があれば、いつでも出撃出来ます」

 

 カトレアを含めた皆がトニーの後に続く。

 

……

 

 外に出ると、未だ砲撃音が断続的に鳴り響いていた。先ずは迷わずそこを目指す。

 

「親父!」

 

「おう、撃ち方を徐々に緩めろ。方々に散ろうとする敵が出てきたら、そいつは狙うな」

 

「了解!」

 

 それと同じ指示を、他の場所にいる砲兵にも通達させる。

 

 戦況はゆっくりと推移していく。

 

 一時間が経った頃。

 向かって左手、街の南側に布陣している内の数百の人民軍兵がまとまって、ひっそりと移動を開始したのである。北京にいる張彰が周辺都市への侵入を察知したに違いない。

 

「いいぞ。その調子でどんどん兵力を減らせ……!」

 

 物見櫓で腕を組むトニーがほくそ笑む。

 

「……?」

 

 背が低く、まだその動きに気づいていないカトレアが首を傾げた。

 

 そして、北に見える兵隊からも、千を超える別動隊が現れた。砲兵はそれを狙わず、依然として上海に展開する敵兵にのみ攻撃を加える。 

 ここで、狙い通りの動きがあった。

 身動きの取れないまま撃たれ続けるならばと、周辺都市への増援を志願する者が続出し始めたのである。無論、それは張彰の思惑とは異なり、命令を与えたわけではない。 

 業を煮やし、無許可でその場を離脱する兵が目立ってきた。

 

 キン……

 

「……っ!来たか、じいさん」

 

 頭痛と耳鳴り。テレパシーを受信する兆候。

 

『やってくれるな、魔族の若僧め』

 

 だが二度目のそれは痛みも強くなく、すんなりと張彰の声が入ってきた。

 

「は!俺が何をしたって?」

 

 びくりとカトレアが反応したが、トニーが張彰とまた話しているのは明らかなので、退屈そうに星を数え始める。

 

『我が軍を分散させる小細工じゃ。お主の発案であろう』

 

「じいさん、てめぇはチェスでもしてるつもりか。大将同士があれこれ話しながら戦争してどうする。兵隊は石ころじゃねぇんだぞ」

 

『チェス……?まぁよい。我々もお前達の力を見くびっているわけではないのだからな。明朝はお手柔らかに頼む』

 

「馬鹿が!手加減なんかしねぇから死ぬ気で来い!お前が相手にしているのは、この世界で最強の男が率いる兵団だという事を思い知らせてやるからよ」

 

『よかろう。ではまたな。あまり年寄りを夜更かしさせんでくれ』

 

 また一つ、南側の敵兵が小隊単位で離脱していくのが見えた。

 

「三十五、三十六……」

 

「好機だ。攻めるとしよう。一旦下りるぞ、カトレア」

 

「三十八……九十……?あれ?

 こんがらがっちゃったし!」

 

……

 

 物見櫓の真下、大砲が配備されている高台。 

 目の前には魔族の屈強な歩兵隊、そして上海の兵士らに混じって、武器を手にした貧相な民衆の姿があった。

 雄叫びを上げていきり立つ魔族とは違い、上海の人々の顔には一様に恐怖の表情が貼りついている。 

 いくら自分たちの家族や土地を守るためとはいえ、先日まで争っていた異形と肩を並べて戦うのだ。正気ではいられないのも当然だろう。

 

「閣下、全兵の手配が整いました」

 

「先行して南北に兵を出せ。西側は敵の数が減るまで様子見だ」

 

「御意」

 

 トニーの命令を、ミッキーが各中隊長に伝える。 

 すでに砲撃は停止させているので音は無いが、それに代わり大部隊が突撃する足音が上海の街に轟いた。 

 しかし、さすがと言うべきか、それを迎え撃つ人民軍もよく訓練されている。

 魔族の兵士を相手に、多少の犠牲を払いながらも勇猛果敢に戦っているのが見えた。

 

「奴らの圧倒的な数が勝つか、俺たちの圧倒的な力が勝つか……」

 

「いずれにせよ、この戦いは歴史に残るものになるでしょう」

 

 ミッキーが言った。

 

「そんなものには興味ねぇよ。呂明は民の避難を終えてるか?」

 

 重要な仕事ではないからか、報告は受けていない。

 

「はっ。必要であれば沖にある軍艦まで待避させますが」

 

「いや、そのままでいい。フランコを呼んできてくれ。次の手を打つ」

 

「承知いたしました」

 

 フランコは屋敷で療養中だが、ファミリーの人間への命令は彼を通して伝えるほうが良いだろう。

 

……

 

 木製の座椅子に石の車輪を四つ備えた即席の車椅子に乗せられて、フランコがトニーの所へとやって来た。後ろからそれを押しているのはミッキーだ。

 

「どこぞの法王様みたいな待遇じゃねぇか、フランコ。そんなおもちゃで遊ぶ為に休んでたのか」

 

「名誉勲章みたいなもんでしょう。どうです、この玉座?親父の分も作らせましょうか。ちぃと固くてケツが痛むもんで、座り心地は最悪ですがね」

 

 トニーの皮肉にフランコは冗談で返した。

 

「馬鹿言うな。野郎共に次の仕事だ」

 

「へい。何なりと」

 

「見ての通り、こっちの兵隊を出した。大砲は撃ち込めねぇが、ライフルで援護してやって欲しい」

 

「構いやせんが、味方に当たるんじゃ?」

 

 フランコが顎を指でさすった。

 

「そう遠くねぇよ。万が一当たっても砲撃に比べりゃ大した被害じゃねぇ。馬上で指揮してる隊長クラスを撃て。敵の混乱を誘う」

 

「そういう事なら」

 

 にやりと笑い、フランコが了承する。

『多少の犠牲など気にしない』という豪胆さが感じられる命令が気に入ったらしい。

 

「おーい、お前ら!」

 

 早速、目に入った組員を呼びつけている。

 

「閣下、西側の大軍に動きがあります」

 

「ん?」

 

 ミッキーに言われて遠くを見やると、確かに西側に残されていた人民軍が二つに割れ、攻撃を受けている北側と南側に進軍していた。

 

「よし。守備に残してた連中をかき集めて、背後からちょっかいを出してやるとするか」

 

「はっ」

 

「俺が出る。少しぐらい外で仕事をしねぇとな。直ぐに引き返せるように、兵隊には最低限の装備を持たせろ」

 

「では、私も同行いたします」

 

「あたしもあたしも!」

 

 ぴょんぴょんと跳ねながらカトレアが右手を上げた。

 

「あぁ?遠足と勘違いしてんのか」

 

「うん!」

 

「チッ……俺から離れんじゃねぇぞ。てめぇに死なれちゃ面倒だ」

 

「やった!」

 

……

 

「旗を掲げろ!突撃開始!」

 

 トニーの死霊術用の杖が振られると、後ろから迫る歩兵隊が彼を追い越して行った。 

 風圧で飛びそうになるボルサリーノを左手で押さえながら戦闘の推移を見守る。 

 市内から出たトニーの部隊は、塹壕やバリケードを越えてすぐに左右へと散開。一個中隊程度の手勢だが、背後を突かれた敵の大軍は浮き足立っている。 

 前衛に巨人族やオーガ、ミノタウロス等の巨体を持つ種族の戦士を配置した為、敵の視界からは実際の数よりも大きな部隊に襲われているように感じるのだ。

 先にいる仲間を助けようにも背中が気がかりで思うように進めない人民軍。 

 そして、トニーの部隊が接触した敵の最後部には張彰に次ぐレベルの指揮官が集まっており、そこを急襲されたおかげで指揮系統が一時的に麻痺。命令を受けれずに慌てて敗走する兵が増え、敵部隊の一部は混乱状態に陥った。

 

「やったやった!見てよ、閣下!敵が逃げてくよー」

 

「おぉ……!お見事です、閣下。まさかこの部隊だけでここまでの戦果を上げられるとは」

 

 カトレアが楽しそうに跳びはね、ミッキーは感嘆の声をこぼしている。

 

「……」

 

 だがトニーは彼らを相手にせず、戦況を食い入るように見つめていた。

 

「そろそろ潮時みたいだ。退くぞ」

 

「む……?今から撤退ですか?敵は逃げ腰。必要以上の深追いは無用ですが、しばらく追撃してはどうでしょうか」

 

 だがトニーはミッキーの助言に首を振った。

 

「いや、一度退く。見ろ。確かに逃げる奴らもいるが、こっちの相手をする敵の数が増え始めた。俺の手勢が少数だとバレ始めてもおかしくねぇ。本腰入れて迎撃されたら一発で飲み込まれるぞ」

 

 トニーが見ていたのは嫌でも目立つ敗走兵ではなく、自らの脅威となる、戦意を失わない敵兵の方だったのだ。 

 今、この中隊が潰されてはそのまま一気に空になっている市街地を乗っ取られてしまう。

 あくまでもここは『ちょっかいを出す』までに止め、攻撃は南北二方向からに絞るつもりである。

 

「なるほど……そこまでは考えておりませんでした。確かに我々の戦力のほとんどが南北にある事、敵に悟られてはなりません」

 

「市街地に戻ったら西側への砲撃だけを再開する。絶対にこの方角からは攻めたくないと思わせとかねぇとな」

 

 トニーは懐から撤退の警笛を取り出し、その音で味方に引き返す命令を伝えた。

 

「はっ。全兵は撤退を開始せよ!敵の追撃を許すな!繰り返す!速やかに撤退せよ!」

 

 勢いづいていた魔族の兵士たちはやはり攻撃の続行を渇望しており、あまりにも早く鳴った警笛の音に己の耳を疑っている様子だ。 

 しかし、ミッキーや中隊長が撤退命令を叫んでいるのを確認すると、訳も分からないままそれに従った。


……

 

 ヒュー……ドンッ!

 

 再開した一発目の砲撃。

 魔王軍の後退を不審に思い、じりじりと距離を詰めてきていた敵兵数名にそれが直撃する。残念ながら、紙一重で彼らは勇者にはなれなかった。

 

「親父」

 

「おう。残りの様子はどうだ?」

 

 帰還直後、砲撃が始まったのを確認して今一度防衛の為に部隊を動かしているところにフランコが現れた。 

 車椅子は後ろにいる奴隷の男に押してもらっていたようだが、巨漢を一人で動かすには少々華奢な若者で、彼は不運な役を回されてしまったと言える。

 

「はい、南はまあまあです。狙撃班も上手く機能してます」

 

「ふん……その言い回しだと北が問題だと聞こえるじゃねぇか。で、どうした」

 

 トニーはフランコの座る車椅子の肘おきに腰かけ、背中越しに会話を進める。

 

「へへ、話が早くて助かります、親父」

 

 まずそう返してフランコは続けた。

 

「それが、北にいる連中は斬っても撃っても簡単には倒れないんです」

 

「あぁ?死霊術を使ったゾンビもどきがここにもいるのかよ?えーと……中国版ゾンビは、キョンシーって化け物だったか」

 

「いえ、ゾンビってぇよりは狂戦士とでも言いますか……人間なのは違いねぇんですが、頭がイカれてるとしか思えねぇ連中で。とにかく見てください」

 

 ミッキーはその場に残し、フランコの先導に従ってトニーとカトレアは街の北部を望める場所へと移動した。

 

……

 

 今までトニーがずっといた西側と同じく、砲兵隊が瓦礫や土塊を積み上げた高台に砲を構えている。 

 狙撃に参加している者も多く、そこにはバレンティノ・ファミリーの男が二人だけ残り、武器の整備をしながら談笑していた。

 

「緊張感のねぇ野郎共だ」

 

「お、親父!」

 

「どうしたんですか!」

 

 飛び上がって驚いている彼らを尻目に、街の外でぶつかっている両軍の兵士たちを探す。

 

「親父、あれを」

 

 松明の灯が明々と照らす平原。 

 魔族であるリザードマンの兵士が、ちょうど敵兵の右腕を斬り落とす場面を目撃出来た。真っ赤な血が飛び、その重傷を負った敵兵は退くものだろうと思われた。

 

「……!」

 

 しかし、その兵士は片腕を失ったにも関わらず、勢いを殺す事なく一太刀浴びせてきた。

 血気盛んな魔族の兵士では時折見れる反応なのだが、敵は間違いなく人間。それに負けじとリザードマンが首をはねると、ようやく倒れて動かなくなった。

 

「どう思います?」

 

「あぁ、お前の言う通りだな。俺は今、狂戦士を見てる」

 

「今のところ、首を斬り落とすか、脳天に矢や槍を突き通さねぇと止まりません。心臓を貫いてもケロッとしてやがるし、下半身が消し飛んでも這いずり回って攻撃してきます。一番驚いたのが、そんな有り様でも言葉を喋るんです」

 

 雑兵に過ぎない者も、こうなれば強兵と化す。

 身体能力の高さと強靭さは魔族の特権だったわけだが、それを人間が手に入れたようなものだ。

 

「死んだ後は?」

 

「動きません。だから死霊術とかいうものとは違うんじゃないですかね」

 

「だが、何らかの魔術を使って洗脳してるのは間違いねぇだろうな。でなきゃあんな気の狂った人間を量産出来るはずがねぇ」

 

 数で勝る人民軍の兵士にこれだけの細工をされては、北側の戦況が思わしくなくなってしまうのも当然だ。

 

「見たことないけど、呪術だと思う……多分」

 

 カトレアがぼそりと呟いた。はっきりと言い切らないのは、不確かな考えだからであろう。

 

「呪術ねぇ……それで、どうにか出来るのか?」

 

「分からない。ただ、対象が生き物の場合は術者を倒せば効果が消えるのはどんな魔術でも一緒だよ」

 

「そいつが誰なのか分かってりゃ苦労はしねーよ。だいたい、北京にいる張彰の仕業だったらお手上げだしよ」

 

「それは無いと思う。術の効力はこの辺りの兵士だけに限定されてるし。絶対に高名な呪術師が近くにいるはず」

 

 トニーとフランコが目をこらして見てみるが、そのくらいで何かを掴めるはずもなく、すぐに諦めた。

 

「ふん……倒せねぇ事はねぇんだから現状維持だろうな。まさか押し負けるとは言わねーよな、フランコ」

 

「そのまさかです、親父。呂明に借りてる民兵じゃ歯が立ちませんし、少しずつ魔族の兵士も削られてます。野郎共の狙撃は効果的ですが、何しろ狂戦士の数が多すぎます」

 

「くそが!守備兵も南側に出してる兵も、ここに回してやる余裕なんてねぇんだぞ!どうにかしやがれ!」

 

 怒鳴られたのはフランコだが、武器の整備をしていた二人の組員が気まずい空気に耐えきれず、何か仕事を思い出したふりをしていそいそと離れていく。

 

「だったら探そうよ!その呪術師をさ!」

 

「馬鹿言うな、ガキ!あんな気の狂った連中の合間を人探ししながら歩けるか!」

 

「だってそれしか無いじゃん!」

 

 トニーとカトレアがいつもの痴話喧嘩をしているところに、味方の軍勢から「おおっ!」という歓声が届いた。

 同時に敵方からはどよめきが起こる。

 

「親父、動きがあったみたいです」

 

 敵の一団を突っ切って駆け戻る一頭の馬。四肢を多く露出させた女の姿があった。

 

「あれは……盲目だったアマか」

 

 カトレアの呪術によって使い魔となった女武将である。名を聞いてすらいなかった彼女が大仕事をやってのけたようだ。 

 高々と掲げられる何者かの首。それが何を意味するのかは想像に難くないだろう。

 

 味方は一気に反撃へと転じ、押されていた戦況を巻き返しにかかる。

 

……

 

「よくやった」

 

「閣下……それにご主人様も。ご覧ください。敵の怪しげな術を撃ち破りました」

 

 近くに移動したトニーらは、女武将と向かい合った。やはり彼女が斬り伏せたのは呪術師で、狂戦士は弱体化したのである。

 

「どうやって病原菌をあぶり出したんだ?」

 

「術者の事でしょうか?簡単な事です。たった一人だけ、雑兵の装いで気を保っている男がおりました」

 

「服装までカムフラージュしてやがったのか。だが、演技力が足りなかったようだな。コカを持参してなかったのが奴の敗因だ」

 

 女は首を傾げたが、フランコが痰を喉に詰まらせながら汚ならしくげらげらと笑った。

 

 地平線から顔を覗かせた日の光が、草花が果てしなく続く大地を照らし始めた。

 ついに夜明けである。

 

 キン……

 

 予想通り、張彰がトニーにコンタクトを取ってきた。トニーは人差し指でこめかみを叩いて、周りの仲間にテレパシーの前兆を知らせる。

 

「起きたかよ、じいさん」

 

『あまり夜更かしさせるなと言ったじゃろうが』

 

「若者は夜遊びに精を出すのが生き甲斐なんだよ」

 

 くわえた煙草に手の平から炎を移す。 

 そうするようになってしばらく経っているので手慣れたものだが、指輪のせいもありライター代わりにするには少々火力が強すぎたようだ。高く上がった炎がボルサリーノのつばに薄い煤をつけた。

 

『だが、なかなか面白い戦をする。将兵も有能だ。鬼神の兵団のからくりも見破ったか』

 

「さっきまでの強兵の事か。そろそろ退いちゃどうだ。大事な手勢がこれ以上減る前によ」

 

『やはり面白い。魔族とこうして戦の話をする機会を持てるのはな……だが、ここからが本番じゃ。心してかかってくるがよい!』

 

 テレパシーが途絶える。

 

「チッ!話を聞きやしねぇ!」

 

「親父、敵の大将は何と……?」

 

「遊びは終わりだとよ。カトレア、ヘルの野郎はどうしてるか知りたい。話せるか?」

 

「呼んでみるよ」

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

 五分程待たされ、空間転移特有の亀裂が走った。

 

 トニーらのいる位置から数歩と離れていない地点。さすがの精度である。

 

 バリバリバリ!

 

 ズゥン……

 

「すまねぇな、呼び出すような真似して」

 

「何かあったのか?」

 

 カトレアの呼びかけで現れた死神ヘルは、カタカタと顎の骨を鳴らしてそう言った。

 

「もう夜は明けた。お前のとこの兵隊は退くんだろ?」

 

「そうだな。此度の侵入で、すでにかなりの量の物資が手に入った。今は、ここから流れてきた敵の増援を引きつけているだけの状態だ」

 

「となると、ソイツらもこっちに戻ってくる可能性が高いな」

 

「不安か?」

 

 意地悪くヘルが笑う。

 

「次の手を考えるまでだ」

 

「手に入れた人間向けの食料はすべてくれてやる。貴様はあれが好みなのだろう?持久力で負けてはつまらんからな」

 

「助かる」

 

 ヘルには不要だが、トニーの為に取ってきたのだろう。ありがたくいただいておく事にする。 

 ここで、トニーの頭に一つの疑問が浮かんだ。もちろん食料について、である。

 

「敵は食い物を後方から支援させてるのか?」

 

「未確認だが、北京から遠征してきているのだから、ある程度の兵糧は蓄えてあるだろうな。無補給で数ヶ月は戦えると思っておいてもよかろう」

 

「大軍には大量のメシが必要か……」

 

 相手の兵糧が尽きれば勝てるのは分かるが、かなりの時間を要するのは間違いない。

 

「敵の兵糧を焼き討ちにでもする気か?あまり得策とは言えんぞ」

 

「あぁ?なぜだ?」

 

 トニーの声には僅かな怒気が含まれている。

 

「敵も愚かでは無い。探すだけでも一苦労な上、弱点をわざわざ一ヶ所にまとめているはずが無かろう」

 

 確かに敵方を見ると、積み荷を載せた馬車や人力車は何百、何千と点在している。

 

「だったら片っ端から大砲で叩き潰してやりゃいい!俺はさっさと世界を纏めなきゃいけねーんだぞ!」

 

「そう急くな。必ず勝機はある」

 

「チッ……!他人事だと思ってよ!」

 

 ヘルがじきに帰還してしまう事で、トニーは少なからず焦りを感じている。

 

「これを凌げば一度でこの国をほとんど支配出来たようなものだ。そう考えれば侵入の様に一瞬で片付けてしまおうとは思うまい。貴様が成そうとしているのは進攻なのだからな」

 

 諭すようにヘルが言った。

 

 中国は大国であるとのイメージが強いが、この世界のアジア大陸は小国が群雄割拠している激戦区である。もちろん中国も例外ではない。

 中国全土の人民軍の総数は不明だが、ここに集っている大軍はそのほとんどであるとヘルは言っているのだ。 

 先日訪れた日本国内の状態と似ているが、こちらはその規模が大きくなったものだと考えられる。

 

「必要以上にちんたらする気はねぇ。どうしても長期戦になるってんなら、やっぱり頭を潰した方が近道だな……」

 

「せいぜい死なぬようにな。我は帰るとしよう」

 

 ズゥ……

 

 バリバリバリ!

 

「食料は部下に送らせる。ではな」

 

「おう」

 

 ズゥン……

 

 ヘルの姿が消えると、トニーは盲目だった女武将を呼びつけた。 

 もちろん彼女はすぐそばにいるので、数秒と経つ前に、トニーの正面で地に膝をつく。

 

「いかがされたか」

 

「改めて、あの呪術師を討ち取った礼を言う。褒美がまだだったろう。何か欲しい物はねぇか?」

 

「……特に、ございません」

 

「まぁそう言うだろうと思ってたがな。てめえに一つ、その腕を見込んで重要な命令を下す」

 

 褒美の話など挨拶のようなもので、これが本題だ。

 

「何なりと」

 

「三日後、あるいは四日後。北京に単身で乗り込んで、人民軍総大将を殺せ」

 

「閣下の仰せのままに」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ