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#6

 イタリア王国、フィレンツェをあとにして数日。ウィリアム率いる使者団の一行は、イギリス合衆国領内を進行していた。 

 馬車が走るあぜ道の左右には、広葉樹林の森が広がっている。

 

「ふぅむ、こんなものでしょうか」

 

 馬車内。 

 老年の錬金術師、ムッソリーニがC型のリング状に加工した金属を手にして言った。

 

 ウィリアム用に作ったバングルである。材質は鉄だが磨き上げてはおらず、赤茶色だ。その全体に草花を模した柄が施されており、その部分の凹凸を利用して魔剣を摩擦し易く工夫している。

 

「つけてみていいか」

 

「もちろんですとも。どうぞ」

 

 ムッソリーニ、魔術師のベレニーチェ、使用人のアーシアが見守る中、ウィリアムがそのバングルを左腕に装着した。

 

「少しキツいな。血が止まってしまうぞ」

 

 バングルの両端は緩やかな丸みを帯びてはいるが、手首に食い込んでしまっている。すぐに取り外し、ムッソリーニに返した。

 

「……ふうむ。留め具を作ってブレスレットにしたほうが良かったですかな?下手をしたら剣がバングルの隙間から手首を傷つけてしまいますぞ」

 

「それはいけませんわ、バレンティノ様!動脈に当たっては一大事です!」

 

 ウィリアムよりも先に、ベレニーチェがそう言った。

 

「どちらでも構わないが、ダサいのは勘弁だな。このバングル、デザインは悪くないぞ」

 

「そんなことを気にしている場合ではありません!バレンティノ様にもしもの事があっては遅いんですよ!」

 

「わかったわかった。では、剣を収める鞘を先に作ろう。ヘンリーが言っていた抜刀術とやらをどうにかして覚えれば、魔剣の力も使えるようだからな」

 

 もちろんそれでは残念ながら戦法に制限がかかってしまう。

 

「だがコイツを捨てるわけにはいかんな。サイズを見直して、磨いて欲しいんだが」

 

「もちろんですとも。イギリスに入った事ですし、紳士の嗜みというやつですか」

 

 せっかく作ったのだからとバングルはアクセサリーとして活用する事にした。ムッソリーニもそれを快く請け負う。

 

「旦那」

 

 森林浴を抜けたところで、馬車が停止した。前方の御者席、小さな扉からヘンリーの声が入ってくる。

 

「またか」

 

 ウィリアムは車内後部の出入り口から外へと出た。護衛のガットネーロ隊の面々がすぐに駆け寄ってくる。

 

「少尉、関所だな?」

 

「はい、お願いします」

 

 イギリス国内に入ってからというもの、いくつもの関所が行く手を阻んでいた。

 もちろんイタリア王国の使者であるウィリアムには書状も揃っているので問題はないのだが、イギリスという国の警備の厳重さがにじみ出ている。

 

 道の真ん中にイギリス人の兵士達が数人。脇には木材で組まれた物見櫓が建ててある。

 塀も柵もないので、検問所という言い方が正しいのかもしれない。

 

 ウィリアムが馬車の前に歩み出ると、隊長らしき兵士が近寄って来た。私服にとってつけたような剣をぶら下げただけの装備である。地方で警備を行っているのは騎士団ではなく、民兵である事が多い。この連中もその類だ。おそらく、ロンドンに近づいていくにつれて兵士の質も上がっていくだろうとウィリアムは予想していた。

 

「すまないが外国籍の車両は、身分を証明出来なければ通せん決まりだ」

 

 民兵とはいえ、しっかりと仕事をこなしている。面倒ではあるが、イタリア国王の書状を見せて通してもらうしかない。

 

「ご苦労さん。通行許可だな、これでどうだ」

 

「ふむ……イタリアからの使者か。ロンドンまで、国王に会いに行くのか。気をつけて行かれるがよい」

 

 もちろん怪しむ理由も無く、簡単に通行を許された。

 

「さてと……」

 

 書状を返され、ウィリアムが車内に戻る。

 

「移動開始するぞ!」

 

「了解です、隊長」

 

「へーい」

 

 ガットネーロ隊のそんな声が外から聞こえてきた。

 

……


「なんとも厳しいお国柄ですな。同盟国に対してこれでは欧州四カ国協定は飾りかと疑いたくなってしまう」

 

 ウィリアムがテーブルにつくなり、ムッソリーニがそう言った。

 

「なに、書状を見せるだけの簡単な仕事さ。確かに面倒だが、彼らがいるおかげでこっちに入ってからは盗賊にも魔族にも出くわしていない」

 

「悔しいが、効果はあると」

 

 各々が苦笑を浮かべた。

 

「あぁ。次のお呼びまでは一時間くらいあるはずだ。鞘の作図をやりたいんだが」

 

 材質、大きさ、デザイン。まずはムッソリーニやベレニーチェを交えて話し合う必要がある。

 日本刀のように曲線を描いているが、両刃の剣である。防御には不向きかもしれないが、引き抜いた直後に振り上げて斬撃を加える抜刀術用としてなら様になる。しかしヘンリーやチェザリス少尉はこの場にいない為、戦術を考えていくのは完成した後になりそうだ。

 

「やはり赤い色は譲れんな。なにせ燃え上がるわけだ」

 

「バレンティノ様、まったくあなたというお人は……」

 

 いつもならばウィリアムがベレニーチェに対して呆れる事が多いが、デザイン製、つまり見た目に異様なほどにこだわる彼に、ため息混じりの声がかけられた。

 

「おそらく耐久力は鉄製で問題ないでしょう。鞘ともなると大きさもそこそこあります。ある程度こだわった装飾も可能でしょうな」

 

「ムッソリーニ様まで!安全性が第一ですよ!」

 

 テーブルを囲み、そこに羊皮紙を広げる。筆記具や紙はベレニーチェが研究室から持ち出してくれたものだ。 

 ああでもない、こうでもないと意見が飛び交う。

 結果、鉄の赤い鞘にウィリアムの名前を彫り入れるという事で落ち着いた。


「名前か。子供が持ち物の紛失を防ぐためにやるようで気が引けるな」

 

「何をおっしゃいます。殿方にとって、名前入りの武器があるのは大変名誉な事じゃありませんか」

 

 そう言うベレニーチェが、紙の上で作図された鞘に、さらさらと『ウィリアム・バレンティノ』の文字を書き入れていく。

 

「鞘の内側は擦り切れてしまわぬように、鋼を使いましょう」

 

「私も賛成です、ムッソリーニ様」

 

 通常の鞘とは違い、刃が当たるように小さめのサイズになる。当然、擦れる部分は最も痛みやすいはずだ。 

 肝心の鉄鉱石は、道中でいくらでも手に入れることが出来た。

 しかし、それもイタリア国内での話で、イギリス合衆国に入ってからはいくらか道端に転がっている石の数が減ったように感じる。単に数が少ないだけなのか、金属加工が進んでいるせいで回収されたのか、それはわからない。とはいえ、鞘一本程度の分量ならば、すでに車内に搭載している。

 

……

 

……

 

「そりゃっ!」

 

 ムッソリーニが特別な合金製の杖を振る。

 床に転がっていたいくつかの鉄鉱石が赤い光を帯びて宙に浮き、ぐにゃぐにゃと溶解した。それらは次々に結合し、やがて人の頭くらいの大きさの鉄の塊が出来上がった。これこそ、ムッソリーニの得意とする錬金術の基本、原石からの金属の抽出である。

 

「えいっ!」

 

 続いてベレニーチェが術をかける。すると球体だった鉄塊は細長く変化して、のべ棒の形になった。

 もちろんそれで終わりではない。魔剣が入るように形や大きさを合わせていくのだ。

 

「触れても大丈夫か?」

 

 床にドスンと落ちた鉄の棒にウィリアムが近寄る。

 

「あ、待ってくださいな」

 

 ずっと様子を見ていた使用人のアーシアが、ティーカップに入れた水を数滴こぼした。熱ければ音を立てて沸騰するはずである。

 

「大丈夫そうだな」

 

「えぇ、大して熱くはないはずです」

 

 水は静かに棒の上を滑り落ちたので、安全だと判断してウィリアムがそれを手に取る。人肌程度の温もりは感じるが、火傷の心配はなさそうだ。これも魔術の利点か。

 

「重いな」

 

 魔剣よりも一回り大きな物なのだ。重量もそれなりにある。

 一般的に使われている鞘の多くが革製や木製だ。抜刀術を用いるならばいずれ背中ではなく腰に下げることになるが、重たいせいでベルトが千切れてスラックスが落ちたとなれば、ウィリアムにとってこれ以上ない大惨事となる。

 

「剣をさせばさらに重く感じるでしょうな。しかし、鎧兜をお召しにならない分、動き易いはずですぞ」

 

「うーむ、果たして俺に扱えるだろうか……」

 

「頑張って下さいね!バレンティノ様!」

 

 ウィリアムが肩をすくめて棒を返すと、直ぐに作業が再開された。


 魔剣を鞘の横に並べて置き、ベレニーチェがそれを見比べながら杖を降って、鞘を魔剣の形に似せていく。

 曲線を描く棒になると、ムッソリーニがそれを二つに割ってしまった。当然断面図は半円となるので内側をくり抜くなり削るなりして、魔剣を挟んでは確認し、何度も調整を加えていくつもりらしい。

 そこまで終わったところで馬の嘶きが聞こえ、馬車が停止した。

 

 ガチャン。

 

 小窓からヘンリーの声が届く。

 

「旦那、お願いしやす」

 

 どうやらまた関所に差し掛かり、お呼びがかかったようだ。

 

「ひっきりなしですね。ここまでする必要はあるのか」

 

 車外で待ち構えていたのはチェザリス少尉だ。

 

「少尉、そろそろ休んではどうだ」

 

「いえ、夜だけでも休ませていただければ充分です」

 

 フィレンツェを出てからは、どこの町にも立ち寄っていない。代わりに夜間は馬車を停止して毎日休息をとるようにしていた。つまり日中は進み続ける。護衛のガットネーロ隊は夜になるまで歩き続けているのだ。

 

「隊長!一人だけ馬に乗ってるからそんなこと言えるんですよ!」

 

 ひょろひょろの身体に重厚な鉄鎧を装備した槍兵、カンナバーロ伍長が非難の声を上げた。確かに将校であるチェザリスは騎乗している。

 

「なんだ、駆け足に変更するか」

 

「そんな!ひどいじゃないですかー!おい、アマティ!お前もキツいよな?」

 

「いえ、自分はまだ行けます」

 

「バカヤロウ……」

 

 弓兵のアマティ上等兵に助けを求めるが、不満があるのは伍長だけらしい。トン、と彼の肩に手を置いて軽く労うと、ウィリアムは関所の兵士が待つ前方へと進んだ。

 

 仏頂面の中年男が腕を組んで仁王立ちしている。口ひげをたっぷりと生やし、背が低い。

 

「何を仲間内で話していた?何か怪しい企みでもあるのか?」

 

 男は癖のあるイギリス式英語でまくし立てた。周りの民兵達の表情も険しい。彼らにはイタリア語が理解できないので、ガットネーロ隊とウィリアムの会話が不審に感じたのだ。

 

「他愛もない冗談さ。歩き通しで愚痴をこぼす下士官に、馬上の将校様が叱咤激励してんだよ」

 

「ふん、田舎者が。馬に車とは贅沢だぞ。さっさと通行証を見せろ」

 

 感じの悪い責任者だとは感じつつも、ウィリアムは黙って国王からの書状を手渡した。

 

「……なんだこれは」

 

 さっと目を通した男がウィリアムを睨みつける。

 

「なんだとは?我が君、ミケーレ・マランツァーノ三世の書状だが?イギリス国王に向けられた物だが、貴様は文字が読めないのか」

 

「口のききかたに気をつけるんだな、田舎者め。通行は許可できん!」

 

「なっ!?使者団を通さないつもりか!」

 

 単純な私情で拒否されてしまった。これはひと悶着ありそうな空気だ。

 

「聞こえなかったか?引き返せ!」

 

「冗談じゃない。他の関所はすべてクリアしてきたぞ。なぜ貴様は俺達を通さない。他の外国籍の荷馬車もすべて追い返しているのか」

 

 もちろんそんなはずはない。それでは物資の輸入や人員の移住、伝令が塞き止められてしまう。

 

「まさか。ただ、使者団を名乗る小僧の頭が高いものでな」

 

 下品な笑い声を上げて周りの兵士達も同調した。なるほど、ヨーロッパ屈指の強国の民であるが故の驕りか。イタリア人はイギリス人にへりくだるのが当然という考え方らしい。 

 理由がどうあれ強行突破は出来ない。ではどうするか、思案を廻らせる。

 

「……そうか。俺が田舎者なもんで礼節に欠いていたというわけだな、所長」

 

 まずは、腹を立てている場合ではないと自分に言い聞かせるようにそう発した。

 

「けっ、今さらなに言われても遅いんだよ!」

 

「そうか。じゃあ何も言わねー。ただ、俺達の持ってきたイギリス国王向けの献上品の中に酒があってな」

 

 酒、と聞こえて男の表情が少し和らいだ気がした。

 

「……は?だからどうした」

 

「いやな。何を言っても無駄だときたら、国王様の代わりにその酒を少々、憲兵隊に『おすそ分け』せにゃならんわけだ。くすねるのとは違うぞ。あくまでも『おすそ分け』だ」

 

 ゴクリ、と兵士の誰かが生唾を飲み込んだ。

 

「バカヤロウ!さすがに陛下への献上品を奪うわけにはいかん!」

 

「だから奪うわけじゃないと言ってる。貴様らは必要ないと言うなら、ここで数日野営させてくれ。俺達が使者としての責務を果たせなかったら、我が君がどれだけお嘆きになるか。下手をしたら首をはねられるかもしれん。その帰り道を思うと飲まずにはいられないぞ」

 

「それも許可できん!目の前で騒がれては仕事に支障をきたすからな!」

 

 なかなか強情な男だ。簡単にはウィリアムの策に引っ掛からない。しかし、周りの兵士達を見回してウィリアムは続けた。

 

「仕事を邪魔されているのは俺達も同じだぞ。それに、貴様らの管轄はこの関所より奥の土地だろう。あ、そうだ。少量だが、豚肉もある。イタリア製のワインは口当たりも軽くて絶品なんだ。誇り高き英国の戦士達よ。俺達の最期の晩餐を許して欲しい」

 

 随時仲間にこっそり通訳をしていたヘンリーから話を聞いていたガットネーロ隊が、車内からテーブルや酒樽を運び出して宴の準備を始めている。もちろん、彼らにはウィリアムの狙いがしっかり伝わっている。

 

 アーシアが食材や食器を用意し、ムッソリーニとベレニーチェが火を起こすと、うまそうな匂いにつられて、数人のイギリス兵がふらふらと近寄ってきていた。

 

「こ、こら!お前ら、配置に戻らんか!」

 

 慌てて長の男がそれを制す。

 

「でも、肉なんて滅多に食えるもんじゃないし」

 

「いいじゃないか、貰っておけば」

 

 もとは平民に軽武装させただけの集団である。普段あまり豪華な食事をとれていないのは明らかだ。正統な騎士団であっても、王宮外では肉など滅多に口に出来ないのだから。

 

「おい、どうした。欲しいのなら早く貴様らも席につけ。言うまでもないが、陛下に献上するつもりだった一級品だぞ」

 

 すでに心奪われている数人のイギリス兵をウィリアムが呼びつける。彼らは嬉々としてそれに従ったので、残るは嫌がらせをしてきた所長のみである。

 

「考えましたなぁ、旦那」

 

 ウィリアムの側に立っている御者のヘンリーがイタリア語で話しかけてきた。

 

「簡単な取引だろ?それはそうと、あの隊長らしき男はどうしたものか」

 

「まぁ、騒いでれば寄ってきまさぁ」

 

「そうか。よしみんな、席についてくれ!久しぶりのご馳走といこうじゃないか!」

 

 準備をしていた使者団の仲間達もテーブルの周りに置かれた樽や木箱に座らせた。イギリス兵も座るとテーブルが少々窮屈だ。もちろんそんなことに不平を漏らす者などいないのだが。

 

「どうぞ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 使用人のアーシアだけは未だ、一人一人の側に置かれたコップにワインを注いでいる。

 ウィリアムは彼女が席に落ち着くのを待ったが、イギリス兵とガットネーロ隊の面々はテーブル中央の大皿に盛られた料理をバクバクと食べ始めている。

 

「うまい!」

 

「これがイタリアの料理か!」

 

 そんな声に釣られて、最後の砦であった男が席につくまで、それほど時間はかからなかった。

 

……

 

……

 

 ウィリアム以下、イタリアからの使者団一行は、その大都市を目の前にしていた。

 

 イギリス合衆国、首都ロンドン。それはイタリアのローマとは桁違いの大きさだった。

 やはり防御の為に石材を積み上げた城壁にそのすべてを囲まれているのだが、その端が見えない。つまり、地平線の彼方までそれが続いているのである。さらにはその上に等間隔で投石機や物見やぐらが設置されており、守備兵の姿は何人も確認できる。

 

「まるで要塞だな。鉄壁とはこのことか」

 

 巨大な門の前で入城を待つ列の中、ウィリアムがそう言った。 

 他にも行商人や旅行者などで長い行列が出来ているので、市街地に入るまでに待たされてしまうのだ。門は全部で二十箇所以上あるそうだが、そのすべてが昼夜を問わずに満員御礼らしい。

 

「これだけ広いと見張りがいくらいても足りないくらいでしょう」

 

 馬を引くチェザリスが返す。

 

「イタリア王家の使者なんだから、すーっと通してくれりゃいいのになぁ。どうして一般人と同じ扱いなのか、ねぇ隊長」

 

 頭の後ろで手を組んで口を尖らせているのはカンナバーロ伍長だ。軽口と不満ばかりが目立つこの兵士だが、不思議と憎めない。

 

「馬鹿を言うな。いくら使者団でも、貴族や王族ではないんだぞ」

 

 なるほど。高い身分はここでも活きるらしい。先ほどから時折、王宮の兵士でもないのに顔パスで門を通過しているのはそういう連中かとウィリアムは納得した。

 

「俺はむしろ堂々とVIP待遇を受ける方が心苦しいがな。見てみろ、伍長。行列から恨みのこもった視線を向けられてしまうぞ」

 

「ははは、確かにそいつは勘弁です。街角で石でも投げつけられちゃ出歩けやしない」

 

 不機嫌だったカンナバーロも、ウィリアムのこの冗談は気に入ったようである。

 

……


「次っ!」

 

 小一時間ほどで、ようやくウィリアム達の順番が回ってきた。 

 腕時計の時刻は夕方の五時。国王への謁見はおそらく明日になるだろう。

 

「まず、ここにサインを」

 

 門番が羊皮紙と羽ペンを手渡してきた。出入国者を名簿として残しているらしい。この時点で文字が書けなければアウトだと分かる。 

 ただし、サインは全員分をウィリアムが引き受けたので、パーティを組んでいればその中の誰か一人が読み書き出来れば事足りる。

 

「よし、では代表者。お前の身分を示す物はあるか」

 

「これだ」

 

 関所とは違い、求められたのは身分証だった。

 見せたのはイタリア国王から貰っていた身分証。ウィリアムがイタリア国籍を保持している事が明記されている。あくまでも、この世界で彼はイタリア人なのだ。

 

「うむ、よかろう」

 

 これも、一人分で済んだ。

 

 ウィリアムが先頭を、次いで白馬を引くチェザリス少尉とカンナバーロ伍長。

 車内に戻ったムッソリーニ、ベレニーチェ、アーシアを乗せた馬車をヘンリーが動かし、殿を弓兵のアマティ上等兵が務める。

 

 一行が門をくぐってロンドンに入ると、郊外では渇いた土のあぜ道に過ぎなかった道路は、丁寧に敷き詰められて整備の行き届いた石畳へと様変わりした。 

 門のすぐ内側、つまり最も町外れに当たるその地区は、兵士の詰所や武器庫、訓練所などが乱立する基地になっていた。この広いロンドンで、外敵への対応に俊敏に対応する為だと思われるが、あまり機能していないように感じる。ロンドンの位置からして、最も脅威となるのは隣国との戦争ではなく、魔族の侵入に限定されるからだ。 

 ローマも同じだが、広大な市内全体に結界を張っているとは考え難い。もちろん通りすがるのはほとんどが兵士で、今しがた門を通ってきた行商人の背中が先を歩いている程度である。バッキンガム宮殿は市の中心に位置しているのは間違いないが、市内の広大さもありまだまだそれは見えてこない。

 

「こりゃ参ったな。ここからが一番長い旅になるんじゃないか」

 

「イギリス国王への謁見は明日以降になりますね」

 

 軽い冗談に、チェザリスの真面目な回答が返ってくる。

 

「明日にもまだ到着出来んかもしれんぞ……」

 

「宿を手配させます。カンナバーロ」

 

 辺りに石造りの民家がちらほらと現れたところである。田畑が多く見られるので、基地の次は農民の居住区になっているようだ。

 

「お、酒場!」

 

 カンナバーロの目が、宿よりも先にパブを見つけた。明け広げられた扉から明かりが漏れ、中にはいくつかのテーブルを囲んで座っている男衆の姿がある。

 

「伍長、酒場よりも宿を探してこい」

 

「えーっ!?俺がですか!?」

 

 ひとっ走りさせられそうになるカンナバーロに、ウィリアムが助け船を出す。

 

「いや、俺があの店の主人に訊いてこよう。伍長、ついてこい」

 

 どんよりと沈んでいたカンナバーロの顔に光が射すと、上官であるチェザリス少尉はやれやれと肩をすくめた。

 

……

 

……

 

「いやー。すいませんね、バレンティノ様」

 

 店に入ろうとするところで、カンナバーロがニヤニヤと笑いながらそう言った。

 

「護衛が要ると思っただけだ。気にするな」

 

「んじゃ、ついでに一杯引っかけていきますか」

 

 バコッ!

 

「いてっ!蹴ることないでしょう!」

 

 伍長は具足を履いているので痛みなど感じるはずはないのだが、わざとらしく膝をさすりながらそう反応してくる。

 

「はは、一杯だぞ。今のはその罰だ」

 

「こりゃたまげた!使者団の一員に選抜されて、今ほど嬉しかったことはありませんよ!」

 

「調子のいいやつだな」

 

 笑い声が響く店内に入る。板張りの床がギシギシと鳴いた。

 

「お!外国からのお客様かい!どうぞ、ここに座んな!」

 

 奥のカウンターから、威勢のいい女性の声。流暢なイギリス英語だ。

 丸々と太っている彼女が、この店のおカミさんらしい。すすめられたのは彼女の目の前のカウンター席だ。他のテーブルはすべて多くの客でうまってしまっている。

 客層は仕事帰りの守備兵や農民である。驚くべきことに、麻ではなく綿のボタンシャツやズボンを着用していた。さすがにTシャツやデニムではないが、ポケットの付いた作業着に見えるので、現世にいてもおかしくはない格好である。

 

「ほう、外国人だと分かるか。服装で?」

 

 カウンターに二人が座る。

 

「え?スーツを着た男と甲冑の兵隊なんてそう珍しくもないだろうさ。見ない顔だからね。うちは常連さんばかりなんだ」

 

 この返答にウィリアムは再び驚かされる。ロンドンではすでにスーツが正装として定着しているのだ。

 

「それよりあんた……」

 

「ん?」

 

「妙なイントネーションの英語を使うね」

 

 これはもちろん、ウィリアムの話す英語がアメリカのものだからだ。人間の住む『アメリカ合衆国』の存在しない世界で、誰かが聞き慣れているはずもない。

 

「そうか?イタリア人なものでな。少々聞き取り辛いかもしれんが勘弁してくれ」

 

「ほぉ、そうかい?この国には移民なんてごまんといる。イタリア訛りやフランス訛り、ドイツ訛り、果てはアジア人の英語の発音まで、大抵の英語は聞き飽きていたつもりだったんだがねぇ」

 

 なかなか鋭い洞察力だ。町に入って最初の店を切り盛りしているだけのことはある。

 現世の最大都市、ニューヨークのように、この世界ではここロンドンに人々が集まってくるのだ。

 

「そう言われても他に言い様がないぞ。俺達はイタリア人で、たまたま俺は英語を話せる。そして今はこの店ではどんな酒を扱っているのかを知りたい。それだけだ」

 

「ははは!悪かったね!別にあんたらを探るつもりは無いよ!それじゃ、とびきりのスコッチを二杯出したげるよ!」

 

 会話についていけずにだんまりだったカンナバーロが、ようやく一言「おっ、うまそうだ」と声を漏らした。

 

「そうだ、おカミさん。俺達は宿を探してるんだが。外で仲間が待ってる」

 

「なんだい。御大層な格好しといて宿無しとは呆れたよ」

 

「まぁそう言うな。たまたま遅い時間に到着してしまっただけだよ。無ければ野営を張る。幸運なことに、馬車は持っていてな」

 

 女はしばらくウィリアムの顔をじっと見つめた。

 

「……まぁ、悪い人じゃなさそうだね。うちの離れで良ければ格安で一晩泊めたげるよ」

 

「そう見えたなら光栄だよ。ありがとう」

 

 無理やり顔に貼りつけた作り笑顔で乗り切る。さすがに大司教にヘンリーにと裏家業に生きてきた素性を見破られっぱなしとはいかない。どうやら英語のイントネーション以外、ウィリアムに不審な点はないようだ。


「おい、兄ちゃん」

 

「ん?」

 

 ここで唐突に、テーブル席にいたイギリス兵の一人が話しかけてきた。

 

「あんたの言葉……」

 

「あぁ、またそれか。どうにも妙な目立ちかたをしてしまうようだな」

 

 酒臭い赤ら顔にウィリアムが目を背ける。しかし、その老いた兵士は両手でウィリアムの頬を挟んだ。

 

「おい、なんだ!」

 

 たまらずその手を払いのけて立ち上がるウィリアム。

 

 カンナバーロも即座に反応して彼らの間に入り、槍の尻でドンと床を叩いた。この程度で切っ先を向けはしないが、威嚇の意は十分に伝わるだろう。

 

「なんだなんだ、キスする気かよ!」

 

「じゃなきゃその兄ちゃんとケンカか、おっさん!」

 

 周りの兵士らも近寄ってくる。

 農民達は見てみぬふりをするか、勘定をテーブルに置いて店を去った。近代的でお上品なお国柄だろうと、末端の軍人がケンカっ早いのは世の常である。

 

「あたしの店でケンカしようってんなら、次からは出入り禁止だよ!」

 

 店主の女が金切り声を上げた。

 

「い、いや!すまんおカミさん!!違うんだ!」

 

「貴様、どういうつもりだ」

 

「いや、だから兄ちゃんのその妙な発音さ!聞いたことがある」

 

「どうだか。酔っぱらいの戯れ言に付き合ってやる暇はないぞ」

 

 痛烈なウィリアムの返しに、周りの兵士らは「ひでぇ言われようだ!」「俺も腹が立ってきたぞ!」とヒートアップし始める。この状況で争いになっては多勢に無勢だ。

 

「あんた達うるさいよ!妙ないちゃもんつけて騒がないでおくれ!憲兵隊に通報するよ!」

 

「憲兵!?ま、待て!そんなつもりはない!みんな、落ち着け!」

 

 おカミさんのこの言葉でみるみる顔色が悪くなった老兵が必死で呼び掛ける。

 憲兵隊は警察に近い組織で、民間人と軍人を逮捕する権限を持つ。熱くなっていた兵士達も、それを聞いて少しは落ち着きを取り戻した。

 

「特に俺は先日まで入ってたもんでな、戻るなんてまっぴらごめんだ」

 

「ふん、話くらいは聞いてやるか。俺が話すのと同じ英語を聞いたって?」

 

「そうさ。それこそ牢屋での話よ」

 

 ウィリアムが促すと、その兵士は隣のカウンター席に座って話し始めた。

 

「隣の牢に入ってた男だ。土壁のせいで顔を見たわけじゃない。だが、変な英語で看守と話していた」

 

「それが俺の発音に似ていた……と?」

 

 ウィリアムは少しこの兵士の話に興味がわいてきた。一体それが何者なのか気になる。

 

「もちろん声色や抑揚はぴったり同じとはいかないがな。兄ちゃんの話し方と近かった」

 

「ほう……ソイツはまだ牢に入ってるのか?」

 

「さぁな。会いに行く気か?」

 

「そう言うと思って話しかけてきたんだろう」

 

 しかし、兵士は首を横に振った。親切のつもりではなかったらしい。

 

「もし兄ちゃんがあの野郎のツレなら、何をしでかしてぶち込まれたのか訊こうと思ってな。酒の肴には最高の話題だろう」

 

「貴様とは到底解り合えそうにないな。場所を教えろ。気が向いたらソイツの面を拝みに行く」

 

 おカミさんから紙を一枚もらい、それに牢屋の場所を示した地図を書かせる。

 兵士が書いたのは線と丸だけの乱雑なものだったが、これと街での聞き込みを合わせればたどり着く事はそう難しくないだろう。

 

「その紙、なんだか不思議ですね」

 

 隣のカンナバーロに言われて気づく。

 羊皮紙ではなく、木から作り出した紙である。色は茶色がかっていて厚みは画用紙ほど。現世の真っ白な紙には程遠いが、それでもこれはロンドンの最先端技術、あるいは魔術の現れだろう。

 

「さて、外の仲間に合流しようか。おカミさん、裏手にある小屋があんたの言う離れだよな」

 

「あぁ、好きに使ってくれて構わないよ」

 

 カウンターに万国共通の通貨である金貨を一枚置く。

 

「え!あんた、気は確かかい!」

 

 酒が二杯と宿泊費にしては高すぎる額だ。彼女はたとえ銀貨一枚でも喜んで引き受けていたはずである。

 

「気前がいいのはイタリア人の美徳だ」

 

 そう言い残して、店を出る。

 

 明朝、離れにおカミさんが腕を奮った豪華な朝食と紅茶が届いたのは言うまでもない。

 

……

 

……

 

「バレンティノ殿」

 

 離れの狭い小屋の中、朝食をとりおえて身支度をしていると、錬金術師のムッソリーニが黒い布にくるまれた細長い筒を手にしていた。

 

「なんだ?それは?」

 

「いよいよお目見えですよ」

 

 布をはらりとはぎ取ると、眩い深紅に彩られた鞘が姿を現した。流れるような筆記体でウィリアム・バレンティノの文字が彫り込まれている。そして、すでにその中にはウィリアムの魔剣が納まっていた。

 昨夜、全員に対してこの離れで休むように告げたのだが、ムッソリーニとベレニーチェの二人だけは車内で休むと申し出た。その理由がこれだ。夜の間に、完成間近だった鞘を仕上げてくれたのである。

 

「おぉ、見事じゃないか。ありがたくいただくよ」

 

「腰にさしてみてはいかがですか」

 

 横にいたチェザリス少尉にそう言われて、ウィリアムはそれを受け取った。やはり剣と鞘を合わせると、片手では落としてしまいそうなほど重い。 

 曲線を描く鞘の側面、名前が彫り込まれていない側に、ベルトを通す為の金具が取り付けられている。その縦長いO型の穴にスラックスのベルトを通してみたが、剣をさす左側にズボンが傾いた。

 

「うぉっ!これはいかん!」

 

 下着が見えるようなずり落ちかたはしなかったが、これでは左側が強く下に引っ張られるせいで腰の右側に多大な負担がかかってしまう。

 

「やはり、重さが問題となりますか」

 

 ムッソリーニが顎を指先で押さえて唸った。

 

「上等兵の矢筒を背負う為のベルトを短くして利用されては?確か、彼はスペアを持っています」

 

 チェザリスが言う。アマティはすでに馬車の近くにいるはずだ。

 

「スラックスを止めるベルトの上からもう一本ベルトを巻くのか」

 

 ウィリアムは大工や土木などの建設作業をする人間が、工具入れを腰に取りつける為にそうしているのを思い出した。 

 多少は軽減できそうだと、早速上等兵を呼んでそうするように頼んだ。もちろんアマティは快諾。市内を移動する間に、彼は車内でベルトの加工に勤しむこととなった。

 

……

 

「出発するぞ、みんな」

 

「はっ、了解です」

 

 市内では、ウィリアムはヘンリーの隣、御者席に座り、チェザリスが馬で警ら、カンナバーロは馬車後部の縁に座って外を警戒する。

 ムッソリーニ、ベレニーチェ、アーシア、そして仕事を与えられたアマティは馬車の中だ。

 

「旦那、この速度なら宮殿までは二時間程度です」

 

「そうか。やはり広いな」

 

 ヘンリーはイギリス出身である。盗賊だった彼がバッキンガムを訪れた事などあるはずもないが、場所くらいは把握できているらしい。

 

「そうだ、お前ならこの牢屋の場所は分かるんじゃないか」

 

 昨夜もらった地図を見せてみる。確かにヘンリーならばこちらの方が詳しそうだ。

 

「どれどれ……」

 

 その雑な地図を受け取り、ヘンリーは指でそれをなぞった。道順を確かめているのか、指先は時折曲がったりしながら進み、やがて止まる。

 

「あぁ、覚えてますぜ。なにせ、若い頃あっしの仮住まいみたいなもんだったんで」

 

 別宅だと言い切ってしまう。何度か捕まっていた事があるという返事だ。

 

「ほぅ、そこのホテルの常連客だったとは」

 

「若い時には誰だってヘマやらかしちまうもんでさぁ」

 

 若気のいたりを話すのが照れくさいのか、ヘンリーは鼻をこすった。

 

「何回も出てきてるくらいだ。ちんけな盗みだろう」

 

「へぇ。パンに帽子に、近所の仔犬。靴を片方だけの時だなんて傑作でしょう」

 

 何に使う気だったのか、とヘンリーは肩をすくめた。

 

「それじゃ、幼少期はロンドンで?」

 

「まぁ。でも捕まってたのは十四、五くらいからでさぁ。ガキは牢屋なんて入りたくても入れねぇんで、代わりにお袋からホウキでぶん殴られてましたよ」

 

「ははは!お前のお袋さんだ、大したタマだったろうな!」

 

「へぇ。早々とあっしが飛び出していったもんで、今はどこで何してるかも分かりゃしやせんがね」

 

 ロンドンにいる可能性もあるが、実家の場所が変わっていない限りは会えないという。

「なんなら少し寄っていくか」とウィリアムが言ったが「馬車も入れない裏路地なんで。寄りたくもねぇ掃き溜めでさぁ」と返されてしまった。当人がそう言うならばと、馬車は予定通りバッキンガム宮殿へと進んでいった。

 

……

 

「旦那、見えてきやした」

 

 くわえタバコで手綱を引くヘンリーの声が聞こえ、隣でうたた寝をしていたウィリアムは目を覚ます。

 

「おっと、すまん。居眠りをしてしまったようだ」

 

「お気になさらず、あそこからは全部旦那の仕事ですから」

 

 意外や意外、宮殿は現世のバッキンガムと全く違う装いをしていた。 

 真っ白な外観の円筒形の建物。高さは五階建てのビルディング程度で、窓は頂上付近にいくつかあるのみ。城や宮殿というより塔か灯台に見える。そしてそれは外壁にすら囲まれておらず、町並みにそのまま隣接していた。 

 平気で主婦や子供たちが宮殿の横を通り過ぎていく様子は見ていて不思議なものだ。

 

 馬車が宮殿の目の前で停車する。裏手に来客や王族の為の駐車場が設けられているようで、近くにいた衛兵からそちらへ馬車を回すよう告げられた。

 

「いってらっしゃいませ」

 

 アーシアにそう言われ、何台もの馬車が並ぶ駐車場を後にする。

 

 ウィリアムの随伴はイタリア王国研究室長のベレニーチェと、護衛役として王国騎士団の将校であるチェザリス少尉だけだ。全員でおしかけるわけではなく、国王に謁見するために最低限の身分を持っている人間だけとなった。 

 もちろん、献上品を運び出す時には全員の力を借りるが、彼らがイギリス国王と会えるかどうかはわからない。

 

……

 

 入り口は一つ。さすがにここだけは警備が厳重で、およそ十六人の一個小隊が金色の扉の左右に整列していた。赤い軍服に黒く大きな帽子。まさにイギリス憲兵といった出で立ちである。 

 他にも数人が宮殿の周りをパトロールしていたが、こちらは鋼鉄の鎧を着ていた。 

 おそらく扉の前に控える兵士は、イタリアの十二近衛のように大変名誉ある立場なのだろう。

 

「イタリア王国から参った、使者団だ。国王陛下に取り次いでいただきたい」

 

 その兵士達の前で立ち止まり、ウィリアムがそう言葉を投げかけた。

 

 彼らが守る金色の両扉は鉄に金箔を塗ったようなものではなく、純金製である。

 真っ白な塔につけるには豪華なようにも感じるが、そこが国王の住まう場所ならばこの程度の装飾は当然といえる。むしろ、欧州列強の中心となる場所としては少々質素なくらいだ。

 

「ん?」

 

 数秒の沈黙。赤い軍服の兵士達が何の反応も示さないので、ウィリアムは首を傾げた。

 

「聞こえないのか。国王陛下に取り次いでくれ」

 

「……」

 

 やはり反応はない。

 

 ギィィ……

 

 微動だにしない彼らに困っていると、扉がわずかに内側から開いた。

 

「もし。イタリア王国からの使者の方とお見受けする」

 

 金髪の小柄な男。というより幼い少年である。

 その少年が、扉から顔だけを覗かせてそう言った。

 

「あぁ。この兵士達が反応を示さないから困り果てていたところだ」

 

「どうぞ、中へ。陛下は玉座におわします」

 

 少年の手招きにウィリアムらは目を見合せ、それから扉の中へと進んだ。

 

 彼は使用人のようで、小さなサイズではあるがしっかりとグレーのスーツに身を包んでいた。 確かにスーツを着る文化が浸透しているのだ。

 

 ガチャン。

 

 扉が閉められ、鎖に繋いだ南京錠で施錠される。

 

「あの兵士達は応対しないのか。中からでは来客に気づくまい」

 

「彼らの使命は外敵から宮殿の扉を死守すること。陛下のお声がかかるまで、一言たりとも喋らず、一歩たりとも動きはしません。それに、扉の内側には私が控えているので問題はないかと」

 

「それはそうだが……」

 

 宮殿の内部は最上階まで吹き抜けだった。外から見て窓が上部にしか無かったのはそれが理由だ。そのおかげで広大なキャンバスと化した内壁には、魔族と戦う騎士団や魔術師、それを率いる王の勇姿がびっしりと描かれている。 

 そして、何よりも皆を驚かせたのは昇降機の存在だった。

  宮殿内に階段はなく、天井から滑車に噛ませて吊り下げられた太い鎖に乗用車程度の大きさの木製のゴンドラがついているのである。これにはウィリアムも声を漏らして感嘆した。

 

「これは、エレベーターか……」

 

「よくご存知で。どうぞお乗りください」

 

 正方形に入り口だけが設けられた簡素なゴンドラの中では、二人の屈強な男が仁王立ちをして待機している。彼らはスキンヘッドに半裸で、日焼けした肌はうっすらと汗ばんでいた。

 その男達の前にレバーらしきものがある。それを彼らが交互に倒してゴンドラを昇降させるのだろう。

 

「なんですかこれは」

 

「この小部屋に入るのかしら」

 

 チェザリスとベレニーチェは英語が話せないので、その箱に入る理由がよくわかっていないようだった。 

 扉のない開きっぱなしの入り口の為、高い位置にある時は注意が必要だ。転落してはひとたまりもない。扉の兵士達の警備に加えて、この画期的な仕掛けのおかげでイギリス国王の守りは鉄壁だろう。

 

「上へ参ります」

 

 ゴンドラに全員が乗り込んだのを確認すると、少年がフロアからそう言った。

 彼はついて来ないらしい。当然、別の来客があっては困るので、持ち場である大扉の内側を離れるわけにはいかないのだ。

 

 ガチャン!ガチャン!

 

「えいやっ!」

 

「そいやっ!」

 

 息ぴったりのリズムで、屈強な半裸の男達がゴンドラの床にあるレバーを左右に動かし始めた。ガラガラとゴンドラを吊っている鎖が巻き上がっていき、エレベーターが上昇を開始する。

 

「えっ!部屋が上に……!」

 

「これは……井戸の水を組む桶と同じ仕組みなんですね!」

 

 ベレニーチェは動き出したエレベーターの役割と仕組みを理解できたようだ。

 

「ふん!」

 

「えいやっ!」

 

 むさ苦しい男達のかけ声と、無機質な鎖の巻き上がる音を聞きながらの移動。内壁の壁画が最上部まで続いていたのは不幸中の幸いだ。どうやらイギリス合衆国建国までの道のりを現した作品のようで、エレベーターが停止する直前に各々が目にしたのは、このバッキンガム宮殿の真上に後光が射し、風に吹かれるユニオンジャック(イギリス国旗)を手にした王の雄々しき姿だった。

 

……

 

 ガチャン!

 

「……着いたな」

 

 エレベーターを動かしていた男達は息を切らしているだけで何も言ってこない。

 彼らもまた、大扉の前にいた兵士達と同じく、自らの使命以外の行動は許されないのだ。

 

 ゴンドラの外には、玉座があるであろう半円形の部屋。そこへ入室する為の唯一の扉は、ぴったりとエレベーターの入り口の大きさと一致していた。小ぶりではあるが、これもまた純金製である。

 

 ギィ……

 

 扉が部屋の方へ引かれた。やはりここにも使用人は控えているのだろう。

 

「よくぞ参った。ミケーレから聞いておるぞ」

 

 だが、扉から姿を覗かせた初老の男の頭には宝石類を散りばめた立派な王冠が鎮座していた。

 

「なっ!?あなたは!?」

 

 扉が開いたからと室内へ歩を進めるわけにもいかず、ウィリアムはゴンドラの入り口で立ち止まって、仰天してしまった。イタリアの国王の名前を友人のように呼び捨てている事からも、間違いなく彼がイギリス合衆国の国王である事が分かる。

 

「うん?なんじゃ?余に会いに来たのであろう。早う入らぬか」

 

 そう言われ、ウィリアム達はようやく玉座の間に入った。

 

「そこにかけてしばし待て。湯を沸かしておったところだ」

 

 扉を閉めながら国王が言った。

 

 部屋にいたのは彼だけ。玉座は確かにある。 

 だが、その手前に茶会の準備が整ったテーブルがあるのは予想外だ。 

 始め、イタリア国王の気さくな態度にも驚かされたが、このイギリス国王の対応はさらにその上をいくものだった。護衛すらいないとは、今までの厳重な警備が何だったのかと思えるほど不用心である。 

 ベレニーチェとチェザリスは目をぱちくりさせて状況を把握しようとしている。

 

「陛下、まずはご挨拶をさせてもらいたいのですが」

 

「よいよい。茶を飲みながらでも名前くらい聞けるわ」

 

「はぁ……」

 

 ひれ伏す隙すら与えてもらえない。おおらか過ぎて逆にこちらが気をつかってしまうくらいだ。

 三人が仕方なく席に座ったままでしどろもどろしていると、アルコールランプで湯を沸かし終えた国王が、陶器のポットから四人分の紅茶をいれてくれた。

 

「さぁ、冷めんうちに」

 

「いただきます」

 

 ウィリアムがカップに口をつけ、他の二人もそれに習った。

 

「長旅、ご苦労であった。余がウィリアム・マンチェスターだ」

 

 やはり彼こそイギリス合衆国国王、ウィリアム・マンチェスターだった。 

 それを聞いたウィリアムが席をたって床に片膝をついて申告する。

 

「イタリアから参りました。使者団の責任者を仰せつかったウィリアム・バレンティノと申します。これはイタリア王国研究室長のベレニーチェ・シレア。これは護衛隊長のチェザリス少尉です」

 

「ほう!ファーストネームが余と同じではないか!そう畏まるな、椅子は座る為にこそある」

 

 そう言ってすぐに戻るよう促された。

 

「ははっ。この二人は英語が話せませんので、ご無礼をご容赦下さい」

 

 起立したベレニーチェ達をウィリアムが手で制し、再びカップに口をつけた。

 

「……どうなってるんですか?この御方が国王陛下でいらっしゃるんですよね」

 

 チェザリスが耳打ちしてきた。明らかに困惑している。

 

「あぁ、しかし国王とはどこでもこんな感じなのか?緊張感がまるで無いが……」

 

「私は素敵な方だと思いますわ」

 

 少しずつリラックスし始めたベレニーチェが言う。

 三人の中で唯一の女性だが、突然の茶会に対する適応力勝負は彼女に軍配が上がりそうだ。

 

「陛下、客人とお会いになられる際はいつも茶会を開かれるのですか。それに、この部屋には護衛もいないようですが……」

 

「うん?場合によるがな。護衛などおっては落ち着かぬ。危険だと言いたげだが……」

 

 国王がテーブルに身を乗り出して、対面に座るウィリアムに顔を寄せた。

 

「エレベーターに乗ってくる程度の人数では、余の首など取れん」

 

 国王の瞳は力を帯びている。この回答から、彼が担がれているだけの神輿ではない事がよく分かった。

 

「そうですか……おそれながら、存じ上げませんでした。陛下は武人でいらっしゃると」

 

「武人か。悪くない響きだが、ひとくくりにされているようで歯痒いな。余は剣術をはじめ、槍術、棒術、弓などの武術、さらには魔術の修練にも日々励んでおる」

 

「それは、確かに一筋縄ではいかないでしょう。御身を狙う刺客のような輩が現れたところで、陛下には指一本触れることすら出来ないのでは?」

 

 うんうん、と頷きながら国王が座り直す。やはり、相当な手練れのようである。

 

「中にはここまでたどり着く猛者もおった。だが、残念なことにかすり傷一つ負わなんだ」

 

「あまりご無理をなされませんよう」

 

「そうじゃ。イタリアといえば、タルティーニは健在か?あやつとの手合わせはなかなか楽しめたぞ」

 

 イタリア王国騎士団のタルティーニ中将のことだ。彼と渡り合えるということは、常人の域を脱していることになる。

 

「えぇ、ピンピンしてますよ。先日、大剣を振り回して魔物を追い払う姿を見たばかりです」

 

 国王はそうかそうか、と破顔したがすぐに神妙な面持ちになった。

 

「しかし、魔族の手は未だ止まぬか。ミケーレも頭を悩ませていることであろう」

 

「はい。我が君は民や兵を失うことを嘆かれております。そこで我々はこの世界の中心とも言えるイギリス、ロンドンにおいて魔族の情報を少しでも手に入れるべく参りました。どうか、お力添えいただきたい」

 

「もちろんじゃ。魔族に関する資料は軍部が持っておる。元帥へ協力を仰ぐとよかろう。話は通しておく」

 

「ありがとうございます。陛下、心ばかりではございますが、我が君より幾つかの品々を預かっております」

 

 謝礼を述べると共に、献上品の存在を示した。

 

「それはありがたい。後で下におる使用人に渡してくれ」

 

「承知いたしました」

 

「どのくらいの滞在予定だ?来賓用の宿舎にそなたらの部屋を用意させる」

 

 国王が送り出した使者団なのだから、正直なところこの程度の対応は予想していた。

 始めからウィリアムは宿を用意する気はなかったのだ。

 

「数々のご厚意、誠に感謝いたします。滞在予定は未定でしたが、軍に資料としてまとめられているのならば、一月程度で調査も終わるかと」

 

 あえて資料と言い切ったが、図説や文章などの書物以外の物を期待したいところだ。たとえば捕虜、あるいは協力者を。

 

「そうか。宿舎や軍部に向かう際は、警ら中の兵を一人つかまえるとよかろう。無論、宮殿の守備兵だけは動かんがな」

 

「あの者達は国が誇る精鋭兵ですか?」

 

「選抜は元帥に任せておる。しかし皮肉なものだ。力ある者こそ最前線に出るべき時代に、一日中突っ立っているだけの仕事が最も重要視されるとは」

 

 忠臣達の王を思う気持ちも、やはりこの男には通用しないらしい。拒否していないので全く理解出来ないわけではなさそうだが。

 

「では行け、使者達よ。余はこれより新たな魔術の研究に入る。国の魔術師どもとの予定があってな」

 

 普段から戦士達と手合わせをし、魔術師達と研究を重ねる、正に国民の長らしい活動ぶりである。

 代わりに政治の方は大臣らに任せているのだろう、とウィリアムは感じた。イタリア国王とは違えど、このイギリス国王の在り方もまた、民に慕われる良き手本であると言える。

 いずれドイツ帝国やフランス王国の指導者たちとも会ってみたいものだ。

 

「ははっ。それでは失礼いたします。美味しいお茶、ご馳走さまでした」

 

 立ち上がると同時に頭を垂れ、ウィリアムが回れ右をする。

 

「馬車にもどるぞ」

 

「はっ」

 

「国王様、ありがとうございました」

 

 チェザリスは素早くウィリアムの前に進んで扉を開け、ベレニーチェはイタリア語ではあるが国王に礼を述べた。 

 意志は伝わったらしく、国王も右手をあげて彼女のお辞儀に顔を綻ばせる。

 

……

 

 再びむさ苦しい半裸の男衆が操るエレベーターで、今度は下っていく。 

 地上に到着すると、従者である少年の他に、白いローブを頭からすっぽりと被っている怪しい集団の姿があった。ローブにはテロリストのように目出し穴だけがあり、いくつかの目がウィリアム達を凝視していた。少年が宮殿の中へ通しているということは、この集団が国王の言っていた魔術師なのだろう。

 

「……」

 

 エレベーターから出ると、一言も発する事なく彼らがそれに入り、上昇していった。

 

「使者団の方々、お疲れさまでした」

 

「陛下との話が少々長くなってな。待たせてしまったようで、今の連中には悪い事をした。そうだ、イタリアからの献上品をお前に預けておくようにと陛下が仰せだ」

 

「左様でございますか。承ります」

 

 それからすぐに裏手の馬車を呼び寄せて、全員で荷物を宮殿内へと運びいれた。 

 車内がいくらか広々と使えるようになったおかげで、車中宿でも問題は無いのではという意見が出たが、国王の厚意だと、準備してもらった施設を予定通り利用することになった。だがそこへ行く前に、元帥とやらがいる軍部を目指す。

 

……

 

「すまない、道を尋ねたいのだが」

 

 馬車で移動を開始し、御者席にヘンリーと並んで座っているウィリアムが警ら中の兵に声をかけた。軍の施設は町中に点在しているので、イギリス出身のヘンリーもどこが本部なのかはわからないらしい。

 

「はい、どうなさいました」

 

 若い女性兵士が彼を見上げて応える。イタリアでは女性の軍人は皆無だったので珍しく感じた。 

 しかし装備は男性の物と変わらず鋼鉄の鎧兜に大きな槍。女だてらになどと油断していては簡単に叩き伏せられてしまうだろう。

 

「我々はイタリア王国から来た使者団なのだが、元帥のおられる場所に行きたいんだ」

 

「そうでしたか。ようこそロンドンへ。閣下でしたらおそらく今は訓練所で汗を流してらっしゃいます」

 

「そうか。任務中にすまないが案内を頼めないだろうか。陛下にそう言われてな」

 

「もちろんです。どうぞ、ご案内します」

 

 兵が快諾してくれたので、ウィリアムはその歩みに合わせる為に地面に足をつけた。

 馬車の速度が緩やかになった為、周りに展開して駆け足の移動をしていたガットネーロ隊はウィリアムと女性兵士の後ろを歩いて追従し始めた。チェザリスも馬から降りて手綱を引いている。

 

「陛下はそうだったが、元帥も気さくな人なのだろうか」

 

「私は陛下とお話した事はありませんが、元帥閣下は厳格なお人柄だと思います」

 

「そうか。きっと陛下にお会いしたら拍子抜けしてしまうぞ」

 

 気を緩めていたわけではないが、国王の時よりも緊張感を持って応対する必要がありそうだ。

 

「あちらの訓練所です」

 

 そうこうしている内に、目的地に到着した。

 宮殿から十分程度歩いたところである。道行く人々が馬車に気づく度に道を空けてくれたことも到着を早くした要因の一つだ。 

 訓練所は一階建ての母屋と、ぐるりと木製の高い柵で囲まれたグラウンドで構成されていた。母屋は石を積み上げて造られた一軒家に近く、そこで準備を行って併設されている屋外のグラウンドで訓練をするらしい。もちろん柵越しに中の様子は見えるので、ランニングをしたり模擬戦をしている兵士たちの姿が確認出来た。

 

「こちらへ。馬車は近くで待機させて下さい」

 

「ここから入るのか?」

 

 グラウンドに出るにはまず母屋に入る必要があるようだ。

 

 軍の施設のはずだが、見張りの姿はない。母屋には扉もなく、石造りの壁の一部がぽっかりと口を開いていた。

 そこをくぐるとひんやりとした室内。脱ぎ捨てられた鎧や武器が散乱しているが、ここには一人の若い男の兵士が見張りとして立っていた。その手には帳簿のような冊子と羽ペンが握られている。

 

「むっ?訓練希望者か?所属と階級を述べよ」

 

 どうやら誰が訓練所を利用したのか記録を残しているらしい。

 

「王国憲兵、第二十警ら隊のアリエル・ロイス伍長です。閣下はこちらにおられるか」

 

 少々横柄な態度だった見張りが姿勢を正す。ウィリアムには分からなかったが、おそらく見張りの彼の階級の方が低いのだろう。

 

「はっ!元帥閣下は組手の最中でいらっしゃいます!来客があれば随伴のジャクソン大尉にお取り次ぎするよう言われております!」

 

「頼みます」

 

「了解しました!」

 

 敬礼の後、踵を鳴らして回れ右をした見張りがグラウンドの中へ駆けていった。

 

……

 

 一分と経たずに、一人の将校を連れて見張りの兵士が戻ってきた。

 重装備の見張りとは違い、おそらく組手の訓練中だった将校は麻の茶色いズボンだけを履いて上半身は裸。少し息を切らしているように見えるが、数回深呼吸をしてその乱れを正した。

 

「ふぅ、失礼。客人とお聞きした。元帥閣下の副官、ジャクソンです」

 

 高い声。声変わり前の青年の声だ。 

 まず目を引く栗毛の長い髪が、後ろで一本に束ねられている。二重瞼に高い鼻、整ったその顔つきは驚くほど若く、横にいる見張りの兵士よりも年下に見えた。いや、実際にその可能性も大いにあり得る。 

 ここまで連れてきてくれた女性兵士が、「それでは私はこれで」と大尉とウィリアムに向けて敬礼をし、去っていく。

 

「イタリアからの使者、ウィリアム・バレンティノだ。陛下から元帥閣下にお会いするよう申しつかった。大尉、面通しを願いたい」

 

「なるほど、陛下からのご命令とあらば。しかし、今しばらくお待ち願いたい。閣下は頑固者でしてね。百人組手だ!などといって少し前から兵を投げ飛ばし続けておられる。私もその五十人目として投げられたばかりです。どうぞ、よければ見学でも」

 

「ほう、ついでにうちの護衛をしごいてもらうとするか」

 

「大歓迎です」

 

 すぐにウィリアムは母屋を出て、チェザリス少尉を呼びつけた。

 

「いかがなさいました」

 

「訓練だ」

 

「はい?」

 

 意地悪くにやにやと笑うウィリアムに向けてチェザリスが目をぱちくりさせる。

 

「カンナバーロとアマティも連れてきてくれ」

 

「はっ、了解しました。伍長、上等兵、聞いたな」

 

「えー?なんすか、訓練ってー?」

 

「了解です」

 

 馬車の見張りは御者のヘンリーに任せて、ガットネーロ隊の三人を連れ出す。

 

「大尉、待たせたな」

 

「それではどうぞ、ご案内します」

 

……

 

「たぁぁっ!」

 

「ぬんっ!わきが甘いわ!」

 

「うぁっ!」

 

 訓練所のグラウンド。 

 砂地に放り投げなれる半裸の兵の奥に、モヒカン頭のガタイの良い老人が見えた。

 元帥閣下とは彼の事だろう。

 

「ひぃ!なんですかあのじいさんはっ!」

 

 早速カンナバーロが怖じ気づいている。 

 組手というからには、対面して一対一で行われているものだと思っていたがそれは違った。中心にその元帥閣下を据えて、兵士らが周りを囲んでしまっているのである。 

 年老いているのはモヒカン頭が白いことから分かるが、兵士に囲まれていても頭一つ飛び抜けているそのおおきな体躯は筋肉の鎧に包まれており、力まで衰えているとは到底思えない。身体中傷だらけなのは常に最前線で戦い続けている何よりの証だろう。まるでタルティーニ中将の未来を見ているかのようだ。

 

「すごい覇気だな。まずは見学をさせてもらうぞ」

 

「は!?まさか訓練ってのはあのじいさんとっ!?冗談でしょう!」

 

「ええぃ!貴様らは腰抜けか!構わん、複数で同時にかかってこい!」

 

 カンナバーロの悲痛な叫びを覆い隠してしまうほどの怒鳴り声が響き渡る。兵士達は言われた通り、連携をとりながら元帥に襲いかかった。 

 ちぎっては投げ、またちぎっては投げ、という表現が適当だろうか。複数で同時に襲いかかったはずの兵士達が、次々と放られ、あるいは地面につき倒されていく。

 

「鬼だな、あれは。オーガと対峙しているのと変わらんぞ」

 

「バレンティノ殿は高みの見物だからそんな悠長な事が言えるんですよ!」

 

「伍長!少しは黙らんか!他国の将に訓練をつけてもらうなど、またとない機会だぞ!」

 

 腹の座った言葉でカンナバーロを叱責したのはもちろん分隊長のチェザリスである。アマティ上等兵は何を思っているのか、黙って組手の様子を見つめていた。

 

「……ん?誰じゃ!そやつらは!おい、ジャクソン!」

 

「はっ!」

 

 名前を呼ばれた大尉が元帥に駆け寄った。

 

「組手の最中だぞ!剣を下げているとはどういうつもりだ!」

 

「はっ!イタリア王国からいらした使者の方でいらっしゃいます!」

 

 確かにウィリアムを含め、武器は携帯したままだ。ガットネーロ隊に至っては、甲冑を着込んだ完全武装である。

 

「たわけ!」

 

 ブンッ!

 

 風を切る轟音。 

 なんと元帥はその太い腕でジャクソン大尉の首もとにラリアットを食らわせた。

 

「ぐっ!」

 

 元帥の腕を軸に、後ろ向きにひっくり返る形で一回転したジャクソンだったが、地には倒れず足をついた。偶然か意図したものか、数人の兵士が「おぉっ」とざわつく。

 

「そんなことは関係ないわい!どら、イタリアの田舎者に礼儀というものを教えてやらねばならんな!」

 

 兵の輪を押しのけながら、元帥がのしのしと近づいてきた。

 

「よし、貴様ら!かかってこい!」

 

 ウィリアムらを右手で指差し、左手の拳で自らの胸をドンと叩く。

 

「待て待て!閣下、非礼をお詫びする。すぐに装備を外して準備を整えさせるので待ってはくれないか」

 

 ウィリアムがそう返したが、元帥は鼻を鳴らした。

 

「そのままで構わん!さっさと剣を抜け!」

 

「正気か!死んでしまうぞ!」

 

「怖じ気づいたか!ならばこちらから行くぞ!」

 

「問答無用か!話の通じねぇジジイだな!」

 

 兵達はいつの間にかウィリアム達四人と元帥を囲うように移動し、もはや逃げ場は無い。 

 ウィリアムの悪態はイタリア語だったので、イギリス兵らには通じなかったが、ガットネーロ隊はそれを聞いて戦闘態勢に移行した。

 

「バレンティノ殿、間に失礼します!」

 

 元帥が両手をつきだしてウィリアムに肉薄してきたところへ、いち早くチェザリスが身体を割り込ませた。

 

 バシッ!

 

 掴みかかろうとする元帥の腕を手甲で外側へと払いのける。

 

「閣下、訓練であれば我々が受けます。バレンティノ殿にはお手を触れないでいただきたい」

 

「ほう?その装備で動けるか。使者の護衛というだけあって、精鋭ではあるようじゃな。よかろう、貴様が先だ」

 

 二ヶ国語がすれ違う。

 チェザリスと元帥の会話は成立していないはずだが、意思の疎通は出来ている。

 

「よろしくお願いします」

 

「よっ!隊長!ちゃちゃっとじいさんをたたんじまって下さい!そしたら俺達は稽古をつけなくてよさそうなんで!」

 

 カンナバーロの野次を無視して、チェザリスが両手の拳を軽く握って構える。

 投げ技ではなく打撃で応戦するようだ。確かに身体の大きな相手をいきなり投げ飛ばそうというのは無謀である。

 

「そこのやかましい小僧が次じゃな!剣は抜かんのか?……ぬんっ!」

 

 右肩からの強烈なタックル。腕を伸ばして掴みかかられるより、はるかに回避しやすい動きだ。 

 チェザリスはひらりと身をひねってそれを避け、元帥と立ち位置を入れ換えて再び向き合う。

 

「その程度では倒れませんよ!」

 

「ふははっ!甘いわ!」

 

 カキン、と甲高い鉄の音がして、その場にいる全員が驚愕した。

 元帥の手に、チェザリスが下げていた士官用のショートソードが抜き身で握られていたのである。タックルを避けさせた一瞬の隙に奪ったのだ。

 

「さぁ、腕の一本くらいは覚悟してもらうぞ!」

 

 だが、振りかぶろうとした元帥の右手がぴたりと止まる。

 

 いや『止めざるをえなかった』のだ。

 

「ぬぅ……っ?」

 

 彼の喉元。

 そこにカンナバーロ自慢の槍。その刃先が突きつけられたのである。その隣では矢をつがえたアマティが弓を構えていた。

 

「なにやってるんだ、じいさん?ウチの隊長を斬る気か?」

 

「隊長、状況が読めません。どうしますか」

 

 元帥の早業も見事だったが、ガットネーロ隊も負けてはいない。さすが、タルティーニ中将のお墨付きといったところか。

 

「ほう……!面白い!やってみろ!」

 

 バシュッ!

 

 元帥が空いている左手で槍の刃をどけようとした瞬間。アマティの弓矢が放たれ、元帥の足元の土に突き刺さった。

 

「……」

 

「次は当てる。隊長の剣を捨てろ」

 

 アマティの忠告は確かに伝わったはずだ。言葉以上に。 

 しかし、元帥はにやりと歯を見せて笑うと、突きつけられているカンナバーロの槍を素手で掴んだ。

 

「あん?怪我したいのか……んっ!?」

 

 カンナバーロの声に焦りが混じる。恐らく引き抜こうとしたのだが、それがかなわなかったのだ。

 

「ははは!そぉら!」

 

 槍の刃を掴んだ左手を上げる。柄を握るカンナバーロの身体がわずかに宙に浮いた。槍の剛性も大したものだが、恐るべき怪力である。

 

 バシュッ!

 

「ぬんっ!」

 

 すかさず届いたアマティの援護射撃を元帥は右手の剣で払い落とす。木製の矢は真っ二つに斬れて地面に落ちた。

 

「そりゃぁっ!」

 

「うぉぉっ!?」

 

 元帥が左手をさらに上げて手を放す。槍がしなるが、手を放さなかったカンナバーロはそのままアマティの方向に投げ飛ばされた。

 

 ガチャン!

 

「ぐぁっ!」

 

 カンナバーロとアマティは折り重なって倒れてしまった。興奮したイギリス兵から喝采が上がる。

 

「油断しておる時間はないぞ!」

 

 さらに、チェザリスに向けて元帥が横に剣を振る。あわや斬殺されてしまうかと思ったが、チェザリスが上体を後ろに倒し、切っ先は鎧の表面を削っただけにとどまる。 

 チェザリスが体勢を立て直すよりも早く、元帥の追撃が迫った。上段からの降り下ろし。まともに食らえば怪我では済まない。

 

「畜生!訓練ではなかったのか!」

 

 部下を殺られてはたまらないと、ついにウィリアムは剣を引き抜いた。 

 刃が鞘に擦れる感覚、真っ赤な魔剣がその姿を現す。未だその重量に耐えうるベルトの準備は出来ていないので、左手でそれを支えるようにして移動するしかない。そのせいで左手は鞘に添えたまま、一歩、前に跳躍して右手だけで魔剣を振り上げる攻撃になった。

 

「ほう!抜いたか!」

 

 魔剣とショートソードがぶつかる。

 

 ドンッ!

 

「ぬぅ!?」

 

 爆発音と閃光。

 

 魔剣の力は元帥の巨体を吹き飛ばし、周りを囲む兵士のギャラリーの中へ突っ込ませた。

 

「魔剣士か……!?ふはは!やりおるわ!」

 

 尻餅をついている彼を支えようとする兵士らをかき分け、元帥は立ち上がった。

 

「貴様!ふざけるのも大概にしておけよ!いきなり斬りかかるとは、それでも騎士団の長か!恥を知れ!」

 

「言うわ!礼儀知らずの田舎者が!」

 

「双方、やめい!」

 

 訓練が殺し合いに発展してしまうのでは、と皆が固唾を飲んでいると、そんな声が聞こえた。 

 ウィリアムが振り返ると、なんとそこには先ほど別れたばかりの国王の姿があった。宮殿の外だというのに彼は護衛すらつけていない。

 

「陛下!?どうなさいました!」

 

 これにはさすがの元帥もしどろもどろである。剣を地面に突き刺し、敬礼をすると、全兵士がそれに習った。

 

 ウィリアムらも納刀してひれ伏す。

 

「たまたま通りかかっただけだ」

 

「さ、左様でございますか」

 

 国王には魔術師達との予定があったはずだ。しかし、それを知るのはウィリアムだけである。

 彼は魔術も会得しているという事だったので、何らかの方法でウィリアムの動きを監視していたか、あるいは訓練所での不穏な空気を察知したのだろう。

 

「うむ。なにやら騒がしいと思って顔を出してみれば、つまらぬ争いが起こっていたのだ」

 

 咎められて当然だと一同が身構えるが、やはりこの国王の考え方は少々変わっていた。

 

「余も加えてくれ」

 

 微笑みながらそんな事を言うのだから、たまったものではない。

 

「なっ!?陛下!何をおっしゃいますか!」

 

「ははは!それは残念だな。……元帥、この者達は魔族の研究の為にはるばるやって来た客人だ。協力してやってはくれまいか」

 

「そうでしたか……陛下にそう仰られては仕方ありますまい」

 

 敬礼の姿勢を崩し、元帥が軽く頭を下げた。

 

「最初から聞く耳を持たなかったくせによく言うぜ」

 

「ふん」

 

「では、頼むぞ」

 

 ウィリアムの言葉に元帥は顔を背けたが、国王はそれ以上は特に何も言わずに踵を返した。

 

 彼の姿が訓練所から見えなくなると、ようやく皆が硬直していた身体の力を抜く。

 

「再開とは言わせんぞ、閣下」

 

「分かっておるわ!」

 

 がなり声でそう返し、元帥の手からショートソードが放られる。地面に当たってカシャン、と鳴ったそれをチェザリスが拾い上げ、鞘に納めた。

 

「ジャクソン!以後の訓練は貴様が引き続き行え!野暮用が出来たのでな!」

 

「はっ!」

 

「ついて来い、田舎者ども」

 

……

 

 見張りの兵士の敬礼を受けながら訓練所の母屋を出たところで、元帥は指笛を鳴らした。 

 タタタッ、タタタッ、とリズミカルな蹄の音を立てながら黒毛の馬が駆けてくる。鞍もつけず、手綱もない裸馬である。自身も半裸のままで、元帥は馬に跨がった。

 

「服くらい着ちゃどうだ。見てるこっちが寒くなってくる」

 

 馬車を呼び、御者席のヘンリーの隣に座ったウィリアムが言う。

 

「たわけ!魔剣なぞに頼っておるからそんな貧弱な考えにいたるんじゃ!さっさと行くぞ……やぁっ!」

 

 馬の腹を蹴り、颯爽と飛び出す元帥。

 

「おい!クソッ……少尉、先行しろ!元帥を見逃すな!」

 

「了解です!」

 

 騎乗していて軽快に走れるチェザリスを行かせ、馬車はさらにその後ろから元帥を追った。

 

「ヘンリー、あれについて行けるか?」

 

「何人か人をはねちまっても良ければ行けまさぁ」

 

「……それは遠慮しておこう」

 

……

 

……

 

 イギリス合衆国軍、本部。

 

 バッキンガム宮殿の様な高さはないが、こちらも塔の形をした細長い建物だった。高ければ高い程、イギリスでは権力の象徴にでもなるのだろうか。 

 目測だが、軍本部の面積はバッキンガム宮殿と変わらず、高さは三分の一程度だろう。しかし、そのカラーリングは奇っ怪な物だった。

 

「迷彩柄……?冗談だろう?」

 

 下馬し、腕を組んで仁王立ちをしている元帥の目の前に停車したウィリアムの口からはそんな言葉が漏れる。 

 そう。塔の外観は現世の軍人が着用する迷彩柄の戦闘服と同じ模様だったのである。深い緑、淡い緑、そして黒や茶色に配色されたまだら模様は、ウッドランドカムフラージュと呼ばれている。

 

「遅いぞ!イタリアの田舎者!いつまで待たせるつもりじゃ!」

 

「馬車と馬の速度の違いも知らんのか貴様は」

 

「ふん!イギリスの馬車はもっと早いんじゃ!妙な訛りの英語を話しおって!」

 

「少尉、ベレニーチェを呼んでこい。中には宮殿に入った時と同じメンバーで行くぞ」

 

「承知しました」

 

 いつまでもガミガミと怒鳴る元帥を無視して、ウィリアムはチェザリスに指示を出した。

 

 石造で円筒形、迷彩柄のその建物は、近くで見るとカラーリングの黒色の部分に合わせて多数の小さな穴が空けられており、そこから射手がこちらを覗いているのが見えた。もし一斉に矢が放たれたら、一瞬にしてサボテンのようになってしまうに違いない。降り注ぐ雨を避けれる超人ならば話は別だが。

 守備兵の多さはさすが軍の本部と言うべきか。街の城壁の上に配備されていた兵員数をも凌駕している。 

 バッキンガム宮殿は入り口や周りの警備こそ厚かったが、屋内には戦闘員は一人としていなかった。もちろんあの変わり者の国王を除けば、である。

 

 ベレニーチェがスカートの裾を軽く両手で持ち上げて馬車後部から降りてくる。まるで貴婦人のような仕草だ。

 

「ほう……」

 

 品定めをするかのように、元帥が彼女の顔をじっと見た。

 心なしか、建物内の射手達の視線にも歓喜の色が浮かんでいるように感じる。

 

「ほう……じゃなくて、さっさと行くんだろうが。スケベじいさんよ」

 

「むっ!?うぉっほん!馬鹿もん!そんなわけがあるか!ほら、中に入るぞ!」

 

 ウィリアムに指摘されて少しばかり慌てた元帥だったが、大きな咳払いをして一同を招いた。

 入り口は茶色く錆びついた正方形の鉄の門。網の目になっていて一階のフロアは見える。馬がギリギリ通れる程度の高さに、幅は三人が並んで歩ける。仕組みは上に引き上げて人を通過させるものだ。

 表に立つ衛兵は二人。バッキンガム宮殿の扉を守る特別な兵士とは違い、一般の軍人である。

 

「おかえりなさいませ、閣下」

 

 その二人がビシッと敬礼をする。もちろんその元帥閣下が半裸なのには一切触れない。

 

「閣下、ブライアン陸軍准将とスティーブン海軍少将がいらっしゃっています!オフィスでお待ちです!」

 

 鉄骨の門が上がる轟音に負けないように、衛兵の一人が大声でそう申告した。

 

「そうか、それはちょうど良かったわい」

 

 開ききった門の下をくぐりながら元帥がそう言った。

 ウィリアムとチェザリス、ベレニーチェも続く。

 

 一階はゴツゴツとした石の内壁。

 上階へと続く階段が正面にあるだけだった。壁画でいっぱいだった宮殿と比べたら地味なのは言うまでもない。 

 その階段をまっすぐ上がると中二階で奥の壁に突き当たり、踊り場から壁づたいに左右へと階段が伸びていた。もちろんその左右の階段は円筒形の建物にそってカーブを描いている。どちらも結局は二階でつながるが、元帥は左の階段を選んで歩を進めた。 

 この辺りから階段の途中で射手達とすれ違い始める。外から見えていた彼らの持ち場の穴は、階段部分の壁だったのだ。一人一人とすれ違う度に敬礼とハキハキとした声が飛んでくるが、元帥は足を止めずにずんずんと進んでいった。

 

 二階。中央に廊下。左右には食堂や詰所、診療室などが並び、主に兵士の為のフロアになっているようだ。いずれにも入室はせず、廊下を突っ切って一番奥。さらに上へと伸びる階段に向かう。

 

 そして三階。左右に部屋が並ぶのは二階と同じだが、その全てに名前の表示された木札がある。士官用の個室だ。

 突き当たりにあるのは階段ではなく個室。つまりここが最上階だと分かる。

 

「着いたぞ、入れ」

 

 そしてその部屋こそが司令官室。元帥のオフィスであった。

 

 さすが、奥に構えているだけあって、広さは相当なものだ。

 半円の形をした元帥のオフィスは国王のいた玉座の間よりもよっぽど広々としている。内装は石床に黒と緑のカーペット。壁には国旗や団旗などの旗がいくつもかけられ、中央に大きな談話用のテーブルとソファー。そしてその奥に、書類が山積みになったデスクがあった。

 

「閣下、お疲れさまです」

 

「おっと、お邪魔させてもらってるよ、じいさん」

 

 対面する形で左右のソファーにかけていた二人の軍人が起立し、元帥に敬礼した。

 

 左の坊主頭の中年の男は、この司令部と同じ迷彩柄の野戦服。左胸には色とりどりの勲章が輝いている。 

 右にいる若者は黒地でボタンや襟には金色の装飾が施された軍服姿。真っ赤に染めた長い髪をだらしなく肩に垂らしていた。

 

「こらぁ、スティーブン!誰がジジイじゃと!」

 

「へいへい。早く頭の血管が切れるといいな」

 

「貴様ぁ!」

 

 礼儀礼儀とうるさかった割には部下であるスティーブン海軍少将の扱いには手をやいているようだ。カンナバーロ伍長の態度に悩まされているチェザリス少尉と似たようなものである。

 

「じいさん、痴話喧嘩に付き合わされる為に俺達を招いたんじゃないだろうな」

 

「分かっとるわ!……む!?お前もジジイ扱いはよさんか!」

 

「ははは!じいさん、面白い客を連れてるじゃねーか!おい!お前ら、こっちに座れよ!ゆっくりしていってくれ」

 

 ウィリアムの言葉にスティーブンが上機嫌で手招きをする。自分以外にも元帥をからかう人間がいたのが嬉しかったようだ。

 

「ここはわしの部屋じゃろうが!」

 

 まるで自室であるかのようなスティーブンの振る舞いに元帥が再び怒鳴った。

 

 スティーブン海軍少将が移動し、元帥やブライアン陸軍准将と並んでソファに座る。

 今までスティーブンが座っていた対面のソファにはウィリアムとベレニーチェが座り、チェザリスは起立したままウィリアムの真後ろに控えた。

 

「で、コイツらは何者なんだ?」

 

「イタリアの使者だと。陛下から協力してやるように仰せつかったもんでな」

 

「ふーん。俺は海軍のスティーブンだ。こっちは陸軍のブライアン。そんでこの半裸の変態モヒカンじいさんがモリガン元帥閣下様。モヒカンでモリガン。分かりやすくていいだろ」

 

「俺はウィリアム・バレンティノ。使者団の責任者だ。隣の娘はベレニーチェ・シレア、王国の研究室長で魔術師。後ろに立ってる若いのが護衛隊の隊長、チェザリス少尉だ」

 

 互いに仲間の紹介をし合う。

 ブライアンやベレニーチェは愛想よく笑みを浮かべるが、チェザリスは無表情、元帥はスティーブンが場を仕切るのが気に入らないらしく顔をしかめた。

 

「イタリア国内、首都ローマでは未だ魔族による襲撃の被害が絶えない。だが先日、魔族が母語として英語を使用している事を知った。ご覧の通り、俺は英語が理解できるからな」

 

「それで、英語圏の代表格であるイギリス合衆国に赴いたってわけか。確かに奴らが英語を使うのは判明している」

 

「やはりな……何か資料はあるか。開示してもらうとありがたいのだが」

 

 すると、うおっほん!と元帥が咳払いをしてウィリアムとスティーブンの会話を中断させた。

 

「そこで、こやつらが来ておって丁度良かったと言うわけじゃ」

 

「ん……?」

 

「イギリスの騎士団、つまり軍隊は二分化されておる。それが陸軍と海軍じゃ。それぞれの頂点を務めるのがここにおる二人での。お前の要求に応えてやるにはどちらにせよ、こやつらに連絡をせねばならんところだったのじゃ」

 

 スティーブンは赤髪を指でかきあげ、舌を出して苦い顔をした。

 

「じいさん、頂点だなんておこがましいんだよ。俺は気楽にやりたいの。第一、海軍には何人か俺の上にもお偉方が控えてんだろ。アイツらが聞いたらどう思うだろうな」

 

「どうでもよいわ、そんな細々とした話はっ!海軍が持つ資料の開示程度、貴様の権限でよかろう!」

 

 スティーブン海軍少将の他にも、位の高い将校が何人かいるのだろう。

 ただ、准将以上の将官ともなれば頂点に立っているという表現も大きく間違ってはいない。

 

「閣下、私もそれには異論がございます。陸軍にも大将と中将がいらっしゃいますので、私がしゃしゃり出るわけには……」

 

「ブライアン、お前まで何を言うか。魔族の資料はそう重要な機密事項ではないはずじゃ。むしろ同盟国に開示しておいて損はあるまい」

 

「それはそうですが……」

 

 ブライアンは真面目で物静かな性格のようで、それ以降は黙りこんでしまった。

 

「あまり多くはないが、ここにも資料はある。貸し出してやるから書き写すなり何なり好きにせい」

 

 そう言って立ち上がった元帥が、デスクの上から数冊の冊子を取ってウィリアムに放った。

 

「おっと……危ない!助かるよ、ありがとう」

 

「礼などいらん。海軍と陸軍のものは後日届けさせるか、取りに行け。それでよいな」

 

「あぁ、問題ない」

 

 ウィリアムが冊子を後方に差し出すと、チェザリスがそれを受け取って脇に挟んだ。

 

「ところで、スティーブン。貴様らはここに何の用だ。まさか談笑するのが目的じゃなかろう」

 

「客の前で軍事機密をほいほい話して良ければ応えてやるぜ」

 

「……じゃあ、俺達はこのあたりで失礼するとするよ。またな、じいさん」

 

 ウィリアムが起立し、終始会話の内容が分からずとも笑顔を振り撒いていたベレニーチェも腰を上げた。 

 チェザリスが扉を開いて今まさに退室しようとした時……

 

 カンカンカン!カンカンカン!

 

 警鐘の音が鳴り響く。

 

「これは……まさか!」

 

 ローマでの悲劇が思い出され、ウィリアムは振り返って元帥達のいる室内を見やった。

 

「出おったな、魔族め!市街地戦ならば貴様の出番だぞ、ブライアン!」

 

「はっ!必ずや追い返します!」

 

 ブライアンが踵を鳴らして敬礼し、ウィリアムの横をすり抜けていった。

 やはり敵襲らしい。

 

「どれ、わしも一つ暴れてくるか!」

 

 部隊の指揮は准将に任せて、自分は好き勝手に駆け回るつもりらしい。

 

「じいさんにしろ、陛下にしろ、この国はお偉方が元気でなによりだぜ」

 

 スティーブンはまるで興味がないらしく、ソファーに転がって目を閉じてしまった。

 

「ふん!若僧は腰抜け揃いじゃな!」

 

「へいへい」

 

 ひらひらと手を振るスティーブンを怒鳴りつけ、元帥は大股で扉に向かってきた。

 

「む?まだおったのか?聞いただろう。魔族の侵入じゃ。すぐに仲間をどこかに避難させておけ。馬車の中なぞイイ的になってしまうぞ」

 

「裸一貫で行くつもりか?」

 

「バカもん!装備くらいつけていくわい!」

 

 大きな右手でむんずとウィリアムの肩を押しやり、元帥はずんずんと廊下を歩いていった。

 

「チェザリス」

 

「はっ」

 

「敵襲だ。早急に来賓用の宿舎に退避したいところだが、案内を頼めるほどイギリス兵も暇じゃないだろう」

 

 今、外を出歩くのは極めて危険である。

 

「いかがいたしますか」

 

「残りの仲間もこの建物に入れてもらおう。馬車にいるより安全だ」

 

「バレンティノ様、でしたら私達も戦いませんか?」

 

 ベレニーチェの言葉にウィリアムは耳を疑った。

 

「少尉、一刻を争う。先に下りてみんなを室内へ。衛兵も止めはしないだろう」

 

「了解しました!」

 

 鉄の鎧がガチャガチャと鳴る。

 

「ベレニーチェ……何を言ってるんだ?わざわざ危険を冒す必要があるのか」

 

 チェザリスに先行させたところで、ウィリアムはベレニーチェと肩を並べて歩き始めた。

 

「いいえ。喜んで戦場に向かうわけではありませんわ。ただ、ここは私達の第二の故郷となる街です。一人でも多くの民、一つでも多くの民家を守る事が出来るのであれば、私達はそれに尽力しても良いと思うのです。それが、力ある者の使命ではないでしょうか」

 

「ううむ」

 

「個人的に、ローマでは戦闘中に城から出ることはありませんでした。ロンドンでも、配置から動けない兵士も多いはず。もちろん街に展開している部隊もありますが、彼らの目の届かないところで息絶える人々も大勢いるはずです」

 

 ローマでは結界を張るばかりだった彼女は、都市部での魔族の襲撃を放ってはおけない気持ちが人一倍強いのだ。

 

「もちろん言いたい事は分かる。だが、俺は仲間全員の命を最優先に考えたい。たとえ十人、百人の民間人を助けても、代わりに一人の仲間を失ったとしたら意味が無いんだ。命の重さを比べてはいけないだろうが、イギリス遠征の目的を見失ってはいけない。誰かが欠けては、任務の遂行が出来なくなる危険性があるんだからな」

 

「……ではせめて、近隣の住民をこの建物の中へ避難させるよう呼びかけましょう。自宅に閉じ籠ったとしても、魔族は容易に扉を破壊して入って来てしまいますわ。射手が配備されているこの基地ならば安心です」

 

「それは概ね賛成だが、イギリス軍の承認が必要だな。かけあってみよう」

 

 一階に到着すると、チェザリスが仲間を招き入れているところだった。予想通り、客人の連れ合いだと分かっている衛兵は、それを黙認してくれている。

 

「ご命令の通り、全員退避させました」

 

 申告したチェザリスに頷く。

 

「バレンティノ殿、魔族が出たらしいですな。この老いぼれも何か出来れば力を貸しますぞ」

 

「旦那、あっしは馬車が心配でさぁ。滞在中にもう少し装甲を強化するかな。しかしそうなると重量が……」

 

 錬金術師のムッソリーニと御者のヘンリーがそう言った。

 

「衛兵」

 

 彼らに言葉を返すより先に、鉄骨の門の内側から外に立っている兵士に呼び掛ける。

 一人が振り返った。

 

「どうされた、客人」

 

「なに、仲間をかくまってくれて助かったと一言伝えたくてな」

 

「あぁ、礼には及ばんさ」

 

 その兵士が親指を立てる。

 

「近隣の住民はここへ避難させないのか」

 

「魔族の襲撃時には、どこでも良いから近くの建物に隠れるように決められている。時にはここを訪ねてくる一般人もいるぞ。だが安心しろ。今回、奴らは訓練中だったブライアン陸軍准将閣下の直属騎兵団の目の前に現れたらしい。奴らにとっては不運だったな。ここから数マイル西だ」

 

「ほう。名前からして精鋭だと察するが」

 

「あぁ。勇猛果敢な騎兵団だ。きっと彼らが身を呈して魔族共を打ち砕いてくれる」

 

 ベレニーチェの方に振り返る。

 

「襲撃を受けている場所はここから離れているらしい。しかも、騎士団の目の前だと。あまり気にしなくてよさそうだぞ」

 

「そうですか……騎士団の方々のご武運を祈りましょう」

 

 ドンッ……!

 

「……なんだ!?」

 

「えっ!?バレンティノ様、これはっ!」

 

 突然の爆発音。それもかなり近い。使者団や兵士にも一気に緊張が走った。

 

「おい!衛兵!一体どうなってる!」

 

 ドンッ!

 

 表に立つ兵士の返事よりも先に、次の爆発音が響いた。そして、門の外に広がる街並みの内、数軒の家屋から火の手が上がる。

 

「まさか、魔族には別動隊がいたのか!?おい、衛兵!」

 

「我々には分からん!とにかくここは死守するから奥にいてくれ!確認には向かえない!」

 

「行きましょう……!」

 

 杖を取り出したベレニーチェが力のこもった視線を送ってきた。

 

「クソッ……そうするしかなさそうだな。だが、あまりにも危険ならば俺達もすぐに退避するぞ。チェザリス、アマティ!随伴してくれ」

 

 ガットネーロ隊からその二人を選抜し、カンナバーロ伍長のみをこの場に残るメンバーの為に残しておく。

 

「出してくれ」

 

 ガラガラと音を立てながら鉄の門が上がる。

 

「おい、出る気か!?危険だぞ!」

 

 外にいる衛兵がそう言ってウィリアム達を止めようとしてきた。

 

「俺達だって行きたくはないさ。だが、頼みの騎士団様は離れた所で交戦中だろ?他の兵隊はどの辺をうろついてるのか良く分からんしな」

 

「お、おい!」

 

「強敵がいたり、奴らが多数だったら引き返してくる!その時はすぐに門を開けてくれよ!」

 

 火の手は目と鼻の先だ。ウィリアム、ベレニーチェ、チェザリスとアマティは駆け足でそこへ向かった。

 

……

 

……

 

 炎が舞い上がる。 

 家が焼け落ちる轟音。子供の悲鳴。男の怒鳴り声。石畳の道路上には、八体のリザードマン。そして、斬り殺され、食いちぎられた人間の死骸がいくつも転がっていた。

 

「……!」

 

 ベレニーチェの目が豹変する。瞳孔が開き、いつもの可愛らしい表情は消え去ってしまった。

 

「八体か……」

 

 相手をするには多すぎる。殲滅するのは不可能だろう。

 武装は槍や斧などの得物を持つ者が六体、残る二体は大柄な木杖を持っている。おそらく魔術を用いる兵種だ。

 

 幸い、まだこちらには気づいていない。しかし……

 

「発火ぁぁぁぁっ!!」

 

「ベレニーチェ!?よせ!」

 

 怒りの感情を露にしたベレニーチェが、リザードマンに向けて術を発動させてしまったのだ。一体が炎に包まれ、残る集団は一斉にこちらを向く。

 

「まずい!アマティ!」

 

「援護します!」

 

 チェザリスが叫びながら剣を抜いて数歩前に出る。その頭上を矢が飛んで行った。

 

「ギャァゥ!!」

 

「グォォ!!」

 

 矢が身体に刺さり、数体が鳴き声を上げるが、接近される勢いを少々弱めるくらいにしかならない。それどころか、発火の魔術で全身が燃え上がっていた一体も、炎が消えるとこちらへ走り寄ってきた。

 魔術も矢も、まるで効いていないわけではないが、やはり強敵である。

 

「放電っ!」

 

 閃光を帯びた雷がベレニーチェの杖先からほとばしる。

 

 ゴォン!

 

 突撃してくる一団に命中する直前で、放電が消失した。

 

「結界……!?」

 

 敵の後部に控える木杖持ちの二体。そのリザードマン達がベレニーチェの術を打ち消してしまったようだ。

 

「駄目だ!まるで歯が立たない!逃げるぞ!」

 

「しかし……!」

 

 悔しそうなベレニーチェの手を引き、ウィリアムは後退し始めた。 

 前衛を任されていたチェザリスと敵の集団の距離は数歩のところである。

 

「上等兵!バレンティノ殿の離脱を最優先するぞ!」

 

「了解です!」

 

「な……!?お前達も早く退け!」

 

 踏み留まって囮になろうとするガットネーロ隊。もちろんそんなことをすれば命の保証は無いのは分かりきっている。

 

「うぉぉっ!」

 

 神木製の盾を前に、チェザリスは剣を力の限り右に左にと振り回した。これは牽制の為で、敵に当たりはしない。 

 ビュッ、ビュッと断続的に放たれるアマティの弓矢。こちらは見事に全て命中し、ようやく一体のリザードマンが倒れた。 

 しかし、ついにチェザリスの所にたどり着いた別の一体が、斧で彼の盾を弾き飛ばした。

 

「……っ!」

 

「グァァウ!人間め!殺してやる!」

 

 英語で叫ぶリザードマン。 

 振り上げた斧がチェザリスの頭蓋骨を叩き潰すと誰もが戦慄した時、金色の王冠に宝剣を手にした人物がどこからともなく躍り出て来た。

 

 ガン!

 

 両手で握りしめたきらびやかな剣が、敵の斧の凶刃を止める。

 

「……陛下?」

 

 ウィリアムがこぼす。

 

「間に合ったようだな……と言いたいところだが、一部始終観戦させてもらっておったぞ」

 

 またしても颯爽と現れたイギリス国王、ウィリアム・マンチェスター。リザードマンの剛力にも負けず、双方の刃はピタリと静止している。

 

「グルル……貴様、国王か……」

 

「馬鹿な貴様らにも分かるよう、王冠は手放さんようにしておる。首が欲しければ、取ってみるがよい!」

 

 ガチン!と激しい火花を散らして宝剣が斧を弾く。リザードマンは追撃される前に、冷静に後ろへ跳躍して距離を離した。 

 敵の一団は強敵の出現に突撃を中止、その場でにらみ合う形となった。

 

「大丈夫か」

 

 唖然とするチェザリスの肩を叩く国王。ウィリアムもそのまま逃げるわけにはいかず、チェザリス達の所へ戻る。

 

「陛下、俺の兵を助けていただきありがとうございました。しかし、御身をご自愛下さい。ここはあまりにも危険です」

 

「民を見よ、ウィリアム」

 

「……は?」

 

「民を見よ。引き裂かれ、食いちぎられた民を」

 

 国王は一面に転がる人の死骸を指差した。

 

「余の力が及ばぬ証拠だ」

 

「……いえ、我々がやられてしまう前に駆けつけて下さっただけでもご立派です」 

 

「陛下ぁぁぁぁぁっ!!」

 

 今度は何だと一同が目をやると、野太い声と馬の蹄の音を響かせる元帥が登場した。

 間違いない。これで形勢逆転だ。

 

「むっ、邪魔が入ったな」

 

「邪魔とは何ですか、陛下!外敵との戦闘中だけは出歩かれませんよう、あれほど申し上げたというのに!しかもお一人ではありませんか!」

 

 馬上から降り、唾がかかる程の至近距離で元帥が国王にまくし立てている。大柄な身体に白銀の鎧、緑色のマント、片刃の大きな斧を持つ姿は迫力満点だ。 

 両耳を手で塞いで本当に嫌そうな表情をしている国王に、ウィリアムは緊迫した状況を忘れて吹き出してしまいそうになった。

 

「まぁ待て、じいさん。あんたも軍の連中からしたら似たように思われてるぞ。トップが一人でうろついてんのは普通じゃ考えられない」

 

「田舎者は黙っとれ!……陛下!聞いておられますか!?何ですか、その手は!」

 

 横槍を入れたウィリアムを一蹴し、さらに国王の顔に唾を飛ばす元帥。

 

「よし、モリガン。どちらが多くのトカゲを仕留めるか、余と勝負しようぞ。あやつらは民の命を奪った憎き相手じゃ」

 

「まったく聞いておられませんな!?」

 

 国王もこの調子である。

 

「行くぞ!背中は任せる!」

 

「あっ、陛下!お待ち下さい!」

 

 有無を言わさず敵の中に飛び込んでいく国王。彼はわざわざ斬り込んで敵に囲まれてしまうような場所で停止した。 

 それを見た元帥がすぐに続き、文字通り二人は背中合わせで敵と対峙する。

 

「あの……あの方達は何をしてらっしゃるんですか?」

 

 盾を拾ったチェザリスがそう訊いてくる。

 

「頭がおかしいのさ。これじゃ援護も出来やしない」

 

 ウィリアムの言う通り、アマティやベレニーチェは誤射の危険性があるので手出し出来ない。

 チェザリスやウィリアムが接近して剣を振るうくらいなら可能だが、かえって足を引っ張る結果は見えている。

 

「やぁっ!」

 

「グォォッ!」

 

 国王の宝剣がリザードマンの腕を落としたのを合図に、二人の英雄が攻撃を開始した。

 

「グォォ!よく見れば、もう一人はモリガン元帥だ!注意せよ!」

 

 魔術師のリザードマンが叫ぶ。

 すると敵の集団は数に物を言わせて力任せに押し潰そうとはせず、円を広めて距離を置き、冷静に国王や元帥の攻撃を受け流し始めた。

 

「ほう、攻めて来ぬか。こやつら、そこそこの手練れか?」

 

「ぬんっ!うぉりゃっ!はぁ……はぁ……おのれトカゲの分際で猪口才なぁ!」

 

 自らの攻撃が当たらない事に、元帥が苛立ち始める。

 

「やっ!そら!……どうしたモリガンよ、息が上がっておるぞ?さすがのお前も歳には勝てんか」

 

「なんのこれしき!陛下こそ、狙いが外れておりますぞ!急ぎ、かけ眼鏡の発注をしておきましょう!」

 

「ははは!それは勘弁してもらいたい!」

 

 ザシュッ!

 

「グギャァオ!」

 

 国王の宝剣が、ついにリザードマンの顔面を貫いた。右目に刺さった刃が引き抜かれると、緑色の血液を大量に噴出しながら崩れ落ちる。

 

「グルル!……爆破!」

 

「むっ!?いかん!」

 

 ドンッ!

 

 敵の魔術師の持つ杖先が光り、国王の目の前で小規模な爆発が起こった。

 だがいち早くそれに気付いた国王は、今しがた倒したばかりのリザードマンの死骸を引き起こしてそれを防ぐ。避ける事も可能だったはずだが、真後ろにいる元帥を守るためにそう判断したようだ。

 

「陛下ぁ!」

 

 ドンッ!

 

 さらにもう一発。衝撃でリザードマンの死骸から右腕と左足が外れ、国王はそれを乱暴に地面へと倒した。

 

「ふん、振り返る暇があったらさっさと目の前の敵を倒さんか!」

 

「ぐっ……承知!」

 

 元帥が少し前に出て横なぎの一撃を放つ。槍持ちのリザードマンの両腕を斬り落とした。

 

「はっ!」

 

 国王は元帥とは真逆の方向の敵へ一気に接近し、前衛が怯んだ隙にその間をすり抜けて魔術師達に肉薄した。 

 次の術の詠唱に入っていた二体は、国王の急接近への対応が遅れる。 

 宝剣の刃が鋭く煌めき、一体目の首をはねた。

 

「グァォ!放電!」

 

 残る魔術師の術が至近距離で発動。国王が回避のために姿勢を低くする。

 

 バチン!

 

 杖先から電撃が走り、わずかに国王の左肩をかすった。

 

 ドンッ!

 

 そしてそのまま直進した魔術は、あろうことか別のリザードマンの身体に直撃してしまう。

 

「グォォ!?」

 

「馬鹿めが!乱戦で魔術など、愚の骨頂だぞ!さては兵法の基礎すら学んでおらんな!」

 

「グルル……!おのれぇ!」

 

 同士討ちに加えて、挑発的な国王の言葉に激怒したリザードマンの魔術師が、鋭利な木杖の尻を振り上げて襲いかかってきた。

 

「そりゃっ!」

 

「グギャォ!」

 

 国王はいとも簡単にそれを弾き返し、がら空きになった魔術師の胴体に斬撃を食らわせる。

 

「モリガン!魔術師は潰したぞ!残りを一気に叩き伏せる!」

 

「ははっ!」

 

 元帥の大斧が唸り、国王の宝剣が舞う。緑色の鮮血が地面を覆っていく。

 

「グルル……クソッ、ハインツ閣下にご報告せねば……!」

 

 バタバタとなぎ倒される仲間を見て危機感を覚えた最後の一体が、尻尾を巻いて逃げ出した。

 捨て台詞から予想するに、これを逃せば増援を送り込まれる恐れが高い。

 

「陛下、追撃を!」

 

「待て、モリガン!」

 

 しかし、なぜか国王はこれを追わない。

 

「なっ!?どうされましたか!敵が逃げてしまいますぞ!」

 

 そうこうしている間に逃走者の姿は消えてしまった。

 

「今の者、ハインツ閣下と言っていたであろう……?誰かは知らぬがさっさと連れて来い。他の場所で暴れられるより好都合じゃ」

 

 わざわざ強者を呼んでもらえるのなら、自らが相手をしようという事らしい。

 

「陛下!なりません!魔族の将官クラスの強さは別格です!」

 

「それがどうした。余は誰にも屈さぬ!」

 

 国王が服の袖をちぎり、軽傷を負った左肩にそれを結びつける。

 

「む……?陛下!」

 

「うむ。せっかちじゃの」

 

 すぐに何かの異変を感じとる二人。

 

 ズウ……

 

 バリバリバリ!

 

 空間が引き裂かれる音。

 

 寸分違わず、国王と元帥の目の前に空間転移術の前兆が発生した。

 

 バリバリバリ!

 

 ズゥン……

 

 ドクロを模した鎧兜。両翼を広げた竜の盾。片手で持つにはいささか仰々しい大きさの両刃剣。そのすべてを漆黒で統一した正統派の騎士が一人、登場した。

 

「……」

 

 兜の中から二人を確認する騎士。剣を地面に刺し、右手を腹に当てて深く一礼した。

 

「イギリス国王、ウィリアム・マンチェスター陛下、ならびにモリガン元帥閣下とお見受けする」

 

「いかにも。余がマンチェスターだ。貴様は?」

 

 明らかに敵対者だが、礼節を欠くほどの無礼者ではなかったので国王は警戒したままそう返答した。

 

「お初にお目にかかる。某はハインツと申します」

 

「此度の侵攻の総大将か?」

 

「左様。手合わせ願いたい」

 

 剣を抜くハインツ。

 

「よかろう。ふむ……一人で来たのだな。一騎打ちを所望か?」

 

「陛下!それならばわしが!」

 

 元帥が黙っているはずもない。

 

「お心遣いに感謝致します。イギリス合衆国において、最も名を馳せる猛者であるお二人なれば、某はどちらがお相手でも構わぬ」

 

 やはり一騎打ちを申し込んできた。

 言葉遣いや仕草から、懐古的な武人であるのが分かる。意見がまとまらない内から斬りかかったりはしてこないのも彼なりの配慮だろう。 

 国王と元帥は、このハインツの騎士道精神にも通ずる美徳には少しばかり感心した。

 

「うむ、余が相手をしよう。魔族の騎士よ。この剣の前に散る事を名誉に思うが良い」

 

 鞘から宝剣が引き抜かれる。

 

「陛下ぁ!」

 

「ええい、黙れ!」

 

「くっ、しかし……」

 

 初対面であるハインツの実力は未知数だ。元帥が必死で止めようとするのも当然である。

 

「準備はよろしいか」

 

「モリガン、下がれ!手出しは無用ぞ!」

 

「陛下……御武運を……」

 

 ぼそりとそう残し、とうとう元帥はウィリアム達のいる所まで後退した。

 

「いざ!」

 

「来い!」

 

 頭上に持ち上げた大剣をぐるりと片手で振り回し、ハインツが突っ込んできた。

 対する国王は宝剣を両手で中段に構えて迎え撃つ。

 

 ガァン!

 

 重々しい金属音が響き渡り、その衝撃波がウィリアム達にも届くほどの強風を巻き起こした。

 

「陛下っ!」

 

 土煙に目を細め、元帥が叫ぶ。

 

「うぉっと……!すごい戦いだな……まるでキングコングとゴジラが衝突したみたいだ」

 

「あれが魔族の上位者の実力……しかし、イギリス国王の力もはかり知れませんね」

 

 チェザリスが興奮して手に汗握る様子が分かる。 

 やがて土煙がやみ、国王とハインツは一歩ずつ下がって再び睨み合った。

 

「どうした。その程度で余の首が取れると思うたか!」

 

「否。今の一撃で倒れるようでは、土産話にもなりますまい」

 

「面白い。では、こちらから行くぞ!」

 

 国王は宝剣を右手で持ち、左手を柄の尻に当てて刺突による素早い攻撃を繰り出した。当たれば串刺しだが、ハインツはなんと同じように大剣の切っ先を向けてきた。

 互いの剣が摩擦で火花を散らしながら進む。

 

「くそっ!」

 

 得物の長さの違いで先に接触するであろう国王が、仕方なく寝せていた剣を起こし、つばぜり合いへと移行させる。

 

「いかがされた。渾身の一撃とはいかなかったようですな」

 

「……反応出来たか。今の一閃、焦って回避に転じていれば貴様の負けであったぞ」

 

「なかなか素早い動きでしたが、某も生半可な武勲で上り詰めたわけでは無いのです、陛下。これしきの死線のくぐり方など、呼吸をするに等しい」

 

 ガン!

 

 ハインツの甲冑を蹴り、国王は剣を構えて仕切り直した。

 

「では……いつまでも手加減しているわけにはいくまいな」

 

「全身全霊の力を持ってお受けいたす。参られよ!」

 

 パッ、と国王の足下に軽く土が浮いたかと思うと、次の瞬間にはハインツとの距離が限りなくゼロになっていた。もちろん転移術を用いたわけではなく、驚異的な脚力による接近である。

 

 バシュッ!

 

「むっ!」

 

 国王の宝剣がハインツの右の太ももをとらえた。脚の切断には至らなかったが、見事な一撃だと言って良いだろう。

 

「ぬん!」

 

 さらに一撃。

 

 ガァン!

 

 しかしこれは左腕に装備された漆黒の翼竜盾に防がれる。 

 国王は先ほどまでも十分な立ち回りだったが、身のこなし、特に剣速が格段に上昇している。

 

「まだまだ!」

 

「ふんっ!」

 

 目にも止まらぬ斬撃。特に盾を持つ手が届きにくい下半身を狙った下段への攻撃が続く。

 

「やぁっ!」

 

「ぐぅっ……!」

 

 一瞬の隙をつき、宝剣が左脚に突き刺さる。左右の脚に傷を負ったハインツが苦しそうにうめいた。

 

「すまぬが、終わらせてもらう!」

 

「なんのこれしき!」

 

 振り下ろされた国王の宝剣が、ハインツの盾と激しくぶつかる。

 両脚を負傷しているハインツは力いっぱい踏み込む事も、素早く移動する事も難しい。しかし、純粋な腕力だけで国王が放った全力の一撃を止めている辺りはさすが魔族である。人間とは比べ物にならない強靭な肉体だ。盾に力を入れて国王の剣を退けると、ハインツはそれを捨てて大剣を両手で構えた。

 国王が大きく息を吐いて頷く。

 

「うむ、防御を捨てるか。ならばっ……!」

 

 地面を蹴って高く跳躍し、頭上からハインツに襲いかかる。下に向いた宝剣がキラキラと輝いた。

 

「これで終いじゃぁぁぁ!」

 

「散れ……落雷!」

 

「っ……!?まさか、魔剣であったか……!」

 

 ゴォンッ!

 

 閃光。

 

 そして轟音。

 

 宙に浮かぶ国王の身体を、天空から落ちた一筋の雷撃が貫いた。燻る黒煙と共に地に墜ちる国王。 

 受け身を取れた様子は無く、胸部から着地して、どさりと音を立てた。

 

「陛下ぁぁっ!!」

 

 ウィリアムの隣で鼓膜が破れてしまいそうな程の大声を上げ、元帥が駆け寄っていく。

 

「陛下、陛下!」

 

「……」

 

 ひざまずいて国王の身体をゆすり、声をかけるが返答はない。

 

 ザッ。

 

 そんな二人を、見下ろすハインツの影が覆った。

 

「き……貴様ぁぁぁぁぁぁ!」

 

「元帥閣下、そこをどいていただきたい」

 

「ふざけるな!おのれ、魔族の分際でぇぇっ!!」

 

 しかし、大斧を振り上げた元帥の右足が、弱々しく握りしめられた。

 

「モリガン……待て……」

 

 国王だ。

 

 奇跡的に生きてはいたが、非常に危険な状態である。

 

「陛下!?お待ち下され、すぐに衛生兵を寄越しますゆえ!」

 

「よい……下がれ」

 

「陛下!」

 

「下がらんかぁぁぁっ!」

 

 国王は力を振り絞り、宝剣を突き立てて身体を起こした。その雄々しさ、そしてあまりの剣幕に誰もが言葉を失う。

 

「陛下……」

 

 まず声を漏らしたのは元帥ではなく、目の前に立つハインツだった。他の魔族であればどうなっていたか定かではないが、礼節や生き様に重きを置く彼は深く感銘を受けたらしい。

 

「最期にもう一勝負、受けては貰えぬか」

 

「慎んで、お受けいたす」

 

 少し距離を置き、両者が剣を構える。正真正銘、剣を交えるのはこれで最後であろう。

 

「モリガン」

 

「はっ」

 

「主君の生き様、しかと見届けよ」

 

 無言で頷き、元帥はウィリアム達の所へ戻ってきた。

 

「参る!」

 

「うぉぉっ!」

 

 

 

 ザシュッ!

 

 

 

 骨肉の断たれる生々しい音。

 

 

 

「ぐぅっ……!」

 

 

 

 そして、国王は前のめりに崩れ落ちた。

 

 

 

「イギリス国王、ウィリアム・マンチェスター、討ち取ったり。……見事な最期でした、陛下」

 

 その言葉が終わると同時に空間転移術が発動し、ハインツが姿を消す。

 

 元帥はその場で泣き崩れ、ウィリアム達は呆然と立ち尽くしていた。

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