♭5
そこは、城とも館とも、はたまた屋敷ともいえないほど、こぢんまりと佇んでいた。
アトランタ郊外。鬱蒼と茂る草木に囲まれた場所。つまるところ森林だ。
白い屋根の小さな一軒家を目の前にして、トニーとミッキーは首を傾げる。
「ここか?三魔女の研究施設とかってのは。やけに地味で小さいな」
「アトランタの住民に教えてもらったのです。間違ってはいないはずですが……」
少し前、フィラデルフィアから一時離脱した二人は、空間転移でアトランタのど真ん中に出た。城こそ無いものの、アトランタは大きな集落で、そこに暮らす魔族から三魔女の居場所を訊き出したのである。
もちろん原住民らは奇妙な出で立ちのトニーに多少の警戒を見せたが、六魔将を名乗ると案外すんなりと情報を引き出せた。
「あの……何かご用ですか……」
「ん?またこういうパターンか。まどろっこしいな」
声に反応して足元を見ると、緑色のアマガエルがトニーとミッキーを見上げていた。
間違いなく三魔女の使い魔である。
「使い魔よ。ここに三魔女の方々はいらっしゃるか」
ミッキーが片膝をついて、アマガエルに顔を近づけながら問いかけた。
「はい……いらっしゃいますが、面会を希望のお客様でしょうか……」
聞き取りづらいその声は、喉が嗄れているかのようである。
「左様だ」
「申し訳ございませんが……三魔女様は新たな死霊術の研究中につき、約束の無い方とはお会いになりません……」
「それは貴様が決める事ではなかろう。取り次いでもらいたい。それでも帰れと言うならば話は変わってくるが」
使い魔と話しただけで門前払いになるわけにはいかない。
「かしこまりました……お名前を頂戴します……」
「閣下」
「あ?名前か?ロサンゼルス城主、トニー・バレンティノだ。
ちびっ子のカトレアに用がある」
「これはこれは……将軍様でしたか……少々お待ち下さいませ」
アマガエルはぴょんぴょんと跳ねながら家の中に消えていった。
数分と経たずに、満面の笑みを浮かべたカトレアが飛び出してくる。
腰まである長い金髪を振り乱しながら、一目散に駆けてきたのだ。それは言うまでもなく、彼女が面会を望んだ事を意味していた。
「閣下だぁ!閣下が遊びに来たぁ!」
「おい!俺は遊びに来たんじゃねーぞ、ガキ!」
トニーの言葉など完全に無視して、彼に飛びつくカトレア。主の希望が通ったからだろうか、ミッキーは満足げに頷いた。
「閣下!あたしに会いに来るとは、もうメロメロなんだな!?そうなんだな!?このこのぅ!」
「離れねぇか!お前に頼みがあって来たんだよ!」
トニーはカトレアからの凄まじい頬ずり攻撃を押しのけようと必死だ。無邪気でおてんばな彼女の行動には調子を狂わされっぱなしである。
建物の中から、クリスティーナとエリーゼも姿を現した。クリスティーナは使い魔のアマガエルを手のひらに乗せている。
「カトレアが飛び出して行ったので何かと思って来てみれば……あなたがたでしたか」
「ひっひっひ。わしらの研究を邪魔しようってんだ。だいたいの的は絞れるさね、クリスティーナ」
使い魔の報告は曖昧だったのか、それともカトレアに耳打ちをしたのか、誰の来訪なのかまでを把握していたのはカトレア本人だけであった。アマガエルが有能とも無能とも判断出来る。
「すまねぇな。邪魔しちまって」
「気にしなさんな。カトレアに用だろ?わしらはただの通りすがりみたいなもんさ……」
大魔女、エリーゼがそう返した。
「このガキ、借りて行きたい。フィラデルフィア城下で暴れてる巨大カマキリが手ごわくてな。スカウトって事だ」
「あぁ、あの件かい。魔術師が入り用なんだね」
「いや、必要なのは魔術師じゃねぇ。こないだ話してた、新しく作ったとかいう死霊術だ」
「おやおや……面白いことを言うねぇ」
大魔女エリーゼは、ゆったりとした足取りでトニーの目の前まで歩いてきた。黒いローブに長い年月を経た白髪がよく栄える。
しわくちゃの顔を寄せて彼を凝視する。
「……?」
「死霊術が必要ならば魔術師が要る。術者あっての魔術なんだよ。魔術師が必要無いだなんて、寂しい事を言うじゃないかい」
魔術師の存在を浅はかに思っていると取られたようで、それには怒気が含まれていた。
「まぁ……そうだな。その死霊術の事はよく分からねーが、三魔女にしか扱えない代物ならば、俺には魔術師が……いや、カトレアが必要だ。もとよりそのつもりだったんだからな。詫びて訂正する」
「か……閣下ったらぁ!」
カトレアが都合の良い解釈で頬を赤く染めている。
「止めやしないよ。ただし、扱いには気をつけな」
トニーの腕に絡みついて身体を密着させているカトレアを指差すエリーゼ。
「バレンティノ閣下。ご承知かとは思いますが、カトレアの魔力は強大さのあまり不安定。未完成とも言える死霊術を酷使させない事をお勧めしますわ」
赤毛のクリスティーナが付け加えた。強大なのは分かるが、不安定という話は初耳である。
何が起こるのかはよく分からなかったが、もちろんトニーはそんなことを気にはしない。
「おう。それじゃあ急ぐからまたな」
「いってきまぁす!」
……
こうして、三魔女の一人、カトレアを味方に加え、三人は未だ戦闘中のフィラデルフィアに移動する。
「ミッキー、空間転移を」
「はっ!」
「えー?フィラデルフィアだよね?ちゃっちゃと行こー!それ、ばびゅーん!」
術を詠唱しようとするミッキーよりも先に、カトレアが杖を一振りした。
「……おぉ?なんだこりゃ!」
瞬きをする間もなく、三人は違う場所に立っていた。
いつもの様に空間の亀裂に入る事もなく、まさしく瞬間移動をしたのである。音も、風も、何も感じることなく、だ。
「へっへっへー。転移術師の力を思い知ったか!」
カトレアがふふん、と鼻を鳴らす。
巨大カマキリとの戦闘を行っていた場所からは少し離れているが、確かに三人はフィラデルフィアの街に足をつけていた。
「カトレア様は転移術師でしたか。存じ上げませんでした」
ミッキーがそう返す。
「名前からして転移術に特化したタイプの魔術師って事か?」
「そうそう!あたし達くらいになればどんな種類の魔術でも問題ないけどさ!一応、専攻があるんだよ!」
「本当にすげー早さだな」
「頭に浮かべられればね。これは瞬間転移って言うの。だけど、初めて行く場所は普通の空間転移だよ。行き先の光景を想像できないから」
制限もあるようだが、魔術師の最上位である事も頷けるほどの力だ。
先代ロサンゼルス城主クルーズや死神ヘルもそうだが、カトレアの魔力は自分やミッキーとまるでレベルが違うのが分かる。
「こーんなことも出来るよ!」
小振りな杖を手の中でクルクルと回す。まるでボールペンを弄ぶ学生のようだ。しかし、すぐに杖が彼女の手から消えているのに気づいた。
「無くなった……?」
「閣下、そのヘンテコな帽子の中を見てみて!」
「ヘンテコとはなんだ、ガキ!」
ボルサリーノをひょいと持ち上げると、トニーの頭にカトレアの小さな杖が乗っているではないか。手品でよく見るような状況だが、彼女は魔術を使ったはず。つまり、転位術は物体にも用いれると判明した。
「それからぁ……ほいっ!」
続いて杖は彼女の手元に瞬間転移。
「触れてなくても……!」
「閣下、以前ニューヨーク城で陛下の玉座に招かれた時と酷似しています」
「このガキ……大魔王級ってか?おもしれぇ!カトレア!俺はお前に少し興味が沸いたぞ!」
「ほんとっ!?やっぱメロメロ!?」
なぜか尻を突き出すが、そういう意味ではない。
容赦なくその尻をつま先でつつきながら、トニーは視線を遥か前方へと送った。上空に浮かぶフィラデルフィア城は例外として、背の低い建物ばかりの街並みである。味方の部隊が超巨大カマキリと戦闘を繰り広げているのであろう、土煙がうっすらと立ち上っているのを確認する。
「カトレア、あの辺にヘルがいるみたいだ。合流して虫駆除をやるぞ」
「むぅ!お尻蹴った!」
「あー?ちょいと魅力的すぎてな。尻を蹴ったり叩いたりするのは俺なりの愛情表現だ」
適当な事を言っているだけなのだが、やはりカトレアはコロッと騙されてしまう。
「え!そうなんだ!へんなのー。それじゃ行くよー」
その言葉が終わる前に、周囲の景色が入れ替わった。暗転も何も無いため、移動したという感覚すらも置き去りにしてしまう。
「むっ?トニー?それに、カトレアか!瞬間転移とはさすがだな」
「うおっ!?」
突然死神ヘルの声が目の前から届くものだから、トニーの方が驚いてしまった。
「やっほー。ヘル閣下」
「お待たせいたしました、ヘル閣下」
手を振るカトレアと、軽く会釈をするミッキー。
「戦況は?」
「くくく……見てみろ」
白骨化したヘルの指先を目で追う。すると、信じられない光景が飛び込んできた。
「三体目!?増えてるじゃねぇか!」
トニーがここを離脱する前に戦っていた巨大カマキリは撃破されたようで、大きな亡骸が二体転がっている。多少兵士を増員したのだろうが、これは見事な戦果だと言える。
しかし、別のカマキリが一体増えていたのだ。ただでさえ全滅してもおかしくなかった状況。どう考えても一度撤退すべきだが、トニーの帰りを信じて踏みとどまってくれていたに違いない。
「うわぁ……おっきい虫!これ、倒せるの?固そうだね。大抵の術や武器は通さないんじゃないかな」
「だろうな。だから、内側から崩してやるのさ」
「内側……?」
カトレアのみがトニーの言葉に首を傾げる。ヘル、ミッキーはもちろん彼の意図を理解出来ているからだ。
「お前らが大魔定例会議で話してた死霊術があんだろ?あの虫はこっちの兵士を捕食するんだ。そこでお前が死霊術を使って、虫けらの胃袋を破裂させてやんのさ」
「あぁー!あれか!名前がまだついてないんだよねぇ。考えてくれる?それから、成功するかは分かんないよ?」
「そりゃどういう意味だ?」
「だって、死体を食べさせて術を発動させたいんでしょ?有効範囲も分かんないし、虫の身体を透過して爆発させられるかも分かんないじゃん。あと一つ問題。これだけ死体が積み上がってたら、周りの兵隊さん達もただじゃ済まないよぅ」
魔族の死体が時間経過で消失するとはいえ、それに勝るスピードで屍が積み上がっているのだ。おそらくどの死体だけを狙って起爆とはいかないようで、そうなればかなりの規模の爆発が起こることになる。
「我が一時的に障壁を張ろう。捕食時には隙が見える。兵士の退避も可能だ」
ヘルがそう提案した。
「そういう事なら大丈夫そうだね!早速やってみようよ!」
……
ちょうど、巨大カマキリが一人のスケルトン兵士を食らい始める。肉の有無は気にしないらしい。
「うげぇ……気持ちのイイ光景ではないな……だがチャンスだぜ!カトレア!ぶっ放せ!」
「了解!」
カトレアが目を瞑って死霊術の詠唱に入る。転移術のように瞬発させる事はかなわないのだ。
「全員退避しろ!急げ!こっちだ!」
ヘルが大鎌を振り上げて叫んだ。
兵士らには何の事だか理解出来ないが、わざわざ一から説明している時間など無い。
「た……退避!」
「閣下のご命令だ!退避しろ!」
わずかに生き残っていたロサンゼルスの志願兵と、フィラデルフィアの兵団が、一目散に敵を背にして駆け寄ってくる。
カトレアがカッと目を見開いた。その瞳は燃え上がる炎のように真っ赤に変色している。
「……爆ぜろ」
ドンッ!
ドンッ!ドンッ!
連鎖的に死体が次々と爆発していく。一つ一つの爆発でもなかなかのものだが、それが幾重にも連発すると、壮観な大爆発となった。
まるでピンポイントで巨大カマキリに空爆が実施されたかのようだ。
空を黒く染めるほどの煙がもうもうと上がり、天空城がさらに一つ出来上がったのではないかと勘違いしてしまいそうなほどである。
キシャァァ!
標的が断末魔を轟かせている。
ヘル、トニー、ミッキー、そして術を使ったカトレア本人でさえも、その景色に目を見張った。
「ちょっとした核兵器だな……」
「また意味不明な言葉を」
煙が晴れた時、身体が四散したカマキリが転がっていたのは言うまでもない。
……
「ふーん……やっぱり、単純にカマキリを巨大化させただけじゃなさそうだね」
亡骸を近くで見上げながらカトレアがそう言った。
「何か違うのか?」
これはヘルである。
「いくら大きくても、あんなに固いわけないじゃん!フレデリックは見つかってないの?」
フレデリック・フランクリン。大悪党の異名を持つ、魔族界のはみ出し者ということはトニーも覚えている。
「奴は奇術師だぞ。己の身を隠す事は最も得意とするところだろう。このような個体を作り出したのだから、近くにいるはずだがな……」
「確かにこの手の変態は近くで被害を見たがるもんだぜ。少し探すか?」
「いや、戦力が不十分だ。やり合うには疲弊しすぎた。まずは城に戻る。貴様が連れてきた兵も招待しよう」
……
……
フィラデルフィア城内。
作りは城というより、ギリシャの神殿に少し似ていた。もちろん下から見上げているばかりではそれも分かるはずは無い。
屋根は石造りで乳白色の三角形。
その下は壁に囲まれているが、入り口にあたる一方にだけは壁がなく、代わりに表面をギザギザな形に切り出された巨大な石柱が数本立っている。つまり、城門や扉は存在しない。この城が空中に浮いている事自体が最大の防壁となっているわけだ。
その内部。建物全体を使った巨大な広間があるだけである。
玉座は最奥部に置かれているが、何の隔たりも設けられていなかった。入り口から玉座まで、すべて筒抜けだ。
そして、城だけではなく周りの地面ごと浮いているので、草木が茂る前庭もあるのだが、池や小川がある事に驚かされる。まさに、そこは文字通りの空中庭園だった。
「なんて荘厳な城だ!本当に浮いているぞ!」
「信じられない!」
数人程度に減ってしまったロサンゼルスの志願兵達が、そんなことを口にしている。
フィラデルフィアのスケルトン兵団の兵士たちは、終わったばかりの戦いの清掃に駆り出されているので、この天空城にいるのはヘル以外、全員が客ということになる。
「生憎、食料などはないが、適当にくつろいでくれ。景色が良いだろう」
玉座に座ったヘルがそう言った。
トニーとミッキーはその近くの石床に座ったが、カトレア、そしてロサンゼルスから連れてきた志願兵は前庭で子供のようにはしゃぎっぱなしだ。
「……あれで三魔女なのだから笑える」
「来たければすぐに来れるだろうに。大魔女のババアが自由を禁じてんのかね」
ぷかりとタバコの煙がトニーの口から漏れる。
「さてな。しかし、今一度貴様らには礼を言わせてくれ。あの死霊術は有用だ。すぐに特別な死霊術師のチームを編成したいくらいにな」
「それが済めば一件落着か?」
「どうだろうな。まず、あの術を習得できる者がどれだけいようか。我でさえも時間がかかりそうだ」
「そんなに難しいもんなのか」
カトレアがいとも容易く発動してしまったせいで、魔術に疎いトニーにはそのレベルがさっぱりである。彼自身も大魔王アデルから魔力を引き出してもらっているが、基本中の基本に触れた程度で、どんな魔術にどれだけの修練や技量が必要なのかは分かるはずもない。
「貴様の地位の先任者だったクルーズならば、何ら問題は無かっただろうな。奴は死霊術や呪術を使うために生まれてきたようなものだった。能力、知識、装備、すべてがそれに特化していたのだ」
「知るか。俺に一撃でやられるような奴を誉められてもピンときやしねー」
ここで、ミッキーがトニーの顔をチラチラと見ている事に気づく。何か言いたげなのは明らかだ。
「あん?なんだ、ミッキー」
「いえ、クルーズ閣下のお話が出ておりましたので」
「遠慮するな、リザードマンよ。クルーズが何か?」
ヘルが話の先を促す。
「ははっ。クルーズ閣下の遺品として、髑髏を模した魔法杖と、闇の衣がロサンゼルス城に保管してあるのを思い出しておりました。カトレア様の死霊術に使えるのではと」
トニーがクルーズを殺した時、確かにそれを渡そうとするリザードマン達がいた。トニーが受け取りを拒否したので、玉座の間の隣にある倉庫で保管していたのだ。それが思わぬところで役にたつかもしれない。
「なんと。間違いなく手助けになるぞ」
「クルーズの杖……?」
ヘルとミッキーが会話を進めるが、トニーはとっくに忘れてしまったようで、何の事だか分かっていない。
「貴様にはその杖やローブを使う権利がある。先ほどの死霊術を使えるかどうかまでは我にも分からんが、格段に魔術を強化出来るであろう」
「だからちょっと待てよ!クルーズの武器があんのか!なんでさっさと言わねーんだ、ミッキー!」
「申し訳ありません……確かに、閣下が陛下より魔力解放を受けられた時点でお話しすべきでした」
無茶苦茶な言い方だが、ミッキーは嫌な顔一つせずに謝罪した。
「トニーよ。我ら魔族は何の触媒も無しに魔術を発動出来るせいで、触媒の重要性に気づいていない者も多い。だが、人間共で考えてみると分かりやすいぞ。奴らは杖などの触媒無しでは術を発動出来ない程に魔力が低い。そのような連中が魔術を使えるようになってしまうくらい、杖は重要なのだ」
「うん?人間はそんな感じなのか?」
トニーは正真正銘人間である。魔力解放を受けたとはいえ、杖も無しに発火の魔術が使えるのは異質だと言える。
「どうかしたのか?」
「いや、なんでもねぇ。ミッキー、持って来い」
「はっ!」
ズゥ……
バリバリバリ!
「空間転移」
……
一度ロサンゼルスに戻ったミッキーは、五分と経たずにフィラデルフィアへ戻ってきた。
身の丈程の長さがある髑髏の杖。本物かどうかは分からないが、先端に野球ボールくらいの大きさの頭蓋骨がついている。杖身は光沢を放つ黒曜石である。
次に闇のローブと呼ばれるくたびれた衣。漆黒のそれはレインコートのようにすっぽりと足先まで包み隠す形状だが、ところどころが擦り切れていて上等品には見えない。ヘルが身につけている衣装と酷似している。
「お待たせしました、閣下。どうぞお使い下さい」
「……軽いな。おもちゃみてーだ」
まずは杖を手に取ったトニーがそう言った。
「なかなか似合うではないか」
「バカにしてんだろ、それ」
「あれー?閣下、その杖どうしたの?」
前庭で遊んだり景色を見るのに飽きたのか、カトレアがトニーの横に座っている。瞬間転移で移動してきたようで、彼女が声を発するまでは物音一つしなかった。
「俺のだ」
「死霊術やってまーす!みたいなゴテゴテな主張がすごいね」
「遠回しにだせーって言ってんだな……同感だ」
トニーが歯を見せてニッと笑うと、カトレアは嬉しそうに飛び上がって彼の周りをちょこまかと走り回った。
「ヘル、形を加工できねーもんか?」
「杖は不可能だが、そっちのローブならば生地を裁断すればどうにでも出来よう」
「そう言えば、このローブにはどんな効果が?役に立ちそうならスーツの裏地にでも縫い付けて使うが」
「あらゆる術を通さん」
ヘルの返答にトニーがほう、と唸る。
以前、クルーズ本人の口から聞いたはずだが、トニーはそれも覚えていない。異世界に飛ばされたばかりの混乱した状況ではそうなるのも自然である。
「さて、この杖はどうすりゃいいんだ?振り回せば火が出るのか?」
「じゃあ、あたしが教えてしんぜよう!」
サッと袖から自分の杖を取り出したカトレアがトニーと並ぶ。
「杖には、魔術が出る側と握る側があるんだよ!杖によって形状はまるで違うから分かりにくい時もあるけど、間違えても逆を持たないように!自分が痛い思いをするよ!」
「お前のその指揮棒みたいな杖は尖ってる細い方から魔術が出るのか。これは逆に太くなってるドクロ側がそうだな?」
「正解ー!」
トニーの頭を撫でてやりたいのか、カトレアが右手を上に伸ばすがまったく届いていない。
「何してんだ、お前?早く肝心の使い方を教えてくれ」
「もうっ!閣下!デカい!」
カトレアが杖先を天に向ける。トニーもそれに習った。
「そう難しくないよ。杖を握ってる手から術を出すイメージだね。構えるのが右手なら右手、左手なら左手」
魔族ならば基本的な魔術は使えるという前提の元での話である。現在のトニーならば何の問題もない。
「じゃあ、放電!」
カッ!と稲光が走り、カトレアの杖から上空に向かって雷が放たれた。放電の魔術は基本的なものの一つだが、彼女が使うとその規模は絶大である。
上昇する稲妻など中々お目にかかれるものではないが、眩しい中でその速度を肉眼で追えるはずもなく、トニーの目にはまるで空から降ってきた雷をカトレアが杖で受けたかのように映った。
「ね?簡単でしょ」
「……そうだな、大した事ねー」
皮肉まじりにそう返した。
「閣下も早く早く!」
「その放電って術は知らねーぞ。……発火!」
ボウッ!
トニーの持つ髑髏の杖先、頭蓋骨から巨大な炎が上がった。
車一台は包み込んでしまおうかという大きさで、手のひらや指先から出していた時とは大違いである。
「おおっ!?でけぇ!?」
自ら頭上に作り出したはずなのだが、予想していなかったサイズの火の玉の迫力に驚いてしまう。
「おーっ!なかなかやりますな!」
「悪くない魔力だな。杖だけの力ではあるまい」
「お見事です、閣下」
カトレア、ヘル、ミッキーの言葉など耳に入らないトニー。真上から頭に炎が落ちてこないか心配で一心にそれを見つめている。
「おい、どうすんだこれ?とりあえず城にぶつけとくか?」
「馬鹿者。空に放たんか」
「ゴーゴー!ジャンボ花火!」
トニーが杖を振る。
カトレアの言ったように、大きな火の玉が空へとのぼっていき、まるで打ち上げられた花火のように散った。
「たーまやー」
「なんだそりゃ」
「え、知らないの?なんか、花火が上がるときに出すかけ声らしいよ!誰かが言ってた!」
「知るか。そんで、どうなんだ?コイツが使えるって事は、俺にもカマキリを吹き飛ばせるって事か?」
カトレアの意味不明な知識はひとまず置いておき、ヘルに向き直る。
「可能性は高いな。我も是非習得したい。カトレアよ、頼めるか?」
「おっけー!でも、死体はどうやって準備するの?そろそろさっきの戦場の死体も消えちゃってるはずだよ?」
魔族の死体は時間経過で消滅してしまう。魔術によって生み出されたあの巨大カマキリも同様であろう。
もちろん、術の練習のために誰かを殺すような非道な真似は出来ない。
「……侵入だ」
「ほほう?」
ヘルがトニーの言葉に嬉々として反応した。
「ほぇ?人間の国に行くの?」
「そうか、三魔女は我々六魔将とは勝手が違うな。トニー、残念だがその案は却下だ」
「あ?どういう意味だ?」
何やら特別な取り決めがあるらしい。
「戦争状態なのだぞ。正規軍は侵攻、各六魔将の部隊には物資調達の為に短期の侵入が許されているが、他の者はたとえ戦闘要員であったとしても理由なき渡航、転移は禁止されている」
「知るか。被害が減るなら早急に対応すべきだろ」
「また貴様はそのような聞き分けの悪い戯れ言を……カトレアをヨーロッパやアジアまで連れ出したとして、大魔女エリーゼの雷が落ちても知らんぞ」
「あははっ!閣下、おばあちゃんに怒られちゃうのー?」
だがトニーは元より、他人からの評価を気にする人物ではない。
エリーゼがどう言うだという程度で意見を曲げるはずがないのだ。彼は、大魔王アデルに対してでさえも媚びを売るような真似はしなかった。大魔定例幹部会の時に他の列席者から多大な批判を受けたのは誰もが知る事実である。
「ババアがキレるって?手土産にミートパイでも持ってっとけばイイだろ」
フランコがこの場にいたら腹を抱えて大笑いしていたであろう冗談だが、残念ながらトニー以外は全員魔族である。
「ん?年寄りは古臭い食べ物が好きだろ?違うのか」
「だから貴様はいつもわけの分からん事を……」
「行くの?行かないの?」
「行くって言ってるだろ。そうだ、日本はどうだろう?あのドラゴン人間みたいな将軍が死霊術師を見たとか言ってなかったか」
シカゴ城主の竜人フレイムス。彼がそんな報告をしていた事が思い出される。
「まぁ、叱られるのは貴様だ。フィラデルフィアの城下の為になるのはわかっている。そこまで言うのなら我も便乗させてもらおう」
ヘルがカタカタと白骨化した顎を動かして言った。
「決まりだ。カトレア」
「はーい」
転移術を引き受けたカトレアが右手をピシッと垂直に上げた。
「待て、我が兵団の術師も何人か連れて行きたい」
「ほぇ?」
ヘルがそう言うが、すでに彼らの周囲には、フィラデルフィア城とは異なる景色が広がっていた。カトレアの術が早すぎたのだ。
「ごめん、ヘル閣下。日本に到着いたしましたー!」
「む……」
「なんだここは?森か?」
緑の木々に囲まれた場所。日は高く明るいが、それ以外には何も視認出来ない。
この場にいるのはトニー、カトレア、ヘルの三人。ミッキーは必要ないと見なされてしまったようで、カトレアが転移させたのは彼らだけである。
「さてここで問題です。最も死体がある場所はどこでしょう?」
「はぁ?知らねーよ」
「墓場か?」
カトレアの問いかけにそれぞれが返す。彼女は人差し指を立てて横に振った。
「ぶぶー!二人とも不正解!」
「あ?ヘルの墓場って意見は間違いなのか?」
「正解は、戦場」
ドンッ!ドンッ!
彼女の言葉と時を同じくして、数発の砲撃に似た音が鳴り響いた。
「大砲!?まさか、日本には普及してるのか!?」
トニーが驚愕とも歓喜とも取れる声を上げた。しかし、爆発を起こす魔術と捉えたほうが自然だろう。
「そうか……ここは内戦が続いている国なのだな。狭い国土でよくやるものだ」
「いろんなサムライの家が争ってるみたいだよ!天下統一?とかなんとかを目指して!あ!思い出した!花火の『たまや』ってかけ声は日本の言葉だ!」
ドンッ!
さらに一発の爆発音。
「見に行ってみようぜ。サムライの合戦なんてわくわくするじゃねーか」
「行こう行こう!」
「貴様らの会話にはついていけんな……」
俄然テンションが高くなってきたトニーとカトレアに、肩をすくめてヘルが続く。
……
……
始めは広大な森林に囲まれた場所に出たと思われたが、戦の喧騒が鳴る方角へと足を進めると、五分と経たずに開けた場所に到達した。
起伏の激しい山の斜面に、稲作の為の小さな水田が点在する、いわゆる棚田と呼ばれるものだ。トニーらはその中腹辺りから出てきたのだが、棚田を挟んで山の頂上と麓に、それぞれ異なる旗印を立てた陣が張ってあった。
「おー、いい場所に出たな」
目の前を、日本刀を手にして独特な和製鎧に身を包んだ兵士たちが駆けていく。
騎馬隊や槍を持つ兵士も見える。兵数は双方共に数百単位である。
戦は少し前に始まったばかりのようで、トニーらの前を通過して斜面を駆け上がる兵士たちが、頂上で迎え打つ敵とぶつかり合ったところだ。
麓のサムライたちは赤い鎧兜、対する頂上のサムライたちは黒の装備で統一している。刀と刀がぶつかって音を上げ、怒号や悲鳴が聞こえてくる中……
ドンッ!
先ほどから鳴り響いていた爆発音だ。
「いたぞ、フレイムスが言っていた術師だ」
ヘルが指したのは麓の部隊の最後方、白い布で正方形に囲われた陣の手前に、白装束に身を包んで跪き、鈴を鳴らしている女たちの姿があった。確かにフレイムスの報告と一致する。
死霊術師かどうかまでは判別できないが、彼女らが魔術を使っていることは疑いようもない。詠唱はもちろん聞こえないが、鈴が鳴るとその鈴が光を帯びて、火の玉を発射した。それは味方の兵士たちの頭上を飛び越え、一直線に敵本陣へと着弾する。
ドンッ!
山頂に張られた陣も、黒い布で囲われた正方形のものだが、火の玉はその寸分手前で不自然に爆ぜた。
「なんだ……?あのテントみたいな砦、燃えねーな?」
トニーが首を傾げる。
「結界で包囲してあるようだな。一見、麓のサムライたちが押しているように見えるが、あの拠点を落とすのは一筋縄ではいかんぞ」
「シールドか。肉弾戦は必至だな」
トニーが地面に腰を下ろした。観戦は思いのほか長くなりそうだ。
「頑張れ頑張れー!そして両者死ね!」
なにげに恐ろしい事を口走っているカトレアを横目に、タバコをふかす。
その時。
『むっ!貴様等、なにやつだ!』
『本山方の間者かっ!?』
日本語である。赤い甲冑のサムライたち数人に見つかってしまった。
「ん?何だって?」
『外国語!?異邦人かっ!』
『否!そちらの二人を見てみよ!物の怪に違いないぞ!』
刀の切っ先を向け、トニーらに強い警戒を見せるサムライたち。言語が通じないのではどうしようもないが、通じたところで魔族と知れていては同じである。
「ありゃ?何か用かい?……それっ!」
ワンテンポ遅れてサムライたちに応対したカトレアが杖を振るう。それは攻撃をしたわけではなく、何の術も発動された様子はない。
しかし、次にサムライたちが口を開くと異変があった。
「な、なんじゃ!妖術の類いか!」
「よく分からぬが……とにかく叩き斬れ!」
奇術か幻術か、彼らの会話が英語に変化したのである。
そう聞こえるようになる効力があるだけで実際には日本語のままなのだが、それは特に関係ない。
「おっ!カトレア!おもしれー術だな!こりゃ便利だ!」
「へへん!やあやあ我こそは魔術師界の……いや、世界のアイドル、カトレアちゃんだよ!
おサムライさん達こんにちはー」
怒気を放つ兵士たちに、カトレアは拍子抜けするほど呑気な声色で挨拶する。
もちろんこれに大きく驚いたのはサムライの方だ。
「なんと!言葉をしゃべりおるか!」
「呆けたフリをしても無駄じゃ!」
「女子供とて物の怪が相手ならば容赦はせぬぞ!」
数は五人。左右に広がって半円形にトニーらを包囲した。
「ありゃりゃりゃ……なんか怒ってるんですけど」
「そりゃ戦で変な奴を見かけりゃ、とりあえずぶっ殺すか捕まえるだろうな」
タバコを地面でもみ消し、仕方なく拳銃を懐から引き抜いた。
「何をごちゃごちゃと!」
「構わん!斬りふせいっ!」
「でやぁぁぁ!」
動いたのは二人。鈍い輝きを放つ日本刀がトニーとカトレアに襲いかかる。
ガチンッ!
刹那。
彼らの間に割り込んだヘルが、その得物である大鎌を地面と水平に構えて二振りの刀を止めた。はらりとずれ落ちた黒いフードからこぼれる白骨化した顔。それを見たサムライたちがギョッとしたのは言うまでもない。
「なんじゃ!こやつ、奇っ怪な!」
「まるでしゃれこうべではないか!」
ヘルが大鎌をグルグルと回すと、その刀は二本とも弾き飛ばされてトニーとカトレアの立つ近くの地面に突き刺さった。
「ぎゃあ!ちょっとヘル閣下、危ないんですけど!ぶーぶー!」
「うぉぉ!マジもんの日本刀だ!メチャクチャ斬れるって話を聞いたぞ!最高にイカしてるぜ!いただき!」
二振りを両手に持ち、トニーは上機嫌だ。
「おのれ!」
「かかれ!かかれ!」
ヘルはあくまでも防御をしただけなのだが、そう受け取ってもらえるはずもない。
恐怖よりも怒りが勝ったその二人のサムライたちは、脇差しを抜いて襲いかかってくる。しかも周りのサムライも混じって、五人すべてによる同時攻撃だ。さすがにヘルも簡単には防げない。
しかし、次の瞬間には、彼らの振り上げた刀は次々と空を斬っていた。攻撃対象三人が何の前触れもなく、こつ然と姿を消してしまったのだ。
……
……
「セーフ!間に合った!」
「よく言う。貴様にとってはあの場を脱する事など造作もないであろうに」
やはりトニーらはカトレアの瞬間転移で移動していた。
「スリルだよスリル!ヘル閣下は分かってないなぁ~!」
「で、ここに出たのもお前の言うスリルって奴か?」
トニーが周りの状況を確認して言った。
白い幕で囲われた陣の背面。死角になって誰にも見つかってはいないが、先ほどまで襲われていた麓のサムライたちの本陣である。
「いや、術師が気になるから見学しようと思って!こっそり覗いてみようよ!」
確かにここまで来れば鈴の音がシャンシャンと聞こえている。正方形の陣なので、顔を出せばある程度の状況は見えるだろう。
言うが早い。カトレアが半身を乗り出して魔術師達が展開していた陣の前方を確認する。
「どれどれ」
トニーがその上から顔を出す。古い刑事ドラマの張り込みの様子を見ているようで滑稽だ。
「では我も」
意外や意外、ヘルまでもそれに便乗してきた。中腰になっているトニーのさらに上から顔を出す。
「ちょっと!二人とも!くっつきすぎだぞう!」
「ヘルが押してくんだよ!てめーは後からにしろ!」
「何を言うか!我は押してなどおらんぞ!」
「あぁん!重いよおぉ!」
てんやわんやである。もちろん、ここまで騒いでしまっては気付かれないはずもなく……
「誰じゃ!おい、陣の後ろを見てまいれ!」
白い幕で仕切られているだけの陣中から、そんな声が聞こえてきた。
「ははっ!」
スタッ。
返事と同時に、幕を一気に飛び越え、上から飛来する人影。赤い鎧兜ではなく、赤い布製の頭巾と装束に身を包み、刀を腰ではなく背中にさしている。
「むっ!曲者か!」
低い声でそう言いながら跪いた体勢を崩さず刀を抜き、トニーらを睨みつけた。
「に……に……忍者だぁぁ!空から来た!」
「うおっ!忍者だ!カッコいいな、おい!」
トニーとなぜかカトレアまでもが歓喜しているが、相手の忍者はピタリと低い姿勢で刀を構えたまま動かない。おそらく、予想外の反応に面食らって対応を考えているのだろう。
「……確かに某は忍びの者だが、貴様ら何やつじゃ!」
「あたし、カトレア!」
「おい、手裏剣あるか!手裏剣!」
「ええい、話の通じぬ奴らだ!この陣に何用だ!答えねば斬るぞ!」
どこへ行っても見つかっては大騒ぎの繰り返し。強大な力を持つこの三魔女や六魔将達には緊張感というものが足りない。
だが、そんな彼らを戦慄させてしまうような現象が起きる。
「……縛っ!」
空いている左手の人差し指を立て、忍者が何やら魔術のような言葉を口走ったのだ。
すると、トニーら三人の身体が鉛のように重くなり、文字通り金縛りになってしまったのである。
「うっ……なんだ!?身体が動かねーぞ……!」
「魔術!?こやつ、人間の分際で触媒もなしに!」
予想だにしていなかった事態に、トニーとヘルが慌てた。
カトレアは急に黙り込んで忍者をジッと見つめている。どうやら本気で興味がわいたようだ。
「魔術?妖術の類と同じにするでない!これは計り知れぬ修練に耐えた忍びの者だけが会得できる、忍術じゃ!」
忍術。
また新たな術の存在が発覚した。島国である日本で誕生した、見るからに特殊な術だと分かる。
「殿っ!怪しい者共を捉えましたぞ!」
陣中に向けて、忍者が叫ぶ。
「よくやった!お前たち、加勢してこい!」
ザザザッ、と複数の足音が駆け寄ってきて、トニー達三人は大勢のサムライたちから完全に包囲されてしまった。鈴を持った女魔術師の姿もある。
「……影丸様、こやつらいかがいたしましょう?」
サムライの一人が忍者に問う。この忍者の地位は低くはないようだ。
「殿の前に引っ立てい」
そう残して忍者が高く跳躍し、一足先に陣中に消えた。
「ヘル。どうすんだ、これ」
「さあな」
動かないそれぞれの身体を、サムライたちが二人がかりで担いで運んでいく。
「むっ!こやつ、太刀を!貴様、どこで手に入れた!?」
「そこら中に落ちてんだろ?バカか、お前」
「何をっ!」
「おい、ぐずぐずしてないで殿の前まで行くぞ!」
……
「殿、つれて参りました」
ドッ!
土がむき出しの地面に転がされる三人。乾いた地面ではなく、土が柔らかいのが幸いして痛くはない。
「ほう、こやつらが」
うつ伏せの状態から、トニーは目線だけを動かして声の主を確認した。
その場にいる人間の中で、一人だけ腰かけに座っている人物。赤い鎧兜は他のサムライと変わりないが、その上に真っ白な羽織と手には扇子を持っていた。殿……いわゆる王、キングと同意である。
羽織の背中と開いた扇子に丸印が四つ、ひし形に並んでいるデザインの絵が描いてある。おそらく家紋だ。
「物の怪の類にしか見えませぬが、言葉を話すのでひとまず捉えた次第にござります」
殿の隣に控える影丸……忍者がそう進言した。
魔族による侵入はこの日本でも日常茶飯事だが、日本語をしゃべってコミュニケーションがとれる魔族を見たのは初めてのことらしい。
「ご苦労であったな」
「ははっ」
「して……」
殿が最も興味津々なのはヘルのようだ。彼の前に膝をついて、しげしげと顔を見つめている。
「何だ、我の顔に何かついておるか」
「ほほう!誠に喋りおるわ!実に珍しいしゃれこうべじゃのう!」
手を叩いて大笑い。
恐怖心のかけらもない行動には、トニーらのように力を持った者達と通じるところがある。彼もまた、この地では力を持っている権力者の一人なのだ。大抵のことでは驚かない。
「あまり近づかれては危のうございますぞ!」
「殿っ!お下がりください!」
もちろん兵士たちは大慌てである。
「馬鹿者!ぬしらはまだ分からぬのか!こやつらが物の怪の種族であることは百も承知じゃ!だが、我らを取って喰うつもりならば、なぜ隠れていた!背後におるのならば、易々と陣を焼き払う事も出来たのじゃぞ!」
「……いかにも。おっしゃる通りにござります」
殿の怒声に皆が縮こまる中、影丸だけがそう返した。
「どうじゃ、少し話をせぬか。戦の渦中にも息抜きは必要であろう」
「ほう、秘境に暮らす蛮族のわりには頭が回るか」
「貴様ぁ!」
「このしゃれこうべ、我らを愚弄するか!」
ヘルが殿を誉めて軽口を叩くと、黙ったサムライたちに再び火がつく。
ゴッ!
「……っ!」
その瞬間、ヘルは頭上に鈍い衝撃を受けた。殿の力強い拳骨が振り下ろされたのだ。
「馬鹿者!少しはわきまえぬか!せっかく生かされた身をわざわざ捨てるような口をききおって!」
「ふん……貴様らこそ、我らと話したいという割には扱いが無礼ではないか」
ヘルもなかなか強情だ。
「かっ!言いおるわ!影丸、術を解いてやれ!」
「ははっ!」
忍者が人差し指だけ立てた両手を結んで目を閉じる。すると、トニー達の身体に自由が戻ってきた。
「おっ、動けるな。……あ?」
コキコキと首を鳴らしてトニーがあぐらをかくが、隣のカトレアはうつ伏せに倒れたまま動かない。立ち上がったヘルもそれに気づいて首を傾げている。
「くー……くー……」
「寝てんのかよ、このガキ!」
心配をして損をした、と彼女の尻を蹴るトニー。
「ひゃんっ!あぁー、閣下があたしのお尻を触ったぞ!」
飛び起きたカトレアは、尻を両手で覆いながら後ずさり、殿にぶつかった。
「ひゃん!サムライがあたしのお尻を……!」
「たわけ!」
「誰もガキの尻なんか狙ってねーよ!」
……
……
遠くで魔術師達の砲撃音が響く。
用意された床几に座って、殿と向き合う三人。手にはぬるい日本酒の入った碗まで持っている。
「わしは柴山元泰と申す。色々と騒ぎはあったが、なにせ戦の最中じゃ。許されい」
「俺はトニー・バレンティノだ。その骨はヘル。チビはカトレア。別にてめーらをどうこうしようって腹じゃねぇ。安心しろ」
ぐっと酒をあおり、トニーがそう言った。
「いける口か」
「悪くない酒だ。初めて飲んだが」
もちろんそれは米から造られた日本酒である。
ヘルは手をつけず、カトレアは「からいっ!」と顔をしかめた。
「物の怪が酒を好むのは知っている。人の肉もな」
侵入された時に、物資を盗まれていく事もしばしばなのだろう。だが、柴山はその怒りをぶつけるよりも先に魔族との交流を望んだわけだ。カトレアが魔術で翻訳をしてくれているところが大きい。
「俺は日本に来るのは初めてだ。こんなに美味い酒があるなら、いっちょ部隊でも投入してみるか」
「はっはっは!よその武家になら大歓迎じゃがな!」
幸いにも冗談は通じるようだ。
「しかし、ぬしらは地位が高そうじゃ。知性が感じられる」
「魔族だろうが人間だろうが下っ端はバカばっかなのは同感だ。そう言うてめーは国王か?」
「国王?意味が分からんが、わしは大名じゃ。今、この国では数多の大名が天下を統一すべく戦っておる」
カトレアが言っていた事と一致する。
ヨーロッパとアジアは大陸間で戦争をしているが、こんな小国が魔族の襲撃を受けながらも同じ人間同士で争っているというのだ。どの国々よりも危険な土地ということになる。
神経をすり減らして日々の生活を送る日本人は、欧州列強に比べてもより強い精神力を養ってきたに違いない。
「随分と余裕じゃねぇか。人間ってのは端から見ると馬鹿な事やってんだな。魔族はそんなことねーのによ」
「逆じゃ。こうも争いの絶えん世の中じゃぞ。早ようこの国を一つにまとめねばならんと、数ある名家がこぞって名乗りを上げておるのじゃ」
「そんなもんかね」
トニーがヘルの分の日本酒を奪って再びぐっと飲み干す。
「では、ぬしらの目的を聞かせてくれぬか」
柴山がそう言った。
「観光!」
我先に返したのはカトレアだ。
まったく違う回答になってしまっているが、目的を履き違えて本当にそう思っているのか、隠す為にそう言ったのかは定かではない。
「観光じゃと?戦場にか?何もなかろう」
「あたし達ね、忍者のファンなんだ!忍術教えて!」
これはおそらく本心だ。少し視線をずらして影丸を見るカトレアの瞳はキラキラと輝いている。
「待て待て!話が飛びすぎじゃ!」
「ははは!俺は土産に日本刀と日本酒が欲しいな!」
トニーも便乗してふざけ始めた。
「物の怪とはこうもお気楽な生き物なのか……!」
「俺たちは特別だよ。柴山、こっちの要求に応えるなら相手方潰してやろうか」
「トニー、それはいくら何でもやりすぎだぞ」
「いいじゃねーか、骨!なぁ、チビすけ?」
「賛成ー!」
これまたとんでもなく身勝手な事を言い出してしまう。
「馬鹿な……もちろんわしとて物の怪の強さは承知しておる。しかしぬしら三人で憎き本山の陣を潰せると申すか?にわかに信じがたい」
「殿、さすがに話が出来すぎております。忍術や物品を得た後に逃げ出すか、我らに刃を向ける危険性すらありますぞ。ご決断は慎重にお願いいたします」
柴山が表情を曇らせた。本山というのが敵方の武将の名前らしい。影丸も明らかに警戒している。
「えー?ケチぃ!」
「刀の一本や二本いいじゃねーか!寄越せよ!」
「そこまで申すなら先にやって見せよ。それならばぬしらの望む通りにしてやろう」
閉じた扇子でトニーを指し、柴山が言った。
「こっちは信じずにてめーの言うことは信じろってか?」
「サムライに二言は無い。武家に生まれた男児の恥である。ぬしらを術から解放した義理立てくらいしてはどうじゃ」
……
柴山家の陣を出て、山の頂上の敵陣を見上げる。
相変わらず術者達の砲撃は結界によって防がれ、その付近で双方のサムライたちによる白兵戦が繰り広げられていた。若干こちらが押しているように感じるが、陣に踏み込めないようならば敵を落とせない。
「ヘル、あの結界とかいうバリアは直接攻撃も防げるのか?矢とか槍とか、焼き討ちとかよ」
「どの程度のレベルの強さなのかは分からぬが、連続攻撃に耐えておる点からなかなかのものと見える」
「無理か。じゃあどう潰す」
次の手を考える。
「閣下、せっかくだから死霊術を使おうよ!」
「爆発するやつか?どうやる?」
「中からドーン!」
おそらく空間転移で侵入するという意味合いではなさそうだ。
「カトレアよ。それならば死体が中にある必要があるのではないか」
「お、ちぃと閃いたぜ」
トニーが得意げに鼻を鳴らした。
「むぅ?聞かせてくれ」
「陣の中に戻りそうな奴に爆弾をしかける」
「はぁ……?意味がさっぱりだが……」
大口を叩いた割には、トニーの考えは非現実的なものだ。ヘルはため息をついたが、カトレアが機転を利かせる。
「閣下、爆弾ってのは何か知らないけど、敵の本拠地に戻る兵隊を中で死ぬように細工すればいいんだよね?」
「そうだ。出来るのか?」
「呪術だね。ヘル閣下なら分かるんじゃないかな?」
ヘルは一瞬考えたが、すぐに答えた。
「遅効毒か、疫病の類か」
呪術には毒や病などを操るものがあるらしい。
「そうそう!あとは、それを持ち帰った人が中で死ねばいいのだ!」
「伝令係や部隊長程度のサムライを見つければそれも叶うだろう。しかし、死んだとの判断は?それに、死霊術は結界を越えて発動できようか?」
そこが問題だ。
「さぁ~?どうだろうねぇ?成功するといいなぁ!」
「まったく、どいつもこいつも……」
「まぁまぁ!とにかくやってみようよ!」
カトレアの瞬間転移が発動し、トニー達は場所を移した。
……
始め、戦場に到達した山の中腹よりもさらに上。いくらか敵陣に近い茂みに潜む。
「かかれっ!」
「やぁっ!」
「左へ回り込め!」
「させるか!押し返せ!」
目と鼻の先では槍や刀がぶつかり、悲鳴や怒号が飛び交っている。
「同じ言葉を話す相手が敵じゃあ、作戦もバレバレだな」
「内戦だしねー。いま叫んでた人、隊長さんかな?」
「そうかもしれぬが、陣に戻っている場合ではなさそうだな」
最前線よりもやや後ろ、弓を構える部隊に彼らは目線を移した。
こちらは人の行き交いが多く、さらに後方に控える本陣とのやり取りも少なくなさそうだ。ちょうど、騎乗している武将に対して、黒装束の伝令兵が駆け寄ってきて報告を行っているのが見える。
「アイツだ!」
トニーの一言で彼の不運な人生が決まってしまう。
「ふはは、刀が貰えるとあらば、急に残虐になりおるわ」
そう返すヘルの手元が琥珀色に輝く。呪術を発動させるべく詠唱しているようだ。
「……終わったぞ。遅効毒だ。解毒せねば10分と経たずにあの世いきだ」
「お疲れさん。それまでに陣の中に入ってくれればイイが」
今のところ、対象に変化は無い。
「あ、動くみたいだよ」
報告を終えて立ち上がった黒装束の男は、狙い通り敵陣へと戻っていく。
「ひとまず成功と言えそうだな」
「よし!移動するぞ、カトレア!」
「はいはーい」
瞬く間に景色が変わる。
……
麓の柴山家の陣とは対照的に、山頂の本山方の本陣は真っ黒な陣である。
形は正方形で大きさも大差はないが、やはり色の違いはわかりやすい特徴だと言える。
入り口は前方と後方に二つ。しかしぽっかりと口を開けているわけではなく、守衛が幕を上げて人を通しているという状況だ。
トニー達はその陣の左手。竹林からその様子を窺っていた。
「来たよ」
カトレアがつぶやく。
黒装束の伝令兵。
軽装なので忍者として働くこともあるのかもしれない。彼が近づくと、守衛のサムライが一礼し、幕をたくしあげた。
「入ったな。……ちょうど良い時間だ。中で遅効毒の効果が出ている頃だろう」
「死んだかな?それじゃあ……どかーん!」
カトレアの小振りな杖先が光り、新種の死霊術が発動された。
ドンッ!
爆発音。
「……!っと、違うか」
しかしこれは麓の柴山家の術者達が放った魔術が再び敵陣に降り注いだものだった。
そしてやはりそれは、見えない結界に阻まれて陣の少し手前で不自然に爆発する。
「何だ、やはり貴様の死霊術はあの中まで届かぬようだな」
中の様子は見えないが、結界はその内側に力を発揮する事はない。針一本でも通すほどに脆いものだ。いくら死体が吹き飛ぶ程度の小さな規模の爆発であろうと、風穴くらいは簡単に開けられるはずである。
「むぅ!なかなか手ごわいな!それじゃあ次は……!」
「いや、待て!おい、アイツじゃねぇか!?」
陣の中から出てきた人影。見紛う事なく対象の伝令兵である。
「まさか……なぜ生きておる!遅効毒はとっくに回っておるはずだぞ!」
カトレアの術はおろか、なんとヘルの術すらも効果を表していなかったのだ。何食わぬ顔で守衛の兵士と言葉を交わしている。
「……発火」
手のひらに炎を作り出すトニー。
「何をする気だ?」
「閣下?」
「ま、見てろ……おらぁ!」
ピッチングをする投手のように、トニーはそれを守衛と話す伝令兵目掛けて投げつけた。
そして見事に命中する。
ドン!
「おっ!当たった当たった!」
炎が広がり、二人を包み込む。
「あぁぁっ!」
悲鳴を上げながら倒れ、身体に煙がくすぶっているのは鎧を着た守衛のサムライ。火は消え、そのまま動かなくなった。
「何奴!?どこからじゃ!?」
しかし、確かにサムライと一緒に燃えたはずの伝令兵は立ったまま、刀を抜いて辺りを見渡している。
「はーん、どうやらアイツに秘密がありそうだな?」
「あの人、なんで魔術が効かないのかな?」
「あの黒装束じゃねぇか?砦に張ってある布地と似てる」
「待て、トニー。人間ごときがクルーズの使っていた闇のローブと同じ物を生み出したと言うつもりか」
技術は負けても、魔術の文明は魔族が二歩も三歩も前を行く世界である。偏見交じりの言葉ではあるが、ヘルが驚いてしまうのは当然の事だ。
「調べてみる価値はありそうだね!」
「陣に張られている障壁も結界の術ではないと……」
「さぁな。ほら、おいでなすったぞ」
ザッ……!
トニーの術が飛んできた方向、そこで騒いでいては見つかっても当たり前だ。しかし幸いにも、その伝令兵はたった一人で近寄ってきていた。
「なっ!物の怪か!くそっ、戦場に貴様らまで現れるとはっ!」
「おい、お前。質問に答えれば殺さないでおいてやる。いいな」
「なっ!?」
まずはトニーの言葉が理解出来た事に伝令兵がたじろぐ。しかしそれを無視してトニーは続けた。
「てめー、なぜ魔術が効かない?」
「えぇい!黙れ!でやぁっ!」
無謀にも、刀を振り上げて三人に突っ込んできた。
「クソが!話を聞く気もねぇらしいな!」
トニーがマグナム銃で刀を受け、つま先で相手の身体を蹴飛ばした。
「ぐっ……物の怪めぇ……」
黒装束の伝令兵は刃を地に刺して、どうにか後ろに尻餅をつくのを防いだ。
「あれ、閣下。そういえばローブと杖が無いね。あっちの方が受けやすいのに」
「フィラデルフィアに置いてきちまったみてぇだ。ついでに日本刀も取られちゃ、頼りになるのはコイツだけ……ってな!」
ズドンッ!
大口径の銃口が鉛の弾丸を吐き出す。
「ふごっ……!?な、バ……バカな……!」
腹部から流れ出る血。広がる痛み。
何が起こったのかを理解出来ないまま、伝令兵は後ろに倒れて絶命した。
「見事なものだな。それがクルーズを倒したという貴様の力か……」
「えぇ!?閣下、強いじゃん!?魔術が効かない人を簡単に倒した!」
ヘルは銃を見つめ、カトレアは銃声に耳を手で覆いながら言った。
「チッ!んなこたどうだっていいんだよ!一旦この装束を奪って戻るぞ!」
伝令兵がまとっていた服を剥ぎ取り、ふんどし一丁の姿にしてしまう。
「今の音は何だ!」
「こちらから聞こえたぞ!」
銃声を聞きつけて、陣の裏手にいた守衛二人が駆けつけてきた。
しかし。
「誰もおらんな……」
「むっ!これは、いったい……?」
彼らがふんどし姿の死体となった元同僚を発見した時には、トニー達はいなくなっていた。
……
……
「これがクルーズの愛用していた闇のローブに近いものだとしてだ」
柴山家の陣付近。切り株に腰掛けたトニーがそう切り出す。
「人間がどうやって作り出したのかはどうでもいい。銃弾はともかく、矢だったり投石みたいな物も貫通するのか?対して結界はそのすべても含めて防げるんだろう?」
「いかにも。クルーズがそんなものに当たるはずもないがな」
クルーズ自身も、まさか物理的な攻撃で殺されてしまうとは思っていなかっただろう。
「一つ気になってたんだけどさ。黒いサムライがいる方は、魔術師がいないんだよねー。反撃は刀や弓矢ばっかりだし」
「確かに。陣中で結界を張っておるとも考えられるが、この黒装束と同じ材質の生地で幕を作った……?」
それならば相手方に術者がいないのも当然だ。
「だったらあの砦は鉄壁じゃないぜ。石でもぶん投げてやりゃ終いだ」
「どかーん!したいのに!その練習に来たんでしょー?ついでに忍術と日本刀をもらってウハウハなのだ!」
「俺もそれは同感だが、忍術や刀よりも、あの生地を手に入れた方が使えるんじゃねーか?ロサンゼルスとフィラデルフィアの兵士全員の甲冑の上から羽織らせたら、どうなる。コイツはクルーズが自身だけに用意した特注品を量産するチャンスだ」
「トニー、貴様……」
「この戦、本山ってサムライにつくぞ。奴らの技術を買う」
……
……
立場を一転させたわけだが、すんなりと本山のサムライと話せるわけではない。
「好きにしろ。交渉するつもりか?それとも略奪を?」
「このまま見てたらいずれ黒いサムライが負けちゃうと思うなー」
ヘルとカトレアはトニーの意志に反対するつもりは無いようだ。
「簡単な事だ。本山を勝たせたきゃ、柴山を殺しゃイイ。そうすりゃ大量にこの服をいただける。柴山の拠点には出入りできるからな。一瞬で終わる。この服を着てりゃ、横にいる忍者の術も効かねー」
そう言うと、トニーは自らのスーツとスラックスを脱ぎ、奪った黒装束を身につけた。そしてその上から私服を着る。かなり膨らんでゴワつくが、動くことは出来そうだ。
柴山方には魔術師もいるため、陣ごと吹き飛ばすのは不可能だろう。彼を殺すには最接近する必要がある。
「きゃー!閣下、大胆っ!あたしは目のやり場に困ったぞ!」
「知るか。行くぞ」
柴山家の本陣の入り口は一目瞭然。人が二人通れる程度の切れ目が敵陣の方を向いている。
当然見張りの兵士が立っており、白い幕に彼ら二人の赤い鎧兜のコントラストが目立つ。さらにその側には白装束に数人の術者達がひざまずいて、やはり彼女たちは鈴を鳴らしていた。
「止まれ」
見張りら二人の槍が交差して、トニーの進路を阻む。
「……なんだ?通せ」
「何用だ。殿との約束は未だ果たしておるまい」
「その柴山に話があるから来たんだろ。下っ端に話す事なんざ何もねーよ」
ガチャン!
×の字に組まれていた槍は、トニーの顔に向けられた。
「殿と話したければ先ずは本山方の大将を倒してこい!」
「ふん、優秀な見張りだな。ウチに欲しいくらいだぜ。……通せ」
「たわけ!何度も……うっ……!?」
何の前触れもなく、サムライ達がその場で倒れる。
一人はカトレアの術が胸に穴を開け、もう一人はヘルの大鎌が首元を通過していた。
「通るぜ」
中には椅子に腰掛けた柴山と、脇に控える影丸だけである。
「む?なんじゃ?」
「貴様ら、寝返ったか」
柴山はトニー達の姿に困惑したが、影丸は瞬時に状況を把握して刀を引き抜いた。
「なんじゃと!おのれ!恩を仇で返すとは、見損なったぞ!おい、皆の者!」
柴山が声を張る。近くにいたのは見張りの二人と、鈴を鳴らす魔術師達。
見張りは倒したので、駆けつけるとすれば彼女らだけだろう。
しかし……
ガチャ……ガチャ……
後方からは鎧が擦れる音。
「……!」
二人のサムライ。一人は腹部に大穴が空き、もう一人は首が無かった。
そう。たった今殺したはずのサムライ達が、動いているのである。
「うぇー。気持ち悪ぅ」
「これか、フレイムスが言っていた死霊術は」
「カトレア、ゾンビは任せた。ヘル、やるぞ!」
トニーの指示が終わる前に、影丸はすでに彼の眼前に迫っていた。一歩の跳躍。低い姿勢で突っ込んできた形だ。
「バカが!」
トニーは身体をひねって刀の切っ先をギリギリで避け、同時に懐から取り出した大型拳銃で影丸のこめかみを撃ち抜いた。
ズドン!
頭部を半壊させながら転がる影丸。
「なっ!?」
目を剥く柴山に、ヘルが仕掛ける。
「貴様の相手は我だ」
ブンッ!
右から左へのなぎ払い。
「小癪なぁっ!」
「ぬぅっ!?」
柴山は見事な太刀さばきでヘルの大鎌を弾き返し、脇がガラ空きになったところへ刀を突き立てた。ザクッ!とヘルの背中からローブを貫いて鈍い刃が顔を出す。腹部を貫通したのだ。
「ヘル!」
トニーが叫ぶ。
だが、次の瞬間には、激しい血飛沫を舞い上げて柴山の首が飛んでいた。
「……なかなかの手練れだったな。さすがは大将首」
「お前、平気なのか……?」
「骨身の合間を突かれて、痛いと思うか?」
ヘルが振り返ると、突き刺されていた刀はスルリと地面に落ちた。
カトレアはどうかと目をやると、一体を焼却し、もう一体を氷結させて遊んでいた。幼い容姿とは裏腹に、やはり魔術師の権威である三魔女と呼ばれているだけの事はある。
「おーしまいっ」
「ここにいては、また次なる敵がやって来よう」
「そうだな。本山ってサムライへの手みやげには、柴山の首がイイだろうと思っていたところだ」
トニーが柴山の首を持ち上げる。兜をかぶった頭部はずっしりと重い。ヘルに放ると、それをローブの中に覆って隠してしまった。
「上へ参りまーす」
……
フッと景色が入れ替わり、トニー達は本山方の陣の裏手に転移した。
「なっ!」
「よう」
銃声のもとで味方の亡骸を発見した後、守衛は一人だけ持ち場に戻ってきていた。その目の前に現れたので、すぐに見つかってしまう。
「な、な、なんじゃ!?物の怪か!?話せるのか!?」
「柴山の首だ。これをやるから本山に会わせろ」
トニーが言うと、ヘルがそれを地面に転がす。
三度、守衛のサムライは驚いた。
……
……
本山家、陣中。
表から見ると黒い幕で囲われている以外には何も分からなかったが、その中には木製の掘っ建て小屋があり、本山方の大将はその中にいた。
「左様か……では、感謝せねばなるまいのぅ……」
そう言って深々と頭を下げる本山家の家臣、佐々木十太郎は六十を越す老年の男性だった。鎧兜は身につけておらず、藍色の和服に脇差しだけをこしらえている。
この場所はあくまでも簡易的な拠点で、大名は別の場所にある城にいるらしい。だが、この場を仕切るのはこの佐々木である為、こうしてトニー達は中に通されて彼と対面していた。
「気まぐれだ。礼なんかよりも、欲しいものがある」
全員があぐらをかいて木の床に座る会合の中、トニーがそう言った。
「柴山家は我が本山家の仇敵。この上ない大殿への土産が出来たのは誠に嬉しい限りじゃ。して、望みとは?可能ならば手立ていたす、としか返せんが」
トニー達の働きが本当にありがたいものだったようで、佐々木は幾分友好的だ。
「この黒い布、ここを囲んでいる幕と同じ物か?」
ジャケットの胸元から剥ぎ取った黒装束をチラつかせる。
「む、どこでそれを」
「いいから答えろ」
佐々木も薄々は感づいているようだが、それ以上は追求せずに従った。
「……そうじゃ。日向の国でのみ穫れる、貴重な綿を編み上げておる。破魔衣と言う」
おそらく日向という場所が本山家の本拠地に近いのだろう。魔術師が練成したものではなく、自然界から得たものならば、半永久的にその効力を持続させることが可能だ。
「コイツをいただきたい。大量にだ。出来るか?」
「大量とは?」
「そうだな。人間で言えば数千人規模か。加工や裁断はこっちでやるから生地だけでいい」
魔族の体躯は様々な大きさである為、デフォルトを用意するわけにはいかない。
「なんと……そんな量を一体何に使うつもりじゃ」
「訊いてどうする。少なくとも、てめーらを襲ったりはしねーよ。そのつもりなら今ごろお前は死んでる」
「あいわかった。じゃが、わしが決めるにはあまりにも大それた内容じゃ。大殿に伺いを立てねばならぬ故、しばらく回答を待っていただきたい。おそらく、可能だとしても何かしら交換条件がつくはずじゃ」
「ふん、柴山の首だけじゃ不満だってか」
トニーはそう言って鼻を鳴らしたが、これは予想していた。
本山家を完全に潰してしまっては、生地の生産を一からやる必要がある。ロサンゼルスの少ない手勢を日向という土地に移住させるなど、現段階では夢物語だ。よって、魔族と人間による世界初の交易を結んで本山家の生産技術を利用する方が合理的だと言える。
外からは、本山家の軍勢の勝ち鬨が聞こえている。柴山の死が自陣と敵陣に知れ渡り、形勢は一気に逆転。柴山方の残存兵は敗走を始めたようだ。
「ボスの回答をもらうのにどのくらいかかる?」
「急ぐのか?早馬を飛ばしても二、三日はかかる。間違っても勝手に大殿に会いに行ったりするでないぞ」
「お前が行くわけじゃないんだな?」
「わしはしばらくこの地に留まるからの。数日経ってまた訪れてもらいたい」
その取引は回答次第というわけだ。有用なものは手に入れるだけでも手間がかかる。
しかし、破魔衣とよばれる装備と魔族の強靭な身体に鎧を合わせてしまえば、まさに鬼に金棒。鉄壁の防御力を誇る部隊が完成する。間違いなくロサンゼルス、そしてフィラデルフィアの兵団は人間達にとって、最も脅威的な敵となるだろう。
……
……
わずか二週間の後。
まずはロサンゼルス城の兵士達の間に、破魔衣が支給された。本山の殿様が提示してきたのは、魔族が彼らの居住区には手を出さないという条件だった。この間に二度目の大魔定例幹部会を挟んでいたトニーは、そこで「日本の日向という地域にはロサンゼルスの間者を駐屯させるから侵入するな」と発言して、他の六魔将の活動を抑止させた。案外と反発はなく、穏便に事は済んだ。
破魔衣は、生産量の問題でフィラデルフィアへの配備が少し遅れている。しかし、ヘルは正規軍と共に人間の国へと侵攻するわけではない為、さほど火急になる必要はないだろう。
布地の使用量を最小限にする為、それぞれの装備品の裏に破魔衣を貼りつけている。これは、トニーが留守の間にフランコらが侵入したイギリスの領地で攫ってきた女達に加工させた。もともと装備品を身につけていない大型の魔族にも、服や頭巾などをこしらえてある。とうとう労働力として人間を強制連行する事をも本格化したのだ。
だが、城内に人間を住まわす事で問題も起きた。警備のリザードマンが喰ってしまったのである。そのせいで死を恐れた数人の人間が脱出を図り、辛くも射殺せねばならなかった。
トニーは、始めはロサンゼルスに連れてきた人間にも自由を与えるつもりだったのだが、結局牢獄に近い隔離棟を作る運びとなった。もちろん見張りは人間であるファミリーの組員に当たらせている。
他にも料理人、技術者、売女など、バレンティノファミリーが必要とする職種が着々と集められ、生活水準は格段に向上する。
付近に住む魔族の志願兵が増え、兵士の数は千を超えた。フィラデルフィアの巨大カマキリの発生は止んでいないが、ついに銃弾の生産が可能になったのをきっかけにトニーは侵攻を開始する。




