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番外編 三介殿のなさる事よ

私は織田信孝。

織田家中興の祖、織田信長の三男にして天下人・織田信忠の弟である。

讃岐織田家当主として政務に明け暮れる日々、なのだが。


今日も朝から執務室で書類仕事であるが、何となく集中できず浮かんできたのは昔の事。

最近忙しかったし、ちょっと頭の整理がてら思い出に浸ってみよう。



私には、天下人の他に兄がもう一人いる。

名は織田信雄。

天下に隠れなき名将として名を馳せる、自慢の兄だ。


母が違うため同い年であるが出生届順により私が弟になった。

今思えば弟で良かったと思う。

あれほどの名将を弟に持った日には絶対に胃がもたん。

しかも同い年だ、発狂するかも知れんな。


昔はムキになって一人で張り合っていたが、完全に若さゆえの過ちよな。

危ういところだった。


信忠兄は優秀だから信雄兄を上手く使っている。

私にはとてもとても。


無論、私とて努力してきた。

北伊勢の名族・神戸氏を継いでからも父上や信忠兄に従い各地を転戦。

領地経営も工夫を凝らし、岐阜や安土を真似た小振りながら立派な神戸城を作ったりもした。

その甲斐あって、四国攻めの大将を命じられた時は嬉しかったな。

遂に信雄兄を…当時は三介と呼び捨てしていた…見返す事が出来るのでは、と。


ただ、信忠兄の想い人を結び付ける動きを途中で止めねばならなかったのは痛恨事だった。

結局は信雄兄が引継いで上手く収めてしまったのだがな。

戦以外で功を上げる、いやあの兄の事だから家族を大事にすることのみ考えていたのだろう。

これが信忠兄の心を掴むという意味で、最大の功だったのは間違いない。


当時の私は若く、機転も効かなかった。

両方を同時にこなすなど思いもよらず、後で悔しい思いをしたものよ。


ただただ征討軍の大将抜擢に気が逸り、周りを見る余裕もなかった。

副将として付けられた丹羽長秀や従兄弟の信澄にも頼り、指示を出しの必死であったな。


半ば強引に兵数を集めて四国に渡り、長宗我部を押し返して讃岐と阿波を抑えた。

ここで三好の養子になることが決定されて二ヶ国が約束される。

まさに絶頂期。

しかし今にして思えば全て織田家の威光よ。


ともかく有頂天になりかけた私だったが、そこに冷や水を浴びせる報告が一つ。


それは、明智光秀が謀反したというもの。

畿内の管轄で大軍を持つのは明智くらい。

しかも明智は頭脳明晰で戦もずば抜けて上手い。


一瞬、父上や信忠兄らの身に危機が及んだのかと腰を浮かしかけた。

しかし続けて届けられた報告に、力が抜けて座り込んでしまう。


私はその報告を終生、一言一句忘れはしないだろう。


──北畠侍従様、兵二万を率いて明智軍を撃破!大殿と岐阜中将様はご無事です!──


それを聞き茫然自失の体となった私。

北畠侍従とは信雄兄の当時の尊称だ。

色んな事が頭を駆け巡る。


何故、三介の名が出て来る。

何故、三介が大軍を率いて明智軍を破ることができた。

何故、三介で父上と兄上を救助できる。

何故、三介は明智のことに気付けて兵を集めることができた。


何故、三介に気付けて私は気付けなかったのか…っ


答えは簡単。

三介、いや兄上が私より優秀だったから。

ただそれだけなのだろう。


視野の狭い自分と広い兄。

その差は歴然。


後で詳しく聞いたところ、伊賀の忍び衆を組織していたのが功を奏したらしい。

確かにそんな話は聞いた事があった。

情報が大事なのは最早常識。

しかし、士分として丸ごと抱え込むなど理解の外だったのも事実。


これが彼我の差ということか。

張り合う気持が強く、己の目が曇っていたと認めざるをえない。


戦を好まず、家族を愛し平穏を望む。

あの頃は武士にあるまじき軟弱さと、嘲笑さえしたものだが。


しかし実際には養子に入ってすぐ剣術を修め、求められた戦場には必ず向かい勝利をもたらしてきた。


戦は八割方が開戦の前に決まると言う。

それは、情報が大事だということ。


見るべきものを見ず、分かったつもりになっていた私は何様か。

所詮はつもりで全く理解してなかったというのに。


信雄兄は全てを理解し、努力を怠らず配下の充実に努めた。

北畠と言う伊勢の名門に胡坐をかかず、むしろ名声を利用して各地と好を通じてさえいた。

義理の父親を都に送り込み、公家衆との繋がりを持った事など最たるものだ。


全く、敵わない。

兄から遅れること十数年、曇りのとれた我が目に映る世界の何と広いことか。


さて、まずは兄たちの愛する家族…一門を守ることから始めよう。

従兄弟の信澄は優秀だ。

これまでは自分より下位の存在として上手く使うことしか考えてなかったが、今後はちゃんと当人を見なければ。

信澄の妻は明智の娘。

兄たちのことだから無いとは思うが、連座の可能性もある。


報告が来てから咄嗟に押し込めていたが、当人の動揺ぶりから繋がりはないと見て良い。

うむ、若干後ろめたいが直視しないとな。

誰か信澄をこれへ!



* * *



そうして幾らかイザコザはあったが、何とか和解。

即座に父と兄たちへ使者を送り、上手く取り成せたと思う。

今では私の良き右腕だ。


ちらりと横目で見やる。

そこには書類仕事に精を出す信澄の姿。

独立の話もあったが、恩を感じたのか与力となってくれた。

とても助かっているのでもう手放せない。


視線に気付いたのか疑問の声を上げる信澄。

何でもないと笑みを送って視線を外す。


家族を大事にする自慢の兄たち。

片や広い視野に立って全てを見下ろす天下人。

片や分限を守ると称して陰に隠れつつ全てを見通す名将。

この二人が居る限り織田家は安泰。

天下泰平も末長く続いて行くことだろう。



そう言えば、完璧超人に思える信雄兄にも欠点がある。

奥方に頭が上がらん所だ。


文武両道の名将でも敵わないとはどれほどの女傑か。

そう思って改めて訪ねてみたことがある。

しかし何の事はない。

極々普通の、夫を立てて奥を仕切る良妻賢母の鑑と言える方だった。

…いや待てよ、それは普通とは言えないよな。

何かと上等な存在過ぎて基準が分からなくなっている。


ともかくこれは、周囲にそう吹聴しているだけで実際は異なるということ。

さらに我が兄弟の中でも随一を誇る側室の数を持つ信雄兄。

彼女たちや周辺が騒がしくなった事は一度もない。

それだけまとめる力と魅力を持っていると言うことだろう。


いつだったか、信忠兄が我ら兄弟の中で一番父上に似ているのは信雄兄だと言っていた。

色んな意味で同意せざるを得ない。


私も側室は持つが、二人だけでも大変なのに恐ろしいものよ。

信澄なぞ側室は一人も持たんというに。

まあ何人であれ、家族仲が円満なのであれば言う事はない。


巷では父上と子の数を競っているのでは、などという笑える憶測まである始末。


私は兄上に賭けてる。

内緒だぞ。



* * *



おう、昼休憩だな。

結局ほとんど書類が片付いてない。

信澄に見られたら怒られるから隠しておこう。


せっかくだし、もう少し思い出し語りを続けようか。


いずれ生まれる孫への語り練習とでも思えば苦ではない。

夢中になって考えてた辺り、どこにも苦の要素はないのだが。



阿波三好の養子となり、二ヶ国の太守が確定となった頃。

四国攻めを含めた各地の遠征軍からの報告。

そして論功行賞が行われると皆が安土に集まった。


そういえば三介、じゃなくて信具兄の論功行賞もあるんだったな。

と言う事はそちらが主題目か。


信忠兄は織田家の当主であり、その対象足り得ない。

天下人への道筋作りは父上がやってるとは言え、だ。


自分の名誉や立身も大事だが、果たして兄の躍進がどれほどのものか。

そこがとても気になっていた。


そして始まる論功行賞。


まずは織田家の重臣たちから。

柴田勝家、羽柴秀吉、滝川一益、丹羽長秀たちの名が列挙される。

特に丹羽は私をよく支えてくれた。

織田家からの褒美に加え、個人的にも礼をすべきだろう。


続けて一門衆。

目玉は弟の信房で、武田を継ぐことが発表されて場はざわめいた。

私も驚いたが、これも信具兄が裏で動いた結果だと知っている。

滝川は知ってるだろうが、柴田や羽柴はどうかな。

ちょっと優越感。


そして私の番。

正式に三好家を継ぎ、何と官位も貰って三好讃岐少将信孝という誇らしい名乗りを頂いた。

代わりに北伊勢の所領は召し上げられたが、神戸城周辺だけは残して貰えた。

その心遣いは嬉しいが後で返還しよう。

私は四国に注力すべきだろうからな。


信包叔父上の話が無かったのが不思議だったが、いよいよ信具兄の話に。

軽く見渡せば、一門重臣興味を持たぬ者など一人もおらぬ。

分かるぞ皆の気持ち。


まず父上が明智の乱について滔々と話された。

信澄や細川が若干身を固くしたが、連座はないから安心して良いぞ。


当然ながら明智の所領は全て召し上げ。

討伐に活躍した蒲生賦秀に丹波が、他の地も一門たちに与えられた。

賦秀は妹婿なので義弟になる。

信具兄に従って活躍したと言うのだから、まだ若いながら見所があるな。


その兄も賦秀の武を見込んで同行を許したと言う話も聞いた。

あの三介殿が評価した若者、と言う風聞も広がってると聞く。

兄上が認めた若者か…。

羨ましいな。


おっと気が逸れてしまった。

父上のお話は続いている。

やがて一定の区切りがついたところで父上は溜めた。

それはもう溜めに溜めた。

勿体ぶって、一体何だ?


兄上への褒美なのは誰しも予想している。

それほど凄まじいものを用意したと言うのか。

大いに高まる期待の気配。


そして遂に放たれたそれは?


──三介が器量、誠に雄大。働き見事。雄々しく駆けるは若獅子が如し!

──よって連枝筆頭の地位を確たるすべく織田姓と信雄の名を授けるものなり!


などと言う言葉だった。

広間は静まり返っている。

それはそうだ。

仰々しい褒め言葉で大々的な賛辞なのは十分伝わる。


しかし何だこれは。

父上から直接授ける褒美が、織田信雄と言う名のみ?

ありえん!


重臣たちの間にもざわめきが広がる。

そうだろうそうだろう。


思わず兄上の方を見てみるが、いたって平静。

え、何その反応。

あんな恩賞で何も思わないのか?


いや、落ち着け。

信忠兄を見ると、実に穏やかな表情。

ふむ?

続けて信包叔父上を見ると、苦笑。

…そうか!

あくまでも今のは父上からの褒美。

言わば名誉の話だ。


織田家の当主は信忠兄だから、真の論功行賞は今から!

全く父上も兄たちも人が悪い。

いや、勝手に勘違いした私たちが滑稽なだけか。


鎮まれと皆に申し渡し、改めて信忠兄の方を向く。

信忠兄は一つ頷き、褒美を言い渡すのだった。


伊勢、伊賀に尾張の三ヶ国。

三ヶ国は当然の報償だと思うが、何より尾張が含まれてるところが大きい。

何せ織田家本貫の地だ。

これは父上も信忠兄も大いに認めた証左。

うむ、納得だ!


官位も従四位下左近衛権中将。

私の正五位上左近衛少将とは一つしか違わない。

もう少し上でもいいとは思うが、ここは朝廷との絡みもある。

仕方がないか。


とにかく目出度い。

明智の乱という痛恨事はあったが、信雄兄の働きで全てが良い方に作用した。

織田家による天下平定は目の前ぞ!


おっと、その前に。

神戸城を信雄兄に進上しよう。

信包叔父上すら兄上の為に伊勢の所領を手放したのだ。

私だけ持っておくことは良くない。


それと…心苦しいことだが、信雄兄にはきっちり謝罪せねば。


頃合い良く父上から兄弟が召集される。

そこで所領の返還と、過去の愚行を謝罪した。


信雄兄は快く私の愚行を許し、家族には三介と呼ばれたい旨を話された。

特に同い年の私とは三介、三七と呼び合う仲でありたいと…。

何と器の大きいことか。

やはり私とは全く違う。


その後は家族での団欒と相成った。


信忠兄が松姫様を自慢し、信雄兄が雪姫様を自慢する。

負けじと父上が孫自慢を行い、それは我らの子だと指摘される。

何とも愉快な一時であった。



* * *



ふと気付けば昼休憩どころか夕方に差し掛かっている。

ちょっと夢中になりすぎたな。

目の前には鬼の形相をした信澄の姿。


うむ、最近少し働き過ぎではないかな?

偶にはのんびり、信雄兄のように過ごしてみてはどうだろう。


我ながら咄嗟にしても微妙な提案。

案の定、頃合いが悪かったようだ。


忙しいのは事実だが、休みたいならせめて一言申請をすべき。

何も言わずに机に向かってると思っていたら、全く筆が進んでいない。

これは朝一の書類であり、これまで一体何をやっていたのか。

全くもって一々御尤も!


ただ少し、これまでのことを省みつつな。

兄上の事績についても考えを巡らせていたのだ。


そう言うと信澄は少し考えて言った。


あちらは悠々自適に過ごしていると聞いています。

仕事は上手く割り振り、兄君からの依頼ものらりくらりとかわし続けて。

優秀な方に上手くサボられると困りますね。

ほんに三介殿のなさる事よ。


なんて笑いながら。

ちょっと待て、笑いごとではないぞ。


信雄兄上は仕事をサボりがちなのか?

あんなに優秀なのに。


頷く信澄を見て沸々と湧いて出る何か。

きっと八つ当たりに近い何かだろう。


よし、信雄兄に使者を送れ。

何と?決まってる。


伊勢に引き籠ってないで働けボケェ!だ。



多少口が悪くとも、笑って受け止めてくれるだろう。

そんな度量のある人なのだ、あの兄は。


おっと信澄よ、そんな恐ろしい顔をするな。

なに、他人に言う暇があったら…ああ分かっているとも。

だが今日はもう遅い。

早めに上がって飲みに行かないか?

私の奢りだ。


それならお供しますと、現金なことだ。

いやいや問題ない。

せっかく考えてた兄上のことを肴に、飲み明かそうぞ。

分かっておる。

明日はちゃんと働く…お、おう二日分な、分かっておるとも!



* * *



わっはっは!

そうそう、それで雪姫様…ああ確かに義理の姉だがどうも姉とは呼びにくいのう。

それでえーっと、そう信雄兄が大切にし過ぎと言う話であったか。


私とて鈴与のことは大事に思うておる。

しかし最終的には神戸も、信忠兄の方針とは言え三好の名も捨てて織田に復してしまった。


信澄は津田を称すが、別に織田でも構わんと思うぞ。

ああ、磯野もあったな。

まあ今更な話ではあるし深くは突っ込まんが。


ふぅー、些か酔いが回ってしまったようだ。


もっと昔を思い出す。

私は当初伊勢神戸家の養子となり、その娘・鈴与と婚姻を結んだ。

この辺りは信雄兄と同じだな。


しかし私なりに大事にしたつもりだが、兄上たちとは根本が異なるらしい。

結局娘が一人出来ただけで、男子は側室からしか生まれなかった。


三好家は元々阿波に根付いた一族で男子も多数。

養父にも男子どころか孫までいた。

だから織田に復しても問題はなかった。


一方で神戸家は男子が無く、このままでは御家断絶。

鈴与が随分と気を揉んでいた。

だから信雄兄に頼んで養子を貰い、娘と結ばせ神戸家を継承させたのだ。


しかしそのせいで、鈴与は娘について行ってしまい我が屋敷には正室が居ない。

側室の一人が仕切っているから問題はないのだが、ちょっと情けないな。


養子と娘は、伊勢神戸城を与えられて信雄兄の家臣となった。

あいつも形式上は俺の養子だが、事実上娘が嫁いだようなもんだ。


まあ鈴与としても故郷の方が気は休まるだろう。

そう思い許可したのだが、何を思ったのか雪姫様のお付きになってしまった。

いや、義理の姉だし問題ないんだが。

色々と複雑な気分だ。


讃岐織田家は我が嫡男・信茂が継ぐ。

あやつも未熟なりに嫁を迎え、孫の誕生を今か今かと待ち望む日々。

私も信雄兄が言うように、隠居を考えるべきか。


おっとスマン。

ささ飲もう飲もう。

わっはっは、今宵は実に気分が良い。

別室で飲む家臣らにも振舞ってやろうぞ。

無礼講じゃ!



まあ信雄兄は口だけで隠居する気配は全くない。

昔からとんだ食わせ者よ。


だから皆から言われるのだ。

毎度驚嘆をもって、三介殿のなさる事よ!とな。


無論、我が自慢の兄である。


色々と影響を被った人の視点。

イージーモードが適用されるのは三介君だけではないのです。

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