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五月 甘い恋と苦い噂 

「もしかして、先輩ですか?」

 ふとそんな声に、呼び止められた。

 

 俺の浪人が決まってから、約一月ほどの月日が流れ、本格的に授業が始まった頃。昼食を買いに行こうと、向かいのコンビニに向かう途中の事だった。ちなみに予備校の周辺にはやたらコンビニや弁当屋が集まりやすい。

下手にオフィス街に出すよりも集客が安定しているからだという。これマメ知識な。

  

 そこにいたのは、坊主を少し伸ばしたような中途半端な髪型の男だった。

 「やっぱり、先輩ですよね。落合先輩ですよね。」

 

 俺の名前を知っているという事は、どうも人違いではないらしい。

 しかし、俺にはピンと来ない。

 誰だっけ?

 と思いつつも知らないとは正直に言えずに、難しい顔で押し黙っていると向こうから勝手に自己紹介を始めてくれた。

 

 「岸本です!岸本 文太《文太》です!先輩の一つ下の岸本文太です!」

 と鬱陶しいくらいの自己主張でようやく記憶の回路がつながった。

 「あぁ、文太か。なんだお前、浪人したのか?」

 「はい!力及ばず、ここに馳せ参じました。」

 

 いや、そんなに力を込めて言うことじゃないだろ。

 もっと恥じらえよ。

 そう言えばこいつは先輩に対してはアホみたいに腰が低かったな。

今も何故か少し前かがみだ。


  「それにしても、驚いたな。お前、頭良くなかったっけ?」

 この文太は見かけによらず、中々勉強ができたはずだ。

それも県内の国立であれば、どこでも余裕で受かるほどに。

 「いえ、まあ……その自分、ちょっとテストが苦手で……」

 「あー、なるほど。」

 普段の定期テストや模試はこなせるが本番に弱いタイプか。

 いるいる。

 

 「まあ、なんだ。その、頑張れ。」

 といつつ、文太から少しずつ距離を置く。

なんか、こいつと話していると妙な違和感を感じるんだよな。

 何故だろう……


 「そういうことだ、じゃあな。」

 と言って俺は文太と別れを告げる。

文太の方も、高校での先輩後輩関係があると関わりづらかろう。

 という俺の年長者なりの配慮のつもりだったが、文太はそんな俺のその意に反する。


 「まっ、待ってください。先輩!」

 そこでようやく違和感の正体に気づいた。

 「おい、文太。お前その先輩を付けるのやめろ。微妙にくるぞ。」

二浪ならでは悩みであるそれは、ボディブローのようにじわじわと俺の胸をえぐってくる。

 いや、別に先輩といて扱ってくれるの嬉しんだよ。

ただ、周りの人間に二浪の思われるのがね……

 予備校において多朗生への敬意など大学生に政治の話を振るのと同じくらい得るものがない。

 

 「はあ」

 文太は微妙に納得のいかないような顔でぎこちなく首を傾けつつ、それでも話を続けた。

 「でも、せめて昼飯くらいは同席させて下さい。自分、先輩にちょっと友達のことで相談したいことがありまして……」

 「うーん」

 二浪に浪人の相談をするのは、悪くないチョイスだが俺も暇では……

 

 「先輩!」

 「だから、先輩って呼ぶなって。」

 「せ……じゃなくて、お、落合さん!

 自分、その友達に相談にちゃんと乗れなくて、それでどうしたらいいか分からなくて、せ……落合さんしかもういなくて、それで今日を声を掛けたんです。」

 うぐ……

 

 「落合さんはあまり思ってないかも知れませんが、自分にとっては落合さんは今でも俺の先輩です。」

 ぐぐぐ……

 「だから、お願いします。せ……落……先輩を頼らせてください!」

 訂正に訂正を加え結局、元の木阿弥もくあみになった俺の呼び名。

 とは言いつつも後輩の熱い頼みは胸に迫るものがある。

 なんといっても一年ぶりに先輩という立場として話をしているのだ。

忘れかけていた何かが徐々に息を引き返し、それと同時に文太にも情が移り始める。

 なんだろう、この胸を焼く熱い気持ちは……


 「あー、もう分かった。後で話を聞いてやるよ。」

 「ホントですか!?ありがとうございます!、ありがとうございます!」

 と何度も礼を言う文太は腰をぴったり九十度に曲げ、大仰に頭を下げる。

 しかも大声で。

 そのため、コンビニ前の他の予備校生たちが何事かとこっちを見てくる。

 

 「おい、やめろ。俺が予備校で噂の人になるだろ。」

 「はい!すいません!!」 

 しかし文太は俺の苦言にさらに大声で返事をしたため、俺はその襟首を掴んで無言でコンビニに引き入れるのだった。

 いや、ホント勘弁して。


 


 という訳でその日のすべての講義が終わった夕方。

 俺とその道中でたまたま出会って無理やり連れてきた師道の前には文太ともう一人、知らない男子生徒がいた。

 「先輩、この度はありがとうございます。」

 もはや、俺の事を先輩と呼ぶことに何の躊躇いもない文太はすぐに隣の生徒の紹介をする。

 「それで、早速ですがこっちは俺と同じ高校で今も同じクラスの工藤です。」

 「ういっす。」

 と初対面にしてはえらく軽いノリで挨拶をしてきたそいつは、見た目も浪人にしてはかなり派手めだ。

長い髪とうるさい顔が煩わしい。

 「んで、なんだよ。その相談って。」

 「いや、聞いてくだせーよ、パイセン方。俺っち、今超エキサイトしてんすっよ。」

 「お、おう」

 

 なんか随分とファンシーなのを連れてきたな。

 キャラがエキサイトし過ぎて全く掴めん、というより掴みたくない。

ただ一つ言えるのは、もしこいつが大学生だったら確実に殴っていたという事だけだ。

 あまり関わりたくない。

 師道に至っては遠い目をしてるぞ。


 「おい、先輩だぞ。」

 「ういうい、問題ナッシング。二浪はまだ話が通じるって皆も言ってた気がする、どっかの噂で聞いたなり。」

 と言って文太の注意に敬礼で答える工藤とやら。

 しかし、見て目はあれだが割と情報収集は出来るらしい。

 確かに今の話し方を俺より上の連中にしてたら結構面倒な事になっていたぞ、多分。

 その傍らで師道がぼやく。


 「おい、なんで俺を呼んだ?」

 「うーん、俺にも分からん。」

 「帰る。」

 「まあ、待てよ。なんかあるはずだ。きっとあの煩わしい外見と違って意外にもナイーブな問題を抱えているかもしれん。」

 遠い目からふと正気に戻った師道が嫌そうな目で帰ろうとするのを必死で止める。

いや、普通にこんなのを一人で相手にしたくない。


 「パイセン方、まじチめてーーー。」

と俺達の前で、鬱陶しく騒ぐ工藤は鬱陶しく傷つく。

鬱陶しい……


 「ほ、ほらな。うちの高校の後輩が悩んでんだ。話くらい聞いてやれよ。」

 「そうなんっすよ、超悩んでっすよ。ていうか、先輩まじやさすぃー。さすが落ち郎さんですわー。」

 「誰が落ち郎だ!ぶっ殺すぞ。」


 人の名前を勝手に略すんじゃねぇ。

 そしてなぜそこだけ残した、悪意しか感じねえぞ。

 「いい加減にしとけ、相談聞いてもらえないぞ。」

 「さーせん、まじさーせん。それで聞いてくださいよ」


 全然反省などしてないように見えるが、ここで俺が切れても何の利益も生まないため今は静かに話を聞くことにした。


 「俺ッチ、ここに入る前に彼女がいたんですけど~なんか俺が浪人するって言ったら、すぐに別れ話しやがったんですよ。

なんかそれにすげ~腹立っちゃって~。まじあんな女ねーわってブログ荒らしまくって別れたんっすよ~。」


 口調はかなりむかつくが、会話の内容はさらに腹立たしい。

というより、なかなかのクズっぷりだ。

 「そんで、ここで俺まじ勉強しよーって消沈しながら意気込んだら出会ってしまったんですよ。」

 ここで工藤は微妙にためを入れる。

 鬱陶しい……

 どうせしょうもない話だろ。


 「そこで、すっげー美人さんを見つけたんすよーーー!」

 興奮気味でそう言う工藤に俺は冷ややかな目を向け、師道は立ち上がる。


 おそらく予備校で聞いた中でも1、2を争う程の無駄話を聞いて俺も師道を止める気にはなれなかった。

 無理もない。

 予備校において恋愛など敵以外の何者でもない。

 もはや害悪ですらある。


 「おい、文太!ちょっと来い。」

 とはいえ折角の後輩の頼みだ。

あまり無下にもできないため、俺は後ろ向きながらもどうにか師道を座らせ目の前の文太を引き寄せた。


 「なんだ、あれは?」

 「先輩の言わんとすることも分かります。ただ、あいつもあれで真剣なんです。どうか、どうか後生だから聞いてあげてください。」


 と拝むような可愛い仕草を取る文太。

しかし、やっているのが男なため全く萌えない。むしろむさ苦しい。

 

 「はあ~~~、もう分かった。話だけは聞く、それでいいか?」

 「はい!ありがとうございます。あいつはあれでも話は分かる男なんで、先輩からももしよかったら何か言ってあげてください。」

 「気が向いたらな。」


 やる気は微塵もないが、少しくらいは説教をしてしまうかもしれない。

 なんせ浪人を諭せるのは講師か同じ浪人ぐらいなものだ。それに良いストレス発散にもなる。


 そう開き直り、俺達二人は席に戻った。

 隣の師道はいまだに、しかめっ面だがもう最後まで付き合ってもらおう。

 「そ・れ・で、その美人がどうしたんだ?」

 話をもとのレールに戻すと、工藤は息を吹き返したように話を続けた。

 「うい、そんで俺、その方にちょっとお近づきなりたいと思っているんですが、聞いたところによるとその人二浪みたいで、パイセン方ならその人の詳しい事情とか知ってるんじゃねっ的な。」

 「はっ、要は俺達二人はお前の成功率が極限にゼロに近い恋のサポートをしろと?」

 吐き捨てるような、師道の口調に工藤は

 「まっ、ぶっちゃけて言うと……そんな感じ☆」

 とぬかす。


 もう、師道も我慢の限界かととも思ったが意外にも腕を組んで居座っていた。

 遂に腹を決めたか。


 「なら、聞きたいがお前、工藤とやらは大学に受かりたいのか?」

 「はっ、当たり前じゃないですか?」

 さも、当然という風にのたまう。この質問に師道の言いたいことを察した俺は切続けざまに捨てるように言い放った。


 「だとしたら、まず言わせてもらうと浪人中に付き合うと確実に落ちる。

 だからやめとけ。」

 「へっ!?パイセン、言っちゃなんですが、俺はこれでも勉強と恋の区別くらいは出来ますぜ。」

 「なら聞くがお前、浪人同士が付き合ってどっちも志望校に受かる確率はどれくらいか知っているか?」


 いわゆる、『二人で頑張って、一緒にあの大学を目指そう!」みたいな進研ゼミの付録マンガ的な展開で如何なる結果が得られるのかという質問だ。

 

 「そんなの、ん~~でも先輩がわざわざ質問するくらいだから、裏をかいて半分くらいっすかね?」

 「お前はどう思う、文太。」

 「はい、自分は流石にそこまで甘くないと思うので一割くらいかと。」

 ふむ、やはりそれくらいの認識か。

まあ、俺も前はそれくらいと思っていたから無理もないか。


 「結果から言うと、どっちも受かる可能性はゼロだ。」

 「「!?」」

 後輩二人は目を見開く。


 「で、でもそれって予備校が……」

 「予備校が俺達、浪人に戒めとして言ってるハッタリか。俺はこの話をこことは別の予備校で聞いた。ここではどうなんだ?師道。」 

 「全く同じだな、因みにこの話は他の佐々木とか河井とかの予備校でも言われているらしいぞ。予備校間では、それほど連携なんて取らないっていうのにどこも同じような事を言っている。」

 「だそうだ。もう少し、詳しい話をすれば付き合って片方が受かる確率は一割。

その中で、女だけが受かるのは9、男は1だ。つまりは9%と1%ということだな。」

 これも割と有名な話だ。

 「やっぱり同じだったか。」

 と師道も納得のようで、捕捉を入れる。

 「俺もここで自分たち以外にも二浪の姿を何人か見たが、半分くらいは彼氏、彼女もちだったな。

今でも、付き合ってるかは知らんが、それでも大概は別れるみたいだな。」


 こう言ったジンクスみたいのは予備校には多々あるが、この話に関しては俺はかなりの信ぴょう性があると思う。特に男の方が落ちやすいという部分は。

 というのも理由があるからだ。

 「まあ、言ってみれば男はそれだけ分別がねえんだな。特に俺達みたいな浪人だと、変に目が逸れると一気に足を踏み外す。俺の知ってる先輩もそれで二浪したし。」

 「俺の聞いた話だと、結構頭の良い男子校の生徒がそれで落ちたというのもあるな。まあ逆も然りだが。」

 

 ただでさえ欲望の押さえつけられた浪人生活だ。

 何が引き金になるかは分からない。たった、こんなことでとも思えるようなものでもすぐに合格を引き離す障害になりうるのだ。


 「そう言うことだ、だからやめておけ。」

 「ちょ、待ってくだせーよ。それって別に根拠とかねーんでしょ、迷信ですって。」

 「そう思うなら、俺たちは何も言わない。好きにすればいい。だが、これだけは言っておくと俺達も伊達に浪人しているわけじゃない。だから色々な人間を見てきたのは事実だし、その上で偏見も私見もいれずに事実だけ口にしたつもりだ、別に悪意でもってこんな話をしているわけじゃない。それだけはしっかり理解しとけ。」

 正直、これで聞かなければもう知った話ではない。そのため、恋のサポートなどもする気はない、浪人は勉強だけすればいい、以上。そんなあまりに真剣な俺と師道の顔に流石の工藤も動揺を隠せていない。やや体が震えているように見える。


 話は終わりと師道は席を立ち、また俺も首を回す。

 「で、でも俺、どうしても美咲さんことを諦めきれないっす!」

 工藤は声高にそう言って立ち上がる。

 その声に最も反応したのは俺でも文太でもなく師道だった。

 「ん?待て美咲って、私文のあの衣川きぬかわ 美咲のことか?」

 「知ってるんすか?」

 「面識はないが、話は良く聞いていた。そうかあいつも二浪していたのか。だったら尚更、あいつはやめた方が良いぞ。」

 

 驚くようにしみじみとそう言いながら、師道はニヤリと笑って見せた。

うわーーすごい悪そうな顔、特にかけてる眼鏡とかインテリやくざみたいで様になっている。

 

 「あいつは魔性だぞ、おい、お前あの女に話かけられたこととかあるか?」

 「う、ういっす。この前受け付けの近くで出身高校とか志望校とか聞かれて色々アドバイスをくれました。黒くて長い髪が綺麗で、それですごく清楚でしかも優しくてお姉さんって感じで……」

 「後輩キャラの次は年上キャラで攻めてきたか、あの野郎も懲りないな。」

 「せ、先輩お言葉ですが、美咲さんの事を悪く言うのやめてくれませんか。あの人はホントにピュアで良い人なんすよ。」

 「なら、これを見て見ろ。」


 そう言って師道は自分のスマホを差し出した。

 それを受け取りしばらく画面を見ていた工藤と文太の二人は唖然とした。

 「何が映ってるんだ?」

 画面をみれない俺の問いに師道は悪そうに答えた。


 「俺と去年、一緒だった奴にここの予備校の生徒にこいつに詳しい奴がいてな。そいつが集めた衣川のツイートを抜粋してサブアカで羅列したやつだ。

面白いぞ、あの女去年だけで11人の男と付き合っていたらしい、しかもその様子をわざわざツイートしていたんだ。極上のアホだろ。」

 一年で11人というとほぼ月替わりで男を変えていたということか。


 「ま、まじかよ……」

 開いた口が塞がらないという感じの工藤。しかもそれを裏付ける証拠もあるとなると最早逃げ道はない。

 「ちなみに、そこに映っている男は全員、落ちたか、志望校を変えるかしたぞ。まあ、ようはただのケツの軽い女という事だ。お前もあいつに粉かけられたんだろう。」

 「で、でも、それで落ちたというのになんでまた二浪してもそんな誘惑みたいなことを……」

 確かに文太の疑問は最もだ。だが、その理由は俺でも予想がついた。

 「これはあくまで噂だがあいつ自身はそれほど頭が良くない。だから未来のコネとして将来有望そうな男を見つけては関係を持って大学で武器にしたいんじゃないのかっていうのが、俺達の見解だ。」

 「受かってもないのに、よくそこまでするよな。」

 予備校に来てまで男漁りとは、中々の奇行といえる。

 とは言え俺もこの衣川とは少し違うが、全く行動の意味が分からない浪人を何人か見たことがあるため案外しっくりときた。

例えば、高校まで地味だった奴が予備校で急に女子に話しかけだす『浪人デビュー』や予備校に入学しながらも、通っているのがパチンコという『パチ郎』

また、長きの浪人人生の中で色々な予備校を点々とするの生きがいという『流浪人』など、異端を冒す者がたまにいる。

 こういう連中は絡んだだけで、良くない物を引きつけてくるため極力距離をおいて、裏で悪口を言うに限る。


 「そ、それでも、ホントは……」

 しかし、それでもまだ工藤は諦めきれないみたいだ。

 ここまで、散々俺達がこき下ろしているというのに中々強情な奴だ。なんかさっきとは別の意味で興奮して震えているが。

 しかし、もちろんここで止めるわけではない。


 現実を知らない奴にはキツイ一撃を与えるまでだ。俺達のその意思を示すかの如く師道が最後のとどめを刺した。

 「ちなみに、この女去年のセンター三日前に妊娠が発覚したらしい。」

 その言葉を最後に工藤はぶっ倒れた。

ギャップってすごいね。

 


 それから約一週間くらいたって俺に挨拶する声が二倍になった。

 「「おはようございます、先輩!!」」

 とかなり遠くの距離からまるで嫌がらせの如く挨拶をする。

もはや、二浪であることは周囲に知られているため気にしない、気にしたら負けだ。


 「おう……」

と気だるげに答えると、一人はお洒落坊主はもう一人は完全な坊主が駆け寄ってきた。

 工藤はあの一件のあと、改心して髪を丸めたらしい。

 「お疲れ様です!」

 「お疲れっす。」

 うん、元気でよろしい。だが、出来るだけ俺のいない所でやってほしい。


 「なんか、むさくるしいな。」  

 「そんな事言わないでくださいよ。俺、先輩の事めっちゃ尊敬してるんすから。先輩のおかげで自分は目が覚めたんすよ!ねっ、熱く語らいましょう、今後の勉強方法について。」

 やだよ、むさくるしいよ。

 俺の目の前でついこの間とは違う興奮を見せる工藤はあの一件の期に、色ボケくそ野郎から立派な勉強ジャンキーへと転身した。

素晴らしい事この上ないが、だからといって会うたびに俺に絡まなくても……


 「俺、もう決めたんすよ。大学受験に恋愛とかそういうのは邪魔でしかないんだって、今の俺にはただひたすらに勉強だけが求められていて

勉強だけすればいいんじゃないかと思うんすよ、だから……」

 「うん、もういいから。分かったから。」

 工藤の方は何かを言いかけているが、俺はそれを無理に押しとどめた。なんか聞いていて、もう痛々しい。

 自分も周りからあんなふうに見られているのかと思うとかなり心配になってくる。

なんか急に周囲の目が気になって来たぞ。


 「まあ、ほら勉強方法なんて人それぞれだろうから、今は何も考えず勉強するってことで。」

 「流石っす、兎に角勉強ですね。分かりました、今すぐ勉強します。ここで勉強します。」

 それにしても人に感化されすぎだろ。

 キャラが別方向を向いてるぞ。

 かなり意気込んで自分の教室に戻る工藤の後ろ姿を見送りながら、その後ろにいた文太がひょこっと顔を出した。


 「ありがとうございます、先輩。おかげで工藤も見ての通り……変わりました。」

 「今では見る影もないな」

 あれが俺のせいだと思いたくない、そうだ師道のせいにしよう。

 「まあ、お前もご苦労なことだったな。手のかかる友達がいて。」

 「そう……ですね。」

 「なんだ?」

 「いえ、なんでもないです。」


そう言って顔を上げる文太の表情はあまり晴れない。


 「……」 

 「それじゃ、自分はこれで。」

 いつもの様に頭を地面と平行になるまで下げて文太は去って行った。

しかし変わらぬ礼儀正しさの裏側にどうも、霧がかかったような感情が一瞬だけ見えた。

 ただ浪人として気概なのか、はたまた面倒臭さからのものなのか俺は結局そのことに対して

気を回すことがなかった。それから文太の心境を聞くのは少し先の事となる。



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