脱出劇
実在するタイトル等が入っておりますので、お気を付けください。
このお話には密室のトリックもなにもない。ただし、この部屋は密室である。私を軟禁しているのは母親である。彼女に悪気はない。自分たちを守るためにしている行為なのだから仕方ないのである。そして、すべてのことは私が悪いのだから何とも言えない。でも、この部屋からは何としても脱出しなければならない。別に家出とかではない。この物語は意味のある脱出劇だ。
とにかくこの重い体を動かして、何としても私を離すまいとするお布団の引力を振り払い立ち上がらなければいけない。意外とこいつが一番強敵かもしれない。
「どこに行くんだ。ここで寝ていたらいいじゃないか。無理をしてここから出ていく必要はないんだ。だって、お前は……」
「うるさい!私にはしなきゃいけないことがあるんだ!私を離してくれ!」
「そういうわけにはいかない。ここを通りたくば、この俺を倒していくんだな」
そんなどうしようもないミニドラマがはじまってしまうかもしれない。それらすべては私の妄想なのだけれど……。
かれこれ三分後に私はパソコンを置いている机に寄りかかりながらも立ち上がることができた。お布団という強敵は倒したんだ。あとはこの密室から脱出するのみ。だがしかし、突破口はない。ノープランで私は机に寄りかかって立っている。そして今、考えているのだ。
「考えろ、考えろ。私なら何か思いつけるはずだ。この部屋から脱出する方法があるはずだ」
朦朧とする意識の中でぐるぐる考えるが、いい案はなかなか浮かばないものである。なぜそうまでして、私がこの部屋から出たいのかというと……。いま言うことでもないな。物事は急ぎすぎるといけない。よくいうではないか、急がば回れ。
そう、急ぎすぎるのはよくない。些細なミスを残してしまう。今回のミッションには正確さと、あとなんかその他もろもろが必要だと思う。私は昔からすごく適当な人間である。
なぜここまでして私が、今この部屋を脱出しようとしているのか。それは、どうしても手に入れなきゃいけないものがあるから。それは今日じゃないと意味をなさない。だって、そういうものなんだもの。これが明日や、明後日では意味をなさない。どうしても今日じゃないと……。
私はカレンダーを見て月曜日であることを確認し、ゆっくりと扉に近づき、扉に耳を当てる。音をしっかり聞かないといけない。部屋の近くに母がいては何にもできない。ここまでの計画がおじゃんである。異常に重い体を無理やり起こして布団から出たのだから、ここで無駄にはしたくない。耳を澄ました。足音は近くでは聞こえず、遠くでテレビの音と母の笑い声が聞こえた。今しかない。そう思い立ち、私は部屋の扉を開けた。普段とは違い、重く感じた。
廊下に出て、できるだけ足音を立てないように歩いた。そうして、ゆっくりと家の扉に近づいた。だが、ここで私は大きなミスに気が付いた。財布を持っていない。私が今さっきゆっくりと時間をかけて歩いていた道を戻らなければいけない。
「私のばか……」
先ほど言っていたことがフラグとなり、私はまたゆっくりと戻っていった。部屋に入り、スクールバックの中から財布を手にもってパーカーのチャックを閉めた。少し悪寒がしている。大丈夫だ。ただの風邪だ。帰ってきてから、ゆっくり休めば治るものだ。
もう一度、この息の詰まるような部屋を脱出した。抜き足差し足でゆっくりと廊下を歩く。もうすぐで外へと繋がる扉だ。ほっとした私は手に持っていた財布を落としてしまった。小銭が多く入っている財布が落ちたため、財布の中で小銭同士がぶつかり合い音を立ててしまった。はっとして、急いで財布を拾い上げた。
「なっちゃん?」
その声は私の行動を制止させるかのごとく、私の耳に入ってきた。少し震えながら、振り向いた。そこにはお母さんが立っていた。怖くて、顔を見ることができない。
「はぁ……。はぁ、はぁ……」
自分の呼吸が荒くなるのを感じた。早くこの扉を開けていかなきゃ……。
「なっちゃん、どこに行くの?」
「お願い、お母さん!私、行かなきゃいけないの!どうしてもあれが必要なの!」
「だめよ、行かせられないわ……。あなたは今、病気なのよ……。外に出せないの。お母さんだってね、こんなことしたいわけじゃないのよ。わかって……」
どんどんと音を立てて近づいてくる母親に私は弁解しようと必死だった。
「ただの風邪じゃない!こんなのどうってことないわ!」
「それはただの風邪じゃないの!インフルエンザよ!」
そう。私は知っていた。自分がインフルエンザということに……。だけど、今日は月曜日。どうしても買いに行かなければならないのだ、週刊少年ジャンプを……。今週は熱い展開があるんだ。ハイキューが熱くなるんだ!それに銀魂の幻の回が再録されているんだ……。
「それでも、行かなきゃいけない場所があるの……。ごめん、お母さん。今週のジャンプは……、今日読まないといけないの」
カシャン……。
そう言い残して私が家の鍵を開け、ノブを握った瞬間。
「姉ちゃん、今日は月曜日じゃないよ」
時間が止まるような衝撃を受けた。
「だって、姉ちゃんの部屋のカレンダー。一か月遅れてるんだぜ……。知らなかったの?それにそんな体で出て行って、ほかの人に感染したらどうするの?」
私はゆっくりと後ろを振り返り、弟をにらんだ。どこにもぶつけようのない悲しみを人に向けてしまう私はどうしようもない人間だ。
「あはははははは。くっそ……。なんで一か月遅れのカレンダーをそのままにしてんだよ!」
過去の自分を恨んだ。ずぼらな私を、あのときにめんどくさがった私をただただ恨むことしかできなかった。
大学の授業で書いた小説です。何でもない日常の中で見つけたワンシーンです。