こんな乙女ゲームは嫌だ
斜向かいの家のお嬢さんことハルナは、俺と同い年で腐れ縁。
彼女が菓子やおもちゃを持って俺の部屋に入り浸ることは昔から度々あり、今日もゲームソフトを持ってきた。
タイトルを確認する。
いやいやメモリアル ~嫌よ嫌よも好きのうち~
どうやら恋愛ゲームらしい。
「なんか、妙なタイトルだな」
「ちなみに続編のタイトルは、よいではないかメモリアル ~帯をくるくる解こうよ~ っていうの」
「タイトル決めたのおっさんだろ。別に面白くないからそれ」
昭和のにおいが漂うのを感じるが、深く掘り下げるのはやめておこう。
テレビをつけ、ゲームを起動させる
正直に言う、俺はゲームが大好きだ。一つだけだけど、恋愛シミュレーションゲームにも手を出したことがある。
たださすがに女向けのものは初めてで、ハルナが持ってこない限り、一生縁がなかったであろう代物。ちょっと落ち着かない。
「あ、この男が主人公の相手?」
「そう。攻略対象」
「ふーん。つかあれだな。少女漫画に出てくる奴とかも似たようなもんだけど、顎とか足細いよな、男が」
下半身ひょろいって、女としてはありなのか?
「何も知らないくせに文句言わないでよ。この顎はね、いざってときのために尖らせてるの。この鋭角は武器になるわけ。ヒロインを守るため、そして、男の象徴でもあるの」
「何その鹿の角みたいな設定……」
「足が細いのだって、これは仮の姿。いわば擬態だから。敵の油断を誘うためだから」
「敵って何。この世界どこまで治安悪いの」
もうそんな設定なら、初めから付けない方がいいだろ。
「あ、選択肢出てきた」
「慎重に選んでね」
「いや慎重に選ぶとかその前に、重要な問題があると思うんだけど……」
選択肢は「そうなんだ」「ふーん」「面白いね」「アイテム」「逃げる」となっている。
えっと、最後の二つ、何?
しかも端にHPとか表示されてるんだけど。
「これRPGだったっけ」
「普通の恋愛シミュレーションゲームだよ」
「普通の恋愛ゲームに、HPとかMPは表示されないと思うけど。だいたい、MPがあるってことは、魔法使えるの? 舞台設定は、現代日本の高校だよな?」
「あ、大丈夫。MPはマジックポイントじゃなくて、メンタルポイントの略だから」
「余計に嫌!」
メンタルざくざく傷つけられるようなゲームは、もう娯楽性がないに等しいだろ。
「心配することないよ。メンタルが傷つけられるのは、プレイヤーじゃなくて、主人公だから」
「それもそれで心配になるよ」
「たかがゲームじゃん」
「おい、たかがって何だ!」
「やばい。オタクの心に火をつけた……」
せめてゲーマーって呼んでほしい。
「あと、この逃げるって何」
「そのままの意味だよ。勝ち目がないと思ったら、戦闘から退散できるの」
「やっぱRPGだろ。戦闘ってはっきり言ってるし」
「こ、恋はある意味戦闘だから……」
明らかに今思いついた言い訳だな。
「ただ逃げるを選んだ場合ペナルティがあって、このゲームの場合だと……」
「あー、わかった。好感度が下がるんだろ?」
「いや、普通に会話ができない変な人として見られる……」
「ああそう、そこだけリアルなんだ」
確かに会話途中に逃げるとかおかしな人決定だけど……。
「じゃあ、三つ目の面白いねでいくよ」
が、この選択は失敗したみたいだった。
相手の微妙な反応に、ヒロインのMPが削り取られた。
「あーっ。やばいやばい、早くアイテムで回復して! これ0になったらまずいから!」
「0になったらどうなるの」
「鬱病になって、しばらく学校行けなくなるの。わかったら回復してーっ」
「シミュレーションがリアルすぎる」
なんか、プレイヤーのMPもそこそこ減りそう。
「というか、一回の失敗でMP半分ほど減ってるけど、メンタル弱すぎない? これじゃすぐ不登校になるよ」
「レベルの差があるからね」
「レベルって……やっぱRPGだろ」
「ああもう、うるさいな! そうだよRPGだよ!」
開き直った!?
「恋愛も冒険も一緒でしょ!」
「違うと思う」
アイテムを選択すると、ずらりと並んだアイテムが表示される。初期装備のわりに豪華だ。あ、俺も装備とか言っちゃった。
「とりあえず下の方にあるレ○ドブル翼をさずけるを選べばいいよ」
「え!? それハイになっちゃうやつだろ? 大丈夫なのかよ」
「落ち込んでるんだからちょうどいいんだよ。プラマイゼロになる」
「そこはゲーム仕様なんだ」
男の前でエナジードリンクを飲む女の子って、ちょっと……とかいう指摘はしちゃいけないんだろう。
「さっきから気になってたんだけど、HPって減る機会あるのか」
「うん。体育のときとか」
「地味!」
「体育祭のときとか」
「それさっきと同じ」
「ライバル女子に攻撃されたときとか」
「え? バトルするの?」
何が出るかわからない、ホラー系探索ゲームをプレイしている気分だ。
「あと一応、このゲームにも必殺技があるから、機会があったら使うといいよ」
「え? 恋愛ゲームで必殺技?」
ミニスカ履いたり、上目遣いとか……?
「鼻が高くなって、おっぱいが大きくなって、ウエストが4センチ減る」
「それ改造じゃねえか!」
夢も希望もないゲームだな。
「違うよ美容整形とかじゃないよ」
「手を加えてなくて突然そうなったら、それはそれで恐ろしいだろ」
「まあ単なるゲームだし」
「単なるって何だその言い草!」
ハルは「あー、ゲーマーの琴線に触れちゃったよ。めんどくさ」と気だるげに呟いた。
「男ども、金持ちばっかだな……」
「主人公は貧乏育ちだけどね」
シンデレラストーリーってことか。まあわりと有りがちだよな。
「主人公は親の借金を返すため、一発逆転を狙って男の子たちに近寄る、親御さん思いの健気な女の子なんだ」
「返済方法が健気じゃないんだけど」
「結局、結婚に必要なのは金なんだよ」
「おいやめろ」
「でも金目当てに男と結婚する女には、自分が遊ぶための金が目的か、子供に不自由をさせないための金が目的か、2つに分かれるから。後者だったら心配はいらないよ。つまりヒーローは、結婚後の経済管理を見据える女を見極めるのが使命なの」
何このゲーム。そんなところまでシミュレーションするの?
「おい、変だぞ」
俺はある異変に気付いた。
「男のMPがどんどん減ってる。何もしてないのに」
「ああ、それは……」
訳知り顔で頷くと、シンプルな解説をした。
「この口説き文句は言ってる方も恥ずかしいからね。そりゃメンタル削られていくわ……」
「そうまでして女口説きたいの!?」
「彼の努力を無駄にしないで」
「無駄にするも何も、勝手に自滅してるだけだろ……」
制作側は何を考えて、こんなシステムにしたんだろう。
「ヒーローのMPが0になったらどうなるんだ?」
「主人公ほど弱くないから、不登校にはならないよ」
「なんだ安心した」
「保健室登校に切り替わるだけだから」
「やっぱそこはかとなく不安だわこのヒーローども!」
頭を抱える親の気持ちになりながらゲームを進める。
「ヒーロー揃って、ボンボンのイケメンで女にモテるわりには、自信足りないキャラなのか!」
「そのギャップにドキッとするでしょ?」
「見てるこっちとしては、ある意味でドキドキするけど」
そんなドキドキは求めてない……。
うんざりしながら学校を探索すると、またもやハルが指示を出した。
「あ、そこの教室入って」
「攻略対象でもいるのか?」
「ううん」
ハルは、画面の一点を指差した。
「アイテム取って」
「え……?」
ハルが指差した場所は、生徒の使う机だ。しかも他人の。主人公や攻略対象の席ではない。
「何? まさか、RPGお決まりの『他人の家に勝手に入って、勝手に棚を物色して、勝手にアイテムを自分のものにする』っていう法則を再現してるつもり?」
「…………」
「目をそらすなよ!」
そうこうしていると、突然画面が戦闘シーンに切り替わった。
「あっ! モンスターにエンカウントしちゃった!」
「は? モンスターって……」
相手の名前は「山中さん/1年3組29番」と表示されている。
「同級生じゃん」
「ライバル女子だよ。早く攻撃して!」
こ、攻撃って……。
俺は腑に落ちないまま、攻撃のコマンドを選択した。
「おい……何だよこれ」
攻撃の種類は「精神」と「物理」に分かれてある。
どういうこと?
「どっちでもいいから選んで」
俺は最初の選択肢、精神を選んだ。
精神攻撃のパターンは以下の通りだ。
▼悪口を言う。
▼無視をする。
▼遠回しにダサいと言う。
「何これ。こんな女子特有っぽい戦い方嫌なんだけど」
「どれが一番効果があるのかは属性によって変わるから」
「属性……?」
「山中さんの属性はね……クラスカースト3位の【普通系女子】だよ!」
「それ属性っていうか属してるグループだろ!」
どこまでシミュレーションさせる気だ、このゲーム……!
「負けたら主人公が陰口叩かれるんだよ! 早く攻撃して、これ制限時間もあるんだから」
「……一応聞くけど、なんで制限時間まであるの?」
「休み時間は永遠にあるわけじゃないから」
いらねー……そんなリアリティいらねー……。
「なあ、主人公も攻略対象も、MPかなり削られてやばいんだけど……このままじゃ彼女は欝病で不登校、彼氏は保健室登校になっちゃうんだけど……」
「まだ彼氏になってないけどね。アイテムは?」
「回復系は切れた」
「そっか。じゃあ仕方ない。一番下のハテナ選んで」
アイテム欄には、確かに「???」というものがある。
「ついでにヒーローくんにもハテナ渡して」
俺は言われるがままにプレイした。
「渡したね。じゃあヒロインもハテナ使おう」
一抹の不安を覚えながらハテナを使う。
すると、MPは回復し、ゲージの色は赤から紫に切り替わった。
緑じゃなくて、紫……。
「……おい」
「回復したね、よし」
「いや、よしじゃねえよ。ハテナが何だったか今表示されただろ。それ見ても何とも思わないの?」
??? の正体。それは──。
「脱法ハーブくらい、今時普通だよ」
「普通じゃねえ!」
俺はついにコントローラーを放り出した。
「なんで女子高生が脱法ハーブなんか普通に持ってるんだよ! しかも学校に持ち込むなよ! 彼氏に渡したらだめだろ!」
「あ、ヒーローくんに渡したのは闇ハーブみたいだよ」
「違いがわからないから!」
画面は、薬でへろへろになったヒロインと攻略対象の男が表示され、エンドロールを迎えた。
「どんな終わり方だよ! ストーリーが終わったというか、こいつらの人生丸ごと終わったよ!」
「面白かった?」
「最後の最後で気分最悪」
俺の呆れた表情を見て、ハルナはしょんぼり落ち込んだ。
何だ? 何だこの空気。
俺が悪いのか? どう見ても元凶はこのゲーム。わけのわからないこのゲーム……。
…………。
「だいたいさ、なんでこんなの持ってきたの? お前らしくないじゃん」
「それは……」
気まずそうに口を噤む。
「女心がわからない幼馴染がいるって友達に相談したら、これをやらせてみたらどうかって渡されて……」
「ハルナ……」
俺は、ほんのりと桃色に染まった彼女の頬に、ゆっくりと手を伸ばした。
ハルナもそれを待っていたかのように、俺の目をじっと見つめる。そして……。
──ぎゅむっ。
「お前その友達にからかわれたんだよ! 気付け馬鹿!」
「痛いーっ!」
間抜けな幼馴染の頬をつねりながら、今日も彼女の鈍感さを呪うのであった。