五話 遺戒
この世界に来て数日が経った。
一週間あるかないか、そんなくらいの時が過ぎ、俺はこのスティアの家に別れを告げ旅にでようとしていた。
「色々、世話になったな」
「そうね、貴方が色々できるようになるまでかなり手を焼かされたけれど」
「ははは、その事に関しては感謝してもしきれないなあ」
俺がこの世界を旅することを決心するまでにあったことを思い出してみよう。
――――――
スティアの家の居候となって一日目、俺は早速スティアにある頼み事をした。
その頼み事は、
「スティアさん、俺に魔法を教えてはくれないだろうか?」
「魔法を? どうして魔法なんて教えてほしいのかしら」
ごもっともな返答だがその答えを用意していないわけではなかった。
「んー、何ていうのかな。 俺にはこの世界でできることは今は恐らく一つもない。 だからせめて魔法というものに触れてみたいと思ったんだ」
「そうなの。 でもダメね、まだ私では魔法の稽古をつけてあげられないわ」
「な、どうして」
「大丈夫。 教えないとは言っていないわ」
「そ、そうか」
でもどういうことだろう。
教えてくれはするが、稽古をつけられないとは。
「というか貴方、狩りには行ってくれないの?」
「うっ、か、狩りって言ったって、俺には方法がわからないし」
「貴方、みたところ子供ではないでしょう? 剣とかは習わなかったの? 人間達なら軍に入れるためにやりそうなものなのに」
ぐ、軍だって? なんだってそんな物騒なもんに入る必要があるんだ。
「俺はそういうのとは無縁な奴だったんだ」
「そうだったの、じゃあついでだしどっちも教えてあげるわ。 今時戦いの作法もわからないんじゃあどこかの賊や気性の荒い下級魔族達に襲われたら大変だもの」
襲われる危険があるのか。
なんてとこに来てしまったんだ俺は。
元の世界が急に恋しくなった。
「じゃあまず、先に剣に触れたい? それとも魔法についての説明を聞きたい?」
選択する余地があるというのはいい事だが、選択肢があるとそれについて悩まなければならないのであまり何かを選ぶとかそういうのは好きじゃない。
そういうのを優柔不断とか言うのだろうけど。
「剣を触るとかなら一人でも出来そうだし、魔法について聞きたいな」
「そう、分かったわ。 じゃあ準備するから適当なところで待っててちょうだい」
こちらがそれに対して頷き返事をするとそそくさとどこか違う部屋へと行ってしまった。
「準備って何を準備するんだろうなあ」
一人でいるときも自問してしまう。
なんだかここに来て質問してばっかりだ。
それも、このわけのわからない状況のせいなんだが。
しばらくするとスティアはなにやらかなり分厚い本を数冊持ってきた。
「これは?」
「魔導書よ、この中には先人達の知恵、つまりたくさんの魔法が書かれているわ」
「おお、つまりその本を読破すればかなりの量の魔法が使えるようになるのか」
「そんな単純なものじゃないわよ、魔法は」
ではどうやって魔法を使えるようになるんだろう。
「さて、今から魔法についての勉強を始めるわけだけど、貴方はどこまで魔法について知ってるのかしら」
「残念ながらこれっぽっちも知りません」
「あら、本当に魔法と縁遠い生活をしてたのね?」
そもそも魔法という概念がなかったからな。
「じゃあ基礎から行きましょうか。 歴史についても話してもいいのだけれど、長くなるから割愛するわね」
そういうとスティアは本をパラパラとめくり、開いたページをこちらに見せてきた。
これはなんだろう、魔法の属性?
「魔法は、自然とともにある」
彼女はそう呟く。
「魔法は魔力を使うのだけれどその源というのは自然そのものなの。 一部では"マナ"なんて呼ばれ方もされてたかしら」
「その魔力とやらを使って魔法を使うのは分かったんだが、ここに書いてあるのは一体なんなんだ?」
「これは魔法の属性ね。 火、水、雷、土、風。 他にもあるだろうとされてはいるけれど基本的にはこの五種類よ」
属性……相性とかありそうだなって考えてしまうのはゲームとかの影響だろう。
よくよく考えてみればこの魔法が使える世界って奴はRPGとかでよくある世界なのかもしれない。
だとすればやっぱり主人公となるような奴がいるのかも。
勇者とか、ありがちだけど。
「ちょっと、ちゃんと聞いてるのかしら?」
「あ、すまん。 ちょっとボーっとしてた」
「もう、教えてあげないわよ?」
「ちゃ、ちゃんと聞くから許してくれ」
「はいはい、じゃあ次はこれね」
次のページを開くとそこにはたくさんの文章が載っていた。
さっきは図ばかりのページだったから非常に見辛く感じる。
「えぇっと、何が書いてあるんだ?」
「魔法の発動について書いてあるのよ。 発動方法にも種類があって、まず最初に私がさっきやって見せた印を結ぶ方法、印魔法」
あの妙に綺麗な奴か。
「この方法は魔法の発動に必要な文言や陣、そういったものを指先や杖とかの棒状の物の先端などに魔力を集中させて描く方法なのだけれど、魔法の精度や魔力効率が良い代わりにすこしコツと時間がかかるわ」
「ふむふむ」
「そしてもう一つの方法が思念魔法と呼ばれるもの。 これはとっても簡単よ、魔法のイメージを頭に思い描いてそこに魔力を集中させる事でイメージを魔法にして発動するの」
「へえ、それだったら俺でも出来そうじゃないか?」
「そうね、確かに最初の固有魔法は思念魔法から入ったっていう魔法使いは多いわ」
「固有魔法? ってなんだそれは」
「簡単に言えば、その人オリジナルの特別技って感じかしら」
オリジナルの特別技……。
なんかすごくかっこいい響きだ。
「で、その先にあるのが定型魔法。 これはこの魔導書に書いてあるものね」
「固有魔法と、どう違うんだ?」
「魔法である以上そこまでの違いはないけれど、定型魔法というのは、それぞれが会得した固有魔法を誰でも使えるように文言や陣に描き起こしたものを言うわ」
「つまり、今までの人たちがたくさんの魔法を使えるようにしてくれたってわけか」
魔法使い達の助け合い精神なのか、それとも別の思惑があったのかはわからないが、こうして残してくれていったおかげで魔法の文化は進化していったのか。
すごいことだなあ。
「そうね、私たちは先人達の遺していったものに感謝しなくてはならない。魔法を使うというのならその気持ちは常に忘れちゃダメよ」
「おう、分かった」
「さて、魔法について簡単な説明はこれくらいかしら」
これでもかなり端折ったのだろうがかなり魔法というのは奥が深そうだ。
「さてと、じゃあまず簡単な魔法からやってみてもいいか?」
意気揚々と魔導書をパラパラとめくっていると、スティアはすこし申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい。 大事な事を言い忘れていたわ」
「ん? 何なんだ? その大事な事って」
「その魔導書に書かれている定型魔法を扱う為には、まず固有魔法を発現させる必要があるわ」
それってつまり……、
「今の俺には、何の魔法も覚える事が出来ないってことか!?」
「そうなるわね」
何てことだ。 せっかく魔法を覚えられると思ったのに。
「じゃあ俺は一体どうしたら……」
「さっきも言ったように多くの魔法使いも最初は固有魔法の発現から始まっているわ。 彼らのように思念魔法による固有魔法の発現を目指したらどうかしら」
すごく簡単そうに言うが、実際そこまで簡単に魔法を使えるようになるのだろうか。
「ここで生活してる間、使いたいと思う魔法をイメージする、それだけでいいのよ」
「え、そんなんでいいのか?」
それならいつでも出来そうだし、なにより簡単そうだ。
「よし、じゃあ今日から頑張ってみるよ」
こうして、俺の居候生活一日目は魔法についての勉強をして終わったのだった。