二話 魔法
「いい雰囲気で話しをするにはまず落ち着きが大事なの。 そのためには色々と下準備がいるわ」
彼女は俺をリビングらしき部屋へと案内すると、意気揚々と飲み物を用意し始める。
「あ、その机の辺りにでも腰掛けてていいわよ」
言われた通り、食卓に使っているのであろう机の椅子を引き座る。
すると彼女も用意ができたらしく、俺の対面に座りつつ飲み物をこちらに差し出してきた。
「えっと、これは?」
「ぶどう酒よ。 そんなに珍しいものでもないでしょ?」
と、彼女はぶっきらぼうに言ったが、そもそも俺はこの場所が如何なるものなのかすらわからない以上、珍しい珍しくないの判断は出来ないわけだが。
「ぶどう、酒」
「どうしたの、飲まないの?」
「いや、こんな朝っぱらから酒を飲むことにちょっと驚いているというか」
「酒って言ったって、ぶどう酒なんてそんなたいしたものじゃないでしょうに」
どうにも彼女の感覚は理解しづらい。
というかまず彼女の名前すら知らない上に、どんな存在なのかすらわからないのだ。理解出来なくて当然だった。
「なあ」
「ん、何かしら?」
声をかけると、がぶがぶとぶどう酒を飲む手を止め、こちらを見据えてくる。
「あんた、名前なんて言うんだ」
彼女は、俺の言葉にすこし驚いた様子で目を丸くした。
「へえ、最初の質問がそれなのねぇ」
何やら意味深な感じでそんな事を言われたので、自分が何か変な事を聞いてしまったのかと思ってしまう。
「だって、名前がわからないと、なんて呼んだらいいのかわからないじゃないか」
「私は貴方の名前がわからなくても"貴方"ですむけど?」
「うっ、それはそうなんだが」
思わぬところで突っかかってきたので反応に困ってしまう。
「ごめんなさいね。 すこし意地悪してしまったわ」
そういって彼女はくすりとわらう。
「スティアよ」
「スティア?」
「そう、スティア。 それが私の名前、スティアちゃんって呼んでね☆」
「……スティアさんと呼ばさせてもらうよ」
「あら、つれないのね」
何がスティアちゃんだ。 ふざけすぎだろこの人。
もうそろそろ我慢の限界だ。
「……もう一つ聞きたいことがある」
「こっちの質問の番はこないのかしら?」
彼女、スティアと名乗る人物の言葉は無視し続ける。
「スティアさん。 あんたは、一体何者なんだ?」
「何者ってどういうことかしら」
「その頭に生えてる角だよ。 普通の人だったらそんなのつけないしついてない」
「……!」
「スティアさん、あんたは」
「あんたは一体なんのコスプレをしてるんだ!?」
「こ、"こすぷれ"……?」
「そうだよ、いくらなんでもそろそろ誤魔化しはきかないぜ。 誰なんだよ、こんな大規模なドッキリを企画した奴は」
「ど、"どっきり"??」
さすがにここまで凝った設定が練られてるなんてすごいなとは思ったが、こんなわけのわからない状況が現実に存在するはずが無い。
「さあ言えよ、どこのどいつだ、こんなドッキリを仕掛けたやつは! <ドッキリ大成功〜>なんて絶対にさせてやんねえからな!」
「……なるほどね」
何か得心したような様子で椅子から立ち上がった彼女はおもむろに人差し指を空に指した。
「なんだよ、何をしてるんだ?」
「貴方がどうやらまだ、この世界に納得してないみたいだから、見せてあげるのよ」
そういう彼女の雰囲気はさっきまでと比べるといくらか真剣味を帯びていた。
「見せるって、何をだよ」
「魔法よ」
「ま、魔法?」
まだドッキリは続いているのかと若干呆れの混じった感じになったが、彼女の目はやはり本気だった。
「いくわよ、しっかりその目でみなさい」
彼女の指先が、空を切る。
その軌跡は青白く色づきやがて薄紫色の光を放ちながら線となる。
空中に文字を描くように指先は動き、その動きが止まる頃、何やら記号とも文ともとれそうなものが出来上がっていた。
「よっと」
掛け声と同時、指先が描いた光る軌跡は弾け、そこから水の球が出現した。
現れた水の球を彼女は指先一つで変幻自在に形を変える
。
「な、なんだよそれ」
あまりにも急な出来事に、腰が抜けそうになりながらもそんなひと声を絞り出す。
「だから、さっき言ったでしょう?」
「魔法……だっていうのか」
今目の前で起きた事はもはやイタズラやそういう類のものではないことを証明するには十分すぎるくらいに鮮明で衝撃的なものだった。
「そんな、それじゃあここは、俺の知ってる世界じゃあないのか……?」
改めて突きつけられるその現実。
理解したくなかった、考えないようにしていた事。
それがこうもあっさりと、肯定されてしまった。
「やっぱり、まだ疑っていたようね、召喚者さん?」
「召喚者、だって?」
突然出てきた単語に思わず反応をしてしまったが、それについて考える余裕など今は微塵もなく、何処かで一人になって状況を整理する場所が欲しかった。