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七 老獪な人々の得意技


 緊急議会が終わって議員たちはイライラと衛兵を睨みつけながら議場を出て行く。衛兵たちは居心地悪そうにしながらも不動のまま出て行く議員たちを見つめる。

「全くもって気に入らん。気に入らんぞ」

 1人の若い男前の貴族はしきりとぶつぶつと文句を呟く。

「まあまあ、ローグヘンリ伯。落ち着きたまえ」

 青筋をぴくぴくさせる青年貴族に年嵩としかさの貴族がのんびりと応える。右腕が欠け、右頬に深い傷跡のある老貴族だ。

「しかし!」

「良いじゃないか。帝都の防衛は全てレイクフューラー辺境伯に任され、我々貴族や聖職者含め市民は帝都から退去する。つまり、我々はこの危険な状況から離れることができ、そして、責任は全て彼女が負うのだよ。我々に何か損があるかね? これは帝国の最高機関である帝国議会で決定されたことだ」

 老貴族は右頬の傷を左手で撫でながら満足そうに言った。

「しかしですな!」

「またしかしかね?」

「もしも、帝都防衛が成功したら手柄は全て奴のものなのですぞ!」

 老貴族は青年貴族の言葉に苦笑する。

「じゃあ、君が迎撃すれば良かろう」

 彼の言葉に若者は言葉を失う。その様子に彼は再び苦笑する。

「まあ、この状況での迎撃なんぞ自殺も同然だがね。こちらの軍は近衛部隊、保安局・公安局所属の兵卒、傭兵、義勇兵を掻き集めても1万いけば御の字じゃろう。近隣の軍団に応援を求めてもまとまった兵が来るのは数日後だ。しかも、寄せ集めで士気も低い。対して敵はホスキー将軍の指揮する軍団の兵士だけで2万。それに賛同する農民兵やら傭兵が集まって総じて5万だ。5倍の差を何とかするのは骨が折れるぞー。更にはホスキー将軍は50以上の戦に出た歴戦の勇将だ。普通に考えれば勝てると思う方が阿呆じゃ」

 老貴族は長いこと喋った後、ちょっと喋る台詞を失って突っ立っている青年貴族を見た。

「すまん。喋り過ぎた。ちょいと話が長いのがわしの唯一の欠点じゃ。はっはっは!」

 そう言ってげらげら笑ってから老貴族はマントを翻して去って行った。

「相変わらず変な人だ……」

「しかし、何だか格好いい」

 辺りにいた貴族、軍人達は少年のような目で彼の後ろ姿を見送るのであった。


「企んでましたねー」

 緑髪の長い髪の若い女の言葉に、厳つい顔をした恰幅の良い男が不機嫌そうに頷く。

「うむ。しかし、まあ、企んでいた内容自体は悪くはないことだ。何より全部責任をあのガキどもに擦り付けられるのが良い」

 不機嫌そうな顔をしているが、言っている内容は何だか機嫌良さそうだ。

「そーですねー」

 緑髪の若い女が相槌を打つ。

「しかし、こっちとしても何か手を打たないで良いんですか?」

「うぅむ。そうだな。少しばかり手を打とう。我らが影響を与えられる程度に。しかし、我らに影響がない程度に」

「あら、とっても都合の良い手ですね。そんなんありますか?」

 男の言葉に若い女はちょっとかわいらしく小首を傾げる。男は不機嫌そうに言った。

「それを考えるのが貴様の仕事だろ」

「ありゃりゃ、それはムツカシイですよー」

 女は楽しげにそう言った。あんまり困っていなさそうだ。


「奴は何様のつもりなのだっ!?」

 中年の痩せた結構男前の男がこめかみの青筋をぴくぴくさせながら吐き捨てるように言った。辺りの人々(殆ど議員たち)は驚いたような迷惑そうな呆れたような様々な顔で彼を見やる。

「一体、何の権限で帝都防衛の責を担うというのかっ!? 辺境伯如きの地位でその重責を負うというのかっ!?」

 辺りの連中が「じゃあ、お前やれよ」と思ったことは言うまでもない。


「た、助かりましたー」

 元副議長ことアーヌプリン公アンナは議場の外でほっと安堵の溜息を吐いた。

「恥ずかしさと責任感で死ぬかと思いましたー」

 アンナは誰もいないところで1人誰にともなく呟く。

「やっぱり、私に副議長は合わなかったんですよ。皆さんをまとめるなんて無理なんです」

 ぶつぶつ言いながら彼女は廊下を歩いて行く。彼女は意識して黙らないと、思っていることを口から垂れ流してしまう特殊な性質を持っているのだ。そして、今は他に誰も人がいないから流すに任せている。

「結局、大変なことは全部他の人がやってくれたのでよかったです。助かりました。人前で話すのは苦手なんです。あっちの方なら得意なんですけどねー。どーせなら、そっちの方の役職に就けてくれれば良かったのにー」

 少女はてくてく歩きながらまだぶちぶちと呟き続ける。

「しかし、戦争ですかー。戦…殺…死…斬…焼…滅…」

 彼女はぶつぶつと呟きながら宮廷の廊下を1人歩いていく。


 議場から出た議員たちは口々に、クーデター同然の法律ぎりぎりのことをしでかしたキレニアを非難したり、隣に所在無くいた縁起悪い黒髪の娘を気味悪がったり、今回の件の責任の所在を押し付け合ったり、反乱軍への対処とか退避する先とかを話し合ったりしていた。

 しかし、結局のところ、本題であるところの反乱軍の迎撃と帝都防衛は彼らの得意技によって処理された。

 つまり、丸投げ。めんどうくさいことはこれに限るのだ。

 キレニアの謀略が上手くいったのは、彼らが丸投げを望み、キレニアが丸投げされるのを望んだゆえのことであり、結局、あの議場での演説とかクーデター同然の行為はある意味の茶番であったのだ。世の中、こんなもんである。


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