六 隻眼の辺境伯の謀略
「さて。そろそろ動きますかー」
キレニアはにんまりと楽しそうに笑いながら言った。
彼ら3人は議場に入ってからずっと場所を移動せず出入り口の側に突っ立っていた。まあ、キスとユーサーの席はないのだが、運が良いのか悪いのか空席は腐るほどある。
それでも彼らが立っていたのには理由がある。
何故なら、そこは最も出入り口に近くて合図し易いのだ。
キレニアはとんとんとドアを叩いた―合図した。
議会開会中は必ず閉められることが慣例である六つのドアが一斉に開けられた。開け放たれたドアから姿を現したのは軽武装の兵士たち。
騒然とする議場。
「貴様らぁっ!」
何人もの貴族や軍人が怒鳴りだす前に、10名ほどの兵士が空砲を撃った。瞬間、議場が沈黙する。
「どーも、皆さん、お騒がせしております」
誰もが黙る中、兵士たちに囲まれたキレニアが相変わらずの笑顔で言う。
「レイクフューラー辺境伯! これはどーいうことだっ! 議場には議員以外の立ち入りは禁止だぞ!」
「よりにもよって兵士を入れるとはどーいう了見だ!?」
「衛兵は何をやっておったっ!?」
「衛兵を管轄する保安局は何をやっておるっ!? 保安局長官は誰だっ!?」
ある貴族の怒声に1人の若い女が手を挙げる。
「はーい。私が保安局長官です」
手を挙げたのはキレニアだった。議場から溜息が漏れる。
保安局は議会を含む宮廷内の治安維持を担当する官署で、人員は1000もおらず武装も貧弱な組織だ。但し、宮廷には保安局の衛兵以外の者は銃を持ち込んではならない為、宮廷では唯一の軍事力といえる。
「勘違いしないで頂きたいのです」
キレニアはのんびりと言った。
「私はクーデターなんかを起こしたわけではなく、ましてや反乱軍に味方するわけでもありません」
疑わしげな目で見る議員一同。ついでにキスも。いきなり宮廷内に唯一存在する軍事力で議場を事実上占拠した行為がクーデターじゃなかったら何だっていうのだ。
「帝国憲法宮廷規則第38条!」
キレニアの言葉に全員が首を傾げる。
帝国憲法は帝国の根幹とも言うべき法律や規則を一まとめにしたものだ。その中にある宮廷規則には宮廷に関するあれこれが書き記されている。皇帝の生活の仕方から、宮廷儀式についてやら、庭木の手入れの仕方まで細かく書かれている。
そして、当然、誰もその宮廷規則を全部暗記はしていないし、第38条と言われても分からないのだ。
何人かが法規集を取り出して宮廷規則第38条を探し始める。そして、苦々しい顔をする。
「宮廷規則第38条には、こうあります。保安局は、緊急時には、皇帝の許可をもって議場に兵を入れることを可とする」
キレニアが自慢げに胸を張って言う。
「しかし、貴様は皇帝の許可を得たのか?」
首を左右に振る。
「では、違法ではないか!」
「帝国憲法第20条!」
また叫ばれる法律。しかし、これはかなりの議員が法規集を開かずとも分かった。結構有名な条項なのだ。
「皇帝が空位のとき、または皇帝が宮廷を不在とするときは、皇帝の権限を帝国議会及び帝国議会議長に与える。与える権限の内容は規則にて定める」
そして、宮廷規則第38条にある「皇帝の許可」は議長に与えられる権限だった。
「では、議長は君に許可を与えたのか?」
「議長が? 議長! あれ? 議長いないぞ?」
「議長がいないぞ! どういうことだっ!?」
「議長なら、さっき血反吐吐いて担ぎ出されたぞ」
「えぇ! マジで!?」
ここで初めてかなりの数の議員が議長不在に気付いた。
「議長殿下は担ぎ出されながら議会衛兵隊長に仰られました。後は頼む、と」
キレニアはちょっと哀しそうな顔で言う。まるで死んだような雰囲気だが、議長は死んでいない。別室で死んだも同然の状況で、医師団が治療中だが、辛うじてまだ生きている。
「衛兵隊長に頼むといったことは衛兵隊を管轄する保安局に言ったと同義です。つまり、保安局長官たる私は議長に後を頼まれたわけです。後を頼むというのは議会の混乱した状況を頼むと解釈できます。そして、今は緊急時であります。故に私は兵を議場に入れ、混乱を鎮圧したわけです」
キレニアの台詞に、幾人もの議員が首を傾げ、何人かは苦々しい顔をし、何人かは納得し、と皆それぞれの表情をする。
「現に、ほら、議会は混乱が収まったではないですか」
確かに議会は静けさに包まれている。そりゃいきなり兵士に銃を向けられれば、皆、議論どころの話ではない。
誰かが怒鳴り出したり、キレニアの拡大解釈とか、議長が倒れたのはついさっきなのに、何で、兵士が準備万端なんだとか、色々な矛盾に誰かが気付く前にキレニアは話を続ける。
「それで、私は副議長アーヌプリン公アンナ・フロースの副議長解任を提案します」
こっちは保安局長官としての権限ではなく帝国議会議員としての権限だ。
「議会が混乱する現状を沈静化できない議長の代理たる副議長は職務をまっとうできていないと思慮します。直ちに採決を求めます」
いきなり解任を発議された副議長の少女はあわあわと慌てていたが、ふと思い至る。もう、こんな議会のまとめ役なんか無理。解任結構じゃない。
「私の解任の決議を採ります! 賛成議員は起立して下さい!」
そして、真っ先に起立する。ちなみに、正副議長は中立を求められる為、採決に参加できないので、立っても無意味だ。
自ら解任を望んでいる副議長をそのまま副議長席に縛ることは無意味だ。それに、確かに今まで議会をまとめることができていなかったのだから解任決議が出るのも当然と言える。
ぱらぱらと議員たちが立ち出し、最終的には大半の議員が起立した。
「賛成多数で、私を解任します。それでは、失礼します!」
もう御免だとばかりに副議長席から降りて走り去る元副議長の少女。
ついに正副議長席が空っぽになってしまった。
「はい! 臨時議長の選任を提案します!」
いつの間にか自分の議席にいたキレニアが手を挙げて叫ぶ。
「ついでに反乱軍への徹底抗戦と、臨時帝都防衛軍の組織を主張します!」
全てはキレニアの謀略どおりに進行していた。
謀略大好きなんです。はい。