五六 策略の失敗
カム伯での会合以来、皇帝党はその策略のために奔走した。
策略、つまり、皇帝とその軍隊の留守中に運悪く反乱が起きて、留守番をしていた大貴族たちの多くが殺されるてしまうという不幸な事件をでっち上げるという策略である。
強引で困難で卑怯極まりない策略ではあるが、一気に大量の政敵を葬り去ることができる大変効率的な作戦でもある。
歴史上には、宮廷に貴族たちを呼びつけ、テキトーな罪をでっち上げて、片っ端から首を斬ってしまった王の話だってあるのだ。それに比べれば、まだ穏当な手段だろう。
仕組まれた反乱騒動の首謀者として白羽の矢が立てられたのがホスキー将軍たちであった。彼が選ばれたのは、彼が皇帝に忠実であり、老い先短く、そして、彼はいくらか前より重い病を患っていた。医者の処方した薬は、いくつかの香料と薬草、アヘン、そして、毒蛇の肉を混ぜ合わせた、当時としては最良の薬であったが、彼の病状を回復されるには至らなかった。教会の祈りも、魔術師の祈祷も、効果などありようもなかった。彼の病状は悪化の一途を辿り、日によっては立って歩けないという日まであった。
そんな彼に皇帝党の幹部たちはこの策略の主人公となるように言った。半ば命令のようなものだ。どうせ死ぬならば、その死を皇帝に役立てろというわけだ。
話を持ちかけられたホスキー将軍は、当初、いくらか困惑し、渋っていたものの、家族や生き残った部下の身の安全と保障を条件にその策略の主人公となることを承諾した。
次に、皇帝党はホスキー将軍の指揮する軍団の幹部に彼らの息のかかった者を組み込んでいった。陸軍は皇帝党の支持基盤である為、これは容易い。准将以上の人事異動は帝国議会陸軍委員会の承諾が必要となるが、所詮、地方軍団の人事異動だ。法服派、海洋派をはじめとする貴族たちもさして異議を挟まず案件を通した。
続いて、近衛騎士団のうちで殉職精神溢れる騎士たちに密かに命令を出しておく。曰く、反乱騒動が起きたらリストアップした連中を始末しろ。と。そして、帝都から地方へと行く街道沿いにも襲撃者を潜ませる。
あとは皇帝党と中立の穏健派の貴族やその家族を帝都から密かに地方へやるか、若しくは北方遠征に従軍させるだけだ。
反乱騒動の準備は整った。
そして、皇帝たちは北へと旅立ち、その地で反乱勃発の話を聞く、ゆるゆるとわざとゆっくり帝都へ戻る間に、ホスキー将軍の反乱軍と皇帝党が手配した暗殺者たちは首尾よく皇帝に非従順な大貴族たちをいくらか始末してくれる。はずだった。
ウォーエン伯の城で知らせを待つ皇帝ウルスラと皇帝党の幹部たちに知らせが入ったのは反乱勃発の翌々日のことだった。
彼らは表面上、策略のことを知りもしない人々と同じように驚きと困惑と怒りを装いながら、内心では上手くいったとほくそえんだ。
そして、なんだかんだと理由をつけてゆっくりと帝都へ向けて行軍した。
その間にも次々と続報は舞い込んで来る。
「レイクフューラー辺境伯ら、帝都防衛軍を発足させる」
「帝都防衛軍帝南迎撃隊、ノースユリー子爵准将を司令官として南へ進軍。帝南城砦にて反乱軍迎撃を企画」
二枚の羊皮紙に乱雑に書き込まれた文章を読んでウルスラは微笑した。
「相変わらずキレニアは思い切ったことをするわね」
「まったくです。一万にも及ばぬ寡兵で五万以上の敵と対するなど」
彼女の言葉にクロジア辺境伯はいくらか呆れを含んだ声で応じた。
「本当よね。でも、私、彼女のそーいう思い切ったところ、好きよ。この騒動で死ななかったらもっと上の位に就けてあげてもいいんじゃないかしら?」
ウルスラが少し機嫌よさそうに言うと周りにいた側近たちはすぐに首を横に振った。
「いいえ。それはいけませんな。彼女はあのフューラー公家の唯一の生き残りです」
「ええ、あんなふうにへらへら笑っていますが、腹の底では何を考えているか……」
警戒感を露にする側近たちに対して、ウルスラはぼんやりと呟く。
「でも、もう十数年も昔のことよ?」
「生憎と、こーいうことはやった方はすぐ忘れますが、やられた方は忘れないものなのです」
カム伯の言葉に皆が頷き、ウルスラも「そーいうものかしらねぇ」と頷いた。
「灰色橋砦にて両軍会戦。反乱軍先遣隊壊走」
次に来た便りはこのようなもので、皇帝党の幹部らは大いに肝を冷やした。
この便りが来た日の夕方には続いて、
「帝都にて近衛騎士団反乱に加担。何人かの貴族殺害される。レイクフューラー辺境伯らは白亜城に篭城」
といった知らせが来て、皇帝党の人々を安堵させた。
しかし、この辺りから彼らの思惑は大きく外れ始める。
「帝都にて反乱を起こした近衛騎士団、帝南迎撃隊分遣隊によって壊滅される」
「サーズバン伯帝都着」
この二つの報告は皇帝党を大いに狼狽させた。
「精鋭の近衛騎士団がこれほどまでに呆気なくやられるとはどーいうことだ!?」
「指揮官のウェルバット男爵にやる気がなかったそうだ」
「やはり、彼は代えておくべきだったか」
「しかし、サーズバン伯が動くのが早すぎる」
「情報が漏れていたのではないか?」
「いや、それにしては、兵の集まりが少ない。まだ大丈夫だ」
狼狽し、困惑しつつも、彼らには指を咥えて状況を見守るより他に術はなかった。新たな指示や作戦を持たせた使者を早馬で遣わせたとしても、いくら急いでも1日、2日で辿り着ける距離ではなく、また、その使者か若しくは書簡が反乱騒動の真相を知らない防衛軍側に、若しくは反対派の手に落ちれば、皇帝と皇帝党の威信は地に落ちるだろう。そのような危険性を冒すにはリスクが大き過ぎた。
そして、彼らは、どれだけ不都合があろうとも、防衛軍が予想以上に善戦していようとも、サーズバン伯が早く動こうとも、結局はホスキー将軍率いる大軍が防衛軍を押し潰し、帝都に乱入して反対派の多くの貴族をドサクサの中で殺害してくれるものと信じていた。もしも、貴族の多くが帝都より脱出していたとしても、皇帝の留守を守るべき貴族が戦わずして逃げるとは何事かという理由で反対派の力を大幅に削ぐことができるだろうと、彼らは考えており、その失敗など殆ど微塵も考えてはいなかった。
だから、反乱軍が騎兵の強引な浸透突入攻撃によって打ち破られ、ホスキー将軍は自害し、その将軍や士官の多くが捕虜となり、指揮官を失った反乱軍は脆くも瓦解したという速報を聞いたとき、誰もが唖然とした。
ホスキー将軍の自害はよかった。どちらにせよ死ぬ命であり、彼らにとって将軍の命などにはさして大きな価値を持っていない。ただ、反乱軍がたった1日の1回の戦闘で木っ端微塵に粉砕されてしまったことと、多くの将軍と士官が捕虜となったこと、そして、結局、貴族の多くは無事生き延び、一時は帝都を出た貴族も早速帝都への帰途についているという多くの彼らにとって不利益な情報に大きなショックを受けたのだった。
反乱軍(というよりも実質的には皇帝軍)の敗北を知った皇帝ウルスラは、素直に驚きを表に出した後、
「ソニアは本当に戦上手ね。今回ばかりは本当に吃驚したわ」
と、指揮官サーズバン伯を褒めた。その後、幾人かの貴族の働きを評価した。
「それにレニカも。キレニアも軍をまとめて兵を集められたんだから政治屋としての仕事は十分ね。ローラの働きはあんまりかな。そうそう。キスってこの娘は誰なの? 大手柄らしいじゃない。直々に恩賞をあげないとね」
黒髪姫主役なのに暫く出てきませんでしたが、
次回はやっとこさ出てきます。
本作はたぶん六〇で完結かと思われます。




