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五五 皇帝党の策略

 陰謀の始まりは去年の今頃。場所は皇帝党の代表格の1人である陸軍大臣カム伯の屋敷だった。

 屋敷に参集したのは屋敷の主人であるカム伯の他に皇帝党の筆頭である帝室大臣サンシュレティア伯、枢密院議長を務めるミトリンゲン方伯、近衛軍団長兼帝都要塞総監コーテンベルン子爵、陸軍主計長官クロジア辺境伯の他、陸軍の将軍が何人かいた。

 皇帝党は陸軍に大きな支持基盤を持っていた。皇帝党の元となったカール三世帝は多くの軍事作戦を行った為である。今の陸軍の幹部たちにはカール三世帝の旗下で戦った者たちが顔を揃えていた。

 このような会議は定期的ではなかったが、時折、行われ、皇帝党の意思決定と統一、連絡や情報交換に役立っていた。

 四角い大理石のテーブルの上座に座ったサンシュレティア伯はいつものように温和な表情ながらも苛立ちを隠せない様子で発言した。

「白亜公よりまた縁組の話がきました」

 居並ぶ将軍たちも一様に不愉快そうな表情を浮かべた。

「またか? あの老人も飽きないものだ」

「どーにかして陛下の帝配に己の息のかかった者を据え置きたいのだろう」

「まったく、嫌らしい魂胆が見え見えだな」

「しかし、魂胆が見え見えではあるが、正当な要求だ。故に対処し難い」

 彼らは悩ましくも苛立たしげな顔で語り合う。


 白亜公フェルナンデス・ゲオルグ・ジューン・ゼルペブルクは神聖帝国で最も有力な貴族とも称される人物だ。

 そもそも、白亜公の起こりは初代皇帝ゲオルグ一世にまで遡る。初代白亜公はゲオルグ一世が寵愛した末子フェルナンデスに与えられた爵位で、皇帝の居城である白亜城の敷地に白亜邸という屋敷を持たされたことから白亜公と呼び称されている。皇帝に近しい血筋ということで、更には幾度も皇帝家と縁組を行ってきたことで、長らく政権の要職を占め、政界に影響力を持ち続けてきた。

 当代の白亜公フェルナンデス六世の時代になっても白亜公の力は絶大であった。

 というのも、血筋と家柄もさることながら、彼は大法官兼高等法院院長という職務についていた。これは現代で言えば法務大臣兼最高裁判所長官のようなものである。帝国の法律の全てを司っていると言っても過言ではない。その権限の大きさたるや言うまでもないだろう。

 そして、皇帝といえど、法には従わなければならない。何故ならば法律は皇帝の名の下に発布されるゆえ、自らが言い出した決まりを自らが破ってはその法律そのものが無効化されてしまう。そんなことをすれば、法の権威と拘束性は失墜するだろう。ルールなき国家には崩壊あるのみだ。

 故に皇帝も法に縛られる。そして、法に基づき裁きを下すのが白亜公の仕事なのだ。もしも、彼が皇帝の決定は法に反すると判断すれば、皇帝の決定が覆されることもありうるし、今までの帝国史を見れば、そのような事態はいくらでもある。

 それゆえに、高等法院は帝国議会と並ぶ大貴族たちの皇帝への対抗機関であった。今、高等法院を牛耳っている白亜公一派は法服派と呼ばれていた。

 大法官兼高等法院院長という役職もさることながら、その上、彼の妻は皇帝ウルスラの伯母であり、かつ、彼の娘(つまりウルスラの従姉)は前帝(つまり、ウルスラの兄)の妻でもあった。生憎と娘が世継を孕む前に前帝はこの世を去ってしまったが、上手くことが運べば彼は皇帝の外祖父になることも可能だったのだ。

 そして、彼はその野望を未だに完全に諦めてはいないらしい。

 白亜公は事あるごとに皇帝へ縁組を薦め、そして挙げられる候補の中には必ず白亜公の妹の子であるパール辺境伯や白亜公の子息ゼルペブルク子爵が含まれていた。

 宮廷に皇帝の夫という身分で白亜公の一派に押し入られては(当然、婿入りするとなれば、彼に使える貴族や騎士、お付の従者が何十人、何百人と宮廷に入ることになる)皇帝は貴族に隠密に何か事を運ぶようなことなど全くできなくなってしまう。ウルスラの祖父帝がやったような反抗的貴族の炙り出しや追討といったことの再現など夢のまた夢となってしまうだろう。

 それ故にウルスラと皇帝党は長らく白亜公からのこの強い勧めを長年に渡って阻んできた。

 皇帝の意向と帝室をほぼ皇帝党が支配しているお陰もあって即位前から今まで白亜公の強い要請と圧力をはぐらかしてきたが、それもそろそろ限界に近いものがあった。

 何しろ、白亜公には皇帝の血筋を絶やさない為にも早急に皇帝は結婚し、世継を生むべしという大義名分がある。

 当然、皇帝には皇帝に見合う地位と血筋の者を夫としなければならない。ともなれば、他国の王子か、或いは大貴族の子弟ということになるのは必然だ。その有力候補の中に帝国随一の大貴族である白亜公の一族の子弟が入らないわけがない。


「さて、そんなわけで、白亜公からの圧力に耐えるのも辛くなってきた」

 話は戻ってカム伯の屋敷。屋敷の主人である陸軍大臣カム伯がざわつく座を収めるように低くよく通る声で言った。彼は陸軍大臣でもあると同時に元帥でもあり、少し前まで幾多の戦場で指揮杖を振るってきた歴戦の将軍だ。その声は落ち着いていてもよく通り、威厳を感じさせる。

「陛下が結婚されるのは我々も望むべきことだ。御世継は残さなければならない。それも早急に。しかし、その相手が問題だ。法服派や海洋派、教会党が薦めてくるような者と陛下を結婚させるわけにはいかん」

 彼の言葉に場の誰もが頷く。

 ちなみに、海洋派は南方大陸や南洋諸島での植民地開発をはじめとする海外関連政策に強い影響力を持つ新興貴族の一派で、交易によって蓄えた富と権力により大蔵省系機関や海軍に影響力を持ち、法服派と張り合うまでの権力を持つ貴族派閥である。

 教会党はその名のとおり西方教会とそれに強い影響を受けている貴族たちの一派である。

 どちらも法服派に続く力を持ち、誰もが己が影響下にある者を皇帝の夫君に宛がおうと策略を巡らしていた。

 皇帝党としてはそれらの策略に打ち勝ち、我らが皇帝を守りぬかなければならない。勿論、皇帝を後ろ盾にしているからこそ彼らも権力を手にできているわけだから、単に忠誠心とかそういったもの全てで動いているわけではない。

 とにもかくにも、彼らはそういった動機で顔付き合わせうんうん唸っているのであった。


「このような策はどうでしょうか」

 おもむろに口を開いたのはクロジア辺境伯カール・フランクス・スタックホルン陸軍少将だった。

 貴族らしい青白い肌に細い顎、筋の通った高い鼻を持つ男前で、皇帝ウルスラに最も信頼されている最側近と名高い男だった。

「例えば、次の北方遠征のとき、陛下とその側近とその軍団の多くが帝都を離れている間に、反乱が起きたとしたら?」

 彼の言葉を聞き、皇帝を支える有能なる皇帝党の貴族面々はすぐに彼の言わんとすることを悟った。

「なるほど。我々がいない間に、反乱軍が帝都に乱入し、多くの貴族たちが害されては大変なことになりますな」

「運悪く、混乱の中で多くの大貴族が殺害されてしまったとしても、誰もが反乱軍の仕業だと思うだろうな」

「これは大変危険なことですからな。内密に内密に、そーなってしまう可能性があるか。そーなってしまったらどーするかを考えねばなりませんな」

 こうして、その案は考えられ、実行されたのだ。

 ただ、彼らにとって誤算だったのは、一部の貴族たちが素早く僅かな兵力を結集させて反乱軍に対抗したことと、サーズバン伯が予想以上に早い動員と行動を行ったこと、そして、黒髪姫がいたことだった。


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