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五四 女皇帝と皇帝党

 西方大陸北東部コトラ地方は神聖帝国領ながら帝国中央政府に反抗し、西方教会を受け入れない異教の民族が住む地で、未だに時折思い出したように反乱を起こしたり起こさなかったりしている厄介な地域だ。

 その上、山あり谷ありの起伏の激しい地勢の上、大きな町が少なく道路は整備されず、針葉樹の森がわんさかわんさかで、反乱を起こす異民族たちは毎度毎度ゲリラ戦を展開し、帝国軍はいつも苦戦を強いられていた。

 また、コトラ地方に住まう民族は一つの集団にまとまっているわけでもなく、大きく分けて8民族、それが更に部族ごとに細分化されていた。そのうちの一部族の指導者を倒しても他の部族にはさして大きな影響もないので、帝国は大変な面倒を強いられていた。

 そんなわけで、帝国軍の北方への反乱征討はもはや定期的なものと化しており、いくらやっても終わりのない征討作戦に従軍する将兵も飽き飽きしていた。

 今回、御自ら出馬した神聖帝国第11代皇帝ウルスラもその例外ではない。

「まったく暇な遠征ねぇ」

 コトラ地方の南隣ウォーエン地方を治めるウォーエン伯の城の中庭で皇帝ウルスラは呟いた。

 彼女は神聖帝国139年の歴史において初の女帝として即位してより今年で2年。御年20歳のピチピチな小娘だ。

 金色の髪は緩やかに流れる金糸のように美しく、長い睫毛にくっきりした二重まぶた、大きな瞳の色は髪と同じ黄金の色。鼻は小さくちょっと低め。絹のように滑らかできめ細かい肌は乳白色に微かに桃色が混じる。背はそれほど高くなく、女性の平均よりもいくらか低い。

 表面に金を塗って緻密な装飾を施した軽騎兵用甲冑を着込み、腰には鎧よりも豪奢にこしらえられたサーベルを提げ、遥か海の向こう、東方大陸より取り寄せられた絹の薄紫色のマントを羽織っている。

 美しき容貌に美しい装具を身に纏ったその姿はまるで戦女神であった。

「ルドルフ。私たちはいつになったら白亜城に帰れるのかしら?」

 ウルスラは物憂げな顔でティーカップを傾け中味の大陸でも最高級のお茶を飲み干してから、傍らに佇む細身の老人に尋ねた。長く白い眉と髭が特徴的なこの老人は皇帝の側近中の側近たる皇帝秘書長官ルドルフ・ヘッケル男爵は慇懃いんぎんに答えた。

「もうじき、帝都より首尾を知らせる使者が参ると思われます。それまでの辛抱でございます」

「うまくいくといいわね。つまり、反乱が成功して、貴族と坊さんたちが山ほど死んでくれればいいわね」

 ウルスラはぼんやりと雲一つない青空を見上げながら呟く。

 彼女の物騒な言葉を咎める者はいない。この場にいる数十人の人々は全て皇帝の側近で占められており、今回のホスキー将軍の反乱騒動を全て熟知している者ばかりなのだ。それどころかこの中にはこれら全ての計画を企画し、実行まで運んだ人物たちも含んでいる。

「ホスキー将軍ならばうまくやってくれるでしょう」

 ウルスラの周囲でも一際豪奢な服に身を包んだ男がにこやかな表情で言った。ひだ襟の付いた白絹のシャツに赤い上着を着込み、上等なキュロットを履き、ビロードのマントを羽織っている。

 大きな丸い体に福福とした人懐っこい風貌で、赤い服を着せればまるでサンタクロースのようだった。彼は神聖帝国の国家元首たる皇帝の政務・生活・儀礼に関する事務を統括する帝室大臣を務めるサンシュレティア伯であった。

 ウルスラの兄である前帝の頃から現職にあり、ウルスラの即位に関して大きく尽力したこともあって、皇帝の大臣の中では副首相格と看做される政権の有力者である。

「まぁね。彼は祖父上の代から仕えてくれている有能な将軍だからね」

「その上、実直で従順でもありますからな。此度のような役目にはうってつけと言えましょう」

 サンシュレティア伯の言葉に周りの者たちも頷く。彼らもまた皇帝ウルスラの側近たちである。

 このサンシュレティア伯を代表とする皇帝の側近たちは皇帝党と呼び称せられていた。


 神聖帝国において皇帝の権限は絶対的である。

 しかし、それはあくまで形上のことであって、現帝ウルスラの立場は大変微妙なものであった。

 帝国建国以来初めての女帝ということもさることながら、皇帝の地位自体がいくらか前から弱まりつつあったのだ。

 事の原因は第5代皇帝ジキムントにまで遡る。前帝ゲオルグ二世の娘を妻として皇帝に即位したジキムントは37年の在位を誇り、77歳という当時としては大変な長寿で人生を全うした。このときが皇帝権力の最高潮であったのかもしれない。

 後を継いだのはジキムントの次男であるゲオルグ三世であったが、彼は即位から2年で呆気なく他界してしまった。そこから、皇帝権力の弱体化は始まる。

 ゲオルグ三世の子は若くして亡くなっていた為、その子(つまりゲオルグ三世の孫)がカール二世として即位した。このとき、カール二世はたったの4歳であった。当然、政務などできるわけがないので、ゲオルグ三世の弟フューラー公が摂政となった。しかし、フューラー公はカール二世が成人する前に暗殺され、カール二世も12歳の若さで病没した。

 続いて皇帝の椅子に座ったのがカール二世の弟オーエンフォレン二世であったが、彼もまた若過ぎ、しかも、たった1年の在位でこの世を去った。

 次に皇帝となったのは更にその弟のゲオルグ四世であったが、彼もまた幼かった為、彼の母の父(つまり外祖父)ベルゾン方伯が摂政となった。そして、彼もまた成人する前に在位8年で逝去した。

 この結果、第6代皇帝ゲオルグ三世の血筋が絶えてしまった為、第5代皇帝ジキムントの三男の子であるカール三世が皇帝となった。彼がウルスラの祖父である。

 カール三世が即位したとき、皇帝権力は地に落ちていた。それまで20年もの間、極端に在位が短いか若すぎる皇帝を戴いていた帝国のあらゆる権力・利権・富は貴族たちの食い物となっており、それを咎める者などいるはずがなかった。特に利権や富の収奪に熱心だったのがフューラー公やベルゾン方伯ら若皇帝たちの摂政や代理を務めた大貴族だったからである。

 カール三世は皇帝権力の強化と大貴族の抑圧に力を注いだ。見せしめ的にいくつかの大貴族を反乱や謀反の疑いで処刑や征討を行い、また異民族の討伐遠征も彼の時代から活発になった。皇帝の軍事力を見せつけ、また、貴族に兵や物資の供出を迫ることが目的であることは言うまでもない。黒髪姫が人質として神聖帝国に差し出されたのも彼の時代のことで、これもまた従属国銀猫王国の首根っこを抑える為の措置であった。

 皇帝の側近である皇帝党はこの時期に形成された。

 カール三世は帝国中興の祖と呼ばれるほどに改革を推し進めたが、なにぶん、老齢であった為、大貴族たちの力を満足に削ぎ落とす前に即位18年で没した。

 後を継いだのはカール三世の孫ゲオルグ五世であったが、彼は5年で他界。

 そして、その後をゲオルグ五世の妹であるウルスラが継いだ。

 カール三世時代に抑えつけられ利権を奪われた大貴族たちがこの若き娘皇帝に対して従順に忠誠を誓うはずがない。

 彼らは虎視眈々とウルスラから力を奪い傀儡とするか、若しくは彼女を玉座から引き摺り下ろし、もっと自らに都合のいい皇帝に挿げ替えることを狙っていた。

 彼女が即位してから今までのたった2年間であるが、彼女や皇帝党は、大貴族たちと国家の政策、外交、ウルスラの結婚相手について、果ては皇帝の私生活等とあらゆる事柄において幾度となく対立し、また、改革や刷新を妨害され続けてきた。

 このような状況を経て、皇帝党はある策略を謀り、それを皇帝許可の下、実行に移すこととした。それこそが今回のホスキー将軍の反乱騒動であった。


ここからネタ明かし編ってところでしょうか。

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