五三 黒髪姫騎士団の大手柄
「早く味方来ないかなぁ」
というキスの思いは部下に伝わったらしかった。
キスとモン、ムールド人傭兵の3人が敵の騎士の攻撃を上手く防ぎ、受け、避け、流し、逃げていると、ラクリア人傭兵のカルボットとオルガーがそれぞれ斧と棍棒を手に本営に乱入してきた。2人とも無骨な鉄の鎧を着込んでいて、うっそりとした髭面。カルボットは小男でお喋り、オルガーは大層な巨体で無口というでこぼこコンビだ。
「おおぅっ! 嬢ちゃんっ! 無事だったかぁっ!?」
斧で頑強な兜ごと騎士の頭をかち割りながらカルボットが陽気な声を上げた。
「あ、はい。なんとかまだ生きてます」
繰り出された槍の柄を掴んで止めながら、反対側から振り下ろされた剣をサーベルで受け止めながらキスが間抜けた応答をする。
「おいおい、ところで、ここにゃあ嬢ちゃん以外にゃ傭兵しかいねーじゃねえかぁ。騎士の旦那様方はどうなさったんかねぇ? なぁ?」
敵の斬撃を斧で受けつつ、カルボットは軽口を叩き、横で棍棒を振り回すオルガーに水を向けた。オルガーはむっつりと頷く。
「他の皆さんはどーなってるか知ってますかー?」
左手で槍の引っ張り合い、右手では鍔迫り合いを演じつつ、正面の騎士から繰り出される突きを上手く避けながらキスが部下の生存の確認を行う。
「んーっとねー。モンの仲間は2人とも駄目だったー」
「俺んとこも2人はやられたのを見たなー。あと1人は分かんねーな。騎士の旦那様方の安否も知らねーな」
どうやら少なくとも黒髪姫騎士団のうち4名は死んでるか重傷かの状況にあるらしい。それを聞いた我らが団長殿は、
「あー、そーなんですか」
と薄い反応。これでは死んでいった兵も浮かばれない。まぁ、金で働いていた傭兵ゆえそれほど忠誠心があったわけではないが。
ともかく、分かることは、やっぱ敵中突破は大変効果的な戦術ではあるが、やっているこっちの被害は少なくないってことだろう。
ついでに、今、第一に考えなければならないことは死んでいった仲間たちに黙祷を捧げるよりかは、十数人もの騎士に囲まれている今をどのようにして乗り切るかである。
「姫さーん! 生きてるー?」
「あ、生きてますね。ご無事で何よりです」
「殿下っ! ご無事ですかっ!?」
「直ちに殿下を保護するのだ!」
ここからの生存を図る方法を考えていると、キスの母国である銀猫王国のカロン人騎士がどやどやと入り込んできた。相変わらず能天気なワークノート卿、毎度のことながら具合が悪そうなロッソ卿、忠誠心厚いオブコット卿父子、そして、クリステン卿とその他数人の騎士と従者がどやどやと続く。見るところ騎士たちの方の被害はあまり多くはないようだ。騎士が1人2人か従者が数人いないだけのようだ。やはり専門軍人たる彼らはまとまって行動していた為、被害は少なかったようだ。チームワークの勝利という奴だ。
新たに加わった騎士たちによって形成は一気に変わる。今まで取り囲み押し続けていたホスキー将軍の配下の騎士たちが今度はキスの配下の黒髪姫騎士団によって逆に押しやられていく。
何人かの騎士が不意打ちで倒され、残った騎士も後退を余儀なくされる。
周囲では本営を守る衛兵と騎兵の壮絶な乱戦が繰り広げられているが、見るからに勢いに乗る騎兵が反乱軍を追い散らしつつあった。
ここからでは分からないが、前線付近でもアンレッド伯やノースユリー子爵准将らが率いる主力が騎兵の迂回戦術を擁護すべく必死の突撃を仕掛けて多大な犠牲を払いながらも反乱軍主力を本営の援護に生かせないよう尽力していた。
ホスキー将軍やその他、反乱軍の指導者の将軍たち、その配下の騎士たちはついに追い詰められた。
「もう良い」
ホスキー将軍は疲れ果てたような顔で呟くと、懐から小瓶を取り出した。
「閣下っ! なりません!」
咄嗟に側近が止めようとするが、将軍は力なく首を振る。
「もはや、わしの死は決しておる。変わるのは、わしが毒を飲んで自死するか、あの黒い姫君のサーベルに刺し貫かれるか、或いは他の誰かの剣に錆になるかの違いでしかない」
彼の言葉に周囲は黙する。ここで徹底抗戦して、黒髪姫たちを打ち倒したとしても周囲は敵の騎兵だらけだ。新たな敵が次から次へとやってくるだろう。もしも、今、逃げようとしても、馬のない彼らはすぐに敵に追いつかれるだろう。そして、味方の応援が来るのと、敵に殺されるのどちらが早いかはもはや明白となりつつあった。
「これ以上、無益な戦を続けて、罪なき百姓たちの命を散らすのも悔やまれるというものだ。彼らはただ我々の扇動に踊らされ、命令に従っただけなのだからな」
それから周囲の部下たちを見回す。
「諸君らは降伏するでも逃げるでも好きにするといい。健勝でな」
そう言うと、彼は小瓶を口に持っていく。
「しかし! 閣下は陛下の御為に!」
「言うなっ! 奴らに聞かれては困る!」
「だが、これではあまりにも将軍が」
周りの将軍や騎士たちはわいわいと大騒ぎ。黒髪姫たちは傍観。敵の真ん中なので早く結論出して欲しいなぁ。などと考えていた。
「こら、静かにしろ。いいから。わしはもう死ぬからな。いいか? 飲んでいいか?」
ホスキー将軍はうんざりした顔で言うと、さっさと勝手に小瓶の中味を飲み干した。
「あぁっ! 将軍っ!」
「飲むの早いよっ!」
将軍が血を吹き倒れる中、周囲の部下たちは悲劇だか喜劇だか分かり難い反応を示す。
「これで一件落着ですかねぇ?」
「勝ったのかなぁ?」
「これで終わり?」
「さあねぇ?」
「う。吐きそう……○×△□」
「おいおい、あんた、こんな場面で吐くなよ」
「こら! 貴様ら! 油断するな! ここは戦場だぞ!?」
小騒ぎする黒髪騎士団の仲間たちに囲まれた黒髪姫はぼんやりと、あぁ、なんとか生き残れたなぁ。などとのんびり考えていた。
結局、敵本営一番乗り及び幾人もの将軍の討ち取り及び捕縛という大戦果は黒髪姫騎士団のものとなり、黒髪姫は一躍英雄扱いとなることが決したのだが、本人はそんなことになど思い至っていなかった。
ちょっとやっつけ仕事です。
まぁ、戦闘は飽きてきたので、これくらいでいいですかねぇ。
次回からはエピローグ的なものになります。




