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五二 黒髪姫とホスキー将軍

「閣下! 敵の騎兵部隊が我が軍の間隙を通って、こちらに突撃してきますっ!」

 伝令から報告を受け、神聖帝国軍第八軍団長オーガスタス・レオット・ホスキー準男爵、通称ホスキー将軍は渋い顔をした。

 頬から鼻の下、顎までを覆い尽くす白い髭に、大きな鷲鼻、傷だらけの浅黒い肌、8フィート近い身長にがっしりとした肉付き。見た目は豪族や山賊の長老といいた外見だ。

 表面に銅を塗って茶色くした甲冑を着込み、腰には大剣を下げる。兜はかぶっていない。髪は全て白く、額は広く禿げ上がっていた。

「先頭に黒ずくめの騎士がおり、兵は動揺しております!」

「黒ずくめ?」

 続く伝令の報告に将軍は呟く。

「例の黒髪姫かと」

 傍らの騎士が言い、本営に居並ぶ幕僚たちが頷き合う。

 黒髪姫の話は将軍の耳にも入っていた。一連の戦闘で彼女を見た農民兵たちは一様に怯え、同僚や指揮官にその姿を報告して回っていたのだ。やがて、白亜城を巡る戦闘に敗れ、命からがら逃げ出した近衛騎士団の一人がその正体は銀猫王国の「黒髪姫」であると報告されていたのだ。

 農民たちは迷信深い。彼らは教会の教えと村に伝わる慣習、一族に受け継がれてきた掟を生真面目にきっちりと守って生きている。そんな彼らが教会のいう悪魔のような黒い騎士を、しかも、鬼のような戦い方をする女を見れば、当然、驚き、怯え、恐れる。黒髪姫の存在は反乱軍の主力である農民兵たちの士気を著しく下げていた。

「敵は既にこちらの守備隊と戦闘に入っています!」

「言われんでも分かっとる」

 伝令の報告に将軍は不機嫌そうに言った。銃声と金属音、悲鳴、喚声、怒号、絶叫はここからでも十分に聞こえていた。

「如何します? 一旦、退却しては?」

「退却? んなことをする必要などあるのか? 我々が既に目的を果たした。あとはあの連中が上手いことやってくれるのを祈るだけだ。我々が死のうが殺されようが、それはさしたる問題ではなかろう」

 側近の進言を将軍は不機嫌そうなしかめ面で却下した。

「それにわしはもう老い先短いしな。いつ死んでもおかしくない。まぁまぁいい人生を生きてこられたし、目的も義理も果たした。わしはもう死んでも構わんさ。まぁ、死にたくない奴はさっさと逃げるか降伏したらよかろう」

「閣下っ! そんなことを申してはっ!」

 幕僚たちが慌てるが、将軍は気にもしない。

「いや、いいのだ。いいのだ。無駄に命を散らす必要もあるまい。そもそも、この戦に勝つ必要もないし、こんなところで戦をする必要さえもないのだからな」

 彼はそう言うと、疲れた様子で肩を落とした。


「閣下! 敵が! 黒髪姫が来ますっ! ぐわぁっ!?」

 そう叫ぶ伝令に黒髪姫の黒馬がぶち当たり、哀れな伝令は吹っ飛んでいった。まぁ、死にはしていないだろう。

 三方を幕で囲まれ、飾られた何本もの旗が風にはためく本営には何人かの将軍たちとその倍ほどの騎士が詰めていた。本営の周辺には何百人もの衛兵がいるが、彼らは黒髪姫に続く騎兵たちと死闘を繰り広げていた。

 キスが跨った黒馬はその突進を押し止めようとする衛兵や騎士を何人かぶち飛ばしながら本営の真ん中に突っ込んでいき、将軍たちが囲む机(地図等が広げられている)に前脚を置き、勝ち誇るようにいなないた。

 黒髪姫はさっと机の上に飛び降り、がつがつと軍靴を鳴らしながら机上を歩み、真っ直ぐ最も上座にあるホスキー将軍と向かい合った。抜き放たれ、右手にあるサーベルからは血が滴り、地図に赤い染みを作り出していた。

「え、えーっと、あー、ホスキー将軍閣下でいらっしゃいますか?」

 キスはご丁寧に質問し、ホスキー将軍はむっつりとした顔で頷いた。

「えっと、私は銀猫王国第四王女キスレーヌ・レギアンと申します。どうもよろしくお願いいたします」

 何をよろしくお願いいたすのか全く分からないがキスはそんなことを口走っていた。

 というのも、彼女は、とりあえず敵の大将のところに行くという目標は持っていたものの、それを達成した後、何をすべきかということを考えておらず、これから自分が何をすればいいのか分かっていないのだった。その結果、とりあえず相手方の本人確認と初対面の人には自己紹介というわけでそれを済ませたわけだが、そんなことをしても何の役にも立たないどころか欠片ほどの意味もないということは言うまでもない。

 机の上にかっこよく立ったまではいいものの、キスは自分がこれから何をすべきかという行動指針を失ってしまった結果、敵将の前でおろおろするばかり。かっこいい登場シーンが台無しだ。思わず周りの将軍や騎士も呆れ顔だ。

 キスは暫くしても机の上で挙動不審におろおろしつつ、背後を振り返って応援か指示が来るのを待つが、待てど暮らせど応援も指示も来ない。その前に、周囲の騎士たちの方が自らの役目を思い出した。

 老人ばかりの将軍たちを庇って前に立ち、机を囲んで、剣や槍の切っ先を向ける。

 キスも周囲のその動きには気付くがどうしようもない。周りには十数人もの屈強な騎士。自分は机の上に1人。後ろに馬が1頭。多勢に無勢だ。これは参ったと彼女はおろおろするばかり。

 このままでは黒髪姫は騎士たちの剣や槍で串刺しにされてしまうところだが、幸運にもそうはならなかった。そうなってしまっては話が微妙かつ中途半端になってしまうし、続編の構想が全部おじゃんになってしまうのは作者もよしとしないからだ。

「ちょわーっ!」

 そう叫びながら茶馬に乗って乱入してきたのはあどけない顔立ちの少女だった。鞣革なめしがわの軽い鎧を着て、腰や胸に多数のナイフを装備している。左手にボーガン、右手に短剣を持ち、更に上手に手綱まで握って上手く馬を御していた。

 少女に操られた馬は俊敏に正確に机の周囲をぐるりと一回りして、キスに迫っていた騎士たちは思わず仰け反り、後退あとずさり、攻撃の機会を逸する。

「モンさん!」

 机の上に立ったキスは馬上の少女を見て声を上げる。

「姉ちゃん! 大丈夫だった!? 助けに来たよー!」

 モンはフェリス人という遊牧民族の少女傭兵で、馬の扱いにかけてはお茶の子さいさいであった。素早い身のこなしと優れた乗馬能力で乱戦の中を潜り抜けてキスの元へやって来たらしい。

「助かります。少しは」

 キスは少し表情を明るくしたが、すぐにまた曇らせる。敵は十数人。こっちは1人から2人。

「あちゃちゃー」

 モンも頭をぼりぼり短剣の峰で掻きながら呟いた。ちょっと間違えると刃が刺さるので良い子は真似しない方がいい。

「まぁ、2人で頑張ろうよ!」

 モンはにこっと笑い、キスはあはは……。と乾いた笑い声を上げた。

 喚声と共に数人の騎士が一斉に斬りかかった。

 キスは最初の剣を屈んで避け、サーベルを振り回して敵を牽制する。背後には騎乗しているモンがいて、そちらを気にする必要はないので、1人で相手をするよりかはまだマシというものだろう。

 馬に跨ったモンはボーガンを放って1人を仕留めた後、装填に時間のかかるそれを見切りよく他の1人の顔に向けて投げ捨て、代わって革鎧の各所に装備してある投擲ナイフを手に取っては敵へ投げつけ、近づいてきた相手には短剣で突きを繰り出す。

 2人は奮戦するが、あと5分も持たないことは明白であった。

 将軍の1人はほっと安堵の息を吐く。

 敵の騎兵の突撃を受けたときはどうしようかと思ったが、結局、多くの騎兵は護衛の兵に阻まれて、本営まで辿り着いた者は今のところこの2人だけだ。このまま敵を阻み持ち堪えれば前線に出すぎていた味方の大軍が取って返してきて騎兵を取り囲んで全滅させてしまうだろう。敵軍の最精鋭であるこの騎兵どもを壊滅させればもはや勝利は目前だ。

「やれやれ、危ないところだった」

 そう彼は呟き、ふと、首に冷たいものが押し付けられたことに気付く。そのときにはもう手遅れだった。冷たい感覚は極めて激しい痛みと違和感を伴いながら首の皮を破き、肉を切り裂き、神経と血管をずたずたにして、骨を強引にへし折っていった。その間、わずか数秒で。彼は悲鳴を上げる間もなく、事切れる。

 首が切断され始めて骨まで達した頃には、首の血管から大量の血が噴き出し、キスの対面にいる騎士たちの兜やキスの顔を赤く染め上げていった。突然、降り注いだ血の雨にその場にいた誰もが仰天する。

 頭をごとりと地面に落とした将軍は少し遅れてから胴体もその後を追い、その後ろにいた人間の姿を皆の前に晒した。頭の先から足まですっぽりと薄汚れた茶色い布を被り、更に顔には目の辺りを除いて白い布を巻いている正体不明のムールド人傭兵だった。その手には湾曲した半月刀があり、真っ赤に濡れて、地面に血溜りを作っていた。彼女の背後の幕はすっぱり切られており、彼(或いは彼女)はそこから侵入したらしい。

 突然の惨劇に唖然とする者が多い中、ムールド人傭兵は無言ですいっと半月刀を手近なところにいた騎士の顔に突き立てた。

「ぐぎゃぁっ!」

 顔を刺された騎士が悲鳴を上げ、全員が意識を元に戻す。

「おのれぇっ! 斬れっ! 叩っき斬れっ!」

「こいつら、1人とて逃すなぁっ!」

 騎士たちは激昂し、怒号と共に剣や槍を繰り出す。

 キスは一斉に3人くらいの攻撃を必至に防ぎ、受け、流す。とても反撃に移れる状況ではない。

「早く味方来ないかなぁ」

 彼女はほとほと困り果てた顔でぼんにゃりと呟いた。


あんまり遠くないうちに次話も更新したいと思いますな。

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