五一 騎兵隊は突入す
「よっしゃぁっ! 全軍突撃ぃーっ! 帝国には歯向かう糞どもを片っ端から、血祭りに上げてやれっ! 生まれたことを後悔させてやれっ! 斬れっ! 斬れっ! 全員、ぶっ殺してやれっ!」
突撃する騎兵隊の中央辺りでサーズバン伯が鈴の鳴るような甲高い声で怒鳴り散らす。姿も声もかわいらしいが、言っていることは野蛮で粗暴な蛮族の頭領みたいな言葉だ。その怒声に兵たちを奮い立たせる効果があるかどうかは不明だ。
怒号を響かせるサーズバン伯に対し、先頭を行く黒髪姫はただむっつり黙って、馬を駆けさせていた。
一塊になって突き進んでくる騎兵隊に対して、反乱軍本営は混乱の極みにあった。
柵や壕などの防備施設などあるわけもなく、兵の数は十分ではなく、迎撃するための火器も不足していた。大砲は、近代的なものは殆どなく、あるのは古い青銅砲などで、それも即座に砲撃が可能な状態ではなかった。
そして、黒髪姫の騎兵隊の迂回突破に気付き、本隊を守ろうとする援軍も多くはなかった。兵隊というものは命令されればなんでもできるように教育されているものだ。しかし、それは命令されなければ何もできないのと同義である。反乱軍には命令をする士官と命令を伝える伝令がかなり不足しており、ただの烏合の衆と紙一重の存在だったのである。
更には黒髪姫たちが敵中に迂回突破していくのに合わせて、アンレッド伯、ノースユリー子爵、ニス将軍、パーマー将軍、ユットニール将軍らが率いる中央歩兵隊と左右両翼の全部隊が、今までの防御姿勢を一転させ反攻に打って出たのだ。どの指揮官も今が戦の分かれ目だと理解している。ここでやらねば勝機はないと確信しているのだ。
指揮官自らが馬を駆り剣を振るって突撃し、それに兵たちが銃を乱射しつつ、剣や槍、銃剣、斧、棍棒で敵を突き、切り裂き、打ちのめす。敵の死体も味方の死体も乗り越え、味方の犠牲も自分の死も考えず、ただただ突き進む。
彼らをそーいった自己犠牲も厭わない衝動へと突き動かすのはどーいう心理によるのだろうか。士官からの命令による強制とか愛国心の発露とか神への奉仕とか戦場特有の興奮によるものだろうか。
しかし、少なくとも、彼女は、黒髪姫キスの心理はそーいうものではなかった。
彼女には愛国心なんか欠片もなかったし(母国でもないし、長らく監禁されていたわけだから愛国心など抱くわけがない)、神への奉仕というのでもなかった。彼女は自分を幽閉していた教会にそれほど良い印象を抱いていないのだ。当然、神様にも同じく。
また、彼女は誰かに命令されているわけでもない。成り行きで軍の指揮官となり、兵を率いる立場になってしまったが、それだって頑張れば、拒否することも可能だったと思う。私は帝国人ではないから、帝国の内戦に関わりなどありませんので帰らせて頂きます。と言っても個人的には問題なかったはずだ。母国(銀猫王国)と兄貴に迷惑がかかるかもしれないが知ったことかと言っても構わなかったはずだ。彼女は母国にも兄貴にも世話になった覚えはないのだ。
それでも彼女は生死が隣り合わせどころか生死が密着した危険極まりない戦場に立っている。しかも、一番危険な、騎兵隊の先頭に立っている。
何でだろう? と、頭の片隅で考えながら彼女は馬腹を蹴る。頭に軽く衝撃がきて、兜がカンッと鳴った。銃弾が掠めたらしい。余計なことを考えている暇じゃあないなぁ。と彼女は考えながら前だけを見ることに集中した。
敵はもう目前である。
そして、黒髪姫の黒い毛並みの乗馬は慌てて並びだした反乱軍本営の歩兵たちの横列に乗り込んだ。兵を馬蹄で踏み潰し、蹴飛ばし、薙ぎ倒す。同時にサーベルを振り回して、兵たちの傷つける。サーベルは兵たちの顔や首、肩辺りを薙いでいった。傷は深くはないが、皮膚を切り肉を裂き血が噴き出す。痛みを与えるには十分で、彼らは悲鳴と共に傷口を押さえる。そこへ黒髪姫の配下の騎兵たちが次々と押し寄せ、馬蹄や味方の負傷者・死体の下敷きにされる。
「雑魚に構うなっ! ホスキー将軍や士官を探し出して殺せっ!」
「片っ端から叩き切っていけっ!」
騎士たちは叫びながら、サーベルを振り回し、槍を突き出す。
「姉ちゃん、待ってー。モンも一緒に行くー」
「嬢ちゃん! 待ってっての! 一人で突っ込むなや! 大将は後ろにいるもんじゃろ」
「殿下を嬢ちゃんなどと呼ぶなっ! 無礼な! 自分の立場っての分かっているの!?」
「あんたらここが何処だか分かってるの? 戦場なんだから、もそっと緊張感持ちなよ」
「そう言うアンも緊張感持ってる?」
キスに続く側近たちはぺちゃくちゃと色々くっちゃべりながら彼女を追いかけていく。
全員、もっと緊張感持てよ。と言いたい感じもするが、昔の欧州の戦場においては雑談は当たり前だった。敵へ向かうべく横列になって突き進んでいく最中に隣の奴と雑談しているなんてこともありふれた光景だったのだ。兵士たちを戦闘行動中に黙らせたのはグスタフ・アドルフのスウェーデン軍だと云われる。とはいえ、ここまで緊張感のない会話をしていた奴はいないとは思うが。せいぜいが「お前、昨日、何食った?」「オメーと同じ不味いオートミールと硬いパンだよ。一緒に食ったじゃねーか」とかだろう。
雑魚どもを掻き分けながら、先頭を突き進むキスは後ろのどーでもいい会話など無視し、ただただ前を目指す。
数百もの騎兵たちは一斉に続々と歩兵の作りかけの横列を分断し、兵士たちを馬蹄に引っ掛け、蹴り飛ばし、踏み潰し、槍を繰り出してその体を貫き、サーベルを振り下ろしてその頭を切り裂き、騎兵銃をぶっ放す。中には棍棒や斧を振り回す者もいて、その勢いに歩兵たちは為す術もない。横列を打ち破られた段階で、歩兵たちの勝機は失われているも同然なのだ。素早い機動、高所からの攻撃、重量感のある馬体の衝撃。それを一人の人間が抑えきれるわけもない。次々と踏み躙られ、蹴散らされていく。
「見えた」
先頭を進むキスは真っ直ぐ前を見て呟いた。
彼女の視線の先には、幕が張られた本営と、そこに群がる警備の騎士や兵士たち、数名の将軍や士官に、そして、最も上座に立つ年老いた将軍の姿。
かなり凄い久しぶりの更新です。
あとちっとで戦闘終わらせて、後は戦後処理でしょう。