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五〇 隙間を突く

 騎兵の先頭を走るキスの耳にもサーズバン伯のキンキンした甲高い怒声は聞こえてきた。続いて将校や下士官たちの蛮声、けたたましいラッパの音と太鼓の乱打が彼女の鼓膜を震わせる。

 これくらいかとキスは心の中で呟き、突如、思いっきり馬の手綱を引き絞った。彼女の乗馬は悲鳴を上げながら前脚を高々と振り上げた。

「うわぁっ!」

「殿下っ!」

 後続していた騎士たちは仰天し、慌てて手綱を引き、その場にとどまる。突然、先頭集団が止まったものだから、続いていた他の騎兵たちも慌てて馬を止め、或いは著しくスピードを落とす。

 驚き、慌て、狼狽し、心配する騎士たちを他所に、キスは落ち着いていた。しっかりと腿で馬背を挟み、片手を馬首に回し、万が一にも落馬しないように備えていた。やがて、馬はゆっくりと脚を地面へと下ろす。

 それを見て、騎士たちは安堵すると共にふつふつと怒りが込み上げてきた。彼らは、何故、馬があのような危険行為を行ったか知っており、それはキスも理解しているはずだった。にも関わらず、今回、このようなことが、つまり、馬が前脚を高々と掲げるようなことが起きた原因は、キスが敢えて行ったと、彼らは理解していたのだ。

「殿下っ! 何故、そのような危険な行為をっ!」

「落馬したらどーするんですかっ! 下手すれば死んでしまうんですよっ!」

「なんでそんなことしたーっ!?」

 部下たちに説教されたキスはおどおどと弁解する。

「あ、でも、あの方が楽に早く止まれるから……」

 その言葉にロッソ卿が険しい顔で言った。

「そーいう安直な気持ちが予期せぬ事故を生むんですよ」

 まるで交通事故防止の標語だ。

「ご、ごめんなさい……」

 あっさり謝ってしまうキスには指揮官としての威厳とか尊大さとかそーいうものが足りないと思う。

「で、いきなり止まってどーしたの?」

「あぁ、そーでした。急ぎでした」

 キスはあんまり急いでいなさそうな顔と口調で呟いた。

「方向変えます。こっち」

 彼女はそう呟くように言って、馬を走らせた。

「何で殿下はこー自分勝手なんだ!?」

「ちょっとは部下とコミュニケーションを取るべきではないか?」

 部下たちはぶつぶつと文句を言いながら彼女に続いた。


 後続の騎兵隊は、突如先頭の部隊が止まったと思ったら、今度は方向を変えて走り出したものだから、大変困惑した。一体、どーすればいいというのか? 付いていけばいいのか? それとも、彼らは命令に背いているのか?

「如何します?」

「如何も何も……」

 部下に尋ねられた隊長は誰もが答えに窮した。

 しかし、彼らはいずれも答えを出す必要はなかった。

「おらー! てめーらー! こんなとこでボケッと突っ立ってねーで姫さんの後に続きやがれっ!」

 すぐ後ろから総司令官サーズバン伯がキンキン声で喚きながら突進してくるのだ。そのまま止まっていては、玉突き事故にでもなりそうな勢いだ。

 騎兵隊1500騎は、先頭は黒髪姫に引っ張られ、後ろからはサーズバン伯に押し出されるような形で疾走した。


 キス率いる黒髪姫騎士団を先頭とした騎兵部隊は防衛軍左翼の後ろを走り抜け、左翼で激しい銃撃戦を繰り広げる前線を無視して迂回。敵の右翼本陣(自軍の左翼と対する敵軍は当然右翼となる)と前衛の間をすり抜けていった。

 この時代の銃というのは、マスケット銃と呼ばれるフリントロック式(火打石式とも)の前装銃であるが、現代の銃のようにそうそう簡単にパンスカ連続して撃てるもんではない。

 また、射程も短く、精密な射撃ができるものでもない。ゆえに、この時代の銃の運用としては、横にずらりと隊列を並べ、ぎりぎりまで近づいて一斉射撃を行うというのが一般的で、最も効率がよく威力のある使い方だ。

 よって、正面以外の方角から突然やってくる襲撃には、十分な威力を発揮することができない。だから、騎兵に対するとき、歩兵は方陣を作り、死角のないようにするのだが、今回はそーはいかなかった。何しろ、前方の敵と戦闘中であり、騎兵隊は敵の歩兵隊の脇をすり抜けてやって来た為、確認が遅れた。

 まともに迎撃することもできず、ただ、その突撃を見逃すことしかできなかった。

 騎兵隊はそのまま敵右翼前衛の後ろを走り抜け、やや左方に方角を変えた。

 つまり、右翼を通り過ぎて、敵中央部隊の後方へと突進したわけだ。騎兵隊は向かってきた敵前衛を回避するために大きく右旋回を行って、元の位置からだいぶ前に行ったことになる。

 銃と集中的運用と槍衾によって騎兵が単独で敵中突破することは不可能に近い中、これだけ前進できたことは奇跡にも近い。

 普通ならば、このような離れ業というか曲芸めいた戦法が上手くいくはずがない。途中の何処かで敵に阻まれるはずだ。

 では、何故、今回、上手くいったのかといえば、まず、部隊の全てが騎兵であった為、十分な機動力が活かせ、また、部隊の全兵士が馬に乗り慣れた熟練の騎手ばかりだった(黒髪姫だけは素人に近いが乗馬と剣術は長らく学んでいた為、上手かった)。

 また、反乱軍の過半は農民兵で編成され、騎兵が大幅に不足しており、十分な連絡が届かず、十分な数の騎兵を編成して迎撃を行うこともできなかった。歩兵の動きも迅速ではなく、対応も遅れていた。反乱軍は命令に唯々諾々と従う兵は多いが判断を命令を士官と下士官が少ない為、突如、強引に無理矢理、小さな隙間を抉じ開けるかのように押し入ってきた敵部隊に対抗することができなかった。兵たちはただ唖然として敵の騎兵の突撃を見守り、数少ない士官と下士官の命令に動いた兵は僅かだった。


 ところで、軍の司令官というのは、大概中央後方にいる。そこが最も安全であり、全軍を見渡せ、連絡がつきやすい(この時代の連絡手段といえば、軽装騎兵が走って口頭で報告したり伝令するしかない)からだ。

 サーズバン伯がキスにそこを目指すように突撃させたのも、全ては敵将ホスキー将軍を討ち果たす、或いは捕縛する為に他ならない。

 軍隊という組織は完全に上意下達。上の命令によって下が動くという形態であり、そうでなければ戦争という人と人が殺し合うなどという、恐ろしく、おぞましく、気違いな行為などできようはずもない。

 軍隊は脳味噌に当たる将軍やその幕僚が全てを考え、命令し、士官や下士官が神経となってその命令を伝え、腕や足である兵が動くという形であろうか。

 サーズバン伯はその脳味噌をぶちまけようという魂胆だった。

 騎兵はホスキー将軍の陣取る敵本営とその護衛1500余りへ向け、突撃していく。


某さん、誤字指摘ありがとうございます。

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