四 帝国議会の貴族たち
帝国議会は半円形の形をしている。弧を描いていない部分には皇帝席、正副議長席、書記席、大臣席などが並んでいる。
弧の部分は外側が高く、内側が低い。階段状になっている議席には高級そうな服に身を包んだ人々が並んでいる。大部分が貴族。他聖職者や高級軍人、大商人や大地主からなる議員たちだ。
かなり空席が目立つ。全部で1000議席あるはずだが、その席は半分も埋まっていない。それは実は当たり前なことだ。
貴族たちはそれぞれ所領を持っている。レイクフューラー辺境伯といえば零区フューラーという地を治める辺境伯だし、現実の話で言えば、バイエルン公とかブルゴーニュ公とかライン宮中伯とかそーいうのは全部地名と位を表している。バイエルンさんとかブルゴーニュさん、ラインさんとかいうような苗字ではない。
喩えて言えば、中世近世の欧州貴族というのは日本で言う公家というよりも大名なのだ。バイエルン公、ブルゴーニュ公、ライン宮中伯というのは金沢藩とか薩摩藩とか仙台藩とかいうのと似ているわけだ。
よって、日本の殿様が領地替えとか断絶とかによって藩主の家が代わることがあるように、バイエルン公とかをやっている家が変わってしまうこともあったわけだ。
以上、貴族豆知識であった。ちなみにだが、これは欧州各国によって事情が違ったり、時代によって名目だけになったりもしたので一概には言えない。
話を戻す。
つまり、貴族たちは勿論宮廷にいるときもあるが、当然領地にいることもあるのだ。
勿論、この時代には飛行機も自動車も鉄道もないし、当然、魔法で瞬間異動できたり、空飛ぶ竜に乗ったりすることがわけもないのだ。よって、こんな急な議会に参加できない議員が大勢いることは当たり前だ。
議会の出入り口は最上段の六ヶ所にあり、キスたちはそのうちの1つから議会の様子を見下ろしていた。
1人の貴族が怒鳴った。
「この弱虫どもめっ! 帝都を捨てて逃げるだと!? 恥を知れ! 恥をっ!」
負けずと反対側辺りに座った貴族が怒鳴り返す。
「黙れっ単細胞どもっ! 無計画に立て籠もって犬死することに何の価値があるっ!?」
「貴様らには帝国貴族としても矜持はないのかっ!?」
「矜持なんぞ犬に食わせろっ! 実利に比べれば矜持なんぞは糞だっ!」
更に他の議員が怒鳴り、またまた他の貴族が怒鳴る。
「反乱軍が帝都乱入するのを指咥えて見ていろというのですかっ!?」
「反乱軍だって我々が退去すれば火を放つようなことはすまい」
「貴殿らは戦うのが恐いだけではないのかっ!?」
「何だと!? 貴様! 剣を抜けっ! 決闘じゃっ!」
「望むところだ! この屑野郎! 返り討ちにしてくれるっ!」
2人の貴族が互いに腰の剣に手をかけながらあわや流血沙汰かとキスは思い息を呑んだが、2人の決闘未遂貴族は周囲の人々に数人がかりで押さえつけられ何とか議場の惨劇は防がれた。
「危うく帝国議会で10人目の死人が出るところでありましたな」
「いや、まったくで。しかし、決闘好きな方はおりますからなぁ」
キスの側で貴族が呆れた様子で言葉を交わす。
議会は百数十人の貴族がぎゃーぎゃーと怒鳴り合い、大多数の他の者は静観しているという様子だった。
怒鳴り合っている人々の意見は大きく二分されているようだった。
「帝都に篭って徹底抗戦すべしっ! 反乱軍なんぞ糞食らえだっ!」
という強硬派と、
「帝都から一時撤退し、周辺諸侯の兵と地方の軍を糾合して反攻すべし」
という消極派だ。
一番多いのは中立派だったりするが、それは意見に入らないので論外である。
「おやおや、盛り上がっていますねぇ」
「話し合いが盛り上がるのは良いことだ」
キスの両側に立つユーサーとキレニアがうんうんと頷きながら何だか楽しげに言った。クリステン卿とデリエム卿の2人の騎士は側にいない。議場には一定の位の者か議会に仕える者でなければ入ることができないのだ。
ちなみにキスやユーサーも入ってはいけない人に含まれるのだが、誰もこっちのことなど気にはしていないし、キスはそれを知らない。ユーサーは知っていて平然と入り込んでいる。
「しかし、議長が大変そうだ」
本当は入っていてはダメなユーサーの言葉に同じく入る資格を持っていないことを知っていないキスは前方を見た。
議長席には白い髪、白い髭、深い幾重もの皺を刻んだよぼよぼの小柄な老人が座っている。その老議長は、
「静粛にー。皆さん、げっげほごほぐふぉっ! ぜぇぜぇ……静粛にー……」
今にも死にそうな様子で蚊の鳴くような声で静粛を呼びかけているが、議場に何の影響も与えないことは言うまでもない。
凄い軽んじられているような感じもするが、これでも彼は先々代皇帝の弟であり、現皇帝の大叔父に位置する皇族の長老なのだ。
「み、皆さーん、静かに、し、静か、げふぉぅっ! ぐふぉっがはぁっ!」
「あ、何か吐いた」
ユーサーが呟くと同時に議長は席に突っ伏し動かなくなった。辺りの役人や書記、衛兵たちは大騒ぎ。それでも議場は怒鳴り合いが続く。ついには掴み合い殴り合い乱闘騒ぎになっている箇所もある。
「ありゃダメですねぇー」
衛兵たちに運び出される議長を見ながらキレニアがのんびりと言う。それがもう議事を進めることがダメなのか生きることがダメなのかは不明だ。