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四六 勝たぬ限り戦は続く

 平野のど真ん中に1万以上の軍隊が堂々と布陣していれば、どんなマヌケな軍人でも気付くというものだ。

 当然、反乱軍はこちらに気付き戦闘態勢で突き進んできた。無視などするはずもないし、できようはずもない。反乱軍にしてみれば、帝都防衛軍のほぼ全兵力が結集している今こそ邪魔臭い敵どもを蹴散らす乾坤一擲のチャンスであるし、その真横を素通りして、横腹や背中を突付かれては良い気分にはなるはずもない。

 かくして、サーズバン伯が突きつけた決闘状を反乱軍の総大将ホスキー将軍は受け取ったのだった。

 防衛軍の南方1マイル(1600メートルと少し程度)ほどの近さで布陣した。軍は大きく三分にされ、分厚く少し前に出ている両翼の兵はそれぞれ2万、中央はそれよりかは少し少なく15000〜16000といったところかと思われた。

「こりゃボケっとしてっとあの分厚い両翼が俺らの左右を囲い込んじまうぞ」

 相手の陣形を知ってカルボットが呟き、皆が頷いた。

「対して我が軍の両翼はそれぞれ相手の4分の1もない。右翼に至っては相手のたった2割だ」

「中央はまだマシとはいえ、こっちの3倍はおりますな」

「戦の展開としては我が軍はぐいぐいと頭を押し込まれ、左右に敵の兵が張り出してきて、正面と横から攻撃を受けた両翼が崩壊、ついで中央も支えきれず退散といった感じですな」

 騎士たちが次々に口を開き、悲観的な意見を述べる。

「さて、将軍はどう戦うもんかねぇ」

「お手並み拝見っと言いたいところだが、実際にやり合うのは我々ですな」

「まぁ、我々はサーズバン伯と殿下のご命令に従うまでだ」

 クリステン卿が締めくくるように言い、皆が黙って頷いた。


 防衛軍の戦闘準備は全て整った。後は将軍が「進め!」と怒鳴ればすぐさま戦が行える状態だ。

 兵士たちは指揮官の号令を待ち遠しいような、恐れるような気持ちで、今か今かと待っていた。武者震いをする者も少なくない。

 陣列の前を無骨な甲冑に身を包んだ少女が白馬に乗って横切る。馬を早駆けさせながら彼女はその小さな体の何処からそんな大きな声が出るのかと不思議極まりないくらいの大音で怒鳴った。

「テメーらぁっ! 敵どもが俺らより多いからってビビッてんじゃねーぞっ! ビビって逃げやがった糞鼠は敵が殺す前に俺が片っ端からぶっ殺してやっからなっ! 覚悟しとけっ! 死にたくなけりゃ死の物狂いで戦いやがれっ!」

 サーズバン伯はそんなことを手にサーベルを持ったまま怒鳴り散らすのだ。

「いいかぁっ! 俺みてーなこんな小娘にどやされても逃げようってな奴は男じゃねぇぞっ! そんな奴は今すぐ前に出て来いっ! 玉千切り捨ててやるっ!」

 こんな過激で危ないことを言う奴の前にのこのこ出る阿呆はいない。皆、不動と沈黙を守る。

「それとなぁっ! 昨夜、脱走兵が出た。勿論、逃げた奴は全員俺らより一足先に地獄に送ってやったからなっ! ここで逃げ出すような糞は1人残らずすっ首刎ねてやっからなぁっ! そこんとこ、よく覚えとけっ!」

 この少なくとも演説では全くなく、叱咤激励とも言い難く、ただ罵倒して威圧しているだけの行為に士気を高める効果があるのかは大いに疑問であるが、少なくとも逃げ出す気は根こそぎ消えることだろう。

 サーズバン伯から少し離れて馬を進めながら、キスは隣のロッソ卿に呟いた。

「どーせなら、脱走兵の首を掲げればいいと思いません?」

「あー。まー。そーかもしれませんね」

「まぁ、腕でも脚でもいいですけど。処刑したってことをもっと視覚的に知らしめた方が効果あると思うんだけれど……」

 ぶつぶつ呟くキスの言葉をロッソ卿は聞かないことにした。


「さって、姫さん。あとは頼むぜ。連中がやる気出すようなこと言ってやってくれよ」

「はぁ」

 サーズバン伯がキスに言い、次の演説者(?)は馬を軍勢の中央まん前に進め、馬首を返した。

 無数にも思える視線が一斉にキスに集中し、キスは恥ずかしさに顔を赤らめる。

 それでも、口を開いた。

「兵士諸君。諸君らは誰もが生き延びたいでしょう。死にたくないと思うのは生物の本能です。それは十分に理解できる」

 キスは朗々とよく通る声で全兵士に呼びかける。まぁ、尤も、後方の兵は見ることも聞くこともできないだろうが。それでも、自身が引っ張る中央先頭部の兵たちにだけでも届くようにと声を張り上げる。

「その上で私は言おう! 此度の戦で諸君らが勝利することが諸君らにとって最高な幸福であるということを! 我々はいくら敗北しようとも敵に屈することなく、我々は何度でも、何度でも、何度でも、戦いを挑み続けることだろう! 神に誓って宣言する! 我々は此度の合戦で勝利が掴めなければ、再び敵の前に立ちはだかり戦おう! 例え、何度負けようとも、命ある限り我々は戦い続ける! その戦いから脱落することは許されない! 逃亡者には死あるのみ! 我々と諸君らの命は一蓮托生! 我々が死ぬときは諸君も死んでいる! また、諸君が死ぬときは我々も共に死のう! はっきりと言っておく! 我々には敗北はない! 勝利か! 死か! だ!」

 酷い話である。

 上の都合の戦争で、配下の兵卒たちは逃げることも許されないのだ。死ぬか勝つまで戦えと厳命されるのだ。犬死しろという玉砕命令にも等しい。旧日本軍並みの無茶苦茶命令だ。尤も、玉砕命令を出した旧日本軍の将軍のいくらかは兵隊を現地に放置して一目散に逃げ出したが。

「故に、諸君らが無事生き延びる方法は此度の戦で勝利を収めることに他ならない! 此度の戦に敗北すれば、一旦は引くかもしれない! しかし、どんなに勝機が薄くとも我々は再び敵の前に立ち! 最後の一兵が殺されるときまで、戦い続けることになる! だが、此度の戦に勝利すれば、諸君らは英雄として家族と仲間に迎えられよう!」

 テメーらが死ぬまで俺らは戦い続けると脅しつけた後に、彼女はこんなことを言い出すのだ。

「諸君! 死か! 栄光か! 選ぶのは諸君らだ! 諸君らの働きいかんによって我々と諸君らの運命は決する! どちらを選ぶかなど、考えなくとも分かることだ! 剣を握れ! 諸君の剣で帝国の敵を貫くのだ! 諸君の足で死から逃れるのだ! 諸君の頭で勝利を考えるのだ! 諸君の手で栄光を握るのだ! 諸君の栄光と繁栄とこの帝国という国家の命運は諸君らの目前にある! 諸君らがそれを掴み取るのだ!」

 生きるか死ぬかっていうより殺されるか。という選択肢の上に諸君ら、つまり兵たちの栄光と繁栄、更には国家の存亡まで上乗せして、つまり、それを全て手に入れるにはお前らが死に物狂いで戦わなければならないってか、死に物狂いで戦わない奴はぶっ殺すみたいなキスの演説であった。無茶苦茶なんだか横暴なんだか卑怯なんだか強引なんだかよくよく分からない聞いている人を煙に巻くような演説だ。

「やっぱ、結局、戦うしか自分らに残された道はねぇっていう思いを抱かせる演説だな」

「そーねぇ」

 聞いていたカルボットの感想にワークノート卿がのんびりと答えた。


「動き出したな」

 誰ともなく、呟いた。

 遠く南方から太鼓とトランペットの音が聞こえてくる。それに合わせて突き進む数百数先の足音も流れ聞こえる。

「各砲! 砲撃用意!」

 前方に配置されているいくつかの野砲に号令がかかり、各砲の隊長が復唱する。既に装填はなされ、あとは火縄に点火すれば大砲は重さ数ポンドの鉄の塊を吹き飛ばし、いくらかの敵兵をバラバラにするだろう。

 敵軍は中央、左翼、右翼の三軍全てからそれぞれ2000名ほどの歩兵が前に出ているようであった。

 暫くして、敵の兵士1人1人の姿がおぼろげに見え始めた。敵軍はマスケット銃兵を前に推し並べ、何段かの横列を作って突き進んでくる。マスケット銃兵の後ろには槍の長槍が並んでいるのが見える。

 キスはどれくらいのタイミングで大砲を撃つのかは全く分かっていなかったので、ぼんやり敵を眺めているときに、突然「撃てーっ!」と怒声が上がり、一拍置いて、全ての砲が一斉に轟音を発し、かなりびくっと体を震わせるほどに驚いた。

 飛んでいく砲弾は結構ゆっくりで、目で視認することもできる。何ポンドもある鉄の塊の砲弾が人間に当たればどんなことになるかは言うまでもない。誰でも分かるだろう。直撃を受けた人間は吹き飛び、砕け散った砲弾の欠片や人体の破片、地面の石やら何やらは凄まじい速さで辺りに四散し、それらに当たった人間にも大変な被害を与える。

 また、砲弾の衝撃には凄まじいものがあり、例え、直撃を受けなくても死に至ることすらある。

 また、例の如く、例を挙げよう。ナポレオン戦争において、ナポレオンは何度か英国上陸を計ったとされる。その計画を最終的に粉砕したのがトラファルガ海戦であり、かの有名な海軍提督ホレイショ・ネルソン卿が戦死したのもこの海戦である。この海戦において、ネルソンの旗艦ヴィクトリーに大砲が飛び込み、ちょうど会話をしていた艦長の秘書官と士官候補生の鼻先を飛び抜けていった。この時、士官候補生は無傷だったが、艦長の秘書官は何ら外傷を受けていないにも関わらず即死した。目撃者は大変驚いたという。

 このように砲弾による衝撃だけで即死に至ることもあるのだ。

 当然、誰だって、砲弾には当たりなくないから、どんどん近付いて来る砲弾を見て、誰もが身を避ける。すると列が乱れ、行軍は遅れ、隙間はでき、と敵を大いに混乱させることができる。

 その乱れる戦列を見て、キスは大いに感心した。野砲は中々使えるなぁ。

「第二撃用意!」

 先の砲撃は敵戦列最前部ぎりぎりだった為か、被害はさして大きいようには見えなかった。戦列の乱れは少ない。

「敵は一斉射撃後に突撃して来るでしょう」

「そうなんですか?」

 隣でクリステン卿が呟き、キスが尋ねた。

「そうなんです。そう決まっておるのです。マスケット銃兵が射程距離まで前進し、一斉射撃し、その後、歩兵が突撃し始めるのです」

「その射程距離というのはどれくらいですか?」

「150ヤードから100ヤードといったところですな」

「なるほど」

 キスは呟き、すぐに大声を上げた。

「部隊を二分する! ここから右半分はクリステン卿に従いなさい! 残りは私に続きなさい!」

 いきなりの命令だったが、彼女が率いるのは300という比較的少数の兵であり、かついずれも騎士や傭兵、従士で、戦慣れしている者ばかりだった。何はともあれすぐに命令に従い、隊を組み直した。

「クリステン卿。大きく右回りに敵の背後に回りなさい」

「は?」

 キスはクリステン卿を睨むように見てから言い聞かせるようにゆっくりと言った、否、命じた。

「いいから。その通りにして下さい。私は左回りにいきます」

「は、承知いたしました」

 クリステン卿は従順に頷いた。

「伝令! 後ろの歩兵に前進し、敵を銃撃し、突撃せよと伝えなさい!」

「し、しかし、殿下に命令権は……」

「歩兵隊の指揮官に言いなさい。私はサーズバン伯より先陣を賜っている。それ即ち、私が中央軍前部では最先任にあるものである。最先任の命令には応じよ。そして、好機を逃がすな」

 そう言ってキスは追い払うように伝令を後ろに下がらせた。先任には、先に任じられた者という意味の他にも同じ階級の中で序列が上の者という意味もある。そして、帝国軍では慣習により先陣は先任の指揮官が務めてきた。その慣習と、将軍にわざわざ名指しで先陣を任じられたということからキスの方が序列が上という根拠もあながち間違いではない。

「第二撃後に、いきますよ」

 第二弾を送るくらいの距離がマスケット銃の射程と思われた。

 キスはサーベルを抜き、第二撃を今か今かと待ち受けた。

「姫さん姫さん。いきなり、やる気満々ですね」

 ワークノート卿に話しかけられ、キスは顔を前に向けたまま答えた。

「当たり前じゃないですか。勝たぬ限り戦は続くのですよ。ならば、さっさと終わらせてやろうじゃないですか」

 そして、キスは微かににやりと口端を上げた。


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