四三 戦の合間に将兵は何をしているか?
黒髪姫キスがぐだぐだと結論の出ない会議に出席している間、彼女の部下たちは双子鷲城の敷地の中に張られたテントの中に押し込まれていた。
黒髪姫騎士団は先までの戦闘で従士1人が死に、傭兵2人、従士3人が負傷して後送されていたが、さして大きな被害ではなく、補充が来るでもなく、再編されるでもなく、ただのんびりと次の戦闘に備えていた。
割り当てられたテントの中で彼らは雑談をしたり、武器の整備をしたり、仮眠を取ったり、テントから出て散歩に行ったりしていた。城の敷地外に出さえしなければ行動は自由とされているのだ。とはいえ、城の敷地内をうろついても何もない。城の見物なんぞ、軍人である彼らには暇潰しになるわけがない。
そんなわけでテントに残っている者も多かった。そのテントの中に、1つのグループができていた。
グループを構成しているのはエドワード・ロッソ卿、アナスタシア・ワークノート卿、クレディア・オブコット卿(娘の方)の若手3騎士と何人かの傭兵と従士たちだった。
しかし、黒髪姫騎士団の場合、珍しくも騎士・傭兵混成の少人数部隊であった為か、若手を中心に両者はかなり仲が良くなっていた。まぁ、この騎士たちもカロン人である為、帝国人から見ればどっちも外国人で、外様という点では似たようなもんだった。
とにかく、この部隊は、どーにも好奇心旺盛だったり外交的だったり人懐っこいのが多いらしく、少なくとも誰も彼も一緒のテントに押し込まれても文句が出ない程度には仲が良かった。
その中でも特に仲が良い彼らは小さなテーブルを囲んでいて、テーブルの上にはいくらかの貨幣の小さな山がいくつかと何枚かのカードが散らばっている。カードは殆どが絵柄を表にしていた。ただ一枚だけ裏返しに伏せられている。
「エド。これにあたしが勝ったら夕飯奢って」
「掛け金巻き上げた上に晩飯代まで払わせる気か?」
「ん? この掛け金に晩飯代足したって大した違いじゃないでしょー。てか、エドは勝つ自信ないのかなー?」
「………俺が勝ったら、アンが晩飯代払えよ」
ロッソ卿とワークノート卿がぼそぼそと会話していたが、他の者は沈黙を守っている。瞬きや息さえも止めているような者までいる。
その場にいる人々の視線はその裏返しのカードと1人の髭面の男に集中していた。ラクリア人傭兵のカルボットだ。彼はしきりと自分のもっさりとボリュームのある髭を撫でながら、妙に真面目な顔で自分の周りを囲む者たちを見た。
「いいか?」
カルボットの言葉に全員がこっくりと頷いた。
それを確認した彼はゆっくりとテーブルで唯一裏になっていたカードを表に返した。
「あぁーっ!!!」
「ぎゃぁーっ!!」
「ぐわぁーっ!!」
「いやっほー!!」
「やったーっ!!」
途端に悲鳴と歓声がテントを揺らさんばかりに響く。
「はっはっはー! ほら、寄越せ寄越せ」
「く………」
ワークノート卿が貨幣の小山を掻き集め、ロッソ卿が恨みがましい目で彼女を睨む。
「わー、山分け山分けー」
「あぁ……財布が空に……」
場にいる人間の半分は歓喜に包まれ、残りは悲嘆に暮れていた。
彼らが何をしていたか? 今までの彼らの言動を見れば、一目瞭然であると思う。カードゲームによる賭け事だ。
戦場には賭け事が付き物といっても過言ではない。戦の始まる前、兵士たちは決まって賭け事をしていた。死を前に控えて刹那的な娯楽を求めるからかもしれないし、死んだ後に金を残していてもしょうがないからかもしれない。
時に、兵士の中には自分の現金だけでなく、所持品の全て、果てには甲冑やら衣服まで賭けてしまって、それを全て失ってしまうような者もいた。そーいった者は仕方がないから戦本番では下着に武器1つで戦うなんてこともあった。
指揮官の中には陣中で公然と行われる賭け事を宗教的に理由などで禁止する者もいたが、大半の指揮官はそれを認めていた。どころか推奨する者もいた。というのも、賭け事でスッカラカンになってしまった兵士はその失った分を取り戻そうと戦で奮起し、結構な働きをする者が多かったからだ。
サーズバン伯は推奨する方の指揮官で、彼女は賭け事をするための道具まで貸し与える始末だった。
そんなわけで彼らも賭け事に興じてみたわけだ。
「エドー。夕飯奢ってくれる約束だったよねー?」
「あ! じゃあ、あったしにも奢って!」
「おいおい、2人にだけ奢っておいて、同じ勝ちチームの俺には奢らねーなんてことはねーだろうな?」
「……………」
ワークノート卿が喚き、フェリス人傭兵のモンとカルボットも同調し、更にはちゃっかり参加していた例の布で頭の先から足元まですっぽりと覆っていて正体不明のムールド人傭兵もロッソ卿を見つめる。
「あー……。ディア。夕飯奢るの手伝ってくれ。手持ちが……」
「何でエド先輩の勝手な約束で私もお金払わないといけないんですか!?」
「同じ負けチームじゃないか。後生だから、いくらか出してくれ」
「情けない先輩だなー」
ワークノート卿の言葉に皆が頷いた。
「夕飯夕飯♪ 今夜の御飯はお肉だよ〜♪」
モンが陽気に歌い、それに合わせてカルボットが調子はずれな鼻歌を奏で、ワークノート卿はにこにこ笑い、ズタボロ布の傭兵も何だか歩調が愉快そう。で、その後ろを夕飯代金支払い者である2人の騎士がどー見ても気分が良さそうではない顔で黙って付いて来る。歩みも遅く、足も重そうだ。
「ほーら。あんたら、何やってんのー! 早く、こーい!」
ワークノート卿に手招きされても2人の歩みは一向に速くなる気配はない。2人は陣地の一角を見て、指差す。奢られる4人もそちらを見た。
そこでは、大鍋が火にかけられ鍋の中では何かが煮込まれていた。
兵士たちが長い長い列を作って、1人ずつ木製の深皿に鍋の中身を注がれている。満杯になった深皿を持った兵士がワークノート卿たちの前を通りがかり、彼らは深皿の中身を確認する。
中身は煮込んだオートミール(燕麦をひき割りにした食べ物)だった。ごろごろと灰色の硬そうな脂の多い豚肉と豆が転がっている。お世辞にも美味しいものではない。何てたって、肉は硬いし、脂まみれだし、豆だって一袋どころか何十袋で纏め売りされるような安豆で、味付けは塩のみで、シンプルイズザベストなんてほざけば殴りたくなるようなものだ。
軍隊は人の集まりであり、人は飯を食わないと力が出ないし、空腹のまま長いこと放っておくと死ぬ。兵士は腹が減れば、動かなくなるし、戦っても弱くなるし、最悪、脱走を図る。よって、指揮官は兵士に飯を食わせなければならない。手許にない場合は近隣の町村の食い物を徴発或いは略奪することもあるが、手許にあれば配給がなされる。それは大抵タダか低価格で、兵士たちは腹を満たすことができるのだ。ただ、前述したように大概の場合、味は保障できない。
「ノー!!!」
ワークノート卿が大きく腕で×を作りながら叫んだ。モンも真似した。
「てか、あれはタダの配給品じゃねえーか。奢ることになってねーじゃろ」
カルボットが呟き、2人が大きく頷いた。ムールド人傭兵はもうオートミールの配給には目もくれずさっさと歩き出している。
「やっぱダメか」
「そりゃそうですよ」
奢る役の2人は恨みがましそうに、浮かれる連中を睨んでから項垂れる。
商売の基本の1つは人の集まる場所に行くことである。人の集まる場所では必要な物が多くあるし、商品も情報も集まる。
そして、何度も言うが軍隊というのは人の集まりである。
ともあれば、軍隊の駐屯地に商人がやって来るのは道理だ。武器や防具を売る者、またはそれらを修繕する者、食い物や酒を売る者、或いは春を売る者(春を売るの意味が分からない場合はお母さんに聞こう!(嘘です! 聞くな!))。
さて、そんなわけで、テーブルにはご馳走が並んでいた。こんがりと焼かれ甘辛いソースのかけられた肉の塊、温かく柔らかいお肉とたっぷりの野菜が入っているシチュー、混ぜもののない小麦で焼かれた証拠に色の白いパン、各種チーズと白い泡の麦酒。貴族にとっては何てことないどころか下の下の食事であるが、これくらいの食事でも庶民にとっては滅多に口にできないものだ。一生、口にしない者も多い。豪勢といって良い食事だ。
「タダ飯にかーんぱーいっ!」
「かーんぱーいっ!」
「おぉ! 乾杯乾杯! さて、早速頂くとするか」
銅のカップを打ち合わせ、麦酒をぐびぐびと一気に飲み干す。モンは未成年であるが、当然のように飲酒を行う。というのも、当然のことだが、この時代には未成年の飲酒を規制する法律などないのだ。泣き止まない子供にウイスキーを飲ませるなんてことすらあった時代だ。10代半ばの少女が麦酒を飲むくらい何てことないことだ。
その愉快な様子をかなり不愉快な気分で見る2人。庶民にとってはかなりの高値であるこれらの食事は2人の財布をかなりダイエットさせた。
「ほらほら、2人も飲みな飲みなー」
ワークノート卿が煽るように言い、2人はむっとする。
「言われなくても飲むよ。俺の金で買った酒だからな」
「私の金でもあります。てか、何で、きっちり折半なんですか。先輩の方が割合多く払って下さいよ」
「いや、だって、財布がもう空で……」
「もー! お金の話はもーいーでしょー! 今は、愉快に夕飯食べよっ!」
モンが金の支払いのことでごちゃごちゃ言い合っている2人の間の狭いところにわざわざ入り込みにっこにっこ笑いながら言った。2人は渋々と頷き、麦酒を呷る。2人にはいつもよりもかなり苦い気がした。